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悪魔がカレンにわらうとき  作者: 久保 雅
第4章〜魔法騎士学園〜
160/201

飲み会 その1

飯食って酒飲んでお話しするだけの回です。

殆どがセリフですね。

想像を働かせながら読んでいただけると有り難いです。

 成人の儀もあらかた終わり。宴会へと移り変わった。カレン達はうちうちで集まり、テーブルを囲って座る。用意された料理や酒を次々にカッ食らってゆく。

 メンバーはカレンを筆頭に、ルミナス、セラ、エリック、エルザ、ユルト、マグノリア、ガルフォード、カルカ、クラリス、ロリちゃん、マイン、アレンだ。少し前までオルドとシーマもこの場にいたのだが、少し話をすると言って、他の人のところへ行ってしまった。一応自分達の娘と義息子が成人したからその挨拶なのだそうだ。


「あらこれ美味しいわね。蜂蜜酒?」


「そう、お母さんが作った自家製蜂蜜酒だよ!」


「ホントだ、これ美味しいですね。少し分けてもらいたいです」


「分かった。後でお母さんに聞いとくね!」


「ユルト、そこの塩取ってくれ」


「これ? はい。それとソースも」


「おう、悪ぃな。エルザは何か欲しいもんはあるか?」


「ではそこのグラタンを」


「ほら、熱いから気をつけろ」


「はい、ありがとうございます」


「ユルト君の婚約者が"蒼の聖女"とは驚きだよ。まぁそれよりも普通に結婚するなんていう普通の感性がある事に一番驚いたがね」


「ふふっ、そうね。それにしても聖王陛下がよく許してくれましたね。噂ではかなりマグノリア様を溺愛されているとお聞きしておりましたが」


「いやぁ〜、父を説得するの大変でしたよぉ〜。あまりに駄々をかなるものだから最後は"結婚させてくれなきゃパパなんて大嫌い"て言えばイチコロでしたぁ〜。その代わり、それから一週間は政務に支障をきたす程大泣きでしけどねぇ〜」


「今私の思い描いていた神聖国のイメージが崩れたよ……」


「アレン、酒だ酒!」


「ほどほどにね。はいどうぞ」


「サンキュー! んぐ、んぐ……プハーッ! (これ)だけでも飲めりゃ来た甲斐があったぜ!」


「あんまり飲みすぎないでよ。この前みたい飛び蹴りされるのとかはゴメンだからね」


「大丈夫、大丈夫、ちゃんとセーブすっからよ!」


「私もいただこうかな。カレンは何か欲しいものはあるか?」


「酒くれ」


 一つのテーブルを囲い、皆思い思いに喋る。

 そこに揃うメンバーがメンバーな為にかなり目立つ。正確には周囲に溶け込めず浮いているとも取れる。特に、ルミナスとカレンは周囲の視線を集めていた。

 呼吸の仕方すら忘れてしまう程の絶世の美女と、見るものを圧倒する存在感を放つ漆黒の悪魔。どちらも目立つベクトルは違うものの、集まっているメンバーでは抜きん出て目立っていた。

 貴族であるガルフォードとカルカ。それと"蒼の聖女"マグノリアですら霞む存在感だ。


「カレン君はやはり目立つね。そのおかげと言ってはなんだけど。私としては周囲の視線を集めずに済んでるから助かってる」


「髪の色もそうですけどぉ、やっぱり存在感が違いますもんねぇ〜」


「それはオレだけじゃないだろ……」


「まぁユルト殿も目立つからな。確かにカレンだけじゃないぞ」


「いや、ユルトじゃなくてお前のことだ」


「え、私? なんで?」


「シェイバさん、貴方自分の容姿をもう少し自覚したほうが良いですよ」


「そうよね。こんなに綺麗な子がいたら目立つわよね。アタシも初めてシェイバちゃんの素顔見た時ビックリしちゃったもの」


「だったら銀王だって目立つじゃねぇかよ。ハッキリ言ってそこの聖者様より美人だぞ!」


「あのぉ〜。それは言わない約束なんですけどぉ〜。というか、自分の夫の方が美人なんて結構女としてはショックなんですよねぇ〜……」


 マグノリアは光無く遠い目をする。


「マインちゃん。ユルトは元々この村での行き来が多いから皆んな見慣れてるんだよ。それに男だし」


「シェイバ様は女性ですから。やはり自然と集めやすいんだと思います。銀王様はこうなんと言いますか……」


「女の色気か?」


「そうそれです!」


「何言ってんだ。エルザだって夜になったらスゲェエ――」


「あーッ!! あーッ!! 皆まで言わないでくださいッ!!」


 小さい体で手をバタバタさせてエリックの言わんとする事を――顔を真っ赤にさせて――慌てて遮る。


「エリック君。そういう女性に恥をかかすような事は控えた方が良いですよ」


 カルカの目の笑っていない笑顔がエリックの酔いを一気に覚ます。


「す、すすすっすいません!」


「私ではなくエルザに……」


「ごめんエルザ。そんなつもりじゃなかったたんだ。だから俺を嫌いにならないでくれェ〜!」


「だ、大丈夫ですから。こんな事ぐらいで嫌いになんてなりませんから!」


(セドリック様って泣き上戸なんでしょうか……?)


「ねぇ、なんで皆んなルミナスさんの事シェイバさんって呼ぶの? 通り名かなにか?」


「ルミナスの冒険者としての名前が"シェイバ"なんだよ。だからシェイバって呼んでんだ」


 カレンは酒を片手に呷りながら疑問符を頭に浮かべるセラに教える。


「じゃあカレンが"ルミナス"って呼んでるのはなんで? もしかして()()()()()()?」


「んなわけないだろうが。いちいちくだらい話にくっ付けるなボケ」


「まぁ、私はカレンには先に本名を名乗ったからな。他の皆んなには先に本名じゃなくて"シェイバ"を名乗ったんだ。だからカレン以外はシェイバって呼んでるんだと思うぞ」


「なるほど」


「確かに言われてみれば、私達"ルミナスちゃん"じゃなくて"シェイバちゃん"て呼んでるわよね……じゃあ今度からルミナスちゃんて呼んだ方が良いのかしら?」


「ふふ、別にどっちでも良いんだけど。正直皆んなからはシェイバと言われ慣れてるから、シェイバのままの方が良いぞ!」


「そんじゃ、シェイバのままで! アレン酒くれ!」


「はいはい。ちょっとペース早くない?」


「大丈夫、大丈夫!」


 隣に座るマインからジョッキを突き出され、苦笑いを浮かべながら注ぐ。


「そういえば……」


 自身のジョッキに酒を注ぎ、カレンは視線だけをユルトに向ける。


「手紙にゲストを呼んでいるとか書いていた記憶があるんだが。まさかそこの三人だけってわけじゃないんだろ。それともあそこでずっとこっちの様子を伺ってる小物共か?」


 カレンは対面のユルトのその後ろでこちらずっと見ている集団に目を向ける。

 見たところどこかの国の偉い人のようだが、それ以上は分からない。


「まぁ、あの人達もそうなんだけど。実はまだ来る予定なんだよね。ていうかそっちが本命というか」


「ふーん……まぁ心底どうでもいい」


「お前自分からふっといてどうでもいいってなんだよ。興味ねぇなら聞くなよ」


「ねぇねぇ、ところでユルトお兄ちゃんとマグノリアさんのナメタレってどんなの?」


「それを言うなら馴れ初めな」


「もう、カレンてば人の揚げ物ばっかとらないでよ!」


「揚げ足な。それじゃまるでオレが食い意地の悪い奴にしか聴こえないぞ」


「〜〜ッ!」


 顔を真っ赤に破裂するじゃないかと思うぐらいまで膨らませ、カレンを睨みつける。するとクラリスが「そうやってイジメないの。可哀想じゃない」とカレンに言いながらセラを宥める。


「ボクとマグノリアの馴れ初めかぁ……確か初めて会ったのは半年ぐらい前だったかな?」


「正確にはぁ、十ヶ月前だけどねぇ〜」


「え! 二人って出会ってまだそんだけしか経ってないの?!」


「スピード結婚ね!」


「意外です。もっと長い付き合いかと……」


「なんだ、やる事やってんだな!」


「確かに早いね。でもエリック君も早かったと記憶しているが」


「そうですね。出会ってその日にプロポーズしてましたもの!」


「あ、あれは結構勢いとかありましたから……」


「私も当時はいきなりでビックリでしたけど。でも、その、と、とても……嬉しかったですよ」


「エ、エルザ……!」


「おお! これ惚気ってやつ?!」


「そこって興奮するとこなのかな?」


「ほっとけ、キリがないぞ。というか、十ヶ月前といえばレリエル教団がこの辺うろついていた時期と重なるが、まさかそれに随伴してたのか?」


「おぉ、流石カレン君! よく分かったねぇ〜! ピンポーン、正か〜い!!」


「うぜぇ……!」


「レリエル教団って、確か魔族皆殺しを掲げてる集団って聞いてるんだけど……」


「はい〜。シェイバさんの言う通りあのイカれ集団は魔族根絶を掲げる頭の痛い連中で構成されていますぅ〜」


「貴方一応アヴァロンの王女様でしょ? 自国の国民にそこまで言っていいの?」


「問題ありませんよぉ。なんならパパもあの連中にはほとほと手を焼いていますからねぇ〜」


「パパって、聖王様のこと?」


 マインに酒を注ぎながら、アレンが問う。


「はいそうですぅ〜」


「あの、その話し方ですと聖王陛下とそのレリエル教団は仲が悪いように聞こえるのですが……?」


 カルカは戸惑いながら恐る恐るといった風に問いかける。それもそうだろう。どう考えても国家機密クラスの話なのだ。本来なら国家の安全を考え、決して外に漏らして良い話ではない。が、マグノリアはどこ吹く風と酒の力も合わさり、遠慮なしに吐いてゆく。


「はいぃ、それであってますよぉ。ただぁ、正確にはレリエル教団だけではなくぅ、教団を束ねる"聖十字教会"自体と仲が悪いですねぇ。例えるなら、大きな山同士の間に底の見えない深い谷があるような感じですかねぇ〜。あ、そうそう。因みになんですけどぉ、他の教団もクソッタレな連中がわんさかいるのでぇ、レリエル教団同様にパパにはすごく嫌われてるんですよねぇ〜。あと教会トップの"教皇"とその腰巾着の"枢機卿"三人組は目障りですねぇ〜。誰か毒盛ってくれないかなぁ〜!」


「貴女、もうお酒飲まない方が良いわよ……」


 あまりのぶっちゃけようにクラリスが水の入ったジョッキをマグノリアに渡す。よく見てみればマグノリアの足元には空の一升瓶が四つも転がっていた。


(いつのまにこんなに飲んだのかしら……?)


「なあ、それって結構機密性が高いんじゃねぇのか……そんなに軽々しく喋っちまって良いのかよ?」


「大丈夫だよぉ。知ったところで損をするのは教会だけですからぁ〜。それにぃ、ぶっちゃけパパとしては噂を広めて教団を叩き潰したいらしんだよねぇ〜」


 水の入ったジョッキを両手で持ち、ちびちびと飲みながら答える。


「そ、そうか……」


「早い話が神聖国は聖王派と教会派の二つに分かれているという解釈でいいんだな?」


「はいぃ」


「ふむ、じゃあマグノリアは聖王派と言う見方でいいのかな?」


「当然ですぅ、私はいつでもパパの味方でぇ〜す!」


「他の"十聖"はどっちの派閥に分かれてるんだ。まさか、お前以外は全員教会側というわけじゃないんだろ」


「そうですねぇ……今のところ中立が二人いますぅ。あとは私を含めて五人が聖王派でぇ、残りが教会側ですねぇ」


「ホント遠慮なしに暴露していくな。ちょっと心配になってきたわ……!」


「ねぇ、マグノリアさん」


「なんですかぁ?」


「聖王様は分かるんだけど、聖十字教会って何?」


「セラさん知らないんですか?」


「うん、知らな〜い」


「聖十字教会というのはですねぇ、早い話が……」


 聖十字教会とは世界に"創造神 グレイシア"の偉大さ、慈悲深さ、真意を伝える、言わばサンクトゥス教の総本山である。冒険者ギルドと同様に、各国に支部を有しており孤児の保護や難民の受け入れ。病気や怪我などの患者の診察、治療などなど。"人助け"というものを主に活動している。


「へぇ〜。そうなんだ。すごいね!」


「ええ。どんな時でも手を差し伸べ、他者を助ける彼らを、私は誇りに思います」


 そこにはさっきまでの気怠げなマグノリアの姿はなく。柔らかな微笑みを浮かべ、凛とした佇まいの聖女の姿があった。


「おっ、今の聖女っぽい!」


「聖女っぽいじゃなて、聖女なんだよマインちゃん」


「まぁでもぉ、ぶっちゃけ純粋に人助けしているのは末端の一部の人達だけでぇ、上層部を含めてその他は真っ黒なんですよねぇ〜」


「現実知ると夢も希望も無いわね……」


「で、結局ユルトお兄ちゃんとの馴れ初めは?」


「え? あ、それは、そのぉ……!」


 マグノリアは一度ユルトへ視線を向けると、次の瞬間には頬を赤く染め、手を胸の前でモジモジさせ始める。


「教団の方々と行動を共にしていた時、思いがけず魔物の群れに襲われてぇ、その時助けに来てくれたユルト君に一目惚れしちゃった! キャッ! マグノリア恥ずかしぃ!!」


 茹で蛸のように頭から湯気をたち上らせ、両手で顔を隠しながら激しく左右に振る。

 颯爽と現れ、優雅に魔物を次々と倒していくユルトに一目惚れしたマグノリアは、戦闘終了直後には猛アタックを仕掛けたそうだ。最初こそ恋に必死な乙女の話に微笑ましく話を聞いていたものの、だんだんと進むにつれて雲行きが怪しくなり、最終的暴走を始めた乙女の快進撃に全員揃ってこの話を聞いたことを深く後悔する。


「私ぃ女の子顔の人が好みでぇ。その点で言えばユルト君はまさにどストライクだったんだよねぇ! あ、勿論初めから男の人だって分かってたよぉ! もう目があった瞬間キュンと来ちゃった!」


「ユルトちゃんを初見で男の子だって見破る所は賞賛ものだけど、その後が問題よね……ちょっと良い感じの恋バナかと思ったらとんだ爆弾だったわ……」


「ユルト、こう言っちゃなんだが、お前良く結婚しようとか思ったな。俺素直にお前のこと尊敬するわ」


「ふふ、途中から諦めたからね。それに、尊厳も何もかも踏み(にじ)られたら、あとはもう開き直るしかないし」


「それ、爽やかな笑顔で言うことでしょうか……?」


「あら、私は今のお話大変良かったと思いますが。私もマグノリア様と同じ立場なら同じ事をしていたと思いますわ!」


「今日ほど君とお見合い結婚して良かったと思った日はないよ、カルカ……」


 朗らかに笑んだカルカの発言に若干ドン引きのガルフォードは、乾いた笑い声を上げながら遠い目をする。

 酒の影響だ。カルカも酔っているのだと自分に言い聞かせる。だから本音ではないと信じたい。

 周りを見れば、他の人も顔がほんのり赤く、酒がまわっているようだった。中でもマインとルミナスとセラのペースは早い。ほんのり赤いレベルではなく、もう真っ赤になっている。マグノリアは最初こそハイペースで飲んでいたが、途中からクラリスに水ばかり飲まされ、今はほとんど酔いがさめていた。


「もうお腹たぷたぷぅ〜」


「あれだけ飲めば当然だね」


「マインちゃん、そろそろ飲まないほうが……」


「やーらよっと! ヒック、ほら酒、はやく〜! ヒック」


「酒はもうダメ。若干呂律が怪しいし……はい、水飲んで」


「や〜ら〜! ヒック、まら飲むのぉ!」


「ダメだって――ボンゴルッ?!」


 アレンの顔面に拳が突き刺さる。頑なに酒を渡さないアレンに対し痺れを切らしたのだ。

 アレンはそのまま後ろに倒れ、イスから転げ落ちる。時折痙攣を繰り返すが死ぬわけではないので放置する。

 マインはアレンの側にあった瓶を取り、意気揚々とジョツキに酒を注ぐ。そして一気に呷り「うんめぇー!」と上機嫌に笑う。それを見て、セラもジョッキに並々入った酒を飲み干し、おかわりをねだる。


「あたしもぉお酒けっ! おかわりぃッ!」


「セラさんもダメです。これ以上飲むと明日二日酔いで酷い目に遭いますよ」


「なんでぇ、なんでぇ! カレンだって飲んでるのにぃ!」


「カレンさんは自分でペースを考えて飲んでいますし、そもそも酔ってないからです。さっきも言いましたけど、セラさんはこれ以上飲むと酷い目にあいますよ。ですから今日はもう水で我慢してください」


「や〜だぁ! まだ飲むのー!」


「ふふ、シーマさん呼ぼっか」


 頬杖をつきながらユルトが爽やかに笑う。それだけでセラは「お水おいし〜」とニコニコしながら水の入ったジョッキを両手で呷る。


「母親の名前出しただけで清々しいぐらいに手のひら返したわね……」


「いつでもどこでも、母は強しって事じゃないでしょうか」


「感慨深いわね……それにしても、シェイバちゃんもかな〜り酔ってるわね」


 クラリスが目を動かせば、そこにはジョッキを両手にちびちびと酒を飲むルミナスの姿があった。顔も赤く、目の焦点も若干合っていない。ただ黙々と酒を飲んでいた。


「カレンちゃん、貴方隣に座ってるんだから様子ぐらい見てあげなさいよ」


「なんで酒の席で隣の奴の様子に気を配らなきゃならないんだ。ていうかちゃん付けやめろ」


 ルミナスには特殊能力(スキル)【状態異常耐性・中】がある。発動していればちょっとやそっとでは酔わない上に、仮に酔ってから発動してもある程度の酒精分は抜ける。わざわざ様子を見ている必要はないのだ。


「そもそも今のところちびちび飲んでるだけで害はないんだ。ほっとけ」


「害はないねぇ……そうでもなさそうだけど」


「あ?」


 含みのある言い回しにカレンがルミナスに顔を向けると、何故か座った目でこちらをじっと見つめていた。


「なんだ?」


「………」


「………」


 暫く無言が続き、カレンは苦く照れ臭さそうな顔をして頭をガシガシとかく。端的に言ってルミナスは美人だ。普段から一緒に行動して慣れてきてはいるが、やはりこうも真っ直ぐ見つめられると少し緊張して調子が狂う。


「おい、なんか喋ったらどうだ?」


「………」


「はぁ、もうい――」


 見つめてくるだけでまた無反応な為に、カレンは相手するだけ無駄だと判断したのだが。唐突にスーツの裾をちょんと掴まれる。視界の端ではマグノリアやカルカ、エルザが「おやおやぁ〜」「あら? あらあら?」「こ、これは……!」と何か期待するような眼差しを向けてくる。正直その視線は若干ウザい。


「あ?」


 やはり何かあるのかと怪訝に顔をルミナスに向ける。


「…………ウッ」


 無言のあと、唐突にルミナスの顔色が悪くなっていく。嫌な予感がする。


「おい、お前まさか……」


「き……気持ち、わるい……」


「ここで吐くな。あっちで吐け!!」


 口元を抑えて吐きそうになるルミナスを無理やり立たせ、少し離れたところまで連れて行く――その途中で「オエェェェェ……!」とゲロを吐く。その光景に「雰囲気台無しぃ〜」「あらあら、いい感じだと思ったのですけど……」「ルミナス様のイメージが……」とマグノリア達からあからさまな落胆の声が聞こえてくる。


「バカ飲み過ぎだ。とっとと特殊能力(スキル)使っちまえ」


「ウエェェェ……」


「この状態じゃ無理か……」


 おそらく思考がまとまらない今のルミナスでは特殊能力(スキル)発動は無理だろう。というか、せっかくの酒の席でそういう方法で酔いを覚ますのは嫌がるはずである。


「そういばあと何人か来るとか言ってたな。どこの誰が来るんだ?」


 唐突に思い出したカレンは、横で無惨にゲロを撒き散らすルミナスの背中をさすりながら酒を片手にユルトヘ問いかける。


「ん、ああ。それはね――」


「ウチらや」


 カレンの質問に答えようとするユルトの言葉をハスキーな女性の声が遮る。全員が声のする方向に顔を向けてみれば、そこには、身長百七十センチぐらいのショートボブの白い髪と白い肌、血のように赤い眼を持つ――まるで造り物と見紛う――美女が立っていた。正直ルミナスといい勝負をするぐらいに綺麗な女性(ひと)だ。

 魔物の皮を用いた露出多めな白い上下のレザーセットを身に纏い。その佇まいは間違いなく強者の風格を表していた。

 そしてその後ろには同じく強者の空気を纏う――金の眼と青銀色の髪をオールバックにした――ダンディな四十代ぐらいの男性が立っていた。黒いショートコートと紺色のパンツを着こなし、落ち着いた大人の雰囲気を漂わせる。

 今テーブルを囲っているメンバーもかなり濃い存在感を放っているが、目の前に立つ二人も中々の貫禄を周囲へと蒔いている。特に女性の方はカレンには届かないものの、その放たれる重圧(プレッシャー)は凄まじいの一言に尽きる。それ故か、周囲の視線は今彼らが集めていた。そしてもう一つ。彼らが周囲の注目を浴びる理由がある。それは彼ら二人が人間ではなく"魔族"だという事である。


「ま、魔族がどうしてここに?!」


 カレンは別として、やはりその存在を受け入れられないのか、エルザが警戒の色を示す。


「呼ばれたんや、そこのユルト(おんながお)にな。嘘やと思うなら招待状見せるで」


「先に言っとくけど女顔は余計だよ」


「ホレ、これが招待状(しょうこ)や」


 美女は〈魔導庫〉からカレン達と同じ招待状を取り出して全員に見えるように見せつける。


「ふむ、確かにこれは私達に贈られた招待状と同じだね。ちゃんと差出人の欄にはユルト君の名前もあるし、字も彼のものと同じだ。どうやら招待されたのは本当のようだ」


「そういう事や。まぁウチらに戦う意思はないから安心しとき。ていうかな、そこにもウチらとおんなじ魔族がおるやないか。別にそこまで構えんでもええんとちゃうか」


 呆れたようにため息を吐く。


「そうね。カレンちゃんもアタシ達に完全に溶け込んでるし。もう今更よね」


「おい、ちゃん付けやめろって言ってんだろうが。ぶっ飛ばすぞ」


「こういう時は一緒にお酒飲んで腹を割って話すのが一番よ。ね、そうでしょカレンちゃん!」


「だからその呼び方やめろつってんだろうが。ぶちのめすぞぞ」


「そういう事なら遠慮なくさせて貰うわ。ウチは"バーカンティー・デルフィオーネ"や。以後よろしくな。そんでこっちが――」


「"リュウザン・ヴラド"と申します。どうかよろしくお願いします。ランチェスター侯と銀王殿はお久しぶりでございます」


 リュウザンは軽く会釈をする。すると、ガルフォードとカルカ、ユルトが立ち上がり、こちらも軽く会釈して簡単に挨拶を済ませる。


「今日はお祝いの席ですからそう畏まらず。それに今は酒の席ですのでどうか楽して下さい」


 そう言ってユルトはイス二つを別の場所から持ってきて、先を二人に進める。場所はルミナスとセラの間だ。


「おおきに」


「ありがとうございます」


 先についた二人にユルトが酒を注ぎ、乾杯する。


「わざわざ遠いところからありがとうございます。正直来てくれるとは思ってもいませんでした」


「気になる事があったからな。まぁ、それは主にリュウザンの方やけどな」


「はい。息子のことが少し気になりまして……やはり人間の国では魔族である我々の肩身は狭いですから、今どうしているのかと……」


「息子……ああ、思い出した。お前リュウガの父親か。確かリュウザン・ヴラドって言えば魔導国の最高戦力、魔将の一人だったな」


「え、ええまぁ……ところで貴方は?」


「彼はカレン・アレイスター。今はヴェイド・ロズウェルとしてリュウザン殿の息子、リュウガ君の担任をしています」


 ガルフォードから簡単な説明を受け、リュウザンは慌てて頭を下げる。


「な?! それは大変失礼を致しました。いつも愚息がお世話になっております!」


「いい、気にするな。ていうか、まさかこんな辺境の村で魔導国最強の魔将統率者に会えるとは意外だったな。確か"白王鬼"なんて呼ばれてたな」


 落ち着いたルミナスを引き連れ席に戻る。そしてカレンとバーカンティーの間にルミナスが座り、カレンが用意した水をちびちびと飲み出す。


「その二つ名やめい。何処の誰がほざいたか知らんけど、こっちからしたらいい迷惑やで。恥ずかしくてかなわんわ」


「まぁ、頭悪そうだもんな」


「………」


 ジョッキに口をつけながら険しい視線でカレンを睨みつける。


「なんだ、自覚してたのか」


「ワレ、聞いた通りの男やな……性格悪いで」


「そりゃどうも。ところで、誰からオレのことを聞いたんだ? まさか、ダンテの奴か?」


「そうや。あのバカから聞いたんや」


 ため息を零すように答える。どうやら以前ダンテが言っていた魔導国の知り合いはバーカンティーのことらしい。


「ダンテねぇ……そういえばここ一年会ってないな。今何処にいるんだ?」


「知らん。あのバカいっつもそうや。連絡の一つもせんと何処ぞをほっつき歩いて。かと思えばひょっこり顔出しよる。帰ってくる前は連絡ぐらい入れろっちゅうねん!」


 おそらく心配して言っているんだろうが、その心配の仕方が完全にお母さんだ。だが、そこはあえてツッコまなかった。


「そんなに喧嘩なか――」


「幼馴染みや!」


「ああ、そうかよ」


「ていうかあのバカ。まさかウチのこと喧嘩仲間や言うてんのとちゃうやろな!」


「オレの言おうとした時点で気づけ」


「あのアホ帰ってきたらしばき回したる!」


 額に青筋を浮かべ、手をパキパキと音を鳴らす。心なしか赤い眼が光って見える。かなりご立腹のようだった。


「ところでアレイスター殿。少々お聞きしたい事があるのですが……」


「リュウガのことか?」


「はい……息子は、そのうまくやっていますでしょうか?」


 聞くのが怖いのかもしれない。恐る恐るリュウザンについて聞く。


「それなりに上手くやってるぞ。クラスの連中ともカフェに行ったりと仲良くやっているようだし。実践訓練もまぁまぁだ」


「そ、そうですか、それは良かった。しかし、一緒にカフェ行くということは、そのクラスメイトは友達、という事で間違いないのですね?」


「ああ、そう受け取ってもらっても構わない」


 心配は拭えない。そんな窺うような目を向けてくるリュウザンの問いに、カレンはあっさりと肯定する。実際リュウガとエミリア達との仲は良好である。特にリチャードとは仲が良いみたいで、側から見ているカレンからでも俺達親友同士みたいな雰囲気を出している。

 それを聞いたリュウザンは緊張の糸が切れ、一気に肩の力が抜ける。


「良かった、本当に良かった……人間は無条件で魔族を敵対視しますので、息子が王国に留学してから毎日気が気ではなかったんです。ですが、魔族とも手を繋いでくれる人間の子がいてくれて安心しました。これなら心配はなさそうです」


「………………それはどうだろうな」


「あ? どういうこっちゃ?」


 何か含みのある言い回しと、明らかにさっきまでとは違う声色。それは、自然と全員の視線を集めた。特に、リュウガを気にかけているリュウザンの表情(かお)はかなり不安で強張っている。そしてその不安は的中する。


「リュウガの奴、腕一本無くなっちまったからな」


 淡々と告げられる衝撃の発言に、リュウザンの思考は停止した。


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