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悪魔がカレンにわらうとき  作者: 久保 雅
第4章〜魔法騎士学園〜
132/201

休日 その3

「俺たち何してんだ?」


「知らね。強いて言うなら、目的もなく歩いてるだけだな」


「やっぱりそうだよな……」


「五連休は嬉しいけど。いざ始まると何すりゃいいかわかんないよな〜」


 いつものように二人セットで大通りを歩くヘンディとジュドー。休日ということで、張り切って外に飛び出したのはいいものの。特にやる事もやりたい事もない二人は、かれこれ三時間は無駄に歩き続けている。


 何かやる事はないか、何処か面白そうな店はないかと周囲を見わたすが、これといって二人の気を引くものは見当たらず、ただ時間だけが過ぎてゆく。


「もう昼になるな」


「腹も減ったし、そろそろ飯にしようぜ」


 陽は真上に差し掛かり、二人のお腹がくぅ〜と音を鳴らす。

 時刻は十二時を過ぎている。朝、勢いに任せて街に繰り出した為に、二人は今朝から何も口にしていない。

 それもあってか、お腹のすき具合はかなりのもので、今なら大量の料理が胃袋に収まるだろう。


「第六地区の大衆食堂に行こうぜ。俺あそこの"三日海老"のフライが食いたい」


「いいなそれ。じゃあ行くか!」


 腹が減ってはなんとやらという事で、二人は現在いる第三地区のメインストリートから舵を取り、第六地区へと進路を変える。

 すると、第四地区のメインストリートに差し掛かった時、道のど真ん中にお爺さんが座り込んでいるのを目撃する。

 具合でも悪いのだろうかと周りの人も心配そうにしており、何人かはお爺さんのそばに膝をつき、何やら話しかけている人もいる。


「なんだ?」


「さぁ?」


 気になったヘンディとジュドーは、お爺さん近くまで行く。

 前とてっぺんの毛が完全にお亡くなりになっているお爺さんの顔は、目も口も眉毛と髭で覆われている為、表情は分からない。だが、顔色は悪くない。少なくとも具合が悪いからお爺さんが座り込んでいるようではなさそうであった。


「あの、どうかしたんですか?」


 ジュドーは近くにいた――顔面毛むくじゃらの――ドワーフの男性に尋ねる。


「実はな……」


 男性の話だと、つい三十分ほど前からこのお爺さんが突如道のど真ん中に座り、以降動かなくなったらしい。

 当然周りの人たちは、どうかしたのかとお爺さんに尋ねたが、返って来るのは要領の得ない返事ばかり。ほとほと困っているらしい。


「見た目からしてもう七十は超えてるだろうし、ボケて来てるんだろうな。仕方ねぇさ」


 とは言いつつ、このままお爺さんがここに居座り続けると交通の妨げとなる。こうなれば無理やりにでも動かすしかない。


「だったら俺たちがジィさん運びますよ!」


「ちなみにこのジィさん、どの地区の人か分かるっすか?」


「ヘンディそれ後にして、先にジィさんあそこから動かさないと」


 何処の人かを聞くのは後からでも出来るという事で、二人はまずお爺さんのそばまで行く。そして、ヘンディが背を向けて、おんぶの体勢になると、ジュドーが「ジィさん、ここにいると迷惑になるから、移動しよう」と話しかける。


「は? 迷路で井戸を掘る? 水ならいつでも飲めるじゃろう」


「いや誰もそんな事言ってねぇよ」


「ワシャどっちかというと、おっぱいより尻派じゃな」


「だから聞いてねぇって! 俺は鎖骨派だけどね!」


「ジュドー何言ってんだ? ちなみに俺はおっぱい派」


「"ラクティー"のシャロンちゃんのおっぱいはええのぉ。柔らかい」


 お爺さんは頬を染めながら滑らかな動きで手をワキワキさせる。


「アンタ今おっぱいより尻派って言ってだろうが! ていうか柔らかいってなんだ! 揉んだのか?! シャロンちゃんのおっぱい揉んだのか?!」


「ジィさんその店何処だ! 教えてくれ!」


「いや、それより。ジィさん、いい加減動いてくれ」


「ワシャ尻よりおっぱい派じゃのぉ」


「さっきと言ってる事逆じゃねぇかっ! もう付き合い切れるかっ!」


 ジュドーはお爺さんの脇に手を通し、無理やりヘンディの背中に預ける。

 お爺さんは年という事もあるのか、体はほっそりしている為、非常に軽い。ヒョイと持ち上がった。


 お爺さんを背負ったヘンディは、交通の妨げにならないように、一旦道の脇による。


「そんで? このジィさんは何処の地区の人っすか?」


 ヘンディはドワーフの男性に尋ねる。


 しかし、その男性もこのお爺さんがどの地区に住んでいるのか知らないらしく、申し訳なさそうに首を横に振る。

 他の人にも聞いてみるが、やはり知らないようで、みんな「知らない」と答える。


 お爺さん本人に聞いても、返って来るのは訳の分からない返事だけ。

 時間もあるし、たまにはいいか。そう思って軽く突っ込んだのだが、中々面倒な事になってきた。


「どうするジュドー。憲兵に引き渡すか?」


「中途半端に首突っ込んどいて、困ったら他人に任せるのか? 師匠(せんせい)が聞いたら小石じゃ済まねぇぞ」


「ヒッ!」


 ヘンディは小さな悲鳴を上げる。


 未だあの小石を受けた事はないが、毎度額に大きなタンコブを作るエミリアの反応からして、かなり痛いはずである。本人(いわ)く「衝撃が後方まで突き抜けるようですわ」とのこと。


 それで済まないとなると、たまったものではない。しかも、ヴェイドならやりかねないというのがまたタチが悪い。


「ど、どどどど……ど、どうしよう!」


「落ち着けって、このジィさんがどこの地区の人かは分からないけど、手がかりならジィさん本人が言ってただろ?」


「え? そんな事言ってたっけ?」


「ジィさんの言葉を思い出せよ」


「………尻よりおっぱい派?」


「違う。そこじゃない!」


「他にもっと言っていただろ」とジュドーが言うが、ヘンディは他にあった? と言わんばかりに首を傾げる。どうやら本気で分からないようである。

 ジュドーはため息をつく。


「"ラクティー"て、このジィさん言ってただろ。それに"シャロン"さん。これを手がかりに探せばいい」


「おお! ジュドー、お前頭良いな!!」


 ジュドーは苦笑いを浮かべる。普段からバカのハッピーセットと周りからは呼ばれているが、一応「白星」の称号を持つだけの学力と頭の回転の良さはある。

 それはヘンディも同じ筈なのだが。ヘンディはどちらかというと、実技の方に秀でており、頭の良さに関しては際どいところがある。学力と頭の良さはまた別物なのだ。


「とにかく、知ってそうな人に聞いてみようぜ」


「おう!」


「シャロンちゃんの尻はええのぉ」


 話の通じないお爺さんの事は無視するとして、二人は行き交う人たちに手当たり次第話しかける。

 だが、いくら聞いても首を横にする人たちばかりで、中々話が先に進まない。あっという間に一時間が経過する。


「全然知ってる人が見つからねぇ」


「なぁ、ジィさんどっから来たんだ?」


「ワシャ若い頃はモテたもんじゃ」


「だからそんな事聞いてねぇって!」


「無駄だってジュドー。このジィさん、はなからなんも聞いちゃいないって」


 諦めたようなヘンディの背中では、お爺さんが「昔はヤンチャしたもんじゃ」「ばあさんも昔はべっぴんでのぉ」「やっぱ尻じゃろ尻」と、人の苦労も知らずに機嫌よく話す。

 すると、そんなお爺さんを見ていると、だんだんと腹が立ってきたジュドーは――自分たちから首を突っ込んでおいて――どうして休みの日にこんな事してるんだと、理不尽に怒りの矛先をお爺さんに向ける。


「このヨボヨボ変態クソジジィ。毛根死滅ハゲ、バーカ、バーカどうせ聞こえてねえだろ!」


「誰が毛根死滅ハゲだ。ぶっ殺されてぇのかこのクソガキ!」


「なにちゃっかり悪口だけ拾い上げてんだ! ていうか聞こえてんじゃねぇかクソジジィ! だったらどこの地区から来たか早く教えろボケ!」


「誰が教えるか! 死ぬまでお前らに迷惑かけてやる!」


 ジュドー青筋浮かべて頭を掻き毟ると、大きくため息をつく。誰のためにやってるんだと思わなくもないが、元を正せば自分たちから首を突っ込んだ件である。

 お爺さんも教えるつもりがないのか忘れているだけなのか定かではないが、最早気長に行くしかない。そう思うことにしたジュドーは少しの冷静さを取り戻し、一旦お爺さんの事は後回しにして、取り敢えず腹ごしらえをする為に第六地区に向おうと言う。


「腹が減ってはなんとやらだ」


「そうだな、俺もいい加減腹が減った」


 道中ずっと要領の得ない話ばかりするお爺さんをひたすら無視した二人は、第六地区に着くとメインストリートを外れ、セカンドストリートに続く細い道を歩く。


 ここは人通りも少なく、どこかジメジメした空気が漂い、日の当たる大通りと違い薄暗い。

 細い道からは、さらに細かな道が何本も伸びており、まるで迷路のようになっている。


 そんな通りを迷うことなく突き進むヘンディに、ジュドーは感心にも似た息を漏らす。


「こんな入り組んだ道、よく迷わずに進めるな」


「俺ジュドーと出会う前は街中散策してたからな。こんな路地裏みたいな所もしょっちゅう入っては探検してた! 何回か迷子になっだけどな」


「へぇ……迷子になったて言うけど、どうやって大通りまで戻ったんだ?」


「ああ、それはな。そこら辺にいるおっさんに声かけて道案内してもらった!」


「そこら辺にいるおっさん……」


 この学園都市は王国の中でも治安は良い方だが、それでも犯罪などの類がないというわけではない。そういったことを引き起こす連中は一定数いる。

 中でも今歩いている路地裏のような細く薄暗い所には――全員ではないが――犯罪者やその予備軍のような輩がいる。


 そんな所で、そこら辺のおっさんと言って話しかけるのは、中々根性がいるだろう。


 横に伸びる路地裏に目を向けてみれば、危ない目をした人たちがこちらを見ており、そんな人たちに声をかけたヘンディはやはりいろんな意味ですごい。


(どうせ何も考えずに、声かけたんだろうなぁ……)


 その状況を思い浮かべると、ジュドーに引きつった笑みを浮かんだ。


「どうしたんだジュドー?」


「いや別に……」


「もうすぐここ抜けるからな。そしたらすぐお食事処が――」


 何かに気づいたヘンディがふと立ち止まる。視線は今いる場所より暗く細い路地裏に向けられており、奥を覗くように目は細められている。


「なぁジュドー、あれ……」


 ヘンディは顎をしゃくって視線の先を見るよう促す。


「なんだよ急に……ん?」


「あれって、リチャードじゃね? こんな所で何してんだ?」


 視線の先、そこには二人のよく知る人物、リチャードがいた。

 どういう状況かはわからないが、何やら周りを気にしている様子である。見るからに怪しい動きだ。


「どうする?」


 二人は視線を交わすと、面白いものを見つけた! という笑みを浮かべる。


「そりゃお前、行くっきゃねぇだろ!」


「だよなぁ!」


 好奇心に吸い寄せられたジュドーとヘンディの足は、自然と暗闇に踏み出し、リチャードの所へ向かう。


 学生には絶対に用のない路地裏。そこにいるクラスメイト。どう考えても普通ではないはず。

 しかし、好奇心に塗りつぶされた二人の思考には、危険という二文字はなく。ただ、面白そうだから行ってみよう、というノリだけで足を動かす。


 それがどれだけ危険で、この先どれだけ後悔するとも知らずに。


 ちなみにお爺さんはヘンディに背負われたままである。




 ♢♢♢♢♢


 行き交う人たちの中を、縫うように進むヴェイド。


 最近になって義兄(ユルト)から手紙が届き、いい加減村に帰ってくるよう催促が来た。

 レリエル教団も自国に引っ込み、神聖国自体も目立つ動きをしていない今が頃合である。そう考えたヴェイド、いやカレンは村山の成人の儀も近いということもあり、とうとうフルール村に帰ることにした。


 カレンは帰るにあたって、ついでに色々お土産も買って行こうと思い、今日一日を使って、取り敢えず片っ端から物を買い漁った。

 そして、納得のいくまで買い物をしたカレンは、買い物が意外と早く済んだという事で、出発を今日に予定変更する。

 本当なら明日にする予定だったのだが、先ほどディートリヒから興味深い物を借り、道中それを調べることにしたのだ。

 宿でゆっくり調べるのも良かったのだが、それだと集中しすぎて時間を忘れてしまう。それでは村に帰ることすら忘れる。


 カレンはアルゴの城門をくぐり、街の外に出ると――一般人では到底視認出来ない速さで――その姿を消す。


 一瞬で学園都市から数キロ離れた街道までやって来ると、カレンは歩きながら〈魔導庫〉から手記を取り出す。

 僅かに魔力の感じるこの手記は、独特の雰囲気を放つ。似ているもので言えば、"シェイラの森"にある"神木"に近いだろうか。


「『漆黒の悪魔』ねぇ……」


 "魔帝 サタン"に"竜王(ドラゴンロード)"、そして"神"など。その手記にはカレンの興味をそそる単語が並び、尚且つ、壮絶な内容であった。


 中でも一番興味を惹いたのは、"魔帝 サタン"。


「改めて読むと、オレの特徴にそっくりだな。いや、オレではなくこの肉体(からだ)というべきか……」  


 ページをめくり、目を細める。


 黒い髪に紅い瞳。そして、赤黒い蛇のように蠢く魔力。


 村にいた頃一度だけ、瞳が紅く染まったことがあった。それに蛇のように蠢く魔力もその時に確認済みである。どれもこの手記に書かれていることと一致していた。

 しかし、一点だけ違うところがあった。それは、"魔帝 サタン"は女であったということ。


 手記を書いた人物は、サタンを"彼女"と書き表していたのだ。

 特徴は一致しているが性別が違う。ここが異なるが為に確証を得られない。


「色々気になる所はあるが、それはおいおい調べるとして……」


 カレンは意識を自身の中に向ける。


「今オレの知りたい事は一つ……」


 いつになく鋭く、低い声。そして、話しかけるはカレンの中にいる存在。




「紅姫……お前は"魔帝 サタン"なのか?」



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