大会前日 その3
土煙が舞う。激しい戦闘を物語るように、演習場の地面は砕け、焼け焦げ、高熱により煮え滾っていた。
ブクブクと沸騰する灼熱の溶岩が赤い光と熱風を放ち、肌は焼けるように暑い。演習場の外とは大違いだ。
外はちょうど良い温度帯だったのだが、ここは汗が矢継ぎに流れ出る。着ている服も汗で色が変わり、乾燥した空気に喉が渇いてゆく。
大都市のど真ん中にもかかわらず別世界の光景を前に、リュウガ達はただ唖然としていた。
空は青いのに、目の前は真っ赤だ。
通路を抜けたら別の場所に転移してしまったのではと錯覚してしまうほどに変わり果てていた。
そんな灼熱の世界の中、一人だけ白髪の美女が悠然と佇む。炎劫竜 マグダウェルだ。
マグダウェルは左手を腰に当て、涼しげな顔で正面を見据えていた。
リュウガ達はつられてマグダウェルの視線の後を追う。
「せ、師匠!?」
視線の先。そこには演習場の壁に深々と減り込んだヴェイド(カレン)の姿があった。
ピクリとも動かない。リュウガやエミリア達の中では強過ぎて手に負えない印象がある自身の師。
とてもではないが信じられない光景だった。
上には上がいる。そう思った瞬間、壁に減り込んでいたヴェイドがピクリと動き、瓦礫と共に灼熱の大地に立つ。
「チッ、この馬鹿力が……!」
「ふふっ、まだやる気?」
余裕の表情を向ける。それが癪に障ったヴェイドは釣り上がった眉をさらに逆立たせ、次の瞬間にはマグダウェルの目の前で刀を振り下ろしていた。
「逝け!」
「それは夜にでも言ってちょうだい」
振り下ろされた刀を手で払う。一撃一撃に衝撃波が当たり前の戦闘が始まり、リュウガ達は現実離れしたその戦いにドン引きする。
「あ、クラリス」
開いた口が塞がらないリュウガ達の隣から、緊張感のない声がかかる。ルミナスだ。
壁に背中を預けてヴェイドとマグダウェルの戦いを観戦していた。
「シェイバちゃん、いつからそこにいたの?」
「ずっとここにいたぞ」
「えっ、シェ、シェイバさん!?」
シェイバという名にソフィーが驚く。鎧の下が女性である事は知っていたが、まさかこんな絶世の美女だとは思ってもみなかったのだ。
「ソフィー、どうしてここに?」
意外な存在に、ルミナスが目を丸くする。
一方、ソフィーは言葉が出てこなかった。目の前にいる美女を前に、喉を何かが塞いだような感覚に襲われる。
その驚いた様子にルミナスがふと思い出す。ソフィーの前ではいつも鎧姿で、素顔を見せたことは一度もなかった。
「えーと……改めて、冒険者パーティ"天使と悪魔"のシェイバです。よろしく!」
ニッコリと優しく笑顔を向ける。すると、美女からの強烈とも言える笑顔にソフィーの顔が赤くなる。
「え、あ、その……!」
同じ女性とは言え、その眩しいぐらい魅力的な笑顔にソフィーの鼓動が跳ねる。しかし、そこはギルドの受付け嬢。すぐに乱れた気持ちを立て直し、きれいな所作で挨拶を返す。
「こ、こちらこそ、改めてよろしくお願いいたします、シェイバさん!」
「うん、よろしく。ところでソフィーがどうしてここに?」
「大した理由ではないんです。ただ、ここ最近働き詰めだったので、ギルドマスターにお願いして何日か休みをいただいたんです。そしたらクラリスさん達がこの大会に行くという話を小耳に挟みまして。せっかくの連休ですし、無理言って連れて来てもらいました」
少し前にローリエから手紙が届き、部屋を三部屋予約しておいて欲しいという内容が書かれていた。何故四人に対して三部屋という微妙な数なのかと、ルミナスは今の今まで疑問に思っていた。だが、ソフィーの話を聞き、ようやく謎が解けた。
「なるほど。だから手紙で宿を三部屋予約して欲しいって言ってたのか!」
「話の最中に悪いけどよ、シェイバ」
「なに?」
「あれ、止めなくていいのか?」
そう言われて全員がマインの指差す方向を見ると。
「くたばれカス!!」
「ふふふっ、楽しくなってきたわね!」
全力で殺しに行くカレンと、それを楽しげな笑顔と即死の一撃で応戦するマグダウェル。どう見ても訓練だとか、手合わせというレベルではなく。これ以上近くにいれば巻き添えを食らって殺されかねない勢いだった。
マインは止めなくていいのかと聞くが、どう考えても止めに入れるようなものではない。二人の戦闘の間に割って入ったものなら、ルミナスといえど軽く一捻りだろう。
「あー……あれはもう私では止められないんだぞ」
当然のように諦めの言葉を吐く。
今この場にいる中ではルミナスが一番強い。そのルミナスが止められないと言うと、周りにいるクラリス達の顔はだんだんと引き攣り始める。
「俺は行かないよ。潰されるのがオチだし」
「言っとくがあたしもごめんだぜ」
「アタシも嫌よ。死にたくないもの」
「右に同じく」
「俺も今回ばかりはパスです」
「わたくしもですわ。まだやり残した事が山程ありますもの」
「私はそもそもそういうのとは無縁なので……」
満場一致で断られた。わかっていたことではあるが、正直ルミナスも進んで行きたくないので、代わりに誰かに行ってほしいと思う。しかし、無情にも全員の視線はルミナスに向いており、言外に「お前の役目だ」と言わんばかりだ。
「私が行かなきゃダメかなぁ……」
弱々しい最後の抵抗を見せる。
「寧ろお前しか止める奴いねぇだろ」
バッサリ切り捨てられた。もう少し考えてくれともいいのではとジト目を送るが「ほら行ってこい」と鬼畜な対応をされてしまう。
肩を落とし、いよいよ死地に向かうルミナス。その背中からは、行きたくない、というオーラが全開で、見送ったクラリス達も流石に可哀想に思ってしまうほどだった。
「あれ大丈夫か?」
「リュウガには大丈夫に見えますの?」
「全然」
「そう言うことですわ」
ルミナスは両頬を叩き、気合を入れる。その面持ちは覚悟を決めたそれだ。とにもかくにも、このまま暴れられたのでは大惨事になりかねない。今はまだ力を抑えて戦っているが、いつタガが外れてもおかしくはない。特にカレンは本気になりつつあるので、なおさら早く止めなければ歯止めが効かなくなる。
「カレン、マグダウェル。もうその辺にしてくれ! これ以上は街に被害が出る。だからもう終わりにして欲しんだぞ!」
一縷の望みにかけて声を張り上げてみるが。
「ダメか……」
二人は戦いに夢中で、聞く耳を持ってはくれなかった。寧ろ戦闘はさらに激しさを増し、衝撃波と熱風でルミナスの長い髪が激しく靡く。
「こうなったら……!」
ルミナスは地面に手を伸ばし、砕けた――拳より二回り小さい――地面のかけらを手に取る。そして、大きく振りかぶり青白い光を放ったかと思えば、〈電磁加速砲〉をカレンめがけておもいっきりぶっ放す。
空気の壁を突き抜け、その速すぎる速度に通った後の地面が抉れる。
マグダウェルに向けてもよかったが、その場合カレンが止まらずにそのまま刀を振り下ろす可能性が考えられた。というか絶対に止まらない。寧ろチャンスと言わんばかりに嬉々として刀を振るだろう。一方カレンの動きを止めれば、マグダウェルなら止まってくれるという謎の希望があった。よって、自然と〈電磁加速砲〉の軌道はカレンへと向けられた。
〈電磁加速砲〉は二人がぶつかり合うタイミングドンピシャでカレンへと一直線に走る。
常人なら目で追うことは不可能な速度だが、カレンならば簡単に叩き落とせる速度だ。すると案の定、向かって来る〈電磁加速砲〉に気がついたカレンは、刀の軌道をマグダウェルから〈電磁加速砲〉の本体である石に向け、そのまま斬り上げて真っ二つにしてしまう。
「チッ……何しやがる。今良いところだったんだぞ!」
ルミナスの考えた通り、カレンが止まるとマグダウェルも止まってくれた。存外簡単に止まってくれて安堵の息をはいたのも束の間、戦いを楽しんでいたところに横から邪魔が入ってしまったカレンの機嫌は急降下する。
いつもより眉間に皺がより、人相も二割り増しで怖い。
「まわり、見たほうがいいぞ」
「あ?」
ルミナスに促され、カレンは首を動かして周囲の状況を見る。
熱気に包まれ、キレイに整備されていた演習場の地面は溶岩地帯のように真っ赤に輝く。この惨状を作り出したのは他でもない、カレンとマグダウェルだ。
「……少し力み過ぎたみたい。てへっ!」
「あざとい。あと可愛くないから……」
ここまで高熱に熱せられては大量の水をぶっかけるか、自然に冷えるまで放置する他ない。一瞬リュウガに急冷させようかとも考えたが、リュウガではマグダウェルの作り出したこの熱を冷ます事は出来ないだろう。マグダウェルとリュウガでは力に差があり過ぎるのだ。
「仕方ない。後で直しておくか……」
カレンは手に持っていた刀を〈魔導庫〉へしまい込み、いつのまにか集まっていたクラリス達の元へ足を運ぶ。その横にルミナスとマグダウェルが並ぶ。
「根源は元通りになったみたいだけど、かなり鈍っているわね。動きにキレがなかったわよ」
「うん。私も遠くから見てたけど、本調子にはまだ程遠いかな」
カレンとよく手合わせする事が多いルミナスから見ても戦いの動作に若干のズレ見られ、動きが全体的にとてもぎこちなかった。実際、カレン自身も自分の体が思うように動かないのには気づいており、戦いの最中はついてこない体にかなり四苦八苦していた。
「……その内すぐに戻る」
「良かったらまた相手してあげるわよ?」
「わ、私もするぞ!」
「勝手にしろ」
「ツンデレね」
途端、カレンの額に青筋が薄く走る。
「やめろ。顔面に一発ぶち込むぞ!」
「ふふっ、やれるものならやってみなさい」
現実マグダウェルに一発も当てる事が出来ないカレンは苦々しい顔で逃げるように目を逸らし、盛大に舌打ちする。
「チッ、クソが……!」
そうして悪態をつきながら歩いていると、ふとソフィーの姿を見つけ、つい「あ?」と低い声が漏れる。
「なんでソフィーがここにいんだ?」
知っているレングリットの口調や声質の違いに驚き、ソフィーの肩が跳ねる。
「レ、レングリットさん。ですよね……?」
「ああ、そうだ。それがどうした?」
「その、口調とか雰囲気とか、私の知っているレングリットさんとは全然違いますので、本当にレングリットさんなのかなぁと……それに、思ってたよりずっとお若いですし……」
ソフィーの反応から察するに、やはり口調や仮面のお陰でかなり良い印象を与えられていたようで、年齢も少し上に見られていたようだ。
最近では名前や素顔を隠す事がなくなってきてはいたのだが、これはこれで良い収穫だった。
「なるほど」
「……あの、よろしいんですか?」
「何がだ?」
「仮面をしていたということは、素顔を知られてはいけない理由があるのではないですか?」
「以前までは確かにそうだったんだが、どっかのバカが何度注意しても言う事を聞かないからな。もう色々と諦めた。それに、隠す必要もなくなった」
バカの部分を強調してルミナスの方へジト目を向けると、当の本人は気まずい顔を作り、カレンから顔を逸らす。
知らないふりでもしているつもりかもしれないが、その行動をした時点で自分がやらかしていると周りにアピールしている事に、ルミナスは気づかない。
「それはさておき。なんでお前らここにいんだ?」
学園都市は一応観光都市でもある。何故わざわざこの何も無い演習場に来るのかと、クラリス達に呆れ顔を向けるが。思えばカレンが寝込んでいる間にクラリス達は何度もこの街に足を運んでおり、カレンの代わりにルミナスと共に臨時講師の仕事を請け負ってくれていた。そうなると、観光はすでに済ませている可能性もあった。なら、なぜここに来たのかという事になるのだが。その答えはルミナスが教えてくれた
「久々にみんな集まるからな。一緒にカフェにでもどうかなと思って私が呼んだんだぞ。ちなみに、あとユルトとマグノリアとエリックとエルザとセラが合流する事になってる!」
名前を聞くと確かに久々に会う面子だった。しかし、今はカフェに行くという気分ではない。激しい戦闘の後で、身体が興奮状態だ。とてもではないが、落ち着いて紅茶を飲める自信がない。加えて、カレンにはこれから仕事があった。
「あっそ。オレはパスだ」
即欠席を申し出る。
なんだかんだと文句を言いながらもこういう集まりには律儀に参加するカレン。なので今回も参加するものと思っていたルミナスは、虚をつかれて驚きの声をあげる。
「なんで!?」
「仕事がある。お前らだけで行ってこい」
「じゃあ、場所だけ先に伝えておくから、後から来るといいぞ」
「他にも仕事が立て込んでる。だから欠席だ」
「む〜……!」
仕事がある為、来れないのは仕方のない事なのだが。出かけるならカレンにも来て欲しいと思うルミナスは、拗ねて不服のこもった目を送る。
まるで「私達より仕事の方が大事なのか!」と言っているようだった。
「貴方、特別待遇で臨時講師してるんでしょ。今日も仕事があるの?」
「教師とは別の仕事だ。魔導国の連中の出迎えに行く」
カレンは大貴族のガルフォードから直接臨時講師の仕事を受けており、本来教師がする仕事などは契約上しなくて良い事になっている。例えば、大会前日の今日なら運営側の手伝いなどが挙げられる。
そして今日、特別待遇で臨時講師講師を引き受けているカレンは本来ならば仕事はなく、休みのはずなのだが。今回は魔導国からの使節団も来るということもあり、その実力と対応能力から出迎え、及び護衛の仕事がガルフォードから与えられていた。
「さて、オレは仕事の時間だ。じゃあな」
現在時刻は十一時四十分。魔導国の使節団が到着するのは十二時半から十三時の予定だが、今日は人が混んでいる為、門まで行くのに時間がかかる事を見越し、少し余裕を持って迎えに行く。
ルミナス達の横を通り過ぎ、演習場を後にする。
「行ってらっしゃーい! 気をつけて行くのよー!」
手を大きく振り、野太い声でクラリスが元気に見送る。カレンは背中越しに聞こえてくる暑苦しい声に苦虫を噛み潰したような顔を作り、通路の奥へと消えて行った。
「さて、アタシ達もそろそろ行きましょうか。早くいかないと席が無くなっちゃうわ!」
「焦らなくても予約はしてあるから心配ないぞ。あ、そうそう、エミリアとリュウガはどうする。一緒に来るか?」
二人と行く約束はしていなかったので、この際だから一緒に行くか聞いてみる。すると、二人は「リュウガはどうしますの?」「これ以上あの視線を浴びるのはちょっとなぁ……」と相談し合う。
エミリアはリュウガに任せる形にしているようで、そのリュウガはあまり乗り気ではなかった。というのも、外に出ると無遠慮な視線に晒されて精神的に疲れるのだ。しかし、せっかく誘ってもらっているのだから行ったほうが良いのでは、という話にもなる。付き合いというものは大人になる上で欠かせないものだ。だが、だからと言って無理をするのは良くない。
二人は大会を明日に控えている。当然、十分な休息が必要だ。特にリュウガは精神的な疲労を考えて、大勢のいる所へ行くのは控えた方が良い。よって、相談しあった結果。二人の返答は「すいません。今回は遠慮しておきます」というものだった。
「そっか、まぁ仕方ないか。二人とも、明日に備えてちゃんと休むんだぞ」
誘っておいてなんだが、配慮が足りなかったかもしれない。
ルミナスは内心二人に謝る。
「はい」
「では、わたくし達はこれで」
そう言って軽く頭を下げ、リュウガとエミリアはルミナス達と別れた。
残ったルミナス達は「さて、私達も行くか!」と予約してあるカフェへと向かおうとする。その時、ふと思い出す。
そういえば、マグダウェルの予定を聞いていなかった。
普通に行きかけたが、彼女は一緒にカフェへ行くつもりなのだろうか。それとも別に用事でもあるのだろうか。
さっきからずっと黙ってこっちの様子を窺っているようにも見える。これは、一緒に行くという意思表示なのだろうか。
読めない。
マグダウェルは今は人型を保っているが、元は竜だ。そのせいかはわからないが、その表情から何を考えているのか皆目見当もつかない。
(一応聞いておいた方が良いのかな。と言うか絶対聞いた方が良いと思うんだぞ!)
このままではいつまで経ってもマグダウェルの意思がハッキリしない。わからないなら、聞いてみるのが一番早い。というか、初めからそうしたら良かったのだ。
「マグダウェルはどうする? 一緒に行くか?」
カフェへ誘われたマグダウェルはしなやかで美しい指を顎に添え、少し考える。その動作が少しあざといが、なかなか様になっているからタチが悪い。
「うーん……どうしようかしら」
交友関係を深める。という意味でも、一緒に行っても良い。しかし、マグダウェルには別に用事がある。こちらの方が重要と言うわけでもなく、ましてや急ぎでもない。だが、早めに済ましてしまいたいとは思っており、カフェに行くか、こちらの用事を済ませるかで迷う。
「カフェにはどれぐらい滞在する予定かしら?」
「うーん、そうだな……みんなで集まるのは久しぶりだし、それなりに長くいるかもしれないぞ。少なくとも一時間以上は確実かな」
「そう、わかったわ」
ルミナスからカフェでの滞在時間を聞き出したマグダウェルは、先に用事を済ませることにし、後から合流という形で約束を取り付ける。
「それじゃ、また後で。近くまで行ったら〈念話〉でも飛ばすわ」
ルミナス達に背中を見せ、肩越しに振り返りながら手を振る。
所作の一つ一つがいちいち妖艶というか、色気を放っており、彼女が元は竜である事を忘れてしまいそうになる。
「うん、わかった!」
マグダウェルを見送り、残ったルミナス達も今度こそ予約してあるカフェへ向かう。
その際、演習場の出入り口に立ち入り禁止の看板を立て、備え付けてある――魔法的な――鍵をしっかり閉めておく。中は溶岩地帯の様になっているので、知らずに入ってしまうと危険だ。
場所は変わり、カフェの前までやって来る。代表してルミナスが予約した際の名前を店員に告げると、白い石畳にいくつか観葉植物が置かれてある中庭に案内される。すると、そこには既にユルト達が座っており先に――遠目でわからないが、おそらく――紅茶やコーヒーを飲みながら待っていた。
様子を見るに、少し遅れてしまったと、申し訳なく思う。
ルミナス達に気がついたセラが花が咲いたような満面の笑みで手を振る。
「久しぶりー!」
「セラ、もう少し声抑えろ。周りに迷惑だぞ」
「あ、ごめん……」
この中庭の席にはルミナスやユルト達以外にも他の客がいる。カフェというものは大概が軽い軽食などを食べながら歓談を楽しむところではあるが、大声を出すところではない。
エリックに注意され、セラは振っていた手を引っ込め、席に座る。
「すまない、遅くなったぞ」
「いや〜、全然待ってませんよぉ」
緩いと言うか、ホワホワした返事をするのはマグノリアだ。相変わらずボサボサの赤い髪とくたくたになった修道服もどきを着ていた。
何度見ても本当にあの有名な"蒼の聖女"なのかと疑いたくなってしまう姿だ。
「久しぶり、マグノリア。もうすぐ結婚式を開くって聞いたけど。準備の方はどう?」
ルミナス達は確実好きな席に座る。ちなみに、ルミナスはマグノリアの隣りに座った。もう一つ隣はマグダウェルが来た時のために空けておく。
「結婚式の事はあまり大きな声では言えないけどぉ。まぁ、順調かなぁ」
「あ、ごめん。内緒なんだっけ……!」
やってしまった。ルミナスは迂闊な自分の口を恨む。
「そうだけど。ここにはそもそもマグノリアの正体を知っている人がいないから大丈夫だと思うよ」
神聖国ならいざ知らず、王国なら"蒼の聖女"という肩書きや名前は知っていても、その容姿までは知っていないはずだ。マグノリアの隣に座っているユルトがフォローを入れる。
一応マグノリアはアヴァロン神聖国の王女である。アヴァロン神聖国は七代国家の内に入らないが、その軍事力は絶大だ。十分過ぎるほどの大国である。それ故、本来ならば結婚式は盛大に行うはずなのだが。今回マグノリアとユルトの結婚式は、ユルトの故郷であるフルール村で行われることが決まっており、その規模は王女の結婚式というにはかなり小規模での予定だ。というのも、原因、という言い方は悪いのだが、ユルトが相手であることが関係している。
ユルトは王国において黒ランクを誇る最高位冒険者であり、王女の結婚相手としてなんら不足はない。しかし、ユルトにはカレンとの繋がりがある。
魔族根絶やしを掲げる神聖国の頭のおかしい連中からすれば、王女のマグノリアが魔族と繋がりのあるユルトと結婚するなど言語道断だ。下手をしなくても確実に裏切りのレッテルを貼られるだろう。それ故、マグノリアが結婚する事は王族のごく一部の知るところであり、また、相手がユルトである事も超がつく極秘となっている。ならば、結婚式などしなければ良いのでは、と言う話になってくる。
式を挙げると言う事は、それだけ情報漏洩に繋がる。事実、最初マグノリアは式を挙げる事を拒否した。ユルトも渋々であるが色々な理由から納得はした。しかし、一人だけ渋い反応を見せた者がいた。マグノリアの父である聖王だ。
生涯に一度しかないかもしれない晴れ舞台。それをしないと言うのは娘を持つ父として納得出来なかった。
可愛い娘のドレス姿を見たい。王としてではなく、一人の父親としてちゃんと祝ってあげたい、と。
勿論ユルトの繋がりなどの理由から、理性では納得出来る。
式を挙げれば娘やユルトに危険が及ぶ。それ以上にカレンの不況を買うだろうと考えた。話を聞く限り、カレンの強さは常軌を逸している。それ故、聖王は決して触れてはいけない存在。パンドラの箱として認識していた。故に迷う。娘の言う通り式をを上げず、結婚したという事実だけで安全に済ませるのか。はたまた、多少の危険を犯してでもちゃんとした式を挙げ、きちんと結婚した事実と思い出をつくるのか。
結果、聖王の我儘、もとい後押しもあり、二人はフルール村で小規模ながら結婚式を挙げる事となった。勿論極秘ではあるが。
「今更だけど、村でやる時点で極秘でもなんでもないんじゃ……」
「ふふ、今更だね」
アレンの言う事も最もだが。そこはユルト、爽やかな笑顔で誤魔化す。
「でも、えっとあの、誰でしたっけ。背の低くて怖がりな――」
朧げな記憶を探り、ホワホワとしたイメージの中で言い淀むローリエ。すると、エリックが横から「もしかしてフィンの事か?」と尋ねる。
「そう、その人です!」
「それでそのフィンて野郎がどうかしたのかよ?」
「いや、あの方口が軽そうと言いますか。カレンさんが村に帰ってくると知るや否や、真っ先に逃げようとしてましたので……なんと言いますか、村で結婚式をするにあたって、一番の不安材料な気がするんです」
「「否定はしない(かな)」」
ユルドとエリックが声をそろえて言う。
「即答ですか!?」
「あら、ずいぶん信用ないのね、その子」
「まあな」
エリックは深く椅子に背中を預け、空を仰ぐ。
その顔は怒りが三、呆れ七と言ったところだろうか。なんとも言えない複雑な顔をしていた。
「ところで聞きたいんだけどよ………なんでソフィーちゃんいんの?」
エリックの視線がローリエの隣に座るソフィー向けられる。ユルト達も同様だ。
本日何回目かになる同じ質問に対し、アレンが「またか……」とため息混じりにこぼし、ソフィーと一緒にいる経緯をエリック達へ簡単に話す。ついでにセラとマグノリアとエルザの紹介も済ませる。
「なるほど、休みだから遊びに来たと……」
説明を受けたエリック達は理解の色を示し、そう言う事ならと店員を呼び、メニュー表から女性の好む甘い食べ物を片っ端から頼んでいく。周りが冒険者ばかりで少し肩身が狭そうな印象を受けた結果だ。
頼んだ注文の品がテーブルに並べられる。
彩りフルーツをふんだんに使ったタルト。ソフトクリームとチョコラ(チョコレート)たっぷりのバナバナパフェ。紅茶香るシフォンケーキ。ツブツブのモンブランケーキ。生クリームたっぷりワッフルと紅ツブツブのソース。濃厚バナバナケーキ。深緑クッキー。濃厚カスタードとバナバナのクレープ。その他色々なデザートがテーブルを彩る。
マイン以外の女性陣は目を輝かせ、身を乗り出す勢いで凝視していた。
エリックの隣に座る妻のエルザも、我を忘れて血走り気味の目でデザートを見つめており、その姿が心底可愛らしいと思った。やはり自分の妻は世界一だと、脳内で絶叫する。
しかし、頼んでおいてなんだが、見てるだけで胃が重い。食べてもいないのに口の中が甘くなってくるような気がした。
「好きなものどうぞ。俺の奢り」
「えっ! いいんですか!」
ソフィーの血走り気味の目がエリックを捉える。普通に怖わい。
「お、おう」
「では、いただきまぁ〜すぅ」
誰よりも早くマグノリアがケーキに手を伸ばし、フォークをブッ刺して一口パクッと食べる。
食べたのは紅茶のシフォンケーキだ。
「甘〜い!」
ふわふわとした食感の後、口に広がる甘味と鼻を抜ける仄かな紅茶の香りが混じり合う。紅茶の爽やかな渋みを感じる中に、ケーキの甘みを感じ、その後濃厚なベルガモットの香りが立つ。
マグノリアの顔はだらしなく緩む。それが合図だった。
「では、私も頂きます!」
遠慮してなかなか手を出せなかったソフィーだが、マグノリアの幸せに満ちただらしない顔が引き金となり、もはや遠慮という二文字は頭の中から消失した。
テーブルに並べられたデザート。どれを手に取るか迷う。その間にも、ルミナス達が各々好きなものを取っていく。
迷った末、ソフィーはバナバナのクレープを取る。
バニラの香りを放つ濃厚カスタードがたっぷりと盛られ、メインのバナバナとチョコラチップがトッピング。そして生クリームと、具材は非常にシンプルである。だが、シンプルだからなんだと言うのだ。そんな事はどうでもいい。ただ目の前に甘くて美味しそうなデザートがある。それだけでソフィーの食欲ゲージはマックスだ。
今のソフィーにとって、目の前のクレープは高級レストランの料理にも勝る一品だ。
「いただきます!」
クレープは手に持って食べるタイプと、ナイフやフォークを使って食べるタイプがあるのだが、目の前のバナバナクレープはナイフとフォークを用いて食べるタイプだ。
ソフィーはナイフでクレープを食べやすい大きさに切り分け、トッピングされたバナバナ、カスタード、チョコラチップ、生クリームを器用に一つにまとめる。そして、分けて作ったミニクレープをフォークで口の中へと一口。
その瞬間、口の中を"甘い"が支配する。
「ふあぁ〜〜……!!」
顔がだらしなく蕩ける。
一口。また一口と、手の動きが止まらない。すると案の定、皿に盛り付けられていたクレープはあっという間に無くなってしまう。しかし、気に病む必要はない。甘い物はまだまだあるのだから。
「休みなんてほとんど無かったので、甘いもの食べるのなんて久しぶりです!」
脅迫するまで休み無しの働き詰めだったソフィーは家と職場の往復ばかりで、こうしてカフェに行ったりすることがなかった。
同僚のサーシャから何度も誘われたのだが、仕事の量が多くなかなか暇が取れず、断る毎日を送り続けた。その時、サーシャからは「ちゃんと休まないと、過労で死んじゃうわよ……」と真面目な顔で言われたのが印象的だった。
気付いたら周りから社畜と呼ばれていたのはかなりショックだったが、自分でもその呼び名は間違いではないと思ってしまったのが悲しいものだ。
「休日とかどうしてたんですか?」
そういえばと、ほぼ毎日ギルドに通っていたローリエ達は、ソフィーが出勤していない日を見ていないかもしれない、ということに思い至る。
ソフィーはデザートを食べる手を止める。
「休日、ですか………四ヶ月前から休日なんて無かったですよ(笑) 加えて休憩なんて取る暇もなかったです。周りも仕事の出来る人が二、三人だけでしたし、加えて新しく入ってきた新人受付嬢の教育まで私に回って来て、最早手がつけられませんでした(笑) どうにかしてくださいとギルドマスターに直談判しても"お前にしか任せられないんだ。自分でどうにかしてくれ"と匙を投げられる始末ですよ(笑) 勿論休日出勤しましたよ。出なければ仕事が回りませんからね(笑)
まぁ、その代わりと言ってはなんですが、給金はかなり良かったですけど(笑)」
ニッコリとお仕事スマイルをするソフィー。その姿を見て、「うわぁ、染まってんなぁ……」とちょっと引くエリック。
「四ヶ月……と言う事は、一年の三分の一が仕事で潰れてしまった、と……」
エルザも夫のエリック同様にちょっと引き気味で尋ねる。
ランチェスター家のメイドとしてはたらくエルザは仕事環境が非常に良い。例えば、週に三日は必ず休みがあるし、休憩も二時間近く取ることが出来る。
当主のガルフォードやその妻のカルカ至っては非常に良い人格者であり、とにかく働く者達を大切にしてくれる。
これだけでも良い職場であることがわかる。
メイドとして働いて、何一つ不自由もなく、休日が無くなるなんて事は今まで一度も経験した事がない。故に、四ヶ月という連勤記録に最早哀れみの感情が芽生える。
「エルザさん、その哀しい目を私に向けるのやめてもらえませんか。なんだか泣きたくなってきます」
「ごめんなさい。でも、可哀想で……!」
「だから、そう言うのが一番傷つくんですって!!」
ちょっと涙目で叫ぶ。哀れだった。
「ところで、カレンはどうしたの?」
セラがルミナスに尋ねる。
このメンバーの中でカレンと一番近いのはルミナスの為、カレンのことを聞く時は全員一貫してルミナスに聞く事になっていて、それが暗黙の了解となりつつある。
「カレンは仕事だ。だから、今日は来れないんだぞ」
「そっかぁ、カレンも社畜か……」
確かに、言われてみればカレンも忙しく仕事をしているイメージがあるので、そう言われても違和感がない。
「それで、こんなお祭りみたいな日にまで、なんの仕事してんだアイツ」
「なんでもバーカンティーちゃんのお迎えらしいわよ」
「そりゃまた重要な仕事だな。お迎えってつまり、護衛だろ? しかも魔導国の使節団の」
「まぁ、そう言う事になるわね」
「ていうか、バーカンティーがいる時点で護衛とかいんのか?」
疑問を口にするが、内心絶対に必要ないと思うエリック。それに対して、クラリスは「要らないと思うけど、体裁を整える為でしょうね」と至極真っ当な返しをする。
すると、手を叩く音が鳴る。ルミナスだ。
「まぁまぁ、仕事のことはいいから。今日は久々に集まったんだし、もっと楽しくするんだぞ!」
「そうだね。仕事のことは忘れよっか」
「最初からそうしろっつうの」
「すいませーん。ホットのミルクココアくださーい!」
「アタシはバナバナジュースお願ーい!」
ローリエとクラリスが店員に向かって注文を叫び、少し離れた所にいた男性の店員が「かしこまりました!」と元気よく返事を返す。
「それにしてもシェイバさん、すごく美人だったんですね。最初信じられませんでした……」
「ソフィー、ここは冒険者ギルドじゃないんだから、敬語は使わなくてもいいんだぞ」
ソフィーの言う、この手の話は苦手だ。どういう反応をそればいいのかいまだにわからない。だから、話を逸らすに限る。
「普段通りでいいぜ。あんまり畏まられると、俺らも気使っちまうしな」
「仕事とプライベートはしっかり分けないと怖いですよ」
「それカレンにも言ってあげて」
「カレン君に言うとぉ、絶対嫌な顔してくるよねぇ。舌打ちも飛んでくるおまけ付きでぇ」
「ソフィーさん、ツブツブのタルト食べる?」
タルトのサラをソフィーに差し出す。
「い、いただきます……」
手を伸ばして受け取ろうとするが、セラに反応がない。いや、正確にはじっとソフィーを見つめていて動かないというのが本当のところだろう。
「………」
「な、なにか?」
「その話し方やめたらあげる」
「えぇ……」
つまり、敬語をやめろと言うことだ。
最早仕事柄染みついてしまった話し方なので、この話し方がデフォルトになりつつあるソフィーだが、友人の前ではこう言う話し方ではない。もっとくだけた感じだ。
しかし、クラリスやシェイバ達にそのくだけた感じで話せるかといえばそうじゃない。確かにここ最近特に親しくさせてはもらっているが、親しき仲にも礼儀ありなのだ。このは譲れない。
「この口調を止めるのはちょっと……」
「タルト欲しい?」
ソフィーの話も聞かず、ずいっと近寄る。
「えっと――」
ソフィーは甘い物が好きだ。大好物だ。そんな彼女の目の前には、甘い香りを放つツブツブのタルト。
美味しそうだ。いや、きっと美味しいに違いない。嫌なことなんて全部どうでも良くなるぐらい美味しいに決まってる。
食べたい。食べたい。食べたい。どうしても食べたい。
「――欲しいわ。私にもちょうだい!」
ソフィーは潔く話し方を変えた。
以降、ソフィーが敬語を使うことはなくなった。




