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12.後始末はもっと大変 1

 翌日の七福不動産は上を下への大忙しだった。ただでさえ黒磯とチハルのふたりだけで切り盛りしている店だ。鹿野への報告に続き、保険会社への連絡、近隣住民への謝罪と、午前中は多忙に次ぐ多忙を極めた。午後には消防署と警察による現場検証が待っている。ふたりで仕事を分け合ってもとても手が足りず、急ぎでない用件はすべて来週以降に予定を延期した。


 現場検証は午後三時からだったが、昨日の状況を説明するため鹿野とは二時に約束をしていた。

 その少し前、久我が七福不動産にやってきた。目の下に派手なクマをこさえ、髪はぼさぼさ、頬に陰ができるくらいにやつれている。彼はチハルに目で挨拶をして、硬い表情のまま奥までやってきた。


「黒磯社長、昨晩は大変ご迷惑をおかけしました」


 久我が深々と頭を下げると、黒磯はああ、と言って顔の前で手を振った。


「気にしなくていいのに。……なんだ久我君、ひどい格好だな。せっかくのイケメンが台無しじゃないか」


 黒磯のほうもほんの少し前に客先から戻ってきたばかりだ。チハルが入れたコーヒーをすすりながら、久我の頭のてっぺんからつま先までを面白そうな顔でじろじろと眺めている。久我は言うことを聞かない髪を手ぐしで整え、苦笑いを浮かべた。


「実はあれから大変な目に遭いまして……。鞄をあの部屋に置いたまま逃げたので、マンションの鍵はないわ、財布はないわで、結局社に戻ってスウェットのままエントランスで一夜を過ごしたんです」


 それを聞いたチハルは勢いよく椅子から立ち上がった。


「ええっ、言ってくれればうちに泊めてあげたのに……!」


 黒磯は笑っているがチハルは真剣そのものだ。久我はにっこりと微笑んだものの、その笑顔はぎこちなかった。目元のクマがより濃く見えて痛々しくさえある。


「いくら君の家が近くだからって、そんなわけにはいかないよ。むしろ君がご両親に叱られてないかな、ってずっと考えてたくらいなのに」

「うちは全然。久我さんは? ……所長に怒られませんでした?」


 チハルがおずおずと尋ねると、久我は力なく笑った。


「もちろん、こってり絞られたよ。俺がスウェット姿で裏口の階段に座ってるのを見た瞬間から、つい今しがたまでね。余計なことに首つっこむからだ、って」

「……ですよね。私もちょっと久我さんを頼り過ぎたと反省してます。ここから先は私ひとりでなんとかしますから。今までありがとうございました」


 ぺこり、とチハルは腰を折った。

 もともと、売買専門でやっている業者の社員が、他社の賃貸物件に関わっているのもおかしな話だ。ましてや、久我は京和地所のやり手営業マン。彼が動けば次々と契約が取れるだろうに、一円にもならないよその仕事を手伝っているのはどう考えてもまずい。

 しょぼん、としてしまったチハルを見て、久我はつかつかと近づいてきた。チハルの手を優しく取り、ギュッと両手で包み込んだ。


「そんなこと言わないでくれよ、チハルちゃん。やりかけたことを途中でやめるなんてできると思う? 迷惑かけたぶん、しっかり尻拭ってこいって所長にも言われたんだ。この件が片付くまでふたりで一緒に頑張ろう」


 にいっ、と久我が微笑むと、チハルの頬に大輪の薔薇の花が咲いた。やっぱり久我は優しい。困った時にはいつだって助けてくれる忠実なナイトだ!


「ありがとうございます! ……でも、そんなことしてたら久我さん今月の数字作れないんじゃないですか?」

「実はもう今月の目標金額はクリアできてるんだ。そうじゃなきゃ、さすがに所長だってオーケーは出さないさ」

「本当ですか!? すごい、さすが久我さん!!」


 褒めちぎるチハルと、しきりに照れる久我。ふたりの周りにはハートが飛び交っていたが、ずっと黙っていた黒磯が、水を差すようにコーヒーカップの縁をスプーンで叩いた。チハルと久我は一瞬でしんとなって振り返った。黒磯はにんまりと気味の悪い笑みを浮かべ、顔の前で指の関節が白くなるほど両手を握りしめている。


「……君たちホント、そういうのどこかふたりきりのところでやってくれない? ほら、鹿野さん見えたよ。お迎えして」

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