家族のありかた
カレンは今、非常に困っている。
何に困ってるって、それは出て行くタイミングが掴めず、もうかなり前から近くの木の後ろでおじさんたちの会話を聞いているからだ。
いつからいて、どこから聞いていたのかと言われれば、フィンが魔物大進行の事を国に報告しないかと、皆んなに問うた時だ。
それからオレは、おじさんたちの口論が終わるまで、現在木の後ろで待機中だ。
どうやらこの魔物大進行を国に報告すれば、調査団が来るらしく、それによってオレの存在がバレれば、国に引き渡さなければならないらしい。
そうなれば、オレは確実に処分されるとのことだ。
もちろんオレは、死にたくないのでこの事を国に報告されるのはごめんだ。
とはいえ、魔物大進行が起こった原因は調べなければならない。村の人たちでも出来ない事はないだろうが、素人が魔物のいる森に入るのは危険だし、何より確実な原因証拠を得られる可能性は低い。つまり、中途半端になるのが落ちだ。それでは問題解決にはならない。
そういえば、おじさんたちがここに来てるということはセラは無事に村に着いたんだな。自分で先に逃がしておいて今の今まで忘れてるとか、オレって冷たいやつだな…………どうでもいいけど、早く終わらないかなぁ、あの言い争い。もうどうでもいいから早く帰りたいんだが……
今まで忘れていたセラのことをふと思い出し、自分て意外と冷たいやつなんだなと思ったカレンは、木の後ろで身を潜め、溜息をつく。
流石に魔物を百体も相手にすれば疲れが溜まる。とにかく今は心身共にゆっくり休ませたい。
今のところ、この森の中は比較的安全とはいえ、いつまた魔物が押し寄せて来るか分からない。
故に、常に周りを警戒している為、身体は休めても、精神的には休めないのが現状だ。
ダメだ、終わる気配がねぇ……。もうなるようになれだ。
このままでは埒があかないと思ったカレンは、一度オルドたちから距離をとった。
そして、カレンはオルドたちのいる方へわざと音を立てて進み、みんなの前に出た。
それから、驚いたような表情でオルドたちを見つける。
「おじさん?!」
突然現れたカレンに、みんな驚いていたが、次の瞬間、カレンはオルドに抱き寄せられていた。
「カレン……無事で良かった!」
絞り出すような声。
これにはカレンも驚いた、正直ここまで心配してくれているとは思っていなかったのだ。
所詮は赤の他人、魔族の子供が死んだところで誰も悲しみはしない。ましてや魔族は人間の敵対種族だ。寧ろ喜ばれるだろう。
だが、オルドは違ったようだ。
「おじさん……オレは大丈夫だよ、それよりセラは?」
「ああ、多少の擦り傷はあったが、セラは無事だ……それにしてもお前は無傷だな?」
「オレには自己再生能力があるらしくて、大体の傷はすぐ治るんだ、まぁ、その分魔力は消費するけど……。ところでおじさんたちはここで何してんの?」
カレンが質問した瞬間、みんなの顔が一瞬強張った。
おそらくさっきの会話を聞かれたと思ったのだろう。
するとユルトが、先ほどの会話を聞いていたかの確認をした。
「いや、ちょっと口論になっただけだよ、カレンは何か聞いた?」
もちろんここで「全部聞いた」と素直に答えるわけもなく、オレは白々しく、知らないふりをした。
「いや、オレ今戻って来たところだし……何かあったの?」
そう答えたオレにみんなは、あからさまな安堵の表情を浮かべた。
しかし、ユルトだけは目を細めてカレンを見つめる。異様に鋭い目つきで……
「そう……知らないならいいんだ、気にしないで。それよりも……」
そう言って兄さんは手をオレの頭に伸ばし、優しく撫でる。
「無事で良かった」
女神のような微笑みでそう言うユルトに、つい赤くなってしまうカレン。ユルトの美人過ぎる顔で笑顔を向けられると、自然とこうなるのは仕方ない。
「心配かけてごめん」
みんなオレが嘘を付いていると、微塵も思っていない……。兄さんは気付いてるっぽいけど。
それにしても子どもという立場は不自由な事も多いが、意外と便利だ。
カレンが素直に謝罪すると、恐る恐るといった言った感じでフィンが歩み寄り、死体が散乱する方向に視線を向けたまま口を開く。
「カレン、この魔物の死体は全部お前がやったのか?」
この質問に対してカレンは正直に答える事にした。
そもそも全ての魔物に剣で斬られた跡がある時点で言い訳できないからである。
「うん、全部オレが殺った」
当たり前のように答えたカレンに、オルドとユルト以外のみんなーー特にフィンーーは顔に恐怖の色が浮かんでいた。
まるで……
ーー化け物を見るかのように。
カレンは全員の反応を見て、少し後悔した。
正直に話しすぎたか、だからと言って言い訳出来ないわけだし……。これは最悪の事態を想定しておくか?
みんなが恐怖に染まった表情でカレンを見つめる中、オルドが近寄り、いつも通りに話しかけた。
「カレン、オレたちはまだ話す事があってな、悪いがここで少し待っててくれるか?」
どうやら先ほどの続きをするらしい。正直早く帰りたいところではあるが、あの話をあやふやにするのは後々面倒にならかなない。ここで結論を出してスッキリさせておく方が良いだろう。
村に帰ってからでは遅いだろうし、ここで答えを出してもらうべきだな。
それになんとなくだが、悪い方には転ばないような気がする。
「うん、わかった、でもなるべく早くしてくれると助かる」
「ああ、すまないな、すぐ戻る」
そう言ってオルドたちは少し離れた所まで歩いて行った。
それからまた口論が始まったのは言うまでもない。
その間カレンは魔物から持って帰れるだけの素材を集めてボロボロの背負い袋に無理矢理詰め込んだ。魔物の素材は高く売れるし、いい資源になる。
数十分後、結論が出たようだ。
オルドの表情を見る限り悪い方ではないようだが、良いわけでもないようだ。
大方、保留というところか……二人ほど納得していなさそうなヤツがいるな、要注意ってとこだな。
それからカレンたちは、まだ魔物がいないかの確認をして村に引き返すことになった。
カレンの持っていた荷物は、今はユルトが持ってくれていて、カレンはオルドに背負われている。
疲れているだろうし、おぶってやると言われたカレンは、正直疲れていたのでその言葉に甘える事にした。
温かく大きな背中が実に心地良い。
それから暫くして、村の人たちが避難している洞窟に着いた。
すると、洞窟の奥からセラとシーマが誰かから救助隊が帰ってきた事を知らされ、急いで駆け寄って来た。
セラはカレンの姿を見つけると、両目からぼたぼたと涙をこぼして泣き始めた。
「カレン、いぎででよがっだ〜〜!」
「あ、う、うん、なんか心配かけてごめん…」
泣き顔でブサイクになったセラを見て、苦笑いしていると、横からシーマが無言でカレンを抱きしめた。
シーマはカレンのことを強く、だけど優しく抱きしめた。
「……バカ、無茶なことして、死んだらどうするの!」
「………」
カレンはシーマに対し、なぜこんなに心配してくれるのか、聞かずにはいられなかった。
オレは魔族なのに、血の繋がらない赤の他人なのに、どうして心配してくれるの?と……。
すると、シーマが正面から真っ直ぐにオレを見つめた。
「そんなの、家族だからに決まってるじゃない!」
目を見開いた。確かに以前の世界でも両親はいた、だがカレンは、アレを家族などとは微塵も思った事がない。そもそも家族とはなんなのか疑問だった。
「でもオレたち、血なんて繋がってないし、それに……」
オレが何かを言いかけた時、オルドがカレンの横に来て、優しく微笑んだ。
「カレン、血なんか繋がって無くても家族にはなれるんだぞ。
オレもシーマも元々は血の繋がらない他人同士だったんだ、それが今では一人娘のいる家族だ。
血の繋がりなんか関係ないんだよ。重要なのは……」
おじさんは、オレの胸にゆびを突き付けた。
「…心の繋がり、"絆"だ」
「そうよ、前にも言ったけど、種族なんか関係ないの、心が繋がればそれはもう家族なの」
「カレンは、あたしやお父さん、お母さんの事他人だと思うの?」
セラの問いかけにカレンは、首を横に振った。
「………」
カレンはこの時、嬉しくてたまらなかった。
この世界において、魔族は人間の敵だ。それが常識であり絶対だ。もし魔族を匿う事があれば、それは反逆行為とみなされ、一族郎党晒し首となる。にもかかわらず、オルドたちはカレンを家族と言ってくれる。
カレンは三人を真っ直ぐに見つめた。
「オレは……三人の家族になっていいのか?」
周囲を静寂が包み込んだ。
そんな中オルドが優しい笑顔で答えた。
「ああ、お前はもうオレたちの家族で、セラと同様、オレとシーマの大事な子だ」
「ええ、そうよ」
「うん、あたしたち、もうとっくに家族だよ!」
その瞬間、目元が熱くなったかと思えば、ポタポタと涙が流れ落ちる。
その言葉に、その想いに嬉しさと温かさを感じた。
「……ありがとう、セラ………ありがとう、父さん、母さん……」
カレンは泣いた、年相応の子供のように。
温かな気持ちが溢れ出し、頬を涙が流れる。
そんなカレンを、シーマさんーー母さんが優しく抱き寄せる。
ーーああ、そうかーー
カレンは今度こそ泣き出し、シーマを抱きしめ返した。強く縋るように。
ーーこれがーー
ーー家族かーー
生まれて初めて、カレンに家族が出来た瞬間だった。




