誕生
さて、話を進める前に、どうしてカレンとラギウスが普通に話しているのか気になっているだろう。
面倒だが、一応説明しておこう。
ラギウスが村に降り立ち、オレと無言で対峙した時、オレとラギウスは会話をしていた。
正確には会話ではなく〈念話〉という魔法を介して話をしていた。
〈念話〉と言うのは魔法の一種で、魔法線と言うもの繋げ、頭の中で会話ができるというもの。一度に会話できる人数や距離には限りはあるが、かなり便利な魔法だ。
そんな〈念話〉での話の内容はこんな感じだ。
♢♢♢♢♢
オレが竜を見上げていると、突如頭に低く威厳のある声が響いた。
『なぜ魔族、しかも悪魔が人間の領域にいるのだ?』
「?!」
いきなり頭に響いた声に目を見開き、素早く視線だけを動かし周囲を確認する。しかし、怪しい存在はいないし、気配も今のところ感じない。どこから声がしたのかと顔を怪訝に染めていると、また声が頭に響いた。
『悪魔の子よ、今お前の頭に〈念話〉という魔法を使って直接話しかけている。周りを見ても無駄だ。
今お前の頭に響く声の主は目の前におるワシだ』
オレは竜に視線を向ける。
本当にこいつが? 随分流暢に喋るな。
『ふむ、その反応を見ると〈念話〉は初めてか……頭の中でワシに話しかけてみよ』
竜って話せるのか、という事を思いつつ、オレは言われた通り頭の中で目の前の竜に話しかけてみた。
『……竜がオレに何の用だ、それに"悪魔"ってなんのことだ?』
『ふむ、まず最初の質問に答えよう。少し遠くで面白い魔力を感じたのでな、興味が湧いて見に来たのだ。
それと二つ目の質問だが、お前は魔族の中でも、"悪魔"という種族だと言ったのだ……まさか、今まで自分が悪魔だと知らなかったのか?』
『ああ、この世界に来たばかりなんでな、オレが悪魔だと言うのは今初めて知った』
『……ほう、そう言うことか……』
なんだかよく分からないが、勝手に納得したようだ。
絶対後で何か聞かれるな、これ。
『さてワシはお前の質問に答えた、次はお前がワシの質問に答える番だ……なぜ、魔族であるお前が人間の領域にいるのだ?』
隠しても仕方ないので、オレは竜に包み隠さず、全て話した。
『なるほど、理解した。つまり、森を彷徨い続けた結果、ここへ出てきた。そして近くにあったこの村で人間達と共に暮らしていたと』
『まぁ、暮らしていたと言ってもほんの一ヶ月ほどだけどな。だいたい認識はそれであってる』
『では、この状況は一体何だ?』
説明が面倒だなぁ、どう話すか。
だいたいこの状況はオレも聞きたいぐらいだっつうの。
『早い話が、魔族であるオレは殺してしまえって事だ』
『……説明になっていないぞ』
『話せば長げんだよ』
『………』
『……分かった、ちゃんと説明するから、無言で圧力かけんな!』
結局、無言の圧力に負けたオレは、竜に詳しい説明をする事になった。
『そうか……それにしても、魔族であるお前を家族として迎え入れるとは、よく出来た人間ではないか、ハハハッ!』
竜は愉快そうに笑う。
『あの三人、正確には四人だが、本当に感謝してる。だからこそ、オレはここを出て行くつもりだ。これ以上は迷惑を掛けられない』
『………だがそれはお前の家族が許すまい』
『ああ、恐らく、というか全力で止めにくるだろうな……』
『……………』
『……?』
一言も発しない竜に、オレは怪訝な表情になり、話しかけようとした。その時、竜の声が頭に響く。
『お前この村を出て行くと言ったな?』
『それがどうした?』
『お前、その後のことは考えているのか? 無いならば、ワシに喰われる気はないか?』
『………は?』
いきなりぶっ飛んだ提案に訳がわからず、オレはつい間抜けな声を出してしまう。
いきなり喰われる気はないかと言われて、冷静でいられる奴なんている筈がない。もしそんな奴がいたのなら、そいつはある意味で大物だ。あたまがイカれているとしか思えん。
『何言ってんだテメェ、誰が好き好んで竜の胃袋に入るだよ! 寝言は寝て言えボケ!』
『口の悪い奴だ……何も本当に喰う訳ではない。あくまで振りをするだけだ』
ますます意味がわからん。
『どういう事だ、それをしてなんか得があるのか?』
『仮にワシがお前を喰ったとしよう。ワシは空を飛べるから一瞬で遠くまで行けるぞ。それに、ワシに喰われれば人間達はお前が死んだと思うだろう。そうすれば、今後お前も活動しやすくなるはずだ』
確かに、竜の言う通りだ。もしオレが生きて村を出れば、再度討伐隊がオレを追ってくるかもしれない。だが、オレが死んだとなれば話は別だ。討伐隊は差し向けられる事はない。死人を探すなんざ時間の無駄使いだからな。
『確かに一理あるな……分かった、その提案受け入れてやる』
『決まりだな。ではワシは適当に暴れるからお前はワシの相手をしろ。それから頃合いを見てワシは適当な人間を襲う。それをお前が庇ってワシに喰われろ』
『そこまでする必要あるのか?』
『ある。お前がこの村の人間達を大切に思っているなら尚更だ』
オレは、父さん達や村人の立場、兵士達の事、村の状況を思い出し、大雑把ではあるが理解する。
『……ああ、何となく分かったぞ』
『うむ、お前が村の人間を身を呈して庇う事で、お前は人間に対して無害だと知らしめる事が出来る。そうすればお前は無害認定され、お前を匿った人間達も無罪となろう。あくまで可能性ではあるが、仮に無害認定にならずとも、悪いようにはならん』
つまりそう言う事だ。オレは暴れて兵士達をボコボコにしてしまっている。このままでは人間に対して脅威となる魔族を匿ったとして、父さん達や村の人達が晒し首になってもおかしくない。だからこそ、身を呈して竜から村人を守り、無害であるとアピールする必要がある。
『……分かった、それで行こう』
『うむ、では早速始めるぞ』
『ああ、始めてくれ』
オレはそう言うと意識を切り替えた。
ここまで長い会話をしていたが、実際には二、三秒しか経っていなかった。
どういう理屈でそれだけの時間しか経っていないのかは置いておいて、今は目の前のことに集中する。
すごく気になるが。
そして、オレ達は村人や兵士達の前で戦いという芝居を打つのだった。
♢♢♢♢♢
という感じで、オレはラギウスと戦いを演じ、今に至るわけだ。
というか、
「何で《世界樹》に来たんだ?」
ラギウスは体を倒し、地面に寝そべった。
「ここなら邪魔が入らん、そのうえ広いからな。ここは居心地が良い、ゆっくり出来る」
こいつ、もっと別の場所にしろよ、何でよりによって世界樹?!
あれだけ苦労して森を抜けたのに、一瞬で元の場所に戻って来てしまった。
これは流石に辛い、いろんな意味で。努力が水の泡だ。
「まぁいい、とにかく時間はたっぷりある。聞かしてくれないか、魔法の事とか、この世界の事とか?」
「もとよりそのつもりだ」
オレはどっかりと座り胡座をかく。
すると、ラギウスがオレをじっと見つめていた。
「何だ?」
「単刀直入に聞こうカレン。お前、"転生者"か?」
「!!」
オレはラギウスから出た、"転生者"という言葉に目を見開いた。
「……何で分かった?」
「稀にいるのだ、数百年に一度、魂が世界を渡り転生する者が……」
どうやらこの世界には、過去にオレ以外にも転生した奴がいたらしい。
もしかしたら、今も何処かでオレ以外に転生者が生きているかもしれない。もしそうなら、探してみるのも悪くないな。今後の予定に追加しておくか。
オレがそんな風に転生者の事を考えていると、ラギウスが話の続きをする。
「まぁ、お前が転生者だと分かったのは、あの時お前が、"この世界に来たばかり"と言ったからだ。それにカレン、お前はこの世界において存在が少々薄いのだ」
「存在が、薄い?」
「うむ、恐らく原因はお前の名だ」
「……どういう事だ? 何で存在が薄い原因がオレの名前なんだ?」
「カレン、お前の今の名は以前の世界での名であろう。この世界の名ではなく」
そうだ。"カレン"という名前は以前のオレ 、"千石夏憐"から取ったものだ。この世界でのオレの名前ではない。
先程からのラギウスの口振りからすると、
「つまりこう言うことか。"カレン"という名前は以前の世界のもので、この世界のオレの名前ではない。それ故、この世界との繋がりが浅く存在が薄い、こんなところか?」
「そうだ、話が早くて助かる」
オレはおどけるように肩を上げ、ラギウスに問うた。
「じゃあ、どうすればいんだ? どうやったら世界との繋がりが強くなる?」
「簡単な話だ、名付けをして貰えばいい」
帰ってきた答えに目を白黒させる。
「……そんな簡単な事で解決するのか?」
「うむ、この世界の者から名をもらい、楔を打ち込む事で、世界との繋がりが深くなる。
そうすれば、お前はこの世界で本来の力を発揮できるようになる」
えっ? 本来の力、なにそれ?
「ちょ、ちょっと待て! また新しいのが出て来たな。本来の力を発揮?」
「ああ、そう言えば言い忘れていたな。この世界での名が無く、存在が薄いという事は、それに比例してこの世界で使える力も弱い。逆に――」
「――名を貰えば、本来の力を解放出来るという事か?」
「そうだ」
「成る程……じゃあ名前は誰につけて貰えばいんだ? やっぱり実の父親か母親じゃないとダメなのか?」
「いや、名付けにそのような制限はない。自身の両親に限らず、種族なども関係ない。ただ、名付けする親の力によって、名を与えられた者の人生が大きく左右されるのは確かだ……故に、ワシが名をやろう」
「……名付け親の力によって人生が大きく変わるって言ってたが、じゃあ、ラギウスは強いのか?」
皆まで聞く必要はないだろう。実際村で戦った時、オレはラギウスを本気で斬りにいったが、手も足も出なかった。間違いなくラギウスは強い。だが、それはオレからの視点であって、この世界においてどれ程の強さを持っているかは分からない。いくらオレより強いと言っても、所詮今のオレは十歳の子供だ。戦い方も戦闘経験値も未熟。そんなオレに勝ったとしても、物差しにはならない。故に、ここははっきりと面と向かって聞いておいた方がいいだろう。
「……自分で言うのもなんだが、ワシは強い。少なくとも世界最強を謳われる、七体の魔物の内の一体だからな」
「へぇ、それはそれは。なら心配はないな!」
「うむ、では早速――」
「その前にいいか?」
オレは手を前に突き出し、ラギウスの言葉を遮る。
「なんだ?」
「"夏憐"という名前は、オレの大事なものでな、このまま残す事は出来るか?」
どうしてもこの名前だけは残しておきたい。と言うのも、この名前は死んだばあちゃんから貰った名前で、以前の世界では、唯一オレの宝だった。だから、出来ればこのままにしておきたい。オレがオレである為に……
「分かった、カレンという名は残そう」
あっさりとオッケーされ、オレは苦笑いをして素直に礼を言った。
「ありがとう、恩にきる」
「気にするな……では、名付けを行う」
ラギウスは目を瞑り、一瞬という長い時間を考える。
そして、
「汝、名をカレン。性をアレイスター。お前は今日より、"カレン・アレイスター"を名乗るがよい!」
その瞬間、まるでダムの水が一気に放水されたかのような衝撃が全身を駆け巡る。オレの身体から途轍もない力が湧き上がった。
周りを――まるでオーロラのような――黄金の魔力が包み込む。
周囲は、キラキラとした黄金の光に包まれ、幻想的な光景を生み出す。
見るものが見れば、その悪魔離れした黄金に輝く美しさに、さぞ感嘆の息を漏らしただろう。
「ははっ、こいつは凄いな。力がどんどん湧き上がってくる!」
今日この瞬間、本当の意味で一人の悪魔がこの世界に生まれた。
その名も――
「最高の気分だッ!」
――カレン・アレイスター




