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第5章 最終日だ

 曇りない月だった。空には今まで見たことのない無数の光。そこに今まで存在していたんだろうが、僕らの目には届かなかった光。


 今日は林間学校最後の夜である。キャンプファイヤーも終わり後は最後のイベントを残すのみ。案外むなしい、不思議な気持ちだった。3日間きちんと行事は楽しんだし、毎晩スーファミ大会にも参加した。こんなに楽しい日が続いたのに、いざ終わろうというときにはさっぱりしている。

 僕はキャンプファイヤーの片付けに参加していた。ほとんどの男子はサボっているが、ユリちゃんが参加していたからだ。彼女が頬を黒くしながら炭を片付けているのを見ると、なんかもう健気で健気で。


「アツシ、お前何ニヤニヤしてるんだ?」


僕は今ニヤついているらしい。


「いや、何でもない。早く片付け済まそう、マモル」


僕たちが炭を指定された場所に投げ込んでいる間。あの男が男子を集めて何やら話をしている。


「いいか、お前らはまだ中学2年生だ。ひよっこだ。うんこだ。だからこそキチンとした性教育を受けなきゃいけねえ」


集められた男子生徒の中から一人が挙手して言った。


「先生、うんこは言いすぎです」


どうやら性教育を教え込んでいるらしい。まぁ、次郎丸は保健体育の教師であるわけだから、ここは羊と触れ合うハイジ見守るおじいさんのような目で見守ることにしよう。


「最近のガキはよぉ、やれできちゃった婚だ、やれ14歳の母だの、キチンと性教育を受けてねえからこんなことになんだよ。いいか、このプリントをよ〜く読めば、性の何たるかが分かるだろうから」


次郎丸は男子全員にあるプリントを配り始めた。暗くてよく見えないが……!!


「ああああああああ!!」


僕は集団の中に走りこみ、プリントを急いで回収した。その瞬発力はバレーの大会でボールが落ちたところをタオルで拭く人にも劣らない。


「お前、何すんだよ! 俺の作った(ピーー)の(ピーー)のプリント取んなよ!」


「何言ってんですか! こんなん中学生が見るもんじゃないでしょ! モザイクいるよ、これ!」


次郎丸は自分の持っているプリントの原版を叩きながら言った。


「お前みてぇに性情報を簡単に取り上げようとするから子供たちが反発するんだろうが! 思春期は天の邪鬼だよ!? こうやって教えるとこは教えるのが大人の役目だっつの!」


僕も負けじと集めたプリントの束を叩く。


「その性情報がディープすぎるんでしょうが!! 何だよこれ! こんな簡単に深いこと教える大人がいるから子供たちが性衝動駆り立てられてんでしょうが!」


まったく油断も隙もない。こういうお友達は子供たちからは支持されるが、親御さんからは嫌悪されるのだ。


 清掃作業が終わり、僕たちは山の中腹、語素露離ゴスロリ宿前に集められた。次郎丸が前に出て、メガホン片手に大声で言った。


「ほんじゃ、今から林間学校お馴染み、肝試し大会を始める!」


体育座りでずらりと並んでいる生徒の中から一本腕が伸びる。


「先生、今は5月ですよ。時期的におかしくないですか?」


「それはしょうがねぇよ。本当はまくら投げでもやろうかと思ってたんだけど、それだと球技大会とかぶるだろうが、なんか。作者の考えに考え抜いた結果だ!」


「先生、今小説内の人物として出してはいけない言葉が聞こえたんですけど」


どうやらこれから本当に肝試しをやるようだ。僕はあまり乗り気ではない。考えてもらいたいが、5月半ば、それも山の夜。寒すぎる。自論だが、肝試しを夏にやる理由はお化け役が寒さに負けないようにするためであろう。

 いや待て、これは実はチャンスではないだろうか。肝試しと言えば、ラブコメなんかでは欠かせないカップル成立行事。これで一気に主人公とヒロインが近づくなんていうのはもうお約束である。ていうか常識である。運よくユリちゃんとペアにでもなってみろ。


「きゃあっ、怖い!」


彼女が僕の左手に飛びつく。


「あっはっは。まったく、ユリちゃんは怖がりだなぁ」


ふふ、ふふふふ。


「アツシ、またニヤニヤしてるけど」


妄想から現実へと引き戻すマモルの言葉。


「え!? あぁ……病気かなぁ」


僕は目を隠し取り繕う。次郎丸が言う。


「そんで、4組! 俺と一緒にお化け役だから、気ぃ入れて脅かせよ!」


妄想はしょせん妄想。ユリちゃんとペアになるとか以前に、参加できないなんて。いやいや、だが落ち着いて考えてみろ。ユリちゃんは同じクラスだ。お化け通しでいい感じになったりするかもしれない。

 

 4組全員で山を少しばかり登る。しばらくしてからたくさんの小道具が並べられた空地に辿り着いた。僕はマモルと一緒に傘お化けになることに。ユリちゃんは……なんて可愛らしいお岩さんだ。頭の三角のあれがもうなんか素晴らしく可愛く見える。何枚でも皿を数えて下さい。僕とマモルの元に汚い小豆洗いが。木田である。


「あ、お前らはジーザス武田の格好してるんだな」


右手をあげた小豆洗い。


「何そのバブル前後の若手芸人みたいな名前!? 傘お化けだからね!」


マモルが続く。


「あれ? 俺はジーザス武田のつもりだったんだけど」


「え!? ちょ、マジで……?」


個性あふれるお化けたちの総大将。神田林次郎丸が前に出る。この男が何かをしゃべる時、決まって静かになる。不思議なパワー。

 仁王立ちで立つ次郎丸は、体中が粘膜で覆われ、口から出てきたもう一つの口からデロデロと何かが垂れ出ている。そのデロデロは大地を溶かす。かぶり物をした次郎丸は言う。


「よっしゃー! みんなお化けの準備出来てんな」


「次郎丸さん、あんたはお化けじゃなくてエイリアンです。それだと脅かすというよりも残虐的に誰かを殺してしまいます」


「何を言ってんだ、お前。学校にエイリアンは欠かせないだろうが。昔の進研ゼミのCMにもエイリアンがでてただろ」


「そのネタを一体何割の人間が理解できるのか考えたことありますか?」


次郎丸はエイリアンのかぶり物を取った。


「んだよ、お前だってジーザス武田なんてわかりづらいお化けじゃねーか」


僕は眼をこれでもかというくらいひんむいた。


「さっきから何なんだよ、ジーザス武田! この容姿のどこにジーザス要素が含まれてるの!?」


 とにもかくにも、肝試しは始まった。配布されたお札を男女2人組で山の頂上にあるお寺に置いてくるといういかにもなルール。僕たち4組はそれを脅かすわけだ。

 山の中は思っていたより寒くない。これなら風邪は引かないだろう。僕とマモルのダブルジーザスは2人そろってゴールである寺の近くに隠れることにした。実はここからこう、上手いこと体を乗り出すとユリちゃん演じる可愛いお岩さんが拝めるのだ。


「アツシ……。今になってジーザス武田じゃインパクト弱い気がしてきたんだけど」


マモルの真剣な目つき。


「大丈夫だよ。もし気になるなら、この辺の草とかで装飾したらいいんじゃないか?」


「それはダメだって! ただの傘お化けになるし」


ジーザスの基準というのは想像以上に厳しいご様子。

 そんな時であった。肝試し第1組の男女がやってきたのだ。早速身構える僕とマモル。……の前に、お岩さんの脅かし方を見物させてもらおう。ユリちゃんは友達と2人で呼吸を合わせている。口をへの字にして、体を前傾に。草むらから手を延ばし、男子の足首をつかみ、そのままめいいっぱい不気味な表情で叫んだ。


「こんじゃくものがたりぃいいいい!!」


「ぎゃぁああああ!!」


なんて無駄にうまいんだ、ユリちゃん。こちらから見ていても背筋が震えた。女子の方が、も〜う怖がりすぎだって〜、とケラケラ笑っている。いやいや、実際足首をつかまれてあれをされたら、嫌でも叫んでしまうだろう。

 僕はマモルの肩をこづいて言った。


「僕たちもあれ位やってやろう」


マモルは当たり前だと言わんばかりに自分の胸を2回叩いた。最初のペアが近づく。6メートル、5メートル。ペアが僕達に近づくにつれて、僕の鼓動は早くなった。こんなことで緊張しているのか? いや、これは武者震いというやつだろう。


「まんようしゅううううう!!」


僕たちは2人同時に飛びだした。男女も同時に叫ぶ。


「うわぁああああ!! 傘お化けだぁああああ!!」


「違ぇえええ!! ジーザス武田だぁああああ!!!」


僕たちは他人には決して理解されることのない主張を叫んだ。


 肝試しが始まりすでに30分が過ぎた。僕たち4組のお化けはなかなか評判がよいらしい。いくつか感想を頂いている。少しばかり紹介しよう。

ペンネーム、サザン大好きっ子さんからの感想。お岩さんかわいすぎる。

ペンネーム、ミスターはじっこさんからの感想。エイリアンってお化け?

ペンネーム、もっこりもこもこさんからの感想。お岩さん萌え。

等など、たくさんのお岩さんファンが誕生している様子。こいつらはあとで電気アンマ決定だ。ライバルは増やさん。

 僕とマモルはこれから48組目のペアを脅かす。これまで、見ててイライラするぐらいイチャイチャしてる奴らや、ちょキモイとか言って男子に近づかない女子なんかもいた。こういう時の女は強いものだ。というか、僕は今まで強い男と弱い女は見たことがない。


「お〜う、お前ら。何人の男子の小便ちびらせた?」


次郎丸である。彼はエイリアンではなく、巨大ザメのきぐるみを着ている。


「次郎丸さん。エイリアンをやめようというその決意は認めますけど、それじゃお化けじゃなくてただの自然の驚異じゃないですか」


次郎丸は僕の元へ近づき、サメの鼻先を僕の額に当てた。


「いやいや、でもすげぇ怖いだろ」


「ちょ、距離感! きぐるみの距離感がつかめてないから鼻先当たってますって。後、確かに怖いですけど何かまた意味あい違うから」


次郎丸はきぐるみ越しに頭をかきながらマモルにむかって言う。


「マモル、連れション行こうぜ」


マモルははい、と返事をしてジーザス武田の傘を外した。僕は言った。


「え、ちょっと待って。それじゃ僕1人じゃないですか」


次郎丸は黒い笑顔を見せた。


「何だお前、1人は怖いってか? 情けねぇなー」


という次郎丸はマモルの右手をしっかり掴んでいる。マモルが不思議そうな顔になる。


「先生、何でそんなに手汗かいてるんですか?」


僕は次郎丸の黒い笑顔に負けない表情に。


「あれ〜、次郎丸さん暑いんですか? どちらかと言えば寒いぐらいですけどね〜」


「馬鹿野郎、俺はあれ。新陳代謝がすごいから。サウナとか5秒で脱水症状だから」


次郎丸はそう言うとそのままマモルを連れて行ってしまった。

……それにしても静かだ。これなんか出るよ。僕は今お化けの侮辱みたいなことしてるわけだし。そ、そうだ! ここからユリちゃんを眺めることでこの恐怖を少しでも和らげるんだ!

僕は隠れている草むらから身を乗り出した。すると、とんでもないことに気が付いてしまったのだ。なんとユリちゃんも今の僕と同じような状況に陥っていたのだ。一緒にいた友人はどこかに行ってしまっているのだろう。お岩さんコスプレのユリちゃんの表情が恐怖と寂しさでなんともいじらしい感じになっている。これは行くしかあるまい! ていうか何か文章にできない状況になるという可能性だってある! よし、行こう!

僕は緩やかな傾斜になっている道を下った。ユリちゃんに体2つ分近づいたところで言う。


「あ、ユリちゃん」


「……え」


ゆっくり振り返る彼女。すると一瞬でその目に大粒の涙が。


「きゃぁああああ!! ジーザス武田ぁあああ!!」


彼女はどこからか取り出した音楽ファイルを僕の額に突き刺した。噴き出るA型の血。


「うぉおおお!!」


彼女ははっとした様子で僕の額に刺さったファイルから手を放した。


「あれ、もしかしてアツシ君! ごめんなさい、私本当にお化けが出たのかと思って!」


「いやぁ、全然大丈夫だよ。むしろ高血圧気味だしちょうど良いよ、あっはっはっは」


力いっぱい作った笑顔のまま、そのファイルを引き抜いた。


「大丈夫って……。なんか少し前の公園の水飲み場みたいになってるけど……」


「あぁ、あの出が悪い感じ?」


「うん、小枝とかが詰まってて勢いが良くないような……って、そんなこと言ってる場合じゃないよ! 早く手当てしないと!」


彼女はまたまたどこからか救急セットを取り出した。まったくファイルといい、本当に準備が良い。何次元ポケットを持っているんだろう。

 彼女は僕の頭に優しく包帯を巻いてくれた。僕は近くの石の上に座り小さなため息をつく。彼女はじっと下を向いたままこちらを見ようとしない。無意味に流れる時間。何か嫌だな。僕は言った。空気を変えるために。


「あのさ、全然大丈夫だから。普段はあの人のせいでもっとひどい目にあってるし」


「いや……でも」


まずい。何かもうこれじゃコメディーとして成り立たないよ。暗いもの。暗すぎるんだもの。何だ、どうすればいい? 誰か〜! 誰か来て! 

 その時であった。誰もいないはずの僕とマモルがいた草むらからガサゴソと動く何か。背筋が凍る。


「ユ、ユリちゃん……、もう本当平気! 何て言うか一刻も早くこの場を離れた方が良い気がするんだよね!」


「え……何で?」


草むらがガサゴソってなってるから、とは言えないよ! ビビリだと思われるからね!


「何でって、もうね。ほら、あの〜あ、僕何か今熱っぽくてね!! すごいフラフラするんだよ! これはいけないな〜。もう立ってられないな〜。さぁ一旦どこかへ行こうか!」


頼む、騙されてくれ!


「え、でも……。あ、じゃあここで待ってて。私先生呼んでくるから」


「え!? あ……確かにそうするのが一番だよね! でも、でもね!」


もう駄目なのか! もう呪い殺されてしまうのか! すると、全てを解決する声が僕の耳に。


「お〜い、アツシ〜。どこ行った〜」


マモルの声である! 来たよ! これでもう大丈夫だよ!


「お〜い、アツ……うあぁあああ!」


予想外の事態である。マモルが何かガサゴソ動いていた草むらの中に引きずり込まれていったのだ! ユリちゃんもそれに気づく。


「え!? 何今の声、マモル君!?」


僕はとっさに彼女の手を引いた。


「逃げよう! 呪われる前に!」


彼女は目を大きく見開いてうなづいた。

僕たちはしばらく2人で山を下った。冷静になればかなりおいしい状況なんだろうが、僕はそんなことも考えられないくらい怯えていた。今まで非科学的なものを信じていなかったためか、僕はこういうポルターガイストというやつが大の苦手なのだ。


「アツシ君、もう大丈夫じゃない?」


僕の理性を引き出したのは大野ユリの言葉であった。


「あ……そ、そうだね」


掴んでいた彼女の手を無意識に離していた。もったいないことをした。

 僕は辺りを見渡す。暗くて分かりづらいが迷ってはいないようだ。……待てよ、今のこの状況はこれ下手したら……。いやいや、何を考えてるんだ僕は。落ち着け。


「でもびっくりしたなぁ。アツシ君、急に走り出すし。ちょっと面白かったけど」


あぁ〜、そんな笑顔を向けるんじゃない! 理性が吹っ飛ぶじゃないか。さっきは理性を取り戻した彼女の言葉も今は理性解体屋ですか?

 僕の理性を次に取り戻させたのは、目の前の草むらのざわつきであった!


「え!? また!」


逃げるヒマもなく草むらから何かが飛び出した!


「あぁあああああ!」


彼女と僕の声が重なる。


「あれ、あなた……アツシ?」


僕の目の前に現れた人物、それは……。


「マンカさん!? あんた何やってんですか!」


彼女は不満そうな顔で答えた。


「何って、追いかけて来たに決まってるじゃない。いくら放置プレイとはいえ、彼の姿を3日も見ないなんて耐えられないの。もう色々無理なの」


「じゃあ何で僕たちを追ってきたんですか」


中万華はため息まじりに言った。


「道に迷ったから適当に誰か捕まえて彼の居場所を聞こうとしただけよ」


ユリちゃんが僕の裾を掴んで言った。


「アツシ君、この人は……」


「あぁ、この人は中万華さん。ウチに最近居候し始めたんだ」


中万華が僕とユリちゃんを交互に見つめる。


「で、アツシは思春期特有の妄想で理性が吹っ飛びそうになっていたところかしら」


「ちょっとぉおお! 変な言いがかりは止めて下さいよ!」


何だよこいつ、心理学者か!


「理性解体屋とか意味の分かんないこと考えてたんじゃないの、この思春期は」


「なな、何なんですか、その憶測!」


何だよこいつ、打率10割じゃん! ヒット量産機じゃん!


「とりあえず戻ろう。肝試しも途中で抜けちゃったし、きっと次郎丸さん怒ってるよ」


僕の提案に笑顔でうなづくマイハニー。中万華は興奮して言った。


「え、怒ってるの? ふふふっ」


 僕たち3人は肝試しの前に集まった広場へと向かった。そこにはすでに4組の面々が。


「おい、お前らどこ行ってたんだよ! 俺の忠告を無視して不純異性交遊ですか、こら」


次郎丸は巨大ザメのきぐるみを脱ぎ、普段のジャージ姿であった。


「違いますよ。ちょっと色々あって、この人のせいで」


僕の後ろからヒョイと顔を出した中万華。目から光を失う次郎丸。開いた口が塞がらないとはまさにこのこと。


「ふふふっ、次郎丸さん見ぃつけた」


中万華は次郎丸の目の前に南ちゃんっぽくピョンと移動した。


「おぉい、整美係! この女を捨ててこい! 生ゴミとして処理できるから!」


頬を赤らめる中万華。


「また私の反応を見て楽しんでるのね、いいわ。好きにしなさい」


「おぉい、保健係! この女の頭を治療してやれ! それが無理なら捨ててこい!」


僕は2人の会話を無視して木田のもとへ向かい言った。


「木田、マモルはどこ行ったんだ?」


木田は眉間にしわを寄せた。


「え? お前らと一緒じゃなかったの?」


どういうことだ。あの草むらに入っていたのは中万華ではないのか? ……いや、違う。もしそうならマモルを引きずり込む理由がわからない。ということはマモルは本当に……。その時であった。


「お〜い、みんな! すごいの捕まえたぞ!」


マモルが何かを右手にぶら下げて草むらから出てきたのだ。次郎丸がそれに気づいて言う。


「お前もどこ行ってたんだよ……ってお前何持ってんだ!?」


4組全員がマモルの右手に注目する。彼の右手に握られていたそれは、猿とアルマジロ足して2で割り、尾を2本つけると出来上がり、みたいな生き物であった。僕は少し声を大きくして言った。


「マモル! 何だよその生き物!? 見たことないんだけど!」


「ん? 何言ってんだよ、これジーザス武田だろ」


「えぇええええ!? これジーザス!? 僕たちはこれの格好をしていたの!? お化けじゃなかったの!? この世に存在するものだったの!?」


4組全員からの冷たい目。小声で、え? 普通じゃね?、あいつ今さら何言ってんの?、それでも日本人かよ、ジーザスって何だろう、と約1名を除いて僕を批判している。


「ほら、お前ら。いい加減、宿戻るぞ!」


「そうよ! そして私と次郎丸さんは同じ部屋で、どぅっ!」


スナップを利かせた次郎丸のはたき。厳しいな、次郎丸。

 語素露離宿の前ではロドリゲスが仁王立ちで待ち構えていた。


「お前らぁああ! 今の今まで何やってたの!? 神田林先生! あなたがついていながら何やってんですかもーうっ! ていうかその娘は誰ですかぁああ!? 何ですか? 神田林先生は生徒ほっぽらかしてそのちょっとロリの入った娘といちゃついてたんですか、えぇ!? どうなんですか! どんな感じだったんですか!? 今度ICレコーダーで音だけ録って、私に頂けないでしょうか!?」


次郎丸は大きくため息をつく。


「おい、みんな。保健体育教師として教えとく。こういう輩を『むっつりスケベ』という」


「ちょちょちょ、ちょっとぉおおお! 何を教えてるんですか、何を! いや、もとより男という生き物は皆むっつりスケベなんではないだろうか! 私はそうだと思うね! そして、人間というものは……」


僕たちはロドリゲスを放置して宿に入り、それぞれの部屋に戻った。

さぁ、今日も元気にスーファミ大会だ。


 翌朝、僕たちは帰りのバスへと乗り込む。何日かぶりのバスガイドが元気に朝のあいさつをする。


「みなさ〜ん、おはようございま〜す!」


3日間ですっかり疲れ切っている生徒達。無論、そのあいさつに対する返事はキリンの鳴き声の様。


「みなさ〜ん、右手をご覧くださ〜い。窓から飛び降りて死ねよ〜」


あぁ、怒ってる怒ってる。


「おい、兄ちゃん。1人でバイクか? このまま海に行くのか? ドラマの見過ぎじゃねーか?」


窓を開けて隣を走るバイクの兄ちゃんに話しかける次郎丸。


「ちょっと次郎丸さん、迷惑ですよ。やめて下さい。ていうかまだここが高速道路であることを読者に伝えてないんですから、わかりづらいじゃないですか」


今言ったように、現在バスは高速道路の上である。次郎丸は窓際に座り、僕がその隣に座っている。比較的前の方の席。悲しいことにユリちゃんとは話せる距離ではない。途中参加の中万華はバス賃が無いため、バスの裏に張り付いているはずである(落ちていなければ)。


「お前なぁ、きっとこのバイクの兄ちゃんだって自分の大事な何かを探すためにバイク乗ってんだよ。俺はそんなバイクの兄ちゃんの心の隙間を少しでも埋めてやろうとだな」


「あんたにあのバイクの兄ちゃんの何がわかるんですか」


次郎丸はもう一度バイクの兄ちゃんを見る。そしてこちらへ振り向く。


「なぁ、バイクの兄ちゃんってなんか長くね?」


「あぁ〜そうですね。じゃあいっそのことバイちゃんということで……って何を言わせるんですか! 今関係ないでしょう!」


バイちゃんはヘルメット越しで聞こえにくい声を一生懸命張り上げて言った。


「あの〜すいません! 僕今からバイトの面接あるんで行っていいですか?」


「ほら、聞きましたか次郎丸さん。大事な何かじゃなくて、仕事を探してるそうですよ。そっとしてあげないと」


次郎丸は眉間にしわを寄せ、口を尖らせ言う。


「お前なぁ、仕事だって大事な何かだろうが。なめてんのか? 仕事というものを、存在をなめきってんのか?」


「なめてませんよ、ただ僕は仕事をとても大事なものには思えないだけです。なんと言っても夢がない」


「バッカ、仕事っつーのは夢のためにするんだろうが。仕事がなくなれば夢なんて見れねぇんだよ、なぁバイちゃん」


バイちゃんはバイクのハンドルを強く握りしめた。


「あんたらに夢の何がわかるんだ! 俺だってなぁ、俺だってなぁ、この拳で世界チャンピオンになるはずだったんだ! あいつさえ、あいつさえ居なけりゃ!」


おいぃいい! バイちゃんボクサーだったよ! しかも夢半ばで諦めてしまい、これから職を探しに行くという一番嫌なタイミングだったよ!


「おい、バイちゃん。自分が勝てないのを人のせいにするたぁどういう了見だ?」


えぇ!? こんな微妙なタイミングでこんな微妙な相手に説教モードですか!?


「ちょ、次郎丸さん。もうやめましょう。今高速ですから。そういう場所じゃないですから」


「バイちゃん、てめぇ人と話してんだからヘルメットぐらいはずせよ」


「ダメですよ! 道交法にひっかかりますから!!」


次郎丸がいざ説教を始めようという時であった。電動でしか開かないはずのバスのドアが嫌な音を立てこじ開けられた。


「次郎丸さんの説教!!」


目を輝かせたその人物は中万華であった。バスガイドの女性が慌てて言う。


「ちょ、あなた何をやってるんですか! これどうすんの!?」


「私は次郎丸さんの説教を生で見たいの! 肌で感じたいの!」


次郎丸はそんなことを一切無視して説教を続ける。その後ろではバスガイドが中万華をドアのあった場所から突き落とそうとしている。車内はどよめき、僕はただ傍観する。僕たちの林間学校に安息の時間は無いのである。そういう運命なのだ。あの男がいる限り。


「先生、何か気持ち悪いんですけど……」


木田が手を上げて言った。次郎丸はめんどくさそうに答える。


「うるせぇな! 今バイちゃんの人生が決まるかどうかの瞬間なんだよ! その辺に吐け!」


「オボロロロロロ!」


その場で勢いよく酸っぱい匂いのものを吐き出す木田。


「おいぃいいい! 木田、瞬間じゃないか! もっと早めに言えよ! なんでこんなギリギリで手を挙げたんだよ!」


 僕達の林間学校に安息の時間は無い。もう一つ付け加えよう。僕たちの林間学校に、つまらないなんて言葉は存在しない。

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