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悪魔がカレンにわらうとき  作者: 久保 雅
第4章〜魔法騎士学園〜
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休日 その1

 "魔法騎士学園 ハルフ"には一週間に一度、休日がある。いや、ハルフに限った話ではなく、他の学校も同様、週に一度必ず休日が存在する。

 だが、容赦なんてしないヴェイドは、エミリアたちの休日を当然のように取り上げ、他の生徒が休んでる日にも鍛錬を決行。丸一日使って走り込みと、打ち込みを繰り返した。人によっては訴える者が出るのだが、ヴェイド相手にそんな事を出来るわけもなく。エミリアたちは血の涙を流しながら首を縦に振る他なかった。


 もう少し、もう少したら休日だ! と思っていたエミリアたちにとっては精神をエグるような仕打ちに等しく、ぶっちゃけた話、かなりまいっていた。  


 休み返上の鍛錬を積み、その後も数日間にわたるスパルタの日々。心身共にげっそりとなった。


 今後も休みも無くこの状況が続くのだろうと、半ば諦めと絶望に心を染め上げ、もうどうなでもなれと思っていたのだが。昨日テレーゼが「休ませてよぉ! 私たちをちゃんと休ませてよぉ!」と魂の叫びをしたところ、なんと五日間の休日をもらうことが出来た。奇跡である。


 当然エミリアたちは大喜びで、ジュドーとヘンディに至っては、あまりの嬉しさに若干涙目になる程であった。


 そして今日。他の学生が学校に通う中、ありがたい休日をいただいたエミリアたちは、それぞれの一日を満喫するのだった。




 ♢♢♢♢♢


 場所は学園都市アルゴ、第三地区の時計塔前。


 そこには、明るめの茶髪と藍色の瞳が目立つ男前。リチャードが立っていた。


 今日は休日ということもあり、いつもの制服ではなく、私服である。

 シンプルな淡い緑色のシャツと、ダークブラウンのパンツ。動きやすさを重視したブーツ。

 全体的にパッとしないような服装だが、そこはやはり男前。ちゃんと着こなしていた。


(なんで俺はここにいるんだ……?)


 五日間の休日の内、最初の二日ほどは寮でゆっくりしようと思っていたというのに、テレーゼによって強制参加させられてしまい、計画が初日から破綻。断れば顔面にハイキックが飛んでくることは目に見えていた。

 つまり、断るに断れなかったのだ。


「アイツら早く来ないかなぁ……」


 時計塔に背を預けながら青空をボケーっと見上げ、一人そう呟く。すると、遠くからウサ耳と紫銀の髪を揺らす美少女が手を振りながら走ってくる。


 今日はいつもの夜会巻きではなく、髪を左右の中央でくくり、ツインテールにしている。

 服装は白いタートルネックのニットと短パン。膝丈まであるロングブーツだ。

 そして、後ろからはちょこんと可愛い尻尾が顔を出していた。


「リチャード、ごめん遅くなったぁ!」


「いやいい。俺もさっき着いたばっかだ」


「そっか。ところで……」


 テレーゼはキョロキョロと首を回し、辺りを見回す。おそらく、クロエとゼンを探しているのだろう。


「クロエとゼンならまだ来てないぞ」


「そうなんだ。じゃあ、あっちのベンチで座ってよう!」


「いや、俺は分かりやすいようにここで二人が来るのを待ってる。お前は座ってろ」


「は?」


 テレーゼの目がすわり、空気が変わる。


(お、来るか?)


「なんで、ベンチはすぐそこでしょ。ここで立ってなくても分かるに決まってるじゃん。意味わかんない。だいたい、二人が来たら声かけてあげれば良いじゃん。何、なんなの、私と座るのがそんなに嫌なのぉ!」


 別段悪い事を言ったわけでもないのに、夕立の如く怒涛に押し寄せる言葉の雨。

 そして、最早癖となりつつあるハイキックがリチャード目掛けて飛んでくるが、それをちょっと体を傾ける事でヒョイ、と避ける。

 普通の人なら喧嘩になるところだが、慣れっこのリチャードは、いつもの発作だ、で済ませて若干げんなりした顔で佇み、尚も飛んでくるハイキックを避け続ける。


(コイツはなんでいつもこんな事ぐらいでキレるんだ……)


 気付いていないが、一週間ヴェイドに鍛えられた二人のか動きはかなり洗練されて来ている。

 たかだか一週間という短い時間だが、この世界の人間は短時間で化ける者が多い。

 ルミナスがいい例である。


 よって、知らず知らずの内に成長している二人の攻防(?)は、一般人からしてみれば凄まじいの一言につき、当然注目を浴びる。


「なんだ、喧嘩か?!」


「すげぇ……」


「あの兎人の女の子の脚捌きもスゲェけど。それを全部かわしてる男のほうもスゲェ!」


「あの二人は見た目からして学生か?!」


「おいおい、冗談言うなよ。あんな腕の立つ二人が学生のわけねぇって」


「でも、見た目はそれだぞ!」


「それにしても、あれじゃ現役の冒険者や兵士も顔負けだな……」


 周囲の人たちがリチャードとテレーゼの喧嘩(?)に盛り上がる中、その人だかりの背後では、今しがた待ち合わせ場所に到着し、二人と合流しようとやって来たクロエとゼンが立っていた。


 ゼンは白いシャツと赤いネクタイに、薄手のベスト。半ズボンとシンプルなブーツといった、可愛いを従点においた服装だ。

 クロエからは「半ズボン似合う男の子、良い……可愛い」と褒められ、最後の一言に複雑な気分を味わう。 


 一方のクロエは、青いノースリーブのシャツと水色のロングスカートというシンプルな服装。

 アルビノである彼女の白い髪と白い肌によく合い、美しい赤い瞳をより際立たせる。と言う風な褒め言葉をゼンがクロエに言ったところ。彼女は喜びの表現として、ゼンの赤金髪(ストロベリーブランド)に顔をすりすりして、そのあとずっと頭を撫でつづけた。


 そんなこんなで、若干遅くなった二人が待ち合わせ場所に着くと、この人だかりである。


「なんか、すごい事になってるね……」


「うん。盛り上がってる」


「あそこのベンチに座ってようよ。この調子だとまだ落ち着かないだろうしね」


「うん。膝枕する」


「いや、別にしなくていいよ……」


 しばらくベンチで待つ事にした二人。クロエが「膝枕。ほら、してあげる」としつこいぐらいに言いよるが、それだけは恥ずかしくて出来ないゼンは、顔を真っ赤にしながら激しく首を横に振る。

 恋人同士ならともかく。そんな関係ではないのに出来る筈がない。いや、恋人同士だったとしても、こんな人の多い所では流石に無理だ。きっと頭が沸騰して、湯気が上がる。


「だ、ダメだよ! ぼくたち()()()()()()じゃないんだよ?!」


「恥ずかしがるゼン君、かわいい」


「ぼく男なのに……」


 かわいいと言われて落ち込むゼンに「落ち込んだ顔もカワゆす」と、頭を撫でなるクロエ。顔筋が殆ど動かない彼女にしては珍しく、今は僅かに微笑んでいる。

 可愛いもの好きのクロエにとって、ゼンは可愛いを詰め込んだ存在であり、まさにドストライクである。

 こうして一緒にいるだけでもそうだが、頭を撫でている時間は、彼女にとって至福のひと時である。


 そうやって、知らず知らずの内にイチャイチャしていると、いつのまにかリチャードとテレーゼが――光のない目を二人に向けて――前に立っていた。 


「リチャード、テレーゼ。終わった?」


「「終わった」」


「そう。じゃあ行こ」


 何事もなかったかのようにするクロエに、若干呆れつつ、リチャードとテレーゼは苦笑いを浮かべる。


(顔筋動かねぇから、何考えてっか分かんねぇ……)


 待ち合わせ時間から二十分ほど遅れてようやくそろった一行は、第六地区に向かう。

 第六地区にはアクセサリーショップや洋服店、カフェやレストランなどの店が多く点在している繁華街がある。その為、遊びにいく、出かける、となると第六地区に行くのが当たり前となっている。


 一行は第六地区をぶらぶらと歩き、近くの雑貨屋に入る。


 そこには、水明石で出来た鳥の置き物や木製のマグカップ。容量の小さい魔法袋。燈蛾(リュミモリー)の糸から作った帽子。魔物の皮をなめした手袋。銀からミスリルまでの金属で出来たアクセサリーなどなど。珍しいものから日用品まで、様々なものが置かれていた。


 リチャードは目の前にあったミスリルのネックレスを手に取り、それを興味深そうに見る。


「へぇ〜、これミスリルで出来てんのか。ミスリルっていや魔力伝導のいい金属で、高級品て聞いてたんだが、意外とリーズナブルな値段だな」


「なんでもここ一年でミスリルの採掘量が増えたかららしいよ。辺境の村で鉱脈が見つかったんだって」


「私知ってるよぉ。一年前だったかな、二年前だったかな、とにかくそれぐらいの時に結構流行った話だよねぇ! 確か、かなりの量がその鉱脈に眠ってるんだってぇ!」


「わたしも聞いた。その村、今はかなり大きくなったらしい」


「へぇ……」


(何その話。全然知らねぇんだけど。これ結構有名な話なの?!)


 ミスリルの鉱脈発見の話は、当時かなり有名だったのだが。リチャードは基本的に自室に引き籠ることが多い為、この話を知らない。


 暫くその雑貨屋を見て周り、各々欲しいものを見つけ買っていく。


 クロエは"写光結晶"という、ものを写す特性を持つ水晶を使用して作られた、厚さ一センチ、縦横十センチの正方形の――ガラスのように透明な――板を一つ買う。

 結晶板の縁は木で囲われており、写真たてのようになっている。というのもこの写光結晶の板は、カメラであり、写真なのだ。

 この結晶板に魔力を流し込むと、向けた方向にある景色を、そのまま結晶板に映し出すことができ、写し出したものは半永久的に残る。

 要は使い切りのカメラという認識でいいだろう。


「それで何撮るのぉ?」


「ゼン君を撮る」


「うん。分かってた……」


 テレーゼが買ったのは、大鎌用の手入れセットだ。


「なんで雑貨屋に売ってんだ。というか、ここまできて買うのがそれ?!」


「う〜ん……コレ以外に欲しいものがなかったかなぁ」


 リチャードは銀色に輝くミスリル製のイヤリングを一つ。

 そのイヤリングには、水色に光る水明石がはめ込まれており、ミスリルの放つ銀色をより際立たせていた。


「リーズナブルと言っても、そこそこの値段だね」


「まぁ、ミスリルだからな。当然じゃねぇの。そう言うゼンの買ったやつもなかなか値がはると思うぞ。寧ろオレのやつより高い」


「色々使い勝手が良さそうだからね。それにカッコいいかなと思って」


 ゼンは――ミスリル程ではないが――魔力伝導の良い、"ミルフィレスト"と呼ばれる植物の繊維を織った、艶やかな赤色の腰巻き用ストールを購入。

 ミルフィレストは北の寒い地域に成る木で、植物の中では魔力伝導は上位に入る。その為、高値で取引される事が多い。


 その木の繊維を使ったストール、当然高い。大銀貨一枚と銀貨五枚(日本円にして十五万円)だ。


「昔からお小遣いを貯めていたし、殆ど手をつけてなかったから。これぐらいはね!」


 各自ご満悦で買い物を済ませると、一行は近くのレストランに赴く。

 時間的にもお昼なので、店はほぼ満席。リチャードたちはギリギリでテラス席に座る事ができた。


 四人は店員からメニュー表を手渡されると、何を頼むか決め、各自で注文をする。


 テレーゼは、"アコン貝"のクリームスープのパスタとツブツブドレッシングのサラダ。

 クロエは、"シャッロ"――日本でいうところの鮭――のムニエルと"ホロホロイモ"のポタージュ。

 ゼンは、"頭華鳥(とうかどり)"のステーキ、ハニーマスタード添えと"赤咲豆"の冷製スープ。

 リチャードは、"バルメア"――淡白な白身魚――のスフレ。白ワインソースと紫トマトのサラダ。


「たまにはレストラン(こういう所)も悪くないな」


「リチャード、引きこもりだもんねぇ」


「否定はしねぇ」


「それにしても満席だね。テラス席空いててよかったよ」


「ちょうどお昼。今がピークの時間」


 四人は順番に運ばれてきた料理を食べてゆき、その美味しさに表情が緩む。特にゼンは蕩けたような顔になり、クロエから「激かわ!」とサムズアップを貰う。


 食事を終えると、四人はそのままレストランで少し休憩を挟み、歓談を楽しむ。下らない笑い話から怪しい噂話まで、会話は弾み、盛り上がった。


 そんな中、コーヒーに口をつけたリチャードの視界に、それは入った。


「………」


 本当にたまたまだった。特に意識したわけではなく、無意識にそれがリチャードの気を引いた。


 リチャードは目を細め、通りの向こう側にある細い路地裏に目を凝らす。

 そこは薄暗く、よっぽどの用がなければ到底立ち入らないような場所。そんな暗い路地裏には、何やら周りを気にする、外套を見に纏った怪しい者たちの姿があった。

 ここからは多少距離があるため性別までは分からないが、何かを話している様に見える。


 怪しい。


 普段なら気にしないのだが、たまたま視界に入ってしまったそれは、ひどくリチャードの興味を引いた。


(何か話してる……距離は三、四十メートルくらいあるが、いけるか?)


 リチャードには特技とはいわないが、ある能力があった。それは、読唇術。口の動きなどで発話の内容を読み取る技術だ。

 そして、リチャードはヘラクレス症候群によって異常なまでに発達した視力を有しており、五、六メートルの距離に置いてある本を読むことすら可能である。


 そんなリチャードは、その怪しい者たちの会話を所々読み取ってしまう。


(魔……国……ま……がい……魔将……魔剣、聖……け、ん……この、街……ある……ズ……)


 リチャードは驚愕に目を見開く。


「!!」


 徐々に周りから音が消え、意識は路地裏に引き込まれる。

 気持ちの悪い汗が滲み、肌が粟立つ。


 怪しい者たちの口の動きから、読み取った言葉の中にあったのは――


(なん、だと?!)




 ――"ズワールト"




 "ズワールト"。以前聞いた話では、国に属さない組織だという。なんでも魔剣や聖剣の収集を主に活動しており、最近では魔導国の魔剣を奪い取ろうとして返り討ちにあったとか。その為、王国に逃げてきたという噂が流れていた。という情報を頭の引き出しから引っ張り出したリチャードは、喉を鳴らす。

 噂には聞いていたが、たかが学生の身分の自分たちには到底関係のないものと思っていた。仮に自分の目の前にその組織の関係者がいたとしても、絶対に関わるつもりはなかった。変な正義感を出して面倒事に巻き込まれるのはごめんだったからだ。

 しかし、その時の考えと実際に目撃してしまった今の考えは、当時と大きく違っていた。


 自然と体は動き、リチャードは席を立つ。


「悪い。俺さっきの店に忘れ物した。ちょっと行ってくる」


「え、じゃあ私も行くよぉ」


「いや、俺一人で行く。すぐ戻る!」


 リチャードはテキトーな言い訳をすると、足早にその場を後にし、テレーゼたちの視界から消えるように路地裏へと向かって行った。


 取り残されたテレーゼ、クロエ、ゼンは、どこか落ち着きのないリチャードの様子に首を傾げた。

 どうにも急いでいるというか、余裕がないというか、とにかく切羽詰まっている感じだった。


「何忘れたのかなぁ?」


「お財布?」


「だったらぼく達も一緒に行ったほうが良いんじゃ……」


「もういいんじゃない。リチャードはすぐ戻るって言ってたし。時間はまだいっぱいあるんだから、私たちはここでゆっくり待ってよ」


 忘れものなんて誰でもある事だ。

 このレストランからさっきの雑貨屋まで、そう遠くない。長くても二十分もすれば一度戻ってくるだろう。テレーゼたちは気楽にそう考えていた。


 リチャードが戻るまでの間、また雑談で盛り上がり、三人は時間も忘れて話に没頭した。 

 気づいた頃に帰ってくる、そう信じて。


 だが、それからどれだけ経っても、リチャードが戻ってくることはなかった。


 ご愛読ありがとうございます!



 本番に出てきたものの説明です。どれもテキトーにその場で考えました。



 水明石ーー水のように透き通った、薄い青色の鉱石で、宝石としての価値は高い。


 燈蛾ーー夜になると自ら光を発する蛾。大きさは蛍サイズでそれほど大きな個体はいない。

 燈蛾が出す糸はかなり頑丈で、最高品質のものならば、例え斬りつけても、糸は切れないという。


 アコン貝ーー地球で言うところのツブ貝に近い二枚貝です。コリコリとした歯応えがあり、良い出汁が出ます。


 ツブツブドレッシングーーイチゴのドレッシングですね。


 シャッローーそのままシャケです。


 ホロホロイモーーサツマイモの近親種ですね。中身は黄色ではなく薄い桃色です。


 頭華鳥ーー頭に華のような登坂がある鳥で、軍鶏のような立ち位置です。肉はどの調理法でも柔らかく、淡白でなんにでも化けます。


 赤咲豆ーー真っ赤な空豆を想像してください。そして、それを一回り小さくしたものです。


 バルメアーー淡水に生息する、体長一メートルになる白身の魚です。


 紫トマトーーそのまま紫色のトマトです。甘みが強く、トマト特有の酸味は少し控えめです。


 とまぁ、こんな感じです。以上!


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