夏休みのはじまり
「また来たのかよ」
縁側に腰掛けてのんびりしてるラディシャデル(めんどくさいのでラディと呼んでいる)に思わずそう言ったが、ラディは手にしたスイカから顔を上げてニヤっとしただけだった。
ブラックジーンズに無地のTシャツを着、その上に綿の半そでシャツを羽織った格好で、足元はサンダル。そんなシンプルな格好をしてスイカを齧っているのに、妙な威厳と風格が漂っている。
さすが魔王子殿下と言うべきだろうが、しかし日本でそんな威厳、あっても意味がないと思うんだが。自分の世界に戻ってから発揮してくれ。
「仕事はどうした、仕事は」
「夏季休暇だ」
「おまえんとこに夏があるのか?」
たしかラディの国は、地球で言うとスカンジナヴィア半島くらいの位置にあったはず。日本人の感覚では、夏があるとは言えない。
「こちらにくれば夏が味わえる、だから夏季休暇だ」
「休暇ってお題目で何をしに来たんだよ?」
「休みだよ、休み。あちらはちょうど朔だからな、こちらの一月があちらの一刻だ」
というわけで2日ほど泊めてくれ。
まったくもって好き勝手な事を言ってるが、頷いた姉の顔を見る限り、うちの家族は了承しているのだろう。
だとすれば、俺が反対する理由もない。
「別に構わないけどな、お付きの新人氏はこっちのメシ、食えるのか」
なんか怒りの形相になりはじめた新顔が一人。これで『無礼者が』とか言い始めたら……
あ、言った。
でかい声を出した瞬間に姉の物理ツッコミが入って沈黙したけど。
「お手数掛けてすみません。腹を下すようなら帰れば良いさ」
奴は姉にそう謝罪した後、気楽に方針を固めていた。
「相変わらずだなあ……とりあえず晩飯はカレーでいいか?」
あれなら人数が増えてもどうにかなるし、なにより、俺でもまともな物が作れる。
いきなり俺の客が押し掛けてきてるこの状態で、俺が台所に立たないという選択肢はあり得ない。姉にしばかれたくないしな。
「あとハンバーグも希望する」
「作るの手伝えよ」
働かざる者食うべからず。魔王子殿下も我が家では例外としない。
「もちろんだ、自分で作ればタマネギ抜きに出来るし」
俺の母や姉が作れば、奴の分には野菜がたっぷり入る。世界が違えど、お袋や姉といった人種が隙を見て「体に良いもの」を食わせたがるのは変わらない。
嫌なら自分で作るのが無難である。
「野菜も食えよ?」
「努力はする」
「よし、おまえの皿だけニンジン倍な」
文句を言ったので、付け合わせのブロッコリーも倍にする事にした。
なおその後、台所に入った魔王子殿下をダシに新顔氏が『殿下にこんなことをさせるとは!』だの『おまえらは高貴な方の前に出ると言う事を許されもしない身分で!』などと散々喚いていたが、そのたびに姉にドツキまわされていたのは見なかった事にした。
最強なのはもちろん姉。