表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
コカミ  作者: 一次関数
2/17

第1章 球技大会だ

 次郎丸がうちに住み着いてから、早くも2週間が過ぎようとしている。最初の頃は何かとドタバタしていたが、最近は次郎丸も落ち着きを見せている。あの謎の言葉もここ数日聞いていない。(僕は謎の言葉を勝手にベーコンの歌と呼んでいる)

今日も僕は次期神候補の男と家を出た。


「ん? アツシ何で体操服なんだよ」


次郎丸は最近学校にも慣れ、今ではジャージで出勤している。プーマの赤いラインが入ったやつだ。


「次郎丸さん、あんた保健体育の教師なんだから覚えといて下さいよ。今日は球技大会の日じゃないですか」


そうなのだ。今日は年2回の学年行事、球技大会があるのだ。


「あ〜なんか他の先生も言ってたな。また、めんどくさい季節になったって」


「ちょっと、教師の裏側をそんな赤裸々に語らないでくださいよ」


次郎丸はこぶしをポキポキと鳴らした。まるでジャイアンだ。


「はっは。腕が鳴るな、おい。モンスターボール大会だっけか?」


「何ですかそれ、みんなでゲームボーイ持ち寄って通信対戦するんじゃないですから。ドッヂボールですよ」


「じゃあま、同じクラスなんだし頑張ろうぜ、ゴールデンボール大会」


「あんた思春期がみんな下ネタ好きだと思ってませんか?」


校門の前にマモルが立っていた。僕を待っていたのだ。マモルは運動神経がいいので、こういう行事では特にテンションが上がる。あいつは昔からそうである。僕を見つけるなり100mを12秒台で走る俊足でこちらへやってきた。


「おはよう、アツシ! おはようございます、神田林先生!」


朝っぱらからよく走る元気があるものだ。僕は朝っぱらからよくつっこむ元気があるけれど。僕は言った。


「おはよう、マモル。えらく気合い入ってるな」


マモルは全力で走ってきたが息一つ切らしていない。


「あぁ。去年は、1組の尺沢しゃくざわにバレーでやられたからな。今日リベンジだ」


尺沢……。確か中学2年生にして身長190cmの大男だ。次郎丸が腕を組んだまま言った。


「あの俺よりでかい冷蔵庫みたいな奴か。あいつ保健の授業だけ無駄にテンション高いから嫌いなんだよな」


人を嫌いになる理由がこのように簡単でいいのだろうか? 哀れな尺沢。


「だったら頑張って1組に勝ちましょうよ、次郎丸さん」


なんといっても今日は2年生最初のイベントである。どうせなら勝ちたいものだ。


 午前9時、体育委員長による開会式である。体育委員長は列の中から体を小さくして出てきた。壇上にゆったり上がる体育委員長は、僕が人生の内で見たこともないような垂れ目であった。


「え〜今年から僕たちも2年生です。ドッヂボールなんてやってられねぇよと思っている人たちもいるでしょう。ですが、学校側も僕たち生徒の楽しみとしてこんなやってもやらなくてもいいような行事をして下さっています。本当言うと僕はこんなことやるくらいなら勉強した方がいいと思ってるんですが、まぁ先生たちがやるというので、こんなことに反発して内申下げられても困るので、しかたな〜くこうしています。では皆さん、今日は有意義な大会にしましょう。」


周りのテンションをとことん奪い去ったこの体育委員長はこのあと体育倉庫で次郎丸にマスコミが喜びそうな制裁をくわえられるわけだが、僕には関係のないことだ。今日はきっちり楽しもうと思う。


 僕たちのクラスは1試合目である。2年生全7クラスでトーナメント方式だ。男女別トーナメントなのでユリちゃんの姿を見ることはできない。ちっ。1組は去年の2回の球技大会で共に優勝しているため、シード権が与えられている。尺沢とは決勝で相対することになる。まるで少年漫画のような展開だ。その主人公はマモルといったところか。

マモルは少し声を張って言った。


「よし、今日は勝とう、みんな!」


うんうん。青春である。みんなこういうのを待ち望んでいるのだ。


「よし、お前ら。今日は担任と副担任も一緒に参加するんだ。相手がおっさんだろうとおばはんだろうとガンガン当てて行けよ。正直うちの担任は役に立たねえ。その分俺が2倍あてるから。自分がヒーローになろうとか思ってんじゃねえぞ。ボールとったら俺かマモルに渡せ」


次郎丸のこの言葉にクラスの人間は一瞬初めて死神を見た夜神総一郎のような顔をした。普通の副担任ならこんなことは言わない。だが、みんな何故かそれなりに納得しているのはこの男の言葉に何らかの特別な力を感じるからだろう。(実際マモルか次郎丸が投げた方が確実だ)

初戦の相手は7組である。メンツを見る限り特別強そうなのはいない。なんとかなりそうだ。


4組VS7組


 開会式から15分後。ゲーム開始の笛が鳴った。ジャンプボールにより、最初は7組のボールからスタートだ。最初ボールは紙飛行機のようにゆるやかに宙を何度も通り過ぎた。外野と内野がパスを繰り返す。


「おらー! 勝負しろ7組! ビビってんのか!」


次郎丸の汚いヤジが飛んだその時であった。外野からまっすぐ次郎丸めがけてボールが投げられた。鋭いキレのある球だ。


「あ、次郎丸さん!」


思わず声が出ていた。次郎丸は少し右側にステップを踏みボールの正面に立つと胸のあたりでしっかりとボールをキャッチした。


「はっはっは! 中学生がなめてんじゃねえぞ!」


この人に心配は無用のようだ。


「覚悟しろよ、このゆとり世代!」


次郎丸は今度は前にステップを踏んだ。鞭のようにしなる右腕。踏み込む左足。本気の顔。小神という名の発射台から一発の弾丸が放たれた。いや、弾丸なんて言葉は似合わない。あれは波動砲だ。


「ぐはっ!!」


鈍い音とともに一人の男子生徒が倒れこんだ。


「よっしゃ!!」


次郎丸のテンションとはまったく逆の静かで不気味な空気が流れた。7組の担任、乙女埼おとめざき先生(43)がおびえている。そりゃそうである。球技大会が始まって最初にやられた人間が腹部をおさえ、白目をむいているのだから。


「次郎丸さん……」


僕は言った。次郎丸は少年のようなつぶらな瞳で返す。


「ん、何?」


「ベーコンの歌をお願いします。記憶の改ざんとあの子の治療です」


次郎丸は首をかしげた。


「馬鹿野郎、お前小神をなんだと思ってんだよ。そんなこと出来るわけねぇだろ!!」


「えぇえぇえぇ」


何だこいつ、ホント役に立たないな。


「今まで散々やってきたじゃないですか!」


「あれとこれとはまたケースが違う」


「今回はどういうケースなんですか?」


次郎丸はしばらく沈黙したあとこう言った。


「今回はこの後のドッヂボールに体力を温存するケースぎゅこぱっ!!」


気づくと僕は彼に渾身の右ストレートを放っていた。


「さっさとして下さい」


「いや、あの〜そうっすよね! 体力とか言ってらんないっすよね!」


次郎丸はベーコンの歌を始めた。今日のはいつもより少し長い。

7組の少年Aは何事のなかったように立ち上がり、彼が静かに外野に出ると周りの不気味な空気が先ほどの明るい空気に変わった。僕は次郎丸に耳打ちで力を抑えるように伝えた。そしてもうひとつ、マモルを主体に攻撃を組み立てることをだ。それなら全て安心である。


しかし、それでも我が4組は強かった。圧倒的である。7組を3分で全滅させてしまった。次の対戦相手は何組になるだろうか?


 

 校内学年別球技大会ドッヂボールもいよいよ中盤である。我らが4組は後々大物になっていくマモルと、内臓をぶちまけるような強烈波動砲の次郎丸の活躍により1回戦を軽々突破したわけである。

そして、この物語の語り手である僕、大平アツシは狙われもせず、ボールに触りもせず、体育館内に漂う空気のようだ。エアーマンと呼んでくれ。2回戦位はもう少し活躍したいものである。


さて、気になる他のクラスの結果であるが、なぜかライバルとこちらが勝手に認識している1組はシードなので関係ない。その1組と当たるのは5組との激戦を勝ち抜いた3組である。そして、このクラスが僕たちと対戦することになる2組だ。テンションだけ高い6組を倒し勝ちあがってきたのだ。

次郎丸とマモルはすでに1組しか眼中にないようだ。さっきも二人で1組の偵察に行っていた。1組は試合もしないのに何の偵察に行ったのかと聞いたら、


「考えてみろよ、もしもお前がパティシエだとするだろ? 近くにライバルパティシエが店を開くことになったら、つい見ちまうだろ、その建設予定地。それと一緒だ」


よくわからない例えで丸めこまれてしまった。不覚。


 10分間の休憩の後、ついに2回戦が始まった。僕らは2試合目なのでまずは1組の試合を観察である。僕たちは体育館のステージの端に座った。


「次郎丸さん、いよいよ1組の試合ですね」


次郎丸は思ったほどテンションが上がっていないようだ。ジャージのファスナーを全開にして歯磨きをしている。


「ちょ、どこで歯磨いてるんですか! ……あぁほら歯磨き粉が落ちますって……汚な!」


「お前なぁ、誰だって唾液は出てるんだよ。人のもんだけ汚いみたいに言ってんじゃねえぞ。じゃあなにか? お前の唾液は聖水だと、そう言いたいのか?」


「いや、聖水だともっと汚いもの想像しますから」


 僕たちがいつもの調子で話をしている間に1組の試合が始まった。

1組は強かった。小回りの利く、鼠矛ねずほこ。下手投げのトリッキープレイヤー、鳥栗とりくり。そしてなにより尺沢の長身から放たれるボールは9分9厘相手を倒す。


試合は先ほどの僕たちと同じように3分ほどで終了した。試合後の尺沢に次郎丸は歩み寄る。尺沢が首をかっきるジェスチャーをする次郎丸に気付き、言った。


「え? なんすか、神田林先生」


「おい、ようやくここまで来たみたいだな」


「え〜と……はい?」


正しい反応である。


「1組とかホント1分、いや2分……5分で片づけてやるよ!!」


最終的には最初の提案の5倍の時間になってしまったわけのわからない次郎丸の言葉に尺沢はこう返した。


「あ! えっと……ふ、まずはあなた達が決勝にこれるか、ですけどね」


なんてノリがいいんだ、尺沢。ここで変な反応をしていたら次郎丸にシスコンにでもされていたんではないだろうか。

次郎丸が口から大量の歯磨き粉を飛ばしながら言った。


「マモル!」


「何ですか? 神田林先生!」


「あいつらチョケンチョケンにしてやろうぜ!」


「次郎丸さん、ケチョンケチョンです。ていうかその擬音自体ドラえもんの中でしか聞いたこと無いんですけど」


マモルが言った。


「はい、先生! ロンロンランランにしてやりましょう!」


「マモル! なんだよ、何をどう間違えたらロンロンランランという擬態語が生まれるんだよ! ていうかもうパンダだよそれ! そして、さっきから何で何気に仲いいんだよあんたら!」


さて、いよいよ1組と対戦するような雰囲気だが今から僕たちは2回戦を控えている。まずは2組を倒さないといけない。


 2組は1組ほどではないもののなかなかの人材がそろっている。僕達が準備運動代わりにバスケットボールで遊んでいると、2組の委員長がやってきた。


「ちょっと4組さぁ、俺たちと試合もしてないのに1組に勝つ宣言とかウザいんですけど!」


マモルが3ポイントラインからシュートを決めて言った。


「ごめんな。でも目標は高い方がいいだろ?」


2回戦の始まりだ。


4組VS2組


ボールはこちら側からだ。まずはマモルの速球に驚いてもらおう。試合開始の笛が鳴った。マモルは2、3歩走り込みスナップを利かせたいい球を投げた。僕たちは相手クラスの文科系だけを先に倒す作戦を企てていた。そのボールは狙いどおり美術部の男子にあたった。マモルは大きくガッツポーズをして次の相手のボールに備えた。次郎丸が叫んだ。


「馬鹿、マモル! 投げるときはテンポが大事だって言ってんだろうが! アーン、ジョーン、ファンだ。アーン、ジョーン、ファンのテンポだ!」


「はい、先生!」


「ちょっと、それ! 普通チャ−シューメンとかでしょ! 何で韓国のエースなんですか!」


僕たちの会話を切り裂くように相手のボールが投げられた。僕のところだ! スピードはマモル程ではない。だがそれでも僕を倒すには十分なスピードだ。僕は足を踏ん張り、両手を前に出した。1回戦での空気感をなくすためだ。


「ぶはっ!!」


顔面直撃。新しい四字熟語にどうでしょうか?所々から顔面セーフの声が上がっている。


「馬鹿野郎!顔面セーフなんてあるか!戦場じゃあな、顔面やられるってことは死ぬってことなんだよ!んな甘いこと言ってられるか!」


次郎丸である。確かに顔面だから大丈夫というルールは僕も前々からおかしいと思っていたが、この男は中学校で何を教えようとしているのだ。戦場の心構えを伝えてどうしようというのだ。


「アツシ! お前は外野から奴らを攻め立ててやれ! 今お前に出来ることをするんだ!」


僕に出来ること……。次郎丸とマモルにボールを回すことぐらいだ。役立たず。僕は痛みが残る顔をさすりながら外野に出た。外野に出ると急にさっきまでの熱くなっていたものが落ち着いてくる。こうして自分のクラスを客観視していると次郎丸の元気の良さに気付く。


「馬鹿野郎! だからチャーン、ドーン、ゴン! だって言ってんだろ!!」


ウチのクラスはなかなかおもしろいクラスなのかもしれない。次郎丸がいるのもそうだが、何よりみんなが楽しそうだ。

いつの間にか2組の内野は1人になっていた。あの委員長だ。そしてボールは次郎丸が持っている。僕はあきらかに決まったスポーツ番組が好きではない。これがテレビなら僕はすでにチャンネルを変えているだろう。

 僕らは決勝へと駒を進めた。


 いよいよ決勝、と言いたいところだが決勝は午後からである。

僕らは今給食中だ。次郎丸が牛乳を一気飲みしてから言った。


「おい、あんま食うなよ。腹六分くらいだぞ。ドッヂボールの最中に腹痛くなっても知らねーぞ。」


女子生徒が言った。


「先生ー、木田君がバカ食いしてまーす。それにお箸を変えたからだと思いますがチラチラそれを見せてをちょっと自慢げになってまーす」


次郎丸は自分の持っていた割り箸を持ったまま木田に近づき下からにらみあげた。


「す、すんません神田林先生。俺めちゃくちゃお腹減ってて。いや、でもお箸は違いますよ! 確かにこれは新しいお箸ですけど、そんな見せつけたりしてませんからね! もしあの女子が見せつけてるって思ってるんならそれはきっと羨ましいんですよ! 俺のお箸が! なんてったってNEWお箸ですから! いやーいいでしょ、これ? ここら辺のデザインとかもうたまらんでしょ!?」


いやいや、最終的に見せつけてるぞ木田。それこの前ジャスコで売ってたやつだろ、チェック済みだよ。あと次郎丸! ちょっと羨ましそうにお箸を見るんじゃない!今度買ってやるから。その時、一人の男子生徒が次郎丸に言った。


「先生、なんでそんなに優勝にこだわるんですか?」


そういえば疑問である。次郎丸は朝から無駄にテンションが高かった。マモルのテンションに合わせたとか、そんなことではないだろう。あいつは周りの空気に合わせてくれるような奴ではない。流行語でいえばKYというやつだ。次郎丸は自分の席に戻り給食を一口食べていった。


「いやな、俺1組の茶倉ちゃくら先生と賭けしてんだよね。球技大会でどっちが優勝するか。負けた方は5000円ってルールで」


「あんた何、学年行事を賭博に利用してるんですか!」


マモルも続いて言った。


「ちょっと先生! 俺らの友情は5000円で育まれたものだったんですか!?」


次郎丸は割り箸を皿の上に置き、微笑を浮かべた。


「何言ってんだマモル。俺たちの友情は永遠だ」


「せ…先生……」


「…………いやいやいやいや、おかしいよ! そんな金八チックな展開じゃないよ! 何よりその人僕らを利用して賭博してんだよ!? そこつっこもうよ!」


僕の言葉を機に教室中の至る所から罵声が飛び始めた。そして次郎丸はボソボソと何かをつぶやき始める。……ベーコンか!!


「ちょ、次郎丸さん! ずるいですよ! それはダメですって! ベーコンは反則!」


いつもの淡い光が教室をやさしく包み込んだ。

さぁ、みんなの元気が無理やり戻されたところで、いよいよ決勝である。小神は何でもありなのだ。


 僕達が体育館に向かうと、すでに2組と3組の3位決定戦が行われているところだった。見ている限りさほど面白い試合でもない。当てては当てられの、無駄に長い試合だった。運動靴を床にこすった時の高い嫌な音が響いている。僕たちは先ほどと同じようにステージの端に座った。マモルが少し興奮気味に言った。


「あ〜、いよいよだな、決勝!」


自分達がベーコンの歌で踊らされていることも知らずにとても楽しそうな顔をしている。まあ教師の勝手にいらだちながらドッヂボールをするのも御免こうむるが。

 

 ところで、なぜ次郎丸は最初からベーコンの歌で優勝しようとは思わなかったのだろうか。僕が小神ならまずそうする。その質問を直接次郎丸に聞いてみることにした。


「なんでインチキしないかって? そんなん決まってるだろ。おもしろくないからだよ。もし負けたってそこでインチキすりゃ5000円払わなくて済むしな」


う〜ん経済的な小神である。勝ったら5000円。負けても損害なし。そんな割のいいギャンブル聞いたことがない。こいつはただ暇を持て余していただけなのだ。無邪気なものである。


 さて、そうこうしている間に2組が3位になっていた。3位であってもうれしいのだろう。ガッツポーズをしていたり、万歳をしていたり、そんなの関係ねぇをしていたり。

次はいよいよ僕たちの決勝である。最初に次は決勝である、と言ってからどれくらい引き延ばしたのかはわからないがいよいよなのである。ついにジャンプボール、という時に急に次郎丸がこんな提案をしてきた。


「待て! せっかくの決勝だぞ。普通にドッヂボールやったってつまんねえだろうが。ここはひとつ特別ルールを付け加えねえか?」


「何ですか? その特別ルールって」


次郎丸は自慢げに笑い言った。


「このドッヂボールのボールを重いバスケットボールに変えた殺人ドッヂだ!!」


「……いやいや、殺人って言っちゃってるじゃないですか! 殺す気なんですか!?殺される気なんですか!?」


「いける! お前らの力を俺は信じてる」


「見誤ってます! 僕らのこと見誤ってます! それはやめましょう! 僕らの14年間の人生にここでピリオドを打たないためにも!」


次郎丸は非常に不服そうな顔をしている。そして何かをつぶやき始める。


「だからベーコンはずるいってぇええ!!」


殺人ドッヂボールの始まりである。


4組VS1組


主催の体育委員会の一人が大声で言った。


「決勝です! 時間無制限! 死んだら負け!!」


「それはさすがにまずいです! 血ぃでたら負けにしましょう!」


僕は負けじと大声で言った。


「じゃあそれで!」


体育委員が肺胞がつぶれるんじゃないかという勢いで笛を吹いた。ジャンプボールは尺沢の長身で奪われてしまった。当たれば「痛ぇ〜」では済まない命がけのドッヂボールがついに始まったのだ!


 尺沢はバスケットボールをその場でダンダンとつき始めた。背が高いのでドッヂボールよりもずいぶん似合っている。次郎丸はおら、来い!と挑発をかました。いいのか?当たったらタダじゃすまないぞ。

尺沢はステップを踏まずその場でボールを投げた。というよりは、高い位置からたたきつけたと言った方が正しいだろう。ボールは一人の男子生徒の顔面をとらえた。木田である。一瞬赤い水滴が見えた気がしたのは気のせいか。


「木田ぁあああ!!!!」


僕は木田のもとへ駆け寄った。


「次郎丸さん! 木田がなんかエグいことに! ていうかこれ木田!?」


「安心しろ! それはもはや木田ではない! 虐殺の神・木田だ!」


「どこに安心できる要素が!? イコール木田じゃないですか!!なんだよそのダサい座右の銘!」


最中先生も虐殺の神のもとへ歩み寄った。


「おい、元・木田! 保健室行くか? 元・木田!」


「先生もやめてください! 木田は木田以外の何者でもありません!!」


ボールを奪い取った次郎丸は僕らに向かって大声で言った。


「お前ら! 負けた人間がされて一番つらいことは何だと思う!? それはなぁ、情けをかけられることなんだよ! もうそいつにかまうな! 俺たちはただそいつのために戦うことしかできねぇんだよ!!」


そうか、木田のことをなんと言っても、もうどうにもならないのだ。僕は戦う。これはもう次郎丸の5000円のためとかではない。木田の弔い合戦なのだ!戦争なのだ!


「次郎丸さん、ボール、僕に投げさせてください」


次郎丸はしばらく僕の目を見た。そしてボールをゆっくり僕にパスした。僕の胸にズッシリとした殺人ボールがある。今日1日で初めてボールを投げる僕は少し緊張していた。心臓の鼓動がやけに大きく聞こえる。僕はマモルの姿を思い出した。あの動きを形態模写しようと思ったのだ。できるだけマモルに近い動きをした。そして僕はボールを投げた。肘が壊れた。


「あ! お前何やってんだよ! 糞ボールじゃねえか!」


「うぉおおお!!! 次郎丸さん!これ投げるのもキツイです!」


そうなのだ。このドッヂボールは重いバスケットボールを使用しているため、肘に急激な負担がかかるのである。


 試合が始まり5分が過ぎた。体育館の床に伸びている赤い液体はなんか最近異常気象だからということを理由にしてしまおうと思う。もしくはトマトジュースを飲みすぎたのだ。そうであってくれ。

こちらの生き残りは5人。僕、次郎丸、マモル、最中先生、留学生のモロミン君である。対して1組は6人。尺沢とそれ以外の元気な5人である。前に話していたアンダースローの男やらは早々にグッドナイト。現実はこんなものだ。

さあ、ドッヂボールもいよいよ終盤である。


 ボールはこちら側にある。ここで一人倒せばお互いイーブンである。モロミン君があまりに興奮してそっちの方の言語で何かを叫んでいる。うるさい。次郎丸が言った。


「おい、モロミン! 体育館でギャーギャー叫んでんじゃねえぞ! 何言ってんだ!?」


モロミン君は声がマンガの外国人のようなきれいすぎる片言である。片言にきれいも何もないだろうが、あまりにすばらしい片言なのだ。


「先生、今ワタシは母の名前を連呼してマシタ」


なんと外国らしいテンションの上げ方だ。きっと死に際も母の名前を叫びながら死ぬのだろう。


「マザコンか、てめぇは!マモル、気にしないでさっさと投げちまえ!」


マモルははい、と返事をするといつもきれいなフォームでボールを投げた。球は見事に一人の生徒をとらえた。そしてなんと運のいいことにそのボールは4組の外野の元へ転がった。だが、外野に立っているものはいなかった。最初のルールを確認してほしいが、このドッヂボールは「血ぃ出たら負け」なので血が出るまで内野で闘わなくてはならない。何度も何度もしつこく当てられ本当に危なくなったので自ら鼻に指を入れ鼻血を出しリタイアした者もいた。惨劇。

先ほどのマモルのボールは誰も取ることができず、結局1組側のボールになってしまった。尺沢はボールをモロミン君に向かって投げた。モロミン君は吐血した。いや、墳血と言った方が正しいか。


「おぉおおおう!! パパーーーー!!!!!!」


あ、そこは父親なんだ。


 これで先ほどと同じ状況になってしまった。こちらが人数で一人分負けている。いったいどうしたものだろう。次郎丸はボールを片手で拾った。


「見とけ。これで逆転してやる」


次郎丸はそう言った。何だろう。この安心感は。何だろう。それと並行する恐怖感は。だが、僕は止めなかった。今回はそれでいい気がしたのだ。僕は、はいと返事をした。


次郎丸は自陣の中ほどから助走をつけた。放たれたボールはこちらの見る限りなんら変哲のないただのボールである。……いや、違う。回転がかかっている。今まで見たことのない回転である。そのボールはまず一人の男子生徒の顔面をとらえた。そのボールはそのまま勢いよく床に落ち、そのままの勢いで跳ね上がった。そのボールはもう一人の男子生徒の鼻を突き上げ鼻血を出させた!僕はあまりに興奮した。


「ダブルアウト!!」


「見たかこの野郎!! 次郎丸特製、スーパーボールボール!!」


名前はダサいが確かにすごいボールである。この殺人ドッヂならではの魔球だ。このスーパーボールボールで一気に風はこちらに向いた……と思っていた。

尺沢はそのボールを素早く処理すると、なんと次郎丸に対してボールを投げたのだ。これ位なら次郎丸はやられないはずだった。あの男がいなければ。次郎丸の隣にいた最中先生は捨てられたチワワのようにオロオロしていたのだ。次郎丸はボールを受けようとボール側に身を寄せていた。そこにオロオロ最中先生の大きな尻がヒット。体勢を崩した次郎丸の目の前には渋い柿色が広がっていたことだろう。次郎丸は口を切った。


 僕は目を疑った。あの次郎丸がやられた。その事実が信じられなかったのだ。


「おぉおい、こら最中!! 何お前!? あせってその場で暴れてんじゃねぇよ!! 俺外野になっちゃったよ!? 頼みの綱外に放り出されちゃったよ!? とりあえずお前も死ねぇええ!!」


最中先生リタイアである。その後マモルが相手を一人倒したが、まだ尺沢がいる。一度整理しておくが、この時点で2対2。こちらの生き残りが僕とマモル。相手は尺沢ともう一人少し小太りな男。たしか山枚やままいとかいうやつだ。戦力的に負け、精神的にも次郎丸がやられたショックは大きい。こちらに不利な状況である。こちらにボールがあるうちに僕は靴を履きなおした。そしてマモルの耳元でささやいた。


「どうする? 尺沢のほうを先に狙うか?」


マモルは少し唸った。よし、と一声あげて僕の耳元へ。


「尺沢は最後だ。山枚を先に倒そう。そっちの方がヒーローっぽいだろ?」


「……任せるよ」


僕はマモルの意見を曲げる気はなかった。ただ考えなしに投げるのをやめさせたかったのだ。僕は体の前に体重を乗せてマモルの投球を待った。

マモルは投げた。なぜバスケットボールであんな速球が放れるのか僕には理解ができない。その速球を顔面で受ける山枚。ドカベンだってそんな勇気はないだろう。マモルは確実に山枚をしとめた!

相手はあと一人。尺沢である。尺沢は隣で横たわっている山枚を無視し、ボールを拾った。外野から次郎丸が叫んだ。


「よっしゃ! よくやったマモル! ほんとお前はできる子だな!!」


少し静かにできないものだろうか。今マモルは尺沢と真剣勝負をしているのだ。


「ありがとうございます、先生!」


その律儀なマモルのあいさつをやつは見逃さなかった。尺沢は伸ばしきったゴムを弾くように腕を振った。僕は考えた。ここでマモルがやられたとき自分があの冷蔵庫のようなやつに勝てるのかを。その間ゼロコンマ1秒。気がつくと僕はマモルの盾になっていた。


「おい、アツシ!!」


マモルが言った。僕は自分の口が切れていることを確認し、そして言った。


「僕はドカベンより勇気があるみたいだよ」


僕は外野に1人で歩いて行った。マモルに頑張れ、と一言そえて。

マモルの目が変わったのがわかった。僕は次郎丸の隣に座った。


「次郎丸さん。結局僕誰も当ててないんですよね」


次郎丸は親指で自分の口から出た血を拭って言った。


「……なんかさっきのドカベンがどうとかいうの……くさかったぞ」


「言わないでください。今になって後悔してるんですから」


僕は次郎丸と2人でマモルと尺沢の1対1の決戦を見守った。それはどんなスポーツ中継より面白い。きっといい視聴率がとれる。僕たちはマモルの笑顔をただ待つことにした。


「皆さん、今日の球技大会は楽しむことができましたか? 僕は最初のほうで負けてしまったので正直つまらなかったです。あ、いや、神田林先生は素晴らしかったです。先生、もう特別実習は結構です。え〜優勝は4組という自分的には意外な結果で1組に賭けてた1000円がパーになってしまってもう踏んだり蹴ったりで、……ていうかリアルに踏んだり蹴ったりされて……あ、いや、冗談です……。え〜とにかく今日の喜びを忘れず、またみなさん勉強にスポーツに頑張ってください。これで終わります」


あいつの笑顔はどんなやつより爽やかだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ