開戦
視界を遮る白銀色の光。それは、考えるのも馬鹿らしくなる魔力の塊だ。
いざ頂上に躍り出てみれば、待ち構えていたのは竜砲撃と来た。熱烈な歓迎痛みいるが、ありがた迷惑な話である。ましてや竜王の竜砲撃ともなれば尚更、要らぬお出迎えだ。
莫大な魔力の奔流が大気を凍てつかせ、ビリビリと震わせる。
竜砲撃をくらったが最後、カレン達は一瞬にして凍りつき塵となる。
ルミナス達はいきなり目の前に竜砲撃が待ち構えていた光景に絶叫しているが、カレンは予想がついていたので特に驚きはしなかった。寧ろ加速する思考の中で極めて冷静だった。
「ロロン」
「ああ、任せろ」
それだけ告げ、ロロンは空中に躍り出る。
「特殊能力、全起動」
その言葉を引き金に、頭の中で無機質な声が鳴る。
(特殊能力【絶対防御】発動。特殊能力【水神】発動。特殊能力【水刻の魔眼】発動。特殊能力【状態異常耐性・大】発動。特殊能力【並列思考】発動。全特殊能力発動を確認しました)
ロロンの持つ全ての特殊能力が発動したその直後、眼前の光はより一層強烈な光を放ち、視界を潰す。
「砕け塵となれ!」
氷界竜の殺意という魔力の塊が超至近距離でその力を解放する。
氷界の一撃。氷界竜固有の竜砲撃。自身の体内魔力を極限まで凍てつかせて放つ絶対氷結の一撃だ。
眩い銀光が視界一面を覆い、易々と遥か後方の天を貫く。
全ての刻を止め。全てを凍てつかせ。全てを砕き塵と化す。
なん人たりとも逃れ、生き延びる事を許さぬその銀光は、数ある竜達の中でも最高峰の一撃である。
今迄この氷界の一撃を受けて生き延びた者は、竜王を除いてたった一人だけ。
カレン達も例外なく塵と化したであろう。しかし、放った本人である氷界竜の表情は晴れない。ずっと一点を見つめ続ける。まるで、これで終わりでない事を確信しているように。
「……なるほど、一筋縄ではいかないようだ」
肺まで凍てつく極寒の冷気の中から複数の影が飛び出し、山頂に降り立つ。
「チッ、張り切り過ぎて先走り汁垂れ流しかよ、クソ野郎が!」
「派手な開戦の狼煙だな!」
「ふむ、やはり竜王とは凄まじいものよ。拙者、武者振るいが止まりませぬな! ハッハッハッ!」
「さ、さっきは死ぬかと思ったぞ……!」
「同感。ウチもいきなり死んだ思たわ!」
「凄いわね。一面雲海よ!」
「見るとこそこなんですね……」
「ひゃ〜、寒ぃなオイ! 空気も薄いしよ!」
「山の頂上だからね。仕方ないよ……それより」
氷界竜 は少なくない驚きを覚える。
先程放った氷界の一撃は大地へ着弾の心配がなかった為に、加減無しで撃った。魔力量に換算すると四十万以上の莫大なエネルギーだ。しかし、その一撃を耐え抜いた。しかも無傷で。
これは素直に驚嘆に値すると同時に、やはり危険だと再認識する。
特殊能力の力を使って耐え忍いだのだろう。
あれだけ高密度の魔力の塊を正面から受け止め切れる肉体と特殊能力。そして、怯まず立ち向かえる胆力。脅威的であった。
「やはりお前達は生かしておけんな……」
「ほざくな。返り討ちにしてやる!」
首を左右に振ってポキポキと音を鳴らし、鞘から根滅剣を引き抜く。青空の下、淡い紅色の刀身が鈍く優艶に光を放つ。
「氷界竜殿。貴殿ともう一度相見えた事、心から喜び申し上げる。そして、俺の今の力がどこまで通用するか、今度こそ試させてもらう!」
脚を広げ、腰を低く構える。周囲には水色の靄にも似た魔力が溢れ。大気中の水分が集まり、水滴を作り出す。
眼は特殊能力【水刻の魔眼】の効果により、鈍く青く光る。
「拙者、楽しくなってきましたぞ! ここまで見事な餌を前にして、我慢など出来るはずもございますまい! 喰らいつくが道理でござる!」
全ての腕を広げる。ゼルが本気になった時の構えである。
八つの赤い眼が光り、滾る戦意が殺気となって氷界竜に叩きつけられる。
「無理だと理解っていても、やらなきゃいけない時があるんだ! 私だって戦える。戦って皆んなを守る!!」
裂帛の咆哮と共に、ギレット(ルミナス愛用の剣)を引き抜き構える。
怖いわけではない。しかし、それ以上に護りたいという想いが力となって、ルミナスの脚を支え、心を真っ直ぐに一本の剣のように輝かせる。
「なんや、めっちゃ張り切ってるな……これはウチも乗っとかんと、ノリ悪い言われてまうで!」
獰猛な笑みを見せ、背中に背負った長剣を手に取る。
"乖離剣 リベリオン"。現在確認されている魔剣の中で最強の五剣に数えられる一振り。ありとあらゆる物質を分断し、再生不可能にすると言われている。
黒い両刃の刀身と無骨で無駄のない造りが特徴の魔剣だ。
「ふふっ、これが竜王……生きているうちに拝めるなんて、アタシったら運が良いのね。それとも、運が悪いのかしら?」
今の時代、おそらく竜王と邂逅を果たす事は万が一にもありえない。そう言った意味では運が良いだろう。しかし、敵として目の前に現れたという意味では最悪である。
聳え立つ強大な竜の王を前に、内心恐れつつも、大剣を構える。
「こうなったら乗りかかった船です。とことん戦るしかないですね。泥舟じゃない事を祈りましょう!」
迷いを吹っ切る。あとは出来ることをやり、成り行きに身を任せるのみである。
「ハハッ、竜王だかなんだか知らねぇが。ナメてっと痛い目見るぜ!」
細剣を勢いよく引き抜き、獰猛な笑みを向ける。先程、たくさん勇気を貰ったから、怖いものはない。
「たまには男魅せないとね……俺だって、やる時はやる!」
いつものヘタレは消え失せ、戦士の顔つきになる。絶対に死なないという不退転の意思が見て取れる。
「それでカレン……作戦はあるのか?」
「とにかく生き残れ。以上」
「それって作戦なんですか……?」
ローリエが呆れてジト目を送る。
「だったらもう一つ。出し惜しみなしで全力で行け――」
最早様子見など不要である。相手は竜王。世界の頂点に君臨する最強の竜だ。
最初から全身全霊全力全開の本気で戦う。
「――魔剣解放」
解放の言葉と共に根滅剣の刀身は真紅に染まり、禍々しい赤黒い靄を纏う。刀身は心臓の鼓動のように脈打ち、徐々にその鼓動は止んでゆく。そして、完全に沈黙したかと思ったその瞬間、鼓膜を破るほどの女の絶叫にも似た音が、凄まじい音圧となって爆発する。
地は揺れ、大気は揺れ。魂が恐れ慄く。
根滅剣 紅姫。魔剣解放率四十パーセント。それが今のカレンが解放できる限界の解放率である。
「ぶはっ!!」
根源を四十パーセント喰わせた事でダメージを負ったカレンは、ふらつき激しく吐血する。
白銀の大地は赤く染まり、薄い空気の中に鉄の匂いが混じる。
「カレン!」
「喚くな。前見てろ!」
その言葉を皮切りに、影がカレン達を覆う。
ここは遥か雲の上。故に、影が出来る事はない。なら、この黒い影はなんなのか、その答えは上を見上げる事で解決する。
氷塊だ。それも、直径百メートルを優に超える巨大な氷塊だ。たっぷり魔力が込められ、生半可な攻撃ではびくともしないような強力無比な絶望の塊。最早山である。
「あら、もしかしてまたピンチ?」
「みたいですねぇ……」
大気を押し退け、落下してくる氷塊に呆気に取られる中、正面には絶叫したくなるような光景が待ち受けていた。
「めっちゃ徹底的やんけ! 張り切り過ぎやろ!」
上空から氷塊が落ちてくる最中、正面では氷界竜が二度目の氷界の一撃の準備に入っていた。隙も時間も与えてくれないらしい。
カレン達が出し惜しみなしで本気で戦うように、どうやら氷界竜も全力で殺しにくるようだ。全くもって嬉しくない。
『どうするんじゃお前様、この状況』
「ぶった斬る」
素気ない紅姫の質問に対して即答で返ってきたのは、あまりにシンプルは答えだった。
『なるほど、お前様らしいのう』
半分呆れたように零す。しかし、その落ち着きようはカレンがこの最悪の状況を打破出来る事を確信していた。
「ロロン、ゼル、前は任せる」
「「了解した(御意!)!」」
「オレは――」
上を見上げる。今も落下を続ける氷塊は、まるで大地が落ちてくるような錯覚を覚える。
「――氷塊を始末する」
氷界の一撃はロロンとゼルに任せ、カレンは頭上の氷塊に向かって大きく跳躍する。
(逃がさん!)
氷塊に向かって跳ぶカレンを追い、顔をそちらに向ける氷界竜。しかし、持ち上げた首は引っ張られるように正面へと凄まじい力で引き戻される。
その時、自身の両角に金色に輝く糸が巻きついている事を知る。
(これは、糸……!)
「浮気は関心致しませぬな――ロロン!」
「分かっている!」
ロロンはゼルを始め、ルミナス、バーカンティー、クラリス、ローリエ、マイン、アレンの前に躍り出ると、大きく深く深呼吸する。氷界の一撃をもう一度受け止める準備だ。
二度目の竜砲撃も魔力がたっぷり込められている。絶対に受け止められる自信はない。
空より堕ちる巨石を蟻が受け止めるのと同じだ。今のロロンは無謀をしようとしている。しかも本日二度目の無謀だ。命がいくつあっても足りないとはこの事であろう。
初っ端から精神をガリガリ削られていく。なんと言っても、大陸を一撃で氷河期に様変わりさせる事の出来る威力を誇っているのだから。
臨界まで達した魔力は光となってその存在を際立たせる。発射寸前だ。
ロロンが脚を広げ、受け止める体勢になると、水色の魔力が溢れ、ロロンに纏わりつく。
「……来い!」
爆轟音と共に絶対零度の光が発射された。
そしてそれを、ロロンが小細工無しで正面から堂々と受け止める。
特殊能力【絶対防御】。一日一回。制限時間付きの強力な特殊能力。
時間内に受ける攻撃の威力、ダメージを九十パーセント軽減。加えて、精神系の影響を一切受け付けないようになる。この精神系の影響を一切受け付けないという効果だけは、制限時間が過ぎても特殊能力【絶対防御】が発動している限り、半永久的に持続する。
「むっ!」
氷界の一撃を正面から受け止め、途轍もない衝撃がロロンを襲う。ダメージや威力は軽減出来ても、ジリジリと後退させられる。
「マジかよ、あの蜥蜴。アレ受け止めてんぞ!」
氷界の一撃はロロンという壁に立ち塞がれ、左右に分かれる。
鼓膜を破る勢いで轟音と風圧が押し寄せる。同時に、氷界の一撃が含む絶対零度の冷気がルミナス達を襲い、防具、髪や衣服を凍らせてゆく。
「マズイ!」
髪や服はともかく、防具が凍れば触れている肌の部分から凍傷する危険があった。
ルミナスはすぐさま左右に〈魔力障壁〉を張り、冷気が押し寄せるのを塞ぐ。
「ほう、ルミナス殿は状況判断が早く的確でありますな。拙者、勉強になりますぞ」
「逆にゼルは呑気に構えすぎだと思うぞ」
「ロロンには【絶対防御】という特殊能力がありましてな。それのおかげでござる」
ゼルが呑気に話をしている間に、放射されていた氷界の一撃が止む。たった数秒の出来事だったが、放射されていた間は永遠にも感じられた。
「これは、現実なの……?!」
唖然と漏れたその言葉は、全員の心境を代弁していた。
ロロンを先端に、左右に高さ数百メートルにも及ぶ巨大な氷の塊。それは宙に手を伸ばすが如く、目の届かない遥か遠くまで空を侵食していた。
それはあまりに不自然で、あまりに非現実的な光景であった。
「今の食らっとったらシャレならんで……!」
「間違いなく即死だろうねぇ……」
デタラメ極まる光景にゾッと背筋を凍らせるバーカンティーとアレン。
元より竜王を相手にする事がどういう事を意味するのか理解していた二人だが、こんな光景を易々と創り上げる存在から無事生きて帰れるのか、そんな事を考えていた時点でどれ程舐め切っていたことか。
自分達の驕りというものに嫌悪を抱くには十分な理由だった。
「帰ったら挽肉になっとるかもな……!」
「ははっ、形が在るだけ勝ちじゃない?」
「かもしれんな」
「蜥蜴、お前スゲェなオイ!」
これだけデタラメな攻撃を真正面から受け止めた事実に興奮するマイン。しかし、一方で氷界竜の攻撃を受け止めたロロンの顔色は決して良いものではなかった。
「………」
受け止めた手が痛む。震える。冷たい。
若干だが、根源も凍っているように思える。やはりアレだけ超高威力の魔力攻撃を受け止めれば、いくら【絶対防御】があってもダメージは受ける。二度目ともならば尚更ダメージは重なり蓄積してゆく。
「あと二、三回が限界か……」
「なんだ、思ったより問題なさそうだな?」
後ろから声を掛けて来たのはカレンだった。
上をみて見れば、氷塊は真っ二つに割れ、今も塵となって消えている最中であった。
「問題無いわけではないが、戦う事に支障はない。ただ、あれだけ高威力の攻撃を受け止めるのはあと二、三回が限界だ。無理をすれば四回は耐えられるかも知れないがな」
「三回も受け止められるなら十分だ。あと、無理して受け止めると根源が砕けるぞ、やめとけ」
「なら、あと三回だ。おそらく、その後は動けなくなるかも知れない」
「だったらその前にあの冷え性蜥蜴ぶっ潰す」
カレンは正面の氷の壁を根滅剣で軽く横斬りする。すると、氷の壁はみるみる内に塵と化し、その姿を消した。
「あれだけ派手にぶちまけたんだ。今度はオレ達が動いても問題ないだろ」
「させるとでも?」
「悪いな。オレは受けより攻めなんでな」
カレンは氷地を蹴り、氷界竜の顔目掛けて跳ぶ。フェイントも無く、自身より格上相手に真正面から突っ込むのは愚かとしか言いようがない。しかしながら、竜王相手にフェイントなどという小細工を織り交ぜた戦法が通用するかどうかは甚だ疑問である。
圧倒的に実力差があるなら、下手な小細工など通用しないのは世の道理。通用するかも分からない戦法を取るよりかは、こうして愚直に正攻法で戦うのが一番良い。少なくとも、余計な事を考える必要は無くなるし、カレン自身は戦いやすい。
(正面から一点突破……愚かな!)
再び氷界竜の口腔内に光が灯る。今度は一度目や二度目のと比べ、やや魔力が抑えてある。
それも当然だ。氷界の一撃クラスの攻撃を何発も撃たれてはたまったものではない。
「ハッ! お前も芸が無いな。早漏野郎かよ!」
「ぬかせ、転生者!」
銀の光は眩く爆ぜるような光を放つ。今や遅しと解放の時を待つ銀の光は、光を発する、それだけで周囲の温度を下げる。
そして、カレンがほぼ顔と水平の位置に達した途端、竜砲撃が放出される。
しかし――
「集中なさるは良き事ですが、集中し過ぎるのも問題でござる……氷界竜殿、貴殿と戦っておられるのは、殿お一人ではござらぬ事をお忘れなきよう!」
――カレンは腰に巻かれたゼルの金糸に引っ張られ、竜砲撃の軌道から大きくズレる。
なんとなくこうなる事を察していたゼルはカレンの後を追い、静かに並走していたのだ。
「ではルミナス殿、バーカンティー殿。お頼み申す!」
カレンは囮。本命は同じく並走していたルミナスとバーカンティーの二人。
ゼルの両脇を抜け、駆ける。全力で駆ける。
ルミナスの手の中には爛々と輝く小さな太陽。
迸る紅蓮の輝きが強烈な熱量となって周囲に影響を与える。
バーカンティーの手には乖離剣 リベリオン。
「行くでシェイバ――魔剣解放!!」
乖離剣 リベリオンの魔剣解放条件。それは、自身の血液。
非常にシンプルで分かり易い解放条件であるが、しかし、中々に厳しく扱いにくい条件である。
まず、解放するにあたって、必要なのは所有者自身のの血液である事。それ以外の者の血液を使用しても、この魔剣の力は一切解放されない。加えて、根滅剣と違い、パーセンテージで解放されるわけではなく、段階的に解放される仕組みとなっている。段階数にすると五段階。そしてその一段階目を解放するには、自身の血液の約二十パーセントから二十五パーセントを捧げなければならない。そして、今回バーカンティーが解放した段階は――第三段階。血液量で表すと、約六十パーセントにも及ぶ。
当然、ただでは済まない。通常人体に含まれる血液量、その二十パーセントを失うと、短時間で失血性ショックを引き起こしすとされており、三十パーセントともなればほぼ致死量。生命の危険がある。だが、バーカンティーが失ったのはその倍である六十パーセント。人体の全機能は停止し、確実に死に至る量である。
(アカン……やっぱり流石にクラクラするわ!)
しかし、バーカンティーは死なない。何故なら特殊能力があるからだ。
特殊能力【超速再生】カレンの持つ【高速再生】の上位互換である特殊能力で、再生能力は比べ物にならないほど強力である。
人体の失ったものは特殊能力【超速再生】により――根源以外は――一瞬で元に戻る。故に、バーカンティーが魔剣解放による失血で死ぬ事はない。
【超速再生】をもつバーカンティーにとって、乖離剣の解放条件はあってないようなものである。
しかし、いくら特殊能力があるといえど、一気に大量の血液を吸い取られた人体になんの影響も無いなどという都合の良いことがあるはずがない。
当然、バーカンティーの顔色は悪い。死体のように肌は真っ白だ。加えて、突発的な眩暈と、繰り返されるブラックアウトで何度も転びかける。だが、バーカンティーは止まらない。脚色は衰えず、なおも走り続ける。
チャンスなのだ。竜王が見せた、刹那の隙なのだ。倒れてなるものか。
「根性みせろや、リベリオン!!」
バーカンティーは乖離剣を大きく後ろへ引き、力を貯める。同時に乖離剣の黒い刀身の真ん中に、灼熱のマグマのような光が流れる。
踏み込む。その踏み込みの強さを表すように氷地に亀裂が入り、呼応するように乖離剣は禍々しく爛々と輝く赤いオーラを爆発させる。
「乖離剣・魔剣技――〔斬恢断裂〕!!」
踏み出した右脚を軸に、力任せの大回転斬り。灼熱の光が線を引き、ありとあらゆる物質を分解する黒い竜巻きが生まれる。
(魔剣の力か……)
黒い大竜巻はあっという間に氷界竜を飲み込み、その姿を隠してしまう。
〔斬恢断裂〕。乖離剣 リベリオンを第三段階まで解放してようやく使える大技。
巨大な黒い大竜巻を生み出し、巻き込んだものを全て物理的に斬り刻み分解する無茶苦茶な力技。
「シェイバ!」
「任せろ!」
手の中に灯る小さな太陽。それを黒い大竜巻目掛けて力一杯投げる。かつてヨルズ山脈を消し飛ばした〈神罰の炎〉より、更に魔力を込めた一撃。
ルミナス、バーカンティーの二人は瞬時に〈魔力障壁〉を張り、自分の身を守る。
直後、〈神罰の炎〉は着弾と同時に凄まじい大爆発を引き起こし、肺まで焼ける強烈な熱風が押し寄せる。
「熱っ!!」
「ロリ、障壁張れ!」
「分かってますよ!」
「ほんと無茶苦茶ね!」
大爆発を起こした〈神罰の炎〉はいつしか黒い大竜巻と同化し、この世の物とは思えない光景を生み出す。
そこへ更に追撃が加わる。
「おまけだ、たらふく喰らっとけ――〈双龍穿撃波〉」
カレンが氷地を軽く踏みしだくと、足元から金色に染まった双頭の龍が姿を表す。
龍はまるで意思を持つかのように大竜巻に巻付き、その中心にいるであろう氷界竜へと突進するように突っ込む。
途端、大竜巻の中心から金色の光が漏れたかと思うと、〈神罰の炎〉に負けず劣らずの大爆発を起こし、氷山の周りを漂う雲を一片残らず掻き消す。
〈双龍穿撃波〉。カレン考案の無属性超絶級魔法。破壊力、殺傷能力に全振りした魔法で、かなり複雑な術式を必要とする。
破壊力という点においては〈轟天金螺旋砲〉より上である。
「無茶し過ぎや。ウチまだ貧血気味やっちゅうねん!」
「これは、凄いぞ……!」
爆風が障壁を叩き、砕け散りそうになるのを必死に耐える。
「………」
カレンは油断なく爆心地を凝視する。
こんなものじゃない。竜王がこの程度で殺られるわけがない。もしそうだとしたら"竜王"などという仰々しい名を冠したりはしない。
すると案の定、もくもくと上る煙の中から、白銀の外殻に包まれた竜が姿を現す。
無傷で。
「嘘やろ……あれだけ攻撃食らっといて無傷とか、自分おかしんちゃう?」
絶望を通り越して呆気に取られる。
最早笑うしかない。だが、カレン、ロロン、ゼルに関しては、まるで当然であるかのような反応で、特に驚いた様子はない。かつて炎劫竜と戦った時もそうだった。こちらの攻撃は殆ど通用しなかった。そういう経験あってか、今は落ち着いていられる。
決して喜ばしくはないが。
「貴様ら如きの攻撃などなんの痛痒もない」
鼻を鳴らし、翼を大きく広げる。自身が健在である事を誇示しているのだ。
「ウチはともかくとして、魔剣の力やぞ。無傷とかどないなってんねん!」
「魔剣の力に頼り過ぎたな、吸血鬼の娘よ」
氷界竜は白銀の外殻の上に氷の鎧を身に纏う。それは、今迄が全座であり、これからが本番であると言外に言っているようだった。
実際その通りなのだろう。先程とは比べ物にならない威圧感が氷界竜から溢れ出ていた。
「やれやれ、骨が折れそうだ……」
理不尽極まりない存在を前に、ため息が零れる。
根滅剣で肩を叩く。これからの事を考えると嫌になる。クラリス、ローリエ、アレン、マインは呆気に取られてさっきから何も喋らない。バーカンティーは現実が受け止められないのか、はたまた納得いかないのか怒りで顔が真っ赤だ。ルミナスに至っては空いた口が塞がらずポカーンとしていた。間抜け面だ。
「こいつらの面倒見ながら戦うのか、冗談だろ?」
『連れて来たのはお前様じゃろう。仕方あるまい』
最初こそ見捨てようかと思っていたが、やはり死なすわけにはいかない、とカレンの善良な部分が邪魔をする。
残りカスのような善の部分だが、なかなかどうして厄介だ。
「自業自得か……」
『面倒見の良さが仇となったの。頑張れお前様』
「余裕だな、お前」
『そうでもない。何を言っても最早後の祭りじゃ。今更慌てても仕方あるまい』
「……好きにしろ」
いつになく余裕の紅姫に違和感を覚えつつ、カレンは肩に担いだ根滅剣を下ろす。とにもかくにも、開戦である。




