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悪魔がカレンにわらうとき  作者: 久保 雅
第5章〜氷界の覇者〜
181/201

ティータイム

 時は遡る事数日前。


 とある活気あふれる街。行き違う人々の顔は希望に満ち溢れ、自分達の生活が豊かであると確信し、この国に住めることを誇りとしていた。

 生活水準も数年前に比べて格段に上がり、貧困の差も少なくなっている。物価は他国に比べると相変わらず少し高めだが、その分給料が良い。沢山あった無駄な税金も今は撤廃され、一つにまとめられた。効率良くなったと言うべきだろうか。


 近年では兵士や冒険者といった戦闘方面にも力を入れており、周辺国家を見渡してもその質は最上級である事は間違いがない。ただ、冒険者に関しては王国には敵わないのが痛い所だ。しかし、それ以外は圧倒的と言って良いだろう。


 ファッション性なども進んでおり、ここ最近では"スーツ"が流行していた。皆様々な柄や色、多彩なデザインのスーツを着こなし、非常にカラフルな光景だ。ヨーロッパ風の落ち着いた街並みの中、少し浮き立つが、それはそれでオシャレというか、カッコいいというか、なんにせよ様になっていた。


 此処はユージオン帝国第三都市"デメテル"。豊穣の女神の名を冠した人口四百万人の大都市である。


 そんな大都市のとあるカフェのテラス席。そこに本片手に紅茶を静かに啜る絶世の美女の姿があった。

 白桜色の癖のある短髪と眉。切長の目に少し明るめの菫色(バイオレット)が星の輝きの様に鎮座する。

 服装は少し体のラインがわかる白いTシャツに艶やかな赤いジャケットを羽織り。下は黒いスキニータイプのパンツ。靴は少し低めの黒のパンプスを履いていた。


 誰もが目を惹かれ、誰もが羨み、そして、憧れる。


 カフェの前を通る男性は「スッゲー美人!」「おい、声かけろよ!」と口に出すものの、最後まで声をかけることはない。それは、無理だとか、相手にされないだとか、そういう類の話ではない。美女の存在がそうさせないのだ。


 他を寄せ付けない雰囲気。又は空間を作り出しているというのか、彼女が言葉に出さなくとも、周りはそれを察知して近寄らないのである。

 しかしそんな中、彼女の前の席に無遠慮に座る者が現れる。

 美女は気配を感じとり、視線を本から正面に向けた。

 そこにいたのは優しい笑みを浮かべたこれまた超がつく美女だ。自分に負けず劣らずの輝く白髪の美女。しかし、目の前に座る人物が人間ではないことを美女は知っていた。

 幻術で上手く人間の姿になってはいるが、隠しきれないその"力"は紛う事なき強者の風格を表しており、よく知った気配でもあったからだ。


「久しぶりね。九百年ぶりかしら」


 そう声をかけられ、美女は読んでいた本を閉じる。


「そうか、もうそんなに経っていたのか……うん、久しぶりだね、マグダウェル」


 美女は顔を綻ばせる。


「貴女もね、"メタトロン"……ところで"天帝"と呼ばれる貴女が、こんな所で何しているのかしら?」


 "天帝 メタトロン"。八星天(アハトステラ)最強の天使にして、全ての天使の頂点に君臨している絶対強者。

 神界最強を謳われる"破壊神 オルフェウス"ですら戦いを拒むほどの強さと力を持つ。


 そんな最強の天使がただ単に優雅に紅茶を嗜んでいるとは考えにくい。何か理由がある筈だと、マグダウェルの優しげな眼の奥に何かを暴こうとする意図が見え隠れする。

 そんなマグダウェルの意図を読み取り、メタトロンは眉を八の字に曲げると困った様に笑み、手元の紅茶を手に取る。


「深い意味はないよ。ただこうしてティータイムを楽しんでいるだけ。これは本当」


「ふ〜ん」


 言われたことを馬鹿正直に信じるわけもなく、疑うような――無駄に色気のある――ジト目を送る。


「あれ、もしかして信じてくれない感じかな?」


「信じてあげたいけど、少しタイミングが良過ぎるもの。出来れば友達を疑う様な真似はしたくないけど、今回ばかりは素直に信じるのはちょっとね……」


 ここ最近何やら騒がしくなってきている。人間達の小さな世界の話ではない。この世界全体での話だ。

 カレンがこの世界で目覚めて早八年。ムエルト大森海の勢力図も変わり、強力な魔物が六体も増えた。加えて今まで大人しかった"七災の怪物"達が活動を再開し、確かな世界の脈動を告げた。そのタイミングで"天帝 メタトロン"が人間界にやって来たとあらば、何かあると思うのが当然の反応である。


「回りくどい言い方はやめにして、ハッキリ言うわ。カレン(かれ)のことを見に来たのかしら?」


 両膝をテーブルにつき、組んだ手の上に顎をのせる。


「………」


「沈黙は肯定とみなすわよ?」


 マグダウェルの眼が優しげなものから鋭く険しいものに変わる。

 心なしか髪が揺れている様にも見え、周囲の温度も上がり、汗が滲む。


 メタトロンは勘弁したと言わんばかりに軽くため息を吐く。このまま機嫌を損ねれば蒸し焼きになってしまいそうだった。


「君の言う通りだ。ボクは彼を見に来た。"魔帝"の肉体を得た転生者がどんな人物なのかを直接この眼で見てみたくてね」


「つまり見極めに来た、そう言いたいのかしら?」


「まさか、そんな大層なものじゃないよ。ただ彼女の肉体に宿った人物に興味がわいただけだよ。特にどうこうするつもりはないさ」


 カップに残った冷めた紅茶を流し込み、真摯な思いを込めてそう告げる。実際本当に見に来ただけで、カレンを害するつもりは微塵もない。

 すると、マグダウェルは嘘ではない事を読み取ったのか、はたまた信じたのか、厳かだった雰囲気は霧散し、元の優しげな空気を纏う。それに伴って周囲の温度も元に戻り、心地よい優しい風が熱された肌を冷やす。


「そう、それならいいわ」


「珍しいね。君がそこまで気にかけるなんて………"カイン"以来じゃないのかい?」


「そうね……」


 マグダウェルの顔が見るからに暗くなる。メタトロンはしまったと、自身の迂闊な口を呪いたい感情に襲われる。


「ご、ごめん。そんなつもりじゃ……ボクはただ……!」


 慌てて弁解しようとする。すると、マグダウェルが優しく「いいのよ、大丈夫だから……」と笑み、心配ないことを伝える。


「カイン以来、か………確かにそうね。こんなに興味を持ったのは本当に九百年ぶりだわ」


「……君はその転生者君とはどういう関係なんだい。なんだか親しげに感じるけど?」


「どういう関係……」


 マグダウェルは空を眺め、少し思案するそぶりを見せると、次の瞬間には色気漂う妖艶な笑みを浮かべ、手の上に顎を乗せて一言こう言った。


「男と女の関係よ」


 その言葉を理解した途端、メタトロンの顔は一気に真っ赤に染まり、頭から蒸気が噴出する。


「なっ……なっな、な……えぇ?!」


 予想外の言葉とその関係性に口をパクパクさせながら必死に言葉を探す。


「そんなに驚く事かしら?」


「だ、だだって……まさか、そんな……………い、いつから?」


 恥ずかしそうに小さな声で恐る恐る尋ねる。それをあっけらかんとした返事で返す。


「彼が十二の時からよ」


「じゅ、十二……!!」


「ええ、そうよ。彼、最初は一生懸命って感じでとても可愛いかったわ。だけど、回数を重ねるごとにやっぱりだんだん慣れてくるのよ。そしたらかなり上手くなったのよねぇ」


 テーブルを指でなぞりながら言う。その無駄に色気の漂う口調と雰囲気に、メタトロンの顔がなんとなく赤くなる。


「そ、そうなんだ………」


 十二歳とはまだ子供の筈なのだが、そこを気にしていないあたりマグダウェルはやはり魔物なのだなと再認識する。そして、十二歳の子供と目の前の妙齢の美女が行為に及んだという事実に隠しきれない犯罪臭がしてならない。

 友人の強烈な告白に、引き攣った笑みがでてしまうのは仕方のない事だろう。


 昔からメタトロンはこの手の話に免疫がない。()()()()()()というのも要因の一つだが、それ以上に超がつく乙女だ。男の裸を見ただけで顔を両手で塞ぐぐらいに。


「相変わらずの乙女ね。貴女そんなんで結婚出来るの?」


「け、結婚?!」


 頭の中で自分がウエディングドレスを着ている姿を幻視する。皆に祝福され、幸せそうな自身の顔。隣には生涯の伴侶。顔はご都合主義よろしく、逆光で見えない。


 場所は移り教会の中。誓いの言葉を交わし、ベールがゆっくり捲られる。そして、二人の顔は近づき――そこで妄想は終わる。


(む、無理っ!!)


 妄想が加速して、耐えきれなくなった頭がクラッカーの様に弾ける姿を幻視する。

 普通ならなんともない話なのだが、メタトロンには刺激が強いらしい。このままではのぼせて倒れそうだった。


「ごめんなさい。聞いた私が悪かったわ」


「わ、わかっているんだよ。ぼ、ボクもいつか、そ……そういうか、かか関係に、なるって事……ぐらい」


 紅茶の入ったカップを両手になんとか言葉を絞り出す。目は泳ぎまくりで、見ていて居た堪れない。

 マグダウェルは悪戯な笑みを浮かべる。


「あらそう。じゃあ彼のこと貴女に紹介しようかしら?」


「え……えぇぇぇ!!」


 眼が渦を巻き、手がブルブルと震える。カップに入った紅茶は悉くこぼれ落ち、遠くから「お客様、紅茶が?!」と店員が布巾をもって駆けつける。

 こぼれた紅茶を拭き取ってもらい、メタトロンは紅茶のおかわりを注文する。ついでにマグダウェルも同じ紅茶を頼む。


「少し落ち着いた?」


「う、うん」


「で、どうする。紹介して欲しい?」


「い、いや遠慮しておくよ……そういうのは自分で、ね」


「ふ〜ん……まぁ、知りもしない男をいきなり紹介されても困るわよね」


 メタトロンは苦笑いをし、紅茶を口に運ぶ。


 少しの無言が続き、メタトロンが話題を変えるべく話を切り出す。


「そう言えば、マグダウェル。最近また"神"達が活動しだしたって噂を聞いたんだけど。君何か知ってる?」


「あら、それについては貴女の方が詳しいんじゃないかしら。天界と神界は近いのだから、一番早くに情報が入る筈だけど?」


「それはそうなんだけど………やっぱり転生者君が原因なのかな?」


「寧ろそれしかないでしょうね。なんたって"魔帝 サタン"の肉体に宿ったのよ。警戒して当然よ。千年前の大戦以降、神達は"魔帝 サタン"を畏れて悪魔という種族を絶滅にまで追いやったのですもの……ましてや今回、その魔帝の肉体に転生者の魂が宿ったとならば、神達が動かない道理はないわ」


「今更だね……」


「ええ、本当に今更ね……」


 また沈黙が続き、紅茶を啜る音が二人の間に流れる。

 そんな中、またしても話を切り出したのはメタトロンだった。


()()()()()()()宿()()()()()()か……まさか、本当に魂が肉体に定着するとはね。正直驚いたよ」


「ええ。当時、サタンの死後直ぐに魂が肉体に宿った。でも定着はしなかった。理由は一つ。魔帝の肉体が魂に見合っていなかったから……恐ろしい話ね。"第五覚醒者"として最悪の限りを尽くした魔帝の肉体ですら魂の強さに耐えられなかったのだから」


「でも肉体は耐え続けた。破壊と再生を繰り返し、何度もその灯火が消えかけても、()()()()()()()()()。それは一重に、転生者君の"生"への執着と執念がなしたものだ。凄絶の一言だよ」


「結局数百年、破壊と再生は続いた。でも今に思えば、あれは"破壊と再生"ではなかったのね……」


 注文した紅茶が届き、店員に一言礼を言うと、その紅茶を口に運ぶ。ちょうど良い温度にまで冷めた紅茶が口全体に広がり、渋みのない爽やか香りが鼻腔をくすぐる。マグダウェルはほっと息をつき、口を開く。


「――あれは"破壊と創造"を繰り返していた。千年という長い時間をかけて、肉体を創り変えていたのよ。強過ぎる力を抑えるために、肉体を子供の体にまで退化までさせてね。そして八年前、カレン(かれ)は目醒めた」


「さっきも言ったけど。あの時は本当に驚いたよ。まぁでも、ボク達以上に神界は大騒ぎだっただろうね」


「結局、数百年ずっと監視していたラギウス様がいの一番に動いて事態を沈静化してしまったけれどね」


「………ところで、ボク達以外で転生者君について知っている者は?」


竜王(ドラゴンロード)(みな)、彼の魂が千年前に肉体へ宿った時点から知っているわ。あとは"七災の怪物"の方々と"九大神"ぐらいね……八星天(アハトステラ)は、貴女だけ?」


「うん。ボクだけだよ。あとの子たちは知らない筈だけど」


「そう……でも、本当に今更慌てて何を考えているのかしら神達は」


「仕方ないよ。最近までラギウス様の加護に守られて隠されていたんだから。()()姿()()()()()誰だって慌てるさ。と言っても、彼の存在が確認されたのは二年程前なんだけどね……改めて、という言葉がつくけど」


「……オルフェウスは今のところ傍観するつもりなのね。じゃないと二年間何もしてこない理由が思い浮かばないわ」


「そうだと思うよ。あと神達のルールもあるし、余計に手を出せなかったんだろうね」


「付け加えるなら、神滅竜の加護を授かっていたのが大きいわね。彼を護っていた一番の要因は間違いなくこれでしょう」


「それグレイシア様も言ってたよ。一昨日会った時にね」


「会ったってどこで?」


「王国だよ。今は別の国に行ってるかもだけど」


「あの(ひと)まだ人間界にいたのね……」


「ところでラギウス様は何処に?」


「こっちが聞きたいぐらいよ。放浪癖は健在みたいだわ」


 マグダウェルは小さくため息を吐き、紅茶に口をつける。少し冷めた紅茶が喉を通り、僅かな香りが鼻腔を満たす。


「それにしても、まさかラギウス様がカレンを気に入って名付けをなさるなんてね‥‥…でも、おかげで彼と出会うことも出来たし。私としては結果オーライって感じかしら」


「………」


「どうしたの、メタトロン?」


 メタトロンが眉間に皺を寄せ、難しい顔をする。腑に落ちない点があるといつもこういう顔をする。


「この世界で真っ先に転生者君の存在に気づいたのはラギウス様だよね?」


「ええ、そのはずよ。それがどうかしたの?」


 手に持った紅茶を置く。顔つきも真剣なものに変わり、空気も少し重くなる。


「ラギウス様は何故その時点で転生者君を殺さなかったんだろうって思って」


「それは私も気になっていたわ」


「ラギウス様は神達以上に"魔帝 サタン"を警戒していたよね。それに、確かサタンにとどめを刺したのもラギウス様だったはずだよ。だからこそ、魂が魔帝の肉体に宿った時から側で監視していた筈だけど……」


「ええ、そうよ。だけど、殺さなかった。それどころか一度彼を丸呑みにして自身の体内にて加護を与え、神達からその存在を隠したわ。さっき言った通り名付けまでして、この世界での生き方を学ばせた」


「右も左も解らない転生者君にとって随分都合が良過ぎるような気がするね……」


「ええ……」


「ラギウス様は一体何が目的なんだ?」


「ろくでもないこと、かもしれない……あるいは――」


 そこまで言って、マグダウェルは口を(つぐ)み、首を横に振って頭をよぎったものを振り払う。

 そんなものはあり得ない。例えそうであったとしても、そんなピンポイントな期待にカレンが応えるとも限らない。

 だから違う。これはマグダウェルの考え過ぎだ。


「マグダウェル?」


「ごめんなさい、なんでもないわ」


 マグダウェルは少し気持ちを落ち着かせようとカップを手に取り、紅茶を飲む。すでに冷めきってはいるが、香りはまだ僅かに残っている。この僅かな香りが、マグダウェルの心を少し落ち着かせる。


 空になったカップをソーサー戻し、マグダウェルは「やめよ、やめ。考えたって理解(わか)らないわ」とさっきまでの険しい表情が嘘のように明るく振る舞う。無理やり話をそらした、もしくは終わらせたと言う方が正しいかもしれない。


「……さっきすごく怖い顔してたけど」


「本当になんでもないのよ……」


「そう、それなら良いんだ……あ、そうだ」


 メタトロンが何かを思い出したように呟く。


「グレイシア様から聞いたんだけど、アナスタシア様が最近地上に降りてきたって言ってたよ」


「なんですって……!」


 武神 アナスタシア。九大神の中で最も攻撃的な性格の持ち主で、特に魔帝へ強い敵視を向けていた神である。その神が地上に降りて来たとなれば、その理由はタイミング的にもカレンの抹殺だろう。

 しかし、神達の決まりで"神は非常事態以外で命を奪ってはならない"というルールがある。それがある限り、アナスタシアはカレンに手出しは出来ない。筈である。

 神達のルールはかなり厳しいものだと聞いている為、そこら辺は安心して良いだろう。


 となると、現状カレンを殺せる者はこの世界にはいない。仮に殺せるとしたら、カレン配下の六体か、それこそ竜王(ドラゴンロード)クラス、あるいは()()()()()()()のみだ。


 安心したマグダウェルは硬った体を崩し、ホッと息をつく。


 カレン配下の六体はカレンを絶対に裏切らない。それだけカレンに陶酔しており、揺るがぬ忠誠を誓っている。

 続いて竜王(ドラゴンロード)。その昔カレンの魂が空間を渡ってこの世界にやって来た時は警戒こそしたものの、誰も動こうとはしなかった。つまり、例え魂が定着して転生が成ったとしても、自ら手を出す事はないという意味を表している。わざわざ縄張りから出て殺しに来る事もないだろう。

 そして"七災の怪物"。この怪物達は、自身の暇をカレンの観察にあてている。早い話が娯楽の代わりだ。殺す事はまず考えられない。


 だが、次のメタトロンの言葉にマグダウェルの肌が粟立つ。


「確か、シリウスに会いに行くとか言ってたみたいだよ」


「…………………………その手があったか!!」


 マグダウェルは遠い昔に聞いた話を思い出す。その昔、氷界竜(ひょうかいりゅう) シリウスは神殺狼(かみごろしのおおかみ)との戦いに敗れ、瀕死の重傷を負った事があるという。その際、死にかけのところをとある神に助けられたというのだ。

 そしてシリウスは非常に義理堅い。それの意味するところはただ一つ。


(シリウスにカレンを殺させるつもりね!!)


 額に青筋が浮かび、煮え滾る怒りが熱となって周囲へ撒き散らされる。メタトロンは周囲へ影響が及ばぬように慌てて〈魔力障壁〉を張る。

 途端、急激に温度が上昇し、メタトロンの冷めきった紅茶が再び沸騰する。座っている椅子も、足元の石畳でさえ赤熱化し始める。


「マ、マグダウェル落ち着いて……どうしたんだ急に!?」


「帰るわ!」


 叩きつけたくなる拳を必死に抑え、その場に勢いよく立ち上がる。


「えっ……ちょ、え?!」


「障壁解いて!」


「わ、わかった!」


 マグダウェルに促され、障壁を解く。

 熱気が周囲へ拡散し、外の冷めた空気が心地いい。


「また今度ゆっくりお話ししましょ」


 〈魔導庫〉からお金を取り出し、テーブルに投げつけるように置くと、踵を返して足速に去ってゆく。


「ちょっ……マグダウェル――行っちゃった……よっぽど転生者君の事気に入ってるんだね」


 惚れた相手にあそこまで必死になれるのは、正直羨ましく思ってしまう。メタトロンは齢数千歳になるが、未だそういう相手と巡り会っていない。昔、良いなぁ、と思う相手が一人だけいたのだが、結局友人止まりで終わってしまった。だから、好きな人がいるマグダウェルが羨ましい。


(好きな人ってどうやったら出来るんだろう?)


 などと考えいると、ふと昔友人から言われた言葉を思い出す。


 ――大概、男の優しい所や安定した所に惚れるものだけど、時に女は圧倒的強さに惚れるものさ!


「………強い男、か」


 強い(オス)に惚れる。それは生物の基本だ。より強い遺伝子を残す為の、生物の"本能"。強い遺伝子を残せば、それは自ずと子孫繁栄に繋がる。


 天使も例外ではない。


(う〜ん……理解(わか)らなくはないんだけどなぁ)


 ここまで来ると好みの話になるだろう。しかし、生憎惚れた相手すら出来た事のないメタトロンには難しい話だ。そもそも、自分の好みが解らないのだから。


「………一人で考えていると虚しくなってくる。あれ、ボクって実はすごく寂しい女なのかな?」


 考えてみれば、周りは恋人がいたり、結婚して家庭を持っていたりでとても幸せそうだ。

 八星天(アハトステラ)の天使達も恋人や家族がいる。そんな中、独り身なのはメタトロンだけだ。


 改めて周りと自分の現状を振り返ってみると、世間で言うところの行き遅れ状態である事に気がつく。


 自覚した途端、メタトロンの中で焦りと願望が膨れ上がる。


「どうしよう。すごく結婚したくなってきた……」


 この日がきっかけで、メタトロンは結婚相手を探すべく、人間界を彷徨うことになる。そのせいで本来の目的を忘れ、カレンと出会うのはこれより半年後となるのだった。



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