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悪魔がカレンにわらうとき  作者: 久保 雅
第3章〜天空の巨獣〜
105/201

別邸 その1

 住宅街。そこは、文字通り王都の住民達の住む居住区である。

 その中でも現在ユルト達が歩いているのは、屋敷などが建ち並ぶ超高級住宅街だ。

 普段は静かで人の行き来もあまり無い所だが、現在は王都周辺から避難して来た人々の喧騒に包まれていた。


 冒険者ギルドなどが有る商業区に比べれば比較的少ないが、それでも何時もに比べれば多い。


「思ったより人が多いね」


「そうだね……早くここを抜けてしまおう、私の別邸はすぐそこだ」


 一行は足早にその場を抜ける。


 暫く歩くと、屋敷が並ぶ通りから少し離れた所に、ポツンと一つだけ、木造の屋敷が建っていた。

 外観は非常にシンプルで、優美さはかけらも感じられない。

 大き過ぎず小さ過ぎず、どちらかというと機能性を重視しているように見え、貴族というより軍人が好みそうな感じだ。

 自然と見事な調和をしたその屋敷は、本人の好みが大きく出ていた。


「あれが私の別邸だ。いいだろうあの造り、陛下からは大貴族としての威厳の為にもっと大きく立派な屋敷を持てと言われるのだが、私はこういう落ち着いた雰囲気の方が好みでね。庭も出来るだけ自然に近づけさせているんだ。こういう緑が多い方が心が安らぐ。

 別邸と言っても本邸よりこっちにいることが多くて、最早こっちが本邸みたいなものだよ」


「素敵です! 私もこんな家が欲しいです!」


「王都の居住区の中に一ヶ所だけ森みたいな所があったけど、あれって辺境伯様の屋敷だったんだ……」


「アタシいつも気になってたけど、謎が解けたわ」


「さて、表から入ると妻や娘に見つかってしまう。特に娘は好奇心が強いから見つからなようにしてくれ。

 私は表から入るから君達は裏から入るように。先程〈念話〉で使用人の一人に君たちの事は教えてあるから裏口で待っているはずだ。

 私は一通りの事を済ませたらすぐに行くから、また後で」


 ガルフォードの別邸へとやって来たユルト達一行は、ガルフォードが表から屋敷に入るのを見送ると裏へと回る。するとそこには、執事服姿の老人が一人立っていた。


「お待ちしておりました。私はこの家の執事"ダナン・フォーカス"と申します。皆様の事は旦那様よりお聞きしております。どうぞこちらへ」


「あ、あのすまない。先に一人だけ部屋で休ませたいのだが」


 頭を布でぐるぐる巻きにされたルミナスに対し、ダナンは特に気にする事なく答える。


「ではこちらへ、旦那様からは出来るだけ人の近寄らない部屋へ案内するよう仰せつかっております。宜しかったでしょうか」


「うん、ありがとう。ではよろしく頼むぞ」


「かしこまりました」


 ダナンに案内され、着いたのは二階の角部屋。

 ドアをあけると、成る程これなら誰も来ないだろうと思う。


 部屋に入って見るとそこにあったのは、簡素な机と椅子。そして、一人用のベットが一つだけ置いてあるだけだった。


「部屋の広さの割には随分殺風景だな」


「まぁいいじゃない。ほらセディ、レングリットをベットに。

 あとダナンさん、レングリットの顔を見せるわけにはいけませんので、申し訳ないですけど、外で待機して貰えますか?」


「かしこまりました。では、失礼致します」


 カレンを背負っていたエリックは、気を失っているカレンをゆっくりとベットに横たわせ、兜を取る。


「苦しそうだね」


「ああ……」


「カレン……」


 意識はなくとも根源による痛みで、呻き声を上げ、脂汗が溢れる。


 今迄カレンと一緒に行動して来たルミナスだが、こんな状態のカレンを見るのは初めてで、どうしてあげればいいのか分からない。


 いつも余裕で大胆不敵という言葉がよく似合う。

 それ故に、ここまで重症な姿を見ると死んでしまうのではいかと――そう考えた瞬間――自分でも驚くほど心が凍りついた。


 ルミナスは頭に巻きつけた布を取ると、ベットに横たわるカレンの手を優しく握る。


「すまない。私はこのままカレンのそばにいる。ユルト殿、後は任せても良いだろうか?」


「………」


「おい、お前も怪我してんだろ。カレンのそばにいてくれんのは良いけどよ、まず自分の怪我を治す方が先だと思うぜ」


「心配ない。怪我はもう治ってる」


「治ってるっておま――……傷が、無ぇ……!」


 エリックは目を見開く。

 城壁の外にいた時は確かに火傷などの傷があったのだが、今はどこにも無い。

 来る途中、治癒魔法をかけていた様子もなかった。


 となると、考えられる理由は二つ。


 一つ、常人より傷の治りが早い。


 二つ、特殊能力(スキル)による再生。


 エリック達は驚くばかりでその答えに気付いていないが、ユルトは後者であると考えている。


(ボクの"勘"では、シェイバちゃんは特殊能力(スキル)持ち。それにカレンも………って、今はそんな事考えている場合じゃないよね)


「………怪我が無いなら良いよ。聞きたい事はあるけど。カレンの事お願いね、シェイバちゃん」


「うん、ありがとう……」


「何かあったら呼んでね。ボク達隣の部屋にいるから!」


「分かった」


 ルミナスの返事にユルトは優しく微笑むと、ドアノブをひねって扉を開ける。そして、ドアのすぐ近くで待機していたダナンに「という事で隣の部屋使って良いですか?」と告げる。


「はい、そう言われると思いまして、部屋の準備は出来ております」


「スゲェ、超優秀……」


 アレンが感嘆声を漏らす。


「恐縮でございます」


 その後、ユルト達は隣の部屋へと案内される。そこも隣の部屋と同じく、部屋の大きさの割には家具が少ない。

 三人掛けのソファーが二つ、少し大きめのテーブルが一つ、一人掛けのイスが二つ。それ以外はカーテンを除けば何も無い。


「グレイさん、部屋持て余してるんだね」


 ユルトのぼやきが、一番納得のいく答えだった。


 それはそうと、ユルト達は怪我を負っている。身なりもボロボロで血や埃で汚れていた。

 取り敢えず重い装備を外して、ダナンが持って来たタオルで汚れを軽く拭き取ると、自分達の傷の手当てを済ませる。


 殆どが小さいものだったが、その中でもアレンの右脇腹の傷だけは大きかった。


 戦いの最中に回復薬をのんで、ある程度塞がっている為に現在はピンピンしているが、当時はハッキリ言って致命傷に近い程酷いものだった。

 それを近くで見ていたマインは、今でもあの傷でアレンが生きていた事に奇跡を感じる。


(ホント、よく生きてたもんだぜ……)


 しかし、そのアレンの大怪我以上に目を引いたのがユルトだった。


 無傷。


 いや、正確には自身の魔法による影響で腕が焦げて多少のダメージを負っているが。それはあくまで自身の魔法によるものであり、"人喰い"から受けた傷は一つもない。故に無傷である。


(流石ユルト、人間離れしてる!)


(こいつマジかよ、あの戦乱の中無傷とか、"人喰い"よかよっぽど化け物じゃねぇか!)


「う〜ん……そこの二人から何か失礼な事を言われてる気がする」


 手当が終わる頃になると、タイミングよくドアが開き――こちらも手当てを終わらせた――ガルフォードが入室する。


「すまない、待たせたね。娘を振り切るのに手間取った」


「今いくつでしたっけ?」


「今年で十五になる。学園に通い始める年頃だ」


「はははっ、あのキツい性格で学園に行くとなると、ちょっと心配ですね」


「まったく、どこでどう間違ったのだろうか……」


 ガルフォードは呆れを含んだため息をこばす。


「まぁ、それはこれからの学園生活次第でどうとでもなりますよ」


「それも含めて不安だね」


 ガルフォードとユルトがナチュラルに世間話をしていると、横からクラリスがタイミングを図って声をかける。


「ねぇ、お話の途中で申し訳ないのだけど、そろそろあの魔族との関係を聞かせてくれないかしら?」


「ああ、そうだったね。ごめんごめん!」


「忘れてた!」と言うユルトに苦笑いを浮かべる。


 本来ならもっと緊張感があって良いはずなのだが、今思えば"人喰い"との開戦前もこんな感じだったことを思い出しす。


(そういえばこんな人だったわね……)


 そばで見ていたエリックに関しては、もう昔からユルトはこんな調子である事を知っている為、さして気にはならない。と言うより気にする事をやめたと言う方が正解だ。


「取り敢えず立って話すのもなんだし、座ろうぜ」


「ああ、立ちっぱなしにしてすまないね。遠慮なく座ってくれて構わないよ。

 ダナン、皆さんに紅茶を入れてくれないか?」


「かしこまりました」


「そ、そこまでしていただなくても……それに、まだ外は大変なのに、そんな中私達はフカフカソファーで紅茶を飲むなんて……」


 "人喰い"襲撃により大勢の死者が出ており、その数は数十万人にも及ぶ。


 王都に関しては城壁で戦っていた兵士や冒険者の死体で溢れ、怪我人の数もバカにならない程。治癒魔法の使える魔導師や冒険者、医者に至るまで、現在王都総動員で駆け回っており、喧騒は絶えない。

 特に城壁付近は戦いが終わったのにも関わらず戦場と化していた。


 それを遠くから横目で見ていたローリエは、申し訳なさが先立ち、次第に言葉が小さくなっていく。


 ガルフォード自身、ロリちゃんの気持ちは分からなくもない。

 傭兵をやっていた頃は似たような事が何度もあった。だが、今の自分達に出来る事はない。

 ここまで自力で歩て来てはいるが、その実満身創痍(まんしんそうい)に近い。こうして全員意識を保っているものの、ベットで横になればすぐに意識を手放すだろう。それだけギリギリの状態だ。


 だから、こうしてロリちゃんが申し訳なく思ったところで状況は何も変わらないのだ。


 それに、あれだけ何度も死にかけたのだ、少しぐらい小さな贅沢をしたところでバチは当たらないだろう。


「いいかいローリエ君。今回の戦い、功労賞は間違いなく君達だ。命を顧みず、たった数人であの"人喰い"を王都から遠ざけ、倒した。君達は多くの人の命を救ったんだ。

 そんな君達が、紅茶一杯飲んだところで誰も文句は言わないよ」


「そうだぜロリ、どのみち今のアタシ達が行ったって、なんも出来はしねぇよ!」


「そうそう、ここは遠慮しないでありがたく頂こうよ。それにここで断ったら、辺境伯様お客に紅茶も出さないケチな貴族だって、噂になるかもよ」


「それは困るな、妻と娘に嫌われてしまう」


「分かりました! 頂きます、頂きますから!」


 ガルフォードの苦笑いに慌ててダナンから紅茶を受け取ったロリちゃんは、ガルフォードが席につくのを確認すると、自分もソファーに腰掛ける。(脚はギリギリ床につかない)


 ロリちゃんはテーブルに置かれた角砂糖に手を伸ばし、紅茶へ六つ程入れる。これでも相当甘いだろうに、そこへ更にミルクをこれでもかと注ぎ込む。


 隣では「えぇ……流石に入れすぎじゃ……」とクラリスが少し引く。

 しかし、そんなことを気にもとめず、極甘となったミルクティーにそっと口をつける。


「ふぇ〜……」


 余程美味しかったのか、天国にも昇るようなだらしない顔でほっこりする。頬は薄く染まり、トロンとした瞳がとても可愛らしい。


「ローリエちゃん、甘いもの好きなんだね」


「はっ!……しゅ、しゅみましぇん。こ、こんなだらしない顔…………恥ずかしい……!」


「いいじゃない。今のでアタシ達、かなり癒されたわよ」


 ユルトの問い掛けに我に帰り、恥ずかしさのあまり両手で顔を隠すロリちゃんは、頭から煙が出そうなほど耳まで顔を真っ赤にする。

 それをクラリスが優しく肩を叩いて、少しずれた慰めをする。

 どう考えても慰めになっていない言葉に、壁にもたれかかっていたアレンが「それフォローになってないよ」とツッコミをいれ呆れ顔になる。


 そんなやり取りを見ていたガルフォードは、先程から一人部屋に居ない事に気がつく。


「そう言えばシェイバ君はどうしたんだい? 姿が見えないが……」


「シェイバなら隣の部屋でカレンの看病してますよ」


 ガルフォードの問いに椅子に腰掛けたエリックが、隣の部屋を指刺して答える。


「なるほど、よっぽど彼の事が心配なんだね」


「ほんと、あいつあんな美人どこで見つけて来たんだ?」


「セディ、もしかして羨ましいの?」


「別にぃ……」


「ほう、そう言う事なら、本邸の方にいるメイドで美人な娘がいるけど、良ければ紹介し――」


「是非お願いしますっ!!」


 ガルフォードが言い切る前に土下座で懇願するエリックに、ユルトとアレンは苦笑いを浮かべ、ロリちゃんとクラリスはドン引きする。


「貴方、そこまでする?」


「俺はもうじき二十四歳になる。それにこんな職業だ、死ぬ前に結婚してぇ!」


 その叫びにアレンが同意とばかりに拳を握って頷く。


「はははっ、では近いうちに顔合わせでもしてみるかい? 彼女、強い男性が好みらしいから、白金(プラチナ)ランクの冒険者と知ったら間違いなく食いついてくるはずだよ。玉の輿を狙っているそうだからね。

 勿論、会うのは今の問題が全て解決してからだけどね」


「はい、お願いします!」


 こうして、エリックのお見合いが決まり、背景に花が舞うのを幻視する。

 お見合いが成功するとは限らないと言うのに、本人は既に成功したつもりらしく、気持ちがかなり先走っている。

 幸せオーラ全開で正直鬱陶しい。


「……セディの事は放っておいて、本題に入ろうか」


 花畑に旅立ったエリックを他所に、ようやく本題に入ることとなり、まずガルフォードはダナンに退室してもらう。同時に、この部屋には誰も近づけさせるなと命じた。


 足音が遠ざかると、ガルフォードはテーブルに描かれた魔法術式に魔力を流し、この部屋に備わっている防音の魔法を発動する。

 これで外から聞き耳を立てても会話を聴かれる事はない。


「成る程、だからこの部屋にしたわけですか」


「そう言う事……さぁ、ユルト君も座って話をしようじゃないか」


 ユルトは和やかに頷くと、ガルフォードの隣に腰掛ける。


 通常、貴族であるガルフォードに平民の身分であるユルトが隣に座るのは無礼に値するのだが……正直もう今更である為、誰も特に何も言わないし違和感を覚えない。そもそも、ガルフォードが気にしていない。


「ん? アレン君座らないの?」


「俺、今座ると二度と立てない気がして……」


「アレン、お前一番重症だったんだから大人しく座っとけ!」


 壁にもたれて、脚をプルプルさせていたアレンを見兼ねて、マインが無理やりロリちゃんの隣に座らせる。


 アレンが座るの見た後、ユルトは手をパンッ、と叩くと「セディ、そろそろこっちに戻って来てくれるかな」と花畑に旅立ったエリックを現実に引き戻す。


 そして、ここからカレンとの関係を話し始めると、その内容に"神威"の四人は言葉を失うのだった。


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