来訪者達
フルール村、それはアルフォード王国最南端の辺境に位置する村で、人口約百二十人程の小さな村。
特産品と呼べるようなものはなく、何処にでもある普通の村だ。
フルール村は他の街や村とかなり離れている。そのため、この村では物資の補給が困難だ。
だが、この村には月に二回、商隊が物資を売りにやって来る。なので村人は、この時に一気に物資を買い漁り、溜め込むのだ。
商隊が売っているものは様々で、例えば、食料に調味料、衣服に靴、畑を耕すための農具、英雄譚などの物語を書き記した本、手紙などを書くための紙など幅広い品を揃えている。
売っているのは、なにも物だけではない。例えば、郵便物を代行して街まで届けるというもの。
この国には郵便物を届けてくれる郵便ギルドと言うものがある、そこには配達員がいて主に手紙など郵便物を届けるのが仕事だ。しかし、そんな配達員はこんな辺境の村までは回って来ない。街からかなり距離があるため、報酬が割りに合わないのと道中魔物が出現して危険なためだ。
そこで、村へ護衛を引き連れてやって来る商人が、仲介役として郵便物を預かり、街の郵便ギルドへ届けるのだ。
仲介料などが発生して少し割高になるが、他に届ける方法もないので、時々村人も郵便物などを送る際は、こう言った仲介制度を利用する。
そんな、商隊が村に来ている今日、村は賑わい、物資がどんどん売れていく。
その様子を見て満面の笑みを浮かべる男がいた。見た目は全体的に小さくて丸い、髪は癖毛で、口髭を生やし、穏やかそうな顔をしている。その男はこの"オットー商会"の主人で名を"ヨアヒム・オットー"と言う。
ヨアヒムはその見た目通り、性格は穏やかで、人柄も良く、いつもニコニコしている。
オットー商会の人達からは「見てて和む」「なんか、かわいい」「癒される」などその人柄から、商会ではマスコット的存在だ。
今日、そんなヨアヒムの元に一人の青年が訪ねて来た。手紙を届けて欲しいとのことだ。
ヨアヒムも仕事として来ているので、届けるのはやぶさかではない。
「ええ、構いませんよ。それで、どちらにお届けされますか?」
「この領地を治められている、男爵様に届けて欲しい」
ヨアヒムは、この手紙は男爵様に宛てた手紙と言われ、少し神妙な表情になる。
普通村人がその土地の領主、ましてや貴族に手紙を送ることなど例外を除けばまず無い。
その例外とは、例えば、村人では対処ができない場合、領主に頼んで、兵を出してもらうため、もう一つは、なんらかの異変が起きた場合だ。
ヨアヒムが何があったのかと疑問を思っていると、青年が答えた。
「実は少し前に小規模ながら魔物大進行がありまして、その原因の調査を、男爵様に頼みたいのです」
「魔物大進行ですか?! その割りには村の皆様、明るいようですが?」
「早くに避難したお陰で、死者は出ませんでしたから」
死者が出なかったと聞いて、ヨアヒムはホッとした。仕事で来ているとはいえ、この村には多少なりとも愛着があり、顔見知りも多いからだ。
「そういう事だったのですね、分かりました。それでは男爵様宛で郵便ギルドに届けさせてもらいます」
「はい、お願いします」
青年はお金を払うと、安心したようにホッと息をつき、ヨアヒムには聞こえないぐらいの小さな声で呟いた。
「これで村からアイツが居なくなれば……」
「何か言いましたか?」
「い、いいえ、なんでも! では、あとはよろしくお願いします」
そう言って青年はすぐに去って行った。
暗い笑みを浮かべて。
♢♢♢♢
バレット家の家の裏。そこには小さな小屋が建っていて、そこは父さんの仕事場である鍛治場になっている。
今日オレは、以前頼んでいた剣が完成したと聞きこの場にやってきた。
「父さん、剣を取りに来たよ」
「おう、ちょっと待ってろ!」
そう言って父さんは奥に行き、一本の剣を手に持って戻ってきた。
そして、それをオレに渡した。
「初めて作るもんだから、苦労したぞ」
「ありがとう、父さん……抜いていい?」
オレは我慢出来ず、この場で抜いていいか父さんに聞いた。
「ああ、いいぞ!」
父さんの許可が下りたので、オレは剣を鞘から抜いた。
「……」
この剣は、父さん曰くこの国では聞いたことも見たこともないらしい。
刃渡りは八十センチで、剣の刃は片側だけにあり、切断力を増すために反りがある。
刃元には鍔があり、柄には白い布が巻かれている。
「どうだカレン?」
「うん、ちゃんと"刀"だ」
そう、今回オレが父さんに打ってもらったのは刀だ。
ダメ元で頼んでみたが、なかなかどうして、父さんは見事にオレの要望通りのものを作り上げた。
「……綺麗だ」
「ははっ、照れるな!」
「すごいよ、父さん、まさか本当に刀を作れるとは思わなかった」
「息子の頼みだ、なんだってやってやるさ。それにしても、いつこんなもの知ったんだ?」
父さんは疑問を顔に浮かべて聞いてきた。
オレは刀を鞘にしまうと、父さんの質問に答える。もちろん、ちゃんと誤魔化してだが。
「この前、セラの持ってる本に出てきたんだ」
「そういうことか! それにしても物語に出てくる剣に憧れるとは、やっぱりカレンも子供だな、ワハハハハ!」
父さんは豪快に笑いながらオレの背中をばじばし叩いた。
オレ自身刀に憧れを抱いていたので、その事に否定できず苦笑いを浮かべた。刀は日本人のロマンだ。
「さて、そろそろ昼食の時間だし家に戻るか!」
そろそろ昼食ができる時間なので、オレと父さんは鍛冶場の片付けをした。
片付けを終え家に戻ろうとしたとき、扉が勢いよく開いた。
ドンッ!!
何事かと扉の方に顔を向ければ、ユルトが息を切らして立っていた。
「どうしたんだユルト?」
「ハァ、ハァ、大変です!村に調査団が近づいています!!」
「なにっ! 何故調査団が? まさか、この前商隊が来ているときに誰かが領主にでも手紙を送ったのか?!」
「分かりません、とにかく今はカレンを隠さないと!」
「そうだな、カレン、見つからないように何処かに隠れるんだ!」
「分かった」
オレは、急ぎ家の屋根裏に隠れる事になった。そこは物置きになっており、荷物がたくさん収納されていて非常に狭く、子供一人がやっとの広さだ。
村のみんなが迎える準備を進める中、一人屋根裏に隠れているオレのところに母さんがやって来た。
「どうしたの母さん?」
「ううん、ただ様子を見にきただけ……怖くない?」
「このあいだ魔物の大群を相手したばかりだし、今更だよ」
「そう……カレン、何があっても出てきちゃダメよ、分かった?」
オレが調査団に見つかれば、魔族という事で確実に処分される、だからそんな事にならないよう、母さんはここから出るなと言っているのだろう。
オレも、殺されたくはないので、ここで大人しくするつもりだ。いくらオレが魔族で、魔物百匹を殺し尽くせる存在だったとしても、今回の調査団の中には、オレより強い奴がいるかも知れない、警戒はするべきだ。
「分かった、ここで大人しくしてるよ」
「よし、母さん達がカレンを守ってあげるから、あとは任せてね」
オレは眉を八の字にし苦笑いする。
「大袈裟だよ」
母さんはニッコリと笑うと、この場を後にした。
母さんが去った後、オレは天井を見上げ、独り言を呟く。
「……どうにも、胸騒ぎがするな……」
オレは先程から、どうも嫌な予感がしてならなかった。
何事もなく、帰ってくれればいいんだが、無理だよなぁ……。
それから程なくして、調査団が村に到着するのだった。




