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悪魔がカレンにわらうとき  作者: 久保 雅
第4章〜魔法騎士学園〜
134/201

ズワールト

 ズワールト。それは王国だけでなく、世界を股にかける謎多き組織。

 一部ではただの作り話だのと噂されるが。結論から述べるのであれば、ズワールトという組織は実際に存在する。


 その構成員の数は数千人以上にも上り、大国を中心に各国に張り巡らされた情報網は凄まじい。例えば国家機密と言えるほどの情報すら、彼らがその気になれば手に入れることができる。


 彼らズワールトの目的は伝説に謳われる魔剣と聖剣を手に入れること。というのが表向きの目標であり、目的である。確かに魔剣や聖剣を探し回っている事は事実であるが、最終的なものは違う。


 ズワールトの目指すところ。それは国家転覆である。更にその先をいうなら、国を乗っ取るのが彼らの目的である。


 この組織が発足してから七年と三ヶ月。伝説の魔剣を二本、聖剣を一本手に入れた。そして、実力のある構成員も多く、中には(ブラン)ランクに匹敵する猛者まで存在する。

 数も質も、国を堕とすには十分だった。


 あと一本。あと一本魔剣か聖剣があれば、国堕としを成し得ることが出来る。


 手の届く距離まで迫った目的に、誰しもが目が眩ませた。

 だから、彼らは襲った。


 襲ってはいけない相手を……彼女を襲撃してしまった。


 周辺国家最強の吸血鬼。魔将統率者 バーカンティ・デルフィオーネを。


「クソッ! あの化け物吸血鬼めっ!!」


 学園都市アルゴの第六地区。その繁華街と呼ばれる街の、裏の顔と呼ぶべき狭く暗い路地裏。通称"裏町"。

 外套に身を包んだ――身長二メートルはあるガタイの良い――大男が猛獣のような声で、苛立ちの言葉を吐き捨て、近くの木箱を蹴り飛ばす。


 木箱は大きな音を立てて飛んでゆき、最後には砕けて残骸だけが残る。


 誰にも聞かれないよう、防音の魔法で音が漏れないようにしてはいるが、あまり目立つ事はしないで欲しい。そう思いながらも、男の周りにいる――同じく外套に身を包んだ――四人の男女は口元を歪め、舌打ちをする。

 気持ちは男と同じなのだ。あんなデタラメな存在には、最早文句しか出てこない。


「こっちの手勢六十人を文字通り瞬殺。それどころか、あの吸血鬼のために投入した魔剣と聖剣、両方を回収されちゃって、もう最悪!」


「なんなのだアレはっ! あんな化け物がこの世にいていいのか!」


「魔剣と聖剣の喪失。そして戦力の大幅ダウン。これは我々ズワールトにとってはかなり痛い。まったく笑えん冗談なのだよ!」


「我々の七年にも及ぶ努力を……おのれ!」


「我らが国家転覆を成すには、魔剣と聖剣の力は必要不可欠なのだよ。なんとしても新たなものを手に入れなければ……」


「その前に人材の補強が先だろう! 新しく仕入れた情報では、各国で我々の仲間が次々に捕縛されていると聞く! もう組織の構成員は半分にまで減っているのだぞ!」


 ズワールトはかなり追い詰められている。

 それは、魔導国での襲撃失敗からが始まりと言わざるを得ない。


 冒険者でいうところの(ゴールド)ランクと白金(プラチナ)ランククラスの猛者六十余人。

 そして、作戦の確実性を重んじ、組織の中でも"三烈(さんれつ)"と言われる最強の三人の内二人を投入、それぞれに魔剣と聖剣を持たせた。


 しかし、その貴重とも言える人材が、たった一人の吸血鬼に敗北した。一方的な蹂躙に終わったのだ。


 それどころか、目的に必要な魔剣と聖剣まで取られるという始末。その上、捕縛された者たちからズワールトの情報を引き出され、各国に潜入している組織の仲間は次々と捕まる。

 捕縛された数は既に半分以上だ。


 このままでは組織が崩壊してしまう。そう考えたズワールトの構成員たちは、一度一つの国に集まる事にした。


 その場所が王国の、この学園都市である。


「この学園都市は隠れるのにもってこいの場所。我らズワールトはここを拠点とし、王国で力を蓄え、そして乗っ取る!」


「しかしリーダー、何故王国なんだ? わざわざ戦力の大きな大国より、ソレイユ共和国やデルメアーノ公国のような小国の方が簡単に思えるのだよ」


 リーダーと呼ばれた大男は、近くの木箱にどっかりと腰を下ろす。


「確かに安全性を考慮するなら小国だろう。だが、小国では人材の補強はままならない上に、魔剣や聖剣があるという情報は一切ない。その点、王国には少なくとも二本の魔剣と三本の聖剣があると聞く。これは確かな情報筋から仕入れている。

 そして何より、王国は一年前の"人喰い"襲撃事件により、戦力という面でかなり危ういという弱みがある。

 殆どの戦力は魔導国と帝国の国境に張り付け状態だ。仮に内乱が起きたとしても、ろくな戦力は動かせまい。事実、街にある兵士の数は他国に比べて半分以下だ。

 それに、この国は穴が多い。簡単に出入りが出来る。そういった事を考慮するならば、現状この国ほど我々が活動しやすい所はない」


「なるほど」


「あと数日もすれば残りの仲間たちもこの街にやってくるだろう。そうすれば、まずこの街で人材の補強を行う。この学園都市は王国でも治安が良いと言われているが、光ある所に必ず影が存在する。そういった奴らを引き込みながら、同時に魔剣と聖剣を探す。ちなみに、既に魔剣一本の場所は特定済みだ。我々の力が戻るのにそう時間はかかるまい」


「なら、国堕としの標的は王国、という事で良いのだな?」


「そうだ。時期が来たらまず、この街の住人を人質に取る。ここには名のある貴族のご令嬢、ご子息様がいるそうだからな」


「分かった。そういう手筈で動くとしよう」


 まずはアジトの確保が最優先。幸いにもこの街の地下には使われていない倉庫跡が多数存在するらしく、今は誰も近づかないらしい。

 大男はそこをアジトにするふしを伝え、必要なものを揃えるよう各々に命じる。出来るだけ静かに水面下で行うように。


「いいか、ボスが来るまでに場を整えるぞ。それと、()()()()に近い奴で、仲間に引き入れられるなら構わん。引き込め! 当然だが口が軽そうな奴はやめろ。分かったな!」


「「「「了解!」」」」


 この街は彼らにとって実に都合の良い隠れ場所である。街は大きく、そして複雑に入り組んだ路地裏が多い。

 何より、地下にはこれまた迷路の如き人工のダンジョンが存在する。


 仮にズワールトの存在が露見した場合、この街の住人のほとんどは学生。ハッキリ言って取るに足らない存在である。制圧は容易であろう。勿論、そうならない事が彼らにとって一番良いのだが、最悪の事態は想定しておくに越した事はない。


「お前たち、最後に言っておく。我々ズワールトの存在は、今や明るみになりつつある。だが、だからといってその存在を公にするわけにはいかない。いっている意味が分かるな?」


 フードの奥で、大男の眼光が鋭く光る。今までで一番重く、殺気のこもった声。

 四人の男女は大男の真意を悟り、無言で頷く。


「目撃者は一人残らず殺せ」


「「「「はっ!」」」」




 ♢♢♢♢♢


 などという会話を読唇術で読み取ったリチャードは、物陰に隠れてその内容に慄く。


(おいおい冗談じゃねぇぞ。国家転覆?! 王国を乗っ取る?! コイツら頭イカレてんのか!)


 興味本位で跡を付け、会話まで読み取った自分が今はとても恨めしい。

 会話が進むにつれ、途中から嫌な予感はしていた。


 相手はリチャードの存在に気付いてはいない。今ならまだ見なかった事にできる。そう思いながらも、結局最後まで話を読み取ってしまった。国家転覆や国を乗っとるなどという物騒な言葉が出て来た時にはもう目が離せない。

 背筋がざわつき、肌が粟立つ。どうして自分はこんな所にいるのだろうと自問自答を繰り返した。


(クソっ! こんなの聞いちまったら聞かなかった事になんて出来ねぇじゃねぇか!)


 リチャードは頭を掻き毟り、後悔という名のため息をつく。

 今の会話の内容を知って傍観出来るのなら一体どれほど楽だっただろうか。


「出来るわけねぇよな……」


 この街には数百万もの命がある。それを危険に晒すかもしれない奴らが目の前にいるのだ。放っておける筈がなかった。何より、この街にはリチャードの大切なものが沢山あるのだ。


(だがどうする。俺一人じゃどうにもなんねぇし。やっぱり師匠(せんせいに)助けを求めるか? いや、あの師匠(せんせい)が助けてくれる筈ないか。どうせ「自分で首突っ込んどいて、尻拭いを他人にさせるのか? ふざけんな。自分(テメェ)でどうにかしろ!」とか言いそうだしなぁ……ていうか――)


 リチャードはその場にしゃがみ込み、自身の両手に視線を落とす。


「――武器がねぇ……」


 普段リチャードが使っている大剣は学校のものであり、自分用の物は持っていない。


 以前リュウガに武器を見に行かないかと誘われた事があったが。その時は行っても買うわけでもないから断った。今思えばあの時リュウガと行っていれば、自分用の大剣を購入していたかもしれない。そう思うと行っておけば良かったと、今更ながら後悔する。


「まぁ、仮に買ったところで、今日は持って来なかっただろうけどな……」


 リチャードたちは数日前にヴェイドから〈魔導庫〉の魔法を教えてもらっている。この魔法があれば必要な時に武器や回復薬などを取り出す事が出来るため、非常に便利である。

 しかし、魔法が下手なリチャードは〈魔導庫〉を使えない。いや〈魔導庫〉自体は発動できるのだが、リチャードは魔力配分が極度に下手である。仮に大剣を〈魔導庫〉にしまって一日活動したとするなら。今の魔力量なら、おそらく二時間で魔力切れとなるであろう。

 反対に魔力配分の上手いベルやディートリヒ、エミリアなら一日は余裕のはずである。


「魔力配分上手くなんねぇと――」


 今後の課題を確認するように呟き、再度ズワールトのいる路地裏を覗き込もうとした瞬間。


「――おいガキンちょ、そこで何してるんだ?」


 ()()()()()()()()()()()()


「!!」


 今日の天気は晴れである。だが、汗をかくほど気温は高くない。寧ろ出かけるには丁度いい温度帯である。だが、今のリチャードからは滝のように汗がふき出していた。


 いくら五人組に集中していたとはいえ、此処は安全とは程遠い路地裏。会話を読み取りながらも、常に周囲の警戒はしていた。

 だが、リチャードは気付かなかった。全くと言っていい程に、なんの気配も感じなかったのだ。


 心臓がうるさいぐらいに鼓動を打ち、僅かに呼吸が乱れる。

 今もなお上からは尋常ではない気配を感じ、生物としての反応が警報を鳴らしている。


 喉を鳴らし、リチャードは恐る恐る上に視線を向けた。


「あーあ、かわいそうに。ガキのくせして余計な事に首突っ込んじまって……お前、死んだぜ」


 男は狼人だった。歳は二十代半ば。薄鈍色の髪は短く切り揃えており、朱色の眼は猛禽類のように鋭い。

 肩、胸のみの軽装。全体的に細っそりしているように見えるが、その実無駄なものを排除した引き締まった体つきである。腰には奇妙な形の短剣を二本()ている。


 男は吊り下げ看板の上でヤンキー座りをしながら、獰猛な笑みをこちらに向けた。


 その整った顔立ちとは裏腹に、(かも)し出す雰囲気は悍しい。


 リチャードは理解した。この狼人の男は、数えきれない人間を殺している。

 そういう匂いというのか、気配というものを感じた。


 強い。断言できる。この狼人を人目見た瞬間、それ以外の言葉が見つからなかった。

 まだ学生の、ましてや戦闘経験が皆無に近いリチャードとは、文字通り雲泥の差である。


 一瞬言い訳でもしてこの場を立ち去ろうかとも思ったが、そんな悔し紛れの行動をしたところで、目の前の男が見逃してくれるとは到底思わない。


 それに、この男はリチャードが死ぬ事を前提に話しかけている。なら、生き残る方法は一つ――


「〈風掌(アロ)〉!」


 ――逃げの一手。


 振り向き座間に突風を生み出し、吊り下げ看板に座っていた狼人を遠くに吹き飛ばす。

 そして、リチャードは脚に〈身体強化〉を発動。脇目も振らず、その場から脱兎の如く駆け出し、あっという間に姿を消した。


 突風によって吹き飛ばされた狼人の男は、空中で見事に体勢を立て直すと、後方に迫っていた建物の外壁に着地。すぐさま足をバネに壁を蹴る。


「ハハッ! やってくれんじゃねぇか、ガキ。ちょっとは楽しめそうだなオイ!」


 男は一応仲間に〈念話〉でリチャードの事を報告しておく。


『おいロッズ。ガキが一人盗み聞きしてやがったぜ』


 ロッズと呼ばれた男は五人組の中でリーダーと呼ばれていた男である。


『なに! 防音の魔法を発動していたのだが、やはり魔法も万能ではないか……』


『読唇術とか特殊な技術だろうぜ。まぁ、聞かれちまったもんは仕方ねぇ。取り敢えずお前も一応来い。今は北側を走ってる!』


『分かった。すぐ追いつく!』


 狼人は〈念話〉を切ると、木箱などの障害物の多い路地裏を縦横無尽に駆ける。


 この迷路のように入り組んだ路地裏で、最早どこにいるかもわからないリチャードの居場所を、人間よりずっと優れた嗅覚と聴覚を頼りに追跡する。


「せいぜい楽しませてくれよ、ガキィ!」


 ズワールト最強を謳われる"三烈"。その強さは(ブラン)ランクに匹敵すると言われている。

 中でもこの狼人の男は、"三烈"の中ではブッチギリの強さを誇り、最早人外の領域に足を踏み入れていた。


 一方で、最早自分が何処を走っているか分からないリチャードは、木の枝のように分かれる小道が現れる度、焦燥感が表情として滲み出る。


(くそっ! 此処は何処だ!)


 行けども行けども似たような道が姿を表すばかり。完全に迷子となっていた。


 どの道に入れば大通りに戻れるのか、自問自答を繰り返す中、特異体質により常人より優れた聴覚を有するリチャードの耳が、後方から嫌な音を拾う。


 それは石畳を蹴る、人の走る音。


 その音を誰が出しているのか理解したリチャードは、背筋を凍らせる。


(おいおい、マジかよっ!)


 音は凄まじいスピードで迫り、そして――


「ハハッ! 見つけたぜ!」


 ――狼人の男がリチャードに追いついた。時間にして僅か三分程度であった。


「……!!」


 魔法でかなり遠くまで飛し、それなりの距離を稼いだ筈とふんでいたリチャードは、数分で追いつかれたという事実に歯噛みする。


(くそっ! このバケモンが!)


 ズワールト最強を謳われる"三烈"の一人にして、最後の一人。そして、ズワールトという組織内において、唯一戦いだけが目的の男。

 その名も"エルヴィス・バレンタイン"。人呼んで――


「さぁ、狩りの時間だ!」




 ――"凶獣"。



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