調査団がやってきた その1
現在、村は突然の来訪者により喧騒に包まれていた。
その来訪者とは、調査団のことであり、数日前に発生した魔物大進行の調査に来たのである。
普通、こういった調査団が村に来る場合、事前に多少歓迎の準備をしておくものだが、今回村人は調査団が来ることをなんら知らされておらず、無論何も用意していない。そのため今現在、大慌てで準備していた。
ただ、一人を除いて。
カレンはそんな村の様子を、家の屋根裏にある小さな隙間から覗いていた。
「みんな必死だな……まぁ、相手は貴族の使いで来るから当然か」
村のみんなが必死なって準備をするのは、相手が貴族の使いで来ていると言う事が一番大きな理由だろう。
こちらから呼んでおいて、もし何も準備していなければ、それは、相手を侮っていると言う事につながる。つまり無礼に値する。
調査団に無礼を働くと言うことは、すなわちこの調査団を村に送り込んだ貴族に対しても無礼を働いたという事に繋がる。
もし、貴族の怒りを買えば、村は取り壊しにされるか、下手すれば村人全員が不敬罪で捕縛される恐れがある。しかし、これに関しては貴族の度量次第と言える。
そこため、村人はそうならない為にも、ここまで必死になるのだ。
(王族だの貴族だの、面倒そうだから関わりたくなかったんだが……この状況、どう考えても避けられないよなぁ)
カレンは今、家にある屋根裏で一人隠れている状態だ。だが、正直なことを言うと、隠れていようがオレの存在は調査団にまず間違いなくバレるだろう。というより、手紙の差出人が、説明のためにカレンの存在を書いてないわけがないので、既にバレていると言っていいかもしれない。
実を言うと、カレン手紙を出した者の大方の予想はついている。
(どう考えても、アイツしかいないよな〜)
それから数十分後、調査団が村にやって来た。人数は二十四人、調査団としてはかなり多く、団員は全て武装しておりる。
銀色に輝く全身鎧を着用し、腰には剣をさげ、中には槍を待つものもいる。
また、剣や槍ではなく、杖を持ち軽装に身を包んだ、"魔導師"の姿も見て取れた。
"魔導師"とは、魔法を行使する者を指す。つまり、簡単に言うと魔法使いの事である。
基本的には魔法を駆使して戦うため、後衛の役割がほとんどだ。
だが、稀に魔法と剣の両方を修めた、魔導剣士というものがいるらしい。
魔導剣士は前衛、後衛の両方を補えるため、この国ではかなり重宝されるそうだ。
話が逸れたが、調査団を見る限り、どう考えても森の調査に来たとは思えない。というより、討伐しに来ましたよ、という感じがひしひしと伝わってくる。
カレンからしてみれば、調査団とは名ばかりの討伐隊にしか見えず、つい苦笑いを浮かべてしまう。
そんな中、オルドは険しい表情で、シーマとセラは不安そうな表情で調査団を見つめており、ユルトはいつもとは違う鋭い視線を向ける。
(おそらく、あの装備は完全にオレを警戒してのものだろうな。ほんと、ご苦労なこった)
カレンが調査団を観察していると一人の男が前に出て来る。おそらく今回の調査団の団長だろう。
男の身長はおおよそ百八十センチ、髪は金髪で短く切り揃えられており、顎鬚を蓄えている。瞳の色は青色で眼光は鋭い。
体格は筋骨隆々で、鎧を着ていても分かるぐらい、筋肉が盛り上がっている。
男は村人の視線が自分に集まると、全員に聴こえるように声を張り上げ、自らの名を名乗った。
「私は、この地を治められる、ナーバン男爵様の命により、この村に派遣された調査団の団長、メービス・オプナーである! 今回は数日前に発生した、魔物大進行の原因の調査に参った! この村の代表者は前にでよ!」
オプナーがそういうと、村人の中から、一人の初老の男性が前へ出る。この村の村長である。
「私がこの村の村長で、ホバス・ベイロと申します。本日は遠いところからわざわざお越しいただき、村を代表して感謝申し上げます」
「うむ、では村長殿、早速何人か調査に向かわせたいのだが、道案内できるものはいるか?」
「そうですね……では、エリック頼めるかい」
すると、名前を呼ばれたエリックが手を上げて出てきた。
「はい、お任せください」
オプナーは頷くと、調査団の方に振り向いた。
「ではヨオズ、予定通り六人を引き連れて、森の調査に当たれ」
「はっ!」
「では、エリック殿、道案内頼んだぞ」
「畏まりました。では、調査に向かわれる方は、私について来てください。案内致します」
そう言って森へ歩き出したエリックの後に、ヨオズと呼ばれた男と魔導師ニ人、団員四人を含めた計七人が付いて行った。
しかし、今回村に来た調査団の数に対して、今森へ調査に行った人数はあまりに少なかった。
村に来た調査団の内半分以上が残ったことに、村のみんなは怪訝な表情を浮かべる。
普通調査に来た者達がこれだけ村に残る必要はない。寧ろ、調査に向かうものが少なければ少ない程時間が掛かるし危険が増すからだ。
その事を疑問に思った村長は、オプナー団長に恐る恐るという風に質問をしする。
「あの、オプナー様、恐縮ですがご質問させて頂いてよろしいでしょうか?」
「構わないが、何か?」
「どうしてこれだけの数の方々が村に残られたのでしょうか? 森にたった七人で調査に行くというのは危険ではありませんか?」
「村長の心配ももっともなことは、重々承知している。森の調査をして欲しいと頼まれたにも関わらず、申し訳ないが、我々はこちらの方を優先させて頂く事にした!」
「こちらの方といいますと?」
「ん? ご存知ありませんか、この村には魔族の子供がいると聞き及んでいるが?」
その瞬間、村人が騒ついた、オルドは表情をさらに険しくして拳を作り、シーマとセラは互いの手を強く握り、不安そうな顔をより一層濃くした。ユルトの顔はニコニコしているが、緊張のせいか少しぎこちなく、時折ゾッとする様な視線を向ける。
カレンの場合、予想通りだったのでそこまで驚いていない。かといって別に余裕と言うわけでもないのだが。
(ちっ!面倒な事になってきた…)
カレンがここに隠れているということがバレるのも、時間の問題だろう。
逃げるという選択肢もあるが、その場合、どこに逃げるというのだろうか。そもそも、魔族であるカレンがこの国で受け入れられることはない。例え逃げおうせたとしても、結局行くあてがなく、また彷徨うことになる。だから、逃げる事は何の解決にもならないのだ。
「ほんと、魔族のオレを家族として迎え入れてくれた父さん達には、ちゃんとお礼を言っとかないとな」
カレンはもう少しだけ様子を見ることにした。
「それにしても、嫌な予感ほどよく当たる……」
騒つく村人に向けオプナー団長は声を飛ばす。
「この中に手紙の差出人、フィン・ケディラはいるか?」
すると村人の視線が一斉にフィンへと向いた。
また予想が的中した事に、カレンは溜息をつき、目元を手で抑えた。
「はぁ〜……面倒なことしやがって」
手紙を送ったのがフィンだと知ったオルドは、額に青筋を浮かべ、怒気を露わにした表情でフィンを睨みつけると顔を真っ赤にした。シーマとセラは、どうして、と言わんばかりに愕然とした表情になっていた。
オルドに睨まれたフィンは、一気に顔色が青くなり、慌ててオルドから視線を外すと、フィンは足早にその場を離れオプナー団長の前まで行く。そして、そのまま頭を下げて名を名乗った。
「私がこの度、男爵様に手紙を送らせていただきました、差出人のフィン・ケディラです」
「ではケディラ殿、確認させて頂こう。本当にこの村には、魔族の子供がいるのだな?」
「はい……あちらにおります、バレット夫妻の家におります。恐らくですが今もそのバレット家の家の何処かに隠れていると思われます」
清々しいほどに洗いざらい吐いていくフィンに、オルド達村人は開いた口が閉まらなかった。
カレンもオルド達と同じ気持ちだ。まさかここまで何の抵抗もなく話すとは思っておらず、その屑っぷりについ苦笑いを浮かべてしまう。そして、同時に額に青筋を浮かべる。
「フィンは正しい事をしているはずなんだが……なんかこう、腹が立って来るな。それに、アイツは自分のしている事が分かってんのか?」
そう言ってカレンは、どうしようもないフィンの行動に呆れ果て、眉間に手を添えた。
カレンの中のフィンの評価が底をつきそうになる。
多分これによってカレンが死んでも、フィンはこう言うはずだ「村を思ってやった事だ」と。
そう答えれば村の人達は誰も反論しないだろう。ただし、カレンを家族として迎え入れたバレット家の三人とユルトは別だろうが……
オルドとシーマはカレンを実の息子の様に可愛がり、セラはカレンと姉弟の様に過ごしている。
ユルトに関しては、カレンを実の弟の様に思い、オルド、シーマと同じく、それはもう可愛がっている。
カレンに何かあった場合、フィンのこれからが気になる所だ。
閑話休題
屋根裏部屋であぐらをかきながら腕を組み、頭を悩ますカレンは、これから団員達に見つかった時、どう対処しようか考える。
(やはりここは穏便に行くべきか? いくらオレが魔族で、殺す対象だとしても、ちゃんと話し合えば何とか成るかもしれない。
やはりここは文明人らしく、大人の対応をするべきだな……
いや待てよ、そもそも魔族であるオレを匿っていた父さん達は粛清対象になる。それどころか村人の何人かも同罪だ。そこも考えて行動しねぇと取り返しがつかねぇな)
中々、上手く事を運べる様な考えがまとまらないカレンは、一度様子を見ようと視線を村の皆んなの方へ戻した。
途端、カレン時を止めた。
先程まで色々考えていた事が何処かへ吹き飛び、体の中を何かが這い回る感覚に襲われ、心臓がドクンドクンと音を立てる。
視線は一点に固定され、怒りで少しずつ赤く染まってゆく。
カレンの視線の先、それは、村の中央で捕縛されたオルドとシーマに、泣きながら寄り添うセラの姿だった。




