目標
5000字でおさめようかと思ったけど無理でした。普通に超えました。
あと第4章早く終わらせて第5章行きたい。もうどんなのにするのか決まってるんです。だから早く終わって欲しい。切実に!
夜が空を覆い、地上を照らす月光が暗闇の中影を映し出す。
小一時間にもわたる猛烈なシーマの説教タイムにより時間は押したものの、"成人の儀"は無事始まりを迎えた。
「はーい! 気を取り直して、今度こそ始めるよー!」
ユルトの掛け声とともに、歓声が上がる。
先程のカレンの殺気に当てられて正直それどころではなくなっていたのだが。シーマの説教タイム中、長い時間を潰すために酒盛りを先に始めた村人達は既にテンションが高い。カレンの殺気に関して思うところはあるが、それよりもこれから成人を迎える者達のためにも楽しく盛り上げようという気持ちの方が強かった。よって、今会場は大いに盛り上がっていた。まさに酒の力は偉大なりだ。
「ではまず、自己紹介から行きましょう! 今回司会進行役を務めます、皆さんおなじみ"銀王"ことユルト・ギルマです。よろしくお願いしまーす! そして、後ろに並んでいますのが、今日この日。成人を迎える七人の若者達でーす! はい拍手〜!」
途端、鼓膜を破るような盛大な拍手が巻き起こる。成人する男女七人は――一人を除いて――恥ずかしそうに顔を赤らめ、各々が下を向いたり、横を向いたりとそっぽを向く。
あどけなさの残る慣れない正装で身を包み、こうして舞台上である意味晒し者にされているのだから恥ずかしくなるのも頷ける。実際ユルトも成人を迎えた際は嬉しさよりも恥ずかしさが先立ってしまったのを良く覚えている。特にユルトが成人を迎えた時の年は自身を含めてたった三人だった為に、人の視線が余計に集まっていた。
(今でこそ慣れたものだけど。正直もうごめんだね)
昔の気恥ずかしい思い出に浸りつつ、視線はカレンに移る。
一人だけ気恥ずかしさの欠片も無く、寧ろ舌打ちを鳴らして不貞腐れている。もうここまで来れば流石というか、カレンらしいというか、その堂々とした態度に若干微笑ましく思ってしまう。
(カレンの事だから、なんだこの茶番、とか思ってんだろうなぁ〜……)
脳内でカレンが悪態をつく姿が容易に想像できた。というか今もしている。カレン曰く、元々参加するつもりがなかったらしいので、寧ろ悪態をついていて当然かもしれないと、変な納得をしてしまう。それと同時に、少し強引すぎたかもと自嘲の笑みが浮かんだ。
少しでもセラ、オルド、シーマ達と長くいて欲しくて半ば強制的に参加させてしまった。ユルト自身それは正しいと思っているのだが、カレンのことを思うと少しやるせないのが本音である。
(まぁでも、なんだかんだ文句を言いながら大人しく付き合ってくれるだけ優しいよね……)
今も横で口が止まらないセラの話を顰めっ面で聞いて、全部「はいはい……」「ああそうかよ……」と軽く受け答えしている。
時折「早く終わってくれ……」なんていうぼやきも聞こえてくる度にため息が零れているが、それはご愛嬌というやつだろう。だが、セラとカレンがまたこうして話をしている光景はユルトとしてはたいへん好ましい。
(昔を思い出すなぁ〜。カレンとセラちゃんはいつもセットだったから懐かしいよ、ホント……というか、カレン。その悪人面はよくないから少しは自重しようね)
多分本当に終わって欲しいのだろう。カレンの眉間には深々と皺がより、とことん今の状況に辟易しているようだった。だが、それでも隣でワイワイ騒ぐセラの話はきっちり聞いている。
ユルトは微笑ましく苦笑いを浮かべると、出来るだけ早く終わらせる為にテンポ良く進めていく。
「では、一人づつ自己紹介をして、これからの抱負をお願いね! まずはレントンから!」
(めんどくさ……)
カレンは内心舌打ちを鳴らす。
レントンと呼ばれた青年から順番に自己紹介をしていく。緊張でガッチガチになってカタコトで喋る姿に初々しいく思いつつも、こんな事で緊張とかガキかよ、と上から目線で鼻を鳴らす。
その後順調に順番が周り次はセラの番だ。ユルトから聞いた話では、なんでも冒険者になるとか言っていたそうである。抱負も多分それだろう。というかそれしかあり得ない。
「セラ・バレットです。生まれも育ちもフルール村です! こうして成人を迎える事が出来たのも、村のみんなの、家族のおかげです。本当にありがとうございます! これからの目標は、冒険者になってまだ見ぬ世界を旅することです! 色々な所に行って、色々な人と出会って、色々なつながりをつくって、自分の生きる世界を広げたいです! あと、目指せ黒ランクッ!」
セラにしてはまともだな、と失礼なことを思いつつ、冒険者の何が良いんだ、と小さくため息をこぼす。カレンも冒険者を三年はやっているが、面白いと思ったことは何もない。だが、高ランクになれば危険な目にあう頻度が増し、その代わりに収入が増える、という点においてはまぁまぁ好感が持てる。実際カレンはお金に困ったことがないし、最上位の黒ランクともなれば何かと融通も効く上、富も、名声も、力も、全て手に入れることが出来る。そういった面を考慮するならば、冒険者という職業もなかなかどうして悪くはないのかもしれない。そんなものを今まで欲しいとは一度も思わなかったカレンに関して言えば話は別だが。
「あら、貴女冒険者になるの? だったらウチに来なさいよ。貴女みたいな可愛い子は大歓迎よ!」
クラリスが野太い声でクネクネしながらセラを自分のパーティに誘う。ユルトによるとセラの実力は金ランクの冒険者と同等ぐらいらしいので、パーティの実力的にいえば何も問題はない。
"神威"は実力派のパーティだ。チームワークで強いのも確かだが。何より個々の実力も目を見張る上、バランスが良い。そして、パーティ仲も良好で、リーダーのクラリスは世話好きである。これから冒険者となるセラにはもってこいの好条件のパーティだ。
「え! 良いの? あたしユルトお兄ちゃんからはまぁまぁ強いって言われるけど、足引っ張るかもしれないよ?」
「まだ経験の浅い方が足を引っ張るのは当然のことです。何も問題はありません。それに、あの銀王さんお墨付きなら断る理由がないです」
「俺も歓迎するよ。(今も賑やかだけど)賑やかになりそうだし。五人になるとパーティメンバーの負担も減るからね」
「いいんじゃねぇの。弱けりゃ鍛えて強くなりゃいいだけだろ」
「ですって。セラちゃんウチにいらっしゃい! アタシが手取り足取り教えちゃうわよ!」
ハートが飛びそうなウインク。まるで絶望のコーラスが背後から飲み込んできそうな地獄への誘い。きっと普通の人なら背を向けて全力疾走で逃げる筈だ。しかし、セラは迷わなかった。
「おお! やったー! あたしの冒険者ライフが始まったぜー!」
好条件の、しかも白ランク冒険者パーティにいきなり加わることが出来るのだ。断るなど金をドブに捨てるのと同じだ。これで幸先のいいスタートを切ることができるのだから喜んで当然である。
元々、冒険者登録から始めてパーティを探すところから、と色々考えていたセラは不安でいっぱいだった。上手くいくだろうか、パーティに加えてもらえるだろうか、と内心ではビビりまくっていた。しかも、セラはユルトに鍛えられている為そこそこ実力がある。もし駆け出し同士であったなら、冒険者を始めたばかりの新人などセラの足手まといにしかならないだろう。そういった意味から、セラが実力的に見合うのは最低でも銀ランクからである。しかし、実力はあっても新人という肩書きは、ベテラン冒険者からすれば面白くない。パーティに加えて欲しいと懇願したところで、おそらく大概の冒険者はそのプライド故に首を縦には振らないはずだ。ドルトンの冒険者は比較的そういったことに寛容で、気にしないかもしれないが。他の支部だとまず、女のクセにとか、調子に乗るなとか、下らない理由でパーティには加えてくれない。そんなバカなと思うかもしれないが、それが現実である。そしてそれをエリックやユルトから仄めかすように教えられていたセラからすれば、今回のお誘いはまさに渡に船である。否が応でもセラのテンションは跳ね上がる。もうスカートの事とか、パンツが見えそうな事とかどうでも良くなる程に大喜びで、まるで小さな子供のようにはしゃぐ。
「いやっほー! 早く冒険者登録したーい! 冒険したーい!」
「良かったねセラちゃん。だけど、登録はまだ先だよ。それと、パンツ見えそうだからジャンプするのやめなさい」
隣の席の青年が顔を真っ赤にして顔を晒している姿に苦笑いを浮かべ、ユルトはいい加減本当にパンツが見えそうなセラを注意する。セラは「ごめんね、つい嬉しくて!」と、気にした様子もなく笑い、隣の青年に謝る。
「セラちゃん、今度からスカート履いてるときにジャンプはしないように。はしたないよ。あと、パーティに加わったらリーダーのクラリスちゃんの言うことはちゃんと聞くんだよ。分かった?」
(お母さんかよ……)
カレンが内心でツッコミを入れる。
「もう、言わなくてもわかってるよ。ユルトお兄ちゃん心配しすぎ! あたしもう子供じゃないもん!」
「子供じゃないとか言ってる内はガキだぞ」
すかさずカレンが辛辣にツッコむ。セラは顔を真っ赤にさせ、カレンを睨みつけると「じゃあカレンは大人なのッ?!」と子供みたいに問いかける。
「さぁな……」
「ふ、ふんッ! そういう風に大人ぶってる内も子供だよーだ!」
「べつに大人ぶってるわけじゃない。ただ、子供じゃないと言っている内はガキだし、逆に自分が大人だと思っていてもガキだと思ってるだけだ。まぁ、自分が"大人"だという自覚がないのはそれはそれで問題だかな……」
「何それ、難しい事言われてもわかんないよ……!」
「カレン君。君まともな事言えるんだね。見直したよ」
「どういう意味だガルフォード……」
余計な一言にカレンが青筋を浮かべ、ルミナスがガルフォードの隣で苦笑いを浮かべる。普段からぶっ飛んだことをすることが多いカレンにしては確かにまともだったと、これにはルミナスも失礼だとは思いながらも同意見だった。
そうこうしている内に、とうとう最後の一人、カレンの順番が回って来る。この時ばかりは多少盛り上がりを見せていたその場の雰囲気もなりを潜め、不気味なほどに静かだ。それはカレンが魔族ということが起因している。
村人の大半からはやはり良い視線というものが感じられない。寧ろ蔑みや敵意のような負の感情が多く見て取れる。かと言って、カレンはこの程度の事をいちいち気にしない。端的に言えば、気にしていてはキリがないからだ。
「じゃあ最後だね。自己紹介とこれからの抱負をお願いね!」
あざとい仕草でそう言うユルトに、舞台の下から「ユルト君可愛いぃ〜」という惚気の声が聞こえてくるが。カレンは全力で無視して口を開く。
「……カレン・アレイスターだ。以上」
名前だけで終わってしまい、隣でセラが「え? 終わりなの?」と目を白黒させる。
「以上って……カレン、抱負は? 無いわけじゃないんでしょ?」
ユルトが若干困ったように問いかける。
「……教える義理はない」
「カレン、相変わらず捻くれてるぞ……そうやって捻くれてないで、素直に言うんだぞ。大体、カレン以外は皆んな言ってるんだから。カレンも言わなきゃフェアじゃないぞ」
「知るか。ていうか、他人の抱負なんざ聞いても面白みは一つもないだろ。微妙な空気に成るのがオチだ」
「カレン、恥ずかしがってないで言いなよ。あたしカレンがどんな目標掲げてても笑わないよ!」
隣でセラがドヤ顔をする。正直その顔はウザイ、と内心呟く。
「べつに恥ずかしがってるわけじゃない。本当に大層なもんじゃないだけだ」
「まぁ、恥ずかしい気持ちも分かるけど、取り敢えず素直に言ってみよう!」
「お前言葉のキャッチボールって知ってるか?」
相変わらず人の話を聞かないセラに呆れを含んだため息を零しつつ、カレンは夜空に浮かぶ黄金の月を見上げる。壮大で、神秘的で、穢れなく美しい。何物も寄せ付けず、周りの星屑を押さえつける圧倒的なその存在感は、この暗闇の世界において絶対的だ。しかし、月もいつかは欠ける。闇に侵食され、喰いつくされ、最終的にはその姿を消す。
それはまるで、今のカレンのようだった。
「……………………オレは、死にたくない」
誰しもが思うこと。漠然としていて先が見えない。けれど、それは誰よりも重く、万感の思いが詰まっているように感じられた。
「え、それだけ?」
キョトンとした顔でエリックが問う。
「ああ……」
「なんか意外だな。お前ならもっとこう具体的ななんかがありそうなんだが」
「別に……まぁ目標というか、最終到達点みたいなものはあるが、根っこはさっき言った通りだな」
「にしてはなんつーか、朧げだな。極滅級魔法創るぜ! ぐらいの意気込みとかねぇのかよ??」
「無い。だいたいそんなもんとっくの昔に創ってる」
「マジですかッ?!!」
今度はロリちゃんが身を乗り出すように反応し、隣にいたクラリスはロリちゃんのあまりの豹変ぶりに肩を跳ね上げる。やはり魔法の事となると食い付きが違う。極滅級魔法というワードは魔導士にとって極上の蜜であり、エサ。今のロリちゃんはさながらエサに引き寄せられた獣である。
「あ、あの良かったらその極滅級魔法について詳しくッ!!」
「ちょ、ちょっとローリエちゃん落ち着いて。後でにしましょう、ね? 後でたっぷり時間はあるから!」
「離してください! 極滅級魔法ですよ。早く知りたいんですゥ! 早く、早く教えて下さい!」
クラリスに両脇を掴まれ、ヒョイっと持ち上げられる。反抗するように短い手足をバタバタさせる姿がなんとも哀れだ。
「そこのバケモノの言う通り、後でなら教えてやるぞ」
「ほ、本当ですか?!」
「ああ。別に減るもんでもないからな」
「ありがとうございますッ!!」
「ちょっと、サラッとアタシのことバケモノとか言うのやめてくれないかしら! アタシは"オカマ"よ!」
「ところで話は元に戻るけどぉ、本当に目標はそれだけぇ〜?」
「……ああ、それだけだ」
「ふ〜ん……本当に微妙と言うかなんと言うか。こういうのって不確定な感じって言えばいいのかなぁ〜」
「チッ! だからそう言って――」
「でもぉ、至極当然な事を言ってるんだけどぉ。カレン君の場合はなんて言うかぁ、私たちの比じゃなさそうかなって思うんだよねぇ〜。もしかして嫌な思い出でもあるのかなぁ〜、なんて」
「………」
カレンは鋭く目を細め、マグノリアを睨みつける。あからさまにドス黒い不機嫌なオーラがカレンから発せられる。
(ヒィッ! な、なんで?!)
「あ、あれぇ〜……何かいけない事聞いちゃった、かなぁ〜……?」
ちょっとでもご機嫌を取ろうと、可愛い仕草で問いかけるが。現在見た目が残念なマグノリアがしても効果は薄い。その証拠に周りの視線は微妙に冷たい上に、ユルトも眉を八の字に苦笑いだ。
「あ、あのぉ〜、その無言の圧やめてもらってもいいかなぁ〜。お姉さんもう泣きそうなんだよねぇ〜」
「………」
「ご、ごめんなさい。何がなんだか分からないけど、とにかくごめんなさいぃ〜!!」
カレンの怒ってる理由が分からない。マグノリアは涙目になりながらも必死に謝る。が、マグノリア自身なにに対して謝っているのかは全く分からない。ただ謝らなければ、という本能で動いている。
アヴァロン神聖国の"蒼の聖女"も台無しの光景。周りからの視線が生暖かく哀れみに満ちている事だけは理解出来た。が、先程強烈な殺気を真正面から叩きつけられた身としては純粋に必死なのだ。
(ユルト君と幸せな家庭を築く前に殺されるゥ〜!!)
あの殺気は警戒から来ていたというのもそうだが。もう一つ、殺すつもりだったという意味も含まれていた。つまり、お前を殺すことに躊躇いはないというメッセージでもあった。だから、マグノリアは必死に謝る。せっかく愛した人と結ばれるというのに、その義弟に殺されるなんて全く笑えない冗談だ。しかも殺される理由も曖昧である。百歩譲って、どうせ殺されるならもっとまともな理由が欲しい。
(いやぁ別に殺されるとは決まってないけどぉ〜……お願いだから機嫌直してぇ〜! もう私カレン君がトラウマの塊だよぉ〜!)
もう恥も外聞もなく土下座を敢行するマグノリア。流石に見てられない。ルミナスやロリちゃんがドン引きしながらも「べ、別にそこまでしなくても……!」「そうですよ。カレンさんは元々あんな顔です!」と必死に宥め、ユルトとガルフォードは「カレン、ボクのお嫁さんをあまり虐めないでくれる。見ててちょっと可哀想なんだけど」「理由は分からないが、そろそろ機嫌直したらどうだい」とこっちはこっちでカレンの怒りを鎮めようとする。
これはこれで見ていて面白いが、これ以上引き伸ばすとマグノリアが泣き喚きそうである。カレンは不機嫌の原因となった記憶を頭からとっぱまらい、手をヒラヒラさせなが「分かったからこれ以上喚くな」と不機嫌オーラを引っ込めた。途端、マグノリアから力が抜け「はぁ〜、怖かったぁ〜!」という気の抜けた声が漏れ、その場にへたり込む。その直後――
『お前様よ』
――タイミングを見計ったように紅姫から声がかかる。
『……紅姫。お前やっと出て来たのか。引き篭もるのはもうやめか?』
『当たり前じゃ。儂を誰だと思っておる。元魔帝じゃぞ。お前様より遥かに年上のお姉さんじゃぞ。いつまでもメソメソと子供みたいにしておれんわい!』
『そうだな………紅姫、さっきの事だが――』
『よい!』
『………』
『謝らずともよいお前様……お前様が今どういう気持ちなのか、儂は全て理解っておる』
伊達に八年もの間連れ添ってはいない。紅姫はカレンの心の変化を誰よりも近くで見てきた。だから、自分に対する想いも変わって来ている事にも勿論気づいている。しかし、だからといってそれを受け止められるかと言えばそうじゃない。女として、やはりあの答えはなかなか堪えた。愛する男の心が自分の元から遠ざかっていくというのは胸を抉るように耐え難い。だが、それでも紅姫の心は十分満たされていた。
まだ自分のことを見てくれているという事実に。
『儂も安い女じゃ。この程度で満たされておるのじゃからな』
『………』
『とにもかくにも、この話は一旦終わりじゃ。今掘り下げても互いに良いことはあるまい』
『……そうだな』
『ところでお前様よ』
『なんだ?』
『成人おめでとう。火遊びは程々にするんじゃぞ』
『ツッコミたい所はあるが。今日は素直に受け取っておく』
顔には出さないが、やはり紅姫に言われると満たされるまではいないが、何か来るものがある。これが紅姫への特別な感情なのかは分からないが。現状紅姫がカレンにとっての"大事なもの"なのかもしれないと再認識する。
(八年前なら答えはもっと簡単だったんだがな……だが、この残り滓の"優しさ"もまだ捨てたもんじゃないか……)
『あ、そうだ。目標といえば俺にも明確なやつがあるな』
カレンの奥深くに引き篭っていたが。途中から顔をのぞかせていた紅姫は"成人の儀"でカレンが言った目標を聞いている。それはお世辞にも目標とは言い難い曖昧なものであった。正直あの場で"世界最強"と言うものかとも思ったが。おそらくカレンの高いプライドが上手く働いて口に出さなかったのだろう。以前ボソッと「頭痛い奴だな……」と遠い目をしてぼやいていたのを思い出した。
紅姫はカレンの目的が全て曖昧なものであるという不安があった。そんな雲を掴むような形の無いものを追いかける人生をして本当に良いものかと。しかし、どうやら本人にはちゃんと形のある目標があるようで安心する。"世界最強"も悪くないが。道は果てしなく遠く朧気だ。明確なものがあるならそれに越したことはないし、何よりハッキリとした目標があるなら動きやすいうえに、それを支えにも出来る。
カレンの目標はとはなんなのか。紅姫は固唾を飲んで待つ。
『それで、"世界最強"以外でお前様の目標とはなんじゃ?』
『まぁなんて言うか、ハッキリ言うなら………お前を抱く。だな』
『……………ふぁッ?!』
ストレートなカレンの告白に紅姫の思考が真っ白になる。そもそも紅姫には肉体が無い。サタンであった頃の肉体は今やカレンが主導権を握り、完全に自分のものにしている。今更カレンから肉体を奪い返すなど不可能であり、そんな気は毛頭ない。というか、肉体は一つしかないのだ。抱く抱かない以前の問題である。
『お、お前さま。な、ななな何を言って――』
慌てふためく紅姫。しかし、それとは裏腹にカレンの心には一片の波もたたない。凪のように静かで、極めて冷静に、それでいて不退転の意思を込めて告げる。
『お前に肉体をくれてやる』
『………?!』
『絶対だ。この一年以内に、オレが必ずお前に自由をくれてやる!』
『お前様……』
『そしてお前が肉体を手に入れたそのとき……オレはお前を抱く』
『………ふっ』
『あ?』
『ふふっ……ふははははははははっ!』
『なに笑ってんだ』
『いやいやすまん。なにも可笑しくて笑ったわけではない』
『………』
『それにしても、儂に肉体とな。これはこれは、楽しみで仕方ないのう!』
『お前。無理とか思ってないだろうな?』
『まさか。お前様ならやれるじゃろうな。じゃが、一年以内とはまた大きく出たのう。ぶっちゃけ無謀もいいところじゃぞ………じゃが面白い。やってみよ、カレン・アレイスター。その時は今度こそ儂の全てをお前様にやろう。身も心も、余すことなくくれてやるわい……』
『そいつは楽しみだな。言っておくが、待てとかのお預けはなしだからな。その時まで心の準備と覚悟を決めとけ!』
『ふふっ。一体いつになるやら』
『バカか。こちとら溜まってんだぞ。速攻で抱いてやる』
『阿呆。どんだけ盛っとるんじゃ己は!』
肉体があったなら間違いなく顔を真っ赤にしてツッコんでいるだろう。残虐を尽くしたと言われる"魔帝サタン"がだ。そう思うと可笑くて仕方がない。
「ふふっ……」
「?」
「あら、今だれか笑ったかしら?」
聞き慣れない笑い声にクラリス達が怪訝に首を傾げる。
「銀王だろ。いつも笑ってんじゃねぇか」
「え、ボク笑ってないよ!」
じゃあ誰が? と全員が頭に"?"マークを浮かべている中。笑い声が響く。
「ふははははっ」
「「「「「?!」」」」」
「はははははははははっ」
純粋に驚いた。いつも眉間に皺を寄せて剣呑な雰囲気ばかりを周囲に振り撒き、ここ最近では苦笑いすらすることが無くなった青年が――笑っていた。強張った顔は優しくほどけ、耳に届く声は柔らかく温かい。
なにが彼の琴線に触れたのかは分からない。だけど、そのあどけなさの残る笑みは、紛れもなく本物だった。
三年間一緒に行動を共にした仲のルミナスですら、カレンの優しい笑みを見るのは初めてだった。
ルミナスの心は確かな温もりを感じ、自然と自身の表情が緩むのが分かった。
カレンの笑顔を見るだけで、こんなにも心満たされている自分がいることに驚く。
「カレン……笑ってる」
――この時、私は知る由もなかった。
――これが、カレンの見せた……
――最初で最後の笑顔だったことを。
『転生悪魔〜世界最強に至るまで〜』いつもご愛読ありがとうございます。
あと40話ぐらい進めば200話突入です。あっという間ですね。ちなみにあと40万字打ち込めば100万文字です。もう一度言います。あっという間ですね。
物語自体はまだまだ序盤です。最終回までは遠い道のりです。ほんと何話で終わるんですかねこの話……。
一応最終回はどういうものにするか決まってるんですけど。ここだけの話、キレイには終わりません。絶対「は?」てなること間違いなしです。
そしてそこに至るまでの話でも「は?」てなるでしょうね。そんなクソッタレな展開を期待していて下さい。
これからもどうぞ応援よろしくお願いします!!




