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悪魔がカレンにわらうとき  作者: 久保 雅
第4章〜魔法騎士学園〜
146/201

やどりし怪物

 先に踏み込んだのはミケのほうだった。


 姿がブレたかと思った時には既に眼前で天命剣を振り下ろしていた。


 普通なら直撃コースの斬り下ろしを、ヴェイドは根滅剣を鞘から抜き放ち、流れるような動きで受け流す。

 おそらく単純な力ではミケに軍配が上がるだろう。鍔迫り合いなどになれば間違いなく押し負ける筈だ。故にヴェイドは受け止めるではなく、受け流すという方法でミケの攻撃をしのぐ。

 激しい剣戟。一合ごとに必殺の一撃が飛ぶ。根滅剣が空気を切り裂き、天命剣が空気を薙ぎ払う。

 目にも止まらぬ高等技術の応酬。

 巨大な大剣を小枝のように扱い、ミケは制限など知ったことかと、両側の壁を破壊しながら天命剣を横薙ぎに振る。ヴェイドは破壊の一撃を――嘲るような薄い笑みを浮かべて――躱し、懐に潜り込んで斬り上げる。怪しく発光する淡い紅色が線を引く。ミケは魔力を大量につぎ込んだ〈魔力障壁〉を張り、正面から受け止めた。そう思った瞬間、根滅剣の軌道が変わる。障壁に阻まれようとしていた根滅剣は流れるように向きを変え、天命剣を握るミケの腕を狙う。元々こうする算段だったのだろう。あまりに動きに迷いがなかった。


「でも、甘いわ……」


 ミケは翼を根滅剣と腕の間に割り込ませて受け止める。火花と共に硬い金属音を鳴らす。


「貴方、強いわね。エミリアとかいう少女が私より強いと豪語するわけだわ」


「そりゃどうも。ところでミカエル。天使の翼出しといてまさかその程度じゃないだろうな? オレが言うのもなんだが、本気出すなら早く出したほうが身の為だぞ」


「貴方に言われなくともそうするつもりよ!」


 両者一歩も譲らぬ激しい剣戟。打ち合う度に鮮烈な火花が飛び散り、空気が揺れる。

 ヴェイドは根滅剣で胴を狙い天命剣で受け止められるのを見ると軽く飛び跳ね、ミケの顔面に蹴りを放つ。が、白く細い腕に軽々と受け止められる。


「足グセが悪いわね」


 ミケは受け止めた脚を掴み、地面へと叩きつけようとした。ヴェイドは根滅剣で脚を掴む腕を斬り落とそうと一閃する。だがそれを織り込み済みのミケは天命剣を引き戻す。途端、痺れるような衝撃と共に、天命剣を持つ手が上に上がる。


「?!」


 何が起こったのか一瞬戸惑うがすぐさま振り払う。何故なら手薄となった腕に再び根滅剣が一閃されようとしていたからだ。ミケは掴んだ手を離し、その場から一歩飛び退く。すると、淡く紅い光の線がさっきまでいた場所を通り過ぎた。


(魔力値や経験で私が圧倒的に勝っているといのにほぼ互角とは恐れ入るわ。本当に強い……! この戦い、長引きそうね!)


 しかし、ミケの思惑とは裏腹にこの均衡は呆気なく崩れ去る。


 再びミケから攻め、天命剣を質量に物をいわせて斬り下ろす。その瞬間。ヴェイドの口元が三日月のように裂ける。天命剣の打ち下ろしを根滅剣で受け止めた。かと思いきや、キレイに受け流される。そして、受け流された時に生じるほんの僅か、刹那とも言えるタイミングで、ヴェイドは背筋が凍るような一閃を放った。

 絶妙ともいえる攻撃のタイミング。無表情だったミケの仮面が崩れ、背中を嫌なものが這い回る。


「……っ?!」


 放たれた刀の軌道は寸分違わぬ線を引き、首へと吸い込まれる。〈魔力障壁〉や〈魔力硬化〉を発動するが、その刹那ともいえる時間の中で十分な効果を発揮するには至らない。このままでは首を斬り落とされる危険性があると判断したミケは、無理やり体を捻り鋭い一閃を回避する。

 すると案の定、刀はミケが展開した〈魔力障壁〉をいとも簡単に両断し、先程首のあった場所を通過する。


 判断は間違っていなかったとミケはホッと息をつく。しかし、その小さく鋭い一閃は、綺麗な首筋に三ミリくらいの小さなに赤い線をつけていた。

 途端、全身が耐え難い激痛に襲われる。


「〜〜っ!!」


 ミケの表情がさっきとは別の意味で崩れる。

 悲痛に歪んだその顔に脂汗を滲ませた。


(この痛み、根源を斬られた! まさか、これがあの魔剣の能力?!)


 ミケはこれ以上痛みを顔に出すまいと意思の力でねじ伏せる。


 根源を傷付けられるのはこれが初めてではない。千年前は"魔帝"との戦いの際に何度も経験している。だからこの痛みには馴れている。はずだった。


(くっ! 根源を斬られるなんて千年ぶりで油断していたわ。まさかこんなに痛むなんて!)


 根源は魔法では治らない。治す方法はミケの知る限り自然治癒だけだ。

 つまり、全身を駆け巡るこの痛みに耐えながら、目の前の男と戦わなければならない状況に追い込まれた。


 これは完全にミスだ。

 この千年で根源を傷付けられる事がなかった為に想定していなかった。また根源を傷付けることが出来る者が現れることを。

 そして、もっと慎重に相手のことを観察するべきであった。相手の戦闘スタイル、性格、癖、魔剣の能力。堅くなりすぎた思考と行き過ぎた緊張感でそんなものはすっぽりと抜け落ちていた。ただこの男を殺さなければという一心で戦いを仕掛けた。

 莫大な経験値を持つ筈のミケが、ミカエルが、この男に恐れをなし、何も考えずに剣を振り下ろした。

 警戒しているつもりだった。油断など微塵もしていないつもりだった。だが、実際は相手を格下だと舐め切っていたのだ。


("天裁"ミカエルが無様なものね……!)


 かつて戦った"魔帝"でさえ、ミカエルにここまでの緊張を強いることはなかった。

 その理由は、目の前の男の禍々しさもさることながら、手に持つ魔剣にもあった。


 ミカエルの知る限りこの世界に存在する魔剣は三十七本。しかし、根源を斬り裂ける能力を持つ魔剣など、その三十七本の中には無い。つまり、男の持つ魔剣は新しく生まれた三十八本目の魔剣という事になる。


「私の知っている魔剣にそんな能力の物は無い……つまり、新たに生まれた魔剣ね!」


 ヴェイドの目が細まる。


「流石はミカエル。場数を踏んでいるだけの事はある。ご名答だ」


 そう言って見えやすいように、淡い紅色の刀身を軽く掲げる。


「この魔剣の名は"根滅剣 紅姫"。能力はお前の考える通りだ」


「………出来れば勘違いであって欲しかったわ。根源を斬れる魔剣なんて、反則もいいところよ!」


「おいおい、格下相手に何言ってんだ。これぐらいのハンデはあって当然だろ。能力までは知らないが、お前には聖剣があるだろうが。それに戦闘経験値。オレとお前とじゃ、天と地ほどの差があるぞ」


「確かに私は聖剣を持っているわ。戦闘経験値だって、貴方とじゃ比にならないでしょうね。でも、貴方と剣を交えてわかったわ。もう格下扱いなしない!」


「それはそれは、光栄なこった。嬉しくて涙が出そうだ」


 言葉とは裏腹に、蔑むような眼をミカエルに向ける。


「心にも無いことを……!」


 一拍ののち、駆け出した両者。

 金属のぶつかり合う甲高くも重い音を奏で、激しく火花が散る。

 ヴェイドの一閃を天命剣で受け止め、容赦なしの兜割を繰り出すが。ヴェイドは振り下ろされる大剣の腹を蹴り飛ばし、剣の軌道を変える。

 天命剣が真横を通り過ぎ、その圧倒的質量で地面に蜘蛛の巣のような亀裂が入る。

 そしてその刹那、淡い紅色を放つ根滅剣が美しい弧を描きミケに襲いかかる。

 しかし、迫り来る根滅剣を、頑丈な――〈魔力硬化〉で更に強度を増した――天使の翼で受け止める。

 甲高い音と共に火花が散り、ヴェイドは感心したように目を僅かに見開く。


「硬いな。何でできてんだ?」


「教えないわ!」


「そりゃ残念」


 空気を押し除けるような天命剣の薙ぎ払い。ヴェイドはその攻撃をかいくぐり、低い体制から根滅剣を斬り上げる。

 ミケは上体を反らし、根滅剣の斬撃を避けると、空いている片方の手をヴェイドに向け「〈超音烈破(ラズルソニード)〉!」と唱える。

 途端、大気を震わす程の超高音の衝撃波が放たれた。


「?!」


 目に見えない音の衝撃波はヴェイドを飲み込んで地面を深々と抉り、狭い裏路地をちょっとした広場へと変貌させる。

 今の攻撃は間違いなく直撃した。それなりのダメージになっているだろう。いや、なっていなくては困る。

 だが、あの程度でダメージを受けたとも考えにくい。ミケの繰り出した攻撃を巧みな剣捌きで受け流し、初見で隙をついてくるような相手だ。この程度のことは織り込み済みの筈である。すると案の定、直線上に紅い光が灯り、次の瞬間には莫大な魔力の塊が放たれる。それはさながら、(ドラゴン)竜砲撃(ブレス)と見紛うような一撃だ。


 咄嗟に避けようとするが、そこで気がつく。ミケの後ろにはエルヴィスとマヤがいる事を。

 更に言うなれば、この更に後方には街の人たちがいる。これだけ莫大な魔力を込めた魔法がこの路地裏だけにその威力を止めるはずがない。間違いなく表通りなどにも被害が出る。

 つまり、ミケは避けると言う選択肢が潰されてしまったのだ。


(相殺を……ダメ! あんなものここで相殺したら、街が軽く消し飛ぶ! なら……!)


 〈魔力障壁〉全開。威力が上へ逃げるように傾ける。

 すると、障壁にぶつかった魔力の光線は向きを変え、雲を掻き消しながら空を貫いた。


(こんなものを街中で放つなんて……あの男、どうかしてる!)


 ゾッとするような一撃。まともに食らっていれば間違いなく即死ものであり、街すら軽く消し飛ばすほどの魔法だった。

 そんな魔法をこの街のど真ん中で撃った男の頭は、最早狂っているとしか思えない。


 さっきの魔法で土埃が消え、男が姿を現す。

 衣服は多少汚れているが、やはりと言うべきかこれといったダメージはなそうであった。

 予測していたことではおるが、ミケは内心舌打ちをする。


「……貴方、一体何者?」


 男は衣服についた汚れを手で落とし、鈍く光る紅い眼をミケに向ける。


「言っている意味がわからんな。何者とは?」


「……貴方は、"魔帝 サタン"なの?」


「……その質問にはこう答えよう。当らず外れずだ」


 つまり、サタンであってサタンではないということ。

 自分で聞いておいてなんだが――ミケは表情には出さず――内心疑問に思う。


 千年前。魔帝と対峙した時は女性であった。それは見間違いでもなく紛れもない事実だ。なんなら、本人がちゃんと女であると明言していた。

 なら、目の前の男はなんだ。ミケの質問に対して"当たらず外れず"。本当に魔帝なのか。それとも、魔帝の名を借りて新たに世界をその手に握らんと野望を抱く者か。


(私の名前を知っていたし、話からして色々と知っている感じだった。気配も似てなくはない……やはり魔帝 サタン? いえ、それなら何故昔に比べて魔力量がこうも落ちているの。仮にこの千年、戦いからその身を遠ざけていたとしても腕は鈍っても魔力量自体が減る事はない。

 でも、実際は違う。剣の腕は千年前(むかし)に比べて少し劣っているし、魔力に至っては三分の一、いやそれ以上にまでその量を減らしている。なら、考えられる答えは一つ……)


 ミケは自身の持つ知識を総動員し、ある一つの答えを導き出す。

 それは最早、あり得ないともいる確率で起きる事であり、起きたとするならば、それは魔帝をも喰い散らかす怪物の誕生を意味していた。


 ミケの頬を気持ちの悪い汗が流れる。

 導き出した答えに、どうか間違っていてくれと願い、ミケはその口を開いて重苦しく問いかける。


「さっき貴方は私の問いかけに対してこう言ったわ。当たらず外れず、と。なら、導き出される答えは一つ……貴方、"転生者"ね!」


「………」


 その沈黙が答えだった。


「昔から嫌な予感はよく当たるわ……」


 自然と剣を持つ手に力が入り、顔から一気に血の気が引いてゆく。

 美しい白磁の肌は、死人のような青白い色へと変わり、額からは気持ちの悪い汗が滲み出る。


 最悪だ。魔帝が現れた時以上に最悪の事態だ。


 魔帝が死んでいたという事自体に驚きはないが。その死んだ魔帝の肉体に新たな魂が宿ったという事が最悪だ。

 やはり生かしておけない。何度もいうようだが、この男だけはこの場で確実に殺しておかなければならないと改めて再確認した。


 ミケは天命剣を男に向け、声を大にして言い放つ。


「貴方はこの世に生きていてはいけない!」


「……初対面の相手に向かって大層な事を言う。お前にオレの何が分かる」


「少なくとも、()()()()()宿()()()()()()()()()()()と言う事は分かるわ!」


『お、おい! 彼奴いま遠回しに儂の悪口言ったじゃろ!!』


『うるさい、ちょっと黙ってろ』


 うるさい紅姫を黙らせ、ヴェイドは「言っている意味が分からないなァ……」と、戯けるように呟く。

 実際、何を言っているのかさっぱりだった。


「さっきから"転生者"ってなんだ?」


 ミケの口から出る"転生者"と言う単語に、ずっと二人の戦いを後ろで見ていたエルヴィスは、首を傾げて隣にいるマヤに問いかける――


(あたし)が知ってるように見える?」


 ――が、当然"転生者"について知ってる筈もないマヤの返答は、エルヴィスの想像通りの答えだった。


「転生者というのは前世で死んだ魂が別の肉体に宿り、生を得た者のことよ」


 エルヴィスとマヤの疑問に、ミケが答える。


「要は生まれ変わりってこと?」


「いいえ。転生者と生まれ変わりは似て非なるものよ」


「どういう事だ?」


 そもそも転生者とは何か。生まれ変わりとどう違うのか。二人は怪訝に首を傾げ、ミケの話に耳を傾ける。

 そしてヴェイド、いや、カレンもまたその話に興味を示し、意識を話に向ける。


「まず生まれ変わりというのは、死んだ魂が綺麗に一から作り直され、また別の命として生を受けることを言うの。一方で転生者というのは、死んだ魂がそのままの状態で世界を漂い、生前と()()()()()肉体に宿り、生を受けた者を指す。

 生まれ変わりが今まで培ってきた経験、いわゆる記憶というものを全て失ったのに対し、転生者というものはそれを一切失わない。そしてここで最も重要なのは、生まれ変わりが生前と関係なく、()()()()()にでも生まれ変わるのに対し、転生者はその魂と近しい肉体に宿るということよ」


「つまり、前世で悪ガキだった奴は、同じく悪ガキみたいだった奴に宿り、逆に優しい奴だった魂は、同じく優しかった奴に乗り移る。という事か?」


「そうよ。もっと正確に言えば、転生者がまた生を受けるには、()()()()()が必要になる。生きている肉体に別の魂が入り込めば、肉体は二つの魂を抱えきる事ができず拒絶反応を引き起こし、全身から死を噴き出して絶命するわ」


「何それ超怖いじゃん……!」


「それともう一つ。転生者が生を受けるには条件があるわ。

 魂は別名"根源"と言われているのだけど、転生者の根源はどれも強力なの。今まで生きてきて何人かの転生者と会う事があったけど、全員例外なく強かったわ。

 つまり何が言いたいかというと、転生者が生を受けるには、近しい肉体という条件の他にその根源に耐えうる肉体が必要なのよ」


「なるほど、その根源、ていうの? それが強力だと、普通の肉体じゃ耐えられなくて、さっき言ってたみたいに絶命する。だからそれに耐えうる肉体が必要。要するに、どれでも良いっていうわけじゃない、という事なんだな?」


「ええ、大体あってるわ」


「じゃあ転生者って超レアな存在じゃん!」


「そうなるわね。転生者が新たに生を受けるには、ありとあらゆる条件が密接に絡んでいなければ成功しないわ。まさに奇跡のような確率が必要よ。ましてや……魔帝の肉体で生を得るならば尚更ね……!」


 魔帝 サタン。千年前に猛威を振るった怪物。その人格は歪んでおり、冷酷。命をゴミのように扱うさまは味方すら恐れ慄いた。

 かつて彼女が引き起こした大きな戦争は、双方合わせて推定八百万人もの死者が出たとされており、その内三分の一は彼女一人が殺した数と言われている。


 そんな怪物の肉体に宿った新たな魂。当然普通のはずがない。おそらく、相当()()()()()()奴だろう。ましてや、当時の魔帝を凌駕するその禍々しい気配は常軌を逸していた。


 断言しよう。この目の前の怪物は、あと数年もしないうちに魔帝の力を超える怪物になる。


「おいおい、どんなバケモンだ!」


「ね、ねぇ、ミケの言う話の流れから、そこの男ってその魔帝よりヤバいってことでしょ。マジ逃げたほうが良くない……?」


「そうね。貴方達だけでも逃げて、と言いたいところだけど。もう囲まれているの」


 リュウガを逃がし、ある程度の距離まで非難したところで、ヴェイドは直径五十メートル程の〈魔力障壁〉を張っている。当然かなり頑丈に張っているため、そう易々と破壊することは出来ない。


「つってもミカエル(おまえ)がその気になれば簡単に砕けるような代物だ……そんな時間があればの話だがな」


 ゼロコンマ数秒の世界に生きるミカエルやヴェイド達にとって、刹那ともいえる隙は命取りとなる。だから、障壁を砕くにあたって、魔力を貯める時間。ミカエルやヴェイドにとってはほんの僅かなその時間は大きな隙を生み、同時に死を意味する。

 ヴェイドが張っている〈魔力障壁〉はミケからしてもかなり頑丈に展開されているため、多少のエネルギーチャージを要するだろう。この男にそんな時間を与えてしまえば、確実に首が飛ぶ。

 つまり、逃げることは不可能なのだ。生きてここを出るには、この目の前の怪物をどうにかしなければならないという事である。


「要するにオレを殺せば話は早いわけだ。さて、突然ではあるがここで一つ問題だ。ミカエル、お前はさっきからどうしてこのオレに対して攻めきれないか分かるか? お前はオレより遥かに魔力値が上だ。ましてや戦闘経験値なんざ相手にならない。なのにどうして格下のオレを仕留めきれないのか。何故だか分かるか?」


「……?」


「分からないか……」


 その言葉を最後に、男の姿が消える。


 そして男の姿が掻き消えた、そう理解した時には既に足を払われ、天命剣を持ったほうの手は動かせないよう男の魔剣によって地面に縫い付けられる。そして、根源を貫かれた痛みに声を上げる暇もなく頭を踏みつけられ、完全に動きを止められる。


「っ?!」


「ミケッ!!」


「鬱陶しい、邪魔だ!」


 腰のククリ刀を抜き、斬りかかって来ようとするエルヴィスと自分との間に〈魔力障壁〉を張ると、目を逸らした隙に胸を串刺しにしようと放たれた天使の翼を掴む。

 翼を掴まれたことに内心驚きつつ、ならばともう一方の手を男に向けて魔法を放とうとする。だが、手を向けた時には()()()()()()

 そして、いつから持っていたのか、男の手には魔剣と同じ形状の蒼い刃の剣が握られている。


「えっ?」


 そんな間抜けな声が出た。その直後、ボトりと何かが落ちる音を拾う。

 ミケは恐る恐る音のした方向に視線だけを向ける。するとそこには手首から先の手が落ちていた。

 それは、白磁のように美しく、そして、赤く濡れていた。

 ミケの、自分の手だった。


「〜〜っ!!」


 斬られた。そう理解した途端、焼けるような痛みが走る。

 根源ごと斬り落とされていないとはいえ、それでも痛いものは痛い。

 障壁の向こうでは、エルヴィスが必死な形相で叫んでいるが、その声は分厚い壁に阻まれて届かない。


 出血は酷く、赤黒い粘性のある血がドロドロと傷口から流れ出す。

 ミケは斬り落とされたほうの腕に魔力を集中させ、天使がもともと持つ再生能力を使って失った手を元に戻す。


「なんだ、【再生】の特殊能力(スキル)は持ち合わせてないのか。まぁいい……」


「そんな特殊能力(スキル)を持っているのは魔帝と貴方ぐらいよ!」


「なぜオレにその特殊能力(スキル)が備わっていると? 一度も口にしていないはずだが……」


「女の勘よ……!」


「なるほど、女の勘ねェ……まぁ、正解だ。オレには特殊能力(スキル)【高速再生】がある。魔帝の【不滅の肉体】程ではないが、中々の再生能力だ。便利だぞ」


「……!」


「さて、傷も癒えた。無駄話も終わりだ」


 男は薄い笑みを浮かべ、嘲笑を含んだ目でミケを見下ろす。まるで、哀れと言わんばかりに。


「答え合わせといこうか、ミカエル……」


 本当の地獄が、ここから始まる。


 ご愛読ありがとうございます。


 おそらく今年はこの投稿が最後となります。ほんと、一年はあっという間ですねぇ。気づいたらもう年末です。時間は残酷……。


 さて、中途半端ではございますが、次回は来年でございます。楽しみにしている人も、そうでない人も、待っていて下さい!


 今後とも『転生悪魔〜世界最強に至るまで〜』を応援よろしくお願いします!


 よいお年を!


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― 新着の感想 ―
[良い点] 厨二心をがっつりくすぐりますね
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