ムエルト大森海
鬱蒼と生い茂る深い森の中、世界樹の根元で魔法の特訓を始めて、早三ヶ月が過ぎた。
その間にオレが会得した魔法の数は十五個。個人的にはまぁまぁ努力して会得したのだが……
「……カレン、お前魔法の才能というものが無いな」
「……」
三ヶ月間の魔法の特訓、その様子をずっと側で見て教え続けたラギウスは、どうやらオレを才能無しと判断したらしい。
ラギウス曰く、普通なら三ヶ月で、これの倍以上は会得できる筈だという。その普通が一体どの程度の普通なのか分からないのだが。それを敢えて言うまい。
それに魔力制御も全然ダメだそうだ。これが一番問題らしい。魔力の使用量が多すぎたり、少な過ぎたりと極端なために、魔法が発動しなくなるらしく。その上、魔力のコントロールが雑過ぎるようだ。
魔法というものは便利だが、裏ではそれなりの努力と技術が必要となる。なかなかどうして、奥が深い。
まぁ、兎にも角にも実際オレは魔法の才が無い。それは自分が一番よく分かっている。
ということで、オレは魔法を諦めることにする。
いや、諦めたりしないが、このまま続けるより後々少しづつ覚えて行くほうが合理的だろう。出来ない事を無理にする必要はない。
取り敢えず、魔法の事は一度横に置いておいて、これからどうするかを考える。
(才能無しではあるが、基本的な魔法は覚えたし問題はないだろう。さて、これからどうするか……魔族の国を目指すか? いや、情報が少な過ぎる。まだ行くべきじゃないな。それとも適当な何処かの街に行くか? いやそれも現実的じゃない……ダメだ、行動を起こす前にやっぱり情報が必要だな)
オレは今後の身の振り方を考えつつ、ラギウスに魔法の鍛錬を少しの間休む事を伝える。
「ラギウス、魔法の鍛錬はこれぐらいにしないか。自分で言うのもなんだが、このまま続けても良い結果は出ないだろうしな。そもそも、オレはこの世界で生き延びられればそれでいい、これ以上魔法を覚える必要も無ぇだろう」
「……確かに、これ以上無理にやっても良い結果はでまい。だがカレンよ、この世界で生き延びたいのであれば、尚更魔法を覚えよ。今より強くなるためにな!」
「もう十分だろう、これ以上強くなってどうするんだ?」
「カレン、この弱肉強食の世界で生き延びるなら、今のお前の強さは中途半端だ。
確かに今のお前はこの世界の基準から見ても強者と言える。だが上には上がいるものだ。世界にはお前よりずっと強い存在がいる。
もしその化け物たちと戦うような事になれば、生き延びるどころか、殺されるはめになる。そうならない為にも、とにかく強くなれ。"力"を求めよ。
この世界は"強さ"が全てだ。強くなればお前を襲おうなどと思うやからも減り、おのずと危険も無くなるだろう」
「……確かに、一理あるな」
弱肉強食。強い者が生き、弱い者が死ぬ。
単純、故に明解。
「強くなければ、生きることも出来ないか……どこの世界も変わらないな」
オレの答えは決まった。
やっと地獄から抜け出して、この世界で自由になったんだ、なら……
「分かったラギウス。力を、強くなる方法を教えてくれ!」
「うむ、承知した……強くなる方法というが、要はとにかく戦って、経験を積む事だ。
要するに、実際に命のやり取りをするのが一番手っ取り早い。
幸いにもこの世界樹より更に奥にある、"ムエルト大森海"と呼ばれる森には、強力な魔物たちが跳梁跋扈している。それこそ今のお前より遥かに強い個体も数多くいるだろう。
カレン、技術を学び、経験を積み、生きる為に命を削れ! それが、強くなる為の唯一の方法だ!」
生きる為に命を削る、か。
確かに、力や強さなんてものは一朝一夕で得ることは出来ない。
それに、いくら魔力が大きくとも、そこに技術や経験がなければ、それはただの宝の持ち腐れだ。
「いいだろうラギウス、早速オレをそのムエルト大森海に連れて行ってくれ!」
ラギウスは姿勢を低くすると、自らの背に乗るように促す。
「ワシの背に乗れ……」
オレは頷くと、刀を手に持ち、ラギウスの背に飛び乗った。
ラギウスはオレが背に乗った事を確認すると、その巨大な翼を広げ、空へと舞い上がる。
そして、西へと進路を取って、森の奥へと進んだ。
空を飛んでいる間、風の音で声が届かないので、オレは〈念話〉を発動し、ラギウスに繋げる。
『で、そのムエルト大森海にはどれぐらいで着くんだ?』
『そうだな、この速度だと数時間は掛かるだろう』
『かなりの速度が出ているが、そんなにかかるのか?!』
現在ラギウスはかなりの速度で飛行している、その速さは地球の戦闘機など相手にならないほど。
オレは、音速を生身で体験中だ。
どうして音速で飛ぶ竜の背に乗るオレが平気なのかというと、〈魔力障壁〉という魔法を発動し、自分の周囲に展開しているからだ。
〈魔力障壁〉――それは、ただ単純に自らの魔力を外へと放出し、盾をイメージする事で発動する魔法だ。
この魔法は恐ろしく燃費が悪く、故に使用するものも少ないらしい。だが、その有用性は抜群だ。
魔力量が桁違いのオレなら、一日中使用してもなんてことはない。
ちなみに、以前魔法は頭の中で術式を組み立てる事で発動すると聞いたと思うが、どうやら魔法にも二種類あるらしい。
それは、今オレが使用している〈魔力障壁〉や〈身体強化〉など、直接魔力を動かす事で発動するタイプと魔力を動かさずとも頭の中で術式を組み立てる事で発動するタイプだ。
おっと話が逸れた、元に戻そう。
音速で飛んでいるにもかかわらず数時間掛かるとか、一体どんだけ遠いんだ。というか、どんだけ広いんだこの森。
『硬い鱗の上で数時間も座ってたら尻が痛くなりそうだ……』
『徒歩でゆけば数ヶ月は掛かる道のりを、たった数時間で行けるのだ、我慢しろ』
『分かってるよ』
着くまでまだ時間が掛かりそうだし、オレは寝るとしよう。オレはラギウスに『少し寝る、着いたら教えてくれ』と伝え、少しの間眠りにつくのだった。
それから数時間後、オレたちはムエルト大森海に到着した。
目的地に近づいて来ると、ラギウスは自らの背で寝ているオレに到着した事を告げる。
『カレン、起きよ。 大森海に着いたぞ』
『ああ、今起きる……』
眠りから目覚めたオレは、高速で後ろへ流れてゆく景色を視界に捉えつつ、フワフワした意識を少しずつ覚醒させ、ぼやけた視界がクリアになっていく。
大森海と言うほどだからどんな所だろうと思い、オレは周りを見渡した。
『あまり景色は変わらないな』
『まぁ、大森海と言っても要は大きく、深い森だからな。当然と言えよう』
『……それもそうか』
『近くに水源がある、そこに降り立つとしよう』
『ああ、任せる』
ラギウスは近くにあった巨大な湖の少し開けた沿岸部に着陸した。
湖は縦二七キロ、横幅一七キロもあり、まるで海のようである。
水質はかなり良く、底まで見えるぐらい透き通っていてる。とてもキレイだ。
見れば魚も気持ちよさそうに泳いでいる。美味そうだ。
「随分でかい湖だな…………というか、森の樹もデカくね?」
オレは後ろを振り向き苦笑いを浮かべる。
オレの視線の先、そこには巨大な樹々が青々と生い茂っていた。
デカい、世界樹程ではないがかなり大きい。
高さは八十メートルはあるだろうか。
そんな樹々が見渡す限り永遠と続いている。
オレは森を指差しながら、真顔で顔をラギウスに向けた。
「なんでこんなデカいんだ?」
「このムエルト大森海は他の地よりも"魔素"の濃度が濃いのだ、故に樹々がこれだけ巨大化している」
魔素という単語にオレは首を傾げる。
「魔素?」
「そういえば教えていなかったな、魔素とは空気に含まれる魔力の素の事だ」
「魔力の素?」
「うむ、先も言ったが魔素は普段ワシらが吸い込む空気に含まれており、ワシたちはこの魔素を空気と共に吸い込む事で、それが心臓へ行き、なんやかんやで魔力に変換される」
「一番重要なところがあやふやなんだが……はぁ、なるほど、つまり心臓は魔力転換炉の役目を果たしているわけか」
「うむ、その通りだ」
「魔素のことはなんとなく分かった、じゃあなんでそれが植物の巨大化する理由になる?」
「魔素は栄養分のようなものだ。故に魔素濃度が濃いこの場の植物は、魔素という名の栄養を大量に取り込むことで、巨大化するのだ」
(なるほど……うん? 魔素は栄養? それってつまり、 植物がこれだけでかいって事は……もしかして魔物も巨大ってことか?!)
恐る恐るその事をラギウスに聞いてみた。
「なぁラギウス、植物がこれだけデカいって事は、魔物も巨大化してるって事か?」
「いや、魔物たちは巨大化していない。大きさは他の森と同じだ」
どうやら巨大化するのは植物だけらしく、魔物のサイズは変わらないそうだ。
「但し同じ大きさ、同じ種類でも、内包する魔力はお前の知っている魔物たちとは比べ物にならん。油断すれば今のお前でも、危ういだろう」
「へぇ……!」
オレは愉快そうな笑みを浮かべる 。
どうやらこのムエルト大森海の魔物は通常の魔物より遥かに強いようだ。
おそらく魔素濃度が関係しているのだろう。
「必要ないと思うが一応言っておこう。カレン、この森には今のお前では到底太刀打ちできない魔物が数体存在する。それには十分に気をつけよ」
「分かった……」
オレは森の奥を見つめ、凶悪な笑みを浮かべた。
ここでは、思う存分暴れられそうだ。
フルール村近くの森では強い魔物はいなかった、だから魔物大進行が発生して魔物と戦った時、その弱さに少し物足りなさを感じていた。
どうやらオレは戦闘狂という奴らしい。
会得したばかりの魔法の試し打ちも出来るし、楽しみだ。
オレはやる気と気合を漲らせると、ラギウスへと振り返る。
早速森へ行く事を告げる。
「それじゃあラギウス、行ってくる!」
「うむ、油断はしないようにな」
「ああ!」
オレは刀を腰に下げると、ラギウスに背を向けて、森へとその姿を消すのだった。
森へと入ったオレは、探知魔法〈魔力感知〉を発動し、周囲に魔物がいないかを探る。
すると、早速反応が一つあった。どうやらこちらに向かっているようだ。
「魔力の大きさも大した事なさそうだし、記念すべき第一戦といくか」
オレは刀を鞘から抜き、魔物を待ち構える。
〈魔力感知〉の反応が近くなり、魔物の姿も肉眼で確認できるようになった。
オレに近づいて来たのは、どうやら白蛇獣のようだ。姿形は同じだ。ただ、村周辺にいた白蛇獣とは違い、少し筋肉質だ。それに魔力の大きさも違う。月とスッポンだ。
「クルルルルルッ!!」
白蛇獣は甲高い唸り声をあげ、獲物を見定めるようにオレの周りを歩き出す。この森の魔物たちは少し慎重なようで、馬鹿正直に襲ってはこない。
「闇雲にかかっては来ないか……」
オレは刀を構えると、地面を強く蹴り、白蛇獣の懐へと踏み込んだ。
先程まで数メートルの距離を開けていた獲物が、いきなり目の前に現れ、白蛇獣は驚いたような声を上げる。
「クラァッ?!」
白蛇獣へ接近したオレは、刀を内側に向け、斬りあげる。
刀は白蛇獣を首を切り裂くが、断ち切れなかった。
硬い。首を斬り飛ばすつもりだっのだが、どうやらこういうところも普通の魔物と違うようだ。
首を切り裂かれた白蛇獣は血を撒き散らしながら、悲鳴を上げる。
「クギャャャャャャャャャン!!!」
首を切断出来なかったとは言え、傷はかなり深い。血は流れ続け、あと数分も掛からず大量出血で命を落とすだろう。それでも白蛇獣はその鋭い眼光をオレに向け、最後の力と言わんばかりに、オレに襲いかかる。
「クギャャャャャ!!」
ヒュンッ!
一閃。
白蛇獣の頭が体から離れ、ぼとりと地面に落ちる。
「ふぅ……」
小さく息を吐くと、オレは切り落とした白蛇獣の頭に視線を向け、瞠目する。
「ク……ギャ……ギャッ!」
「うぇっ?! まだ生きてんのか!」
白蛇獣は首を切断されたにも関わらず、まだ生きていた。と言っても風前の灯だが。
「首だけで生きてる……たいした生命力だ!」
まだ僅かに息のある白蛇獣の頭に刀を突き刺し、とどめを刺す。
オレは死んだ事を確認すると、頭に突き刺した刀を引っこ抜き、付着した血を振り払うと鞘へと戻す。そして、〈魔力感知〉に意識を向ける。
「数匹こっち向かって来てるな……血の匂いを嗅ぎつけたか?」
オレは魔物が来るであろう方向に歩を進める。
それから数時間、オレは魔物と戦い続けるのだった。




