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悪魔がカレンにわらうとき  作者: 久保 雅
第1章〜最強への道〜
24/201

神速黒皇

 ここまでオレは様々な魔物と遭遇した。


 小鬼(ゴブリン)大鬼(オーガ)死呑獣(アルー)鳥人獣(ハーピィ)川馬(ケルピー)餓食獣(ムシラ)鎌爪獣(リーパー)白蛇獣(レイジ)毒鱗蛾(チューチ)裂口獣(ギドラ)ーーその他にも色々な魔物を撃破した。


 だが、どれも苦戦する程ではなかった。


 確かにこの森の魔物たちは他と比べて強いのだろう。だが、オレからすればとても弱く、他と大差ない。


 魔物の動きは遅く、単調で読みやすい。刀を一閃すれば、どの魔物も否応なく斬り裂かれ絶命する。


 このまま弱い魔物とばかり戦っていてはダメだ!もっと強い魔物を相手にしなければ、オレ自身が成長しない。


 オレは強い魔物を求めて、更に森の奥へ奥へと歩を進める。

 景色はどこも同じだ。だが、一歩一歩進むごとに森の魔素が濃くなっていくのを何となくだが感じ取る。何よりさっきいた場所とは比べ物にならない魔物の気配を感じ取っていた。


 どうやら適当に歩いていたら、強い魔物のいるエリアに入ったようだ。

 これは大当たりだ。


 オレは口元を吊り上げ、周囲を見渡す。


「……殺気ってやつか? オレに向けられたモノではないが、さっきからバリバリ感じるな」


 それから森を歩き続け数十分が経ち、そろそろ一度休息を取ろうと思ったその瞬間、上から一体の魔物が降ってきた。


 その魔物は凄まじい勢いで降り立ったにも関わらず、全く重さを感じさせずにほぼ無音で着地した。

 魔物は手首の少し後ろから肘にかけて生えている、刃のような突起をオレに向けてちらつかせると、その姿()()()()()


「消えた?!」


 オレは探知魔法〈魔力感知〉と〈熱感知〉を同時発動し周囲にいないか警戒する。


 しかし、反応はなかった。確かにオレの前に現れた魔物が探知魔法に反応しない事に眉間のシワを深くして、オレは訝しむ。


「……いない、一体さっきのはなん――っ?!」


 突然、左腕に痛みが走る。


 まさかと思い、オレは左腕に視線を向ける。


 左腕には何か鋭い刃物のようなもので切り裂かれた跡があり、血がどくどくと流れていた。


 流れ出る血が地面を赤く染める中、オレの前方に魔物が再び姿を現した。オレはその魔物の姿形、並々ならぬ気配を感じ取り、嫌な汗が頬を伝う。


 大きさは成人男性ぐらいで、全身が霞んだ黒一色。頭はまるで竜を模したような形をしており、二本の湾曲した角が生えている。目は四つ付いており、淡い緑色。僅かに鈍く光った目は感情が読めない。二足歩行で少し前傾姿勢、手と足の指はそれぞれ三本に分かれており、どちらも鋭い鉤爪が付いていた。肘には淡い緑色に光る片刃の剣のようなものが生えている。

 背には飾りであろう、折りたたまれた大きな羽が生えていた。尾は背中の中頃から伸びており、先端は剣のように鋭利になっていて、触れただけで斬れそうな輝きを放つ。


 一見、(ドラゴン)のように見えるが、どうやら蟲型の魔物のようだ。


「こいつも初めて見るな……それにラギウスから教えて貰った魔物の特徴に当てはまる奴がいない……なんだこいつは?」


 オレは険しい視線で魔物を睨み、観察する。


 感想としては危険な匂いしかしない。


「シュロロロロ……」


 オレは魔物から意識を外さぬよう注意を払う。しかし、またも目の前から魔物の姿が消える。


 それと同時に、オレの右肩から血が飛び散る。


「っ!!」


 なんだか分からない内に斬り裂かれ、このままではじわじわと嬲り殺しにされるのは目に見えている。

 オレは特殊能力(スキル)【再生】を発動し右肩と左腕の傷を治し、遅まきながら戦闘態勢に入る。


 こんな所で殺されるなんざごめんだ。


 オレは刀の柄に手を添え、周囲を警戒して油断なく周りを見渡す。

 すると、僅かながら、高速で動く魔物の黒い影が視界に入る。


 だが、相変わらず探知系の魔法には何の反応もない。するとオレの後ろから僅かに、チッ、という地面を蹴る音が耳に届き、咄嗟に横へ飛んで回避する。


 オレが飛び退いた瞬間、先程まで立っていた場所に鋭爪が振り下ろされ、魔物が出現する。


「シュロロロロ」


 オレは引きつった笑みを浮かべる。


「おいおい、なんの冗談だ。お前速すぎんだろ。探知魔法にも引っ掛からねぇしどうなってやがんだ?!」


 そう、先程から消えたように見えたのは、ただ単純に魔物の動きが速すぎるだけなのだ。その速度は探知系の魔法では捉えられず、反応しない。


 その速度、まさに"神速"というに相応しい。


 どうやらこの魔物に対して魔法は意味をなさないらしい。音や気配で居場所を探るしかないようだ。


 これだけ速ければ魔法を放つ暇もない。それに、仮に発動出来たとしても容易に避けられるのは目に見えている。こうなれば単純な物理攻撃のみでやるしかない。


 オレは刀を鞘に納めたまま右手を添えて構えると、一気に距離を詰め、魔物に斬りかかった。


「ふっ!!」


 刀を鞘から抜き放なち、斬り上げる。


 魔物は自らの腕を盾にして、後ろへ回転しながら飛び退き、斬撃の威力を殺す。


 ガギンッ!!


「ちっ!  硬い!!」


 刀を回避しようとした魔物の腕に、刀の切っ先が当たりはしたものの、僅かに傷をつける程度だった。ラギウス程ではないがかなりの硬度である。


 オレはすぐさま魔物に駆け出し、距離を詰めるが、その前に魔物の姿が搔き消える。

 嫌な予感を覚えたオレは、上体をそらすがーー


 ヒュンッ!! ブシャー!!


 胸から首筋にかけて一直線に斬られる。


「ぐっ!!」


 特殊能力(スキル)により傷は癒えるが、痛みが感じないわけではない。受けた傷はそれ相応の痛みを伴う。


 深く斬り裂かれたオレは痛みに膝をつきそうになるが、ここで膝を折れば追撃が来る。歯を食いしばり、踏みとどまる。


「ぐっ!!」


「シュロロロロ……」


 傷が癒えたと同時に魔物が現れた。オレは魔物の姿が消える前に地面を強く蹴ると、魔物に迫り、刀を横に振るう。


 横に一閃された刀を、魔物は硬い腕の甲殻で受け止めると、その衝撃を逃すように体を高速回転させ、背中にある尾でオレに斬りかかる。


 凄まじい速度で振るわれる尾は音速を超え、最早目では追えない。オレは勘を頼りに刀を盾にして受け止めると、衝撃を受け流す。


 その流れで刀を魔物に向かって斬り上げる。


「ふっ!!」


 魔物は想定内と言わんばかりに、上体をそらすことで回避し、そのままバク転してオレの顔面を蹴り上げようとする。


 下から轟音と共に迫り来るサマーソルトキックをギリギリのところで避ける。

 魔物の鋭い爪が鼻先をかすめ、背中にどっと嫌な汗が流れる。もう少し前へ出ていたら顔が三つに割れていただろう。


 オレは地面を蹴って跳躍し、魔物の背後に着地すると、上段から斬り下ろした。


 魔物はそれに意図も容易く反応して、尾剣で受け止める。


(強い! 今までの魔物とは別格だ!!)


 魔物は強かった、それこそ()()()()では勝てないほどに。


 オレがどれだけ攻撃を繰り出そうと、受け止め、回避し、いなされる。

 全てに対応される。


 驚異的な速度を持ちながら、超が付くほど硬い。冗談にも程がある。


 刀と魔物の刃が火花を散らしながら(せめ)ぎ合い、徐々にオレは押され始める。


 再生が追いつかないほど傷が増えていき、周囲に血が飛び散る。


 オレは刀を斜めに上から斬り下ろした。魔物はバックステップで攻撃を躱し、腰を低くして力を貯めると、地面が抉れるほど強く蹴って、凄まじい速度でオレに肉薄する。

 魔物は目の前まで来ると、体を回転させて強烈な蹴りの一撃をオレの腹に叩き込む。


「がはっ!!」


 衝撃が腹を突き抜け、内蔵にまでダメージが入る。後ろに吹き飛ぶということはなかったが、腹を何かが貫通したような感覚と、今まで感じたことのない痛みに悶絶する。


「ッッッッ!!!」


 痛みに苦しむオレに魔物は足の裏を天に向け、轟っ! という音を立て、一気に振り下ろす。


「うおっ?!!」


 オレは魔物が繰り出した攻撃をなんとか躱して、震える手で刀を構え、荒い呼吸を整る。


「はぁ、はぁ、はぁ……ふぅ」

 

 オレは、魔物を睨み、内心で悪態を吐く。


(クソったれ! 繰り出してくる攻撃まで視認ギリギリの速度とか、なんつう出鱈目生物だ、ったく!!

 それに、さっきの腹への一撃はやばかった、危うく意識を刈り取られるところだったな!)


 呼吸を整えたオレは、魔物を真っ直ぐに見据え、口元を吊り上げる。


「……だがまぁ、もう慣れた!!」


 オレが不敵な笑みを浮かべ刀を構え直すと、魔物は腰を落とし身を低くする。すると、ぼうっ! という空気が弾ける音と共に一気に距離を潰して再びオレの目の前に現れた。


 魔物は鉤爪を地面すれすれから、アッパーを打つのように切り上げ、オレを切りーー


 ガギンッ!!


 裂けなかった。


「ギシャッ?!」


 オレは魔物の攻撃を刀で受け止めると、口元を吊り上げて、静かに告げる。


「動きと速度にはもう慣れた、ここからテメェはただのエサだ!」


 鉤爪を受け止めた刀をそのまま魔物の腕を這わすように動かし、ちょうど肘辺りの関節部分を狙い、斬り落とす。


 腕はぼとりと地面に落ち、切断面からは緑色の液体がドロドロと流れ出てくる。おそらく血だろう。多分


「ギシャャャャャャャンッ!!」


 腕を切り落とされた魔物は痛みに鳴き叫んだ。


「お前は身体中を硬い甲殻で覆っている、だが!  いくら身体中を硬い盾で覆っていても必ず隙間は存在する、例えば関節とかな。

 自由に動くためには、関節の部分に甲殻があっては動きが制限され阻害される。だから関節部分だけは自由に動かすために甲殻が無く、剥き出しの状態になっているはずだと踏んだ。まぁ、それは当たりだったわけだ!

 あとは簡単だ、そこを狙って切り刻んでやればいい!」


 オレは魔物を見下ような視線を向けると、一瞬で距離を詰め、首筋にある甲殻の僅かな隙間を狙い、斬り下ろした。


 ブシャーッ!!


 斬られた箇所から緑色の鮮血が飛び散る。


「ギシャャャンッ!!」


 またも走る痛みに絶叫を上げ、魔物はオレを睨み付ける。

 すると、今まで聞いたことがない低い唸り声を上げた。


「シュロロロロロッ!」


 オレは肩を刀でトントンと叩きながら余裕の表情で視線を向ける。


 それが癇に障ったのか、魔物は咆哮を上げると、脚に魔力を集約し力を溜める。

 十分な魔力が集まると、魔物はその力を解放し、残像を残すほどの速度でオレの正面に接近した。


「っ!!」


 今までとは比べ物にならないその速度に、内心焦りを感じなごらも、刀を持つ手に力が入る。

 オレは何とかその視認ギリギリの速度に反応して刀を一閃するが、刀があたる寸前で魔物はまたも残像だけを残し、目の前から消え失せる。


 魔物を斬り裂くはずの刀は虚しく空を斬る。


 オレが刀を振り切ると同時に、背後に魔物が現れる。そして、命を刈り取る死神の鎌が振り下ろされる。


「ギシャャャャャャャンッ!!」


 当たれば間違いなく死ぬだろう。だが、オレは振り向かずに刀を頭上に持ってくると、刀身を斜めに傾けて攻撃を受け流す。そして、左足を軸に体を回転させ、その勢いで魔物の開いた口に、刀を滑らせた。


「ふっ!!」


 ヒュンッ!!


「ギッ!! ……ガッ……ギギッ……ギ……」


 ボトッ!


 頭の半分から上を失った魔物は緑色の血を噴水のように噴き出しながらどさりと倒れた。


「………」


 オレは刀に着いた血を振り払うと、鞘に戻し。小さく息を吐く。


「ふぅ………ちょっと危なかったな」


 特に最後の魔物の攻撃は肝を冷やした。


 まさか最後の最後であんな速度で迫って来るなんて……しかもフェイントまで仕掛けてくるとは思わなかった。

 ラギウスから注意しておけと散々言われていたが、まさかこれほど強力で厄介な魔物がいるとは予想外だ。


 どうやらオレはこの森を舐めきっていたらしい。

 今回のこの魔物のとの遭遇は、そんなオレへの手痛いしっぺ返しと言ったところか。


 オレは汗を拭うと腰に手を当て呟く。


「……この森について考え直す必要があるな。そろそろ一旦戻るか」


 オレは一度戻る事にするが、今現在何処にいるか分からない為、帰りようがない。という事で、ラギウスに〈念話〉を繋げる。


『ラギウス、聴こえるか?』


『聴こえているぞカレン、どうかしたのか?』


『いや、一度戻りたいんだが今いる場所が分からなくてな、悪いが迎えにきてくれるか?』


 ラギウスは呆れたよう小さく溜息をする。


『はぁ、カレン、自分のいる場所ぐらいは把握しておけ………分かった、迎えに行く、その場から動くなよ』


『ああ、分かった』


 オレは〈念話〉を切ると魔物の死体を見つめ、手を顎に添える。


「ラギウスからこいつの事を聞かなかったって事は新種なのか?」


 オレは一人首をかしげる。


「種族名はあった方がいいか……」


 ラギウスが来るまで暇なオレは先程倒した魔物の種族名を考える事にした。


 それから数十分頭を悩ませる。


「そうだなぁ、見た目は悪くないし、出来ればかっこいい名前にしてやるか。

 見た目が黒一色、速い、神速、…………『神速黒皇(オニキス)』……悪くない、これがいいな!」


 うんうんと満足そうな表情で一人納得していると、大きな翼をはためかせ、ラギウスが迎えに来た。


 オレは少し申し訳なさそうに謝る。


「悪いな、ラギウス」


「構わん、ところで……」


 ラギウスは神速黒皇(オニキス)に視線を向け、オレに問いかけた。


「その魔物は何だ? ワシも初めて見る種だ」


 どうやら本当にラギウスですら見た事ないらしい。新種発見しちゃったなおい。


「詳しいことは帰り際に話す。とにかく今は戻ろう、疲れた」


 そう言ってオレは跳躍すると、ラギウスの背に乗り、どっかりと座り込んだ。


 オレが背中に乗るとラギウスは翼をはためかし、空へ飛び立つ。そして、ゆっくりと元いた湖へと向かって飛んでいった。


 オレはラギウスの背中で足を伸ばした状態で手をつくと、青い空を見ながら神速黒皇(オニキス)の事を思い出す。


 オレが先程戦った神速黒皇オニキスについてだが、死体を調べた結果、実は成長の途中だった事が判明した。成長段階であの強さとは、流石に顔が盛大に引き攣って戦慄をおぼえた。


 オレは内心で小さく息を吐き、空に向かってぼやく。


「………この森半端ないわ」


 それからオレは、神速黒皇(オニキス)の事をラギウスから根掘り葉掘り聞かれるのだった。

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