〜エピローグ〜
氷界竜襲撃から早四ヶ月。小屋の中では服の擦れる音が鳴る。
黒いスーツとベスト。藍色のネクタイをきっちり締め、ショートブーツを履く。
履き心地を確かめるように靴先を床に軽く叩き、足を奥までいれる。
スーツを着るのも久々だ。
「ふぅ……やっと動ける」
首に手を添え、左右に軽く振って音を鳴らす。
『……まだ治りきってはおらんが、問題はなさそうじゃな』
根源は未だ欠損しているが、紅姫の言う通り問題は無いない。動けるという意味ではな。
損傷は数値として表すなら三十パーセントと言ったところだろう。本来なら重症故に大人しく療養しておくのが定石だが、もうこの痛みにも段々と慣れてきた。何より、これ以上の寝たきり生活はまっぴらごめんだ。胸糞悪い。
「ああ……もう十分だ」
小屋の扉を開き外に出る。炎劫竜の影響か、日差しが少し強く感じる。それに、久々の外だからか眼が光に慣れるまで少し時間がかかった。太陽が心底鬱陶しいと思ったのは今日が初めてだ。
「ちっ……」
「そうやってすぐに舌打ちを鳴らさない。まったく」
そう言って横から注意してきたのは炎劫竜だった。つかなんでいんだコイツ。昨日の今日で早速オレの言った事無視かよ。舐めてんのか。
「オレと関わるなつっただろうが。何してんだお前は」
「でも会いに来るなとは言ってなかったじゃない。それに、"またね"て言った時、貴方否定しなかったし」
「………」
「……そんな怖い顔しないでよ」
「もういい、わかった。好きにしろ」
オレの周りの女はどいつもコイツも人の言うことを聞かないのは何故なんだろうな。腹が立つ以前に呆れて言葉も見つからん。
「さて、ガキ共の様子を見に行くか。長く放置し過ぎた……」
『ルミナスが代わりに見ておるから心配は……あるか?』
「寧ろ、一番の不安材料だ」
オレが寝込んでいる間、ルミナスが代役としてエミリア達の世話をしている。その際、定期的にオレの所へやって来ては報告をして行った。
ルミナスの話によると、まずガキ共とは関係無いが、ガルフォードがかなり走り回ったそうだ。一応緊急厳戒態勢を発令して避難を呼びかけたそうだが、あまり効果は無かったらしい。というのも、以前の"人喰い"騒ぎの時にオレが簡単に倒してしまったのが効いているようだ。どうして避難しないのか問いただしてみたところ、こんな返答があったとのこと「天使と悪魔がいるから心配ない!」だとよ。
それからかなり苦労したとかなんとか。王国の南側の村と町は十六の内半分が全滅だったらしい。ユルトやマグノリア達が奔走したようだが、間に合わなかったようだ。
全滅したのはどれも小さい村だったそうだが、そんな中で全員無事に生き残ったフルール村はやはり運が良い。あの村の連中は八年前もそうだが、何かと運が良いようだ。これから先、死ぬ気配が感じられない。その部分だけは素直に羨ましい限りだ。
次にガキ共だ。今のところ順調という報告があがっているが、果たしてどこまで信じて良いんだろうな。まぁ、そう言う意味も込めてこれから見に行くんだが、不安は拭えない。一応オカマ共が補助で入っているそうだが、どこまでやれているやら。
「カレン、何処行くのかしら?」
「育ててるガキ共の所だ。ていうかお前、着いてくるつもりか?」
「ええ、そうだけど」
そう言えば暫く人間界で暮らすとか言っていたな。
「………余計な事は喋るなよ」
「わかってるわよ、それぐらい」
「はぁ……行くぞ」
それから紅姫に幻術をかけさせ、人間の姿になると〈天翔〉を使って学園都市 アルゴに向かった。
飛翔時間は時間はそれ程長くない。オレと炎劫竜にとって、最早数万の距離は遠くはない。時間にしておおよそ二十分というところだろうか。
都市の門をくぐり真っ直ぐ学園の第七演習場へ行く。その際、隣に炎劫竜が並ぶ。当然姿は人間だ。白熱化した髪も幻術で隠してる。
「聞いていいかしら?」
わざとらしく腰を軽く折り、覗き込むように上目遣いで聞いてくる。コレだけいい女が上目遣いで聞いてきたら大抵の男はなんでも話すだろうな。オレにはあざといようにしか見えないが。
顎をしゃくって先を促す。
「弟子って何人?」
もっと真面目な話をするのかと少し身構えていたんだが、拍子抜けだった。
「十二人だ。ルミナスも入れれば十三人か……」
一応アイツも弟子ということにはなるんだろうしな。
「そう……やっぱり貴方、世話焼きなのね」
何故か嬉しそうに笑む。何故そうやって柔らかく笑むのかオレには理解出来ないが、何か良い事でもあったんだろうと思うことにする。だが、一つだけ言わせてもらう。オレは世話焼きじゃない。ただ単に借りた借りを返しているだけで、そう映っているだけに過ぎない。間違えるな。
「好きでやってるわけじゃない。借りがあるだけだ!」
「ふふっ、律儀ね」
「ちっ……」
眉を寄せ、息を吐くように舌打ちを鳴らす。
そうこうしている内に、オレと炎劫竜は第七演習場に着き、その門をくぐる。中は長く薄暗い通路をが続いており、幅は四人が並んで歩けるぐらいの広さだ。オレと炎劫竜が横並びで歩いていても余裕がある。そんな通路を進むと、一歩踏み出すたびに靴の音が反響する。
長く暗い通路を暫く進み、先の方から光が指す。演習場内に続く出口、いや入り口だ。
入り口の先から金属のぶつかり合う音と魔力的な余波がオレと炎劫竜の歩く通路を通り抜ける。
「あら、やってるみたいね」
「逆にやってなかったら何してんだって話だ」
脚を動かし、通路を抜ける。目の前には剣を振るうエミリア達と、それを迎え撃つルミナスの姿があった。どうやらオカマ達は今留守にしているようだ。気配も魔力も感じられない。
まぁ、そこはどうでもいいんだが。どうやらルミナス一人で全員いっぺんに相手にしているらしい。四方八方から攻撃を受けているが、その顔は余裕で溢れていた。
エミリア達も以前とは違い動きが良くなっている。まぁ、四ヶ月も留守にしていたんだ。成長していて当然か。それでもルミナスには一撃も当てられないようだが。
こうしてみるとルミナスもまぁまぁ強い方なのだと少し感心する。いや、もしかしたらエミリア達が弱いからそう見えているだけかもしれないがな。
「へぇ、頑張ってるじゃない。特にあの長剣の子……名前は?」
「エミリア・エクレール・ランチェスター。ガルフォード・グレイ・ランチェスター侯爵の娘だ。と言っても、人間界の貴族のことなんざ興味ないか……?」
「興味はないけど、ガルフォード・グレイ・ランチェスターの名前は知ってるわよ。確か"兇人"ガルフォードだったかしら……?」
「意外だな。人間の名前を覚えてるのか……」
「これでも結構人間界に遊びに行ったりするから、自然と有名な人物の名前は入ってくるのよ」
「そうかよ……」
「それにしても筋がいいわね、エミリア」
「………」
観れば剣の扱いが格段に上手くなっている。エミリアだけの話に限らず、リュウガもリチャードも他の連中も武器の扱いが上手い。その上連携もちゃんと取れている。
しかしそんな中で、一人だけ気になるのがいた。シャナだ。
「あいつ、鞭から刀に変えたのか……」
以前は鞭を使っていたシャナだが、どういうわけか刀に武器を変えていた。だが、使い方は上手い。ちゃんと刀の特性を理解っているようだ。
「それに比べて、リュウガはダメだな。剣捌きは随分ましにはなったが、力任せに振りすぎだ」
「押して斬るのではなくて、引いて斬る。だったかしら?」
「ああ。刀は斬ることに特化した武器だ。剣でも同じ事が言えるが。一旦それは置いといて……刀の反りは斬る物に対して刃が斜めから入る事で、少ない力で効率良く斬ることが出来る構造になってる。この時押し込んじまったらその特性があまり活かされない。斬れない事はないだろうが、それだと斬るではなく押しつぶす形になるし、何より力がいる。その時点で無駄な体力を消費する。だが、引いて斬ると力は要らない。さっきも言ったが、少ない力で効率良く斬ることが出来るし、体力の温存にも繋がる」
それに、刀は従来の剣に比べて格段に軽い。斬り方さえ覚えれば、扱いやすい武器だ。筋力が男よりも劣る女なら尚更だろうな。
「そう言われると、ルミナスとあの褐色肌の子は貴方の説明通りの扱い方ね。竜人の子も悪くはないんだけど、貴方やルミナスと比べるとやっぱり見劣りするわ……比べる相手が悪いんでしょうけど」
妖艶な笑みをオレに向けてくる。
その含んだ視線、どうにかならないか。
舌打ちしたくなる気持ちを必死に抑え、オレはリュウガに視点を絞る。
率直な感想を言わせてもらうなら、さっきから体が力んで話にならない。刀を振り下ろした際、地面に亀裂が走るのは論外。力にものをいわせている証拠だ。もっとスマートに刀を扱え。刀は折れやすいって教えただろうが、このクソガキ。
「前に説明したんだが……あのバカ、焦ってるな」
「というと?」
「利き腕無くなってからかなり弱体化してるからな。他の連中と自分を比べて置いていかれてるとか思ってんだろ」
「……行ってあげたら?」
「言われなくてもそうする!」
ポケットに手を突っ込んだまま、激しい戦闘が行われる演習場の中心へ向かう。常人なら躊躇うような光景だが、オレからすれば大したものでもない。
エミリア達は戦いに集中しているからか、オレの存在には全く気付かない。ルミナスも同様にだ。
「せめてルミナスは気づけよ……」
軽くため息をはくとポケットから手を出し、ルミナス達に向かって手を伸ばす。その途端、〈万物掌握〉で全員を捕まえ、動きを完全に止める。
「な、なにごと?! 助けてジュドー!」
「ベル、味方に何してんだ!」
「オイラ何もしてないよ!」
「あ、カレン!」
喧しいヘンディと言い争うジュドーとベルをよそに、オレに気づいたルミナスがポツリと呟き、一斉にオレへと視線が集まる。途端「oh……」という消えいるような声が全員から漏れた。
あからさまにガッカリした顔したな、コイツら。
「なんだ、久しぶりに会ったんだ。もう少し嬉しい顔したらどうだ?」
オレが眉を顰めながらそう言うと、汗をダラダラと流してわざとらしく明るい声とぎこちない笑顔で「や、やだ〜、師匠じゃな〜い。久しぶりぃ!」とテレーゼが手を振る。
え、もう来たの、みたいな顔で笑顔を振りまくテレーゼを少し哀れに思ったのか。隣にいたリチャードが苦笑いをしていた。
「そうか、そんなに嬉しいのかテレーゼ。だったら久しぶりに泣くまでしごいてやるぞ?」
「あ、あは、ははは……!」
テレーゼの笑顔が引き攣る。
「やれやれ……」
〈万物掌握〉を解き、ルミナス達を自由にする。すると、ルミナスはすぐにオレのところまで駆け寄り「もう動いて大丈夫なのか?」と心配そうに見上げる。
「問題ない。それより、どんな感じだ?」
「えっと、そうだな。皆んな四ヶ月前に比べて魔力値も少し増えてるし、動きも全体的に良くなってるかな。ただ、やっぱりリュウガはちょっと焦っているところがあると言うか……動きが少し雑になってるかも……」
「なるほど、よくわかった」
オレはルミナスから蒼刃刀を借りる。元々はオレの刀だったが、こいつが持っていた剣がへし折れて使い物にならなくなったんで、代わりにオレの持っていた蒼刃刀をくれてやった。初めて使う刀に最初こそぎこちない動きだったが、今では上手く使いこなせているようだ。器用な奴だコイツは。
「さて、取り敢えず何処まで成長したか見てやる。全員でかかってこい」
蒼刃刀を鞘から抜き、軽く手招きする。すると案の定、エミリアがのって来る。
「いいですわ。病み上がりだからって、手加減しませんわよ!」
「おうおう、随分でかい口を叩くようになったなエミリア。だったらその成長の程をみせてみろ!」
「言われなくてもそのつもりですわ!」
「え、これもう始める感じ?」
「ちょっと待て。まだやられる準備出来てねぇって!」
「それを言うなら心の準備じゃないの……?」
首を左右に振って不安げな顔で全員の様子を伺うヘンディと、既にやられる前提のジュドーに呆れて、つい苦笑いが零れるゼン。
しかし、少々ふざけた態度のヘンディとジュドーの意識は常にオレに向いていた。これなら先手を取られたとしても出遅れることはないだろう。加えてゼンは別人のように変わっているように見えた。オレが戦うと意思表示をしたその瞬間から、オレに殺気を叩きつけてきている。随分変わったもんだと感心すら覚える程に。
「頑張る!」
「ただじゃやられないよぉ!」
鼻を鳴らすような勢いで拳を握り、それぞれ武器を構えるクロエとテレーゼ。その立ち姿は以前に比べて様になっていた。両者魔力量も他のガキ共と遜色ないぐらいに増えているし、リラックスして身体の力も良い具合に抜けている。これに関しては言うことなしだ。
「やるか……」
と呟きつつ、内心(超帰りてぇ〜……!)と叫ぶリチャードは、苦虫を噛み潰したような顔で大剣を肩に担ぐ。
何気なく立っているだけに見えるが、その実重心は真っ直ぐに保たれており、この四ヶ月ちゃんと成長しているのが伺える。
「やだ、鳥肌がスゴいわ」
「やっぱり緊張しますね……!」
「もう成るようになれなのさ!」
薄い笑みを浮かべ、刀を鞘から抜いて下段に構えるシャナ。余裕そうなその笑みとは裏腹に、その褐色の肌は粟立ち、額からは冷たい汗が流れる。
その隣では久々のオレとの戦闘に顔をこわばらせるディートリヒと、最早やけになっているベルがいつでも魔法を行使出来るよう魔力を溜める。最後にあった時より魔力の量も増えており、その精密さにも磨きが掛かってきていると感じる。
「ま、頑張ってみるか」
「う、うん……!」
リュウガは肩を回し、軽く身体の調子を整えると目の前のオレを睨むように見つめ、次の瞬間には眼を竜化させて全力の臨戦態勢へと移行する。一方で隣りのローザはリュウガをチラッと見つつ、両刃斧を両手で構えると、息を整え目の前のオレに意識を向け、油断なく意識を集中した。それでも意識はちょくちょくリュウガに向いている。
「皆さん、行きますわよ!」
最後にエミリア。相変わらずセンスが良いのか、その成長速度は眼を見張る。ルミナスも太鼓判を押していたようだが、一体どこまで成長したのか見ものだ。まぁ、それは他のガキ共と同じことが言えることだが、エミリアは別格だな。魔力値が二十万に到達しようとしていやがる。でかいダンビラを軽々と片手で振り回すようだし、筋力も申し分ない。
とにもかくにも、一度みてみるか。
「始めるぞ。せいぜい足掻け」
その五分後。
「ウエェェェェェェェェ……!!」
「だ、大丈夫?」
「ぐすっ……ツラい!」
もれなく全員のフルボッコにし、演習場は地獄絵図とかした。
相変わらず弱っちい連中なこった。まぁ、気絶しなかっただけ成長したと判断するべきか悩む所だな。
テレーゼは隅っこでゲロを撒き散らし、その背中をボロボロのクロエが優しくさする。遠目からその様子を見るリュウガとリチャードは「あ〜あ、吐いちまった……」「女の威厳もクソもないな」と哀れむ表情で回復薬を一気にあおった。存外元気そうだ。
「くっ……壁は高いですわ!」
「まぁ、最初から師匠をどうこう出来るとは思ってなかったけどね」
「でも悔しいですわ! せめて一撃……!」
肩で息をしながら、手も足も出なかった事に憤慨という名の悔しさを滲ませ、こちらも回復薬を一気に荒々しく飲み干す。その姿は完全に飲み屋のおっさんのようだったが、シャナはツッコマなかった。
無駄に様になってる事から、おそらく日常的にやってんだろうな、あの飲み方。
「ディートリヒ大丈夫かい?」
大の字で寝転がるディートリヒを心配してベル声をかけた。かなり滅多打ちにしたからそれなりのダメージを負っている筈だ。
「ハァ、ハァ、ハァ……!」
返事はない。頬が上気したように赤くなっているようだ。
「ディートリヒ?」
「ハァ、ハァ、ハァ……!」
「…………大丈夫そうだね」
遠い目をして返事が返って来ることを諦めた。視線は遠い空の彼方だ。
「ちょっ、ヤバい。マジで痛いって! ヘンディなんとかしてくれ!」
そう言って苦しむジュドーのケツに長さが五十センチぐらいの氷の棒が突き刺さっていた。なかなか太い。
戦闘中、リュウガが飛ばしてきた氷の槍を蹴飛ばしたらジュドーのケツに刺さった。狙ってやったわけじゃないぞ。偶然だ、偶然。
「ちょっと待ってろ……」
ヘンディはよろよろと立ち上がり、ジュドーのケツに刺さった氷を掴む。
「おい、待て。なんとかしろとは言ったけど無理矢理引っこ抜くな。せめてと――」
「おりゃっ!」
「ひぎゃぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」
ジュドーの言葉に耳をかざす、氷を勢いよく引っこ抜く。途端、血が噴水のように噴き出るのを幻視するが、大したことないだろうとスルーしておく。
そうして視線を流してゆくと、膝抱えるローザとその正面に座るゼンが視界に入る。他の連中とは少し離れた所でコソコソ話をしているようだ。あの声量なら聴覚に優れたクロエとテレーゼにも聴こえないだろう。まぁ、オレやルミナスと炎劫竜にはまる聞こえだがな。
「どうしたの、相談て?」
「いや、その……」
「?」
「ゼンはクロエのこと……好き、なんだよね?」
恥ずかしそうに、恐る恐る尋ねたかと思えば色恋沙汰かよ。
「うん。それがどうかしたの?」
当たり前みたいな顔であっけらかんと返す。
コイツ開き直ってんな。
「き、気にならないの、かい?」
「えっと……どういうこと?」
「だから、何かしてる時とか、離れてる時とか……クロエの事いつも気にならないのかい?」
なんの話してんだコイツ。
いまいち話の内容が理解できないオレは、どういう事なのかとルミナスに視線を送るが、ルミナスは顔を赤くしてそれどころではなかった。
「あー……もしかして、目で追っちゃうとかそんな話?」
「そう、それ!」
「気にならないと言えば嘘になるかな。やっぱり戦っている時とかクロエちゃんのこと気になるし……でも、それも最初だけで集中すると自然と考えなくなるよ。目の前のことで頭がいっぱいになるし」
「そ、そうなのかい……?」
「………もしかして、ずっとヴラド君の事考えてるの?」
「っ?!!」
そういう事か。言われてみればずっと目で追ってたな。それは今もだが。きっかけはやっぱり路地裏での一件か。チョロい女。
「いや、ずっと目で追ってたし、今も横目でチラチラ見てるじゃないか……もしかしてバレないとか思ってるの。多分、みんな気づいてるよ」
コイツ追い討ちかけるとか、いい性格してんな。まぁ、あれだけあからさまに目で追ってたら誰でも気づくか。
「べ、べべ別にアタイは……!」
「別に、なに?」
「い、いや……その……!」
「隠す必要ないと思うけど。もう周知の事実なんだし……ヴラド君の事、好きなんでしょ?」
「…………………う、うん!」
その赤い髪と同様に顔を赤くさせ、腕の中に顔をうずめる。その後も何かとゼンに話を聞いているようだが、全部リュウガ関連だった。ゼンもゼンでよく付き合えるな、と感心する。オレだったら最初の時点で放り投げてるところだ。
こういう時、微笑ましいとか応援したりするものなのかもしれないが、生憎口の中が甘ったるく感じるだけで特に思う事はない。せいぜい今の内に青春してろ。
「それで、何してんだお前らは?」
そう言って横に顔を向けてみれば、いつのまにかオレの隣に立っているルミナスと炎劫竜が二人して頭から湯気を立ち上らせ、茹でダコ状態の顔を両手で覆っていた。
「なんか聴いてるこっちが恥ずかしんだぞ!」
「ローザが純粋過ぎるのよ……!」
「そういう反応してる時点で、お前らも人のこと言えんのかよ」
ため息一つ残して、オレはエミリア達の所へ足を運ぶ。すると、全員息を合わせるようにオレの前に並び立つ。
「さてクソガキ共。大会まで残り二ヶ月弱だ。いや、もう二ヶ月もないのか……まぁいい。とにかく、これから一ヶ月は死に物狂いで鍛錬だ。遅れている分急ピッチで仕上げる。ぶっちゃけどこまで仕上がるかはお前ら次第だがな……!」
エミリアが手を挙げる。
「なんだ、エミリア?」
「傲慢とも取れる発言かもしれませんが、現時点で闘技大会に出場する選手の中に、わたくし達に勝てる者がおりますでしょうか。正直な話、わたくし達は学生の領域をとっくに超えていると自負しておりますわ。学生程度では相手にならないでしょう。ですので、当然の如く鍛錬は必要とは思いますが、それ程までに必死になる必要性はあるのでしょうか? 勿論、これは他校の選手の情報も集めた上での言ですわ。そこの所、師匠はどう思っていらっしゃいますの?」
「お前の言う事も、あながち間違いではないが……」
世の中そんなに甘くない。お前らは知らないだけで強い奴はこの世にいくらでもいる。今回の氷界竜はまさにそれだ。クソが。
「確かにお前らに勝てる奴は今の学生には殆どいないだろうが、あくまで殆どだ。オレの知る限りでは四人はいるな」
「四人、ですか?」
ゼンが眉間に皺を寄せて確認してくる。その表情からして思い当たるふしがあるんだろう。
「ああ……"シャロン・ガラドリエル"。"アレクサンダー・ショウ"。"ドミニク・レッドフィールド"。"ラチェット・ハウザー"。この四人の名前は憶えておけ。中でも"烈火"シャロン・ガラドリエルは攻撃力という点に置いては学生の中じゃ、お前らを含めてもぶっちぎりだ。油断すると怪我じゃ済まないぞ」
臨時教師になってすぐに他校に足を運んだ際、その女はいた。
"シャロン・ガラドリエル"。"烈火"の異名をもつ十七歳の女で、おそらくエミリアと肩を並べるぐらいの才能を持ってるであろう女だ。
その女の目。まるで人形のように冷たく、暗い。深海と見まごう暗黒とも比喩出来る奥底には、無だけが存在していた。つまり何が言いたいかというと、オレでもそいつの感情を全く読み取れなかった。いや、正確には感情そのものが無かったのかも知れないが、どっちにしろ同じだな。
どういう育ち方をすればあんな風に育つのか気になるところだが、それはひとまず置いといて結論から言おう。
感情を捨てた奴は強い。周りを気にせず愚直に強さだけを求める。あの女と当たれば、エミリア以外は――甘々に見積もっても――勝率は三十パーセントと言ったところだろう。
現時点でかなり強くなっているだろうと思う。
なんでそんな事がわかるんだって。〈魔力感知〉広げてみればわかる。魔力値もまあまあデカい。
「とにかく、死ぬ気で頑張るんだな」
「はい、質問!」
「なんだテレーゼ?」
「負けた場合はどうなりますか?」
「負ける前提かよ」と軽く睨みつけると、オレの重圧に耐えきれなくなったのか、目を逸らして機嫌を損ねないように言葉を選びながら喋る。
「い、いや……そういう訳ではなくて、ですね。その……なんと言いますか……当然勝ちに行きますけど、負けたら何か罰でもあるのかなぁ、と……」
上目遣いで恐る恐る見上げてくるテレーゼの顔は不安げだ。よっぽど気になるらしい。というかあざとい。
「………」
なるほど、考えてなかった訳ではないが。そうだな、変に重圧を与えて動きを鈍らせるわけにもいかないか……よっぽどな事がない限りは無しの方向だな。逆に言えば、オレが最低だと判断すれば痛い目にあうという事に繋がるが。
「罰は今のところ考えていないが、負けるのは許さん」
「当然ですわ!」
「それとハッキリ言うが。オレは今回勝つこと以上にその内容を重視する。勝つ事が絶対条件ではあるが、その勝ち方が重要だ。つまり、圧倒しろ!」
「どういうことなんだい?」
「完膚なきまでに叩きのめせ! 格の違いを教えてやれ! 相手の全てをへし折れ! そして、このオレを失望させるな!」
育てている期間で言えば、ルミナスの方がオレより倍程多いが、それはこの際どうでもいい。短期間とは言えオレが教えてやってるんだ。蹂躙してもらわなくては困る。さらに言えば、ガルフォードからの依頼の件もあるからな中途半端は依頼内容とオレのプライドも合わせて許さん。
「残り二ヶ月弱、半分はみっちり鍛錬。半分は休息に当てる。ここまで何かあるか?」
エミリア達は互いに顔を見合わせ、最後にオレへ向き直ると、そろって首を横に振る。異論はないようだ。
「だったら休憩終わりだ。再開するぞ」
一斉に「はいっ!」と元気よく声を張ると、各自武器を持ってオレから距離を取る。
手慣れた動きだ。オレがいない間、ルミナスと何度もこういうやり取りをしたんだろう。
「……お前らオレがいない間、ルミナスからどんな稽古を受けてたんだ?」
純粋に少し気になる。一応報告はルミナスから受けていたが、どういう訓練内容をしているかは聞いていなかった。というより、オレが表に出る事が殆どなかったから聞けなかった、というのが一番の要因なんだがな。
「どんなって……普通に打ち合いです。とにかく戦って戦っての繰り返しですね」
リチャードが代表して答える。その顔はどこかげんなりしており、その訓練内容が酷く嫌なものである事をオレに伝えていた。
だが、そんな事はオレの知った事ではない。
「ふーん……」
リチャードの言い方から、常にルミナスと戦っていたと思われるんだが、その割には成長が遅いような気もするな……いや、ルミナスを基準に考えるのは少し酷か。ルミナスはルミナスで成長やら飲み込みが早かった上に、オレ以外にギレンやエスタロッサとも戦わせていたからその分早く仕上がった。
そもそもルミナスは人間ではなく上位種族の天使だ。地力が違う。
となると、コイツらのこの成長速度が普通なのだとすると、今の仕上がり具合は上々と取るべきか……いや、論外だな。成長速度が違うからなんだ。そんなもん関係あるか。
「お前らまだスタートラインにも立ってないぞ。死ぬ気で気張れ!」
その言葉を皮切りに戦闘が開始される。当然の如く、全員真剣だ。
四方八方から襲いくる攻撃をいなし、防御に専念しつつも、時には攻撃を仕掛け相手を蹴り飛ばし、地面に叩き落とす。しかし、エミリア達は剣を手に取りすぐ立ち上がる。その目の奥には不屈の闘志が漲り、強くなってやる、と言う気概を感じる。特にエミリア、リュウガ、ゼンは文字通り死に物狂いだ。なかなかいい目をしている。
上々だ。この調子ならひと月後には良い具合に仕上がっているかもしれない。貪欲に食らいついてくるこの感じ、オレは嫌いじゃない。寧ろ歓迎するまである。
そんな中、少し離れた所ではルミナスと炎劫竜が二人並んで観覧していた。
「カレン、張り切ってるわね」
「うん、ちょっと楽しそうだぞ」
「なんだかんだ文句とかは言うけど、最後にはちゃんとするのよね、あの子。ツンデレってやつかしら」
「確かに、言われてみればそうかも知れないぞ」
嫌だとか、面倒だとか言いながらお願いを聞いたり、反対意見を言いつつも相手の気持ちを多少なりとも汲み取ってやるあたり、確かにツンデレかもしれない。そこまで考えて、ルミナスから笑みが零れる。オレと"ツンデレ"の掛け合わせが妙に噛み合ったのが可笑しいらしい。かく言う炎劫竜も柔らかく笑っていた。
美女が二人並んで微笑む姿は何処ぞの花園ような光景だが、しかし、人の事を勝手に語るのは普通に腹が立つ。
コイツらオレに会話が聞こえてないとか思ってんじゃないだろうな。
そんなルミナスと炎劫竜の間に和やかな空気が流れるその最中、衝撃波にも似た金属音がその空気を食い破るようにルミナスと炎劫竜に叩きつけられた。おれとエミリア達の調子が乗ってきて、戦闘が激化してきたのだ。
オレは速度を上げ、エミリア達に攻撃を仕掛ける。当然エミリア達も応戦するが、十二人がかりでも俺に傷一つ負わせるには至らない。逆に自分達の被弾が一方的に増え、焦りから攻撃や防御が雑になり始める。特にリチャードはその傾向が強い。
以前より成長はしているが、やはり経験の少なさが致命的だ。だが、前に比べて個人の技能も格段に上がっているし、チームワークも良くなっている。何より、オレからの攻撃を受けても痛がるそぶりを見せない。ここはかなり高評価だ。褒めてやる。
「頑張るわね、学生達……」
「大会が近いからな。気合も入るさ!」
「それもそうだけど、あれだけ打ちのめされても全く怯む素振りを見せないわ。加減してるとは言え、カレンの一撃はかなり重いのに………ルミナス的にはどの子が優勝しそうなのかしら?」
「う〜ん……私的には優勝候補は三人かな」
炎劫竜は首を軽く傾げ「どの子か聞いても?」と小さく聞く。
「エミリアとリュウガ、それとゼンかな」
ルミナスの選出にはオレも同意する。
エミリアは総合的に戦闘能力がかなり高い。近接戦、中距離戦、遠距離戦。どれをとっても高レベルにその能力は割り振られており隙がない。そして、巨大なダンビラを軽々と振り回すその膂力はそれだけで見るものを圧倒し、一撃当たれば戦闘不能になる恐怖を与え、強烈な重圧を撒き散らす。優勝候補筆頭は間違いなくエミリアだ。
続いてリュウガ。片腕を失い、一見不利に見えるがしかし、その欠点を補うように魔力の流れや魔法の発動のタイミングなどかなり上手い。その上眼を竜化させることが出来る。これは大きなアドバンテージとなるだろう。その為、片腕であろうと他の選手に遅れを取ることはまずあり得ない。ただ、荒々しい力のこもった剣技をどうにかしなければ優勝は難しないだろう。逆に言えば、そこを克服すれば十分に優勝は狙えるという事でもある。
最後にゼン。詰めの甘さが時折気になるが、叩きつける殺気は誰よりも強烈で、そして刃のように鋭く、波がない上に安定した立ち回りを見せる。攻撃にも容赦がなく、そこに関しては文句のつけようがない。攻撃する所も常に急所を狙っており、これも文句なしの高評価だ。
そこまで説明を聞き、炎劫竜はその端正に整った顔に納得の色を浮かべる。竜の炎劫竜から見てもこの三人はいい線をいっているらしく、優勝候補と言われてもなんら違和感はないようだ。あくまで人間目線での話ではあるが。
「他の子達は?」
「う〜ん。やっぱり今言った三人に比べると正直ちょっと劣るかなぁ……リチャードがいい線いってるんだけど、一歩足りないかなって感じだぞ」
リチャードはヘラクレス症候群故のパワーを活かした戦法をとっており、大剣の質量と自身の持つ圧倒的な力を合わせた破壊力重視の徹底的な近接戦闘を得意としている。だから接近戦に持ち込めばリチャードは強い。しかし、逆に距離を取られるとリチャードはいい的になる。
リチャードは決して動きが遅いわけではないが、距離を取られた上にそこから攻撃を仕掛けられると自分が攻撃出来ない状況に焦りを覚え、頭の中で余計な事を考え始める癖がある。
「なんか本人は"自問自答してしまって頭がごちゃごちゃになる"て言ってたぞ」
「難儀な性格ねぇ……」
「まぁでも、結局のところ大会当日になってみないとわからないんだぞ!」
「ふふっ、そうね!」
かくして、今日からまた――一段と――厳しい日々が始まり、一方的な蹂躙を行う。
オレ自身、誰が勝つのか楽しみではある。ガキのチャンバラごっこに興味なんざなかったが、なかなかどうして、いざ大会が近づいて来ると気分が高揚してくる。オレが出るわけじゃないんだが、育てたガキが出るとなると何故か結果気になって仕方ない。コイツらがどう戦うのか見ものだ。
全員なんとか魔力値十万は超えてはいる。大概の連中は一蹴出来るだろう。本当なら十五万欲しかったんだが、これ以上の期待はしない。ガッカリしたくないし、今からだとおそらく間に合わない。今コイツらに無理をさせても毒になるだけだ。なら、単純な打ち合いをして常に戦いに身を慣らすのが最善だ。
まぁ、それは置いといて。急な話だがここ最近オレはストレスを溜めまくっていた。氷界竜の襲撃に長い寝たきり拘束生活。それはもう血が逆流し、腑煮えくり返るような思いだった。それ故か、だからというか、こうして体を動かしていると溜まったイライラを発散するようにどうしても力が入るわけで――「うわぁっ! ディートリヒが飛んだっ?!」――時折加減が出来なくなる。
「チッ……あのクソ野郎、今度会ったらぶっ潰す!」
顔面に青筋を走らせ、大きく舌打ちを鳴らす。
今はこの場にいない遥か彼方の白銀の竜に怒りを吐き捨て、今日も今日とて弟子達を蹂躙する。
「「「「「ぎィやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」」」」」
世界最強の頂はまだまだ遠い。
ご愛読ありがとうございます。第5章ようやく終わりました!
もう内容無茶苦茶でした。改めて、カレン弱ぇ……と思ってしまいました。それと、ギレンがかなり強いので、出さないようにするのに苦労します。登場してしまうと殆ど一人で片付けてしまうので……!
いつか遅れてしまった経緯を書く予定ですが、全く理由が浮かばず行き当たりばったり状態です(笑)
とにもかくにも、次回からようやく第6章に突入いたします。ようやくです。メインは……誰になるんでしょうね(笑)
今後とも、どうか暖かく見守ってください。よろしくお願いします!




