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3.アパート八棟お預かり!

 空室物件に人が勝手に住んでしまうという話は時々聞くが、今どきは都市伝説だとばかり思っていた。ほとんどの家主がどこかの不動産屋か管理会社に管理を委託している時代だ。鍵だって当然きちんと管理されている。それを人が勝手に住んでしまうなどと……ムムム。いくらなんでも、ちょっとずさんすぎやしないだろうか。

 チハルは恐る恐る尋ねてみた。


「鹿野様、人が住んでいるというのは、どうして分かったんですか? もしかして、明かりが点いているとか、物音がするとか……?」

「いや、明かりが点いているのを見たわけじゃないし、物音を聞いたわけでもないんです。ただ、空き部屋の分の電気料金はうちが支払っているんですが、この三か月ほど微妙に高くて……。それで、全部の部屋のメーターを調べたら、空室になっているある部屋のメーターが動いてるようなんです」

「それは、部屋の中を業者が案内したときに電気を使った、とかではなくてですか?」

「あっ、それはないです。……前の人が出てからもう何年も経ってますが、その間一度も次の人を募集してないので。鍵も、父が管理していたので他の誰かが持っているということはないと思います」


 真剣に話を聞いていた久我がうーん、と唸って腕組みをした。


「となると……誰かがピッキングで鍵を開けて中に入ったか、何らかの方法で合鍵を入手したか、ですかねえ。鹿野様はご自分で部屋の中を確かめられましたか?」


 久我の言葉に、ひゅうっ、と鹿野は息を吸い込んだ。糸のように細い目を最大限見開き、漫画のように両手を顔の前で振る。


「むっ、ムリムリムリです! そんな恐ろしいこと、僕にできるわけないじゃないですか……! それに――」


 鹿野は神経質そうに眉間に皺を寄せた。


「……第一、僕は本当は物件オーナーになんかなりたくなかったんだ。クレームは来るし、人付き合いは苦手だし、それに……怖い人が部屋を借りるかもしれないじゃないですか。だから、父のように管理なんてまともにできなくて、誰かにすべてを任せてしまいたくて――」


 最後には下を向いてしまい、なんともいえない微妙な空気が流れた。

 ――情けない男がいたもんだ。こんなことなら、お父さんが亡くなってすぐ、どこかに管理を預けてしまえばよかったのだ。賃貸経営というものは、そんなに甘いものじゃない。楽して稼げる不労所得のイメージがあるかもしれないが、何かトラブルが起きた場合、最終的に責任を取るのは所有者である『大家さん』だ。トラブル回収のため、嫌な思いをすることも、時には身銭を切ることもある。その覚悟がないようじゃ、大家を名乗る資格なんてない。

 頑張って持ち上げていた頬の筋肉から、徐々に力が抜けていった。この仕事に携わる者として腹も立つが、逆にこれはチャンスかもしれない。

 チハルは目をつぶり、瞼を開くと同時に、バン! とテーブルに両手をついた。


「ひえっ」


 素っ頓狂な声を上げて鹿野が飛び上がる。怯えた小鹿のような目を睨みつけながら、チハルはすう、と息を吸い込んだ。


「……分かりました。その部屋の『住人』の正体、私が突き止めましょう」

「えっ」


 鹿野と久我は同時に言ってチハルの顔を瞠目した。たぶん、鹿野が彼女の顔を直視したのはこれが初めてだ。感動すら覚えて、チハルは言葉を繋ぐ。


「ただし、条件があります。この一件が解決した暁には、すべてのアパートの管理をうちにお任せいただきたいのです。よろしいですか?」


 不敵に微笑むチハルの顔を、鹿野は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして眺めていた。そして小さく、本当に小さく震えがちな声で言った。


「はい……是非、お願いします」

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