幼女ですか?
誤字・脱字報告ありがとうございます
今回はエリックの話です。
どうぞ!
それは、遡ること半年前。
王都より遙か西にある、ランチェスター領。その中心に位置する街"タリスマン"に、一人の冒険者が足を踏み入れた。
背には身の丈程の大剣と、首からは白の冒険者プレート。標準的な碧眼と少し明るめの翠色の髪。そして、整った顔立ちのザ・男前。
白ランク冒険者、"翠炎"セドリック・ステイサーことエリックである。
「王都もスゲェけど、ここもスゲェでかいな。人の行き来も多いし、資源も豊富って感じっつうか……っと、こんなことしてる場合じゃねぇや。まずはランチェスター邸に行かねぇと」
今回エリックがこの街にやって来たのは、以前ガルフォードと約束していた本邸勤めのメイドとのお見合いの為である。
あれから待つこと半年。待ちに待ったこの日。いったいどれ程待ちわびたことか。
期待と喜びを胸に、舗装された石畳を歩く足取りは軽い。
「ついに……ついに、この日がやって来た! 待ちに待ったこの日が!」
エリックもあと半年と少しもすれば二十五歳。冒険者という職業柄、結婚する年齢としてはそれ程遅くはない。しかし、あくまで冒険者という職業に関しては、である。
この国での世間一般的な結婚適齢期は、十八〜二十歳。大概は成人と同時に結婚する者が多く、貴族や商人に至っては、十歳から縁談の話が舞い込むほどだ。
もっというなら、ごく稀に、生またばかりの子供に婚約者が出来る事例もあるという。
そういった貴族や商人の話は置いておくとして、一般的な適齢期の年齢を考えると、エリック――ユルトやロリちゃんも含めて――はかなり遅い部類に入る。
それは冒険者という危険な職業故に、相手が寄り付かないというのもあるが、単純に忙し過ぎるという理由もあった。
自分だけで精一杯の中、恋人を作って結婚までするなど、冒険者にとって夢のまた夢である。
ましてやエリックの近くにはユルトという、女顔負けの美青年がいた事もあり、誰も近づけない空気になっていた。
そしてエリックもまた、ユルトの顔を幼い頃から見て来ているために、世の女性を見ても、何も感じないところまで来ていた。ある意味で重症である。
世の中探せば美女は山程いるが、ユルトには勝てない。
みんなが綺麗だの、美人だのという女性を見ても、エリックは「ユルトのほうが綺麗じゃね?」となるのである。
「これじゃ、いつまで経っても結婚できねえっつうの!」
だから、外見は出来るだけ見ないことにした。求めるのはあくまで中身、中身が重要。そう自分に言い聞かせる。と思いつつ、外見も少しは見る。
「こんなんで、お見合い上手くいくのかなぁ……」
一歩進むたびに不安が募り、ついそんな事を呟いてしまう。ガルフォードはお見合い相手が美人だと言っていたが。その女性を見た時、自分はどう思うのだろうか。いつものように、ユルトのほうが綺麗だと思うのだろうか。
いやいや失礼だ。これから会う人に対して、それはあまりに失礼だ。これから会うのは女性だ。男と比べるななど、デリカシーが無いにも程がある。
もしかしたら結婚するかもしれない相手なのだ。外見ではなく、中身を見なければ。
エリックは両頬を叩く。
「よっしゃ、行くぜ!」
気合を入れ直し、ランチェスター邸へと足を運ぶ。
賑やかな喧騒に包まれた通りを抜け、街のほぼ中心までやって来る。
するとそこには、流石は大貴族と呼ぶべき、大豪邸があった。
「すげぇ……」
王都とは違い、石造りの立派な屋敷。そんなに必要なのかとツッコミたくなる広い庭。外から見ても分かる膨大な部屋の数。乳白色の美しい外壁。そして――
「「「「「「「「ようこそ、いらっしゃいました。セドリック・ステイサー様!」」」」」」」」
――門から玄関までずらっと並んだ多くの使用人。
「なに、この無駄なもてなし……」
一矢乱れぬ使用人たちの動きに圧倒されながらも、玄関の前で待つガルフォードのところへ足を動かす。
白ランク冒険者になったとはいえ、こんな扱いをされるのは初めてだ。必死に努力して笑顔を浮かべるが、少し引きつり気味になってしまうのはご愛嬌というやつだ。
(なんか、恥ずかしーーっ! ていうか、普通こんな事しねぇだろ!)
後になって聞いた話だが。どうやら珍しくお客が来ると聞いて、使用人たちがやたらと張り切ったらしいく、やらなくてもいい事をしたらしい。
真っ赤に赤面した顔を両手で隠しながら、ガルフォードの前まで辿り着く。
「エリック君久しぶりだね。大丈夫かい?」
「取り敢えず恥ずかしんで、中に入れてもらえますか?」
未だ顔を隠すエリックに、苦笑いを浮かべる。
「それはすまなかったね。では、中へ入ろうか」
屋敷の中へ入ると、そこは超高級宿のような一面大理石のロビーが広がり。高い吹き抜けの天井には、豪奢なシャンデリアが吊り下げられていた。
「王都の別邸とは真逆だ……」
規模でいえば王都にある別邸の二倍近い大きさ。内装もキラキラしていて、まるで別世界に飛ばされたように錯覚する。
以前ガルフォードは、王都にある木造の屋敷の方が落ち着くといっていた。なるほど、確かにこの無駄に豪華な屋敷では落ち着かないのも納得である。
別邸に入り浸るのも分かる気がした。
エリックが半ば呆然としていると、ガルフォードから一人の女性を紹介される。
「紹介しよう。こちら私の妻の……」
「はじめまして、"翠炎"セドリック・ステイサー様。私はガルフォード・グレイ・ランチェスターの妻。カルカ・レイン・ランチェスターです。どうぞ、よろしくお願います」
身長は百六十センチぐらいだろうか。緑がかった金髪を腰まで伸ばしおり、癖っ毛のある髪は綺麗に手入れされている。
瞳の色は水縹色で、少し垂れた目の影響か、大人しいイメージがぴったりな外見をしている美女である。
年齢はガルフォードの三つ歳下と聞いているが、若い。二十代ですか? と思いたくなるぐらい若い。
別に化粧でごまかしている感じもしない。寧ろ薄化粧で、ほとんどしていないような状態だ。
(若く見えるという点では、シーマさんといい勝負してるぜ!)
着ているドレスは瞳と同じ薄めの青系統の色で、体のラインが判別しやすいデザインとなっている。勿論、スタイルは良い。
(噂には聞いてたが……で、デカい……)
失礼とは思いつつも、エリックの視線は流れるように、相手の目から下へ下へと行き。立派に膨らんだ双丘へと辿り着く。
男なら誰しも釘付けになる存在感は圧倒的。その攻撃力は竜にも匹敵する破壊力を持つ。
しかし、エリックの理性が生まれかけた劣情を必死に抑え込み、刹那の内に視線を戻す。
相手は人妻だ。その隣には夫であるガルフォードもいる。もし自分の妻の胸を他人がジロジロ見ていたらと思うと、やはりエリック自身良い気分はしない。
まだ結婚していない為、妻はいないが……。
「こ、こちらこそ。よろしくお願いします!」
「そう緊張しなくても大丈夫。もっとリラックスしてくれて構わないよ。
さて、挨拶も済んだ事だし、早速中庭へ行こう。今日は天気もいいし。妻の提案で、外でお見合いをする事にした」
そう言って、ガルフォードに連れられて、エリックは中庭へとやって来る。
やはりというべきか、中庭はガルフォードの好みが出ていた。
屋敷内に植えるような綺麗な植物などではなく、そこら辺に生えているような植物が多い。そして、何より王都の別邸と同じく、より自然に近づけた造となっている。
しばらく進むと、小さな池が見えてくる。
この池は底から湧水が出ているらしく、水質はとてもキレイで、底が見えるほど透明だ。
周囲には水質の綺麗な水がないと自生しない、珍しい花が咲いていた。
「ランチェスター侯、アレってもしかして、麗憐花ですか?」
「流石冒険者、よく分かったね。そう、あれは君の言う通り、麗憐花だよ。あの花の蜜は解毒薬の調合によく使われていてね。こうして花が咲くと、摘み取ってギルドに買い取ってもらっている。なかなか良い収入源になっているよ」
池のほとりまでやって来ると、そこには小さなテーブルと椅子が二つ置いてあった。
「ここがお見合い会場だ。と言っても、ただテーブルと椅子を設置しただけなんだがね。さて、もうじき来る頃だ。もう少し待っていてくれ。私はお暇させてもらうよ」
「えっ! 二人だけでするんですか?!」
「私は付き添いがいたほうが良いと言ったんだが。妻がね……若い二人に全て任せると言って聞かなくてね」
「いきなり二人きりなんて、流石に俺も緊張しますよ! さっきリラックスしてくれて構わないって言ったばっかでしょうが!」
「すまない、後は任せる!」
「ちょっ、待っ……!」
ガルフォードが颯爽と退場すると、入れ替わるように一人の女性が現れる。
「はじめまして。私はこの家に使えるメイド。"エルザ・フローレス"です。本日はよろしくお願いします」
澄んだ鈴の音のような声で挨拶する女性は、艶やかな赤紫の髪をしており、ショートボブの髪を後ろで一つくくりにしている。瞳は両目で色が違い。右は空色、左は深翠色のオッドアイ。釣り上がった目とへの字に曲がった口は、気が強そうというより、どちらかというと無愛想な印象を抱かせる。
ガルフォードからメイドと聞いているが。今日はお見合いということもあり、上品かつシンプルな桜色のドレスを着用しており、薄く化粧もしている。
なるほど、ガルフォードの言うとおり、確かに容姿端麗だ。誰が見ても綺麗だと答えるだろう。
しかし――
(なんか……ちっさくね?)
――彼女は小さかった。おそらく身長は百三十センチ後半ぐらいだろうか。
身長が百八十センチ以上もあるエリックとは四十センチ以上も離れているため、エルザは半ば空を見上げるように視線を合わす。
一瞬、幼女ですか? と言う空気を読まない言葉が喉まで出かかるが、それを必死の思いで飲み込む。
間違っても本人の前で言えない。確実に不況を買う。
目の前にいるエルザは、どう見ても十歳前後の幼女にしか見えない。
しかし、彼女が纏っている空気は子供のそれではなく、落ち着いた大人の雰囲気だった。
「こちらこそ、はじめまして。白ランク冒険者のセドリック・ステイサーです。失礼ですが。もしかして、小人族ですか?」
「はい。わたしは小人族です。正確にはハーフですが」
纏っている雰囲気から、もしかしたらと思い、問いかけてみたが。なんのことはない。エルザは小人族――正確にはハーフ――だった。
小人族は読んで字の如く、小人である。成人した大人でさえ、その身長は百三十センチから百四十センチ程。
その小さな体故に戦闘などは不向きな種族で、争いを好まない傾向にある。しかし、彼らはエルフと同様、非常に魔法に特化している為、魔導士として生計を立てる者が多い。
例えば、白ランク冒険者パーティ、"神威"のローリエ・ダッチボーイ。彼女は小人族と人間のハーフであり、大魔導士と言われる程魔法を得意としている。
小さく、争いは好まないが魔法は得意。それが小人族という種族である。
(身長、百三十センチ後半……ということは、もう大人って事でいんだよな?)
挨拶を済ませ、互いに席についた二人は、特に何を話すわけでもなく。ただただ、無言で向かい合う。
「………」
「………」
(お、重い! 何を話せばいいんだっ?! わ、わからん! とにかく、緊張しすぎて全部吹っ飛んだ! というか、屋敷の奴全員観てるし! 何やってんの?! お前ら観てねぇで仕事しろよ。余計緊張すんだろうが!)
この本邸の造りは、コの字型になっており。今エリックとエルザのいる池は、丁度中庭の真ん中。多少開けた場所にある為、屋敷からは丸見えである。
そして、同じ屋敷に働いている同僚がお見合いということもあり、全員仕事そっちのけで、ドキドキとワクワクを胸に、出歯亀隊として見守っていた。
勿論、ガルフォードとその妻であるカルカも二人の成り行きを見守っている。
近くの茂みには、別邸に詰めているはずのダナンまでおり、同じく別邸にいるはずのメイドも数人見受けられた。
先程から小さな声で「こちらダナン。ターゲットに未だ動きなし。どうぞ」「こちらアンナ。"翠炎"様はかなり緊張していると思われ、先程から紅茶にばかり手を伸ばしております。どうぞ」「こちらユミル。"翠炎"様がなかなか話しかけません。これはダメですね、完全にヘタレです。どうぞ」と意味不明な言葉が行き交っている。
(何してんだお前ら! わざわざ王都から来てする事がそれ?! というか聞こえてんだよ。誰がヘタレだ! お前らバレてねぇと思ってんのか。緊張するっつってんだろ!)
とにもかくにも、話さなければ話は先に進まない。
小人族という種族故に、幼く見えるが。エルザはかなりの美人だ。
こんな美人をものに出来るチャンスはなかなか来ないだろう。というより、これから先、もうやって来ない可能性の方が高い。ならば、ここはなんとしてもお見合いを成功させなければ。エリック自身の幸せのために。
(取り敢えず、何から話せばいい? やっぱ趣味か? いや、ありきたりすぎるか。そんな話題ふったところで、二言話してまた無言になるのは目に見えてるし。じゃあ、天気からか? いや、さっきより酷いな………ああ、もう分かんねぇ! こうなったらやけだ。なるようになれ!)
「え、ええと。エルザさん。歳はいくつですか?」
「………」
アウトーー!
(はっ! しまった、何やってんだ俺! 趣味聞いたほうが万倍マシじゃねぇか! よりにもよって、女性に聞いちゃいけねぇワードを口走っちまった! ついこないだユルトから注意されたばっかじゃねぇか!)
――セディ、女の子に年齢を聞くのはダメだよ。いいね!
自分のかけた言葉に、内心頭を抱えていると。近くの茂みでダナンが何やらぶつぶつ言っている。確実に今エリックが投げかけた質問を報告しているに違いない。
すると、エリックの背後から、異様な気配を察知する。
(な、なんだこの殺気は! ………っ!!)
異様な気配のほうに、ぎこちない動きで首を回す。
そこには、瞳孔の開いた目を、あらん限りに見開いたカルカの姿があった。
(こっっっわぁ!! ヤベェよ。あれ完全に怒ってるよ。違うんだって、わざとじゃねぇんだよ! 人間誰でも間違うことってあるじゃん!)
強烈なカルカの視線に、変な汗が滴り落ちる中、対面に座るエルザが口を開く。
「こんななりではありますが。歳は今年で二十三になります」
鷹揚のない声で淡々と答える。若干怒っているのではと思わなくもないが。エルザが答えてくれたおかげで、会話するチャンスがやって来る。
「に、二十三歳ですか。私と近いですね。私は今年で二十五歳になります!」
「そうですか」
「………」
「………」
(会話終わったぁぁぁぁぁ! そりゃそうだろう。こんな話題、長続きするわけねぇよな! だって仕方ねぇじゃん! 俺お見合い初めてなんだってば! だから付き添いが欲しかったんだよ! どうする、どうする! こ、こういう時は、えっと……褒める。そう! 褒めればいいんだ! ユルトもそんな事言ってた気がする!)
「えっと……そのドレス」
「ドレス?」
「はい。エルザさんにとても良くお似合いです。えっと、あ、赤紫の髪はアネモネの花ようにとても綺麗です。両目で違う瞳も、その、空の星みたいに輝いて、私は、その、とても、す、す……好き、です……」
内心キザすぎると思いつつ、自分の言った恥ずかしいセリフに悶絶。羞恥のパラメーターが限界を振り切る。
(エリック恥ずかしいぃぃぃぃぃ!!)
熟れたトマトのように真っ赤な顔を隠すように両手で覆い、下を向く。
恥ずかし過ぎる。なんでこんな言葉が出てきたのか自分でも分からない。
こんなキザったらしいセリフ。確実に生温い顔でこっちを見ているはずだ。
エリックは恐る恐る顔を上げて、指の間からエルザのほうを見てみると。
「あ、ありがとう、ございます……」
何故かエルザも満更でもないような感じで、耳まで真っ赤にさせて、微笑んでいた。
(か、可愛いじゃえねぇかっ!)
恥ずかしがるエルザの反応は、堪らなく愛らしさを感じさせ、雷が落ちたような衝撃に襲われる。
エリックは悶えるように天を仰いだ。
(ヤベェよ、なんだコレ。超キュンキュンすんだけど!)
今まで感じた事のない、この胸の高鳴り。初めて恋した時でもコレ程の胸の高鳴りはなかった。たった一度の笑顔でこの攻撃力。エリックは自分の心臓の音が、対面に座っているエルザに聞こえているのではと、心配になる。
ちなみに、背後ではダナンからの報告を受けて、機嫌を直したカルカが微笑んでいた。
「は、初めてです……」
「え?」
「この目を褒めてくれたのは……セ、セドリック様が、初めてです。その、と、とても、嬉しいです……」
エルザの真摯な言葉と、熱を帯びた瞳、かつ天使のような汚れない微笑みに、エリックは頭から湯気が出るほど顔を赤面させる。
「は、はい……」
クリティカルヒット!!
(俺、死んでもいいかも……)
それから、互いに顔を耳まで真っ赤にさせながら、周りの出歯亀隊の事を忘れて、取り止めのない会話をする。
趣味の話、冒険の話、好きな物の話、嫌いな物の話、互いについての話。
話してみれば、どうだろう。最初こそ何を話せばいいか分からず、慌てていたが。今は自然と言葉が紡がれる。
話していく内に分かった事がある。エルザはとても人見知りだということ。ずっと無言だったのも、どうやら何を話せば良いか分からず、エリックと同じく話すきっかけを探していたようだ。
そして、エルザは両目で違う瞳の色の事で、昔はよく虐められていたようで、それが原因で人見知りになったという。
その虐めの原因となっていた瞳を褒められたのは、とても驚いたが。同時に、心の底からとても嬉しいかったらしい。それがエルザの心の壁を越えたかは知らないが。エルザは気を許して、自分からエリックにとてもよく話してくれるようになった。
最初は少し無愛想な感じがしていたが、なんのことはない。とても明るくて、話すのが大好きで、表情がコロコロ変わる。綺麗で可愛い女性だった。
「エルザさん。その、良かったら、これから二人で街に出かけませんか?」
「えっと、それはつまり……デート、ということでしょうか?」
「はい。そういうことになりますね」
「………っ! い、行きます……」
その後、茹で蛸のように真っ赤になったエルザと共に、エリックはタリスマンの街へデートに繰り出すのだった。
勿論、出歯亀隊も一緒に。




