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悪魔がカレンにわらうとき  作者: 久保 雅
第4章〜魔法騎士学園〜
166/201

零れる

 第七演習場。そこは今やSクラス専用となりつつある場所で、使用しているのもSクラスの生徒と担任ぐらいである。演習場を使用する際も、第七演習場は使わないというのが他の生徒、教師の間で暗黙の了解となっていた。


 そんな第七演習場の真ん中辺りに点在する九つの影。言わずと知れたSクラスの生徒である。


「やっと体のダメージ抜けたな。流石に一週間近くベット生活はキツいぜ」


 体をグッと伸ばし、固くなった体をほぐす。ここ最近まともに体を動かしていなかった為に、こうして体を伸ばすと凝り固まった筋肉が解けて気持ちがいい。


「そんなこと言って、リチャード結構歩き回ってたじゃん! 私なんてずっとベットの上だったんだよぉ!」


「テレーゼ一番元気だったけどね……アタシ隣で眠れなかったわよ。うるさ過ぎて……!」


 シャナの冷たい眼差しを受け、体がブルっと震える。口元は笑っているのに目が笑ってないという、明らかに普通じゃない表情だ。というか、若干怒っているように見える。


「夜更かしは美容の大敵なのよ……分かるでしょ?」


「は、はい。以後気をつけます。本当にごめんなさい……!」


 シャナからの凄まじい重圧を受け、見事なまでの美しい九十度で謝罪。その姿をリチャードが哀れみの表情で見ていた。


 そんなやり取りを見つつ、柔軟を行いかたい体をほぐすゼンは、近くでじっと自分を見つめるクロエに話しかける。


「あれから一週間経つけど、みんな思ったより元気だね。僕達も頑張ろっか!」


「うん。鈍った体をほぐす。ゼン君可愛い」


「病み上がりだから、あまり無理しないでね。それと、もし何かあったらすぐに僕を頼ってね」


「うん。ゼン君かわゆす」


 会話が噛み合っていない事にゼンが眉を八の字に曲げる。元々微妙に話が噛み合わないことはしょっちゅうだったのだが、ここ最近は以前に比べて特に多い。おまけに四六時中どこへ行くにもべったりで、女子トイレに引き摺り込まれそうになった時は学園生活の危機を感じた。その際は「男の僕が女子トイレに入ったら大ごとになっちゃうよ!」と一喝したのだが、「大丈夫。ゼン君可愛いからみんな女の子だって思う。だから安心して!」と真顔で全然安心も理解も出来ないことを言われた。

 いくら可愛い顔(自覚している)とはいえ、流石に男と女の区別ぐらいは他の生徒や教師でもつくはずである。ましてや制服は男物だ。間違えるはずがない。だが、その期待はアッサリと潰される。

 トイレ前でクロエと格闘中に、近くを通る女生徒達に「女の子同士なんだから恥ずかしくないわよ」「あら、お化粧直し?」と全く疑うこともなく女と間違われ、挙げ句の果てには「ねぇ、貴方どうして男装しているの?」と、とどめを刺された。あまりのショックに泣き崩れそうになったのは言うまでもない。


「うん。僕、もっと頑張って男らしくなるよ!」


「ダメ。ゼン君が男らしくとかありえない!」


「なんで?!」


 やる気を出した矢先の猛反対。それは想像以上に堪え、力なく項垂れる。目の端に何か光るものが見えたが、それはきっと気のせいである。


「あ〜あ、ゼン可哀想に。ありゃ当分は立ち直れないなぁ……」


「なぁジュドー、俺達なんか大切なこと忘れてないか?」


 その場に突っ立ったまま――ヘンディにしては珍しく――眉間に皺を寄せて真剣な眼差しで問われる。が、ジュドーには全く身に覚えがない。


「は? 何言ってんだ。そんなこと………………あっ!」


 ヘンディの言っていることに意味がわからないと、頭に疑問符を浮かべていたのも束の間、唐突にある事を思い出す。


「やべぇ、ジジィ忘れてた!」


 そう、休日初日に出会った、まともに会話もままならないあの頭花畑のおじいさんの存在である。家まで送り届けると言っておきながらズワールトの一件やリュウガの腕の事ですっかり頭から抜け落ちてしまっていた。しかも、もう既に一週間も経過していた。もしかしたらまたどこかを彷徨っているかも知れない。そう思うとジュドーの心に焦りが生まれる。


「ど、どうする? 今からジジィ探しに行くか。でもどこいるかなんてわかんねぇし!」


 切羽詰まったように頭を抱える。色々あって仕方がないとは言え、一週間放置はまずい。人として色々アウトな気がする。というかアウトだ。自分でも流石に最低だと思う。そこへ、救いの一言が舞降る。


「爺さんならとっくに俺とリュウガで憲兵に引渡しといた。ついでに二人ほど縛られてたズワールトの残党もな。つか、今更かよ……」


 呆れたようなジト目を送るリチャード。しかし、当のジュドーはそんな視線には気づかず、悩みが消えて喜びに震える。リチャードな肩を組み、ウインクとサムズアップをセットでプレゼントする。


「マジでありがとうリチャード。お前やっぱ気の利く良い引きこもりだぜ!」


「最後の一言余計だぞ。つかウザイから肩組むのやめろ」


「ところでエミリアとリュ、リュっ、リュウガはど、どこなんだい?」


 この場にはいない二人を探すようにキョロキョロとあたりを見回す。そして何故かリュウガの名前を呼ぶ時だけ顔を火照らせてテンパる。その様子にテレーゼ、シャナ、クロエの三人は「ローザ可愛いぃ」「あそこまであからさまだと、こっちも気付いていないフリするの大変よね」「髪色みたいに顔真っ赤」そうローザに聞こえないようにひっそりと呟く。

 実は、テレーゼ達も夜の中庭の出来事をガッツリ見ていたりする。しかも、最初から最後まで全部。


「ローザって見た目によらず純情よね。見てるこっちが恥ずかしくなっちゃうわ……」


「うん、ギャップ萌え」


 見た目も性格も男勝りのローザだが、リュウガの前だけデレる姿はなかなかに唆るものがある。本人は普通にしているつもりなのだろうが、あからさまに態度が違うので、反応に困る。つい先日も食堂で他の男子生徒と話している時はいつも通りだったのに、いざリュウガが現れると人が変わったみたいに挙動不審になる。勿論いい意味でだ。


「ベルから話聞いたけど。なんかリュウガからプロポーズしたって聞いたよぉ! しかもその時のセリフが"俺がお前を護る!"だって。ピンチの時にそんなセリフ言われたら、そりゃコロッといっちゃうよね。しかもローザ、超純情乙女だし!」


「ははは……ヴラド君って、ちょっと天然なのかな?」


「多分というか、絶対そうよね」


「それにしても。リュウガ、ここ最近よく襲われている」


「昨日も襲撃されてたわよ」


「僕も見たよ。男子生徒四人だったかな、氷漬けにされて返り討ちにあってたけど……」


「元々魔族って事で風当たりは悪かったけど、片腕が無くなってから更に悪くなってるわよね」


「多分だけど。片腕欠損するっていう大事になってるのに、王国も魔導国も今のところ傍観してるからじゃないかな。それで、怪我さしてもなんのお咎めにもならない、なんてそんな風に思ってるんじゃなかと僕は思うんだ」


「わぁ……それありそう」


「でも王国はともかくとして、魔導国側が動かないのが気がかり」


「そうね。ほんと、どうしてかしら。まさかここで動いたら、人間と友好を築くのに障害になるからとか、そういうの考えてるのかしら?」


「可能性としてはないとも言い切れないけど、もっと他に理由があるのかもよ。推測の域を出ないけどね」


「とにかく、考えても仕方ないわ。今は流れに身を任せましょ」


 各自で柔軟などの準備運動を終わらせたタイミングで、演習場の入り口から運動着に着替えたエミリアが姿を表す。背には訓練用に長剣を背負っているのだが、よく見るとその長さが以前よりも長い。おそらく刃渡り百二十センチはあるだろう。それを見てジュドーとヘンディが「え……あれ使うの?」「マジで?!」と唖然とする。


「皆さん、おはようございます。と言っても、もうお昼ですけど……」


「おはようエミリア。君が遅れてくるなんて珍しいのさ。どこいってたんだい?」


「お父様が来られていたのでそちらに行ってましたの。ところでリュウガの姿が見えませんが、まだ来ていませんの?」


「さぁ、寝てるんじゃないでしょうか。最近夜遅くに一人で鍛錬をしているみたいですし」


「お昼回ってるし、もうすぐ来ると思うのさ」


「……なるほど、そうですわね。では、わたくしも準備運動しておきますわ」


 背負っていた長剣を地面に突き立て、その場で柔軟を始める。すると、突き立てた長剣を見にリチャードが歩み寄ってくる。


「またずいぶん長ぇ剣だな。しかも、厚さも並の三倍あるぞ。お前これ振れんのか?」


 軽量化などを一切考えていない頑丈さと長さを追求した無骨な造り。見た目通り相当重いだろう。ヘラクレス症候群のリチャードならまだしも、普通の、ましてや男よりも筋力の劣る女のエミリアが扱うとなると、振るうだけでも至難の技である。

 試しに――エミリアから許可をもらって――リチャードが試しに持ってみるが、やはり重い。果たしてこれを使って訓練が出来るのだろうかと疑ってしまう重量である。

 そんなリチャードの考えを見抜いたのか、エミリアは当然のように答える。


「問題ありませんわ。寧ろ余裕ですの」


 柔軟を終え、首を左右に振って骨を鳴らす。


「ふぅ……あれから一週間経ちますけど、師匠(せんせい)はいつお戻りになりますの?」


「そういや、戻ってこねぇな。三日程したら戻って来るって言ってたけど……最近あった異常気象となんか関係あんのかな?」


「怪我して動けないとか?」


 ベルの意見に、全員が揃えて「ないない!」と頭を振る。あのヴェイドが怪我して動けないなど想像ができない。もし仮に怪我して動けない状況なのだとしたら、天災級(カタストロフ)と同じぐらいの大事件である。


師匠(せんせい)だって用事ぐらいあるだろうし、多分長引いてんじゃねえの?」


「ですね。寧ろそれしか考えられないです」


 同意するようにディートリヒが頷いた、と思ったらテレーゼ達も同じように首を縦に振っていた。どうやら考えることは皆同じらしい。一矢乱れぬ動きに、リチャードは苦笑いが止まらない。


 それからニ十分ぐらい経った頃だろうか、待ちくたびれてその場に足を伸ばして座っていると、ようやくリュウガが演習場に姿を現す。走ってきたのだろう、少し息が切れていた。


「悪い。遅くなった」


「リュウガ遅ーい。何してたのぉ!」


「ちょっと、バカの相手をな……」


「ヴラド君、また襲われたの?」


 また、と言う単語に眉を八の字に曲げる。実際この一週間はよく襲撃されているのでなんとも言えない。


「まぁな」


「また氷漬けか?」


「寧ろ氷漬け一択じゃね?」


「ああ。まともに応戦しても手間取るだけだし、氷漬けにすんのが安全かつ手っ取り早いからな」


 ここは人間の国だ。相手がリュウガに何かをしても咎められることはないが、魔族のリュウガが反撃すれば、それは問題となる。全く理不尽極まりないが、そうなのだから仕方ない。

 一応留学生という立場故に、周りも一定の距離を保ってはいるが、それは脆い氷の壁が弱々しく通せんぼをしているだけに過ぎない。亀裂が入れば瞬く間に砕かれ、感情や遠慮という距離は無くなる。魔族であるリュウガはタコ殴りだろう。

 実際、既に何度も襲われているが、まだどこか遠慮というものが見える。例えば実戦用ではなく木刀を使用しているところや、魔法は魔法でも殺傷能力が極めて低い魔法などである。攻撃を仕掛けられている事には変わりないが、ヴェイドとの訓練を思い返せばイタズラ程度の認識である。しかし、だからと言って毎日毎日襲撃されているという事実に気が滅入って来るものだ。飽きもせずに「くたばれ魔族ッ!」「大人しく頭を地面に擦り付けろッ!」「魔族風情がデカい面をするな!」なんて叫ぶ輩には心底辟易する。だから、リュウガは相手を氷漬けにして力の差を見せつける。戦うまでもなく、ただ手を相手に向け、一瞬で氷漬けにする。

 間合いに入る前に。木刀が振われる前に。一瞬で相手の時を奪う。襲っても無駄だ。お前達では相手にはならない。そんなメッセージを込めて。しかし、そんなリュウガの思惑とは裏腹に襲撃する者は後を絶たないのが現状であった。


「ったく。次から次へと……おめでたい連中だな!」


 何故襲っても良いと思っているのだろうか。国際問題に発展するとは思っていないのだろうか。そもそも、そんな事をして恥ずかしいとは思はないのだろうか。呆れてため息が出る。


「暫く続きそうですわね。助けは必要ですこと?」


「いや、要らない。お前らが出張って来ると話がややこしくなる。だから手ぇ出すな」


「強情ですわね……まぁ良いですわ。貴方がそう言うのであれば、わたくしは何も言いません。ただ、本当に困った時は言ってくださいませ。いつでも手を貸しますわよ」


「…….考えとく」


「素直じゃないですわね。でもわたくし、そういうの好きですわよ」


「いい趣味してんぜ、エミリア(おまえ)……」


「褒め言葉として受け取っておきますわ」


「ねぇ、リュウガも来たんだし、そろそろ訓練始めようよ。予選まで二週間切ってるんだよ」


「そうですわね。では、いつも通り走り込みから始めますわよ!」


 エミリアの号令の元、〈身体強化〉を使用しつつの走り込みが開始される。魔力が減っていく感覚と倦怠感は相変わらずキツイが、もう何度目かになるこの走り込みにも段々と慣れてきたのもだ。初めの頃に比べると持久力というものに関しては確かな成長を遂げている。そして何より、魔力量も着実に増えていた。その甲斐あってか、以前に比べて魔法の威力も上がり、かつ、手数も増えた。肉体的な面でも、増える魔力量に伴って、より強靭に仕上がってきているのが実感出来ていた。


「兵士とかの精鋭で、平均魔力値が約二万だって言われてんのに、俺たちその二万を軽く超えてるんだよなぁ……今思えばヤバくね!」


「確かに、ハァ、ハァ、言われてみれば、ハァ、ハァ、そうですね。ハァ、ハァ!」


「気のせいかな、オイラにはディートリヒが疲れているようには見えないのさ……」


 どっからどう見ても恍惚な表情のディートリヒに、ベルの眉が八の字に曲がる。このディートリヒにも慣れたものだが、やはり普段とのギャップが強く、引いてしまう自分がいるのはご愛嬌というものだ。


「あら奇遇ね、アタシもよ。ホントどうしようもない変態野郎よね」


「はぅッ! ……良ィ!!」


 変態という言葉に強く反応し、恍惚な表情を深める。そばで走っていたヘンディは「ブレないなぁ、お前」と笑ってはいるものの、どこか呆れ気味であった。


「あなた達、喋ってないでペース上げますわよ!」


 先頭を走るエミリアがペースを上げる。すると、後ろを走っていたリチャード達も、エミリアの後を追うようにペースを上げ、集中して走る。そして、暫く走って全員の魔力が切れると、粗い呼吸を上げながら地面に倒れる。


「つ、疲れたぁ……!」


 ウサ耳を垂らし、テレーゼは仰向けで地面に寝転がると、手足を広げて大の字になる。


「何度やっても、この魔力切れの感覚ってのはキツいな。眩暈がする……」


「リュウガは眩暈がすんのか。俺は頭痛がすんだよな〜」


ジュドー(おまえ)のそれ、魔力切れじゃなくて酸欠じゃね?」


「これで魔力増えるから、別に苦じゃない」


「ポジティブだね、クロエ(あんた)……」


 クロエの前向きな思考を羨ましく思う。特にここ最近のクロエはやる気に満ち満ちているように思えた。それは単純な話、ゼンと――ようやく――恋人同士になったのが要因だろう。ゼンも活力が漲り、その成長速度は凄まじい。あのズワールトとの戦い以前なら、エミリアには歯も立たなかったゼンが、今では互角とはいかずとも、それなりに張り合えるようにまで成っていた。やはりクロエという守るものが出来たからだろう。しかし、それはクロエやゼンだけに限った話ではない。当然リチャードやエミリア、そしてローザ自身もあの戦い以降、前進への意欲が向上していた。


(もっと、もっと頑張らないと……!)


 チラッと横目でリュウガを見る。片腕がなく、しぼみたれた服の袖部分が見ていて辛い。胸を刺すような痛みが走る。自分のせいだ。あの時戦っていれば、隣に立っていれば、こうはならなかった。そう自身を責め立てる。後悔ばかりがローザを苦しめた。


 そんな中、リチャードが荒い呼吸をあげるリュウガの側に腰を下ろす。


「リュウガ、大丈夫か?」


「……ああ、問題ない」


「………」


「なんだよ」


「いや、なんでもない」


 問題ないわけがない。片腕を失って、リュウガは明らかに弱くなった。それは利き腕を失い、剣を上手く扱えなくなったというのもそうだが、平衡感覚が目に見えて悪くなった。さっきも走っている際にバランスを崩してこけそうになったり、明らかに手足の動きがちぐはぐなのだ。


 それはリチャードだけではない、エミリアもゼンも、リュウガの異変には気付いていた。しかし、決してそれを口には出さない。何故なら、リュウガ本人がそれに関しての弱音を一切吐かなかったからだ。


「強いな。お前……」


「なんのことだ」


 戯けるように薄く笑う。男っぽさとあどけなさの残る、柔らかい笑みだ。ローザは両足を抱え込むように座り直し、ジッとリュウガを見つめる。


(いいなぁ……)


 やはりリチャードとリュウガは仲がいいのだと再認識する。言葉数は少なくとも、互いに通じ合っているような、そんな空気というのか、絆のようなものが見える。

 リュウガは安心し切った顔だ。実際、リチャードと一緒にいる時や、話している時が一番柔らかい表情をしている。そんな二人を、ローザは羨ましそうに眺める。


(アタイもリュウガと……)


 あんな風に話がしたい。一緒にいたい。だが、いざリュウガを前にすると、緊張して上手くいかない。以前、大胆にも頬に口付けしたのが尾を引いているのかもしれない。今更な話、何故あんな事をしてしまったのかと自分でも頭を悩ます。


 顔が熱く火照る。


 衝動的だった。リュウガを見ていると、ついキスしたくなってしまった。今思えばなんて恥ずかしい事をと、その時の自分に悶絶する。きっと場の雰囲気に流されたのだ。そうに違いない。


「………」


 "俺がお前を護る"


 "俺を信じろ!"


 あの時からだ。あの時から、リュウガの事ばかり考えてしまう。真っ直ぐ見つめる金色の瞳が脳に焼き付いている。


 カッコよかった。


 いや、違う。今もカッコいい。腕を失っても、弱くなっても、それでも奈落の底から這い上がるようなその姿が、どうしようもなくローザの胸をうつ。


 本当はもう気づいている。この温かく、舞い上がるような感情の名を。魔族だとか、人間だとか、もう関係ない。


 "好き"になってしまったなら、もう止まらないのだ。

 そう、これは――


「……リュウガ……好き」


 ――"恋"なんだ。


 それを言葉にした途端、今までにないぐらい、心が温まる。心がふるえる。胸がいっぱいになる。


 嗚呼、とても幸せだ。


 と、そう感じたのも束の間。周りが異様に静かな事に気づく。見ればエミリア達がポカーンと口を開けてローザの方を見ていた。そんな中でテレーゼだけは「キャー! 聞いた? 今の聞いた!」とテンションぶち上げで耳と尻尾をピョコピョコさせていた。


「え? え? な、なんだい、アタイが――」


 そこまで言って、ローザはかたまる。さっき自分は何を呟いたのか。どうして皆んなが自分を見ているのか。それは、顔をこれでもかと茹で上がらせ、ローザから全力で顔を逸らしているリュウガを視界に捉えたら瞬間、嫌でも理解した。


 今の聞かれてた。


「〜〜ッ!!」


 途端、ローザの顔はその赤い髪と同じく真っ赤に染まり、ボンッという音を立てて頭から湯気をのぼらせる。


 恥ずかしい。恥ずかしい。恥ずかしい。恥ずかしい。恥ずかしい。恥ずかしい。


 もう顔上げられない。ローザは抱えた脚に顔を埋め、全力で現実逃避する。


 リチャードはリュウガの肩を叩いて「良かったな」と苦笑いをし。テレーゼはシャナとクロエを交えて「生告白! 生告白!」と騒ぎに騒ぐ。ゼンとベル、ディートリヒは微笑ましそうに恥ずかしがるローザを眺め。ヘンディとジュドーは「チッ!!」「もうやってらんねぇ……!!」とその場に唾を吐き捨てる。

 そしてエミリアは何が起こったのか情報が処理し切れず、相変わらずポカーンと口を開けたまま固まっていた。


 そんなクラスメイトの反応をよそに、ローザは羞恥と後悔で悶え苦しむ。出来れば一言呟く前の過去に戻って自分の口を縫い付けてしまいたい。


(聞かれた……聞かれた、聞かれた、聞かれた、聞かれた、聞かれたッ!! リュウガに聞かれたぁッ!!)


 今すぐこの場から逃げ出したい衝動に駆られる。だが、恥ずかしくて顔を上げられない。

 穴があったら入りたい。出来れば声の届かない地中奥深くまで。


 予期せぬ告白をしてしまったローザがだんだんと小さくなっていく様子に、流石に可哀想になってきたテレーゼ達は、膝を抱えるローザの頭を撫でながら優しく慰める。


 正直、独り言のつもりで零した言葉が告白になってしまったのは痛いが、それでも想いを伝えられたのだから良しとしよう、と薄いガラス玉を扱われるような光景は、見ていて哀れだった。


 暫くして、ようやく落ち着いたローザが恐る恐る顔をあげる。あげたといっても、膝を抱え込んだ状態から潤んだ瞳だけが覗いた状態だ。


「ローザ、もう言っちゃったものは仕方ないよ。恥ずかしいのは今だけだから、ね?」


 テレーゼが優しく諭すように告げる。それは普段の彼女と打って変わり、子供を愛しむ慈母ようだ。


「でも、でもっ……!」


(ローザ可愛い……)


「そんなに恥ずかしいって思うなら、この際ハッキリ告白しちゃいなさいよ。少なくとも今よりはマシよ………多分」


 自信がないのか、最後は徐々に声は小さくしぼみ、ローザから目を背ける。すかさずジト目のクロエからツッコミが入る。


「最後の一言余計」


「まぁまぁ。とにもかくにも気持は伝わっちゃった事だし、返事聞いてみたら?」


 テレーゼの提案に、ローザの潤んだ瞳がクワッと目を見開く。


「無理ッ!!」


 鬼気迫る一喝にも似た張り声に、ビクっと肩を跳ね上げる。


「うえっ?! な、なんで?!」


「だって……その……」


 何かボゾボソと呟きながら、火照った顔を俯せる。


「「「?」」」


「…………は、恥ずかしい……よ」


 俯せた顔をあげた、かと思えば、赤いカーテンの中から潤んだ薄翠色(ライトグリーン)の眼が覗き、小動物のような可愛らしさを放つ。途端、テレーゼ達の心臓が撃ち抜かれる。


(((かっわいい〜!!)))


 もう我慢出来ない。そう言わんとばかりに三人はローザに抱きつく。頭を撫でたり頬をすりすりしたり、タガが外れたように愛でて愛でて愛でまくる。

 時折テレーゼから「ギャップ萌えーーッ!!」などという叫び声が上がる。そんな騒がしくも微笑ましい光景に微苦笑いをするリチャードが――今だ耳と頬が赤い――リュウガに視線をおとす。


「お前はどう思ってんだ?」


 唐突の質問。なんのとは言うまでもなかった。


「………」


「ま、急な事でお前も混乱してるだろうし、ゆっくり考えりゃ良いんじゃねぇの」


 肩を軽く優しく叩く。


「ああ……そうさせてもらう」


 そうやって――ウザいぐらい――息切れするまでローザを可愛がっていると、演習場の入り口に人影が現れる。


「やってる、やってる。おーい!」


 綺麗で透き通るような声は大きく演習場内に響く。呆然でしていたエミリアもその声によって現実に引き戻され、声のした入り口に顔を向ける。そこには子供のように元気よく手を振る一人の女性。輝く白金色の髪と宝石と見紛う青翠色(エメラルドグリーン)の眼。

人形のように整った端整な顔立ち。まさに絶世の美女。それだけでも十分惹きつけられるのだが。それよりも、その美女の纏う強者の風格に息を呑む。


 間違いなく強い。少なくとも今この場にいるエミリア達全員が束になって勝てるかどうか。


 一瞬エミリアに緊張が走る。


「どなたですの?」


 警戒する様を隠さず、自分が思っているよりも低い声で尋ねる。


「あ、ごめんごめん。自己紹介がまだだったぞ。私の名前はルミナス・エヴァレットだ。好きに呼んでもらって構わないぞ! それと、リュウガとリチャードは一週間ぶりだぞ!」


 全員の視線が示し合わせたかのように一斉に二人に向く。


「は? どういうことだい?」


 背筋も凍る低い声。


 いつのまにか目の前で仁王立ち。潤んでいた目は射殺すようにハイライトが消え、さっきまでの乙女チックな様子が嘘のように一転。修羅の形相だ。纏う空気がまるで浮気をされたような様子だ。顔も若干怖い。というか普通に怖い。


 近くにいるテレーゼ達は、さっきまでの可愛いローザとのギャップに後ずさり、視線だけをリュウガに向け「ねぇ、どうにかしてよぉ!」とアイコンタクトを送る。

 その視線に対し、リュウガの返答は「無茶言うな!」だった。それもそうだろう。何も悪い事していないのに、ローザから現在進行形で浮気者扱いである。きっとリュウガの口から誤解だと告げたところで聞く耳を持ってくれないだろう。というか、"誤解"という言葉を用いて弁明して助かったという話を聞いた覚えがない。


 リュウガは隣に立つリチャードに説明を頼む。すると、ローザの射殺す視線はリチャードに向く。言外に「とっとと説明しろ!」だろうか。リチャードの顔が若干引きつる。


「と、とと取り敢えず簡単に説明するが……ルミナスさんは、俺らと同じで師匠(せんせい)の弟子で、俺らの姉弟子にあたる」


師匠(せんせい)の……?」


 そう言ってローザは険しい表情を崩さず、ルミナスに確認の意味を込めて顔を向ける。すると、ルミナスは肯定するように大きく頷いた。


「うん。リチャードのいう通り、私も君達と同じでカレンの弟子なんだぞ!」


「カレン?」


「あっ、じゃなくて、ヴェイドだぞ、ヴェイド! あはははは……」


(嘘つくのが出来ないタイプですわね……)


「ルミナスさんは師匠(せんせい)と一緒に、気を失って動けなくなった俺達を学園(ここ)まだ運んでくれたんだ。知り合ったのはその時だ」


 リュウガが隣でうんうんと激しく頭を縦に振る。必死すぎてちょっと笑えるのか、ベルの顔が緩む。


 それから簡単に説明を終え、険しい顔をしていたローザも納得していつも通りに落ち着き、リュウガはホッと肩を下ろす。


「なるほど、ルミナス様の事は理解(わか)りました。ですが、何故ルミナス様はここに? 師匠(せんせい)が来ないのと何か関係がおありですの?」


「うん。私は代理で来たんだぞ!」


「代理、ですか?」


「うん。カレンが()()()()()の大怪我をしたからな。回復するまでのその間、私が指導することになった。よろしくだぞ!」


「……………………」


「あれ、私なんか変な事言ったかな?」


 思っていた反応と違い、戸惑いを隠せない。もっと驚くと思っていたのだが、フリーズしたままで動か気配がない。と思っていた矢先。


「「「「「「「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」」」」」」」


 鼓膜を破る程の絶叫が、学園中に広がった。やっぱり驚いたらしい。

 

ガバガバ内容ですので、後ほど編集致します。ご理解下さい。

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