閑話 ギレンの記憶 その1
ギレン視点の話です。
出番少ないでしすし、急に書きたくなったので衝動的に書きました。
私の名前は"ギレン・バール・ゼブル"。突然ですが、これは我が主人である"カレン・アレイスター"様が、まだ大森海におられた時の記憶でございます。
♢♢♢♢♢
さて、今朝がたこの世界の頂点に君臨されておられる神滅竜様が我々の元を去られました。お話を聞く限り、世界を旅するとのことです。長くを生き、絶大な叡智を持つ御方であっても、存外未知は溢れているそうでございます。
我が君は寂しくはないのでしょうか。突然の事に、もしかしたら心を痛められているのではと、私は心配でなりません。奥方様にお聞きしたところ、神滅竜様は我が君の名付け親だと聞き及んでおります。更にはこの世界での生き方や魔法などの知識をお与えになられたのも神滅竜様だと仰られておりました。
きっと寂しいはず……………と、思っていたのですが、振り返った我が君は落ち込むどころか満面の笑みで私共にこう仰いました。
――よしッ! なってやろうじゃねぇか! 世界最強にな!!
おお! なんと勇ましくも凛々しいお姿。このギレン、生涯貴方様にお仕え致します!
失礼、お話がズレてしまいました。
神滅竜様が去られてすぐ、我が君は大森海、その深層域へと足を運ばれました。当然そこには奥方様に若様、そして、護衛という名の従者である私が同行致しております。
この深層域は大変危険なところであります。まずはとにかく視界が悪い、というところでしょうか。森の木々により阻まれ、光は殆どありません。夜と言っても信じて頂けるほどでございます。しかしながら、我が君はその暗い森の中をものとも致しませんでした。奥方様曰く、種族特性に[夜目]というものがあるそうでして、それによって暗いこの森でも、まるで昼間のように明るく見えているそうでございます。
私にはそういった種族特性はございません。代わりに私の種族は触覚や聴覚と言った感覚器官が非常に発達しておりまして、その器官を利用して物の位置を把握しております。
おっと、我が君が探知魔法で魔物を発見したようです。強力で手強そうと非常に喜んでおられます。あのような表情を無邪気な笑顔というのでしょう。見ている私も微笑ましく思います。
私と対峙した時もそうでしたが、我が君はよく笑われます。楽しそうという表現が一番しっくりくるかと思われます。常に目の前で起きる事に目を輝かせ、次は何が来るかと期待しているのです。そして――
――尋常ではない速度で学習するのです。
恐ろしいお方です。我が君のすごいところは、その強さでも、魔力量でも、ましてや特殊能力の力ではありません。"学習能力の高さ"でございます。私と戦っていた時もそうでしたが、数度の打ち合いで私の動きを見切り、対処し、そして簡単に倒してしまわれました。いやはや、あの時は流石に度肝を抜かれたと言わざるを得ません。
奥方様のお話によると、我が君は魔法が随分と苦手なようでございます。神滅竜様からも、才能なしと言われたとか。しかしながら、奥方様曰く、我が君は決して覚えが悪いわけでないとの事です。どうやら魔力制御が上手くない為に、魔法が上手く使えないそうでございます。しかし、先程も言いましたように、我が君は学習能力が非常に高くございます。その為、使えば使うほど、その魔法の精度も魔力制御も、見間違える程に上がってゆくのです。
我が君本人は魔法は苦手なのであまり多用しないと仰られておりますが、奥方様によれば、最初に比べればかなり上達しており、尚且つ文句のつけようがない程に使いこなしているとのことです。
しかし、我が君は戦闘となると殆ど魔法を使いません。私も滅多なことでは使いませんが、使えばそれだけ幅は広がり、戦いやすくなる筈です。しかし、我が君は寧ろその逆でございました。どうやら、魔法を使おうとすると集中力が切れてしまうようです。何より、性に合わないのだそうです。
――オレは戦うのが好きだ。だから一番近くで、戦っているという実感が欲しい。それに、オレは刀と戦うのが、狂おしい程に楽しい!
ああ、我が君。なんとお美しい! そのお姿とお言葉、この目と胸に焼き付けました! このギレン・バール・ゼブル、生涯の宝と……
ゴホンッ! 失礼、またお話がそれました。我が君の話となるとつい興奮してしまいます。
我々は現在深層域の丁度中間地点を歩いています。この深層域は私の行動範囲内でしたので、間違いございません。
目的は魔物。先程探知魔法で見つけたものでございます。距離で言えばあと五十メートル程でしょうか。おそらくこちらの存在には気づいているでしょう。当然それには我が君も気づいていらっしゃるようで、先ほどから刀の柄に手を添え、お顔は待ち遠しいかのように緩み切っておられます。
「紅姫、この先の魔物の魔力値は?」
『そうじゃのう……ざっと四十五万といったところじゃな。お前様であれば問題あるまい。のうギレン!』
「はい。奥方様の仰る通りかと!」
『くふーっ! 聞いたかお前様よ! "奥方様"じゃと! もう儂ら公認の夫婦じゃ、夫婦!』
「分かったから、そういうの恥ずかしいから口に出して言うのやめてくんない?!」
『恥ずかしがらなくとも良いではないか。のうエスタロッサ! 父と母ができたらぬしも喜ばしかろう?』
「ギャウ!」
『おお、よしよし、いい子じゃのうエスタロッサ! 母は嬉しいぞ!』
「なんで話通じてんだよ! 何? なんかオレの知らないところでテレパシーとかしてんの?! オレだけ仲間はずれか、おい?」
「我が君、差しでまがしいようで恐縮ですが、そろそろ接敵致します。気を引き締めた方がよろしいかと……」
「ああ、分かってる。援護はいらないからな」
「畏まりました」
私がそう言いますと、我が君はその場から一気に駆け抜け、魔物へと突貫。先程まで我が君が経っていた地面は今蹴られた事に気づいたように抉れました。若様は「ギャウ?!」と、驚きの声を上げ、我が君のお姿を探します。
我が君が魔物へ駆け出した事をお伝えし、若様と共に我が君の元へ向かいます。すると、既に魔物は斬り刻まれ、絶命しておりました。
我が君は刀を肩で担ぎ、零すように「大した事ないな……」こう呟かれました。どうやら満足いただけなかったようです。相手の実力不足ですね。
この戦闘で全く自身の糧とならなかった事にご不満な我が君は、探知魔法で更なる魔物を探し当てようとおいでです。より強力で倒しがいのある獲物を。
「深層域の魔物でもっと強いのは…………良いのがいたな!」
『お前様、これは少し……というか危ないのではないかのう?』
「て言われてもなぁ。強いのと戦わないと成長しないし、楽しくないし……魔力値四十万代の魔物じゃ、もう満足に吸収する事もないからなぁ」
何やら奥方様が心配されておられるご様子。私も何か力になれれば良いのですが。私は探知魔法を使えませんので、今まで見たものの知識、いわゆる記憶を頼りに情報提供することしかできません。ああ、なんと歯痒い。
「いかがなさいましたか、奥方様」
『ギレン、実はのう……』
奥方様によれば、この先の一キロ地点に魔力値六十万越えの魔物がいるそうです。この深層域では間違いなく強者でしょう。その魔物を相手にするのは我が君でも流石に危険ではと、そう心配なさっているようです。しかし、我が君はこの私を倒したお方、たかだか魔力値六十万程度の魔物に負けるとは到底思えません。それに、今回は私も護衛として付いております。万が一の場合は、私が我が君をお守りする所存でございます。つまり、
「危険はないかと思いますが……?」
『むむ、ギレン言うのであれば、仕方ないのう……』
「なんだその言い方。それじゃまるで、オレが信用されてないみたいだろうが」
『お前様は危なっかしいのじゃ、仕方あるまい!』
確かに、我が君は危なげな所がございます。私と対峙した時も、逃げるどころか闘志剥き出しでございました。思えばかの最凶生物、凶竜様と遭遇した時も逃げようとしませんでした。その時の記憶を呼び起こせば成る程、奥方様の心配も当然のように思えます。
「ギレン何してる、行くぞ!」
おっと、少し考えに浸っていたようですね。今は我が君と若様の護衛が優先。考え事は後に致しましょう。
周囲へと警戒を張りながら我が君の後を歩く。今のところ魔物の気配はありませんが、深層域での油断は文字通り死に直結します。殺し合いと同じく、一瞬たりとも気は抜けません。我が君と奥方様、それに若様とい護衛対象がいるのであれば尚更でございます。
木々を避けながら暫く歩きますと、前方にとうとう魔物の姿が見えてきます。そう、この夜とも形容出来る深層域で、数十メートルは離れたこの場所からでも肉眼で見えるのです。一体の白い魔物が。
『二足歩行で真っ白……なんじゃあれは?』
「……トカゲ?」
あの姿、おそらく……
「我が君、奥方様、あれは蜥蜴人でございます」
「『ほう、蜥蜴人』」
目の前の蜥蜴人の身長は約二.三メートル。全長は四.五メートルと言ったところでしょうか。
「蜥蜴人は主に湿地帯などの水辺を好む"亜人種"で、数十からなる群れを形成し、特定の場所に一つの村を作ります」
「へぇ……………なんでお前そんな詳しいんだ?」
「数年前、偶然蜥蜴人の村を発見した際、群れを作り社会を形成している光景に酷く興味をそそられまして……数ヶ月じっくり観察致しました」
「な、なるほど……」
「しかし妙ですね。蜥蜴人は私の知る限り、深層域には生息していない筈ですが……少なくとも、七つある蜥蜴人の村は、全て浅層域で確認しております」
「お前今サラッと七つとかいったな。それ全部観察したの?」
「あの姿、初めて見る個体です。白い蜥蜴人など初めて見ました。それにあの蜥蜴人らしからぬ引き締まった体格……まさか特殊個体でしょうか……?」
「無視かよ……その口ぶりからすると、普通の蜥蜴人じゃないのか?」
「はい。少なくとも、私が知る蜥蜴人ではありません。通常、蜥蜴人は筋骨隆々とした大柄な体格をしており、体皮や外殻は目立たない緑や茶色といった、自然に溶け込む色をしております」
白い蜥蜴人は引き締まった体をしており、より筋肉質。体を守る鱗や外殻も、通常の蜥蜴人とは違い、丸みを帯びてはおらず、どちらかというとゴツゴツしていて、逆立っているような印象です。何よりその体色。真っ白です。赤い瞳以外はその全てが真っ白なのです。
「成る程………アルビノ種だな、アレ」
「『アルビノ種?』」
今度は私が奥方様と声が重なってしまいました。それにしても聞いたことのない言葉ですね。少なくとも私の知る知識にはありません。
当然ながら若様も目を白黒させておいでです。
『お前様よ、アルビノとはなんじゃ?』
「お恥ずかしながら、私も存じ上げません。宜しければお教え頂けませんでしょうか?」
「あー……アルビノってのは、要は突然変異個体だ。本来なら持って生まれてくる筈だった体色の色素が、先天的に欠如して生まれてきた個体だな。ざっくり分かりやすく言えば……」
『ほぉ〜、そんなものがあったのか』
「つまり、白い体色を持つ蜥蜴人の種ではなく、なんらかの異常をきたして生まれてきた個体、という見解でお間違いございませんか?」
「大体あってる。まぁ、突然変異個体だの異常だのというが、要は体色が白いだけ、のずなんだが……ギレンが言うには蜥蜴人は浅層域に生息しているんだたったな?」
「はい。間違いございません」
「となると。アレは本当に特殊個体の可能性が高いな。どうやら体色以外にも通常の個体と違うようだし……まっ、戦ってみればわかるか!」
『えっ、ちょ、まっ……』
私と奥方様が反応するより早く、我が君は蜥蜴人の前に躍り出る。その背中からは、期待と興奮が見て取れ、目の前の強敵に戦意を漲らせていました。
「おいトカゲ、オレのエサになれ!」
刀を片手に持ち、楽しそう(凶悪)な笑みを零す我が君の声に、白い蜥蜴人が振り返り、目を細めて口を開く。
「貴殿は人間……いや魔族か。エサになれと言ったが、俺を食うのか?」
「…………………お前めっちゃ流暢に喋るやん」
我が君、蜥蜴人は亜人種。知能が高く、自分達で社会を構成する種です。当然意思疎通が可能です。
「喋ると変か?」
白い蜥蜴人は首を傾げる。
「あ〜……いや、別に変じゃない。声なんかも渋くてカッコイイと思うよ、うん…………じゃなくて! いっちょオレと勝負だ!」
「勝負……俺と貴殿がか?」
「他に誰がいんだよ!」
「ふむ……貴殿は見たところまだ子供のようだ。子供相手にするなど気が引けるのだが……そもそも、何故このような場所に子供がいるのだ?」
「細かいことは気にすんな。それでどうすんだ。戦うのか、戦わないのかどっちだ!」
「………戦おう。子供とは言え、それ程の闘気を纏うのだ。余程強いのだろう。俺も強き者と戦うのには興味がある!」
「ハハッ! 分かってるな、お前! そんじゃ、いっちょおっ始めようかッ!」
その言葉を最後に、激しい戦闘が始まりました。
ガリガリと甲高い金属音を鳴らし、火花を散らしながらせめぎ合う。我が君は刀で、白(白い蜥蜴人)は頑丈な鱗と外殻で覆われた腕で。
我が君は刀を何度も叩きつけますが、その顔色は決して良いものではありません。想像上に白の鱗と外殻が硬いのでしょう。我が君の顔色から、おそらく強度は私以上かもしれませんね。
流石は魔力値六十万越え。膂力もかなりのものですが、肉体強度もかなりのものですね。
「オラァッ!!」
白の腕を斬り落とそうと、我が君が刀を力強く叩きつければ、一瞬強烈な光を放つ。そして、両者またもせめぎ合いに発展する。
「ふむ、やはり今迄戦ってきた魔物のどれよりも強い。名を聞いてもいいだろうか?」
「名前聞きたいなら先にテメェの名前教えろボケッ!」
「む、すまない。俺に名前はない……!」
「ああそうかい。そいつは残念だ! というか、戦闘中に喋ってると下噛むぞッ!」
「?!」
両者譲らぬ力の拮抗を――力を抜くことで――我が君自ら崩す。すると、白は虚をつかれたようにタタラを踏む。
当然我が君がその隙を見逃すはずもなく、白の背中はガラ空きだ。
我が君は右脚を軸に体を回転させると、刀を白の首裏目掛けて――
「がッ?!」
――振るえなかった。隙だらけの首裏へ刀を叩き込む前に、我が君の脇腹に白の尾が薙ぎ払われていた。
我が君の体から鈍い音が漏れ、地面を転がる。そのお顔は悲痛に歪み、口からは血が滲み出る。おそらく内臓が破裂したか、骨が折れて突き刺さったのどちらかでしょう。しかし、それも【再生】の力で元に戻ります。
「ふむ、顎を蹴り上げられると思っていたのだが、違ったな。舌を噛むぞ、という言葉も陽動だったか……」
「頭の回転が早いな……戦いにくい奴だ!」
「褒め言葉として受け取っておく」
次は白から攻める。軽やかに脚を動かし、指先に生えた鋭い爪を鈍く輝かせる。
私に比べれば随分遅いですが、他の魔物に比べればその速さは尋常ではありません。
手刀からの突き。尾の薙ぎ払い。空気ごと持っていく強烈な蹴り。どれも即死級の攻撃を、我が君はすんでのところで避ける。
見ている此方も非常に心臓に悪いです。
あの白い蜥蜴人……強い。特にあの目は厄介です。我が君の動きを完全に先読みしていますね。先程から攻勢に出ようとしていますが、相手に動きを見切られて上手くいっていません。これは苦戦しそうです。
「ちっ!」
我が君のお体に赤い線が刻まれてゆく。特殊能力【再生】で傷はキレイに消えるが、増える速度の方が早く、傷は減るどころか、先程から増える一方です。が、唐突に一閃が走る。
「ッ?!」
白は戦慄を覚えた。振り抜かれた刀は首を狙っていたが、皮一枚を持っていった程度。しかし、その技のキレは恐ろしいまでに冴えていた。
「すごいな……この目でも捉えきれなかった。反応出来たのが奇跡だ」
「こっちは首切り飛ばすつもりだったんだが……それを言うと嫌味だ……ぞッ!」
途端、その姿が消え、白の頭上から踵落としをする。それも、魔力をたっぷりと注ぎ込んだ、超硬化した状態だ。この一撃を貰えば、外殻はおろか頭蓋骨が砕けて頭はペシャンコだろう。しかし、白は最初から見えていたように腕を伸ばし、我が君の脚を難なく掴む。そして――
「むんッ!」
――そのまま地面へと叩きつけた。瞬間、叩きつけた際の衝撃を物語るように、地面に蜘蛛の巣のような亀裂が駆け抜ける。
「ごはッ……!!」
それは、一度や二度では終わらなかった。何度も何度も執拗に叩きつけ、地面にちょっとした大きさのクレーターを作りあげる。
そして最後と言わんばかりに、我が君の脚を掴む白の手が、青筋を浮かべてメキメキと音を立てた、その途端――
「これが最後だ……」
――大地を揺るがす衝撃が、大森海を襲う。
砕けた地面の破片が勢いよく遥か上空まで跳ね上がり、視界を砂埃が遮る。
「我が君ッ!」
今の一撃は流石にまずいです。
軽く地震を引き起こしていました。我が君はご無事でしょうかッ?
助けに行かなければ! しかし、若様の側を離れるわけにはいけません。今の私は護衛を兼ねております。この危険な深層域で目の届く距離とはいえ、まだ小さい若様をお一人にするなど言語道断です。何より、我が君がそれをお許しにならないでしょう。よって、私はその場で土煙が晴れるのを、ただただ待つことしか出来ませんでした。
予定では一話で終わらせる筈でしたが、書いていくうちに手が止まらなくなって、まだまだ書き足りず、最終的には無理でした。
なので、次回もこの閑話の続きとなります。
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