恋は盲目。
また思いつきで書いてみたもの、拝読有難うございますー。
「――――――あのね煌くん、…………三条さんとの婚約を破棄してほしいの、お願い」
そう、彼女に唐突に言われた時、俺は一瞬、何を言われているのか理解することが出来なかった。
言葉を理解しようと思考を回すことで沈黙した俺に、畳み掛けるようにして、腕に抱きついている体勢のまま彼女…舞梨は言葉を紡ぐ。
俺と比べると結構な差がある身長のせいか、上目遣いに見てくる様子にあざとさを感じた。
「実は……わたし、三条さんに嫌われているみたいで…………その、いじめっていうのかな」
物を隠されたり壊されたり、他にも彼女の口からは俺の婚約者がやったという所業を次々と吐き出されて、階段から突き落とされたこともあるのだと、泣きそうに目を潤ませて言う。
優しそうというよりも純朴そうな、汚れなど何処にも感じられない彼女が流す涙はとても純粋で、美しく綺麗なそれを流させてはいけないと思うような、そんな色をしていた。
どうやって泣きやませるべきかと数秒悩んで、溢れた涙を指で拭ってやる。泣く相手を泣きやませるなんて芸当が、いくら考えても自分にできるはずなどなかった。
けれど、そうした行動だけで何が良かったのか、彼女が微笑んで泣くのを止めたので俺は内心息をつく。
――――俺、四季原煌政と堂春舞梨が付き合い始めたのは、高校二年の文化祭最終日のことである。
一年から引き続いて生徒会、それも会長になった俺と顧問の推薦で補佐になった彼女。
先輩も卒業してしまって量の多い仕事に追われる俺を手伝ってくれたり、無理をしないように声を掛けてきてくれたり。新しい企画も立ち上げて必死で文化祭を終わらせて、成功したと満足した時に彼女から告白をされて、俺は受け入れた。
三年に上って、体育祭を終え、生徒会の仕事も次の代に引き継いだ9月。
最後の文化祭を来月に控え、今年はクラスの出し物に貢献できるかと思っている頃に彼女から願われた、親に決められた婚約者との婚約破棄。
…………脳の裏側で、じわりと何かを思い出しそうな気がした。
一瞬感じた違和感を不快に感じつつ、妙な気持ち悪さを振り払って思考を戻す。
幼い頃から不意に感じることのある感覚で、何処か既視感と違和感を知らせてくるこの妙な気分には随分と長年付き合わされていた。
しかし、この感覚は現状には全く持って関わりがない、邪魔なものである。
「婚約破棄と言われてもな…………それは俺の一存で決められる事ではないし、それに舞梨の言う通り茜が遣ったとして、その証拠はあるのか?」
思考を戻して彼女に問いかければ、俺の発言に傷ついたのか、瞬間顔を歪めた彼女は、また泣きそうに不安そうに瞳を揺らした。
「…………煌くんは、わたしを信じてくれないの…?」
「信じてるさ、舞梨が嘘をつくなんて思っていない。」
彼女の言葉に出来る限り優しく見えるように、彼女が安心するように微笑みかけて、俺はそっと頭を撫でる。茶色に近い柔らかそうな髪は、触ってみれば見た目通り柔らかく、指通りが良い。
俺にそうやって撫でられていることで安心したのか、頬を緩める舞梨に、今度はきっぱりとはっきり言うのではなく、彼女を刺激しない程度にそっと告げた。
「舞梨の言う通りに、茜の酷い所業を理由にして婚約を破棄したとして、そうすれば今度は俺には婚約者がいないということになってしまう」
一族を背負う次代としてそれは困るのだと、そう言えば何処か決心したように俺の手を掴む彼女はゆっくりと口を開く。
「わたし、頑張るよ。
…………まだわたしは煌くんに釣り合うような女性には成れてないけど、でも頑張るから――――――っだから……」
俺の手を掴む彼女の手からは、彼女が緊張しているのか震えているのが伝わってくる。
必死に、自分の意志を俺に伝えるために言葉を紡ごうとして、けれど身体の震えや緊張で上手く言葉にならないらしい舞梨に、俺は微笑む。
それは多分、今まで彼女には向けたことの無い類になるであろう笑み。
緊張と気分の高揚で顔を真っ赤にしている彼女は俺の顔を見上げて――――…
「……終わりだな」
「――――――――え……?」
俺の言葉に、呆然とした。
深くため息を付いて、未だに俺の手を掴んでいる彼女の手を適当に払う。必死に言葉を紡ごうとしていたからか、無駄に力が篭っていたせいで手が痛い。
彼女に抱きかかえられるような状態になっていて、若干疲れてこわばり始めていた腕を軽く手で揉んで解す。そして未だに、状況が掴めないのか呆然としたままの彼女へと視線を投げた。
「何だ、まだ俺に用があったのか?」
不思議に思って問いかけて見ても、混乱したように声は言葉にならず、しばらくの時間を挟んで紡がれた言葉も俺にとっては、いまいち理解できない。
「え、っと………おわりって、」
「終わりだろう?」
俺には、彼女が一体何に驚いているのかわからなかった。
どうしても不思議で、言葉が続かないことに、ようやく俺は“もしかして”な状況を思いついた。
いやまさかな、と否定してみても、この状況はそれしか考えることが出来ず俺は彼女に問いかける。
「…………もしかして、茜の代わりにお前が俺の婚約者になろうと考えていたのか?」
そうすると今までの発言からするに、怪しすぎる彼女は俺の婚約者を陥れようとしていたのだろうか、となんとなく考えた。
我が婚約者殿が、わざわざ俺の周囲の人間を潰そうとする訳が無い。それくらいの事は、長い付き合いで知っているのである。そんな彼女が、どうして最初から終わることが確定している人付き合いに茶々を入れるのか。
むしろ教えてほしいくらいである。
「だって、わたしは煌くんの彼女でっ…」
混乱が激情へと変わり始めてきたらしい。
俺の前ではずっと取り繕っていたのであろう、穏やかで子どものように純真無垢な堂春舞梨はもうそこにはいない。ただ目の前には、自分の立場を弁えない愚かな女が居るだけであった。
「お前が俺の妻に? 無理に決まっているだろう」
父の後を継げば、俺は一族や会社の社員達の運命を背負うことになる。
そんな俺を支える相手は皆に認めて貰える相手でなくてはいけないし、戦力ともなる相手であるべきである。別の相手を育てているような暇も無いし、ならばそう成るように育てられていた相手が妥当であった。
そもそもが、婚約者殿のように俺を叱り飛ばすことさえ出来るような貴重な相手は、滅多に居るものではないのである。
「恋人は構わない、愛人でも大っぴらでさえなければ良いだろう。――――けれどお前は俺の妻と成るには、足りない」
ちりちりと、脳裏を焦がすように気持ち悪い感覚が俺を襲う。
「…………恋と愛は別物だ。誰に恋をしていようがそれは誰もが自由、だが愛は恋のように盲目的に在るべきじゃない」
見たことのない、けれど知っている映像が、記憶が、頭の中にちらついてくる。
「お前が俺に捧げたのは恋、俺がお前に与えたのも恋」
今までにない警鐘のような頭痛が、鈍器を頭にぶつけてきているように支配してきて、自分でも自分が何を言っているのか、そもそも何かを言えているのかも解らなくなってきた。
「――――――気づいていたか?
俺はお前に“好きだ”とは言ったが、“愛している”とは言ったことがない」
頭痛に耐えることがきつくて辛くて、しゃがみ込んで頭を抱え込みたい衝動を抑えこんだまま、俺は何も言えなくなって立ち尽くした堂春舞梨の前から去る。
足早に保健室を目指していた俺であったが、どうしても耐え切れなくなって、階段を降りていた途中で座り込んだ。
壁に凭れ混んで、荒い息を繰り返す。
苦しくてくるしくて、胃から喉までせり上がってくるものがあるような感覚を覚えながら吐き気を抑えこんでいる内に、俺の中には相変わらず、存在しなかった筈の情報が溢れかえってくる。
水が氾濫しているように、容量を満たして破壊しようとしていたその奔流は最初のうちだけで、後は徐々に収まり、情報も取捨選択がされていったのか整理がされてくる。
同時に酷く痛んだ頭痛までもが収まり始めてきて、鈍い痛みの名残を残したまま、しばらくの後には体調の不良が収まっていた。
「…………うっわぁ、まじかよ…」
かつて無いほどに荒い口調で、俺はぼやく。
若干の混乱が残ったままで、適当に落ち着こうと髪を掻き毟り、邪魔な前髪を手で掻き上げた。
下ろそうとした手を数秒見つめ、今でこそ当たり前のことだが、前はもっとサイズが小さかったそれに深く溜息を吐く。
「男として生活していた分の記憶があるから、まだマシか」
下手したら女性との結婚を拒否していたかもしれない未来を考えて、憂鬱になった。
そして、今更になってから思い出してしまった事実を恨めしく思う。
いや、恐らくは前から感じていた既視感を全部無視していた自分が悪いのだが。
「はぁ…………前世の記憶、ねぇ」
これが自分で無ければ信じなかったであろう事実に、また溜息を吐く。こうやって後悔やら自虐思考に走っても結局は何の解決にもならないことを思い出して、若干ふらつきの残る身体で立ち上がった。
――――さて、どうしようか。
俺は考える。
この世界の主人公であるらしい、ヒロインの立ち位置にいる彼女は、俺の見えない所で様々な人に声を掛けていたらしい。
思わせぶりな態度をとって、前世の知識によるといわゆる攻略対象である彼等の恋心までもを擽っていたようだ。
恋と愛は、別のものだ。
愛は様々な形へと変化し、成長していくものだが、恋は違う。
盲目的に相手を信じて、相手だけしか見えない。誰に否定されても邪魔されても燃え上がるばかりで、目を塞ぎ耳を塞ぎ、その場に立ち止まってしまうそれは成長を止めてしまう行為でも在る。
…………俺達のような人間には、絶対に許されてはいけない行為。
俺達は成長し続けなければならない。
誰かの運命と命を背負う俺達が足を止めるわけにはいかないため、敢えて俺達は二つを別物として教えられ、捉えるように育てられている。
当然だ。
ここは現実であり、ヒロインの為に準備された世界じゃない。
ゲームのように、一人の少女に盲目的な恋愛をするわけにはいかないのだから。
「つーか、前世とか思い出してみてもあれだな、前世も今世も、性格とか何か変わんねぇわ」
生まれ変わっても俺は俺ってことかな、と輪廻転生の不思議を思いつつ、楽しくなってきて口角を釣り上げる。
………前世というものを思い出してしまったお陰で、恋人の役目を終えてしまった玩具にもどうやら、また使い途が出来たらしい。
恋愛に関してしっかりとした区別のある攻略対象を書こうとしたんですが・・・・文章力ほしいです。
ヒロインも逆ハ―ヒロインで、とかって設定もあるといえば有るんですけど、上手く文章に練り込めなかったです、残念。
呆気無くお遊びは終わり宣言をして、玩具同然に自分の彼女を捨てた主人公ではありますが、一応しっかりヒロインのことは好きでした。
こういう状況になるまでは、婚約者とかも顧みることなく盲目的にヒロインに執着していたのですが、愛を求められたのでお終いになったってことです。
この辺りも説明下手ですね、すみません(; ・`ω・´)
婚約者である三条茜も、高校を卒業するまでの関係だということを知っていて、納得している訳です。
・・・・教育として、その辺りの区分けがきっちりとされているのだとしたら面白いな、そしてヒロイン哀れだな、なんて思いながら書いてました。
恐らくは主人公と婚約者ちゃんはこれからのんびりと愛を育んでいくのでしょうw
まぁ、こんな感じの話ですね。
わざわざ読んで下さった方々に感謝を。