謎の卵
オレたちがムエルト大森海に来て早半年が過ぎた。
その間もオレは毎日魔物と楽しい殺し合いを繰り広げ、死体の山を積み上げる。
ある時には森の一部を消し炭に、またある時には川を吹き飛ばす。
そんな大規模破壊を繰り返していれば、あの神速黒皇とまた遭遇してしまうのも道理であり、激戦を繰り広げたのは言うまでもない。というか、以前の未熟な個体とは違い、少し成長した個体だけあって、マジで危なかった。本当に死ぬかと思った。
オレの中で神速黒皇は、既にブラックリストに入っている。第一級危険生物だ。
そんなオレだが、今日も今日とて拠点近くにある標高二百メートルぐらいの小山をついうっかり消し飛ばしてしまった。森の皆さん、環境破壊してごめんなさい。
さて、オレが今何処にいるかというと、拠点のある湖から西に進み、ムエルト大森海のかなり奥まで来ている。分かりやすく言うなら"深層域"に足を踏み入れていた。
正直かなりやばいところだ。尋常じゃない気配をバリバリ感じる。が、そんな事で引き返すわけもなく、オレは森を進み続ける。
もちろんただ闇雲に歩いているわけではない、〈魔力感知〉〈熱感知〉の魔法を発動し、出来るだけ危険な魔物とは遭遇しないように避けている。
ちなみに、ここに来てすぐに魔物と戦闘を繰り広げたが、はっきり言って拠点近くの魔物とはーー神速黒皇ほどではないがーー桁が違う強さだった。
分かりやすく魔力値で表せば、拠点近くの魔物が魔力値十万〜三十万、それに対し、ここ深層域の魔物の魔力値は最低でも四十万以上、ある意味この深層域からが本当のムエルト大森海と言えるだろう。
まぁ、そんな森の中をオレは一人、刀一本だけという装備でいるのだが。他の人間が知ったら「正気か?!」「こいつ、イカれてやがる!」と言っただろう。だが、そんなことを言う奴もこの場にはいない。
オレがムエルト大森海の深層域に来て、約一時間が経過した。今のところオレから魔物を避けているので、鉢合わせする事はないが、強くなるため、経験を積むためには、このまま魔物を避けていては意味がない。これでは、ただの散歩だ。
取り敢えず、オレは近くにいる魔物に喧嘩を売ることにする。
オレは〈魔力感知〉に反応する中でも魔力が一番大きい魔物に向かって歩く。
百メートル程進むと、そこには体長約九メートル、頭にはねじれた長い二本の角が生えていて、同じく頭から扇の様な形をした、まるで盾のようなものが後頭部から首の後ろを隠すように伸びている。四足歩行型で足は太く短い、尾は先端がハンマーのようになっていて、注意が必要だろう。さらに、全身はコレ鎧と言った感じで、蒼く硬い鱗と甲殻で覆われており、まるで装甲車のようだ。
地球の生物で近いものは"トリケラトプス"だろうか。というかまんまトリケラトプスにしか見えない。今も近くの草をムシャムシャと食べている。草食恐竜だな。
「恐竜種って言うから、まさかとは思ったが……マジで恐竜だな」
オレは苦笑いを浮かべ、内心で「やべぇ、オレ生きてる恐竜見ちゃった」みたいな事を呟いて、トリケラトプスモドキの前に出る。
ちなみにこのトリケラトプスモドキの種族名はラギウス曰く"双蒼鎧竜"と言うらしい。いやもうトリケラトプスでいいじゃん、と思いたくなる名前だ。
オレの存在に気がついた双蒼鎧竜は、視線をオレに向けると、唸り声を上げて威嚇し始める。
「グルルルルルッ!」
オレは仄かに口元を吊り上げながら双蒼鎧竜に近づいていき、気楽に話しかける。
「おいおい、そんなに警戒するなって、優しくしてやだからよ。ほら、来いよ! 散歩の時間だ!」
オレは腰に手を伸ばし、鞘から刀を抜く。
すると、オレが刀を抜き放つと同時に、双蒼鎧竜の二本の角が白く光り出した。
「なんだ?」
いきなり双蒼鎧竜の角が光出した事に、オレは警戒を強める。
どうやら角から周囲の魔素を取り込み、魔力を溜めているようだ。大技が来る予感。
「おいおい、何をおっぱじめるつもりだ……」
好奇心から何をするか気になったオレは、双蒼鎧竜に魔力が溜まるのを待つ事にした。
魔力が十分に溜まったのか、角の光がより一層眩しくなり、次の瞬間にはフッと消えた。
オレは刀を構え、警戒を強める。
双蒼鎧竜は四本の脚を広げ、踏ん張るような姿勢になると、口を大きく開ける。
すると、喉の奥に白い光が輝く。
オレはその光景にポツリとぼやく。
「……嘘ん」
その瞬間、双蒼鎧竜から白い光線が放たれた。
「っ!!」
白い光線は一瞬でオレを飲み込むと、そのまま後方を抉るように破壊し焼き尽くしていく。
轟っ! という凄まじい音が周囲に鳴り響き、木々は黒く焼け焦げ、煙が立ち込める。
双蒼鎧竜は今の光線で魔力をかなり使い切ったようで、少し呼吸が荒い。
双蒼鎧竜が先ほど放った光線は竜の最強の攻撃手段、かの有名な"竜砲撃"である。
竜砲撃はかなりの魔力を消費するため、竜にとって最後の手段であり、必殺である。故に竜は、そう何度も竜砲撃を撃つことはない。
ただ、例外として、竜王種の竜は魔力量が段違いで、回復も早いため何度でもブレスを撃ち放つ。さぞ悪夢のような光景が広がるだろう。
竜にとって必殺とも言える竜砲撃をいきなり撃ち放ったのは、おそらくオレに危険を感じたためだろう。野生の勘が強く働いたのかもしれない。
双蒼鎧竜は敵を排除した事でこの場から移動を始める。
だが、かかるはずのない声が双蒼鎧竜を呼び止める。
「おい、どこへ行くつもりだ!」
双蒼鎧竜はまさかと思い、先程ブレスを放った方向に振り返る。
もくもくと煙が立ち込める中、黒い影が歩み出る。
「グオッ?!」
煙から出てきたのは、竜砲撃に飲み込まれ、消し飛んだはずのカレンだった。
オレは刀を片手に、服についた汚れを落としながら、双蒼鎧竜の前に出る。
「いきなり竜砲撃ぶっ放しやがって、流石に冷やっとしたぞ!」
などと言いつつ、まったくの無傷のオレの様子に、 双蒼鎧竜は、信じられないようなものを見たように後ずさる。
何故オレが無傷なのかというと、別に特殊能力【再生】使ったわけではなく、ただ、防御魔法〈魔力障壁〉を瞬間的に限界近くまで発動しただけだ。最大限にしたのは一瞬だけなのでそれほど魔力は消費していない。
オレは十メートル程の距離で止まると、刀を抜きはなち、双蒼鎧竜に向ける。
「思い切って竜砲撃を撃ってきたのは良かったが、残念。オレはピンピンしてるぞ。
最早、魔力の殆ど残ってねぇお前はオレの敵じゃねぇ」
オレは刀を目線の高さに構え、腰を低くする。
逃げられないと思悟り、覚悟を決めた双蒼鎧竜は雄叫びを上げ、最後の力を振り絞り突進を決行する。
「オオオオオオオッ!!」
オレは突進してくる双蒼鎧竜に向かって駆け出しす。
双蒼鎧竜の突進が当たる瞬間、オレは体を回転させて回避すると、ガラ空きの首に向かって刀を斬り上げ、一撃で双蒼鎧竜の命を刈り取る。
ヒュンッ! ブシャーッ!
刹那の内に命を刈り取られた双蒼鎧竜は、突進の勢いで地面を転がるように倒れる。
オレは刀を鞘にしまうと、小さく息を吐く。
「ふぅ……」
ブレスにより吹き飛んだ森に視線を向ける。
そこには魔物の死体が大量に横たわっていた。焼け焦げたもの、半身が消し飛んだもの、あたりは死屍累々となっていた。
「流石は竜と言ったところか……ん?」
そんな死体が転がる中、オレはあるものを見つける。
「何だありゃ……?」
気になって近づいてみると、それは卵だった。
その卵は大きく、直径五十センチ以上はあるだろうか。
「あの竜砲撃を、耐えたのか?!」
よく見ると卵からは薄っすらと煙が上がっている。もしかしたら茹で玉子になっているかもしれない。
オレは恐る恐るそっと卵に触れてみた。すると、
「……熱くねぇ?!」
あの高熱の竜砲撃の直撃を受けたのにも関わらず、全く熱さを感じなかった。若干煙は上がっているが、どうやら茹で玉子にはなっていないようだ。
「にしても何の卵だ?」
オレは周囲を見渡し魔物の死体を見渡す。しかし、この卵を産めるぐらいの体躯の大きい魔物の死体は見当たらず、結局分からなかった。
「……せっかくだし、持ち帰ってラギウスに聞くか」
オレは卵を抱えるように持ち上げると、ラギウスのいる拠点に帰ることにした。
帰り道、卵を抱えたまま魔物と戦うはめになったのは言うまでもない。
♢♢♢♢
日が沈みかける頃、道中色々ありながらも、無事拠点に辿り着いた。
「ラギウス戻ったぞ!」
「カレン、今日は随分遅かった――」
ラギウスは言葉を途中で区切ると、視線を卵に向ける。
「……カレンそれをどこで拾って来た」
「深層域だ」
「……そうか」
はっきりしないラギウスに対し、オレは怪訝な表情になり、首を傾げる。
「なんだよ、はっきりしねぇな」
「カレン、その卵が何か分かっていて持ち帰ったのか……」
「それが知りたくて持って帰って来たんだよ」
オレは卵を下ろし、ラギウスに問い返した。
「ラギウスはコレが何の卵か分かるか?」
「………それは竜の卵だ、それに魔力の波長から、おそらくだが」
ラギウスは目を細め、真剣な表情で卵を見つめる。竜の真剣な表情とか分かんねぇけど。
「……炎系最強の魔物、竜王種"焔帝竜"の卵だろう」
竜王種……しかも炎系最強と聞いて、オレは顔を引き攣らせる。
「おいおいマジかよ、面倒ごとはごめんだぜ……」
「まぁ、持って帰って来てしまったものは仕方あるまい。
このまま孵化するまで待ってみようではないか」
「えっ?! 良いのか、母親が血眼になって探してるだろうし、返した方がいんじゃねぇか? 」
もっともな問いに対して、ラギウスは首を横に振り、否定する。
「いや、それはないだろう」
「何で言い切れるんだ?」
「焔帝竜は魔物の中で最も愛情深い。
卵を産めば、孵化するまで決してその場を動くことはない。故に、卵が親の元から離れる事はまず考えられないのだ。一つの例外を除けばな……」
オレは一瞬卵を見つめ、視線をラギウスに動かして先を促す。
「その例外って?」
「……親竜が死んだ時だ。今回の場合、おそらく殺されたのだろうな、卵から僅かながら血の匂いがする」
オレは内心で「……やっぱり」と思いつつ、逆に炎系最強の竜を殺せる存在に、背筋を震わせる。
「……そうか」
オレは視線を卵に向ける。
この卵を見ていると、何故か以前のオレと重なる。
以前の世界のオレには、血の繋がった親はいたが、それは本当の意味で親ではなかった。オレは孤独だった。
この卵は親を殺されて失い、オレと同じく独りだ。
それが酷くオレと重なる。
オレは卵に優しく触れると、小さく呟く。
「……お前も、独りか……」
少し考えるように瞳を閉じるとゆっくりと開き、優しく卵を見つめる。
オレは卵を孵化させる事にした。
このまま捨てるのもどこか気が引ける為、せっかくなので卵を孵化さようと思い、その事をラギウスに伝える。
それから、日が完全に沈み、オレは卵を拠点にある小屋に持って入った。
この小屋はオレが三ヶ月以上を費やして建てた力作だ。少々隙間などがあるが、悪くない。
腕に抱えていた卵を魔物の毛皮などを敷いた床にゆっくりと下ろし、冷えないように周りを囲う。
それから、今日倒した双蒼鎧竜の肉を食った。肉は臭みがなく、あっさりして美味かった。ただ、贅沢は言わないが、できれば塩が欲しいところだ
胃袋を満たした事で眠気がどっと押し寄せ、オレは卵を抱えるように深い眠りについた。




