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悪魔がカレンにわらうとき  作者: 久保 雅
第6章〜大闘技大会〜
200/201

Bブロック第十一試合 ゼン

 ビスマルク・アダマンデュラ。"鉄壁のビスマルク"として学園都市にその名を轟かす筋骨隆々の偉丈夫。今年で十九歳になる。

 身長百九十五センチメートル。一般的な金髪碧眼で、髪型はてっぺんだけをコロッケのように残した全刈り。

 深い堀のある顔と獣のような眼光。広く屈強な顎と頭よりも太い首。そして、その首すら細く感じてしまう、暴力ともいうべき肉の鎧。

 背が高い、というよりは、大きい。常人の一回りも二回りも大きい。眼前にビスマルクがいたなら全員がこう答えるだろう。「あれは壁だ」と。


 前大会十位という好成績。向かってくる者全て薙ぎ払い、悉くを返り討ち。

 鉄をも切り裂く斬撃はこの肉体の前に弾き返され。岩盤すら粉砕する魔法の一撃は砕け散る。

 魔法を意に返さず、武器による攻撃もほぼ効かない。故に"鉄壁のビスマルク"。


 どんな攻撃を仕掛けてこようと。どんな策を練ろうと。この完璧な肉体の前では児戯に等しい。

 全ての敵を一撃のもとに沈める。


 そして今回もいつもと何も変わらない。

 舞台に上がり、ブチかまし、そして終わる。いつもの作業だ。


 舞台に上がり、所定の位置で止まる。目の前には少女と見紛う小さく可憐なハーフエルフの少年。腰には刃渡り五十センチの半月型の剣が二本。どうやら双剣使いらしい。


 柔らかい雰囲気の中に醸し出される余裕。見上げるその顔には絶対の自信が見え隠れする。

 しかし、殺気や重圧などは一切感じない。威圧感もなく、これといって何か気になる点もない。

 今まで幾人も相手にしてきたが、こういうタイプは珍しい。


(読めん……)


 何を考えているのか掴めない。ただ単に何も考えていないのか、それとも巧妙に隠しているのか。ビスマルクの背中を何か嫌なものが這いずる感覚が襲う。


 ビスマルクは小さく息を整える。戦いとは一瞬が命取りだ。意識を常に研ぎ澄まし、注意をはらい、ただただ相手に集中する。

 故に、全力で叩き潰す。例え相手が自分より小さく、非力であろうと、敵であるなら情けをかけてはならない。

 決して驕らない。決して手を抜かない。決して相手を侮らない。

 ある意味、ビスマルク・アダマンデュラに隙はない。


 《さぁ、両者出揃いました! 見てくださいこの体格の差。一目瞭然。雲泥の差! 見た目だけで判断するなら既に決着はついているようなもの! しかーし、結果は戦ってみないとわからない。勝つのは"鉄壁のビスマルク"か! それとも挑戦者か! ハラハラドキドキ、まもなく試合開始!!》


 審判のシェイバが一歩前に出る。


「準備は良いか?」


 ビスマルクは首を縦に振り、対戦相手のゼンは「はい。いつでも!」と力強く答える。


 ビスマルクはその強面の顔と体格の良さから、存在だけで相手に威圧を与えるのだが、今回の相手はそれほど怖がっている気配はなく、寧ろ涼しさすら感じる清々しい表情をしていた。

 その余裕の仮面の下に何か隠している気がしてならない。


 ビスマルクは目を細め、ゼンの奥底を覗こうとする。だが、見えない。見えるのは溢れんばかりの余裕だけ。

 それが不気味で、気持ち悪くて、身がすくむ。


(かなりの実力者かもしれない……!)


 ゼンから何かを感じ取り、ビスマルクの顔つきが変わる。鋭い眼光が更に鋭さを増す。


 《ビスマルク選手、始まる前から臨戦態勢だ! 筋肉が膨れ上がって更にデカくなった!!》


 《どうやら挑戦者を強敵と判断したんだろう。おもしろい試合になるかもしれないね》


 ビスマルクに一片の油断も隙もないと悟ったのか、ゼンから笑顔が消え、無表情になる。

 凪のように静かで、まるで深海をのぞいているような錯覚に襲われる。


 ビスマルクの頬を一筋の汗が流れた。これは興奮による汗なのか、それとも恐怖による冷や汗なのか、ビスマルク本人にも判断し難い。だが、ハッキリしているのは、この汗の原因は目の前の選手ということだ。


 ビスマルクは大きく深呼吸をし、精神を研ぎ澄ます。

 いつも通りすればいい。最初から本気で叩き潰す。手加減はしない。だが、多少の様子見は必要だろう。ビスマルクの筋肉が更に肥大化し、それはもはや肉塊であり、人の形をした暴力だ。


 一触即発。今や遅しと合図を待つ。

 いつしか音は消え、相手しか視界に入らなくなり、全ての意識と集中力は相手に注がれた。もう外野の事など忘れた。ここには二人だけだ。そして、その時はやって来る。


「Bブロック一回戦第十一試合――始めッ!!」


 試合開始の合図が勝って落とされた。途端、ビスマルクが右ストレートをブチかます。悲鳴にも似た声が観客から飛ぶが、そんなものは些細なこと。無視だ。


 魔力も何も無い、ただのブチかまし。だが、正面に立つゼンにはそれが特大の砲弾のように見えた。当たれば全身の骨は砕け。内臓は破裂し、ただの肉と成り果てる。だが、ゼンには戸惑いも焦りもなかった。


 《初っ端から全力全開の右ストレート!! 会場から悲鳴が上がる!》


 ゼンはまっすぐ自分の頭目掛けて飛んできた拳を残り数センチの所で避け、外側を滑るように移動し、ビスマルクへ急接近。しかし、そこで避けたはずの拳がピタリと止まり、次の瞬間には大木を振り回すがごとく薙ぎ払う。

 ゼンは足場に瞬間的に〈魔力障壁〉を展開し、大腕を上に避け、相手の肩に手を掛けると顔面に蹴りを放つ。


 《ゼン選手、攻撃を掻い潜りビスマルク選手の顔に蹴りを放つ。しかーし、簡単に上手くいくはずもなく。ビスマルク選手、これを手で受け止め阻止した!》


 受け止めたついでにゼンの足をその巨大な手で包み込むと、棒切れのように振りかぶり、勢いをつけて地面に叩き付けた。

 途端、石畳が砕け、会場が揺れ、そしてビスマルクは瞠目した。


 魔力を使用していないとはいえ、ビスマルクの腕力は学園都市では間違いなく一番だ。ましてや魔力値は九万八千と高水準。それだけ肉体は強化されており、その分腕力も凄まじい。

 力に物をいわした叩きつけの威力は下手な魔法など比較にならないレベルである。


 その叩きつけをその身に受けたなら、肉は裂け、骨は砕け、内臓が破裂する。試合は終了するはずだった。だが、ゼンは耐えた。その頼りにならない細い腕で体を支え、ビスマルクの叩きつけを真っ向から受け止めた。


(この俺の叩きつけを耐えただと!? その小さな体でなんという膂力! 魔法を使った形跡もない……まさかゼン・ベギル。貴様"到達者"か!?)


 魔法を使わず、ましてや魔力すら使わず純粋な肉体能力でビスマルクの叩きつけを耐えるなどという芸当が出来るは"到達者"以外に考えられなかった。


 歓喜か、ビスマルクが獰猛に笑う。


「ふっはっはっはっはっ! 嬉しいぞゼン・ベギル。俺は今、最高に興奮しているッ!!」


 ビスマルクは地面からか引き剥がすように再度振りかぶり、先ほどとは比べ物にならない勢いでゼンを再び地面に叩き付けた。二度、三度、四度と、前後に繰り返し叩きつけ、その度に重い破裂音が鳴り響いた。

 会場は揺れ、悲鳴が上がる。だが、ゼンは全て耐えた。

 ダメージが無いといえば嘘になるが、到達者として肉体が大幅強化されてる所へ〈魔力硬化〉を被せているめに、なんとか耐え凌ぐ事が出来ている。

 かと言って、このままやられっぱなしでは時間の問題だ。そろそろ反撃に出なければ反撃する前にボロボロである。


 脚を掴まれている状態での反撃は、現在(いま)のゼンでは難しい。何より、絶え間なく振り回されているので力みにくく、振り解けるだけの攻撃を撃てない。となれば、魔法による魔力的攻撃手段が解決の糸口だ。運の良いことに、ゼンの主属性は"音"だ。肉体の強度関係なく内部へその威力を伝えることが出来る。

 そう思考を巡らせた矢先、体中を叩く咆哮がゼンの思考を停止させた。


「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!!」


 会場を黙らせる強烈な音圧を放ち、魔力を併用した渾身の力でゼンを無慈悲に舞台へと叩き付けた。途端、衝撃に耐え切れなくなった舞台が蜘蛛の巣のように砕け、地面が勢いよく隆起する。

 街全体が僅かに揺れ、衝撃で砕けた破片が土煙と共に空高く舞い上がり、乾いた音を立てた。


 《も、もの凄い叩き付けだ! 会場が揺れた。いや、街が揺れた! ゼン選手、これは間違いなく大ダメージ。早くも決着か?!》


 この土煙が晴れれば、そこに見えるのは鮮やかな赤か、それとも人か。街全体が静まり返り、固唾を飲んで見守る。

 あれだけ強烈な叩き付けを受けて、果たして無事なのか。ましてや叩き付けられたのは、まるで女の子のような小さくか弱そうな青年である。どう楽観的に考えても全身粉砕骨折しているとしか思えない。

 しかし、それは土煙が晴れると同時に杞憂に終わった。


 《こ、これは!? ゼン選手無傷! これにはビスマルク選手も驚きを隠せない!!》


 《なるほど。どうやら叩きつけられる直前に、背面から音属性の魔法を放射して舞台の一部を砂に変えたようだね。それがクッションの役割を果たし、彼の体を守ったんだ》


 ゼンを受け止めた砂は、砂というより灰に近い粒子にまで粉砕されており、かなり柔らかい。その、ショック吸収力は砂の数倍だ。

 しかし、いくら砂化して衝撃を吸収し、威力を抑えたとはいえ、舞台を砕く威力の叩きつけを受けたゼンにダメージが無いといえば嘘になる。背中全体は普通に痛いし、衝撃で内臓が一部損傷した。肺の空気は全部持っていかれ、背中側の肋骨が四本も折れた。身を守るために〈魔力硬化〉を掛けてもこれだ。生身で受けていたら色んな意味で終わっていたかもしれない。

 ぶっちゃけ無視できないダメージだ。だが、ゼンは気にしないとばかりに口角を吊り上げ、不敵に、静かに口を開いた。


「今度は僕の番だ!」


 掴まれている足に魔力を集中し、そこから爆発されるように音属性の魔力を放出する。

 ビスマルクは放すまいと手に力を込めるが、ゼンの放出した魔力がほんの一瞬ビスマルクの握力を上回り、僅かな隙間が出来上がる。その僅かな隙間を利用し――半ば無理矢理――すり抜けるように足を引っこ抜く。そして、素早く体勢を立て直し、音属性の魔力を纏った拳を足元の砂に向かって力一杯叩き込んだ。

 灰のようにキメ細かい砂は簡単に舞い上がり、砂埃があっという間に舞台を覆い包む。


「小癪な!」


 そう吐き捨て、ビスマルクは腕を引き絞り、大きく薙ぐ。すると、煙幕の役割を果たしていた砂埃は掻き消え、視界が晴れる。だが、肝心のゼンの姿が見当たらない。上も下も、前後左右何処にもいない。完全に消えた。

 もしや砂の中か、とも考えたが、そこに隠れては逃げ場がなくなる。常識的に考えてまずあり得ない。ならば地中か。いや、これもあり得ない。地中に隠れたとして、その後どうする。移動する際に振動や音が鳴ってしまい、すぐにバレてしまう。工夫すれば音も振動なく移動出来るかもしれないが、ビスマルククラスともなればその程度容易く看破してしまう。そしてそれは相手も良く理解しているだろう。ハッキリ言ってビスマルク相手に地中への潜航は悪手だ。格好の的である。故にこれも違う。


(何処に行った……?!)


 ビスマルクは観客席を見渡す。だが、当然観客席にゼンがいない事はビスマルクが一番理解している。ならばなぜ観客席を見ているのかというと、観客の視線の動きを見ているのだ。

 自身の目や耳でゼンの存在を発見出来ないのであれば、他者を利用すればいい。そうしてビスマルクは周囲を警戒しながら観客の視線を追い、ゼンの姿を追う。しかし、いない。


(どういう事だ……本当にどこにもいないだと……!!)


 観客の目の動きを見ても、その観客たちですらゼンの姿を確認できていなかった。


「すごいわね。一瞬見失ったわ!」


 ビスマルクから見て、斜め後方の席。瞬きを数度繰り返し、マグダウェルが少し興奮気味に呟く。隣ではメタトロンが苦笑いし、更にその隣ではミカエルが一点を凝視しながら「なるほど……大したものだわ」と静かに呟く。


「ボクも見失ったよ。一瞬ね!」


「発現してまだ間もないんだが、思ったより使いこなしてるみたいだな」


「へぇ〜……彼、優秀じゃない!」


「カレンくん、コレ初見じゃないんだ」


「一応な……だが、オレも最初は完全に見失った。悔しいがな」


「でしょうね。五感が最も鋭い(ドラゴン)の私が見失うぐらいだもの。貴方達が見失うのも無理ないわ」


 例として、人間の五感をそれぞれ数値にして三十とするなら、天使と悪魔は九十。(ドラゴン)は二百にもなる。


 五感はわかりやすく説明するなら、外界の情報や自身の生命をおびやかす危険を察知ための重要なセンサーの役割を担っている。そして、(ドラゴン)はそのセンサーである五感が全生物の中でブッチギリで鋭く、当然ながら人間の比ではない。一度存在を認識した相手を見失う事はまずあり得ない。ましてや竜王(ドラゴンロード)であるマグダウェルともなれば、経験値も相まって、この会場、いや、この街に存在する誰よりも気配を読むのが上手い。

 例えば、数十キロ離れた場所いる生物の存在に気づくほどで、その索敵範囲は驚異的だ。つまり、早い話しがマグダウェルの五感能力は超スゴくて人間の何百、何千倍もあり、一度認識した相手を見失うのは天地がひっくり返るぐらいヤバいって事である。

 故に、マグダウェルより五感が劣っているメタトロンやカレン、ミカエルがゼンの存在を見失うのも無理はない。寧ろすぐに発見出来たことを考えるなら、三人の気配を読む力は相当なものだと言える。


「ふふーん。当たりを引いたね、彼……」


「ああ、かなり良い特殊能力(スキル)だ」


 カレン達が見つめる先、そこはビスマルクの()()()

 そう、ゼンはどこに隠れるでもなく、ずっとビスマルクの正面に立っていたのだ。


特殊能力(スキル)ってすごいなぁ……!)


 特殊能力(スキル)【零気配】。自身の気配を完全に(ゼロ)にする能力。ただし、匂いや音、魔力までは零に出来ないという欠点がある。しかし、それを差し引いたとしても、この特殊能力(スキル)は強力だ。

 気配を感じない、気配がしない、などというレベルの話ではない。この特殊能力(スキル)は自身の気配を完全に零にし、存在自体を無くしてしまうのだ。故に、例え音を立てても、匂いが広がっても、存在が認識される事はない。


 カレン達がゼンの存在に気付けたのは、ただ単に豊富な経験値から成せるものであり、人間とは比較にならない優れた五感を持っているが故だ。


「この能力は自分の存在を無にする事だが、恐ろしいのはそこじゃない。()()()()()()()()()()()()()()!」


 ゼンがおもむろに一歩踏み出した。


 誰も気づかない。


 もう一歩近づいた。


 やはり、誰も気づかない。


 ビスマルクは今なおゼンの行方を探していた。全神経を総動員し、耳で、鼻で、目で、五感でゼンの存在を探った。だが、気づかない。目の前にいるゼンの存在に気づけない。


 その距離一メートル。超至近距離。


 これだけ近づいても気づかれないのは【零気配】の能力によるところが大きい。しかし、それだけではない。

 こうしてビスマルクに接近する際も、ゼンは足音を一つも立てず、匂いすら最小限の魔力で抑え込み、敵意や殺気すらねじ伏せた。

 ゼンはこの時、完全に存在を消したのだ。


「勝負ありかしら?」


「かもね、でも……勝負は最後までわからないよ」


 ゼンがその場で跳んだ。技術も何も感じられないただの跳躍だ。例えるなら、順次運動するような、ちょっと高く跳んでみようという、そんな感じだろう。


 高さはちょうど、ビスマルクの頭の位置。顔は正面を向いている。なのに視線が絡み合わないという不思議な状況が、不気味だ。

 目の前にいるのに、見ていない。いや。見えていなかった。


 あまりに無防備で、あまりに格好の的だった。


 魔力は使わない。使う必要がない。


 右脚に力を込めた。引き絞って引き絞って、力を溜めた。


 そして――()()()()()()()()()()()


 引き絞ったゼンの蹴りは、無条件でビスマルクの顎を打ち抜き、脳を揺らした。

 無防備な顎へ渾身の蹴りを受けては、どれだけ屈強な肉体を持つビスマルクであっても耐えられるはずがない。ましてや意識の外からともなればその効果は絶大だ。


 何がなんだかわからぬまま、ビスマルクは歪んだ視界の中、倒れまいと縋るように手を前に彷徨わせた。同時にゼンの特殊能力(スキル)の効果が切れ、観客がゼンの存在を認識し始める。


 今までどこにいたんだ、いつのまに現れたんだという騒めきを置き去りに、最早操り手のいない人形と化したビスマルクへ容赦ない追撃を加える。


 まずは鳩尾ちを撃ち抜き呼吸を奪い、頭が下がった所へ真正面から膝蹴り。更に一歩下がって側頭部へ後ろ回し蹴り。続いて顎を下から撃ち上げ、極端に強い踏み込みから、全て運動量を両掌底に乗せ、腹部へと穿つ。発勁だ。


 普段のビスマルクであれば、非力なゼンの攻撃などものともしなかっただろう。しかし、今は脳を揺らされ、ほぼ意識が飛んでいる状態だ。意識を向けることの出来ない肉体は強度が著しく低下し、最早鉄壁の威厳は地の底だ。


 ビスマルクの体がくの字に折れ曲がる。それでも膝をつかないのは無意識か、それとも意地か。


 絶え間なく、容赦ない六連撃。一撃ごとの衝撃波が重々しい打撃音と共に観客の髪を撫でた。


「がっ……っ……!?」


 ゼンは前方へ縦に高速回転。そして、遠心力のついた踵落としを後頭部へ叩き落とした。

 頭がもの凄い勢いで舞台に食い込み、反対に体が宙に浮く。砕けた舞台は更に砕け、激しく捲れ上がった。


 食い込んだ頭はそのままに、ビスマルクの巨体がうつ伏せに倒れる。


「ふぅ……」


 会場は、街は沈黙した。試合開始から僅か二分弱、唐突なこの光景に誰も声を発しない。

 前大会十位を誇るビスマルクが小さな青年の足元でピクリとも動かない。その事実がとても非現実的で、衝撃的で、理解し難い光景だった。


 実況のモニカとガルフォードですら困惑する。


 《お、終わった? え、は……?》


 《これは……なんと言えばよいのか……とにかく、見たまま、としか……!》


 ビスマルクは沈み、ゼンが立っている。

 つまり、勝負はついたということ。

 この光景が全てだ。


 《ビ、ビスマルク選手、頭を地面に埋めたまま動かない! これは決着ついたか!》


 シェイバが倒れているビスマルクへと歩み寄り、頭を引っこ抜く。そして、仰向けにし、顔を覗き込んだ。

 呼吸はちゃんとしているが、目は虚で焦点が合っていない。


「………ふむ」


 起きる気配はない。結果は出た。

 シェイバは膝を伸ばし、声を張り上げた。


「勝者――ゼン・ベギル!!」


 大番狂せ。"鉄壁のビスマルク"が呆気なく敗れたという事実は、この大会に出場する全ての選手に衝撃と畏怖を与えた。


 ゼン・ベギル――一回戦突破。



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