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悪魔がカレンにわらうとき  作者: 久保 雅
第4章〜魔法騎士学園〜
141/201

路地裏の戦い その2

 竜人。それは竜の力を身に宿す者達を指し。人間達からは魔族の一種として認識されている種族である。


 竜人は人種(ひとしゅ)と呼ばれる種族の中でも上位に位置する種族。肉体能力、魔力、生命力に至るまで、人間達の比ではない。


 彼らはそれぞれが特異体質を持っており、体の一部を(ドラゴン)の様に変化させる事が出来るのだ。これを一般的に"竜化"という。


 この竜化の中でも"眼"を変化される事の出来る者は一万人に一人の確率で生まれると言われており、現在眼を竜化させられる者は僅か八人。かなり希少な存在だ。

 中には数千年に一人の確率で、()()()()を持って生まれる者もいるそうだが、真偽の程は分かっていない。


「……てな感じだったっけ? それにしてもアンタ、眼を竜化出来るタイプの竜人だったんだ。眼を竜化する竜人は決まってどいつもこいつも超強いって聞くし、ちょっと厄介そうじゃん。まぁ、殺す事に関係ないけどね!」


 眼を竜化出来る竜人は強い。それは事実である。

 まず、眼を竜化をするということはつまり、(ドラゴン)の力をそこに宿すという事である。

 その強力な力は眼から神経を通り、脳へ強烈な信号として送られる。それにより脳が超活性を引き起こし、普段は固く閉じられているリミッターを外すのだ。

 このリミッターを外す事により、一時的に肉体能力の爆発的な向上と五感の超強化を得られる。だが、これには当然デメリットが存在する。

 リミッターとは、本来大き過ぎる力を制御するための役割を担っている。それを外すということはそれすなわち肉体へ多大な悪影響を及ぼすということだ。

 竜人は人間と違って頑丈に出来ているものの、リミッターを外した状態はやはり肉体への負担が大きい。

 経験を積んだ竜人ならば、このリミッターを自由に調節できるのだが、まだ若いリュウガにそんな器用な事ができるはずもない。

 故に最初から全開である。


「女だからって容赦しねぇ。全力でぶっ潰す!」


「ハッ! やれるもんならやってみなっての!」


 猛烈な闘気と殺気がぶつかり合い、互いに歯を剥き出しにして悪人面を向ける。


「僕さっきから付いていけないんだけど………なんかすごく場違いな気分」


「安心しなよ、オイラもさ!」


「ア、アタイも……」


 最早二人の雰囲気に置いてけぼりのゼン達は、場違いすぎる自分達の存在に戸惑う。

 少し離れたところではエミリアが相手の狼人と火花を散らしながら鬼気迫る勢いで戦いを繰り広げ、リュウガはリュウガで眼を竜化させているという事もあり正直怖い。


「ヴラドくん、あんなに怖かったんだね……」


「いつもとは月とスッポンさ!」


「………」


 普段からよくリュウガに突っ掛かるローザは、いつもと違うリュウガの一面に驚き、そして知った。本当に自分は遊び相手ぐらいにしか見られてなかったのだと、本気で相手にされていなかったのだと、そう思い知らされた。だが同時に、毎日飽きもせず突っ掛かる自分の相手をしてくれる事に、優しさすら感じた。

 魔族だのなんだと理由もなく喧嘩ふっかけていた自分が滑稽なほどに。


(アタイは……)


 以前エミリアに言われた、ローザは真面目すぎると。確かにそうだろう。ローザは真面目すぎるが故に、魔族であるリュウガを教会から教えられた様に、完全に敵と断定していたのだから。


(ちゃんと向き合わなきゃいけないね……)


 ローザはリュウガの認識を改める。魔族としてではなく、リュウガ個人と向き合う事にしようと心に決めた。少なくとも、蔑むような発言はしない。次からはそうしようと思う。


「今度謝らないとだね……」


「何か言ったかい?」


「いや、なんでもな――」


 言葉を遮るかの様に、重い金属同士のぶつかる衝撃音が鳴る。

 戦闘が始まったのだ。


 リュウガとマヤがつばぜり合い、ゼンが下から潜り込む様に懐に飛び込み、マヤの喉元へ短剣を突く。

 しかし、残り十センチというところで、マヤは喉を守る様に〈魔力障壁〉を展開し、剣の軌道を変えつつ膝蹴りをゼンに見舞う。

 当然、今の頭の位置から膝蹴りが飛んでくるだろうと予想していたゼンは、その場から飛ぶように離脱する。

 すると、膝蹴りを放つ事により片足立になったマヤを、リュウガがさらに押し込み、バランスを崩したところに〈氷殺柱(シル)〉を発動。

 胸の位置に氷の槍が現れ、ほぼゼロ距離で発射される。


 マヤは「ヤバっ!」とぼやくや否や、超高出力の〈炎浄障壁〉を限定範囲で発動し、飛んできてた〈氷殺柱(シル)〉を全て蒸発させた。


 超高温の火柱が上がり、リュウガは後ろへ飛ぶように後退する。

 直後、炎の壁を突き破り、マヤがライカンで鋭い一撃を放つ。だが、マヤの動きが()()()()()リュウガは、特に動揺する事もなく、攻撃を剣で滑らせて簡単に対処してしまう。


 攻撃をいなし、懐へ足を踏み入れると、躊躇なく剣を斬り上げる。

 しかし、これはマヤの誘いであった。


 一撃を放ったほうとは別のライカンが炎を纏い、爛々と赤く輝く。

 近くにいるだけで火傷しそうな程炎は勢いを増し、激しく燃え盛る。


「いらっしゃい、トカゲちゃん!」


 懐へ飛び込んできたリュウガへ、さっきのお返しとばかりに、〈炎灼爪(フランルイフ)〉を放つ。

 全てを焼き斬る灼熱の炎爪が石畳を焼き切り、リュウガへ迫る。


「ヴラドくんッ!!」


「問題ねぇ……」


 叫びを上げるゼンとは裏腹に、リュウガは冷静であった。

 迫る炎爪に慌てるわけでもなく、竜の瞳は〈炎灼爪(フランルイフ)〉を端から端まで忙しなく観察する。


「ここだな……」


 そう呟いた途端、リュウガは剣に氷を纏わせ、真ん中の炎爪を斬り上げる。

 すると、斬り裂かれた真ん中の炎爪は、バランスを失ったかの様に形を崩し、次の瞬間には火花となって掻き消えた。

 残された炎爪はリュウガの左右を通り過ぎると、大きな音を立てて建物の壁を破壊して土煙を巻き上げる。


 リュウガは小さく息を吐くと「成功、だな……」そうボソリと呟く。


「なっ……?!」


「えぇー! どゆこと?!」


「魔法を……斬ったのかい?!」


 空いた口が塞がらないゼン達は元より、これにはマヤも瞠目せざるを得なかった。

 幾度となく戦いを経験してきたが、魔法を斬られたのは初めての経験である。


 魔法が自身に飛んできた場合、普通は障壁などで受け止める、それが出来なければ避けるのが定石だ。だというのに、目の前の男はそのどれを選ぶわけでもなく、斬ったのだ。

 やろうと思って出来ることではない。

 失敗した時のリスクを考えれば、実行しようなどと到底思わないだろう。少なくとも、マヤなら絶対にしない。


「アンタ、頭おかしんじゃないの? 魔法斬るとかマジドン引きだわ……」


「俺らの師匠(せんせい)が言ってたんだよ。どんな物にも脆い部分がある。そこをつけば簡単に崩せるってな。例えそれが魔法であってもだ」


「まさか、それを信じて実行したっての?」


「ものは試しだろ……」


「……ハハッ。それを教えたアンタの師匠は相当頭イカレてるね。実行したアンタも大概だけどさ」


 魔法を斬られた事に多少驚いたものの、動揺するまでには至らない。

 マヤは石畳を強く蹴り上げて一瞬でリュウガに肉薄すると、ライカンでフェイントをかけ、顔面にハイキックを繰り出す。

 放たれた蹴りはリュウガが上体を反らす事で空を切るが、蹴りを繰り出した勢いをそのままに、体をくるりと回転させ、炎を纏ったライカンをリュウガの腹目掛けて突き放つ。

 だが、リュウガはそれも簡単に対処してしまい、自身の腹を串刺しにしようと迫るライカンを剣で受け止め、弾き返す。


「ちっ!」


 マヤは眉間にシワを寄せて舌打ちを鳴らすと、フェイントを織り交ぜた攻撃を繰り出す。

 しかし、全てに対処される。しかも、まるで未来でも見えているかの様に動きを先読みされ、放った攻撃が形になる前に止められるのだ。

 ライカンを振るおうとすれば、簡単に腕を抑えられ。蹴りを放とうとすれば、動かす前に封じ込められる。最早異常と言う他なかった。


(コイツッ……!!)


 何度も攻撃を繰り出すが、死角からの攻撃すら完全に防がれ、マヤの顔に若干の焦りが滲み出る。


 舐めてかかっているつもりはない。寧ろ、本気で戦っている。今までの経験や戦いの中で培った引き出しを全て駆使し、それをぶつけていた。

 だが、その悉くをろくに戦場に立った事もない目の前の男に潰されていく。


 マヤはまるで、今までの自分が否定されているかの様に錯覚し、焦りよりも怒りが先立つ。


「ちッ! コレなら、どうだッ!!」


 マヤがライカンに魔力を流し込み、赤く発光したかと思えば、次の瞬間には白色に変わり、超高温の熱を帯びる。その直後、白熱化したライカンの刃からドロリと炎の鞭が伸びる。〈灰塵鞭(ガリューマ)〉という魔法だ。


「流石にコイツは避けらんないでしょ!」


 片手に三本ずつ、計六本ある灼熱の鞭を、縦横無尽に薙ぎ払う。

 その扱い方は勿論だが、速度、技術、精度に至るまで、クラスメイトのシャナとは比べ物にならないレベルであった。


「当たったら火傷じゃ済まない、よっと!」


 音速を超える速度で振われた〈灰塵鞭(ガリューマ)〉は、周囲の壁や木箱を紙切れの様に焼き斬る。

 本来なら狭いこの場所では不利になるはずの鞭を、制限を無視して振るう様は反則的である。


 一方のリュウガは狭い路地裏故に行動が制限され、また隠れる場所も守ってくれる物も無い。この狭い空間に置いて、音速以上で払われる灼熱の鞭を避ける事は竜化しているリュウガでも不可能であり不利であった。


「………」


 地の利はマヤにある。このまま押し込まれれば、リュウガはバラバラの肉塊へと早変わりするだろう。

 しかし、リュウガに焦りはない。何故なら、リュウガは一人で戦っているわけではないからだ。


「ほいさッ!」


 ベルが両手をかざしたかと思うと、視認困難な速度で見舞われる〈灰塵鞭(ガリューマ)〉が、ベルの伸ばした〈万物掌握〉に掴まれ空中でピタリと動きを止める。


「コレはさっきの……!!」 


 もう少しというところで邪魔が入り、マヤは大きく舌打ちを鳴らす。


「ベル、ナイスだ!」


 ベルが〈灰塵鞭(ガリューマ)〉を空中で受け止めた瞬間を見計らい、リュウガとゼンが左右に分かれて同時に駆け出した。

 しかし、目前まで迫った途端、〈万物掌握〉で掴んでいた〈灰塵鞭(ガリューマ)〉が燃えて消え、マヤの両手が自由になる。


「マズい!」


 考えてみれば簡単な事だ。ライカンを軸に発動していたとはいえ、〈灰塵鞭(ガリューマ)〉自体は魔力で構成された魔法である。鞭の部分の動きを封じたとしても、そこへの魔力供給を絶ってしまえば魔法は効果を失い、消えて無くなる。

 経験の無さと攻め気にはやったリュウガ達の、痛恨のミスである。


「ダメだ! ゼン止まれッ!!」


 今更もう遅い。リュウガの叫びも虚しく、ゼンは既に攻撃を仕掛けていた。


 双剣は吸い込まれる様にライカンと火花を散らし、軽々と受け止められる。

 マヤの口元が三日月の様に裂け、ゾワリと背筋が凍る。


「竜人のほうはともかくとして、アンタはそれ程脅威でもないんだなぁ、コレが……!」


 受け止めていた双剣を勢いよく弾き返すと、ゼンの体が大きくのけぞる。


 弾かれた腕はビリビリと痺れ、引き戻そうとしてもいう事をきかない。死に体になったゼンは格好の的であった。


「クソッタレ!!」


「ベルッ!!」


「分かってるのさッ!!」


 リュウガがカバーに入ろうと脚を動かし、後方ではベルが障壁を張ろうとする。だが、遠い。

 精一杯手を伸ばし、思考を加速させても、あと一歩が、あと一秒が、遠く長かった。


「バイバイ……!」


 マヤがゾッとする様な妖艶な笑みを浮かべた途端、銀の光がゼンの五体を深く斬り刻んだ。


「がっ……!!」


 両手、両脚、胴体を深く斬られ、ドバッと粘性のある赤黒い血が周囲に飛び散る。

 骨折や内臓を破裂する痛みもかなりのものだが、全身を斬り刻まれる痛みはそのどれにも当てはまらない。

 筋肉繊維が絶たれ、膝が折れるその刹那、右の脇腹にライカンが深々と突き刺さり、それを()()()()()()()()


「……っ!!」


 ぱっくりと開いた右脇腹から大量の血とテラテラと光るキレイな臓物が飛び出し、ゼンは今度こそその場に倒れ伏した。


「ゼンッ!!」


 リュウガが叫びにも似た声を上げ、手を伸ばして助けに入ろうとするが「おっと、アンタはそこで大人しくしてな!」と言い放ったマヤの――高出力の――〈炎浄障壁〉が道を塞ぎ、リュウガの行手を阻む。


「クソッ!!」


 その様子を遠くから見ていたエミリアは、隙を見て助けに入ろうとするが、エルヴィス相手に手一杯の為余裕がなく、ただその光景を見ることしかできない。

 横目で伺えば、ベルが障壁を張ってゼンを守っているが、どの道傷を癒さなければ遅かれ早かれ死んでしまう。


(マズいですわ。なんとか助けに行きたいですけれど……!)


「おいおい、戦いの最中に考え事か? 随分余裕だなァ!」


「くっ……!」


 重く、速いククリ刀の連撃を見事に受け止め切るエミリアだが防戦一方である。

 この状況下、まだ余力を残しているであろうエルヴィス相手に、背中を向けるなど自ら死にに行くようなものだ。

 仲間を助けたい気持ちは大きいが、それだけではどうにもならない。


(リュウガはあの状況では動けない。かといって、ローザが動けばベルが狙われる。わたくしは自分の事で手一杯……一体どうすれば!!)


 分かりやすくエミリア達の顔に焦燥感が浮かび上がる。経験の無さ故か、この状況を打破しうる策が思いつかない。


「あ〜あ、あのガキ可哀想に……おいマヤ、早くとどめ刺しちまえよ!」


「分かってるって。ただ、さっきからこの障壁じゃまなんだよね〜」


 そう言って強烈な蹴りを放り込み、障壁を砕く。

 しかし、すぐにベルが新しい障壁を作り出し、ゼンを包み込む。


「アハハッ! そんな事してる暇あるなら早く治癒してあげなよ。まぁ無理だよねぇ。治癒魔法使ったら障壁のほうが疎かになっちゃうから、その瞬間三人まとめてお陀仏だもんねぇ!」


 マヤが障壁を砕いた端から新しく作り上げていくが、こんな事を繰り返していては手遅れになってしまう。

 今はまだ辛うじて呼吸音が聞こえて来るがそれも時間の問題だろう。


「くっ!!」


 ベルが表情を歪ませ、この状況を打破出来ない自分に悔しさから下唇を噛み締める。


「アハハハハハッ! チェックメイトー!」


 マヤの高笑いが一体を包み、誰もがゼンの死を覚悟した、その時――


「は? 何やってんのミケ……?」


 ――遠くから傍観していたミケが、ゼンの傷を癒やし始める。


 〈光生〉にやる青白い光がゼンを包み、傷を癒してゆく。


 敵であるはずのミケがゼンを助け出す光景に、エミリア達だけでなく、マヤも戸惑いの表情を隠せない。


「あら、言わなかったかしら。私は誰も死なせたくないって。当然貴方達の敵でも例外じゃないわよ」


「ミケ、お前なぁ――」


「エルは黙ってて! どうせ、コレは殺し合いって言いたいんでしょう?」


 ミケの言葉が当たっていたのだろう。エルヴィスは、だったら邪魔するなという視線をミケに向ける。


「いい。私は誰も死なせたくないし、殺させない。だから、ここは平和的に話し合いで解決しましょう」


 この期に及んで平和的にとか、話し合いとか、正直エミリア達からすれば冗談ではない。

 仲間を二人も殺されかけているのだ、はいそうですかと話合いに応じるなどごめんだ。そもそも話し合いで解決というのであれば戦闘が本格的に始まる前にするべきであったはずだ。そしてそれは、相手側も同じ気持ちであろう。


「ミケ、アンタどっちの味方なの?! マジで意味わかんないだけど!」


「今この状況においては誰の味方でもないわ。強いて言うなら中立かしら」


 マヤの額に青筋が浮かび、あからさまな怒気を放つ。


「アンタさっきから言ってる事が甘いんだよ。ふざけてっとマジで殺すよッ!!」


 リュウガの達に向けていた時とは段違いの殺気を放つマヤ。しかし、ミケはそれを涼しい顔で受け流し、そして――




()れるものならやってみなさい……」




 ――静かに口を開いたかと思った途端、威圧を含んだ白金の魔力を周囲に放つ。


「……っ!!」


「あ〜あ、俺知らないからな……」


 ミケの威圧にマヤが背筋を凍らせ、エルヴィスは手を止めて、頭を掻きながら呆れた様にため息を漏らす。


 一方、エミリア達は隙を見て集まると――リュウガがゼンを抱え――一度物陰に移動する。


「どうなってんだ。仲間割れ?」


「分かりませんわ。ですけど、ゼンの事が先ですわ。ベル、どうですの?」


「傷は塞がってるけど、出血し過ぎなのさ!」


「血が足りないってことかい?!」


 ベルがコクリと頷くと、エミリア達は顔を歪める。

 この世界は輸血というものがない。その為、血を大量に失った場合は高確率で死ぬことが多い。

 稀に出血多量でも徐々に回復する者もいるが、大抵が頑丈な体を持つ者で、体が小さく頑丈とは程遠いゼンには期待出来ない。

 つまりこの場合、出血多量のゼンは、ミケに傷を完全に癒してもらったとはいえ、ほぼ死ぬことが確定しているのである。


「そ、そんな……じゃあゼンは助からないってのかい!」


 仲間の死(まだ死んでいない)という強烈なインパクトに言葉もなく嘆き、絶望一色に染まるエミリア達。

 なす術なく時間は過ぎ、ゼンの肌は少しずつ、少しずつ冷たくなり始め、死だけが近づく。


「何が誰も死なせないだ! ふざけんなッ!!」


「同感ですわね。元より話し合いなんてするまでもないですわ!!」


 絶望一色から一転。リュウガとエミリアの二人は怒りという名の闘志を滾らせる。


「ベル、なんでもいいからゼンに魔法かけ続けろ!」


「で、でも、ゼンはもう助から――」


 ベルが言い終わるより早く、リュウガがベルの胸ぐらを掴む。


「諦めてんじゃねぇ! 今ここでゼンを救えるのはお前だけなんだぞ。そのお前が諦めちまったら、それこそ終わりじゃねぇか! 無いなら探せ。こんなとこで仲間失ってたまるかッ!!」


 叫びにも似た怒声。そこには、怒りと、希望と、諦めないという強い意志が込められている様に感じた。


 諦めるな! こんなしょうもない所で仲間を死なせる気か! ベル・アインドラの力はそんな物なのか! 

 諦めていたベルの心は、リュウガの叫びによってすんでの所で持ち直す。


「オイラに任せろ! 魔力尽きようがとことんやってやるさ!」


 リュウガはベルと拳を突き合わせると、仄かに笑みを浮かべる。

 任せる! 任されたのさ! そう伝えあっている様に見えた。


 早速ベルは、ゼンに魔法をかけ始める。

 とにかく分かる治癒系の魔法を片っ端から。


「リュウガ、行きますわよ!」


「ああ……!」


 ベル任せておけば大丈夫。そう信じて、エミリアとリュウガは剣を片手に脚を動かす。


「ちょ、ちょっと、本当に戦る気かい?! 今度こそ全員殺されちまうよ!」


 ゼンが死の淵を彷徨うことで殺し合いをしているという現実味が帯びてきたのだろう。恐怖を()き止めていたローザの心のダムは押し寄せる濁流にとうとう決壊し、意思の力で平静を装っていた顔を歪めるに至る。


「今なら逃げるチャンスだよ。だから逃げよう!」


 怖くて、怖くて、声が震える。

 必死に、ただ死にたくないが為に訴える。

 縋る様にリュウガの袖をつまみ、逃げる事を提案する。これがきっと正しい。今ここで逃げることが出来れば、誰も死なない。こうして震えることもなくなる。

 しかし、ローザの訴え虚しく、リュウガとエミリアの闘志は揺るがなかった。もう止まらなかった。


「仲間こんなにされて逃げられるかッ!」


「でも殺されちまうよ!」


 普段からは信じられないほど、弱々しく叫ぶ。

 何も持たない、ただの女の子の様に。


「だったらアイツら道連れにしてやるだけだ!」


「まぁ、頼もしいですわね」


「茶化すな。とっとと行くぞ!」


 リュウガは眼を潤ませるローザの手を、袖から優しく振り解く。

 まるで、心配するなと安心させる様に。


「怖かったらここで待ってろ!」


 リュウガはローザの頭をポンポンと軽く撫で、エミリアと再度戦いに脚を踏みだそうとした、その瞬間。

 エミリア達を飲み込む様に、また白金の魔力が爆ぜる。


「「「「!!」」」」


 どうやら口論が激化し、怒ったミケが無意識に周囲へ放っている様だ。



 しかし、これが誤りであった。



 この幻想的な美しい輝きが、後にミケ達を絶望の穴に突き落とす怪物を呼び寄せることとなる。





 ♢♢♢♢♢


 学園都市より遠く離れた、遥か南の草原。

 そこは少し小高い丘になっており、少し先には薄っすらと村が見える。


 目的地は目と鼻の先。

 漆黒に染まる髪を風に揺らし、若干の懐かしさを感じながら確かな足取りで村へ向かう。


 途端、カレンは()()を感じ取る。


「なんだァ……?」


 カレンは足を止め、後ろを振り返る。


「どうしたんだカレン?」


 急に立ち止まったカレンに首を傾げるルミナス。

 様子からして、何かを感じ取ったのはカレンだけの様だ。


(今のは……魔力……)


 方角的には丁度学園都市がある方角。

 カレンが感じ取ったのは魔力だった。

 それはカレンのよく知る人物とかなり似てる。というより、ほぼ同じ質の魔力であると考えられた。


 カレンは隣で首を傾げるその人物に視線だけを向ける。


『ルミナスの魔力と似てるな……』


『そうじゃのう。というよりコレは……』


『天使の魔力、か……?』


『そうなのじゃが……まさかのう……』


『なんだ、端切れが悪いな。ハッキリ言ったらどうだ』


『いやの、昔の事じゃから勘違いかも知れんが。この魔力の感じ、儂の知っておる奴によく似ておってのう。ちと気になる』


『ほう……』


 カレンは目を細める。紅姫が知っている人物という事は、最低でも千年以上生きている事になる。

 さぞ色々なことを知っているだろう。


 情報が欲しいカレンとしては、是非会いたいところである。


(どうすっかなぁ……)


 カレンは魔力を感じる方角を見つめると、顎に手を添えて逡巡する。


 フルール村まではあと少し、そこには懐かしいバレット家の三人が待っている。

 八年ぶりの再開だ、勿論会いたいし、会って話したいことが山程ある。だが、カレンの興味は遠く離れた天使の魔力に吸い寄せられていた。


「おいカレン、村まであとちょっとだぞ。どうしたんだ?」


「カレン?」


 エリックとルミナスが声をかけるが反応はない。

 少し離れたところでは、クラリス達が顔を見合わせて「何かあったのかしら?」「さぁ、なんでしょう……」と首を傾げる。


 カレンは視線を上げて、エリックに顔を向けたかと思うと「すまん、急用を思い出した」と言って〈天翔〉で浮かび上がる。

 突然訳のわからない事を言い出すカレンに、エリックが「はぁ?!」と間抜けな声をあげ、慌てて引き止めようとする。


「おいカレン、どこ行くんだ! 村まであと少しなんだぞ!」


「夜までには戻る」


「そう言う問題じゃなくて……て、本当に行っちまった」


 カレンは取りつく島も無く、あっという間に彼方へと飛んで行ってしまった。

 エリックは頭を掻きながらぼやく。


「あ〜あ、後でユルトに怒られんのは俺なんだぞ!」


 ユルトには何がなんでも連れて来いと言われていたのだが、最早それも叶わない。実際は言われていないのだが。カレンと一緒に来いとはそういう事なのだ。

 雷がエリックの頭上に落ちるのは確定である。

 そう思うと顔はみるみるうちに青ざめ、一瞬村に帰りたくない衝動に襲われる。

 だが、行かなければならない。何故なら、村で愛しい妻が待っているのだから。


 一方、天使の魔力を辿って空を飛ぶカレンは、黄金の魔力を纏い、まるで煌めく流れ星のようだ。


『魔力の反応具合からして、おそらく学園都市からじゃのう』


「だったらこの調子で行けば十分かからないな!」


 カレンは凶悪な笑みを浮かべる。

 すると、輝かしい黄金色の瞳は、血の如き紅色に染まり、纏っていた煌めく黄金の魔力も禍々しい紅色へと変貌する。


「面白くなってきた……!」


 絶望の始まりだ。


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