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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ガンスリンガーの矜持

死地

作者: 梨乃 二朱

 勢いで書いてしまった戦争物ですが、良かったら読んでいって下さい。

 設定やら何やらは無茶苦茶ですが、また何等かの形で投稿するつもりですので。

 登場する銃器は妄想の産物なので、こんなものでこんなこと出来るかみたいな事を思われるでしょうが、ご容赦下さい。






 

 呻き声。

 唸り声。

 泣き声。

 それらに混じり、時折聞こえてくる銃声。

 鼻腔を突くのは凄まじい死臭。血、臓腑、糞尿の臭い。

 硝煙や家屋の焼け落ちる臭いよりも、人が放つ生臭い嫌な臭いが明確に嗅覚を刺激する。


 的場薫は、死体に埋もれるようにして身を隠していた。

 仲間の死体。

 何処の部隊の何という名前なのかは分からないが、同じ『人類統一連邦軍』海兵隊の制服を着ている事から、同胞であることは間違い無い。

 『ガンスリンガー』、『デッドキラー』などと持て囃されてヨーロッパ奪還作戦に参加したというのに、今では化物に狩られるのを何とか誤魔化す事が精一杯な状況だ。


 頭が可笑しくなりそうだった。

 人が、人から体温が無くなっていく感覚を、文字通り肌で感じた。周囲では『フリークス』が放った『不死人(アンデッド)』の哨戒兵が、虫の息の兵士や薫のように身を隠していた兵士を捜しだし、撃ち殺している音や声が生で聞こえる。

 それが先程まで、一緒に隊列を組んでいた同胞なのだから、居たたまれない想いに駆られる。それなのに、何も出来ない無力感。

 いつ殺されるか分からない恐怖よりも、何も出来ず誰も助ける事が出来ずただ隠れることしか出来ない罪悪感の方が勝り、心が締め付けられる。


 日が傾き始めた。

 もう直、夜になる。

 暗くなれば意識を持たず本能のままに人を殺す“屍食鬼”が放たれる。

 ゾンビ、グール、後は何だったか。

 ともかく、こうして死体と一緒に寝転がっていては、生きたまま奴等、化物の餌となってしまう。


「ねぇ、ちょっと…………」


 不意に鼓膜を微かに震わせる声。

 女の声は、阿鼻叫喚の最中にもよく通るのだな、とどうでも良いことが頭を過った。


「そこの君、死体に化けて寝ている学徒兵さんですよ…………」


 薫は恐る恐る顔を上げた。

 黒煙立ち込める市街地は、薄い闇に包まれながらも視界はまだ確保出来る程だった。白暮時、という時間帯なのだろう。


 その片隅に、その女は居た。

 影が一層濃く刻まれた瓦礫の片隅。

 死体、死体、死体の中に、この世のものとは思えない程に美しい女性が手招きして薫を呼んでいた。

 黒髪を腰まで垂らしたアジア系の美女。

 天女とでも形容しようか。


「遂にお迎えが来たか…………?」


 呟いてみて、不思議とぞっとしなかった。

 むしろ死神とは昔ながらの“ドクロに大鎌”ではなく、“小銃を持った美しい女性兵士”の姿をしているのだな、と冷静に分析までしていた。


「早くこっちに来なさい……敵の哨歩兵がいない内に…………」


 女性は頻りに手招きして薫を呼んでいる。

 不意に思った。

 あれは死神ではなく人間なのではないか、と。


 そう思うと、急に女性が野暮ったく見えてきた。

 顔や体は煤けて、酷く疲れて見える。負傷しているのか、左腕があまり動いていない。

 軍服からして連邦軍ではないようだ。


 何故、薫を呼ぶのか分からない。

 しかし、この孤独と恐怖に苛まれている状況から抜け出すチャンスだということは、瞬時に理解出来た。


 薫は周囲に視線を巡らし敵兵の姿が無いことを確認してから、匍匐前進で女性の元へ向かう。

 暫く動かしていなかった体は、一歩進む毎に妙な軋みを上げる。それが行動を遅々とさせた。


「早く、急ぎなさい…………」


 女性は急かすが、今の精一杯がこの速度。

 それでも歯を食い縛り、何とか全身に力を込める。

 ようやく女性の近くへ辿り着いたところで、身を起こし中腰になって瓦礫の影へ入った。女性は薫の頭を押さえ付けるように、身を低くさせる。


「あんた、なにも…………」


「静かに。声のトーンをもっと落として」


 女性の掌が薫の口を塞ぐ。

 硝煙の刺激臭が鼻腔を突いた。

 しかし、それよりも女性の顔が近付いた事に、思わずときめきを感じてしまった。やはり、美しい顔立ちをしている。


「私が何者か、それは君と大して変わりません。これを持って私に着いて来て下さい」


 一方的に捲し立てるように言うと、足早に移動を開始した。

 薫は慌てながらも周囲を警戒しつつ、頭を低くしながら後を追った。











 女性が何処を目指しているのか、薫には分からなかった。ただ無言に地獄を駆け回っていた。

 やがて半壊した家屋や死体や瓦礫に埋もれた道路を抜け、ある一軒家に飛び込んだ。

 普通の現代家屋だ。

 ただ普通と違うのは、その家屋の住人だったであろう成人女性と少女の無惨な遺体がある事くらいだ。

 二つの遺体には、それぞれ凌辱を受けた痕跡がありありと伺い知れた。顔は恐怖にひきつり、絶望に苛まれた何とも形容し難い表情をしていた。

 少女の方は、まだ十代前半かそれよりも幼く見えた。


 どうしようもない怒りが胸中に芽生えた。

 つい先日までは普通の暮らし、幸せな生活をしていたであろう二人の変わり果てた姿が、痛い程に心を締め付けた。

 この二人の幸福を潰し、辱しめて殺す餓鬼畜生の所業を平然とやって退ける輩が、どうしても許せなかった。


 薫が死体を見詰める姿に、女性は「これが戦争ですよ」と静かに告げるだけだった。

 そのまま家屋内を簡単に探索すると、階上へ上がって行く。

 二つの遺体に束の間の黙祷を捧げ、薫も後に続く。


 二階の一室に入った女性は、身を低くしながら窓辺へ近付いて行く。

 真似して近付こうとする薫だが、女性に片手で制された。

 暫く窓から外を見渡していた女性は、何か得心したように頷き薫の方へ振り返った。


「君、名前は?」


「へ? あ、的場です。的場、薫って言います」


「そう、薫くんね? 私は三科凛子」


 不意の自己紹介に、薫は反応に困った。


「薫くん、君の力が必要です。こちらへ来て下さい」


 女性、三科凛子に促されるまま、薫は窓辺へ足を運んだ。

 外を見ると、公園のような広場に敵の部隊が小休止でもしているのか、散り散りになって休んでいる様子が見て取れた。

 これからは夜になる。

 ゾンビ等の“屍食鬼”を解き放ち、後始末を任せるつもりなのだろう。


「『不死人』め…………」


 薫は思わず吐き捨てた。

 奴等は人間ではないということは、世界的な常識だ。

 『不死人』と呼ばれる人でありながら化物に変質することを選んだイカれた連中。

 永遠の命、人智を超えた能力に魅了され自ら化物と成り果てた本当の狂人達だ。


「今が好機ですよ。あの車に乗った中年男性が見えますか?」


 凛子が示す車は、広場の中央に駐車されていた。軍用のジープだ。屋根が無く、誰が乗っているのか直ぐに分かる。

 薫はHUD(Head Up Display)を内蔵するゴーグルの望遠機能を起動し、ジープに搭乗する人物を注視する。


 今時はダサいような口髭を生やした四十代から五十代の男性。

 何処の軍服なのか黒色の詰襟軍服を着込み、胸に十字を模した勲章をこれ見よがしに見せ付ける姿が癪に障る。


「何です、あいつ?」


「“将軍”と呼ばれる人物で、この虐殺の指揮を執っている戦争犯罪者です」


 凛子の説明に、薫は激しい憤りを胸に抱いた。

 あいつが、あのクソ腹立たしい高級将官ぶった野郎が、この惨劇を産み出した元凶。

 それだけで、薫が奴を殺す数百の理由に事足りた。


「殺したいですか?」


 凛子が静かに問い掛ける。

 薫は奴から目を離すこと無く、厳かに頷いた。


「では、殺しましょう」


 凛子の言葉に一瞥をくれる。

 彼女は恍惚な笑みを浮かべていた。











 薫は肩から提げていたレバーアクションライフルへ、『.30-30 AAHE弾』という対不死人用炸裂弾を銃身へ込めていく。

 的場薫が持ち得る唯一にして最強の武器、『適性銃器』と呼ばれる人類技術の粋を集めて開発されたライフルである。


「私はずっと、奴を追っていました。しかし、類い稀な悪運があの卑しい命運を長引かせました」


 凛子は淡々と語る。

 悔恨、憎悪、怨念。

 その全てが渦巻くような声音だ。


「最早、負傷したこの腕では精密な照準を合わせる事は出来ません」


 血に濡れた左腕を悔しそうに見詰め、薫へ「君が代わりに奴を葬って下さい」と告げる。

 薫は返答の代わりに、トリガーガードと一体となったレバーを操作し薬室に初弾を装填する。


「狙撃の経験は?」


「実戦では皆無。訓練でも二百メートルがギリギリ当てられる距離って所ですかね」


「それはまた、何とも。――私がスポッター(観測手)を勤めます。薫くんは狙撃に専念して下さい。大丈夫、『適性銃器』は持ち主の必要とする能力を自動的に付与してくれます。例え狙撃向きの銃で無く弾で無くとも」


 薫は緊張した面持ちで頷き、ライフルを窓外へと構える。

 木製ストックを軽く頬に当て、高倍率テレスコピックスコープの倍率を調整する。

 付け焼き刃の狙撃銃と狙撃手。当てられれば奇跡だが、不思議と奇跡だろうと幸運だろうと呼び込む自信があった。


「距離六百メートル。風速二メートル、南南西の風。断続的ですが、狙撃に支障はありません。ヘッドショットエイム」


 凛子の指示に従い、スコープの十字レティクルを苛つく髭面の少し上へ合わせる。

 確か五百メートルでゼロ点補正をしているから、少し上を狙わなければならない。

 当たり前の話しだが、銃弾は真っ直ぐ進むようでいて、実は緩やかに弧を描いているのだ。それを考慮して、ゼロ点より先に標的があるなら少し上に照準を合わせる事となる。


「サイレンサーはありませんね。なら、上空を航空機が通り過ぎるタイミングを狙います」


 成る程、と薫は得心する。

 確かに死体に埋もれて隠れていた時から、何度も航空機が行き交っていた。その轟音に何度命の危機を感じた事か。

 銃声を消すには丁度良いだろう。


「来ますよ。三、二、一…………」


 瞬間、家屋を揺るがす程の轟音が周囲に轟いた。薫は深呼吸を一つして息を止める。

 「撃て!」凛子の怒声が耳朶を打つ。

 瞬間、銃爪に掛けた指が弾かれたように動き、ハンマーが倒れ弾底を弾く。同時に火薬の爆ぜる音と共に、音速を超えて銃弾が放たれた。


 銃弾は風の影響もそこそこに、空間を貫くようにしながらも僅かな弧を描き、憎き敵へと飛翔する。

 果たしてライフル弾は見事に口髭を生やした顔面、その右目に命中すると共に内部の炸薬が化学反応を起こし、頭を内部から粉々に吹き飛ばした。頭部を無くしたクソ野郎は、押し出されるようにして仰向けに車外へ倒れた。


「やった!」


 思わず口走る歓喜の声。

 レバーを操作し、空薬莢を排出する。

 これで少しは死んだ住人や仲間が浮かばれるだろうか、と安堵の吐息を胸中で吐いた。

 それも束の間、複数の銃声が轟き薫達の居る家屋の壁を銃弾が叩く。それよりも一瞬早く、薫は凛子により床に倒されていた。


「お見事な狙撃です! が、やはり人並み外れた聴覚を持つ人外生物の耳を誤魔化す事は出来なかったようですね! もしくはマズルフラッシュで感付かれたか! いずれにせよ、直に敵はここに殺到します!」


「ショットアンドムーヴって奴ですか!?」


「その通りです! 体制を低く保って、行きますよ!」


 そう告げるなり凛子は戸口へ向かい駆け出した。薫も中腰になりながら続く。

 敵司令官の狙撃に成功したとは言え、街の中には一万を越える『フリークス』の軍勢が闊歩している。一刻も早く生き残った友軍と合流しなければ、瞬く間に肉の欠片、骨の髄まで食い尽くされてしまうだろう。


 日が落ちてきている。

 もう直ぐ、“夜の住人”の時間となる。












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