大会前日 その2
宿から少し離れた少し大きめの広場。そこにある噴水の縁に腰掛けながらリュウガは呆けた顔を空に向け、クラリス達が来るのをただ待つ。
この広場も普段から人が多いのだが、今日は他の場所と同じくさ更に人の数が多い。いつもなら空いているベンチも全てうまっており、おまけに広場を囲む木の下にも人がびっしりと腰掛けていた。当然、噴水の縁に座る人もかなりいて、リュウガの両隣五人分を空けてほぼうまっている。
「はぁ〜……」
どこもかしこも人だらけ。おまけに無遠慮な視線に晒され続け、精神的な体力がガリガリと削られていく。これならヴェイドと剣の鍛錬をしている方が万倍マシであると内心呟く。
大会前日から精神的に追い詰められているような、というより実際に追い詰められかけているリュウガの目はどんどん死んでゆく。
その時、嗅覚の鋭い竜人の鼻が甘い香りを拾う。
「あらあらどうしましたの、そんな疲れた顔をして。目が死んでいますわよ」
現れたのは制服姿のエミリアだ。ご丁寧に風下から気配を消して忍び寄って来たようだ。
「……疲れもすんだろ、これだけ人に見られたら……つかなんで此処にいんだよ?」
「わたくしが此処にいては何か都合が悪くて?」
「そうは言ってねぇだろ」
「では問題ありませんわ」
そう言ってリュウガのすぐ隣に腰掛けるエミリアからは甘い匂いが漂う。普段はこんな甘い香りはしないのだが、今日は珍しく香水でも付けているようだ。
甘い香りに誘われて、視線がエミリアに吸い寄せられてしまう。
「今日は髪、下ろしてるんだな?」
「ええ、イメチェンというやつですわ。たまにはこういうのも悪くないと思いましたの」
戦闘時にはその長い髪が邪魔になるという理由から、常にくくっているらしいのだが、今日は鍛錬も無い為、髪を下ろしているようだ。
(こういうの"ギャップ"て言うんだっけ? 髪型でかなり印象変わるもんだな)
髪型や香水の匂い、化粧のノリなどもあり、大人びた雰囲気を漂わせるエミリアはまるで別人のようにすら見える。
更に、彼女が醸し出す"余裕"というものが、貴族の令嬢としての気品をより一層引き立てているように思えた。
(コイツ、やっぱり美人なんだな……)
横目で伺いながら、内心呟く。
しっかり良いとこのお嬢様に見えるから不思議だ。実際良いとこのお嬢様なのだが。
「随分注目されていますわね」
「魔族が珍しんだろ。ったく、いい迷惑だぜ」
注目されている理由はおそらくリュウガだけではない。隣に座るエミリアもその要因の一つだろう。事実、男からの熱い視線が全てエミリアに集まっていた。
流石は貴族社会で五本の指に入る美人なだけはある。
しかし、それだけ人からの視線が集まってもエミリアに気疲れした様子は見られない。幼い頃より人に注目される立場にあるエミリアにとって、この程度の視線はもう慣れっこである。今更視線如きで疲れる道理はない。あくまで敵意や殺気と比べると、ではあるが。
なんにせよ、その精神力の強さはリュウガからすれば羨ましいものだ。出来れば分けて欲しいとさえ思う。
そんな事を考えていると、リュウガとエミリアの前に一人の青年が立つ。歳はおそらく二十歳を過ぎたぐらいだろう。背丈はリュウガより少し高いぐらいで、肩まで伸びた紫髪を一つにまとめた人の良さそうな男だ。
身なりからして、おそらく貴族だろう。
「あ、あの……エミリア・エクレール・ランチェスター侯爵令嬢で、お間違いありませんか?」
声が震えている。見ていて哀れに思ってしまうぐらいに緊張していた。
ただでさえリュウガとエミリアが遠巻きに注目されているのだ。そんな渦中に自ら足を踏み込んで声をかけるという事は、それすなわち自分にも注目を集める事に繋がる。
きっと本人は勇気を出して声をかけたのだろう。そこは素直に褒めるところだ。しかし、青年の脚は小刻みに揺れ、周囲からの視線に晒された体は緊張からガチガチだった。やはり哀れだと、一瞬だけ苦笑いがリュウガの顔に滲みでる。
「ええ、間違いありませんわ。貴方は?」
青年の様子に気付いているはずのエミリアにまるで気遣う様子が見られない。おそらく眼中に無い相手なのだろう。顔に「面倒ですわね」と書いてあるような幻覚が見える。
その際、首を傾げる姿が大人びた格好とのギャップにより、ちょっと可愛く見えたのは内緒である。
「じ、自分は、パルクルーク伯爵家嫡男。マイルズ・スノウ・パルクルークと申します! どうぞマイルズとお呼びください!」
「わかりました。ではマイルズ様とお呼びいたします。それで、マイルズ様はわたくしどもに何か御用で?」
「そ、それはですね……」
チラッと一瞬だけリュウガに目を向ける。その刹那の間に凝縮された敵意が篭っていたが、今日は嫌と言うほど浴びたもの(今も浴びている)なので特に気にしなかった。
「大変差し出がましいとは思いますが。エミリア嬢の隣に座っている男は低俗な魔族です。一緒にいては貴方様の品格と評判が落ちてしまいます。さ、我々と一緒に行きましょう。きっとその方が貴方様の為となるでしょう!」
自信満々に加えて、今の自分カッコいい、という心の声が聞こえてくるような腹の立つドヤ顔をリュウガに向ける。正直、こういう輩を文字通り飽きるほど見て来たリュウガからすれば、またか、とぼやき零したくなる光景だ。
あと何度この飽き飽きした光景を見なければならないのだろうか。想像するだけでリュウガの顔がだんだんとげんなりしていく。
「エミリア嬢。お手をどうぞ」
喋っている自分に酔いはじめたのか、普段の調子を取り戻しはじめたマイルズは、爽やかに笑みを浮かべ、手をエミリアへと差し伸べる。
彼はきっとエミリアがこの手を取ると信じているのだろう。だが、エミリアの返答は彼の想像とは逆だった。
「お断りしますわ」
マイルズを凌ぐ、清々しいほどに爽やかな笑顔を浮かべ、その申し出をバッサリ切り捨てる。
まさか断れるとは思ってもみなかったマイルズは目を白黒させて固まる。自慢ではないが、マイルズはそこそこ良い顔立ちをしており、それは自身も自覚しているところだ。笑顔を浮かべれば、大概の女性はその手をとってマイルズについて行く。しかし、エミリアはそんなマイルズに靡く様子が一切なく、申し出を躊躇なく断ってしまう。マイルズは断れたという事実を受け止めきれず、エミリアの返答を曲解して受け取るという事態に陥ってしまう。
「こ、これは大変失礼いたしました。いきなり肌に触れられるのは抵抗がおありでしたか!」
世の貴族女性の中には肌に触れられる事を極度に嫌う者が時折見受けられる事があり、エミリアはそれに該当するものだと勝手に捏造されてしまったようだ。
「貴方様が望むのであれば、肌に触れたりは決していたしませんのでご安心ください。ですので――」
「お断りしますわ」
マイルズが何かを言い切る前に言葉をかぶせて拒絶の意思を見せる。
「何を勘違いしているのか知りませんが。わたくし、先程もキッパリと断ったはずですわ。二度も言わせないでいただきたいのですが」
「で、ですが、その男は魔族で――」
「魔族だからなんだというのです? この際だからハッキリ言わせていただきますが、わたくし達今デート中ですの。邪魔しないでいただきたいですわ」
「はっ? デート?!」
全く身に覚えのない単語にリュウガが困惑の声を上げる。
「ええ、デートですわ!」
「いや、お前後から来ただけ――」
「待ち合わせ時間に少し遅れただけですわ!」
「でも俺達制服――」
「制服デートですわ!」
「いやでも、公園で――」
「公園で楽しくお話をするのもデートの内ですわ!」
「………」
「というわけでデート中ですの。ナンパなら他を当たってくださる?」
リュウガが何も言わなくなったのを確認すると、マイルズにニヒルな笑みを向け、ほんの少しの威圧を言葉に込める。
「ひっ!? 」
効果覿面。エミリアにとっては雀の涙ほどの威圧でも、マイルズにとっては冷たい剣のきっ先を何十、何百本と向けられているような感覚だ。マイルズは逃げるようにその場を後にし、二度と顔を出す事はなかった。
「やっと行きましたわね。しつこい男は嫌いですわ」
この手のナンパはパーティに出席した際などでも多く、エミリア自身かなり辟易している。特にここ最近は今のように言い寄ってくる男が後を立たず、それの対処にストレスを感じ始めているほどだ。
「今みたいなのは多いのか?」
「ええ、しょっちゅうですわ。わたくしこの歳で婚約者がいませんから、今の男のように言い寄って来てはどうにかして縁談を組もうとする輩は多いですわね。見た目的にも家柄的にも良物件なのですわ、わたくし」
「なるほど、貴族の令嬢てのも大変だな」
「仕方ないですわ。そういう星の下に生まれてきたのですもの。甘んじて受け入れますわ。ただ……」
「ただ?」
「自分の夫となる男だけは自分で決めますわ!」
「ふーん……」
「興味なさそうですわね」
「いや、なんか普通だなって思って……」
魔導国において、結婚や交際などは個人の自由となっている。勿論お見合いなどの出会いもあるが、その相手とどうなるかは当人達の判断に委ねるのが魔導国での常識だ。
しかし、王国や帝国の貴族は魔導国と違って、その家の当主が娘息子の相手を決めて縁談を組む傾向が多い。稀に恋愛婚をする者もいるがそれは本当に稀で、大概の貴族の縁談というものは自身の家の利益になるか、我が子の為になるか、相手の一方的な要求を飲むかによって決まる。
つまり、本人達の意思は関係なく相手が決まるのだ。
「で、その相手とやらの条件はなんなんだ?」
「あら、興味が無かったのではなくて?」
「お前が興味なさそうだなって言うから聞いてんだろうが。それで、あるのかそんな条件みたいなの?」
「そうですわね。まず、種族はどうでもいいですわ。そんなのに拘るのは時間の無駄ですもの。次に、強さですわね。出来ればわたくしと同等、あるいはそれ以上だと嬉しいですわね。女は誰しも強い男に惚れ込むものですし」
「前者は良いとして、後者はちとハードル高くねぇか? 数がかなり絞られちまうぞ。それこそ…師匠ぐらいじゃねぇの?」
「師匠は確かに底無しの強さですけど、わたくしのタイプではありませんわ。それに、わたくしは別に慕っている方が既にいますもの」
「……!」
そういったものにあまり興味なさそうなエミリアに好きな相手がいたというのが少し意外に思ったリュウガは、わずかに目を見開く。
率直に言うなら、気になる。エミリアの好きな相手。先ほど聞いた条件から、自然と数は絞られる。その中で最も可能性として高いのは同クラスのリチャード達だが、他にも他校の強者や現役騎士団長、白ランク冒険者なども挙げられる。エミリアは位の高い貴族の令嬢だ。パーティなどにもよく出席しているようだし、そういった人との出会いもまた多いだろう。しかし、リュウガの知る限りこの中で最も可能性として高いのは、やはりリチャード達の中の誰かだと思われる。
その理由としては、会う機会が多いことや、共に死線をくぐり抜けたこと。そして実力がハッキリしている事などが大きな要因だ。
となると、後は消去法だ。なんとなくだがディートリヒは違うだろう。強さと言う点において、ディートリヒでは役不足だ。ヘンディとジュドーは論外。ゼンはクロエと交際しているから、ゼンも違う。そうなると、リチャードかベルのどちらかと言う事になる。
ここまで考えて、リュウガは思考を止める。これはあくまで可能性の話ではあり、リュウガの推測に過ぎない。これ以上の邪推はいらぬ誤解を招く。
「ま、取り敢えず頑張れ。手はかさねぇが、応援はしてやる」
「ふふっ、必ずものしてみせますわ!」
無邪気な笑顔をリュウガに向け、自信満々で宣言する。
「なんだ、勝算ありか?」
「ええ。少しズルいかも知れませんが、この際構いませんわ。わたくし、欲しいものがあったら手段は選びませんの! それに、恋というものは早い者勝ちですわ!」
「早い者勝ちねぇ……確かに、それは言えてるな」
恋は早い者勝ち。これはある意味正解だと、リュウガは頷く。例えば、想いを寄せる女性がいたとして、自分がその女性に告白しようかしまいか躊躇していたとする。すると、ひょっこり現れた別の男がその女性に告白を成功させて先に掻っ攫って行ってしまう事だってある。というかあった。つい最近学校でみかけた。それはもう見ていて可哀想になってくるぐらい悲惨な光景、いや場面だった。男子生徒はその場に立ち尽くし、抜け殻のように真っ白に燃え尽きていた。その時隣にいたリチャードがとんでもなく堪れない表情をしていたのが印象的で、二人揃って声を発することすら出来なかった。
そうなってしまっては全ては後の祭りだ。後悔しても遅い。
必ずしも先に動けば告白が成功するとは限らないが、それでも早い者勝ちなのは事実だ。特にその悲惨な場面を見た後なら、尚更強く思う。
「リュウガは?」
「何が?」
「リュウガはどういった女性が好みですの?」
「いきなりだな」
「この際ですもの、リュウガも好みも教えて欲しいですわ。わたくしだけ教えるなんて、そんなのフェアではありませんもの」
「そう言われてもなぁ……」
頭を軽く掻き、気恥ずかしさから目を逸らす。こういう話は今迄してこなかったリュウガは何を話したらいいのかわからない。
要は好きな女性の特徴を言えばいいだけの話なのだが、そもそもそれがない。どう答えたらものかと思い悩んだ末、取り敢えず普段から目を惹かれる女性の特徴を述べた。
「……好みっていう好みはねぇが、強いて言うなら髪は短い方がいいな。あと、脚が綺麗なのは個人的にポイント高い」
「………それだけ?」
「それだけだ」
もっと好みに拘りがあると思っていたエミリアだが、想像を遥かに超える情報の少なさに困惑の表情を浮かべる。
「要はストライクゾーンが広いってこった」
「悪く言えば見境がないという事ですわね」
「悪く言う必要あんの?」
「あら、だって本当のことですもの。ちなみに、リュウガはどう思います。わたくしのこと」
上半身を少し屈め、リュウガを下から覗き込むように目を合わせる。シャナやテレーゼあたりがするとあざとく見えるのだろうが、エミリアがすると様になるから不思議だ。
その薄く大人びた笑みは計算ずくされた笑顔だが、やはり綺麗だと思ってしまう。普段じっくり見ることがないから余計にそう思う。
そしてその作られた笑みを前に、不覚にも一瞬見惚れてしまった。自分の顔と耳が熱くなっていくのがわかる。
「……………美人だとは思うぞ」
「あらそう。嬉しいですわ」
全然そんな風には見えない笑顔をその顔に浮かべ、姿勢を正す。その時、エミリアの二つの双丘がこれでもかと自己主張し、ついそこに目が行ってしまう。というより吸い寄せられる。
デカい。リュウガ達の年齢を考えれば――常識の範囲内ではあるが――その双丘はあまりにもデカい。
母性を司り、癒しと安心を与えるはずの女性の象徴は、思春期のリュウガからすれば理性を掻き乱す凶器でしかない。
ダメだと理解っていても目が奪われる。それが美人でスタイルの良いエミリアだから尚のことタチが悪い。
「………」
「………」
「………」
「………」
「いつまでおっぱい見ていますの。流石に見過ぎですわ」
「っ…………………悪い」
急いで顔を逸らす。
「コソコソ見るのではなくて、最早ガン見でしたわね。いっそ清々しいですわ」
「悪かったから、もうやめてくれ……」
「一応言っておきますわね。女性はそういう視線に敏感ですから、気をつけた方がよろしいですわよ」
無遠慮な視線を浴びるというのは疲れるし、気分が良くない。それは魔族であるリュウガが一番よく理解している。それを理解していたのに、自分もそんな視線を向けていたかと思うと罰が悪い。
「ああ、気をつける」
パーティなどに出席した際は男の視線は軒並み胸に行く。正直もう慣れっこではあるが、下心丸出しの劣情を抱いた視線はいつも不愉快極まりない。それに比べたらリュウガの純粋な眼差しはまだましで、寧ろ少し可愛いとさえ思う。
「まぁ、男はみんなおっぱい好きですものね。仕方ないと言えば仕方ないですわ!」
「………」
あながち間違っていない事実故に言い返せないリュウガは、逃げるように視線を明後日の方向へ向ける。その時、視界の端にクラリス達の姿を捉える。
「二人きりのデートも終わりですわね」
「デートじゃねぇし。した覚えもねぇよ」
言葉をかぶせる勢いでツッコむ。
「強情ですわね。公園に男女二人。これはもうデートとしか言えないではありませんの。というか、世間一般的にはデートではありませんの?」
「……なんでそこまでしてデートにこだわる?」
「女のとしてのプライドですわ。わたくし、これでも自分が美人である事は自覚していますの。男と休日二人、デートとさえ思ってもらえないなんて癪ではありませんの!」
「いやわからん。その気持ち全く理解出来ねぇぞ!」
「理解してもらおうなんて思ってはいませんわ。ただ、女としてのプライドの問題ですもの」
「………そんなもんか?」
「そんなものですわ」
「なんだそれ」
可笑しくて笑みが零れる。
小さく、柔らかい笑みだった。こんなに優しく笑うリュウガを見るのは初めてかもしれない。
すると、エミリアもつられて自然と笑顔になる。
「ふふっ、リュウガもそんな風に優しく笑えますのね。いつものぶっきらぼうな顔より、よっぽど素敵ですわよ」
「………!」
真顔のエミリアにそう言われ、リュウガの顔がこれでもかと言うぐらいに真っ赤に染まる。そして次の瞬間には居た堪れないような表情でエミリアから顔を逸らす。
「あら可愛い」
「ほっとけ!!」
「仲良いわねぇ、貴方達……」
いつのまにか正面に立っていたクラリスから声がかかる。
リュウガは急いで赤面した顔を冷やし、元に戻そうとする。だが、その必死に隠そうとする姿が逆に可愛らしく映ったエミリアから優しい笑みを向けられ、赤い顔が更に赤くなってしまう。
恥ずかしいという気持ちが大半だが、正直エミリアの笑顔にやられているのもある。美人の笑顔というものは反則だと、この時のリュウガは強く思った。
赤面させるリュウガを尻目に、エミリアは噴水の縁から腰を上げ、軽く会釈する。
「お久しぶりでございます、クラリス様、ローリエ様、アレン様、マイン様。お元気そうで何よりでございます」
「久しぶりねエミリアちゃん。調子はどう?」
「ふふっ、絶好調ですわ! ところでそちらの方は?」
エミリアの視線がクラリスの後ろにいるソフィーに向けられる。
「あ、えと、初めまして。城塞都市ドルトンの冒険者ギルドで受付嬢をしております、ソフィー・クレドと申します! よろしくお願いします!」
「はい、よろしくお願いいたします、クレド様。わたくしはガルフォード・グレイ・ランチェスター侯爵の娘、エミリア・エクレール・ランチェスターと申します。どうぞエミリアとお呼びください」
「そ、そんな恐れ多い。私は平民出身のギルドの受付嬢です。名前呼びなどとても……!」
一応エミリアは大貴族の娘という肩書きを持ち、一般平民からすると雲の上のような存在だ。そんな人物にいきなり名前で呼んでくれと言われても、はいわかりましたと素直には応じ難い。
そんなソフィーの姿を見て冷静さを取り戻したリュウガはようやく赤面した顔が元に戻り、改めてエミリアの位の高さを再確認する。
それと同時に、遠慮するソフィーにクラリス達が助け舟を渡す。
「いいじゃない、そんなに重苦しく考えなくても。アタシ達も平民だけど、普通に名前で呼んでるわよ」
「ですね」
「そうそう。ソイツが名前呼びで良いって言ってんだから、名前で呼んでやりゃいいじゃねぇか。べつに誰かが死ぬわけじゃあるまいし、気にしすぎだっての!」
「まぁ、正直ソフィーちゃんのその反応が世間一般的には普通なんだけどね……」
結局、エミリアの執拗なお願いで名前呼びする運びとなり、一行はルミナスとの待ち合わせ場所へと向かう。
待ち合わせ場所は魔法騎士学園の第七演習場だ。
「で、お前なんで着いて来んだよ?」
「良いではないですの。誰かがこまるわけでもなし。それに、遅かれ早かれ学校に行く事になるのですから今一緒に行っても同じですわ!」
本日、一応学校は休みという事になっているが、午後三時にて中庭の一角に明日の大会のトーナメント表が張り出される事になっている。どうせ向かうところは同じ学校だ。なら、一緒に行っても問題はない。そもそも一緒に行ってはいけない理由がない。
「つうか、お前が来るんだったら俺が迎えに行く必要なかったじゃねぇか!」
「あら、わたくしリュウガが行かなければ此処にはいませんわよ」
「………」
「ふふふっ」
リュウガは苦虫を噛み潰したような顔を作る。ここ最近、やけにエミリアの距離が近く感じる。
学校ではクラスが同じで毎日会うことも多い。その為、必然的に話をする機会は多かった。しかし何故だろう。ここ一週間は何か違う。エミリアがやけに積極的だ。調子が狂う。
「お前、何考えてんだ?」
「さぁ、なんのことだか」
にっこりと笑みを浮かべ、清々しいほどにしらを切る。
(まさかな……)
嫌な予感を胸に抱きつつ、リュウガはエミリアと並んで前を歩く。
一方リュウガとエミリアの後ろをついて行くクラリス達は、以前より若干距離の近い二人に首を傾げていた。
「あの二人、あんなに仲良かったか?」
「う〜ん、仲は良かったけど、あんなに近くなかったような……」
「というより、エミリアさんが一方的に寄って行っている感じですね。リュウガ君は見たところ以前と変わらないスタンスのようですし」
「とにかく、仲がいいのは良いことです」そう付け足し、ローリエ達は見慣れた光景を後ろから眺めつつ、二人の後を歩く。しかし、魔族と人間が仲良くしている様子を見慣れていないソフィーは、やはり良い顔をしなかった。
「い、良いんですか。相手は魔族ですよ。エミリア様の名前に傷がつくんじゃ――クラリスさん?」
横を歩いていたクラリスをふと見上げてみると、何やら顎に手を添えて険しい表情で二人を見ていた。
(もしかして、クラリスさんも本当は魔族が人と仲良くすることを良しと思っていないのかも!)
つい先程は魔族と仲良くする事に抵抗を見せていなかったが、それはあくまで表向きであって、本心ではその真逆なのかもしれない。この険しい顔も、実は今もどうやって魔族を排除しようか考えているに違いない。という解釈をしたソフィーだが、それは全くの的外れで、クラリス本人はソフィーの考えていることとは全く違う事を考えていた。
(あら、何アレ。二人ってあんなに近かったかしら? 元から仲は良かったけど、少し距離があったわよね)
目の前で繰り広げられる二人の空間。リュウガは少し困り顔ではあるが、嫌がっている様子はない。寧ろ少し楽しそうだ。一方のエミリアははたから見ても積極的にリュウガへ絡みに行っており、その眼差しはとても――
(――はっ! まさか!?)
その時、クラリスの頭に閃光が走った。
宇宙の誕生から今日に至るまで、全ての事象、出来事。その全てが叩き込まれるが如く、鮮烈に浮かび上がる。
クラリスは全てを理解した。
「むふっ」
「?!」
語尾にハートが付きそう笑い方に、隣を歩いていたソフィーの肩が跳ね上がる。
「あらあら、まぁまぁ! そういう事!」
クラリスはクネクネと気持ち悪い動きを繰り返し、正直知り合いと思われるのが嫌で声をかけるのを躊躇う。
というより、隣を歩いていて普通に怖い。
「あ、あの、クラリスさん……?」
まるで腫物を扱うように声をかける。
「あらごめんなさい。何かしら?」
ソフィーが話しかけて来た事に気づいたクラリスは正気に戻り、何事もなかったかのようにソフィーの方を向く。
「い、いえ……やっぱり、なんでもないです……」
良い人の見てはいけない部分を覗き込んだ気持ちになり、罪悪感から目を逸らす。
「?」
珍しくハッキリしないソフィーの様子に首を傾げる。原因はクラリスなのだが、本人はそれを知る由もなく。結局、クラリスと話をする事が怖くなってしまったソフィーは、今日一日無意識的に避けるようになるのだった。
そんな一幕もあり、一行は遅れて第七演習場に着く。
「ちょっと遅くなっちゃったね」
時刻は約束の時間より十分遅れて、十一時十分頃。一応遅れても問題ないと言われているが、遅刻した側からするとやはり申し訳ない。
「姿が見えませんね。中でしょうか?」
辺りを見渡してみるが、ルミナスの姿が見当たらない。おそらく演習場内だろうと見当をつける。
「取り敢えず中に行ってみりゃいいんじゃねぇの?」
マインが言葉を言い終えたその途端、重い打撃音と共に地面を突き上げるような衝撃が襲う。
「きゃっ?!!」
「わわっ?!」
「うおっ!!」
「っ!!」
「おっと、ローリエさん大丈夫ですか?」
衝撃でこけそうになるローリエの体をリュウガが反射的に支える。
「は、はい。なんとか……」
「あらリュウガ、わたくしは支えてくれないのかしら?」
「お前普通に立ってるじゃねぇか」
体勢を立て直し、周囲の状況を伺う。すると、特に気にした様子のない人と、かなり動揺している人の二種類に分かれていた。前者は慣れから、後者は単純に怖さからだ。
前者は元々この学園都市に住んでいる人なのだが、どうしてこうも無反応なのかというと、ここ二ヶ月は今のような衝撃が日に何度もあり、最早慣れてしまった結果だ。そして後者は外部から来た人達なので、当然今の衝撃に地震や地殻変動、なんらかの魔法現象なのではないのかと警戒しているのである。
「慣れって恐ろしいですわね」
「まぁ、毎日こんなのがあったら慣れるわな。適応能力ってやつ」
「笑えませんわね」
「同感」
二人して話をしていると、ソフィーが動揺から声をあげる。
「い、今のなんですか? 地震?」
「いえ、今のは地震ではなくてですね。おそらくカレンさんだと思います」
「え、えっと……カレン?」
「あっ……」
ローリエはしまったと言わんばかりに口元を押さえる。最近では本名で呼ぶのが普通になっていたから、隠す事を忘れていた。思えばここに来るまでも躊躇いもなく口に出していたような気もする。
「え、えっとですね、カレンさんという方はですね……!」
「レングリットだよ」
あたふたするローリエの代わりにアレンが言う。
「ああ、レングリットさんですか。だったら問題ありませんね!」
不安げな顔から一転。余裕のある表情になる。
「師匠てどこ行ってもそんな扱いなんだ」
「予想通りではありますわね」
その後、リュウガ達は何事も無かったかのように演習場内へ行き、ルミナス達と合流する。




