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悪魔がカレンにわらうとき  作者: 久保 雅
第6章〜大闘技大会〜
191/201

大会前日 その5

 使節団を世話するメイド達を残し、ガルフォード達が館から去っていくのを見送ると、バーカンティー達は会議室に集まる。

 メイド達に人数分のグラス水を用意してもらい、今から内密の話があるからと理由を付け、部屋を出てもらう。途端、全員から力が抜ける。


「はぁ〜……」


 一斉に長いため息がこぼれた。肉体的な疲労というよりかは、精神的なものからくる重苦しいものだ。


 今回使節団に選ばれたメンバーは二十二名。数としてはかなり少ない。

 友好を深める目的とは言え、それなりの数を人間の国に送るのは危険と考えこの数となった。しかも、襲撃をされた場合の危険を考慮して、二十二名のメンバーの内十名は純粋な戦闘員である。異例の使節団だ。


「……もう帰ってええか?」


 長い長方形のテーブルに座るなり、いきなり愚痴をこぼす。

 すると、まだ若い――バーカンティーより二つ上――男の吸血鬼が困ったようにツッコむ。


「ダメですよ統率。ここに来てまだ一時間も経ってないじゃないですか」


 バーカンティーは一応この使節団の団長だ。いきなり帰りたいと言われても団員は反応に困る。事実、大半の団員は苦笑いだ。


「そやったら国王陛下との会談だけして終わろうや。歓迎パーティーとかウチごめんやで。絶対歓迎されんやん」


 使節団の今後の予定の一つとして、国王主催の歓迎パーティーが明日の夕刻から開催れる事になっている。当然、使節団全員参加である。

 ガルフォード曰く、王国上層部は比較的魔族に対して悪い感情を持っていないそうなのだが、それ以外はやはり宗教的な教えから魔族へ対する負の感情が強いらしい。

 パーティーともなれば上層部は勿論、他の貴族なども集まる。

 外面は楽しげなパーティーでも、裏ではギスギスした微妙な空気が漂うこと間違いない。


「そう言われましても……仕事なんですから仕方ないですよ」


 最早愚痴をこぼしたところで状況は変わらない。団員の言う通り、仕事なのだから嫌でもやらなければならない。

 愚痴をこぼすバーカンティーだが、王国との友好を深めたいと思っているのは本気だ。いくら大国の魔導国といえど、孤立していてはそのうち限界が来る。加えて、魔族は敵、という概念もそろそろうんざりしてきたとこだ。


「ま、やれるだけのことはやってみるけど。ぶっちゃけウチら魔導国側は相手の手を取る準備はいつでも出来てんねんなぁ……けど、王国側に問題が多過ぎる」


「例え王国首脳部が我々魔族との共存を良しとしても、その他大多数が不満を抱いていれば王国国内で不和が生じる。下手すれば内乱になりかねませんね」


「世知辛いわ……」


 魔族と仲良くしたら不満や怒りで内乱。魔族を匿えば処刑。魔族に味方すれば有無を言わさずの戦争。それもこれも魔族のせい。魔族が悪い。魔族が原因。

 何か起こった時、そんな風に責任を押し付けてくる人間達の姿が目に浮かぶ。

 部屋にいた使節団のメンバーは一斉にため息を吐いた。それはひとえに、全員が同じことを考えていた結果だ。


「とにもかくにも、その辺りは王国側の問題だ。我々魔導国の出るところではない。仮に我々との友好が原因で――」


「あーもう、やめやめ! そんな暗い話したないわ! もっと明るくなるような話ないん?」


 クソ真面目なリュウザンの話を途中で切る。ただでさえ疲れているのにその上暗い話など気が滅入る一方だ。バーカンティーは気分を変えようと無理やり話の方向転換を試みる。すると、気弱そうな――純粋な戦闘員である――人狼の女性が恐る恐る手を挙げる。年齢は二十代後半で、物腰柔らかそうだが、いざ戦闘になると人が変わる。


「あの、統率」


「なんや、オリザ? なんかええ話でもあるんか?」


 オリザと呼ばれた長くストレートな薄灰色の髪の女性は、視線をチラッチラッと部屋の隅にやる。そのオリザの視線の動きにつられ、他の団員達も部屋の隅に目を向ける。そこには簡素な椅子に腰掛け、ずっと無言を貫くレングリットの姿があった。


「いえ、そうではなくてですね……その、レングリット様はこのままこの部屋にいてもよろしいのでしょうか?」


「あ、アイツか? 全くの部外者ちゃうし、かまへん」


 レングリットがヴェイド・ロズウェルとしてリュウガの面倒を見ている事と自分達使節団の護衛をしている事は団員達も知っている。しかし、こうして使節団だけで集まっている中、国の機密事項などの話をする事があるかもしれない。いくら自分達の護衛という立場でも、部屋にいられては困る。情報漏洩は避けたいのだ。


「ですが、一応魔導国(われわれ)だけの会議という事なので、他の方にいられるのはちょっと……」


「大丈夫やろ。アイツどこの国にも属してないし」


「いえ、そういう問題ではなくてですね」


 そんな事はわかっている。どこの国に属してようがいまいが関係ない。レングリットがどこの誰かにこの会議での話を何処かでしてしまえばその時点で情報漏洩だ。


「アレイスターは口が堅いから心配あらへん――な?」


「……今はその呼び方で構わないが。他の奴の前ではレングリットで通せ。詮索されると鬱陶しいからな」


「わかっとる、わかっとる。それより自分、一人でそんな隅っこ座っとらんでこっち座りや」


 バーカンティーは自分と対面の席を指差し、座るよう促すが、レングリットは「遠慮しておく」と素っ気なく返す。


「べつにどこ座っとっても護衛の仕事は出来るやろ?」


「だったらここに座ってても問題はないはずだが?」


 即答で返す。事実、ここに座っていようが、対面に座っていようが護衛の仕事は出来る。もっというなら部屋にいなくてもバーカンティー達を守るように〈魔力障壁〉さえ展開していれば屋外にいても問題はないが、一応護衛の仕事なので、そこはきっちりとしておく。体面を保つ為にも。


「自分、ホンマ捻くれてるな。ま、どこ座っとってもええけど。そこに座っとくんやったら護衛に徹してや。口出しは無しやで」


「仕事は仕事だ。その辺は割り切る」


 カレンは部屋を囲むように〈魔力感知〉〈熱感知〉〈魔力障壁〉に加え、防音魔法を展開する。


 魔導国の情報が手に入るなら口出し出来なくとも構わない。例えそれがどれだけくだらない噂話だろうが、だ。

 情報のためなら今この時間、全力で仕事に徹してやろう、そんな気概さえ出てくる。


 最高位冒険者の地位を手に入れてから王国を始め、周辺国家の情報はかなり集まった。しかし、魔導国と妖精国家の情報だけは何故か入ってこない。

 中でも魔導国に関してはほぼ皆無に近い。魔族が人間にとって敵という認識故でもあるのだろうが、情報を遮断しているようにも感じていた。

 今日は運が良い。ここ数年、全く手に入らなかった魔導国の情報をいくつか仕入れることが出来そうだ。


「ホンマはアレイスターにも参加して欲しかってんけど……本人にその気がないんやったらしゃあないな」


 やっぱりな、そう内心呟く。席に座れとは、遠回しに会議に参加しろ、と言っているようなものだ。


(情報の交換、とか言っていくつか吐かせようとか考えてたんだろうな……)


 カレンは人間界には無い情報や知識を大量に持っており、バーカンティーはそれを欲っしていたのかもしれない。それ故カレンを参加させたかったのだろうが、断るのなら仕方ないと、素直に諦めてくれたらしい。

 今回は大人しく手を引いたのは、無理を通して琴線に触れるのは避けたかったからだろう。


(だがまぁ、なかなかどうして、思ったより美味い仕事だ。護衛の仕事も悪くない)


 ガルフォードは一度も"その時だけ"とは言わなかったから、おそらく滞在中はずっと護衛の仕事だ。

 護衛の仕事を持ちかけられた時は辟易していたが、これはこれで美味しい仕事だと今になって思う。


「ほな、会議始めよか」


「い、いいんですか統率。いくら(ネロ)ランク冒険者でも部外者ですよ!?」


「心配あらへんて。そんな重要度の高い話なんかせえへんねんから」


「で、でも……」


 オリザは恐る恐るレングリットの方を見る。すると、顎をしゃくって会議を始めるよう促される。言外に、オレのことは気にせずとっとと始めろ、だろう。

 しかし、オリザは納得の色を浮かべない。当然といえば当然の反応だが、これでは埒があかない。

 バーカンティーは内心ため息をはき、カレンを外に出さない理由を話す。


「ちょっと余談やけど、ダンテとアレイスターには面識があってな。しかもこの二人、面倒な事に引き分けてんねん」


「あ、あのスタインフェルドと、ですかっ……!?」


 リュウザン以外の使節団メンバーの表情が驚愕に変わり、レングリットを見る目が変わる。

 ダンテ・スタインフェルドは――魔導国でも数少ない超希少種族である悪魔の血を引いた――バーカンティーに並ぶ人間界最強の一人である。

 その戦闘力はずば抜けており、数万の敵を相手にしても容易く勝利を収められるほどの強さを持つと言われている。そして強力な特殊能力(スキル)をいくつもり待ち合わせた"覚醒者"でもある。

 同じ"覚醒者"のバーカンティー以外は赤子の首を捻るが如く軽くあしらわれる。事実、昔ダンテに挑んだことのあるオリザはその当時バーカンティー直轄部隊の中で一番強いと評判であったが、結果は呆気ないものだった。腹に一撃くらって膝を折ったのだ。

 今思い出してもその当時の痛みが襲ってくる錯覚を覚え、手が腹部に伸びる。

 上には上がいると勉強にはなったが、苦い思い出だ。


「あのスタインフェルドと互角……ということは、レングリット様も"覚醒者"なのですか?」


「せや。しかも魔力量で言ったらウチより上やで」


「!!」


「とにかくや、今はダンテがおらんからええけど。もしダンテが戻って来てアレイスターと鉢合わせしたらとんでもない戦闘が起こるかもしれんで」


 その先は考えたくも無い。全員の脳裏に去来した最悪の光景、それは覚醒者二人が全力でぶつかる悪夢のような、もはやどうしようもない光景だ。少なくともこの場で止めに入れるのはバーカンティーしかいない。


「ここやったらウチもおるし、ダンテが戻って来ても大人しいやろ。でも、アレイスターをウチらの目の届かん外に出してもたら、戻って来たダンテが何をしでかすかわかったもんやない。だからアレイスターにはここにおってもらわなあかんねや」


「な、なるほど……」


 まだ納得はしていない様子だが理解はしたようで、オリザを始め、全員レングリットがこの部屋にいる事を了承してくれた。

 かなり無理矢理な理由だが、実際ダンテに暴れられるより百倍マシだ。

 ここが魔導国なら暴れられても内内の揉め事として片付ける事が出来るので、百歩譲って良かったのだが。ここは魔導国ではなく王国で、しかも人間の国だ。国際問題間違いなしである。


「ほんなら今度こそ会議始めるで! ほいリュウザン、一つ目のお題や!」 


 空気を切り替えるように溌剌とした声を上げ、リュウザンに進行を促す。


「ええ、では最初に――"スパーダの首切り姉妹"について……」




 ♢♢♢♢♢


 午後二時過ぎ。魔法騎士学園の中庭に隣接して作られた食堂、そのテラス席にエミリアとリュウガが二人、向かい合うように座っていた。


「来るのが少し早かったな。まだリチャード達も来てねぇじゃねぇか」


「話でもしていればそのうち来ますわ」


「…‥それもそうだな」


 今日、学校自体は一応休校ということになっている為、食堂は稼働していない。その為、食堂にいるにもかかわらず口にするものが何もなく、少し寂しさを感じる。いつもならここで食事をして、最後に紅茶やコーヒーを飲んでゆっくりと過ごしているのだが、今日はそれも出来ない。

 リュウガは一応〈魔導庫〉に果物などの食べ物や水ぐらいなら保管している。

 手を伸ばし、中空に顕れた〈魔導庫〉に手を突っ込むと、中からグラスを二つと水の入った――軽い金属でできた――ボトルを取り出しす。

 蓋を外し、水を魔力で冷やしてからグラスに注ぐ。


「悪いが水しかない。文句言うなよ」


「ええ、ありがとう」


 エミリアはリュウガから水の入ったグラスを受け取り、一口飲む。


「丁度いい冷たさですわ。調整が上手いですわね」


「ただ冷やしただけの水だろうが。何言ってんだ」


「あら、調整は大事ですわよ。中途半端に加減してしまえば当然中途半端な冷たさの水になってしまいますし、美味しくありませんわ。逆に過剰に冷やしすぎると凍ってしまいますから、そもそも飲めなくなってしまいますわね。その点、今貴方が出した水はぬる過ぎず冷た過ぎずと、絶妙な所で調整されていますから飲みやすいし美味しですわ。つまり――」


「"魔力調整が以前にも増して上手くなりましたわね"とか言うんだろ? お母さんか、お前は」


 半年前までは魔力制御にかなり粗があったのだが、片腕になってから魔力を多用する事が多く、お陰で魔力の細かな調整が以前にも増して上手くなった。

 変な話だが、こればっかりは片腕になった事に対して感謝している。生活面は超が付くほど大変だが。


「にしても人が増えて来たな――発見」


 時刻は二時半前。ぞろぞろと――私服姿の――生徒達が中庭に集まってくる。出場しない一般生徒が殆どだが、その中に見知った顔を見つける。

 女性にしては背が高くて、体もガッチリとしている真っ赤な髪の少女だ。


「あら、ローザですわね」


「あ、こっち来た」


 中庭にやって来てすぐエミリアとリュウガを見つけ、早足でこちらまでやって来た、かと思えば、無言でエミリアとリュウガを交互に睨む。


「………」


 無言で圧を繰り出してくるローザに痺れを切らしたリュウガが「……なんか言えよ」とツッコむ。

 不貞腐れ気味な態度は少しも崩してくれない。


「おはよう……」


「もうお昼過ぎてますわよ」


「………」


「あー……で、他の奴ら――」


「デートしてた」


「は?」


「アンタら二人、公園でデートしてた」


 口をへの字に曲げ、眉を逆立たせる。リュウガには怒りを、エミリアには羨望を向ける。


「今さっきも、二人で楽しそうだった」


 口を尖らせ、少し拗ねた様は小さな幼子のようだ。


「いや、ちょっと待て!」


 あからさまな焼きもちに嬉しさと恥ずかしさを覚えながら、なんで知ってる、という言葉が喉まで出かかる。

 あれは断じてデートではない。と反論しようとしたが、ふと思いとどまる。そういえば、エミリアもあれがデートだと言い張っていたし、違うと言っても言い訳にすらならない様な気がする。

 リュウガはデートをしていたつもりは決してないのだが、客観的に見ればあれはデートになるのだろう。事実ローザが「デートしてた」と言っているし、あれは立派なデートという事なのかもしれない。となると、否定できない。


(あれ、なんかわからねぇけど。俺詰んでね? ていうか浮気したみたいになってね?)


 気づけば嫌な汗が頬を伝っていた。


 話は戻るが、そもそも何故ローザはリュウガとエミリアが公園でデートしていたのを知っていたのだろうか。考えられるのは人伝え。つまり噂だ。


 リュウガとエミリアは非常に目立つ。エミリアはその美しさと知名度から。リュウガは単純に魔族という理由から。

 この二人が一緒にいると嫌でも注目を浴びる。そうなると、噂となってローザの耳に入ったのも頷ける。しかし、リュウガがこの街に来て早半年が経つ。最初こそ外を出歩くだけで噂が出回ったものだが、ここ最近では街の人間も慣れてきたのか、噂という噂は流れなくなった。

 今回はリュウガの隣にエミリアがいたことと、他所から来た人が多いという事で、もしかしたら物珍しさや、最初の頃の街の住人のように、魔族へ対して悪い印象を抱いている誰かが流したのかもしれない。だが、いくらなんでも二人が一緒にいるだけの噂がそんなに早く伝染するとは到底思えないし、デートしている、なんていうピンポイントな単語が出てくるとは考えにくい。その上、大貴族の令嬢が魔族とデートしているなんて()()()()()ならそもそも思うはずもなく、そんな噂を立てるはずがない。

 となると、考えられるのはもう一つの方。というか、もうこれしかない。


「お前もしかして、ずっと後つけてたのか?」


「………!」


 ローザは僅かに肩を跳ね、目を逸らす。図星だ。


「ストーカーかよ……」


「ち、違っ……」


「いや違わねぇだろ」


 ローザの自分への気持ちは知っているが、流石に引く。

 尾行するぐらいなら声をかければいいのに、と思わなくもないが、それが出来ないから尾行という行動にでたのだろうとも思う。

 良くも悪くも行動的だ。自分を想ってくれる事は素直に嬉しいが、ストーカー行為は普通にやめて欲しい。


 ローザは真面目キャラじゃなかったのか。もっとまともだと思っていたのに、頭痛がしてくるような気がした。


「……取り敢えず聞かなかった事にする」


「英断ですわね」


「ごめん」


 小さくしょぼくれながら、消えるように謝る。


「そう思うなら、今度から尾行はしないでくれよ」


「うん……出来るだけそうする」


「いや、出来るだけじゃなくて」


 本当にわかっているのかと心配になるが、そこは信じる他ない。

 ローザの根は真面目だ。ちゃんと理解はしている、はずである。


「そろそろですわね」


 その言葉の意味は聞かなくてもわかる。もうすぐ大会のトーナメント表が張り出されるのだ。

 どういう組み合わせなのか楽しみではあるが、同時に不安でもある。現状、大会実行委員が魔族のリュウガに対してまともな組み合わせをするとは思えないのだ。もしかしたらエゲツない組み合わせをしてくるかもしれない。

 しかし、あくまで可能性の話であり、単にリュウガの考え過ぎかもしれないのだが。


「アンタ、すごく苦い顔してるよ。どうしたんだい?」


 もしかしたら大会の組み合わせがヤバいかもしれない、という事を考えていると、いつのまにかそれが表情に出ていたらしい。

 ローザにつられてエミリアがリュウガの顔を覗き込む。


「あらホント。どういたしましたのリュウガ?」


「いや、なんでもない。気にすんな」


 なんでもないなんて表情ではないのだが。思えばこんな苦い顔は街中に出かけたりした際などでしょっちゅう見かけるので、いつも通りといえばいつも通りだという事に行きついたローザとエミリアはそれ以上追求しなかった。


「ところでローザ、そろそろ座っては?」


 ずっと立ちっぱなしのローザに席をすすめる。だが、トーナメント表が張り出されたらどうせすぐ立たなくてはならないから、という理由で「いいよ、このまま立ってる」と遠慮されてしまう。


「つってもまだ二十分以上あるぞ?」


「二十分なんてすぐじゃないのさ」


 そう言われてしまうと確かにそうなのだが、待ち時間の二十分は思っているより長いし、その間ずっと側で立っていられると座っているリュウガとしては少し落ち着かない。

 正直、素直に座ってくれと思ってしまう。


「お前がそれで良いんなら良いんだけどよ」


 それからローザにも水の入ったコップを差し出し、雑談を交えながら暫く待機しているとリチャード達がまとめてやって来る。どうやら一緒にやって来たらしい。


「揃いましたわね。さて、わたくし達も行きますわよ。トーナメント表が張り出されますわ」


 エミリアにつられてリュウガも立ち上がり、三人はリチャード達と合流する。すると、そのタイミングで大会実行委員らしき男性が中庭に現れ、中庭備え付けの掲示板に紙を貼り出す。大会のトーナメント表だ。


 集まっていた生徒達が我先にと一斉に群がる。とてもではないが前に行けない。


「なんでこんなに人いんだよ」


 今日一日人混みに辟易しているリュウガが疲れたようにぼやく。すると、隣でそのぼやきを聴いてたローザが答える。


「仕方ないよ。こういうのも楽しみの一つってやつさ」


「楽しみって……ただの組み合わせ表だろ?」


「その組み合わせを見て、予想立てたりするのが楽しいんじゃないのかい? アタイにはわからないけどね」


「そんなもんか?」


「そんなもんだよ。他人(ひと)のやる事にいちいち理由なんて探してたら頭パンクしちまうよ」


「それは同感」


「ねぇ、ここじゃ見えないし、強引に掻き分けて前に行こうよぉ!」


 ローザと話していると、前にいたテレーゼが痺れを切らし始めた。相変わらず待てないやつだと思いながら、リュウガもいい加減前に出て組み合わせを見たいと思っていたので人のことを言えない。

 そもそも大会に出場するのはリュウガ達なのだから、優先順位的にはリュウガ達が真っ先に見るべきはずであり、前に群がっている一般生徒は邪魔者以外の何者でもない。しかし、組み合わせ表を見るのにルールなんてものは当然なく、一般生徒が見てはいけないなんて規則も存在しない。

 要は早い者勝ちであり――言い方は悪いが――表の前を陣取るのが遅かったリュウガ達が悪いのである。


「そうですわね。このままでは埒があきませんわ」


「という事で、リュウガ出番だ!」


 いつのまにか背後にまわっていたヘンディがリュウガの背中を押して前に進む。


「お、おい、何すんだ!?」


「いいから進めって。お前が先頭だと後ろがスムーズに進めんだよ!」


「俺は虫除けスプレーじゃねぇんだぞ!」


 その叫び声を受け、前にいた生徒達が後ろを振り向く。そしてリュウガと目があった途端、示し合わせたかのように一斉に道を開ける。


 リュウガは遠い目をした。

 朝の出迎えの時もそうだったが、ここまであからさまに避けられると精神に少なくないダメージを負う。


「……」


「やりぃ! 流石リュウガ!」


 道が出来た事に喜ぶヘンディはリュウガの事をお構いなしに押す。そしてその後をテレーゼ、クロエ、ゼン、エミリア、リチャード、ローザ、シャナ、ベル、ディートリヒ、ジュドーが続く。


「ねぇ、あれってイジメとかにならないの?」


「そこは本人の捉えよう」


「あ、あはは……」


「イジメとは少し違う気もしますわね。どちらかと言うと辱めではありませんの?」


「それどっちにしろ同じじゃね?」


「ヘンディ〜……!」


「どうどうローザ」


「リュウガって損な役が多いのさ」


「流石に可哀想になってきますね」


「ヘンディ後でローザに()られるな」


 人混みの割れた道を進み、リュウガ達は組み合わせ表の前までやって来ると、すぐさま自分の名前を探す。


 大闘技大会。毎年行われるこの学園都市最大のイベントで、九校ある学校から各十人の選抜選手が互いを競い合う大会。

 例年通りなら各学校十名の選手が出場するのだが、今年は訳あって各学校十二名の出場となっている。

 総出場数は百八名。AブロックとBブロックに各五十四名ずつ振り分けられ、トーナメント形式の勝ち抜き戦で行われる。


「シード枠だとラッキーなんだけどなぁ」


 リチャードが自分の名前を探しながら願望をこぼす。


 この大会にはシード枠が存在しており、そのシード枠には毎年実力者が当てられるようになっている。例年通りなら前大会八位以内の誰かがシード枠に当てらるはずであり、万が一にもリチャードがシード枠に入る事はない。


「リチャードは今回初出場だですから、無理じゃないですか?」


「んな事わかってるっつうの――お、見っけ。俺はAブロックだな。相手は……知らねぇ名前だし大丈夫か」


「そんなこと言って、足元掬われても知りませんよ――あ、ありました。僕はBブロックですね」


「ぼくもBブロックだったよ!」


「オイラはAブロックなのさ!」


「アタイもAブロック」


「わたくしもAブロックですわ!」


「私Bブロックぅ!」


「私もBブロック」


「あたしはAね」


「俺はBだな」


「俺はA。ジュドーは?」


「Aには無かったから多分B……ん? んんッ?!!」


 ジュドーが何やら変な声を上げながら、組み合わせ表を見たまま固まる。何事かと顔を覗き込んでみれば、驚愕とも絶望とも取れる表情をしていた。


「ジュドーどうしたのぉ?」


「いや、これ見てみろよ……」


 ジュドーは絞り出すような声で力無く指をさす。そこにはジュドーの名前とその対戦相手の名前が書かれていた。それだけなら普通だ。なんらおかしい事ではない。しかし、問題はその対戦相手。

 名前を見た瞬間、全員が「あっ」という声をこぼす。同時に、ジュドーへ対して憐れみの感情が込み上げてくる。ただただドンマイ、という言葉しか見つからない。


「俺の一回戦の相手……シャロン・ガラドリエルだ」


 シャロン・ガラドリエル。"烈火"の異名を持つ、学園都市最高攻撃力を誇る少女。今大会優勝候補の一人だ。


「無理だろこんなの! 勝てるわけねぇよ!」


 始まってもいないのに早速弱音を吐くジュドー。いつもならエミリアやローザあたりが、しっかりしろ、的なニュアンスの言葉を言うのだが。今回ばかりは誰も何も言わなかった。


「流石に同情するわ……」


 リチャードのこぼした言葉に全員が肯定とも取れる苦笑いをする。それは遠回しに、ジュドーではシャロン・ガラドリエルには勝てない、という暗示でもあった。


「しかもよぉ、Bブロック強い奴揃い過ぎじゃねぇか! 奇跡が起きて勝ったとしてもその後にこんな奴らと戦わなきゃいけねぇのかよ! なんなの、嫌がらせ!?」


 頭を抱えながらジュドーが叫ぶ。

 言われてみると確かに、と改めてBブロックの選手の名前を見る。すると、なかなかエゲツない面子が揃っていた。


 "烈火"シャロン・ガラドリエルを始め、優勝候補のドミニク・レッドフィールドに同じく優勝候補のアレクサンダー・ショウ。前大会二位のチャールズ・マーチンに、同じく前大会四位のヴァイオレット・ジョーンズ。そして前大会五位と六位の名前もあり、その他にも実力のある者の名前がちらほらとあった。

 Aブロックにも当然強者の存在が確認できているが、Bブロックはそれ以上に強者がひしめき合っており、ジュドーが弱音を吐くのも仕方ないと思ってしまうほどだ。


「そう言えば、お父様が今年は豊作と言ってましたわね」


「ま、どうにかなんだろ」


「ヴラド君、ポジティブだね」


「逆にポジティブに考えてねぇとキツイだろ、これ」


 片腕のハンデもある。その上でこの激戦が予想される中で三位以内を目指さなければならないのだ。前向きに考えていなければ気が遠くなる。


「なんにせよ、目指せ優勝ですわ! みんな頑張りますわよ!!」


 組み合わせ表を見た事でいよいよという実感が湧いてきたのか、エミリアは少し興奮気味だ。


 しかし、それはエミリアに限った話ではなかったようで。他のメンバーも明らかに目の色が違った。エミリアの叫びに「おーっ!」と雄叫びを上げ、全員が獰猛に笑っていた。ジュドー以外は。


「リュウガ!」


「ん?」


 リチャードに呼ばれ、顔を向ける。


「頑張ろうぜ!」


 拳を突き出し、勝気に笑う。リチャードにしては珍しいその笑顔に、リュウガは一瞬呆気に取られるが、次の瞬間には仄かに笑い、リチャードの拳に自分の拳を当てる。


「ああ、やってやろうぜ!」


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