どこまでも
ロロンとの話を終え、オレは村に戻った。村のあちこちでは火が燃え盛り、冷え切った体をーー若干だがーー温める。よく見れば、マグノリアとルミナスが炊き出しをしている。ルミナスは食材を切り分けるだけのようだが、マグノリアの奴は慣れているのか、手が早い。まぁ、聖女様ともなればこんな状況は幾度となく経験しているだろう。
『彼奴もああしていると聖女みたいじゃのう』
「聖女みたいじゃなくて聖女なんだよ。一応な」
『それよりお前様、さっきから視線が突き刺さっておるぞ。そろそろ行ってやれ』
オレは先程からアイコンタクトで「早よこっち来いや!」と睨みをきかすバーカンティー達へと視線を向ける。その隣では、ユルトとガルフォードが苛立っているバーカンティーに苦笑いしていた。オレはため息を一つつくと、三人のところへ足を運ぶ。
「ワレこんな時に何処どこほっつき歩いとったんや。アホか、アホなんか。なんか原因知っとんやろ、とっとと言えボケ!」
「それが人にものを頼む態度か?」
「そう言うのん要らんねん。原因早よ教えろっちゅうねん!」
怒りを堪えるように、というかもう怒り剥き出しのバーカンティーは握りたくなる拳を我慢し、指をワナワナと動かす。
「はいはい、分かった分かった。だが、話は全員揃ってからだ」
全員とはオレを含めたルミナス、ユルト、ガルフォード、バーカンティー、エリック、マグノリア、クラリス、ローリエ、マイン、アレンそしてセラの十二人である。勿論そこに紅姫も入るが、あえてカウントはしない。
「まぁ、当然だね」
ガルフォードが相槌を打つ。
「そやったら早よ全員呼ぶで。いつこの寒波が強まるか分からへんねやから」
そう言って、村の中心から少し外れた場所に新たに火を焚き、全員を呼びつける。
マグノリアは炊き出しをオルドとシーマに引き継ぎ、ルミナスと共に最後にやって来た。
「遅れて申し訳ありませぇん!」
「すまん、遅れたぞ!」
「良いのよ、気にしないで。アタシ達も今来たところだから」
「おい、それデートの時に男が言うセリフだぞオカマ」
エリックのツッコミにオレも同意だ。
「それより早く話をしましょう。事態は一刻を争うんですから」
火を囲い、音が漏れないように防音の魔法と念のため〈魔力障壁〉を張り、全員その場に腰を下ろす。
「さて、まずはどこから話したもんか……」
「原因から言っちまったら良んじゃね?」
「そうだな。なら率直に言わせてもらう。原因は氷界竜だ」
「氷界竜……という事は、竜が原因なのかい?」
「ああ。但し、ただの竜とはわけが違う。竜王だ」
「竜王……つまり、竜王種を指しているのですか?」
ロリが首を傾げながら聞いてくる。これ、確か前にも似たような質問されたな。あー、そうだ、弟子共の授業の時だ。
竜王の存在を知ってる奴は他にいないのか。あれだけ馬鹿馬鹿しくなる力を持っているのに、なんで誰もしらないんだ。
『そらおらんじゃろ。そもそも、竜王と呼ばれる最強の六体は、人間界に姿を現したことがないからのう』
なるほど。だからどの記述にも竜王の事が描かれていなかったのか。
ていうか、今ナチュラルにオレの思考読みやがったな紅姫。
「違う。竜王種ではなく竜王だ。早い話が"竜の王"であり、"魔物の王"だ」
「"竜の王"って、それ言葉の響きだけで相当ヤバそうなんだけど……!」
顔をヒクヒクさせて、若干引き気味に唸るアレンの隣で、眉にシワを寄せたマインが零すように呟く。
「"天災級"かよ……!!」
マインが険しく顔を歪め、絞り出すように唸る。
他の連中も表情が険しい。
『世界最強種と言われている竜は食物連鎖の頂点に君臨しておる。その戦闘能力もズバ抜けておるが、鱗や甲殻といった硬い外殻の防御力も凄まじい。中でも竜王種ともなれば文字通りの向かうところ敵無しじゃ。魔力値で表すなら、百五十万越えの怪物揃いじゃからの。そんな最強たる竜達の中で、"王"の名を冠する存在。最早想像するだけでも天を仰ぎたくなるじゃろうな。実際、竜王はどれも化け物揃いじゃ。"七災の怪物"を抜いて考えたのであれば、間違いなく世界最強の存在じゃ』
オレの中で説明じみた独り言を呟く紅姫に、遠い目をしながらため息をつく。頭の中で喧しんだよ。
「カレン君、その氷界竜と呼ばれる竜は"天災級"で間違いないのだね?」
ガルフォードが分かりきった答を聞いてくる。それに対して、オレは素っ気なく返す。
「ああ」
「勝算は?」
「無いな」
「奇跡が起きてもかい?」
「奇跡が起きようが、天地がひっくり返ろうが、勝つのは無理だ」
「………!」
ガルフォードは肩越しに振り返り、村の外れを見渡す。一面白銀世界に変わり、最早人間が生きていくには厳し過ぎる環境へと成り果てている。まさに自然災害。だが、この原因を作り出したのは、自然ではなく、生物だ。もっと言えば、この大寒波を引き起こしたのは、たった一体の竜である。
改めて竜と呼ばれる存在のぶっ飛び具合に戦慄する。ガルフォードも今のオレと同じ気持ちかもしれない。同時に、いかに自分達人間がちっぽけな存在であるのかを再認識してそうだ。この光景を生み出したのがたった一体の竜だと言うのだから尚更だろう。
ガルフォード達の険しい顔が、より一層深くなる。
"災禍級"と"天災級"では格が違う。ましてや、以前戦った"人喰い"は"災禍級"の中でも下から数えた方が早い。一方で、今回出現した氷界竜は"天災級"の中でも最上級の強さを誇る。最早次元が違う。万が一にもオレ達が勝つなんざ不可能だ。
「それで、その氷界竜っちゅんはどんだけ強いねん。自分知ってんねんやろ?」
頬を杖をつきながら、視線だけをオレに向ける。
「ああ、知ってる……正確にはそいつと同格の"炎劫竜"と言われる竜王の強さを知ってる」
セラが首を傾げる。
「それってつまり、カレンはその竜と実際に戦ったってこと?」
「まぁな……」
苦虫を噛み潰したような顔で答える。良い教訓ではあったが、代わりにオレのプライドはズタボロにされた。今思い出しても腹立たしい。不快だ。
「そんなに強いの?」
「そうだな、軽く三百万は超える」
「さ、三百万〜ッ?!」
「おいおい、なんだそのバケモノ?!」
「………それってスゴイの?」
おい、こいつマジか。
「おい、こいつマジか!」
マインが信じられないものを見るように驚く。
「基本中の基本ですよ! マインさんでも知ってるのに!」
「ローリエ、どう言う意味だっ!」
「ちょっとセラちゃん、アナタもしかして魔力値知らないの?!」
「知らない。なに、まりょくちって?」
「魔力値というのは、うーんと、そうだな……えっと、こうなんていうか、すごい力だぞ!」
「おぉ! すごい力!」
両手の拳を握り、子どものように目をキラキラさせる。
「ちょっと待て、当ってるけど違う!」
要領を得ない内容で盛り上がるルミナスとセラ。そこへエリックが割って入るようにツッコみ「いいか、魔力値ってのはな……」と懇切丁寧に説明する。
ていうかルミナス、お前もその教え方はどうなんだ。まさか、オレが昔教えたのを忘れたんじゃないだろうな。
「ごめん。剣の稽古ばかりで、そういう方面の事は教えてないんだ」
オレとバーカンティーは示し合わせたようにユルトヘジト目を向ける。「いや、普通は最初に教えるだろ」と意味を込めて。
「君達、今はそんな事を話している場合ではない。氷界竜への対策が先決だ!」
ガルフォード脱線した話を修正する。
「そもそも、その氷界竜は何処にいんだ。じゃないと対策もクソもないぜ?」
エリックは答えを求めるようにオレへ顔を向ける。すると、全員の視線が自然とオレに集まる。
オレは今持っている情報をまとめる事も含めて、全員に共有するために説明する。
「氷界竜は現在、ムエルト大森海中層域にある湖に氷城を築き、そこを根城にしている。ここから距離にして約一万六千キロ。今オレ達がいる現在地が氷点下二十度から三十度だとした場合、中心地付近の外気温は氷点下三桁と予想される。魔力値の低い人間が行けば一瞬で凍結だが、十万近くあればなんとか耐えられる寒さだろう。それと、さっきも言ったが、氷界竜の魔力値は少なく見積もっても三百万以上だ。オレとしては全員留守番する事を勧める。つか、してろ。ハッキリ言って邪魔だ」
百歩譲ってバーカンティーはともかく、他の連中は役に立たない。連れて行くだけ無駄だ。足引っ張られてオレが死ぬハメになったらたまったもんじゃない。他の連中庇う余裕なんざない。
「おいカレン。もしかしなくても、お前一人で行く気か?」
「んなわけないだろ。竜王相手に一人で行くなんざ自殺行為だぞ。オレの配下の魔物を連れて行く。お前らよりは使える」
つっても、戦えるのは仕事で出張っているギレンを含めてたった二人。しかもギレンはいない。勝てる気はしないな。ここにイザヨイが加われば、カスみたいな勝算があったんだが。ロロンから聞いた話では重傷らしいからな。まず動くのは無理だろう。
「でも、カレン一人で行くなんて危険だぞ。私もついて行くぞ!」
絶対言うと思ったこのバカ。ていうか、さっきの話聞いてたのか。
「却下」
即答する。
「なんで?!」
「なんでって、足手まといやからやろ……」
ボソっと聞こえるか聞こえないぐらいの声でバーカンティーがツッコむ。当然魔力値の上昇に伴い、肉体が強化されたルミナスの耳は、その小さな呟きにも似たツッコミを拾い、バーカンティーを半ば睨みつける。
バーカンティーは横目でルミナスを目を合わせ、一つため息をつく。
「シェイバ、そう睨むなや。事実を言っただけやろ。ぶっちゃけ、ウチら行っても役立たへんでな。それとも何か? 自分、役にも立たんくせに足だけ引っ張りに行く気か。感情やのうて、理性で判断せぇよ」
「そんなこと……そんなこと、私だって分かってる。カレンにだって敵わない私が、竜の王に敵うわけがない。私なんてきっと、羽虫みたいなものだぞ。でも、それでも、カレンの背中ぐらいは守れる! カレン一人だけに戦わせない。だから、絶対について行く! 私はカレンのそばにいるんだぞ!」
ルミナスの意思はかたい。吊り上がった眉がそう訴えかけているようだった。バーカンティーもオレも、呆れてため息が出る。こうやって迷わず真っ直ぐなところは、捻くれているオレからすれば少し羨ましく思う。ルミナスはまだまだ弱いが、こういうところは強いな。ただ、感情的に動かれると、その尻拭いをオレがしないといけないハメになるから、マジでやめろ。つか周りの連中なんだその顔。なに、良い事言うじゃないか、みたいな顔してんだ。その空気だとルミナスを連れて行かないといけないだろうが。テメェら人の話聞いてたのか。
『連れて行ってやれ、お前様』
『……お前本気か? 相手は竜王だぞ。邪魔なだけだろうが』
『……そう言う問題ではない。女にはダメだと分かっていても行かなければならない時があるんじゃ。お前様にはわかるまい』
『あ? 男と女の間には川が流れてるとか、壁があるとかそんな話を聞いた事があるが、そういう類の話か?』
『とにかく、連れて行ってやれ。案外良い働きをするかもしれんぞ』
『………』
本音は連れて行きたくない。確実に邪魔になる。
ルミナスは強いといっても、それはあくまで人間界での枠組みの中での話だ。魔力値五十万を少し超えた程度なら、人間界の外には腐るほどいる。言うなれば、ルミナスはその辺に転がる石ころとそう変わりない。
どう足掻いたところで、石ころが氷山を砕くことは出来ない。逆に踏みしだかれるのがオチだ。
オレの残り滓みたいな善意から言わせてもらうなら、無駄死になんてさせたくはない。このまま安全圏にいてくれた方がオレとしても安心して氷界竜と戦える。
勝てるかどうかは別としてな。
「カレン」
不意に名前を呼ばれ、オレはルミナスに顔を向ける。いつのまにか顔を少し伏せていたようだ。
「なんだ?」
「私が行くと、邪魔?」
「邪魔だ。バーカンティーが言ったように足手まといだ」
「そうか……でも、私はついて行くぞ。私もカレンを――守りたいから」
「………」
真っ直ぐ見つめてくる青翠色の眼を真っ直ぐ見つめ返す。その眼に迷いはなく、不退転の強い意志が見えた。
「守られるだけは嫌なんだぞ」
「お前、死ぬぞ」
「死ぬのが怖くて冒険者なんてやってられないぞ!」
そう言って太陽のような笑顔を向けてくる。本当にブレないなコイツは。オレには眩しすぎる。
「言っとくが、助けないぞ」
「分かってる、覚悟の上だ。だから、そばに居させて欲しい」
ここまで言うなら、もう止める道理はない、か。
『お前様……』
「……………………はぁ。好きにしろ」
「うん!!」
ルミナスは嬉しそうに笑う。
なんで、死にに行くようなもんなのに笑ってんだコイツ。頭に花畑でもあんのか。
「ねぇねえ、カレン」
オレが微呆れ顔をしていると、セラが声をかけてくる。
「なんだ?」
「その、ひょう、ひょう……」
「氷界竜よ、セラちゃん」
「そうそれッ! その氷界竜って、結局どれだけ強いの? えっと、まりょくち、だっけ? 三百万超えとか言われても分かんない」
「これに関してはボクも同じかな。なんていうか、漠然としてぎてて想像がつかないかな」
セラの疑問にユルトが乗っかる。
「オレもだ。魔力値がデカすぎて現実味がねぇよ。だいたい三百万もあったら何が出来んだ?」
「そうよね。例えでいいから、どんなことが出来るとかで教えてくれないかしら」
「「「以下同文」」」
そう言われると、コイツら魔力値百万以上の魔物との戦闘経験がないのか。だったら想像つかないのも当然か。
「……まず、魔力というのは体内を流れる、言わば"力"や"気"と呼ばれる不思議なエネルギーの事だ。当然魔力値がデカければデカイほど、その生物は強力な肉体を有し、強い。例えば暑さに強くなったり、単純な力が強くなったりな。あと、魔力量が多い奴に若いのが多いのは、魔力で細胞が活性化しているからだ。ここまでは常識の範囲内だ」
確認を込めた説明に全員が頷く。ただ、セラだけは「へぇ〜、そうなんだ。魔力ってすごいね!」と目を輝かせていた。こいつマジで知らなかったんだな。というかさっきエリックから説明受けてただろうが。コイツちゃんと聴いてなかったな。
「さて、ここからはお前らも知らない魔力と肉体の話だ。さっきも言ったが、魔力が増えると肉体の強化に繋がる。魔力量に応じてな。だが、ある一定量を超えると、肉体は爆発的な強化向上がされ、それまでにない力を得る。これを"覚醒"と呼ぶ」
「"覚醒"か………その一定量とは?」
興味深そうにガルフォードが聞く。
「魔力値百万。正確には百万単位だな。ちなみにオレは魔力値が百万を超えた時に"覚醒"してる」
「"覚醒"するとどうなるんだい?」
「さっきも言ったように、肉体能力の爆発的な向上が起こる。例えば、感覚器官。地面に指を刺しただけで、どこで何がどの程度いるかとか、何処へ移動してるだとか、地面から伝わる僅かな振動だけで分かるようになったりする。他にも嗅覚や視覚なんかも超発達して、本来なら嗅ぎ分けられないような匂いを嗅ぎ分けられるようになったり、数百メートル離れた本の文字を読めるようになったりする。詰まるところ、簡易的な進化が起こるという認識でいいだろう」
「……それが、百万単位で毎回起こると?」
「ああ」
実際ギレンが魔力値百万と二百万をそれぞれ超えた時点で"覚醒"が起こったからな。当時はそれが羨ましくて仕方なかった。
オレも最近になってようやく"覚醒"したが、なるほど素晴らしいと言わざるを得ない。名付けをされた時以来の高揚感だった。
力が肉体の奥底から溢れ、自分でも驚くほど体が強化された。百万を超える前と後では、天と地ほどの差がある。しかし、"覚醒"が一体どういう原理で起こるのかは分かっていない。現状では、そうなのだから仕方ないというのがオレの見解だ。
「つまり、氷界竜は、"覚醒"を三回はしてるって事になる。もしかしたら四回はしているかもしれないがな」
つまり、魔力値四百万を超えている可能性も無きにしも非ずって事だ。昔炎劫竜の魔力値を測ろうとしたが、あまりにもデカすぎて測定不能だった。おそらく超えていてもなんら不思議はないだろう。それを今この場で馬鹿正直に言うつもりはないがな。
「さて、話が少しずれたが、魔力値三百万超えの氷界竜に何が出来るか……例えば、竜砲撃一つで世界そのものを氷で埋め尽くしたり、その莫大な魔力に物を言わせて――」
オレは指で地面にトントンと叩き、次に出てくる言葉を鷹揚なく口に出す。
「――星を木っ端微塵にしたりとかな」
竜王ともなれば、星破壊ぐらいは簡単に出来るだろう。
「そ、それはつまり……」
アレンが震える声で、なんとか言葉を絞り出そうとするが、続く言葉を詰まらせる。そんなアレンを見かねて、マインがその先を続ける。
「世界を滅ぼす力か……」
絶句する。
「そ、そんなの、勝てっこないじゃんか……」
アレンが力なく零すよう呟く。
「それが世界最強生物、竜王の力だ……」
オレ自信、大袈裟に言っている気もしなくはないが、自分も"覚醒"している為に、妙に口から出した言葉に信憑性がある。今のオレでも大陸一つ消し飛ばすのはわけないからな。
顔を険しくするだけで、特に驚く様子のないバーカンティーもオレと同じなんだろう。おそらくアイツも"覚醒"してるから、理解したくなくても理解出来てしまうんだろう。
「ま、話は以上だ。オレはそろそろ行かせてもらうぞ」
オレは膝に手をつき、全員の視線を浴びながら立ち上がる。すると、続くようにルミナスが立ち上がり、何故かバーカンティーまで立ち上がる。おそらくついて来るつもりなのだろう。
「なんだ、お前来るつもりか?」
「当たり前や。自分ら二人でどないかなるんか?」
「正確にはオレとルミナスに加えて"ゼル"がいるがな」
「"ゼル"?」
「さっき言ったオレの配下の魔物一体だ。気にするな」
「左様か……」
そうやってオレ達が下らない問答をしていると、ガルフォード達以下全員が立ち上がる。
「君達もう行くのかい?」
「なんだガルフォード、お前も来るのか?」
「すまないが今回は辞退させてもらう。行っても役には立たないだろうし、何より私はこれから陛下へ今のこの現状の報告と、この事態の対処を考えねばならないからね。それに今回は"天災級"だ。王国だけでなく、各国にも情報共有と緊急事態警報を出しておかねばならないからね」
なるほどガルフォードの言う事はもっともだな。おそらくまだこの大寒波が起こったことを国は知らない。というのも、大寒波が起こったことを知らせに行ける余裕がからだ。それが一般人ともなれば尚更。食料も何もかも氷漬けにされ、道中食べるものもない。ましてや今は夜中、この寒さも相まり、体力を奪われて王都に着く前に力尽きるのがオチだ。情報を持って王都まで行ける筈がない。かと言ってこのまま放置は愚策だ。王都まで行く、もしくは影響の受けていない大きな町に行き、食料や毛布、救助員の派遣が必要だ。となると、この中ではガルフォードが適任と言うことになる。なんたって貴族様だからな。こういう時に権力行使してもらわないと困る。
「そっちに関しては任せる。あとは……」
オレはユルト、エリック、セラ、マグノリア、クラリス、ローリエ、マイン、アレンに目を向ける。
「お前ら居残りだ。周辺の町や村に行って救助に行って来い。お前らついて来ても邪魔なだけだ」
そうキッパリ言うと、ユルトが眉を八の字に曲げ、申し訳なさそうに苦笑いする。
「ごめんね、カレン。今回はそうさせてもらうよ」
「はい〜。私もぉ、残って炊き出しとかぁ、救助にあたります〜。なんかこれぐらいしかやれる事なさそうですしね〜」
「ん〜、なんかよく分からないけど、ついて行くと死んじゃう気がするから行かない! それに、あたしここでお父さんとお母さんや、村の人達助けないといけないし!」
妥当な判断だ。
ここまではいい。そう思い、クラリス達に目を向けた。途端、予想だにしない言葉が飛んでくる。
「アタシ着いて行くわ!」
「はぁっ?! クラリス、お前マジか?!」
「マジもマジよ、マインちゃん」
「でで、でも、クラリスが行ってもなんの役にも立たないよ!」
アレンがバッサリと言う。もっと言ってやれ。
「そうですよ。今回は"人喰い"とはわけが違うんですよ。正真正銘の"天災級"なんです。行ったら最後、生きて帰ってこれないですよ!!」
「そうね。本来ならここに残って、救助に専念するのが正しい判断かもしれないわ。でもね、アタシ行きたいの。行ってこの目で見たいのよ。世界最強と言われる竜王を! それに……」
クラリスはオレに目を向けると、流れるようにルミナスはと視線を移す。そこでなんとなく、クラリスがついてこようとする理由が分かった。
『お前様の言った事を律儀に守ろうとしておるようじゃの』
つまりそう言う事だ。アイツはオレが言った「ルミナスが馬鹿しないように見とけ」を馬鹿正直守ろうとしているらしい。当然それだけじゃなく、竜王なんていう、この先見ることが出来ないであろう存在に、好奇心が恐怖を上回ったんだろう。
結論を言う。もう、オレは止めない。これ以上の問答は時間の無駄だ。ロロンも待たせているし、着いて来るなら拒まない。その代わり、命の保証はしないがな。
「……はぁ……好きにしろ」
そう呆れてため息を吐くと、オレは〈魔導庫〉から――手のひらサイズ――の白色の魔石を取り出す。
「カレン君。それどうするの〜?」
「こうするんだ」
魔石に大量の魔力を込める。
煌めく黄金の光が太陽のように村全体を照らす。
細かな光の粒子が流れるように周囲へと拡散し、寒く沈んだ村を幻想世界へと変える。
「うわぁ……キレイ」
セラから感嘆の声が漏れ、ルミナスが気持ちよさそうに目を細める。
「……温かい」
魔力が込め終わると、オレは村の中央まで歩き、足元に術式を刻む。
「カレン、何描いてんだ?」
ルミナスが横で首を傾げる。
「見りゃわかんだろ。術式だ」
「それは分かってるんだぞ。なんの術式かって意味の質問だぞ!」
「〈魔力障壁〉だ」
「あ〜? 〈魔力障壁〉ってこんな複雑だったか?」
顎に手を添えながら、マインが訝しげに術式を除く。
「この魔石に込めてある魔力を使って継続的に〈魔力障壁〉を発動するための術式だ。多少違うのは当たり前だ。だから黙ってろ脳筋」
「テメェ、一発殴らせろ、な? 一発だけ?」
額に青筋を浮かべ、手をプルプルさせながら拳を握る。
「でもカレン、〈魔力障壁〉張ってしまったら村の出入りが出来なくなってしまうんじゃないか?」
そう、ルミナスの言う通り、〈魔力障壁〉を張ってしまえば、村の出入りが出来なくなってしまう。だから疑問に思うのも無理はないだろうが、オレが初歩的なミスをするわけがない。
「それに関してもしっかり対策はしてある。村の東西南北から出入りが可能だ。人が近づけば自動的に開く仕組みにしてある。だが、二つほど注意が必要だ。一つ。人が通れるということは、魔物も通れると言うこと。つまり――」
「警備する人間がいる。と言うことだね」
「正解。それと二つ目。この魔石にはオレの魔力を大量に込めてある。コイツを使ってオレのいない間この村に〈魔力障壁〉を張るのが目的だ。今のように寒さは多少凌げるだろう。だが、魔力を大量に込めているからといって、そう長くは持たない。おそらくそうだな四日から五日といったところか。黒い魔石ならもっと魔力を込めることが出来たんだが、生憎持ち合わせていなくてな。残念だがこれで我慢してくれ」
「いやいやぁ。四日も待てば十分じゃないかな〜」
オレは白い魔石を刻み終わった術式の中央に置き、魔力を流して魔法を発動する。
術式が一瞬ひかり、オレから魔石へと魔力供給経路が切り替わると、〈魔力障壁〉が魔石によって維持される。
「成功だな……」
「へぇ、便利ね。ローリエちゃん、この術式メモしておきなさいよ」
「もうしてますよ」
見てみれば、ロリがメモ帳に術式を事細かに書き込み、ご満悦の表情をしていた。
「さて、やる事はやった……行くか」
オレは大森海に向けて歩き出す。後ろをルミナスとバーカンティーが続き、さらにその後ろをクラリス、ローリエ、アレン、マインが続く。
ていうか、オカマ以外の三人も着いて来るのかよ。お前ら自殺志願者か。
「カレン」
村から出ようとするオレ(ルミナス達もいる)に声をかけたのはシーマだった。隣には毛布にくるまった――顔中鼻水だらけの――オルドもいる。二人とも不安な表情を隠しきれていない。どうやら大まかな話をユルトから聞いたようだ。顔色が悪い。おそらく寒さから来ているものではないだろう。
「ちゃんと、帰って来るのよ」
短い見送りの言葉だった。
しかし、その言葉の中には強く、重く、親から子への想いが詰まっていて、これから死地へと赴くオレを心配してくれているのだとすぐに理解った。
だが、心は波風一つ立つことはなく、凪のように静かで、波紋すら立たなかった。心配している二人を見ても、これといった感情は湧いてこない。寧ろ、余計なお世話だと吐き捨てたいところだ。
オレの心は、穏やかというにはあまりに冷めていた。
あの二人が親であったのも、オレにとっては遠い最早過去の記憶なのかもしれない。
「……………善処する」
オレは素っ気なくそう一言返し、今度こそ大森海目指して村を後にした。
最後までシーマ達の不安げな視線を浴びながら。




