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第4章 林間学校だ

 鮮やかに光り輝く緑の屋根。耳を澄ませばピーヒョロロ。都会に疲れた僕らの体を優しい風が静かに癒してくれる。


「なぁ、おい。山歩きとかめちゃくちゃだるいんだけど。参加しなきゃだめなのこれ?ロープウェイあんだろ?歩くぐらいで自然と戯れられたらそりゃ、楽なもんだよ。あのロビンフッドですらなぁ、山と友達になるのはこれ、大変だったらしいぞ?」


先ほどまでの安らかな気持ちをどうしてくれる。


「ちょっと次郎丸さん!せっかく林間学校来たんですからもっとこう、いい雰囲気を作りましょうよ。それじゃクラッシャーじゃないですか。雰囲気クラッシャーじゃないですか」


 僕らは現在、林間学校にやってきている。2年生1学期の最大イベントだ。中万華を家に残すのは非常に苦労した。次郎丸が、


「放置プレイだと思え」


と言うと、何とも簡単に静かになったが。普段のメンバーはもちろん一緒である。今は組ごとに列をなして山を歩いているところだ。


「だってよぉ、この林間学校、なんか旅館泊まるらしいじゃねえか。どんな情操教育だよ。普通はほら、林間学校専用のキャビンとかあんだろ?何考えてんのこの学校」


 次郎丸の言い分にも一理ある。というか、結構正しいことを言っている。この中学校は私立のため、所々におかしな点があるのだ。(私立という設定はこういうところに役に立つ)

僕は次郎丸の言葉に何も返さず、そのまま足を動かした。しばらく歩いているとまたまた自然の癒し。まるで心を撫でられているようだ。鳥のさえずり、草木のざわめき、しずかなエンジン音。・・・ん?


「こんな時のためにこれ持ってきといて正解だな。ベストアンサーだな」


そこには優雅にセグウェイを乗りこなす次郎丸が。


「何やってんですか!ていうかそれ何か前に小泉元首相が乗ってた変な乗り物じゃないですか!」


次郎丸は格好をつけてセグウェイから降り、それを担いで言った。


「変とはなんだお前!見てみ、すげぇ軽いよ?これすげぇ軽いよ?最近のガキはデザインに凝りすぎなんだよ。機能美って言葉を知らねえのか?」


「とりあえずもう乗らないで下さい。なんか真面目に歩いてるのがバカらしくなってきます」


次郎丸はわかったと言って、セグウェイを片手で担ぐ。彼はそのままそれを振りかぶった。


「え、何?何でこっちを向くんですか?嫌だ、ちょっと待って、理由がわからない!そのまさかり投法をやめ……ぶふっ!!」


頭の中でおかしな音がした。世界で一番早い音。次郎丸は静かにベーコンの歌を唱えた。次郎丸は林間学校というイベントでテンションがおかしいようだ。


 多少乱れてきた列の中で、一人の男が僕のもとへやってきた。木田である。


「アツシ、ちょっといいか?」


こいつとのツーショットは珍しい。大体いつもは間にマモルがいる。


「どうしたんだよ」


僕は足を止めずに言った。木田がほくそ笑んでいる。何かまたいらないことでも考えてるんじゃないだろうか。


「あのさ、11時頃に俺の部屋に来てほしいんだ」


11時と言えば、就寝時間の30分後である。


「何するんだよ、そんな時間に」


「いいから来いって、他の奴もみんな来るから」


不安が残るまま僕は承諾した。どうせ一人で部屋に居てもつまらない。


 午後3時、2時間の登山を終え、ようやく旅館に到着である。その名は語素露離宿。


「ゴスロリ宿…ですか」


最中先生がやって来て言った。


「ロシアを離れた人も素の自分で語れる宿、という意味だそうだ」


「いや、なんかもう意味わからないんですけど。単なる趣味でつけたけど、後々適当に意味つ

け足しました感全開なんですけど」


ゴスロリ宿の自動ドアが開くとそこには普通の和服美人が立っていた。年齢は重ねてる方なんだろうが、とても美しく、何よりエレガントである。


「ようこそおいで下さいました。私、当旅館の女将、座右の銘は壁があるならぶち壊せ、山田清美ナンシーと申します」


「いや、振り仮名おかしいです」


僕が初対面の相手につっこむのは2度目である。1度目はもちろん次郎丸。後ろの方から木田が乗り出してきた。


「あの!俺も座右の銘あるんです!虐殺の神って言うんです!」


「ではお部屋のほうを確認させていただきます」


ナイスすかし芸。この女将はなかなかの強者だ。

僕は簡単にロビーを見渡した。そこそこ広く、中央に四つのソファーが向かい合うように並んでいる。そこには一般宿泊客の姿が見えた。どうやら今日ここに泊まるのは僕たちだけではないらしい。何やら大きな声で話をしている。


「だから我々の祖国、ロシアは最高なんだよ!日本もいいけど、やっぱロシアだね!!」


いや、本当に語素露離ゴスロリ!?後付けじゃなくマジで語素露離!?


 僕はマモル、モロミン君と同室である。よくこんな数の部屋がとれたものだ。どこにそんな財源があるのか。

部屋に荷物を置くと肩からどっと力が抜ける。


「今日ってこれからどうすんの?」


さわやかな汗が非常によく似合うマモルだ。何故か人より荷物が少ない。モロミン君が答えた。


「コレからご飯の時間デスよ」


夕食は和食だそうだ。僕たちは順番にトイレに入って夕食の準備をすることにした。トイレのドア越しにマモルが言った。


「なあ、アツシ!このトイレなんかエチケット機能ついてるよ!小川の音がする!」


「よかったな」


その時、部屋のドアをノックする音が聞こえた。僕らの部屋だ。


「お〜い、タイムボカンシリーズ3人組。もう夕食だぞ〜」


次郎丸である。ていうか、誰がドロンジョだ。


「あ、はい。もうすぐ行きます」


「なんか今回の林間学校、俺の影薄い気がするんだけど」


「知りませんよ」


食堂は上の階である。古いタイプなのか、エレベーターの横にPAYペイカードの自販機があった。興味があるとかそういうわけではない。そういうわけではない。


 食堂にはすでにほとんどの生徒が集まっていた。座敷にきれいに並べられたお料理。この前の次郎丸のものとは大違いだ。その次郎丸はというと、その辺を歩き回ってあらゆる人物にエビの天ぷらをねだっている。子供か。

僕は出来るだけユリちゃんの近くへ。断じてストーカーではない。恋に目覚めた中学生なんてこんなものである。その僕の隣には例の小神が。


「ちょ、俺今刺身とかの気分じゃないんだけど。すいませ〜ん!チャーハン下さい!!今日チャーハンの気分なんだよね!!」


「どこのワガママ王様ですか。無理難題を人に押し付けないでください」


厨房のほうから一人のお年を召した女性がやってきた。


「ごめんね、お兄ちゃん。今、カイエンペッパー切らしててね」


「カイエンペッパーって、あなたもどんだけ本格的なチャーハン作ろうとしてるんですか!いいですよ、そんなに頑張って要求に答えて下さらなくても!」


次郎丸が優しい笑顔で言った。


「おばちゃん、ありがとな」


頬を赤らめ、恥ずかしそうにうつむくおばちゃん。


「え!何、この感じ!?二人の間に何があったの!?」


そこにエビの天ぷらを大量に持ったマモルがやってきた。


「先生!ほら、こんなにもらえましたよエビ天!!」


次郎丸は目を輝かせた。シャイニング・アイ。


「お、よくやったなマモル!やっぱり『エビってがんになるらしいよ作戦』は完璧だな!」


「ちょっとそれ!!作戦名だけでその全容が見えてきましたよ!!確実に嘘でしょ!詐欺でしょ!」


次郎丸は小さなため息をついた。


「本当に……そう思うか?」


「え?ちょっ…。あ!、危ねえ!!危うくエビ天を捧げてしまうところだったよ!何だよ、こいつ!無駄に誘導うまいよ!」


結局夕食はほとんど口に出来なかった。


 僕は一人部屋に戻ることにした。結局ユリちゃんとは全く話をしていないが大丈夫。林間学校は一日ではない。これから彼女との時間を思う存分楽しめばいい。ふふふふふ。いけない、笑いがこらえられない。


 部屋は思った以上に散らかっている。中学生男子の爆撃跡なのだから納得である。

僕はしばらくテレビでも見て二人を待つことにした。

16インチの画面。上部にはPAYカードを入れる家では到底お目にかかることのない機器がある。何度も言うが興味があるとかそういうわけではない。現在他の生徒が食事中で、エレベーター前まで誰かと出会う確率が非常に低いなんてことに気付いてもいない。

僕は自分の荷物の中から財布を取り出した。が、僕に野口英世を持って廊下を走る勇気はない。まして、帰りは野口英世がPAYカードに代わっているのだから、僕の小さな度胸で耐えられるはずもない。


「やめとこう。うん、やめとこう」


僕は声を出して欲望が度胸に勝利してしまうのを抑えた。理性というやつに仲介に入ってもら

ったのだ。


「何をやめとくの?」


僕は心臓が爆発しそうになった。2メートルほどすごいスピードで後ずさりする。


「マ、マモルか。驚かさないでくれよ…」


僕は息を整えた。


「ったく、ビックリしすぎだよ、アツシ。でも財布なんか見て何してたの?」


マモルがこういうことにうとい奴で助かった。これが木田だったら学校中に過剰に装飾された噂が広まっていただろう。


「いや、あの〜ほら。家へのお土産とか、明日買おうかな〜って」


「あ〜そうなんだ。俺はてっきりPAYカードでも買うのかと」


イエス、ユーアーライト。見事な推理にかなり驚きだが、マモルがPAYカードの存在を知ってい

たことの方が驚きである。普段のキャラに惑わされてはいけない。男は皆こんなものである。

マモルが言った。


「PAYカード買ったらこのスーパーファミコン出来るんだよな」


疑ってすまなかった、マモル。本当にお前は純粋でいい子だ。


「マモルが僕の友達で良かったよ」


「何言ってんの?」


そんな会話をしていると、モロミン君が部屋に戻ってきた。


「二人とも見つめアッテ何してるデスカ?ハっ!!まさか二人はアッテはならナイ関係!?マ

マー!私ハまた一つ大人の階段ヲ上ったよぉおお!」


「今すぐ降りろ!違う!まったくもって誤解だ!!」


マモルは首をかしげている。多分あってはならない関係の意味が分かっていないんだろう。純真無垢とはまさにこのことである。僕は興奮気味に言った。


「僕らは断じてあってはならない関係じゃない!今だって僕はPAYカー・・あ」


「ママー!私はマタ一つ友人の秘密を知ってシマッタよぉおお!」


つい興奮して自白してしまった探偵漫画の悪役ってこういう気分なんだろうか。


「違う!今のはまた何か違う!逐一で母親に報告するのをやめろ!!」


「ママー!私の友人ハ学校のイイツケに背いてスーファミやろうとしてるよぉおお!!」


「心が汚れてるの僕だけだったよ!お前何も悪くなかったよ!!どんどん報告してくれ!」


ではさっきのあってはならない関係とは一体何だったんだろうか。なんか学校に黙って携帯持ってきてる共犯とか、そんなことを言いたかったんだろうか。いや、違うか。謎は謎を呼ぶ。


 モロミン君は落ち着きを取り戻し、僕らは三人で自由時間を過ごす。こういう時のトランプは楽しいものだ。


午後9時、僕らは、お泊りの定番である大浴場へ向かった。これより20分間は4組の入浴タイムである。右手には下着と着替え、左手にはダイソーで揃えた入浴セット。

エレベーターで木田たちと一緒になった。木田と同室である具府ぐふ君と歯岸はぎし君が仲良さげにおしゃべりをしている。木田が言った。


「俺もみんなと同室が良かったよ。こいつらガンダムの話しかしないんだ。いい加減俺のWウイングだけの知識じゃ追いつかなくなってきてさ。しかもこいつらの今欲しいものなんだと思う?」


僕はしばらく唸って言った。


「でっかいプラモとか?」


「違うよ。あいつらに言わせればそれは素人の考え方なんだと。あいつらは集めたものをきれいに保管できる大きな倉庫が欲しいんだって」


僕らの話に具府が入ってきた。


「グフフフフ、みんなもそう思うだろう?僕の作った『アッガイの橋』のジオラマを保管するにはそれぐらいの巨大設備が必要だと思うんだよ〜」

僕らは無視した。


 思春期である中学2年生の同時入浴。これっていかがなものだろう。みんな何と言うか、成長途中なのだから。作者は嫌だそうだ。僕らはお互い気を使って周りを見ないように服を脱ぎ、タオルを腰に巻いた。

4組男子、総勢18名の入浴である。全員が自分のシャワー台を決め、体を洗い出した頃であった。

おもむろに開く戸。そこには腰にタオルを巻いていない次郎丸の姿があった。僕は頭の中を駆け巡るクエスチョンマークに従い言った。


「え?何で次郎丸さんが?ていうか次郎丸さん、僕らも思春期なんですから少しは股間のほうに気をまわしてくれると嬉しいんですが」


次郎丸は無視して言った。


「お前らちょっとシャワー止めて静かにしてみろ」


更に速度を増すクエスチョンマーク。僕らは言われたとおりにした。すると!


「き、聞こえる!」


木田が言った。確かにこれは…女子の話声である。え?これマジで?


「次郎丸さん、これはどこから…?」


次郎丸は壁の上部を指差した。そこにはなんとパラダイスへの入口が。木田が言った。


「先生!あれはまさか、漫画とかではよく見るけど、実際ではなかなか存在しないあれですか!?」


「そうだ、俺も意味も名前もわからねーけど、あれだ」


男子は奮起した。これは行くしかあるまい的な空気が作られる。マモルが僕に言った。


「アツシ、みんな何をあんなに楽しんでんだ?」


清廉潔白。


「何かあの・・お約束をしようとしてるんだよ」


次郎丸は僕ら18人を6人ずつ、ABCの3つの班に分けた。僕は上空担当のB班。


「皆の者!今まさに戦いの火ぶたが切って落とされた!お前たちの欲するものは何だ、木田!!」


次郎丸の問いかけに木田は休めの体制で答えた。


「女子のあられもない姿であります、軍曹!!」


「違う!もっと具体的に答えろ!!」


明らかに木田の顔が青くなった。少し悩んで吹っ切れたのか、彼は言った。


「吉川さんの裸であります!!」


お前吉川さんが好きだったのか。そうか、でも僕もあそこを登りきればユリちゃんの……。これはまずくないか?僕が成功する時はそれすなわち他何名かも成功するということだ。もしそうなればユリちゃんの体がそいつらにも見られてしまう。

……どうする。僕は正直言って見たい。だが、他の男子にユリちゃんの姿を晒すのはなんかとんでもなく嫌である。僕は言った。


「あの〜軍曹。これ本当にやるんですか。女子かわいそうじゃないですか?」


「甘えたことを言うな、大平二等兵!お前は何のために林間学校へやって来た!?カヌー体験

か!?乳しぼり体験か!?否!そんなきれいごとは通じない!お前はこの林間学校に参加した

時点ですでに同志とみなされた!次にその様な弱気の発言をしてみろ!それは反逆とみなす!いいか!」


僕はあっけにとられた。


「あ…サー、イエッサー」


これは参加しなければ殺される。僕の危機察知能力が脳に直接教えてくれた。僕はマモルと共に非暴力を訴えたい。一応参加はするが、その中で訴えていこう。そうだ、僕には訴える術があるではないか。ツッコミという僕の専売特許が。今宣言しよう。ツッコミで世界は救われると。まず手始めにこの紛争を止めてやる。


 水中担当A班、上空担当B班、参謀(場合によって上空)担当C班。これが僕らの隊図である。次郎丸はC班、木田はA班、先ほども言ったように僕とマモルはB班である。水中担当はお湯の共有のために湯船の内側に開いている最もリスクの低い共有口から、僕らB班は、先ほど次郎丸が指さしていたあそこから攻めるのだ。次郎丸達C班はその指揮をとる。次郎丸が言った。


「よし、まずはA班とB班同時に行くぞ。両班共に二人ずつ有志を出せ」


僕は最初は行かなかった。一度目というのは何かしらの問題で失敗するものだ。ここは心配することはないだろう。


「A班、やはり水中からは、肉眼で捉えることができません」


予想通りだ。僕たち素人に、完璧な風呂覗きが出来るわけがない。B班の男子生徒が小声で言った。


「軍曹、女子の姿を確認しました。ただ、湯気が多く、非常に見ずらいで……ちょっと見えましたぁ!!」


あれ!?なんか成功しちゃってるよ!しかもバレていない、パーフェクトだ。え、ちょっと待って!普通漫画とかだと結局成功しなくて・・みたいな感じじゃないか!何うまいこと覗けてるの!?


「よし、そのまま湯気が晴れるまで待機しろ。アツシ・・あ、大平二等兵ちょっと来い」


「次郎丸さん、自分で決めたキャラ付け間違えないでください」


僕の目を見て素っ裸の神様は言った。


「俺を肩車しろ」


「無理です」


僕に次郎丸を肩車できる力はない。多分。


「いいからやれ、一番見たいのは俺なんだから。中学生の裸なんて滅多に見られないんだぞ?」


「やっぱあんたロリコンですか、とにかく僕は絶対やりませ……ぜひやらせて下さい次郎丸さん」


ベーコンの歌は効果抜群だ。


「ふんっ!!」


僕は勢いよく声を出した。次郎丸は想像していたよりずいぶん軽かったが、それでも僕にはつらい。


「よしっ!いい感じだぞ、アツシ!ほら、もっとよせろ!」


「次郎丸さん、首になんか変な感触が……」


次郎丸はほとんど関心がない様子で言った。


「気にすんな、みんな一緒だ」


「いや、でもなんか……気持ち悪いんですけど」


僕の謙虚な反撃。


「誰のが気持ち悪いだ、この野郎!これでも仲間の中では1、2を争う…」


「いいです!もう言わなくて結構です!!」


僕は壁のほうに近づいた。その時である。次郎丸の重さにいっぱいいっぱいになっていた僕は周りが見えなくなっていた。足もとに落ちていた石鹸に気づかなかったのだ。


「うおっ!」


僕の右足はきれいに石鹸の上へ。限りなくゼロに近い摩擦力。僕はそのまま背中側から・・。


「え!ちょっ、アツシっ!!これ死っ!?」


鉄球を床に落としたような音。次郎丸の断末魔は『これ死っ』であった。見事に僕のクッションになった次郎丸。マモルが近付いて言った。


「先生!聞こえますか!先生!!」


僕も続いて言った。


「次郎丸さん!大丈夫ですか!?」


息はしている。というか、神様は死ぬのだろうか?そこは疑問である。


「うっ……アツ…シ」


「何ですか?次郎丸さん!」


苦し紛れに伝える次郎丸。


「お前……死ねっ…うっ…」


「先生ぇえええ!!!」


マモルの叫びがこだまする。A班木田も急いでやってきた。


「くそっ、軍曹がやられるなんて…。一体これから誰がこの隊の指揮を……」


「やっべ、ちょっとこれ血ィ出てんじゃねえの?なぁ、誰か!後ろ見てくれ、これ」


おもむろに立ち上がる次郎丸。木田が言った。


「え?あ、ちょっと待って下さい……あ〜出てます出てます、パックリいってます」


「マジで?おいおい、頭から血なんて出たの初めての経験だよ。どうだ?血と一緒に何かもっ

と大事なものまで垂れ流してねえか?ていうか記憶とかこれどっか行っちゃったんじゃない?アウェイしちゃったんじゃない?」


しばらく続く沈黙。


「次郎丸さん」


僕は呼びかけた。


「その…何でもないんですか?」


「何でもないんですかって、血ィ出てんだろーが、血」


いや、それはそうなんだが。何というか、何だろう。この冷めきった空気は。


「いやだって、頭パックリいってるんですよ?普通もっと死にかけになるでしょ。そしてそのまま覗きは終了でしょ」


「いや、ほら。俺昔から打たれ強いから。世間の目とかにも」


またも沈黙。もうこれ、雰囲気ぶち壊しである。その沈黙の中聞こえてきたのは女子の声。


「ねえ、何かさっきから男子の方騒がしくない?」


「うん、私もそう思って……きゃあ!!上に誰かいる!!覗きよ!!」


僕等が一斉に目をやると、先ほど次郎丸に待機を命じられた一生徒が。


「先生!見つかりました!ていうかなんか色々投げようとしてます!『うる星や○ら』みたいな展開になりそうな感じです!!」


その言葉が合図になったように、壁の上のなんかあいてる所から大量の物体が投げ込まれた。


だるま、ビリーバンド、三味線、ティラミス、USBアダプタ、四星球スーシンチュウ


「次郎丸さん!何か女風呂から現場に似つかわしくないものばかり飛んでくるんですけど!」


次郎丸はあたりを見回した。


「くそっ!こっちには手持ちがダウジングロッドしかない!!反撃できねぇ!!」


マモルが言った。


「先生!エビ天がまだちょっと余ってます!」


「よし、それだ!」


「それだじゃねーよ!!エビ天にどんな期待をかけてるんですか!どんだけ好きなのエビ天!?」


僕らがエビ天を投げようとした、まさにその時。男風呂の戸が勢いよく開かれた。


「お前ら、うるさいわぁあああ!!他の客からものすごい苦情の嵐なんですけど!クレーム係の仕事がいかに大変なのか思い知らされたんですけど!!」


黒光りするムキムキボディに見事な角刈り。体育の『ロドリゲス』こと子持こもち先生だ。この戦争は今終戦への道を歩み始めたのだ。


「ほんとお前らねっ!馬鹿なんじゃないの!?このご時世で女風呂の覗きするなんてほとんど天然記念物だよ!お前らコウノトリ!?違うよね?お前ら人間だよね?これからも順調に増え続けていく人間だよね?だったら記念物きどりの行動やめてくんね!?なんかもう腹立たしいわ!どんな気分だった!?見てどんな気分だった!?ていうかどんな感じだった!?反省文にものすごく詳しく図解入りで説明しろ!最近の中学生の成長を教育の一環として私に伝えろ!いいな!?」


僕たち4組の男子はロドリゲスからこっぴどく叱られてしまった。次郎丸はベーコンの歌で逃げ延びていたようだが。説教されてしおしおになってしまったマモルが言った。


「はぁ〜、ロドリゲスの説教って何かの機能ついてるの?出川の声がする」


「それは機能じゃなくて、末期症状って言うんだぞ。大丈夫か?」


マモルが幻聴を聞くほどの説教であったということを皆に理解してほしい。時間はすでに午後10時30分、学校側の決めた就寝時間である。ただ、これを守る者がほんのわずかであるということは、すでに常識である。僕は木田との約束を思い出していた。内容を詳しく聞いていないため、闇鍋気分。モロミン君が言った。


「アツシ君も木田君に誘ワレましたカ?」


「あ、モロミン君も誘われてたんだ。じゃあマモルも?」


マモルは右手の親指を立てもちろん、と返事をした。他のみんなも誘っているとは言っていたが、もしかしたら4組全員を部屋に集めるのかもしれない。18人も部屋に入るのだろうか?


 午後11時、約束の時間である。僕らは先生達に見つからないように細心の注意を払った。幸い木田の部屋は近かったので、楽に突破できた。部屋の中には全部で10人。さすがに全員ではないようだ。僕はこの不思議な集まりの主催者である木田に質問した。


「木田、今から何するんだ?」


木田はディズニー映画の魔女のような不気味な笑顔で言った。


「ふふふ、これを見ろ!」


木田の高々と掲げられた右手には……。


「ぺ、PAYカード!!?」


こいつ買ってきたのか!PAYカードを。さすがに僕より行動力があるようだ。木田が言った。


「木田、ということはまさか……!」


「そう、そのまさかだ」


そ、そうか。ついにこの時がやってきたのか。僕の鼓動は普段の3倍速くなる。鼻高々な木田は溜めて溜めて、言った。


「じゃあみんな!!早速スーファミ大会だ!!」


そのまさかじゃなかったぁああああ!!そうなのか!汚れているのは僕の心だけなのか!?

僕は煩悩を捨てようと決心した。


 そのころ次郎丸は。


「チックショ、なんでこれ1000円戻ってくんだよ。頑張れ漱石!お前なら行けるって!お前がダメだったらもう紫式部しかいねえんだよ。あいつには任せられねえよ」


エレベーター前でお札と格闘していた。


 更にそのころロドリゲスは。


「……こいつらほんと、無駄に絵がリアルだな。けしからん。なんだ、こんな感じなのか?本当にこんな感じなのか?」


ロドリゲスの部屋のドアが開く。次郎丸である。


「ロドリゲス、買ってきたぞ……ってお前、こっちよりその図がいいのか?」


「いや、図が良いとかそんなんじゃないからね。これはあの、教育の一環だから。あなたも保健体育の教師なら勉強しといて損は無いんじゃない?」


次郎丸はPAYカードをテレビの上の変な機械に入れながら言った。


「いや、俺は今からこっちで大人のお勉強するから」


ゆっくりと何かをかみしめるようにうなずくロドリゲス。彼らはPAYカードをスーファミの為に使うのではない。大人の勉強……いや違う。大人の事情に使うのだった。


昔の偉い人は言いました。

PAYカードはその使い方によって善にも悪にも姿を変えると。

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