表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪魔がカレンにわらうとき  作者: 久保 雅
第5章〜氷界の覇者〜
169/201

〜プロローグ〜

 第五章の始まりでございます。


 出来るだけ短く分かりやすく書いていきたいと思います。


 ということで、どうぞ!

 ここはムエルト大森海、中層域である。いや、()ムエルト大森海と言う方が正しいかもしれない。


「随分様変わりしたな……」


『な〜んも無いのう』


「ああ……」


 目を動かせば、そこに映るのは一面(しろ)い世界。風が吹けば肌を突き刺す痛みが襲い、容赦なく体温を奪ってゆく。

 木々は完全に凍結し、脆く砕け、緑生い茂る森の姿はどこにも無い。

 魔物も姿を消し、どこまでも白一色が続く。最早、かつての面影は完全に消失していた。


「改めて、すまない(あるじ)。これでは計画が台無しだ」


 重苦しい声でそう言ったのはロロンだ。砕け、ひび割れた甲殻と鱗に身を包み、先頭で降り積もった雪をかき分けて道を作りながら進む。その足取りは重く、遅々としていた。


「気にするな。お前らに落ち度はない。そもそも計画と言うほどのものでもない……お前らに大森海を制圧させようとしたのは、単に"経験"と"力"を付けさせるためだ。制圧はついでだ」


「………」


「にしても、お前ら災難だな。せっかく大森海の三分の一を制圧したってのに。全部台無しときた」


『努力が水の泡じゃの』


「………主よ」


「なんだ?」


「何故なにも言わない」


「なんのことだ?」


「とぼけるな。俺達は主の命令を全う出来なかったうえに、揃いも揃って大敗を喫した。顔に泥をぬったも同然なのだぞ」


「またそれか……だから、叱咤の一つでもしてくれと? 何度も言わせんな。仕方ないつってんだろうが」


『うむ、仕方ないのう』


「仕方ない、か……」


「これも二度目だが、相手は竜王(ドラゴンロード)だ。相手が悪すぎる。寧ろあの化け物共相手に重傷とは言え全員生き残ったんだ。誇っていいぞ」


「……そういうものか?」


「そういうもんだ。だから気にするな……なんて無理な話か」


 最後の言葉をため息混じりに零す。


「………」


「お前……はらわた煮え繰り返ってんだろ?」


 面白がるように言う。意地悪そうに楽しむような、そんな顔で。


「そう思う根拠は?」


「さっきからダダ漏れなんだよ、お前」


『しかも全開じゃの』


 先頭を歩くロロンからは隠しきれない怒りが噴き出していた。負けた事に対してか、今まで積み上げた努力が台無しになった事に対してなのか、はたまたその両方か。どちらにしろ、剥き出し状態である事には変わりない。周囲へ撒き散らす重圧(プレッシャー)は暴風の如く猛烈である。

 しかし、本人はそれに気づいていないようで、肩越しに振り返り、少し間抜けな顔で首を傾げる。


「そんなにか?」


「ああ、嘘だと思うなら後ろ見てみろ」


 そう言われ、カレンの後ろへ目を向けて見れば、連なるように列を成して付いてくる六つの影。ルミナス、バーカンティー、クラリス、ローリエ、マイン、アレンだ。今もバーカンティー以外は両肩を抱いて震えている。吸血鬼は寒さに強いようで、これぐらいの寒さならへっちゃらなのだそうだ。ついでに言えば、ロロンの重圧(プレッシャー)もその様子から平気らしい。だが、それ以外の五人は寒さとその重圧(プレッシャー)で震えが止まらないようだった。


「すまない。すぐに抑える……ところで後ろの者達は主の新しい配下か?」


「違う」


「ではなんなのだ?」


「話せば長い。気にするな」


「ふむ、つまり普通に接すればいいと?」


「適当で構わん」


「分かった」


 一行が吹雪の中を暫く進むと、"世界樹"がその荘厳な姿を現す。他の樹々とは違い、その天蓋を貫かん一本の巨大な槍のような圧倒的存在感は、昔も今も変わりなく健在である。カレン以外の六人は寒さも忘れて口をあんぐりと開け、目の前の存在に圧倒されるばかりである。


「デカいぞ……」


「これが噂の世界樹かいな。思ったよりずっとデカいやんけ」


「樹というか、最早壁ね……」


「大きすぎて全貌が見えませんね。てっぺんも見えませんし」


「スゲェ〜……」


「ねぇ、そろそろこの辺で休憩しない。寒くて死にそうなんだけど」


 鼻に氷柱を作り、唇を紫色にさせながら死にそうな目でそう訴えかけてくるアレンの姿に『お前様、彼奴(あやつ)このままじゃと死ぬぞ。割とマジなやつで』と紅姫が少し心配そうに言う。


 カレンとロロンだけならこのまま突っ切って行くところだが、生憎今は大所帯である。仕方なく休憩を挟むことにする。


「はぁ……ロロン、少し休憩だ」


「いいのか。まだ拠点まで半分も来ていないぞ?」


「体力を温存するためだ、仕方ない。お前もボロボロでダメージが大きい。ここらで休んだ方がいい」


「そうだな……では、遠慮なくそうさせてもらう」


 一行は"世界樹"の根元に腰を下ろし、〈魔力障壁〉を張る。これで吹雪をしのぎ、火をつけて暖を取る。


「まだ寒いよ〜」


「バーカンティーさんは寒くないんですか?」


「さっき()ったやろ。ウチら吸血鬼は寒さに強いんや。これぐらいなんでもない」


「カ、カレンちゃも寒くないの?」


「寒いに決まってんだろうが。いちいち聞いてくるなボケ」


 根滅剣(こんめつけん)を腰に()き、ポケットに手をつっこみながら火の近くまでやってくる。そこで、一人遠くで腰を下ろすロロンへ振り返る。


「ロロン、お前も火に当たっとけ」


 カレンに呼ばれ、ロロンは苦虫を噛み潰したような顔を作る。


「い、いや。火は、その……」


「なんや自分、火が苦手なんか?」


「……あまりいい思い出はない」


 火を見つめて目を細めたかと思うと、すぐに顔を背ける。


「五年前、炎劫竜(えんごうりゅう)との戦いの時に大火傷を負ったからな。その時のが少しトラウマになってる……ロロン、体冷やしてると肝心な時に動けないぞ。いいから当たっとけ!」


「……わ、分かった」


 カレンから促されては断れないロロンは、渋々了承し、火の近くに腰を下ろす。だが、やはり苦手なのだろう。目を細めているその姿が火を警戒しているように見える。


「そういえば主よ。若様とギレンはどうしたのだ?」


「ギレンは仕事だ。今ここにいない事を考えると、あまり上手くいっていないのかもしれないな……エスタロッサは炎劫竜(えんごうりゅう)の所だ」


炎劫竜(えんごうりゅう)殿の?」


「ああ。三日程前にギレンを通して連絡があった。"呼ばれたから行ってくる"だとよ。今思えば、炎劫竜(えんごうりゅう)()()()()()が分かってたんだろうな。胸糞悪い」


 カレンは顰めっ面で舌打ちを鳴らし、この場にいない炎劫竜(えんごうりゅう)に悪態をつく。


「若様を保護したと?」


「オレの所にいるよりは安全と判断したんだろう。炎劫竜(えんごうりゅう)はエスタロッサを気に入ってるようだし、他に呼ぶ理由が思い浮かばない」


「その理由の方がしっくりくるか?」


「実際、呼んだ理由は謎だが、そういう事にしておく方が無難だ」


「なるほど、ではそういう事にしておく……」


 ある程度体を温めると、一行は火を消して先を進む。その際、アレンが「あぁ……火が、火がぁ!」と名残惜しそうに嘆いていたが、マインが襟を掴んで引きずり歩く。


 先へ進むにつれて天候は悪化し、視界が吹雪で真っ白になる。最早どこをどの方角に進んでいるのか検討もつかない。


「カレン、〈魔力障壁〉で囲って進めば良いんじゃないのか? 少なくとも寒さは凌げると思うんだが?」


「ダメだ。あまり魔力を使いたくない」


「でも、このままじゃ私達凍えて死んじゃうぞ!」


「だったら帰れ。ついてくる必要はない!」


「嫌だっ!」


「だったら文句言わずに着いて来い!」


 猛烈な吹雪の中、急激に体温を奪われてゆく。指先は冷え切り、感覚も曖昧だ。しかし、カレンは構わず進む。仮に凍傷でその部位がダメになったなら、斬り落としてまた新しいのを魔法で生やせばいいだけの話だ。だが、魔法で欠損した部位を元に戻せることを知っているカレン、ロロン、ルミナス――寒さに強い吸血鬼である――バーカンティーはともかく、普通の人間であるクラリス、ローリエ、アレン、マインの四人は冷静ではいられない。


「寒い……死ぬ、死ぬぅ」


「瞼が、重ぇ……」


「ローリエちゃん、しっかり!」


「お花……キレイ……」


 出発した直後は寒いだのなんだのと騒いでいたが、今や気力も失いとても静かである。

 虚な目で震え、一目でやばい状態なのだと分かる。特に最後の小っこい奴は一歩手前である。


『お前様よ、彼奴ら死にかけじゃぞ』


『チッ、脆弱な人間が……』


 カレンは列をはみ出し、後ろへ向かうと、四人を纏めて〈魔力障壁〉で囲ってしまう。そして障壁を〈万物掌握〉で鷲掴みにして、そのまま引きずるように進んでゆく。


「あ、ありがとうございます……助かります」


 復活したローリエが申し訳なさそうに礼を言う。


「無駄に魔力使わせやがって。だから着いてくんなつったんだ!」


「シェイバ、お前寒くねぇのか?」


 障壁内からマインがルミナスに問う。


「寒いけど、我慢出来ないほどではないぞ」


 平静を装っているが、明らかに顔色が悪い。カレンは溜息をつくと、ルミナスの襟を掴み、障壁の中に放り込む。ルミナスは頭からクラリス達に突っ込み「へぶぅ!」という変な呻き声をあげる。


「お前も入っとけ。もう何人いようが同じだ」


「ご、ごめん」


「フンっ……」


 鼻を鳴らし、再び歩き始める。


 正直な所、この程度の魔力を使っても、カレンの元々保有している魔力量からすれば雀の涙程である。それに、例え魔力を使用して減らしたとしても、カレンの持つ特殊能力(スキル)【魔力回復】で一瞬にして回復するので、大した痛手にはなり得ない。しかし、カレンには魔力を使いたくない理由があった。


『既に氷界竜(ひょうかいりゅう)の領域圏内じゃ。いつ特殊能力(スキル)()()されてもおかしくはない』


『昔炎劫竜(えんごうりゅう)と戦った時は特殊能力(スキル)を焼かれて暫く使えなかったからな。同じ竜王(ドラゴンロード)氷界竜(ひょうかいりゅう)も似た様な能力を持っていても不思議じゃない』


『左様……ところで、お前様よ』


『なんだ?』


『確認なのじゃが、本気、なのじゃな?』


『当たり前だろうが。今更何言ってんだ』


『勝算はあるのか?』


『あるわけないだろうがボケ』


『即答かい……』


『あちらさんがわざわざ招待状まで出してこうして盛大に出迎えてくれてんだ。キャンセルなんかしたら可哀想だ』


『じゃがのうお前様よ、正面からぶつかれば、今のお前様では勝ち目は皆無じゃ。嬲り殺されるぞ?』


『んな事分かってんだよ。だからってこのままビビって逃げろってか。ふざけんな。だいたい、オレは死ぬつもりなんざ微塵もない。寧ろその逆だ。氷の城で見下すあの氷界竜(トカゲ)野郎の足元粉々に砕いて、地獄に引き摺り下ろしてやる!』


『相変わらずプライドの高い奴じゃ。毎度の事ながらちと呆れるわい』


『まぁ、なんとかなんだろ』


『運任せか?』


『"運"なんざクソ喰らえだ』


『そう言うと思ったわい……』


「主、もうすぐ湖の(ほとり)につく。そこに行けばこの吹雪も止むだろう」


 この鬱陶しい吹雪とおさらばできると知って、カレンに溜まっていたイライラが少し解消される。


 昔、カレンが小屋を作ったあの湖の滸は、どうやら台風の目のような場所らしく、静穏な天気なのだそうだ。ロロン曰く、天候も安定しており、体温を急激に奪われないという意味では安全らしい。だが、一つ問題がある。

 台風の目のとはすなわち中心を指す。つまり、この状況を作り出している元凶。氷界竜(ひょうかいりゅう)のすぐ近くだという事を意味している。


 寒いことには変わりないだろうが、猛烈な吹雪が止むのはありがたい話だ。体温を奪われる心配がなくなる。そのかわり、今より安全ではなくなる。文字通りの危険地帯へと足を踏み入れる事となる。


「いよいよ、竜の王様に拝謁かいな……」


「機嫌を損ねないよう、媚びへつらうんだな。もしかしたら気に入られて下僕にでもしてもらえるかもしれないぞ」


「却下や。誰がそんな情けない事するか! ていうか自分な、もっと気の利いた言葉ないんか?」


「これ以上なく気の利いた言葉だと思うが」


「性格悪いで、自分……精々足掻いたるわ!」


「やる気満々かよ」


 白い弾幕の中を亀の如く遅々として進む。顔に当たる雪がチクチクと煩わしい。まるで小石でも飛んできているのではと錯覚する。舌打ちが零れ、いい加減吹雪の中にも飽きてきた頃、カレン達はようやく――


()()()()……』


 ――吹雪の壁を抜けた。そして、同時に言葉を失う。


 カレンは〈魔力障壁〉を解き、ルミナス、クラリス、ローリエ、マイン、アレンを解放する。


 まるで、世界にぽっかりと穴が空いたように晴れ渡る空間。視界はこれ以上なく良好で、目に見える白銀の世界が光に反射して宝石のように輝く。


 空を見上げれば、雲一つない快晴だ。肺に吸い込まれる空気こそ冷たいが、吹雪の中と比べれば体感温度は天と地ほどの差である。寧ろ暖かく感じる程だ。


「まさに、別世界……ですね」


 白く凍てつく暴風が渦を巻くようにこの空間を囲い、天高くから太陽の光が爛々と大地を穿つ。白く積もった雪が煌めき、点在する氷山が太陽の光を吸収して、白と青の幻想世界を創り上げる。そして、それ以上に息を呑んだのが、充満する莫大な魔力の奔流であった。

 カレンやバーカンティーが赤子に思えるような圧倒的な魔力の重圧(プレッシャー)。言うまでもなく、氷界竜(ひょうかいりゅう)から()()()()()()()である事は間違いがない。


「す、すごい魔力だぞ……でも、ここで引くわけには行かないんだぞ!」


「流石竜の王様っちゅうわけかいな。上等やんけ。ボコボコにしたるわ!」


「やるしかないわね!」


「が、頑張ります!」


「よっしゃ、やるぜ!」


「お(うち)帰りたい……」


 最早次元が違うとしか言いようがない魔力の暴風を前にして、ルミナス達は戦意を奮い立たせる。だが、これから行われるのは、戦いではない。決して戦いと呼べるようなものではない。


 彼等彼女達は知る事になる。そして、再認識させられる事となる。世界の頂点に君臨する存在がいかほどのものなのか。人間という存在がいかにちっぽけで、脆弱であるかを。


「やれやれ……」


 一方的な蹂躙と必死の抵抗の始まりである。


 ご愛読ありがとうございます!


 ようやく第五章に突入致しました。ホント前の第四章が長くて長くて。


 先に言っちゃいますけど、この第五章は戦闘がメインになります。なので、難しく考えずに行きます。


 あと、本文には書いていませんが、ムエルト大森海の広さについて解説させていただきます。本文に書いても良かったんですが、書くと色々めんどくさいのでこちらで解説させていただきます。


 〜ムエルト大森海〜

 現在カレンが住む人間達の世界で最も広大だと言われている森林地帯です。その広さは地球の大陸を全て合わせた大きさです。

 大森海は主に四つの領域に分かれています。浅層域、中層域、深層域、深淵と、奥に進むにつれて森の密度は増し、陽の光すら通さなくなる常闇の世界となります。魔物も深淵へ向かうにつれて強い個体が増え、魔力値100万を超える魔物も少なくはありません。しかしながら、カレンが大森海に住んでいた頃は、100万を超える魔物は多くなく、寧ろ少なかったです。理由としては神滅竜と凶竜による影響が大きいとされています。

 ちなみにカレンが少年時代に拠点としていた湖は、地球の"カスピ海"と呼ばれる世界最大の湖の約1.5倍の面積でした。

 以上が簡単な解説でございます。


 これからもどうぞよろしくお願いします!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ