走馬灯
マヤ・エドラス。生まれも育ちも平民出身の彼女は、ごくありふれた町娘。とにかく天真爛漫で、どこか飄々とした性格である彼女は、周りから人が集まりやすい人間であった。
そんな彼女には特技と呼べるものがあった。正確には特技ではなく、特化していたと言うべきであろうか。
それは、喧嘩。
彼女はとにかく腕っぷしが強かったのである。
同年代の子供から年上に至るまで喧嘩で負けなし。全て拳一つで黙らせるという強さを見せる。その結果、十歳を迎える頃には町ではちょっとしたガキ大将的な立ち位置になっていた。
実際彼女をリーダーに据えた七人程のグループがあり、その町の暴力クソガキ集団とよく言われていた。
このグループで女の子はマヤともう一人、ファナというーー三つ年上のーー明茶色ライトブラウンの髪をショートカットにした女の子だけ、あと五人は男であった。
どいつもこいつも癖のある悪ガキで、大人相手でも平気で喧嘩を売るようなバカばかりである。その甲斐あってか、町の人達からは当然避けられ、危ない子達、という共通認識が広がった。
そんな集団の中で、ファナという少女はパッと見おっとりと優しい雰囲気の少女であった。しかし、実際はかなり短気で、マヤよりも攻撃的という面を持ち、「あらあら」「うふふ」と言いながら笑っていない目で相手をボコボコにするという恐ろしい子である。
マヤとは一番付き合いが長く、親友と言っても過言ではない間柄である。
そんな彼女達にはいつも溜まり場にしている場所がある。それは町外れにある"サウール孤児院"と呼ばれる教会跡だ。
この"サウール孤児院"は元々教会であった所を改装したもので、所々古びてはいるが状態が良く、綺麗に清潔に保たれている。
広い庭の隅には木が一本植えられており、その下には木製のベンチが一つ。あとは少し離れた所には井戸と教会を囲むようできた花壇があるだけ。どこにでもあるような孤児院である。
このサウール孤児院には五人程のお人好しと呼ばれる人務めており、全員が女性だ。それに対して子供の数は約二十人とまぁまぁの数がいる。
殆どが戦などで親を亡くした戦争孤児で、そしてその内の一人はファナであった。
短気で攻撃的とは言え、下の子達への面倒見は良く。孤児院の中では立派なお姉さんであった。
マヤ達も時折孤児院の仕事を手伝う事がある。それはマヤ達グループがこの場をよく溜まり場にする為、孤児院の先生とも仲が良あのもそうだが、普段悪さばかりして迷惑をかけているからという罪悪感からのものでもあった。
中でもマヤは年下の子供達の面倒を見る事が多く、自然と懐かれていた。この孤児院の中で一番年上のファナと同じく、お姉ちゃんと呼ばれ正直満更でもない気持ちだ。だが、孤児院に来ると一つだけ戸惑う事がある。それは、ファナが急に大人びてマヤを妹のように可愛がり始める事だ。
外では返り血を浴びながら相手の顔の原型がなくなるまでぶん殴り続ける暴力少女だというのに、孤児院ここでは見た目通りの女の子なのだから本当に怖い。
喧嘩をふっかけてきた男の子三人を笑顔のまま血祭りにしたという武勇伝もあり、そんなファナが姉のように振る舞う姿は当時のマヤにとって恐怖の象徴だった。
毎度孤児院に来る度、ファナの向けてくる笑みが怖かった。ファナ自身は特にこれといって何かを意識して笑みを浮かべていたわけではなかったのだが。マヤからすれば獲物を狙う獣のような眼差しであった。
きっとろくな大人に育たないだろうと、マヤは将来を心配したが。なんと驚き。見た目通りの綺麗でお淑やかな大人の女性へと成長し、周りからの悪い印象も見事に払拭。今ではこのサウール孤児院の先生をしていて、長年連れ添ってきたマヤをビックリさせる。
「まっさかファナが孤児院の先生やるなんて、超ビックリなんですけど。時間ってマジ人を変えるんだね……」
「あらあら、そういうマヤは昔と変わらないわね。相変わらず血の気が多いみたいだし、それに……おっぱいも小さいままね!」
ファナの視線が下へさがり、胸のところで止まると、哀れと言わんばかりの冷笑を浮かべる。
「ほっとけ! あんなもん、デカいと戦うのに超邪魔だしぃ。それに肩凝るし〜! 小さい方が断然楽だもんね!」
ファナの立派な双丘と自分のぺったんこな胸を見比べ、涙目になりながら、聞いてて可哀想なぐらいの言い訳を吐く。自分で言ってて悲しいと思いつつも、実際戦いの邪魔になるのは本当だ、と傷付いた自分の心に応急処置をする。
「やめなさい、やめなさい。そんな負け犬の遠吠え聞いてると涙が出てくるわ」
「………」
木漏れ日のさすベンチに二人して腰掛け、庭で遊ぶ子供達の姿を見守る。
肌を包む優しい風が髪を揺らす。子供達の無邪気な笑い声と雲の流れる青い空が心地いい。
「それで、おじさんとおばさんには顔出した? 出会う度にマヤに会いたいって話をいつもするのだけど」
「…………会ってない。というか会えるわけないじゃん」
さっきまでとは空気が一変し、マヤの表情が陰る。
マヤ自身、両親のことが嫌いなわけではない。寧ろ、仲は良好と言ってもいいだろう。しかし、マヤは"ズワールト"という犯罪者組織に属している。当然汚い仕事なんていくつもやっている。
殺人、窃盗、薬物売買に人身売買などなど、数えたらキリがない程だ。
手塩にかけて育てた可愛い娘が、そんな人には言えないような悪事をしていると両親が知ったら、一体どんな顔をするだろう。そう思うと足がすくんで会いに行けない……会わせる顔がなかった。
「私は、汚い……」
見下ろすその手は多くの人の血で濡れている。その数は間接的なども含めれば優に百は超えるだろう。
今も子供と無邪気に遊んでいるロッズとラフロイグに至ってはマヤ以上に多くの命を奪っている。
少し離れた所でつまんなさそうに欠伸をしているエルヴィスだってそうだ。
元々戦うのが好きで傭兵をやっていたが、いつしかズワールトなんていう犯罪者組織に加わり、戦いに明け暮れた。
戦って、戦って、自分の中に巣食う凶暴な獣を存分に解き放ち、目の前の命を喰らい尽くした。
何度やっても戦いというものは飽きない。心底この世界に魅了されていた。
しかし、いつしか戦いだけでなく、人攫いや薬物の売買なども絡み始め、良く一緒に行動するロッズやラフロイグも顔を顰める事が多くなり始めた頃、組織に対する不満を溢す事が増えた。実際、マヤ自身も組織に対する不満は大きかった。元々は魔剣や聖剣を集めるだけの組織だったはずなのに、大きくなればなる程にその目的は肥大化し、手のつけようがないところまで肥え太っていった。
最初の頃と同様に魔剣や聖剣を集める事自体は変わらなかったが、目的は変わっていた。そのせいか、ここ最近ではズワールトの組織にいる事が苦痛になり、ロッズ達と酒を交わしながら良く愚痴をこぼした。
最初こそは血湧き肉躍る殺し合いの場に喜び、自ら戦場に足を運んだ。だが、今はもう戦いというものに辟易し始めていた。しかし、完全に嫌いになったわけではない。戦いが好きかと問われれば、勿論好きと答える。あの命をギリギリで繋いでいる感覚が実に心地いいのだ。だが、もう疲れてしまったというのも一つの事実だ。自分の望んでいない戦いがこんなにも苦痛だとは思いもよらなかった。
特に子供を殺した時は心底自分に嫌悪した。
とある仕事で小さな子供を手にかけた時、殺し慣れていたマヤの心は悲鳴をあげた。どうしようもない嫌悪感と吐き気に襲われ、最早立っている事も苦痛だった。だがそれ以上に、小さな子供を手にかけた自分への怒りで視界が揺れていた。
もうあんな思いはごめんだ。だから、もう武器をおろして楽になりたい。
あの時のことを思い出すと、今でも吐き気を催す。
指先から冷たくなるのを感じ、どうしてあんな事をしてしまったのかと、いまでも後悔がマヤを苛む。
そんなマヤに、ファナは思いがけない提案をする。
「……マヤ、貴女ここで働く気ない?」
「は?」
「給金は安いし、子供の面倒は大変だし、休みはあって無いようなものだし、素敵な人と出会う機会なんて殆どないしですっごく大変な仕事だけど、温かい食事と寝床は用意できるわよ。こうして平凡で何気ない毎日を迎えるのも悪くないと思うの。それに、マヤは子供好きでしょ?」
狙って言っているのではないのだろうが、今はやめて欲しい。最近小さな子供を手にかけたばかりなんだ、これ以上追い詰めないでくれ! 喉まででかかったその言葉を飲み込み、マヤは咄嗟にファナから目を逸らす。
「……べ、別にそう言うわけじゃ……だいたい――」
「散々人には言えない酷いことしてきて、苦しくなったから自分だけ陽のあたる安全な所に逃げるなんて出来ない……そう言いたいの?」
「……!」
「私は別にいいと思うけどなぁ……だって、そんなこと言ってたら、ズルズルと嫌なもの引きずるだけじゃない。だったら一度嫌なこと全部忘れて、一からやり直せば良いのよ!
マヤが一体今までどんな事をして来たのかは、私には分からないわ。貴方が自分を汚いと言うぐらいだから、きっとどうしようもないぐらいに汚い事をして来たんだと思う。でもね、私はそれを咎めたりはしないわ。だって、私は実際に貴方がそういう事をしているところを見ていないし、話を聞いていないもの」
ファナは優しく微笑みながらマヤの頭を撫でる。まるで妹を大事に思う姉のように。
「平和を望んでなにが悪いの? 悪い事から足を洗うことがそんなに悪いこと? いいえ違うわ。悪い事をしているという自覚を持ちながら、それを続ける事が悪いことよ。
マヤ、自分を赦せないなら人のために生きてその罪を償いなさい。大きな事はしなくていい。小さな事でもいいわ、少しずつ、少しずつ、貴方が納得するまですればいいの。そしたらきっと、いつか自分を赦せる時が来るわ」
「………!」
目を僅かに見張る。その時、何かストンと胸に落ちた。途端、目が熱を帯びる。マヤは溢れそうになる涙を隠すように慌ててベンチから腰を上げ、こぼれ落ちないように空を見上げる。
ファナの言葉に、さっきまで暗かった視界が少し晴れたような気がした。
良いのだろうか、赦されても。
良いのだろうか、人殺しの自分が平和を望んでも。
目を閉じる。今まで自分のして来た事を思い返した。
蔑んで、肯定して、否定して、赦して、言い訳して、何度も頭の中でそれを繰り返した。
そして、ファナの言葉を思い出して最終的には割り切った。
人として否定のしようがないクズみたいな事をして来た。ハッキリ言って縛り首になっても文句は言えないような事をして来た。決して許されるようなものではない。でも、もういい。苦しむのはやめよう。
都合の良い話とは思うが、これからは誰かの役に立つ人生を歩もうと思う。だから……
「……決めた。私、足洗う……まぁ、実を言うとラフロイグと良く話してたんだよね。でも、心のどこかで本当にいいのかなって迷ってた。裏の世界で生きてきた私達が今更って……だけど、ファナのおかげで決心がついた。サンキュー!」
続けて話す。
「足洗ったら小さな事務所でも構えてさ、"なんでも屋"でもしようと思うんだ。勿論ロッズ達も誘う!」
「ふふっ、いいんじゃない"なんでも屋"。この辺りは何かしら困っている人が多いから、きっと仕事には困らないわよ」
ファナは指で輪っかを作ると、「仕事は探してあげるから仲介料ちょうだいね」と冗談めかしに話す。本当に冗談かは分からないが、少なくともその悪い笑みから仲介料の話はマジなのだろう。マヤは苦笑いをする。
「………最後にズワールトとしての仕事が残ってる。それが終わったら、私ここに帰ってくる……そしたらさ、私の話、全部聞いてくれる? 多分ファナは超怒ると思うけど……」
「いいわよ、全部聞いてあげる。私はマヤのお姉ちゃんだもの」
ファナにとってマヤはかわいい妹だ。なら、その妹の話がどんなにクソみたいな話でも、全てを受けとめるだけの気持ちや度量はあるつもりだ。世の中が例えマヤを"悪"だと言っても、ファナだけはマヤの味方でいる、そう思えるぐらいに大切に思っている。
大事な、大事な、かわいい妹。
「いつから私の姉ちゃんになったんだよ」
「あら、いいじゃない。お姉ちゃんって呼んでくれても良いのよ」
「言わないっての!」
血の繋がりなんてものはない。でも、血の繋がり以上の絆がある。少なくとも、ファナはそう信じている。
「マヤ、これあげるわ」
「何これ?」
手渡されたのは、細長い木箱。
マヤはいきなり手渡された箱を怪訝に思いながらも、取り敢えず開けてみる。するとそこに入っていたのは、中央に水明石をはめ込んだシンプルな十字架のペンダントだった。
「プレゼントよ。本当は誕生日に渡そうと思ってたのだけど、貴方なかなか帰ってこないから今渡しておくわ」
「はははっ。サンキュー!」
サプライズプレゼントに舞い上がったマヤは、早速ペンダントを首にかける。
「どう、似合ってる?」
「ええ、似合ってるわよ」
マヤは白い歯を見せて「これ超大切にするから!」と無邪気な子供のような満面の笑みをファナに向ける。
プレゼントをもらってはしゃぐその姿を見ると、ファナの口元も綻ぶ。心が温まる。
「そうしてくれると嬉しいわ」
そろそろマヤ達が出発する時間だ。視界の端ではロッズ達が子供達との遊びを切り上げ、身支度を整えている。
ファナはベンチから立ち上がると、マヤをそっと抱き寄せる。突然の抱擁に目を白黒させつつも、次の瞬間には柔らかな表情になり、マヤも優しく抱きしめ返す。
「マヤ、気をつけてね」
「大丈夫、大丈夫。超余裕だから」
「もう、調子に乗って……とにかく、ちゃんと帰って来るのよ」
「分かってるって。ていうかファナ心配しすぎ。マジ大丈夫だから」
遠足前のお母さんみたいに心配するファナに、マヤは呆れたように苦笑いを浮かべる。
きっと子供が産まれたら同じことを言うだろうな、そんな下らない事を考える。
その後、別れの挨拶を済ませたマヤ達は、最後の仕事を済ませに出立していった。
ファナは子供達と一緒に――姿が見えなくなるその瞬間まで――マヤ達を見送った。
どうか無事に帰って来る事を願いながら。
♢♢♢♢♢
目の前の紅い障壁が空気に溶けて消えたかと思うと、怒涛の如く押し寄せる殺気に眩暈を起こす。そして、次の瞬間には視界がブラックアウトし、ここにくる前の記憶が脳裏を駆け抜けた。
(ああ……今の走馬灯ってやつかなぁ。ごめんファナ、私死んだわ)
マヤはペンダントがある胸元に手をあて、痛いぐらいに強く握る。
これも今までしてきた事への報いなのかも知れない。そう自嘲じみた笑みを浮かべた。するとどうだろう、今のこの状況は当然のように思えて来るから不思議だ。
ファナはきっと怒るだろう。いや、泣くかもしれない。一瞬そんな事を考える。すると、悪魔が死を告げるように一歩を踏み出す。
途端、ゾワリりと背筋が凍る。
「さて、どうしてやろうか……八つ裂きか、真っ二つか、滅多刺しか、それとも脊柱ごと引き抜くか、お前らは何がいい? 好きな死に方を選ばせてやる」
と言われて馬鹿正直に答えるわけもなく、エルヴィスが真っ先に飛び出した。
マヤ達は目を見開いて一瞬唖然とする。
この叩きつけるような殺気を感じないのか? それとも恐怖で頭がおかしくなったのか? 冷静さを欠いたエルヴィスの行動に目を疑う。が、すぐにそれは違うという答えに行き着く。戦いにおいて頭のキレるエルヴィスが自暴自棄になったりするはずがない。ましてや相手は馬鹿でも理解できるほどの圧倒的存在感を放つ化け物だ。
殺気を感じていないわけではない。恐怖を感じていないわけがない。エルヴィスの頭の中は、悪魔の足元で血だらけになって倒れ伏している最愛ミケの事だけ。エルヴィスはただ、最愛を助けるという一心で足を動かしているだけなのだ。
「ラフロイグ、マヤ、俺達も行くぞッ!」
「ああ!」
「分かった!」
最早ここまでだ。だが、だからといってこのまま何もしないまま死ぬつもりはない。
せめて目にもの見せてくれる。




