Aブロック第三試合 シャナ
クロエの試合が終わり、ようやく全員が観戦席にて揃う。
見事な勝利を祝うと同時に、反省点なども挙げ、今後の試合に備える。
そして、ちょっとした反省会的なものを終えたと同時に、第二試合のアナウンスが流れた。
《さぁ、この興奮が冷めぬうちに、次々行きましょう! という事でAブロック第二試合の発表だーい!》
第二試合はエミリア達の中から出場する選手はいない。
全員この場で観戦となる。
《Aブロック第二試合。国立青峰女学院より、アルテミス・イエロ・ウィンチェスター! 対するは、星高魔術学園のアデル・ランドール!》
「あら、アルテミス様。代表選手でしたのね。これは驚きましたわ!」
「なんだ知り合いか?」
珍しく驚いているエミリアにリュウガが興味本位で尋ねた。
「ええ、まぁ……彼女のお母様が私のお母様の妹になりますので、一応わたくしの従姉妹になりますの」
「へぇ、じゃあもしあのアルテミスって娘と当たったら血祭りにしてあげても良いかしら?」
「それはちょっとと言いますか、流石に遠慮していただきたいですわね……というか、"じゃあ"てなんですの、"じゃあ"て!」
「ほえ〜、エミリアに従姉妹なんていたんだぁ!」
「互いに姉妹みたいに育ったので仲も良好ですし、進んで戦いたいとは思いませんわね。アルテミス様はどう思っているかわかりませんけど」
「だったら勝ち進まないように祈るんだね」
「いいえ、ちゃんと応援いたしますわ! そんな意地悪な事したら次どんな顔して会えばいいのかわからなくなってしまいますもの!」
《はーい、じゃあ試合始めまーす!》
結果的に言うと、試合はアルテミスの圧勝であった。
相手を自身の懐に一歩も入れず、ほぼ一方的に打ちのめし、格の違いを見せつけた。
試合開始と同時に走り出し、相手と自分の距離を潰すと脚に一撃。片膝ついたところへ顔面に膝蹴りを放つが、これを相手が展開した〈魔力障壁〉に阻まれてしまう。
二撃目を防いだ相手は立ち上がるのと同時に後ろへ飛び退くが、途端にアルテミスが展開されていた障壁を砕き、追従する。開始直後と同じ光景だ。
距離はあっという間に潰され、相手選手は防御姿勢もままならない。アルテミスは速度を保ったまま剣を横に一閃。
胸部を強く打たれた相手選手は肺の空気を持っていかれ、思考が真っ白と化す。
そこへすかさず背後から回し蹴りを繰り出す。
相手選手が石畳を跳ねながら転がる。そして転がった先で相手が立つよりも早く真上から腹部に膝蹴りを落とし、意識を奪った。
魔法どころか魔力すら使わず、技のみで相手を圧倒した光景はエミリア達の脳裏に強く焼きついた。
「お前の従姉妹めちゃくちゃ強ぇじゃねぇか!」
開始一分足らずの勝利で圧倒的な姿を見せつけたアルテミス。
相手選手に哀れみすら感じたが、それも一瞬こと。それ以上に驚愕が全員を急襲した。
リュウガや他のメンバーは勿論、流石のエミリアも思わぬダークホースに顔を引き攣らせた。
「こ、これは想像以上ですわね……ちょっと笑えませんわ」
「ていうか。ヘンディの次の試合相手じゃね?」
「え……マジやばくね」
「だ、大丈夫だってぇ……たぶん」
「勝てない相手ではないと思うけど、油断すると一気に主導権を握られて、反撃する間も無くやられるわね」
「しかも、技だけで圧勝してますから、情報が無いのもキツイですね。師匠的には理想の試合内容でした」
「文字通り格の違いを見せつけた、だね……」
「こうなって来ると、アタイ達も今以上に気を引き締めないと、足元救われちまうね」
「まったく、最初からハードルあげ過ぎじゃないのかい……ま、オイラは大歓迎だけど!」
「………」
(胃がキリキリする……)
Aブロックの第二試合が終わり、続いてBブロック第二試合。こちらは先の試合ほど一方的とはならず、両者ほぼ互角の立ち回りであった。
Aブロックほど衝撃的ではなかったが、激しいぶつかり合い故か、こちらの方が盛り上がっていたように思える。
そうして第二試合が終わりを迎え。続いて第三試合だ。
ペース的にはかなり順調である。この調子で試合が進めば、おおよそ三日で大会は終わるだろう。あくまで今のペースで進めばの話であるが。
《続いて第三試合の発表! Aブロック第三試合。戦魔戦騎学校より、レオナルド・イルバーン! 対するは魔法騎士学園の、シャナ・フォレスト!》
順番が回って来たシャナは席を立ち「それじゃ軽く殺ってくるわ!」と、涼しい顔で言葉を残し、その場を後にした。
待機所に着くと、軽く準備運動をして体をほぐす。
武器は刀。勿論、刃は潰してある。
ここ最近使い始めてみたが、なかなか使いやすい。ルミナスからも扱いが上手いと褒められた程度には使いこなしているつもりだ。
最初に使っていた鞭も個人的には使いやすかったのが、鞭はあくまで拷問や刑罰に使う武器であり、戦場に持って行くには弱過ぎる武器だ。特に集団戦ともなれば邪魔になるし、足を引っ張りかねない。
日々のルミナスとの模擬戦で嫌というほど学んだ。
鞭はダメだ。そう結論づけ、シャナは武器変更を余儀なくされた。
そこで変更したのが刀だった。
元々気にはなっていた。ルミナスからもオススメされたので、ものは試しにと使ってみたところ、とにかく従来の剣に比べて軽く、取り回しの良さが見事シャナにハマった。
良い誤算だった。
何より一緒というのが良い。
「ふふっ、良いとこ魅せないとね」
手に持った刀に視線を落としながら仄かに笑みを浮かべて一言こぼす。
《選手。入〜場!!》
まずは相手選手が歓声の中入場する。
《さぁ、イーストゲートより登場したのは戦魔戦騎学校のレオナルド・イルバーン。最近ずっと想いを寄せていた幼馴染みに玉砕覚悟で告白し、恋人同士になったと情報が入っております。今日は勝ってカッコいいところを魅せてやりたいと意気込んでいるそうです! 皆様、レオナルド選手に応援を!》
仕入れ先は何処なのか、自分の情報を暴露されたレオナルドは顔を両手で覆い、耳まで真っ赤に染めながら小さく「なんで知ってんだよ……」と誰にも聞こえない声で弱々しくこぼす。
一方実況からの情報に観客達は「フゥ〜!」と全員が示し合わせたようにちょっとからかい、続いて真面目に応援を飛ばす。
「頑張れ!」
「負けるなよ!」
「男魅せろ!」
「カッコいいところ魅せてやれ!」
そうしてレオナルドに応援が飛ぶ中、対戦相手入場のアナウンスが流れた。
観客達の視線は反対側のゲートへと注がれる。
ゲート奥からでも感じる視線の暴雨に体が強張る。
シャナは息を大きく吸うとまた体を軽く動かし、心身ともに緊張をほぐしてゆく。そして、両頬を叩き「行くわよ!」と自分に言い聞かせるように発破をかけ、ゲートを抜けた。
《ウエストゲートより登場しましたのは、魔法騎士学園のシャナ・フォレスト! 自信に満ち溢れたその笑顔は自信か、それとも虚勢か。その答えは戦いの中で明かされる! ちなみに、かなり超が付くドSという情報が入っておりまして、なんでも"嫌がってる相手を徹底的に苛めるのが快感"との事です!》
ここでも余計な情報を暴露され、何故か一部観客から今まで以上の歓声とも雄叫びとも取れる声が上がる。
正常な観客はドン引きであった。
「ねぇ、それって何処情報なの? まぁ、間違ってないからいいけど」
性癖の事はさておき、両選手所定の位置に着く。
シャナは正面に立つレオナルドを上から下まで観察する。
身長はおよそ百七十五センチ前後。髪は艶やかな真紅を短く切り揃え、眼は宝石のような深青色だ。
武器は標準的な片刃の剣。体格はがっしりだが少し普通よりに見える。近い人物で言えばリュウガだろうか。となると、おそらく体重や力なんかもリュウガと同じくらいかもしれない。
(でも、決めつけるのは良くないわよね)
体格が普通だからといって、体重や力がそのまま平均的とは限らない。例えば、リチャードのようにヘラクレス症候群などによる特異体質により、力が通常の人間の数倍という可能性も捨てきれないからだ。
(すぐに終わらせるに越した事はないけど、急ぎ過ぎて足元を掬われるなんてカッコ悪い事出来ないし……最初は少し様子見ね)
自分達は特別ではない。確かにヴェイド(カレン)やルミナスと言った強者に鍛えてもらったが、だからと言ってそれで他の選手と圧倒的な差が開いているかと聞かれると首を傾げざるを得ない。
強くなっているとは思う。だが経験値や引き出しと言ったものは他の学校の選手とそう変わらない。ほぼ同じだろう。つまり、同格である。
(油断大敵、だったかしら。ルミナス先生が良く言ってたわね……)
強くなったからと言って慢心してはいけない。ウンザリするぐらい聞かされた言葉だ。そしてそれは、先のヘンディとクロエの試合を観戦して実感、いや痛感した。
「準備はいいか?」
「いつでもどうぞ」
「問題ないわ」
両者剣の柄に手を添える。
「では、Aブロック一回戦第三試合――始めッ!!」
《さぁ、試合開始の合図がされましたが。両者後ろに飛び退き、睨み合うだけで動く気配がありません!》
《ふむ、両選手かなり慎重になっているようだね。互いに相手の出方を伺っているのかもしれない。なんにせよ、どちらかが動かなければ試合は動かない。必ず動く時はやって来るさ》
《さぁ、最初に動くのはレオナルド選手か、それともシャナ選手なのか。始まるその瞬間まで、目が離せない!》
レオナルド、シャナ共に二十メートルの距離を保ちつつ、互いに視線や肩、足先の動きなどでフェイントをかけ合い、相手の出方を伺う。だが、どちらも慎重になっているが故に、なかなか攻撃を仕掛ける足掛かりが得られない。
これではいつまで経っても平行線だ。
(これじゃ埒が明かないわね……仕方ない!)
手に持った刀を鞘から引き抜き、一歩踏み出す。すると、僅かだが、レオナルドが警戒心を強めた。
シャナが攻撃を仕掛けて来る、そう予感している様子だ。
それはそれでシャナとしては相手の動きがハッキリするから有り難い。
足を前に出し、一歩一歩距離を詰める。そして、十メートルを切った所で、シャナが前触れなく攻撃を仕掛ける。
「はい、プレゼント!」
そう言って刀を横に一閃した。すると、まるで斬撃のように水の刃が飛ぶ。
あらかじめ術式を組んでいた魔法を刀に乗せて飛ばしたのだ。
放ったのは中ニ級魔法の〈細流水〉。水を糸のように細くして放つ魔法で、その殺傷能力は中級魔法の中ではかなり高い。
しかし、当然だが今大会は殺生が禁止である。なので、シャナは〈細流水〉を厚く生成し、打撃を与える程度に抑えてある。
《至近距離から水属性の魔法を放った!》
《中二級魔法の〈細流水〉。殺傷能力に優れた魔法だが、今回は厚く生成して放ったようだね。これだけ厚く作るといい打撃技になる》
いきなり飛んできた魔法にどう対処するか、じっと観察する。すると、レオナルドは特に焦った様子もなく、角のある〈魔力障壁〉を展開し、易々と魔法を塞ぐ。
《レオナルド選手、これを難なく防いだ! ノーダメージ!》
「ふーん、冷静ね。ちょっとやりづらいかも」
少しでも焦った様子を見せてくれたらそこから少しずつ切り崩せたかもしれない。
思ったより冷静に対処したところを見るに、かなりの洞察力と突発的な状況に強いのかもしれない。
わざわざ魔法の威力を殺すように角のある〈魔力障壁〉を展開したのも技術力や頭の回転の速さがうかがえる。
一方でレオナルドは今の攻撃でシャナの評価を上げ、より一層警戒心を抱く。
(ノーモーションからの魔法か、器用だな……)
魔法を相手に悟られる事なく準備し、しかも剣に乗せて放つなどそうそう出来る事ではない。ましてや魔導士でもない剣士がそれをやってのけたという事実は驚嘆に値する。
「時間を与えると不利か……」
《レオナルド選手が動いた! 開いていた距離を一気に潰し――真横に一閃、からの鋭い突き! しかーし、シャナ選手が冷静に刀でいなす!》
突きをいなしたシャナは刀をそのまま滑らせ、斜め上から斬り下ろすが。刀の軌道を読んでいたレオナルドは、刀が通るであろうその軌道上だけに〈魔力硬化〉を集中的にかけ、ダメージを完全に殺し切る。
硬い物体を叩いた衝撃で火花が散り、その光景を目の当たりにしたシャナは思わず目をひん剥いた。
(なっ?! この男、なんて洞察力!!)
いくら刀の軌道を読んでいたからといって、ピンポイントで〈魔力硬化〉の防御を実行しようなどとは普通思わないし、そもそもそれが成功するとも思わない。だが、レオナルドは刀の軌道を冷静に分析し、それを実行した。
もしこれが真剣勝負であった場合、成功した時は良いが、失敗した時のリスクは非常に高く、最悪死ぬ。
ならレオナルドがこの戦いを試合だからと甘く見ているかと言われるとそうじゃない。この大会に出場する選手は誰もが実戦を想定して戦う。早い話が真剣に、真面目に戦っているのだ。
「アンタ頭のネジぶっ飛んでんじゃないの?」
レオナルドから連撃を受け流しながら悪態を吐く。
防いで攻めて。攻めて防がれる。
「俺はまだまともな方だ」
レオナルドは剣を引き戻し、お返しとばかりに剣を斬り下ろす。するとシャナは左足を軸に体を回転させ、振り下ろされた剣を避けつつ刀を横一閃。しかし、この攻撃はレオナルドが上体を反らして避けてしまう。
《超接近戦での剣戟! 紙一重。皮一枚でつなぐ!》
《どちらも高等技術の応酬。現役の騎士や冒険者でさえこれほどの技術を持っている者は少ない。単純に強いね、この二人は》
《上体を反らして無防備になったところへ魔法! しかも広範囲型の魔法だ!》
水属性の上ニ級魔法〈散水華撃〉。広範囲に渡り魔力を含んだ重い水を大量に放射し、相手に強烈な打撃を与える魔法。
広範囲でありながらその威力は凄まじく、場合によっては竜の硬い甲殻ですら砕く。
だが、魔法は発動しなかった。
《回転蹴りぃー! これは思わぬ反撃。痛恨の一撃だー!!》
魔法を発動しようとしたその間際。上体を反らしたレオナルドがその場で体を捻って高速回転させ、遠心力の付いた左脚でシャナの顔面を強打。魔法の発動を阻止したのだ。
攻撃をもろに受けたシャナは石畳を激しく転がるが、すぐさま体勢を立て直し、レオナルドに視線を戻した。途端、目の前を黒い壁が覆う。
レオナルドの膝だ。
《またも痛恨の一撃ぃ! 血飛沫と共に顔面が跳ね上がる!》
「うわぁ、シャナぁ……!!」
「おい、今のヤベェぞ!」
「マズい! シャナ反撃しろッ!」
「ダメですわ。今ので意識が……!!」
予想だにしない相手選手の強さにエミリア達も思わず身を乗り出す。
ノーマークだった選手がとんでもなく強い。そして容赦がない。
相手が女だからって手を抜かない。
《相手に休む暇を与えない。大上段からの斬り下ろしだ!》
剣が振り下ろされる。それは空気を斬り、音すらも斬る容赦ない無慈悲なる斬閃。直撃すれば骨は簡単に砕けるだろう。
向かうは無防備なシャナの肩口。そして、直撃――とはならず、寸でのところで意識を取り戻したシャナが〈魔力硬化〉でカチカチにした頭で剣の一撃を受け止める。
「づっ、くぅ……っ!!」
〈魔力硬化〉で硬くしてあるとはいえ、かなり痛い。
思わず苦悶の声がもれる。
シャナは頭で受け止めた剣を刀で弾くと、そのまま器用に体を回転させて相手の足を払う。そうしてレオナルドの体が中に浮いた一瞬を見逃さず、胴目掛けて――〈魔力硬化〉で固めた――拳を放つ。
「はぁッ!!」
重々しい金属音と火花が鮮烈に光る。
シャナの放った拳はレオナルドが引き戻した剣の腹に阻まれてしまうが、踏ん張りの無い空中で攻撃を受け止めたレオナルドは数十メートルほど吹っ飛び。シャナと距離を空けた。
レオナルドは空中で身を翻して見事に着地すると、剣に受けた衝撃に少し驚く。
かなりダメージを与えたはずだが、まだ余力を残している様子だ。
一方シャナは首を左右に振って骨を鳴らすと、鼻血をその瑞々しい褐色肌の腕で拭い、口の中に溜まった血を吐き捨てる。
口の中をかなり切っているのか、思ったより出血していた。
しかし、そんな事、今はどうでもいい。魔法を織り交ぜた自身の戦法を反省するのが先だ。
(やっぱり魔法を、というより大技を織り交ぜると隙が大きいわね。こうなると純粋に刀だけで戦った方がいいかしら……ていうか、あたし魔法って苦手なのよねぇ……)
元々レオナルドから滲み出る強者の匂いを敏感に察知したシャナは、魔法を織り交ぜた戦法をとりつつ、様子見をしていた。
しかし、そもそもそれが失敗だった。寧ろ相手に付け入る隙を与えてしまったらしい。
「ちょっと効いたわ!」
「ちょっと効いたで済ませるあたり、随分頑丈だな」
「これぐらいはここ最近だと日常茶飯事なの」
嘘でも虚勢でもない。実際ここ最近、ルミナスにボコボコにされる日々が続いていた。
しかし、そんな事を知るはずもないレオナルドは興味なさげに、空返事だけをする。
「左様か……」
レオナルドが地を蹴った。かと思えば、シャナも駆け出していた。
二人の距離はあっという間に無くなる。
《レオナルド選手の斬り上げをシャナ選手が巧みな刀捌きで受け流した! かと思えば今度は斬り下ろしだ! 相手に攻撃する隙を与えない!》
何度かの打ち合いで自分とレオナルドとでは純粋な力に差があり過ぎると感じたシャナは、相手の攻撃を受け止めないように相手の攻撃を受け流す形でその場を凌ぐ。
だが、この防御方法もそう長くは続かない。
レオナルドが少しずつ攻撃を受け流しずらい位置や角度から攻撃を仕掛け始め、速度もだんだんと上ができているからである。
《シャナ選手、防戦一方。これは苦しい。このまま押し切られてしまうのか!》
《レオナルド選手は手数が増えているね。加えて一撃一撃に重みが増している。攻撃を受け流すのもここらが限界だろう》
レオナルドの攻撃が苛烈さを増す。
より速く。より強く。より的確に。最早、受け止めるだけで精一杯だった。
(くっ……このままじゃ……!!)
刀を持つ手が弾かれそうになるも、力を入れて無理やり耐える。
反撃したいが、反撃する余裕がない。
このまま守りに徹していては負けは必至。今も被弾は増え続け、全身が軋みをあげる。
鈍痛が激痛を呼び。激痛が目眩を呼ぶ。
その時、左耳を斬閃が掠める。
防いだと思った攻撃が掠め、不意のダメージを負う。
三半規管が僅かに衝撃を受け、シャナの体はよろめいた。
レオナルドは見逃さない。
片刃の剣がシャナを急襲する。
シャナは相手の剣の軌道を読む。
レオナルドに出来て、自分に出来ないはずがない。
ここへ来て対抗意識が膨れ上がり、攻撃が当たるであろう場所に〈魔力硬化〉を発動させた。
そして、歯を食いしばり、わざと受け止めた。
《右の肋にクリーンヒットォォ! 体がくの字に曲がる! これは痛い!》
攻撃を読んで、とは言うものの、実際は攻撃し始めてから軌道を読んで魔法を発動している為、込められる魔力も少なく、硬化が甘い。それに、攻撃が当たる場所へピンポイントに硬化したレオナルドと違い、当たるかもしれない場所全体にまんべんなく〈魔力硬化〉をかけたシャナは、完全に相手の攻撃を殺し切れなかった。
予想を遥かに上回る衝撃が体を突き抜け、肝臓にまで達する。
骨が嫌な音をたてるが、それは根性で耐えてみせた。
《おーっと、シャナ選手、右に食い込んだ剣を掴んで逃がさない! 戦う意志に陰りはない!》
《なるほど。わざと攻撃を受け、相手の武器を奪ったわけか。褒められた手段ではないが、なかなか根性のいる選択肢だ。結果的にもレオナルド選手は剣を引き戻せなくなり、無防備だ。となると、やることは一つ》
逃がさないよう剣を掴んだ手に力を更に込める。そして、ガラ空きの首へ一閃。
タイミングは文句無し。
防御も間に合わないガラ空き状態だ。これは間違いなく入る。
肉を切らせて骨を断つ。
《直撃ぃ! しかーし、無情にも火花と金属音が会場に鳴り響く!!》
またも刀の軌道を読んでいたレオナルドは〈魔力硬化〉で首を硬め、攻撃を防ぐ。
しかもこちらがダメージ有りなのに対し、レオナルドはノーダメージだ。
腹立たしい。反則だと叫んでしまいたい。
「棄権しろ」
「悪いんだけど、あたし諦めが悪いの!」
シャナは相手の剣を掴んだままその場で跳ね、〈魔力硬化〉と〈身体強化〉を重ねがけした左脚で渾身の蹴りを顔面に放り込んだ。
巨大な岩をも破壊する強力な蹴りは、レオナルドの〈魔力硬化〉と〈身体強化〉を施した左手でいとも簡単に受け止めてしまう。
「甘い!」
「甘いのはアンタの方よ!」
怪訝に眉をひそめたのも束の間、真横に魔力反応を察知し、慌てて視線を横に向ける。
レオナルドは目を見開いた。受け止めたシャナの足先に水の球が生成されていたのだ。
「?!!」
「魔法は手から発動しないとダメなんてルールは無いわよ!」
簡略化された〈雫球〉が超至近距離から発射される。
魔力は微量。大きさも三センチ程度。しかし、速い。加えてほぼゼロ距離での発射だ。最早不可避であった。
発射された〈雫球〉は無防備な顎を見事に撃ち抜き、レオナルドの脳を揺らす。
「っ!!」
視界が揺れ、膝をつく。倒れないように剣で体を支えるのが精一杯だった。
故に――
《決まったぁぁぁ! シャナ選手、会心の一撃ぃ!! これは大ダメージだ!》
――シャナの事を気にかける余裕もなく、意識の外から意趣返しとばかりに無条件で膝蹴りをくらう。
そして頭が跳ね上がったところへ追撃。刀による後頭部への一閃をもろに受ける。
「っ、が……!!」
視界がブラックアウトする。歓声は遠くなり、意識は沈んでゆく。
誰もが試合終了を確信した。
だが、レオナルドは倒れなかった。
倒れる。そう思うより先に足が前に出た。ギリギリで意識を取り戻し、踏ん張った。
正直かなり効いた。効いたが、それは二の次だ。
今は――信じられないものを見るような――シャナを倒すのが先決だ。
耳はまだ少し遠い。だが、手足は動く。意識も多少ぼやけているが、支障はない。視界の揺れも無し。
つまり、絶好調だ。
「詰めが甘かったな!」
倒れると半ば確信していたシャナは踏みとどまったレオナルドの耐久力に一瞬唖然とし、反応が遅れる。
銀の斬閃が半月を描き、シャナの腹部へ吸い込まれた。〈魔力硬化〉も〈魔力障壁〉も展開出来なかったシャナは攻撃をもろに受け、体をくの字に曲げながら吹っ飛んだ。
「ぐ、がはっ……!?」
石畳を転がり、レオナルドと十数メートル開けたところで止まる。
肋骨が二本折れた。痛くて痛くて脂汗が止まらず、呼吸も荒くなった。だが、このぐらいの痛みは耐えなくてはならない。負けるわけにはいかない。
刀を杖代わりに、笑う膝に叱咤をかけて立ち上がる。途端、右の頬に鈍痛。
反撃はさせまいというレオナルドの追撃だ。
そこから体の至る所を滅多打ちにされる。
顔を。肩を。腕を。手を。胸を。腹を。腰を。脚を。シャナの戦意が、心が折れるまで殴り続ける。
体のどこかを殴れば骨が折れ、顔を殴れば鮮血が空に艶やかな花を咲かせる。その度に観客から悲鳴が上がり、もう勝負はついたと小さな呟きがこだまする。
しかし、手を止めない。容赦しない。
何故なら、時折レオナルドを覗く目が戦意と闘志でギラついていたからだ。
深青色の双眸が細められる。言外に、まだ戦う気か、と問いかけているようだ。
そして、それに対するシャナ答えは――
「あたしは、諦めが悪いのよ……!!」
――反撃という名の斬閃だった。
恐ろしいほどのキレと気迫のこもった斬閃はしかし、呆気なく空を斬る。今の攻撃が決まっていれば、そう思わずにはいられない一撃だった。だがその代わりとして、レオナルドを後退させ、攻撃の中断をさせるに至ったのは大きな成果といえる。
しかし、それも慰めだ。レオナルドに嬲られ続けたシャナの体は限界を迎え、最早死に体と化していた。
もう後がないのは誰の目を見ても明らかだ。シャナ自身それはよく理解していた。
頭は割れるような頭痛がして、気を緩めればあっという間に意識を持って行かれそうだ。
体は全身に打撲の痕が出来上がり、肋骨は勿論、腕や足の骨も折れ、内出血は当たり前だ。
立っているのが不思議だ。だが、何故だろう。自身のこの危機的状況に笑みが浮かぶのは。自分でもどうかしてると思う。
今も痛くて痛くて仕方ないのに。不敵な笑みが、獰猛な笑みが張り付いた。
戦意も闘志も燃え尽きず、寧ろ滾った。
刀を鞘にしまい、腰を深く落とす。居合の構えだ。
大きく息を吸い込み、ゆっくり吐き出す。
強張った体の力を抜き、集中力を高めた。すると、いつしか周りの音は消え、無音の世界に入り込む。
骨折の痛みも忘れ、頭痛の痛みも忘れ、肌を殴る鈍痛も忘れ、眼前の敵を静かに見据えた。
おそらく、これで決まる。勝敗が決まる。
(初めて見る構えだ……)
今まで見たこともない構えに興味をそそられるも、それ以上に警戒を余儀なくされたレオナルドは迎撃の意味も込めて攻撃姿勢をとる。片手平突きの構えだ。
観客も二人の放つ張り詰めた空気に当てられ、異様なほど静かに見守る。
闘技場の屋根にとまった小鳥の鳴き声すら聴こえてくる。
固唾を飲む。目を凝らす。一瞬を見逃さない。手に汗握る。
ある者は結果に期待を膨らませ。ある者は無事を祈り。ある者は勝利を願った。
そして、その時はやって来る。
なんの前触れも無く、両者示し合わせたかのように駆け出し、互いの距離を瞬く間に潰した。
一方は鞘から銀を引き抜き、一方は内へ向かって銀を走らせた。
抜刀の瞬間にこそ最速が生まれる。リュウガから伝え聞かされた言葉が脳裏をよぎる。
刀を扱いだしてまだ日の浅いシャナは、己が未熟であることを良く理解していた。故に、この抜刀による斬撃も理想より遥かに劣っていることもまた良く理解していた。
故に、レオナルドより先に攻撃を当てられない。
だから、シャナは餌を蒔いた。
ここまでトップギアの速度で攻撃を仕掛けてきた。悟られないよう、何度も本気で攻撃を繰り出し、相手にタイミングと速度を覚えさせた。
全てはこの時のために。
「?!」
それは僅かなズレだった。
タイミングが合わない。
相手の方が速い。
間に合わない。そう思った時には手の中にあった剣は空高く舞い、無防備に胴を晒していた。
緩急だ。ここへ来てシャナは自身の攻撃速度をわざと落と|し、相手の目を欺いたのだ。
きっとレオナルドの頭の中は大混乱だろう。
本来ならなら気付くはずの簡単なカラクリにさえ気づかないのだから。
レオナルドはミスをした。
警戒心の強いレオナルドは安全を第一に取る。故に、シャナではなく、シャナの握っている刀を先に撃墜しようとした。
しかし、シャナの緩急により、タイミングがズレたレオナルドの攻撃は、力を入れる瞬間を誤り、逆に弾き飛ばされてしまった。
そしてもう一つ。シャナがレオナルドではなく、レオナルドと同じように相手の剣を狙っていたのも、大きなミスの要因の一つとなった。
半ば勝利を確信していたが故に生じた慢心だ。
相手が必ず自分本体を狙って来ると信じてやまなかった。
「お返しよ。覚悟しなさい!」
剣というものは、常に強く握っていると、動きが堅くなり、攻撃の要である素早さが死んでしまう。故に、攻撃が当たる直前までは肩の力を抜き、手を少し緩めて持つことが多い。
つまり、シャナは剣士が真っ先に習う基礎中の基礎。一瞬というわずかなタイミングを狙ったのだ。
「ッ?!!」
この試合初めて、レオナルドの顔が歪んだ。
「はぁあああああッ!!」
相手の剣を弾き飛ばしたシャナは刀を振り切った勢いで右足を軸に回転し、裂帛の咆哮と共に遠心力をつけた斬閃を繰り出す。
〈身体強化〉全開。速度も技のキレも今までで最高。
レオナルドの手に剣は無く、混乱した頭では十分な防御もままならない。
そして――
「……………嘘、でしょ……!」
――顎を撃ち抜くはずだったシャナの斬撃は、ゆらゆらと艶やかな光を放つ蒼い炎によって阻まれた。
《な、なななーんと! 蒼い炎だぁー! 蒼炎の剣がシャナ選手の攻撃を防いだ!!》
蒼炎。文字通り蒼い炎を表し、通常の炎より遥かに高温まで達する希少な炎。
その希少性や珍しさに、会場の観客だけでなく、炎劫竜 マグダウェルや天帝 メタトロン、カレンですら驚きを見せた。
その特性として、まず水では消えず、例え無酸素空間であったとしても燃え続ける厄介さ。
そして最もたる特徴は、物体として扱えるということだ。
通常、炎というものは掴むことの出来ない非物体である。しかし、この蒼い炎はそれを可能にする。
つまり、炎でありながら物体としての能力も待ち合わせてているのである。
全てを出し切り、最早戦意の抜け切ったシャナはその場にへたり込む。渾身の一撃を防がれた上、蒼い炎まで見せられては頭の中真っ白である。
レオナルドがこの試合中、全くもって本気を出していなかったと、真っ白な思考の中で今頃気づく。
唖然とするシャナを見下ろし、レオナルドは咄嗟に出して乱れたままの蒼炎の剣を整えた。
「勉強になった。礼を言う」
無情な蒼い一閃。
冷たい石畳が褐色の肌と薄鈍色の髪を受け止める。
止まっていた時間が動きだしたかのように、観客の歓声が轟く。
「勝者――レオナルド・イルバーン!!」
シャナ・フォレスト――一回戦敗退。
少しネタバレ。
レオナルドはめちゃくちゃ強い設定にしてあります。
ちなみに、人間とドワーフと獣人のクォーターで、少し人間の血が濃く出た為に、獣人の特徴である獣の耳や尻尾は現れず、ほぼ人間の姿をしております。
ただ、獣人やドワーフの血はしっかり受け継いでおり。力は人間以上、嗅覚や聴力も人間以上であり、野生的第六感も兼ね備えた超ハイスペック剣士です。




