戦闘
「ふぅ……これで何体目だ? 随分倒したな」
そう言って血の付着した刀を振り払って鞘に戻し、カレンは小さく息を吐いた。
現在森へ入って約二時間、これまで数十体以上の魔物を斬り伏せ、いつの間にやらかなり奥まで来ている。
ここの魔物はラギウスが言った通り、他とは比べ物にならないぐらい強い。
フルール村近くの森の魔物は紙のようにスパスパ斬れたが、このムエルト大森海に生息する魔物達は、肉が硬く断ちにくい。中には首を刎ねても襲いかかってくるものまでいて、少し焦りを覚えた。まったくとんでもない生命力だ。
オレは更に森の奥へと歩を進める。
森の中は何処も似たような景色で、岩や樹には苔がびっしりと生えており、どこか神秘的な雰囲気が漂っていた。手付かずの森というのはこういうものなのだろう。まさにファンタジーの世界に出てくる森だ。
そんな森の中を彷徨い続ける。
同じような景色故に目印になるようなものは無い。その為、今自分が歩いている現在位置が不明、右か左か、どちらに行けば良いのかも分からない。つまり、完全に迷子である。
かといって焦ったりはしない。いざとなればラギウスに迎えに来てもらえば良い話だからな、オレは別段気にしていない。
とにかく視界に入った所を赴くままに歩いていると、本日何体目か分からない魔物が目の前に現れた。
「初めて見るな……特徴からして、裂口獣か? 思っていたより大きいな」
オレの目の前に現れた魔物は裂口獣といい、体長約四メートル。全身を赤茶色の毛で覆い、顔はどことなくアリクイに似ている。目は小さく真っ黒、細長い口は裂けているかのように目の後ろまで続いており、そこには小さな牙がずらりと並んでいる。首は少し長めで、胴体は少しずっしりとしており、そこから六本の脚が生えている。その足からは長い鉤爪がのびていて、尻尾は団子のような毛玉がちょんと付いており、そこだけ見ればどこか微笑ましい。
裂口獣はオレをみるや否や、その細長い口を開き、まるで機械音のような声を発して、突っ込んできた。
「ギイィィィィィ!!」
「どうも感に触る鳴き声だな」
裂口獣はその細長い口を開き、獲物に噛み付こうとする。
オレは大きく開いた口を避け、脚に力を入れると、一気に裂口獣に接近した。すると裂口獣は近づいてきた獲物に、六本の脚のうち、前にある二本の脚を頭上に上げると、その大きな鉤爪をオレにめがけて上から振り下ろした。
そうくるだろうと予想していたオレは、振り下ろされる鉤爪を刀で受け流し、そのまま振り下ろされた脚を二本まとめて斬り落とす。
「ギイィィィィィィィィィィィ!!」
「脚が六本あるんだ、もっと上手く使え!」
腕を切り落とされた裂口獣は、切断された腕から血を吹き出しながら地面をのたうち回り、次の瞬間には怒りの形相でオレを睨んだ。
「なんだ、怒ってんのか? 先に襲いかかって来たのはお前のほうだろう。自業自得だ」
オレは立ち上がった裂口獣に距離を詰めると、その細長い口を切り落とし、次の瞬間には痛みを感じさせる間も無く首を跳ね飛ばした。
「ふぅ……」
オレは刀に付着した血を振り払うと、鞘へと納め、裂口獣の死体に視線を落とした。
「オレを喰おうと思って襲ったんだろうが……今回は運が無かったと思ってくれ」
オレが移動を開始しようとすると、左の樹の間から一匹の魔物が姿を現した。
「シュルルルル!」
「血の匂いにつられてやって来たか、しかも一匹だけじゃないな……他にも五、六匹か、こっちに向かってくるな」
今見える範囲では一匹しか確認できないが、最近覚えた〈魔力感知〉の魔法を周囲に展開している事により、見えない魔物までどこにいるか把握できる。
オレは目の前の魔物を見ると、愉快そうに笑う。
「……死呑獣か、こいつも初めて見るな」
アルーは全長約三.五メートル程あり体は細長く、頭は蛇と蛙を足したような顔をしている。鼻の上には長さ二十センチの突起があり、目はそのまま蛙のようだ。
口はかなり大きく、牙が数本内側に向かって生えている。
子供のオレなら容易く丸呑みできるだろう。
脚は前にある二本だけで指は少し長いのが二本、短いのが一本ある、全身が赤紫色で鱗などが無く、何かテカテカした液体に身を包んでいた。
「見た感じ、ヌルヌルしてそうだな……」
オレが観察していると、死呑獣は近くにある裂口獣の死体に近づくと、口を大きく開き、死体を丸呑みし始めた。
「そういえば、コイツは死体しか食べないんだっけか?」
丸呑みし終えた死呑獣の腹は妊婦のように大きく膨れ上がる。
死呑獣は死体を食べた事でお腹がいっぱいになり、オレに興味を示さず、膨れた腹を引きずるように森の奥へと消えていった。
これから数日かけてお腹の中を消化する。その間はエネルギーの消費を防ぐため、ピクリとも動かなくなる。
死呑獣は獲物を食べた後は、完全に無防備な状態になる。故に、安全なところを探して、そこで消化するのだ。
死呑獣が森の奥へ消えると、オレは気配のする後ろへ視線を向けた。すると、タイミングよく五匹の魔物が物陰から出てくる。
「小鬼か……」
五匹の小鬼が醜悪な顔で威嚇する中、オレは顎に手を添えて少し考事をし始める。
そろそろ覚えたばかりの攻撃魔法の試し打ちがしたいな。でも他にも試したいことはあるし、どうしようか……。
「「グギャァァ!」」
「ギャオォ!!」
「ナギャァ!」
「ギャオ!」
考え事をしているオレに、小鬼は棍棒を振りかざし、何の躊躇もなく突っ込んできた。
構える動作もしないオレは、無防備であり格好の獲物だ。
頭の悪い小鬼たちが襲いかかってくるのも無理はない。
しかし、人が考え事をしている時に周りで騒がれるのは、多少イラつく。
五匹の小鬼が次々と攻撃を仕掛けてくるが、オレはそれを足捌きだけで全て避けきる。これぐらい造作もない。
当たらない事に業を煮やした一匹の小鬼が、手に持った棍棒を投げ捨て、飛び付こうとする。そこへ――
「ギャッ!!」
――がら空きの胴体に回し蹴りを叩き込む。
バキッ! ボキッ! という嫌な音が鳴り、吹っ飛んだ小鬼は背後の木に体を叩きつけられ、その場で息絶えた。おそらく折れた骨が内臓に刺さったのだろう。
「人が考え事している時は静かにしろ! ボケ!」
そう言ってオレは残りの小鬼を全て素手で倒した。
回し蹴り、アッパー、踵落とし、腹パン。全て一撃で沈めた。
小鬼を倒したオレは、最後の一体に視線を向ける。
「クオォォォォン!」
視線の先に現れたのは、これまた初めて見る魔物だった。
「鎌爪獣、か……」
鎌爪獣は見た目二足歩行の亀で、高さ二メートル程だ。太い両腕にはまるで鎌のような大きな爪が二本備わっており、淡い青色をしている。瞳は黄緑色で、目の上には捻れた小さな角がある。甲羅には棘があり、尾の先には爪と同じように、鎌のようなものが付いている。
オレは鎌爪獣に向かって、手を突き出した。
「ちょうどいい、お前で魔法の試し打ちをしてやろう」
鎌爪獣は両腕を広げると、オレに向かって駆け出した。
見た目は二足歩行の亀だが、意外にも動きが早い。
「クオォォォォン!!」
オレは不敵な笑みを浮かべると、頭の中で魔法の術式を構築した。
術式を組み上げていくごとに、まるで歯車が噛み合っていくのような感覚を覚える。
全ての歯車が噛み合い、動き出す。術式が完成した。
術式を構築し終えると、オレは魔力を充填する。オーロラのような黄金の光が全身を包み込む。その光景はなんと美しいことか。
悪魔なのに何故か神々しい。矛盾を感じるなぁ。
オレは鎌爪獣に向かって、口元を吊り上げ、小さくつぶやく。
「足が速いのを自慢したいなら、オレとじゃなくて兎と駆けっこでもしてろ。ウスノロ!」
そして今まさに、その巨大な鎌をオレに振り落とそうとする鎌爪獣に向かって、オレは、それを放った。
「〈拡散魔導衝撃波〉」
その瞬間、まるで空間が爆ぜたような衝撃が、凄まじい轟音と共に前方へと放たれ、視界全てが消し飛んだ。
体の芯にずっしりと響く轟音は大地は抉り、全てを破壊する。
土煙が空高く舞い上がり、太陽を覆う。
「………」
土煙が少しづつ晴れていくと、そこには、先程までオレの視界にあった森が綺麗さっぱり無くなり、まるで荒野のようになっていた。
その光景に頬を引きつらせ、苦笑いを浮かべる。
ヤバくね、コレ。
「ちょっとしか魔力を込めてねぇのに……なんつう威力だ!」
〈拡散魔導衝撃波〉――魔力をなんやかんやで音へと変換し、大気に強烈な衝撃を与える事で広範囲に渡ってその威力を伝える、超広範囲型殲滅魔法。
カレンは知らない。今カレンが使ったこの魔法は、魔導師たちが百人以上集まり、それこそ莫大な魔力を必要として発動する大魔法だという事を。
カレンは知らない。この魔法が人間達の間では伝説級の魔法だということを。
閑話休題
オレは発動した魔法のあまりの威力に、心の中でため息をつく。オレが会得している攻撃魔法はコレを入れて合計五つ。その内の一つが早くも使用禁止レベルだ。他の四つも、もしかして……。
「どんどん人間離れしていくな………元から人間じゃねぇけど」
オレは手に視線を落しながら呟く。
「……こいつも、使いどころを考えねぇとなぁ」
すると、ラギウスから〈念話〉が繋がった。
『カレン、先程大きな揺れを感じたが、何かあったのか?』
『あ〜、魔法の試し打ちをしただけだ、心配ない』
『そうか、ならいい……ただ、あまり派手にし過ぎると強力な魔物を呼び寄せる、用心しろ』
それだけ言うとラギウスは〈念話〉を切った。
大きな揺れを感じ、わざわざ〈念話〉してくるラギウスは随分心配性な奴だ。
お父さんか、アイツは!
オレはそんなラギウスに対して自然と笑みがこぼれる。
心配性な竜、どこかシュールだ。
まぁ、そんな事より……
「……あいつ、フラグ立てやがった」
そんなオレの小さな呟きが、森の中に溶けて消えていった。




