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コカミ  作者: 一次関数
16/17

第14章 船の旅だ

 4ヶ月間の沈黙をついに破りました、一次関数です。

 放置していたわけでは無かったんですが、本当に小説にあてることのできる時間が減ってきています。

 何だか知らぬ間に小説家になろうもリニューアルされているし。驚きを通り越してもう、恐怖でした。「僕の知ってる小説家になろうじゃない!」って思いました。

 これからも不定期更新で読者様には申し訳ないのですが、気が向いた時にちょろっとのぞいていただける、そんな小説を目指したいと思います。

 人は夢を追う。大なり小なり、人は夢を追う。

 そして僕は今、夢を掴むためその神経を全てそれに注ぐ。汗ばむ手で取ってを握りしめ、期待と緊張に胸膨らませ、僕は歓喜の瞬間を待つ。夢への架け橋は回り出し、僕らに与える夢を選別。そして、夢の一つが、光を浴びる。


「一等賞ぅううう! 豪華クルーザーの旅、家族でご招待です!」


僕の両こぶしが天を仰いだ。

――

「で、お前は福引でお船の旅行をゲットしたわけだな」


夕食も終わり、いざ家族での団らんという午後八時。居間で神様兼居候である神田林次郎丸がもの珍しそうに、僕が福引で手に入れたチケットを眺める。僕がたまたま頼まれた買い物を終え、たまたま手に入れた福引券。そのたまたまが、更に金の玉々を生んだのだ。何というたまたまデーであろうか。


「お船の旅行って言うと何かちゃちいですけど……。まぁそうなんですよ! ガラガラから金の玉が出てきたときのあの興奮、みんなにも見せたかったですよ。道行く人から拍手とかもらっちゃったりして」


「まぁ、あんたが拍手もらったっていうよりは、金玉が出たことに対しての拍手でしょ、それ」


肉まんの精霊、中万華がいつものように次郎丸の腕に抱きつきながら言う。


「いや、マンカさん。何か冷めること言わないで下さいよ。後、女の子が金玉とか言っちゃダメ」


台所からエプロンをつけた親父が、洗い物を終えてやってくる。


「いやでも良かったよ、アツシぃ。クルーザーの旅なんて滅多にいけるもんじゃないよ、これ? アツシの金玉最高だよ、本当。パパテンション上がっちゃうな〜」


「いや、だから親父もやめて。アツシの金玉とか言うのやめて。アツシの金玉でテンション上がらないで」


次郎丸が気だるそうな態度で続く。


「いやいや、つってもアツシの金玉は立派だよ。家族旅行にご招待するなんてよ。数年前からは考えられねぇ成長っぷり。おみそれしましたっ。これが成長期ってやつなのかねぇ」


「いや、もう次郎丸さん途中からリアルアツシの金玉の話してるよね? おみそれしましたとか滅茶苦茶ムカつくんですけど。何であんたが数年前のアツシの金玉知ってんだよ。いい加減にしろよ。アツシの金玉じゃないから。アツシが出した金玉だから」


お食事中の読者の方々には全力で謝罪しようと思う。

 学校は二学期が始まり、もうすぐ体育祭ということで盛り上がりを見せている。そんな中手に入れてしまった豪華クルーザーの旅。タイミングの良いのやら悪いのやら。

 今回手に入れたのは、『ラフォオウウ号で行く、三日間のドキドキツアー』という、発音が難しすぎるクルーザーの旅である。このご時世にドキドキツアーというネーミング。本当に『豪華』クルーザーの旅なのかが怪しいところ。

 体育祭の準備で忙しいだろうが、まぁ三日間ぐらい僕がいなくても何の支障もないだろう。僕は対してクラスに貢献していないし。次郎丸の場合、居れば居るだけ「応援旗が中二臭い」だの、「リレー系は全部マモルに任せよう」だの、「やる気だけで勝てるわけねぇだろ、本当に勝ちたいなら精神と時の部屋で修業してこい」だの、面倒くさいこと極まりないので学校側もラッキーだと思う。

 一応マモルにもこのことは連絡しておいたし、これで何の気兼ねもなく家族旅行を楽しめるというものだ。旅行は明後日。今から準備でもするとしよう。


 で、出発の朝である。電光石火のような展開だがこれがコカミステータスなのだ。よく晴れた旅行日和、港に勢ぞろいした大平一家。目の前にはゴジラの三倍はありそうなラフォオウウ号である。ちなみに昭和ゴジラである。

 僕たち以外のトラベラーも集結し、ラフォオウウ号の扉が開くのを今か今かと待っている。すると、クルーザーの艦長と思しき渋いおじさん(cv大塚明夫)がデッキに出てきた。そして、僕らに向かって一礼。拡声器を使ってあいさつを始める。


「えぇこの度は、ラホ。……ラフォフォ。……ラフォオウウ号のドキドキツアーにご参加頂き誠にありぎゃと……えぇい! めっちゃ噛む! 何この船の名前! 誰だよ名前つけた奴! こういう奴が自分の子供にすごい名前つけんだよ、もう! 洒亜仁居ジャーニーとかつけんだよ、もう! ……誠にありがとうございます。まもなく出航ということになりますので、どうか皆様足元に気をつけてご乗船ください」


この船旅がとんでもなく不安なのは僕だけだろうか。とりあえず足元に気をつけて乗船することにした。

 帳簿に名前を書き終えると、まず僕たちはこれから三日間過ごすことになる部屋に案内された。オートロック式のドアを開くと、優雅できらびやかな内装が視界に咲き乱れる。開いた口を閉じることさえ忘れてしまうほどだ。部屋の中央には華美な装飾が施されたテーブル、ソファ。その隣には何かもう飾り付けりゃ良いと思ってんの? と感想を漏らしてしまいそうなベッドが三つ。


「何かすごいですね、これ。商店街は福引にどんだけ賭けてるんでしょうか」


僕が呆気にとられていると、場にそぐわないジャージ姿の次郎丸が顔をゆがめた。


「おい、ちょっと待てよ。どういうこと? 何でベッド三つ? うちは四人のはずだろ」


そういえばそうである。僕、次郎丸、中万華、親父。うちは四人家族なわけで、ベッドが一つ足りない。中万華が顔を真っ赤にして、両手を頬に。


「そっかぁ〜。ベッド一つ足りないんだぁ〜。じゃあこの中で二人が同じベッドを使わないと……」


「アツシ、大至急ベッドを用意するよう言ってきてくれ。もしくは猛獣用の檻だ。繁殖期のモンスターでも簡単に動きを封じられるようなやつを」


「そ、そんな次郎丸さん。監禁プレイだなんて……」


「アツシ、大至急猟銃を用意するよう言ってきてくれ。古龍種でも一撃で倒せるようなヘビィボウガンを」


とりあえず僕は普通にベッドを用意してもらうことにした。

 僕は一人クルーザー内の通路を歩き、係員を探していた。もう次郎丸と二十四時間一緒にいるだとかいう制約は曖昧なものになってしまっている。最近は割と自由だ。一度このまましばらく離れているとどうなってしまうのか実験してみたいものである。

 家族三人を部屋に残し、ベッドを用意してもらいに頼みに行く十四歳の中学生。何だか自分でもすごく不自然だと思う。と、僕が考えていると、慣性の法則に従って僕の体がぐらりと芯から揺れた。どうやらクルーザーが出航したようだ。


「あれ? 今ちょっと揺れなかった? え? マジ出発しちゃった!? ちょ、吾輩達帰れないじゃん!」


聞き覚えのある声が響いてきた。もう一人称が吾輩なんて僕の知り合いで一人しかいないわけだけど、一応僕は声のする方へ足を進める。

 動力施設のドアの前に、確かにあの兄妹がいた。過去、日本三大財閥の一つであった三車院家の子息であり、現在元気にホームレス生活を送る三車院太陽、そしてヒナタちゃんである。その場にうずくまって頭を抱える兄、太陽と、その隣でいつものように目を半開かせている妹、ヒナタちゃん。


「まさかもしや何か食糧にありつけるんじゃないかと潜り込んだクルーザーで迷い、挙句出航してしまって無断乗船が確定してしまうなんてー! 吾輩達立派な犯罪者になってしまったー!」


やけに説明口調で三車院太陽が叫ぶ。相変わらずの学ランブリーフ、以前より全体的に小汚くなっていた。ブリーフも何か黄色くなっている。関わり合いにならざるを得ないのだろうか。というか、そうなる運命なのだろう。そういう星の下に僕は生れたのだ。


「あの、何やってんですか」


少々あきれ気味に聞いた。演技なんじゃないかと疑いたくなるリアクションで驚く兄と、僕の存在に閉じていた口をナノサイズに開くという電子顕微鏡でもなければ感じ取ることができないリアクションで驚く妹。でかいリアクションの方が言う。


「どひゃー! き、君はアツシ君! 以前吾輩達と戯れ、そして吾輩と妹に真の愛を気づかせてくれたアツシ君じゃないか!」


「さっきから何でそんな説明口調なんですか。新規の読者に向けて媚売るのやめてもらえませんかね」


続いて小さいリアクション。


「……お久しぶりです、九歳の私にいきなり海で声をかけてきたアツシさん」


「いやヒナタちゃんは説明不足だから。法廷でそこまでの証言なら僕は裁かれるから」


「……ごめんなさい、でもそれ以外ならソフトMってことしか印象が」


僕のガラスのハートはビキビキである。


「ていうか、何をしてるんですか本当に。……まぁ、大体事情は聞こえてましたけど」


三車院兄妹はいつもこんなことをしているんだろうか。だとしたら一刻も早く縁を切ってしまいたい。


「いやはや、やっちまったなぁだよ。吾輩もびっくり。本当反省してる」


「反省の色が見えないんですよ。色づいていたとしても限りなく白に近いベージュですよ」


「お、ちょうど吾輩の履いてるブリーフみたいな色だね!」


「いえ、あんたのブリーフは限りなく黄色に近いウ○コ色です」


と言う僕の服の裾を掴み、存在をアピールするヒナタちゃん。


「……私も黄色」


「ヒナタちゃんんん! お兄ちゃんに感化されてるよ、もう! 羞恥心を大切にして!」


三車院太陽は頬を染めて、全身で喜びを表現するようにヒナタちゃんのもとに飛び寄り、僕の顔をにっこりとした表情で見る。


「アツシ君、アツシ君。……奇跡のペアルック!」


「うるせーよ! 奇跡でも何でもねーよ、悲劇だよ! あんたの妹があんたと同じ道に進もうとしてんだぞ!」


「いいかいアツシ君。兄として妹の進む道を否定することは罪なのだよ」


「その道創ったのはあんたでしょうが! あんたの存在が罪でしょうが!」


「はっはっは、どう言おうがヒナタの選んだ道なのだから。ほら、ヒナタ。良い機会だ、ペアルック姿を見せてやろう」


そう言ってヒナタちゃんにズボン脱いじゃえというエロ課長的なノリを見せる三車院太陽。こいつ本当に駄目だ。


「あ……でも私……」


何だか恥ずかしがるのとは違う罪悪感いっぱいの顔を見せるヒナタちゃん。普段無表情だから余計に気になった。


「ま、まさかヒナタちゃん……!」


僕は気づいてしまったのだ。ヒナタちゃんのパンツは黄色に近いウ○コ色なんかではなく……。


「お兄ちゃんに気を使って嘘を!」


三車院太陽がとたんにしどろもどろになる。


「え? 何を言ってるんだ、アツシ君、君は。ヒナタが……」


ヒナタちゃんがいつもの無表情に戻って淡々と言う。


「私は……私のパンツは黄色いよ」


すごく良い子だぁあああ! ごめんね、羞恥心がどうとか言って! 思いやりが僕たちの心を豊かにするよ!

 などと一人の少女の成長に感動しているうちに、どこからともなく人の駆けてくる足音が。


「ややっ、誰か来る! アツシ君、悪いが吾輩達は一度トンズラさせていただくよ!」


「あんたは七十年代のアニメのキャラクターか何かですか。まぁ、いいです。早く逃げた方が良いですよ」


「すまないね、では!」


「私のパンツは……黄色だから」


と、三車院兄妹は早足で駆けて行った。なんとも対照的な二人である。


「あの、申し訳ありませんがお客さま」


後ろから声をかけられた。振り向くと、そこには先ほどまで僕が探していたこのクルーザーの男性乗員が。なぜか剣呑な目つきで僕をじっと見ていた。


「あ、はい何ですか?」


「お電話で『部屋の外からパンツが黄色いと叫ぶ奴がいる』と申されるお客様がいたのですが」


「え!? あ、いや! 違うんです! それはその……」


一瞬三車院兄妹の顔が頭に浮かんだが、彼らの名前を出すわけにはいかない。一応知り合いではあるし、無断乗船の旨を伝えては二人が大ピンチである。


「えっと……僕のパンツ……黄色いんです」


僕はなんて良い奴なんだろうと思った。

 僕は一人重い足取りで部屋に戻っていた。何故だかわからないが、ほんの数分で僕のパンツが黄色いという噂がクルーザー中に広まり、出会う人出会う人、若干僕を避けている。ここの情報伝達率は中学校以上だ。三車院兄妹と出会ったばっかりに僕の豪華クルーザーの旅が、僕の福引での輝かしい成績が、見るも無残に崩れ去っていく。泣きそうである。

 そもそも、考えてみればベッドを用意してほしいのだってルームサービスの電話で済ませればよかったのだ。僕は何のためにあんなことをしたのだろう。何のためにパンツが黄色い噂を立てられねばならないのだろう。

 もう一つ言うなら、今さっきの僕が黄色いパンツを履いていると思っている彼に伝えればよかった。もうそれ以上に一旦、一人になりたかったのが本音なのだけど。僕の心は弱い。

 砕け散ったガラスのハートを丁寧に拾い集めながら、僕は部屋へと戻る。

 すると、何だか部屋から賑わしい声が。……というか悲鳴?


「ちょ、どうしたんですか?」


僕は言いながらあわててドアを開けた。


「おぉ、アツシ! ようやく戻ってきたか!」


と何故だか鼻がテカテカの次郎丸がこちらに振り向き言った。


「えっと……状況が全く理解できないんですけど」


「アツシぃ、神田林さん大変だったんだぞ〜」


親父がほっと胸をなでおろすように言っている。何故僕のせい、みたいな口調なのだ。僕は今まで一人でベッドを……一人で? まさか僕と次郎丸が長時間離れていたせいで何かのペナルティを受けていたとでも言うのだろうか。何て今更なんだ。


「いや、俺もまさかこんなことになるとは思わなかったんだけどよぉ」


次郎丸がティッシュで鼻をこすりながら言う。緊張で手汗がにじむ。あそこまで悲鳴をあげるほどだ、きっと何か大変なことが。


「俺さぁ、お前と長時間離れてると、鼻の脂がすごいことになるみたいなんだわ」


「……しょぼ! ペナルティしょぼ! 何だよその女子高生には大ダメージのペナルティ! あんたおっさんでしょ!? ペナルティでも何でもないわ、そんなもん! 前々から思ってたけど神様って頭おかしい集団なんですか!?」


「いや、お前なめてるって。今まで鼻の脂が滴り落ちてる様子を見たことあんのか?」


「滴り落ちる!? 怖っ! 正直なめてました、すんません! ていうか、そんなことが浅香あき恵さん以外で可能なんですか!?」


中万華が次郎丸の丸めたティッシュを受け取り、自分のポケットにしまいこむ。


「次郎丸さん、あれは滴り落ちるなんてレベルじゃなかったわ。噴き出してたわ。レーザービームのようだったわ」


「レーザービーム!? 何なんですか、それ! もうホラーじゃん! コメディの域越えてるじゃん!」


「えぇ、私もあまりに興奮して、ついシャワーのように浴びてしまったわ」


「いや何してんだよ! 浴びてしまったわ、じゃないよ! 良く見たら顔テラッテラじゃないですか! あと何うっすらティッシュをポケットに忍ばせてんだよ! 見てたからな! 本当どんだけ守備範囲広いんですかあんたは、往年の谷選手か!」


と叫ぶ僕に親父がまぁまぁとなだめる形で僕の肩に手を置く。


「もう解決したからいいじゃないか。マンカちゃんのこれは分かり切ってることだし」


そんなことを言われては、もう僕のツッコミという役割が意味をなさないような。親父はその辺りを理解しているのだろうか。


「それよりも、アツシ。ベッドのことは伝えてきたのかぁ?」


「あ、いやそれなんだけどさ。考えてみたら部屋に電話があるじゃないかって……」


思ったのだが。そこには、妙にテラッテラの電話が。脂が滴り落ちており、もう電話として意味を成し得るのか非常に難しいところである。


「……次郎丸さん、一緒にベッドのことを言いに行きましょう」


「あ? 何で俺も行かなきゃなんねーんだよ」


「これ以上部屋を脂まみれにしたくないからです」


「……何かこんなに罪悪感いっぱいなの初めてだよ」


僕と次郎丸は脂まみれになった部屋の掃除を親父と中万華に任せ、とりあえず部屋を後にしたのであった。

 何だか豪華クルーザーの旅と銘打ちながらも、未だにベッドがある、ないという話しかしていない僕たちってどうなんだろうか。メタフィクション的発言で申し訳ないのだが、全編通しての展開の早さと比べて、こういうどうでもいいところの展開が遅すぎやしないだろうか。というか、くどすぎやしないだろうか。いい加減、クルーザーからの景色だとか、そういうものを読者に伝えたいのだけど――。

 いや、そんなちょっと真剣な悩みを読者に打ちあけてもしょうがないと思う。ごめんねっ!

 話を戻し、僕と次郎丸はとりあえず誰かが必ずいるであろう、帳簿に名前を書いた部屋を目指す。その途中に誰かがいればそれでいいだろう、そんな軽い感じで目指す。

 ところがどっこい(僕も三車院太陽のベタリアクションに影響されてしまったのだろうか、ところがどっこいって……)、さっきからこの船内でまったく乗員を見かけない。一体どうなっているのだ。本当に色々適当なんだよな、この豪華クルーザーの旅。


「やべー、もう何かこれから俺どう家族と接すればいいんだよ。大平さん一家はこれから俺の鼻の脂ビームの恐怖と闘いながら生活すんのかよ」


次郎丸が嘆く。何だかどうしようもない気がするのだけど、一応フォローくらい入れておいてやろう。


「大丈夫ですよ、僕と離れなきゃいいだけだし」


今までどうりなら問題ないですよ、と僕は続けた。


「ちっくしょ、何だこの気持ち。何かお前にフォローを入れられるとは思わなかったぜ」


次郎丸の皮肉まじりの言葉に僕は、はいはいと頷いた。最近次郎丸の常識外れ的な行動が少なくなったので、どうも彼にツッコミを入れる機会が減っているように思う。次郎丸もこちらの生活になじんだということだ。

 僕と次郎丸が歩きに歩いて、いつの間にやら操舵室のドアの前までやってきていた。本当どこまで人件費を削ってるんだ、このクルーザーは。何人で運航してるんだよ。


「まぁ、操舵室には誰かいるでしょ」


「黒田アーサーとか?」


「いるわけないでしょ」


軽くつっこんで操舵室のドアに手をかけたその時である。

 クルーザーがとんでもなく大きな音を立て、ロデオマシーンの如く揺れ始めたのだ。倒れないように体のバランスを保つことに必死になる。次郎丸も同様だ。しばらくして揺れが収まると、僕は次郎丸と何かを確認するように頷きあい、操舵室のドアを開けた。


「ちょちょちょちょちょ! 何なの今の揺れは! びっくりして漏らしそうになったんだけど!」


旅の初めにグダグダなあいさつをしていたこの船の艦長らしき男が叫ぶ。船の運転を任されていたクルーがそれに応じて大声で返事する。


「艦長! 予定航路上に巨大な氷山を発見しました! なので航路を変更したのです!」


「この日本近海に氷山!? この小説の地域設定どうなってんの!? いやいや、それにしても独断で航路変更するってどうなの!? 艦長に何一つ意見を求めないってどうなの!?」


「我々クルーは艦長をただのウジ虫程度にしか認識していません!」


「え……ちょ! びっくりしたぁ! 信頼しきっていたクルーに手のひら返されたぁ!」


いやいや、そんなやりとりを繰り広げている場合なのだろうか。氷山で船の航路を変更? これって結構大変なことなんじゃないのか。

 僕は何だかうまく状況がつかめず、困惑をそのまま吐き出した。


「あ、あの……航路変更って大丈夫なんですか?」


「あ、お客様! どうしてこんなところに!」


ウジ虫艦長が目をまんまるにして言った。まぁごもっともな意見である。次郎丸が言う。


「すんません、ここ本当に黒田アーサーいないんすか?」


全然ごもっともでない意見である。

 次郎丸の発言は無視することにして、僕はそのままウジ虫艦長に言う。


「いやあの、ちょっと乗員の方を探していたらここにたどり着いたというか。ていうか、氷山って大丈夫なんですか?」


「あぁ、まぁ一応航路は変更したようだし」


とウジ虫艦長が言うと、クルーが答える。


「艦長のパンツはもう手遅れですけどね」


「おいおい、儂のパンツがいつ手遅れになったって? 漏らしそうになっただけだから、微塵もパンツ汚れてな……。あ、いやちょっとしか汚れてないから。ちょっとだけだから。全部出そうになったのを引っ込めたときにさきっちょが少しだけヒットアンドアウェイしただけだから」


「え? マジで汚れてんの艦長。おーい、みんなぁ! 糞豚野郎が文字通り糞漏らしてんぞー!」


「ちょ、やめて! 正直に言った儂、馬鹿みたい! ていうか普段儂のこと糞豚野郎って呼んでるの!? さっきまでの微妙な敬意がまったく失われてるし!」


僕のパンツ黄色い疑惑が艦長になすりつけられそうである。というか、艦長のパンツは確かに黄色くなってしまったのだけど。


「いやあの、大丈夫ならそれでいいんですけど。ていうか、他のお客さんにこのこと報告しなくていいんですか? いろいろ予定も狂ってくるでしょうし」


僕が言うと艦長はお見苦しいところを見せてしまったとでも言いたげに、かぶっていた帽子を深くする。


「あぁ、すぐに連絡しますよ。おい君」


「何だ、ウジ虫」


「よーし、後で八つ裂きにしてやる。お客様にルート変更と氷山の旨を伝えるんだ」


「なるほど。氷山に衝突したので、今すぐ非難するように伝えればいいわけですね」


「何を言ってるんだ。氷山はもう避けたんだろう?」


「航路を変更したとは言いましたが、衝突を避けたとは言っていません」


場の空気が凍りついた。それはもう氷山の如く。

 ラフォオウウ号沈没のピンチである! どうやら避けそこなった氷山が船底に穴を開けたらしい。僕は艦長達と協力し、乗客に避難するよう訴えた。何故だかラフォオウウ号のすぐそばを救助船が走っており、九死に一生といった感じである。


「よかったですね、艦長。救助船がすぐそばにいて」


「いやぁ、自信ないからずっと後ろについててもらったんだが、まさか本当に救助されることになるとはな」


「自信なかったんですか!? 自転車の練習気分で救助船使うなよ!」


 とはいえ、艦長の自信のなさが乗客の皆さんを救ったのだ。すでに乗客の九割は救助船に乗り込んでいる。僕は次郎丸とラフォオオウ号からその様子を確認しつつ、自分たちの順番を待っているのだ。


「まさか豪華クルーザーの旅がこんなことになるなんて」


「まぁ気にすんなよ。いくらお前の金玉のせいで巻き込まれたからってお前が責任感じる必要はねえんだからよ。それにしてもなかなかしょぼい金玉だったな。金玉のくせに。アツシの金玉なんてしょせんこんなもんなんだな」


「勘弁してください。男としての自信をなくしそうです」


 まぁ、今回はグッドエンドというわけじゃなさそうだけど、誰も犠牲者が出なかったのだから良かったではないか。何か忘れているような気がするのだけれど、何かベッドがどうとか、そんなことだろう。もう僕は家に帰ってすぐに眠りたい。たった二時間のクルーザーの旅だったけれど、その密度はこれ以上ないほど濃い。

 僕は疲れと何か達成感のようなものを感じつつ、空を見上げる。すぐそばの海に負け地を取らず、真っ青な空間が僕らを覆っていた。雲一つない、まさに蒼。あぁ、太陽が眩しい。太陽が……。太陽?


「あぁあああ!」


僕は目をひんむいて叫んだ。すっかり忘れていたのだ。考えてみればこのクルーザーに乗っていた三車院兄妹、名簿に名前がないわけだから、確実に忘れられているでは無いか。あの兄のことだ、きっとこの船のどこかで大きいリアクションをとっているに違いない。あの二人が器用に乗船に紛れ込んで、この船から脱出できるわけがないのだ。間違いない。


「どうしたんだよ、アツシ。急に叫びやがって、お前はジェロニモか」


「い、いやあのですね。あんまり大きい声じゃいえないんですけど……」


僕は三車院兄妹のことを次郎丸に説明する。


「おいおい、何か馬鹿らしすぎるだろ。色々と」


という次郎丸の気持ちは痛いほどよく分かるのだけど、だからと言って彼らを見殺しにするわけにはいかない。

 僕と次郎丸は救助船に十分間その場で留まってもらうよう説得、うまくいかなかったのでベーコンの歌。僕たちは徐々に海に飲み込まれるクルーザーに戻った。

 僕たちは通路を並んで走った。三車院太陽、そしてヒナタちゃんの名前を叫びながらだ。


「何か次郎丸さんのベーコンの歌使ったの久しぶりでしたね」


「まぁ、何でもありなようで案外制約も多いからな。現世以外じゃ使えねーし」


何だかさり気に大事な設定が飛び出したような気がした。それについて、僕がもう少し踏み込んだ質問をしようとした、その時である。

 動力室と書かれたプレートが貼ってあるとても頑丈そうなドア。そのドア越しに聞こえたのだ。一人の男の叫び声が。本当はもう一名、幼い女の子の声も聞こえなきゃいけないのだけど、あの子に大声で助けを求めるなんて無理なんだろうな。


「次郎丸さん、ここです! きっとこの中に二人が」


言いながら僕はその重いドアを引いた。

 悲惨な現状であった。

氷山が衝突したのはおそらくこの部屋だったのだろう。

すでに大部分が浸水しており、動力室の半分は、そこが元々海であったように海水で埋め尽くされている。奥を見ると、今も水が大量に噴き出ている衝突跡があった。で、その浸水が生み出した小さな海のど真ん中に彼はいた。崩れた動力室の外壁が、孤島のごとく浮かび、その上で涙と鼻水をぐちゃぐちゃにする三車院太陽。そして、ぎりぎり浸水から逃れた部屋の一角で直立不動のヒナタちゃん。


「へーい! ヘルプミー! このままじゃ吾輩は海水で肌が荒れてしまう!」


「……お兄ちゃん、頑張れ。私も助け……呼んでるから。誰かー。助けてー」


「ヒナタ! もっと気合い入れないと! トーン一切変わってない! 軽く死を受け入れたがごときトーンの低さ!」


やっぱり助けるのが馬鹿馬鹿しくなってきてしまう。本当に危ない状況なのに。僕が悪いのだろうか。僕がただ非情なだけなのだろうか。


「おいこら馬鹿兄妹! ていうか馬鹿兄! おい馬鹿兄! 助けに来たぞ!」


次郎丸が叫んだ。とたん目を輝かす三車院太陽、そして特に目の輝きが変わらないヒナタちゃん。


「おぉ! 君は確か次郎丸君じゃないか! 良かった! もう吾輩死ぬかと思ってた! 考えてみたら友達、君等だけだし! 他に助けてくれる人いないし!」


「ていうか、そこから泳げるんじゃないんですか? 十メートルくらいでしょ?」


僕は言った。いくら氷山近くで海の水が冷たいとはいえ、その方が明らかに生還率は高まるだろうに。


「いやいや、アツシ君。驚くかもしれないが、見てくれ。そこにクラゲの群れ、シャチ、巨大ザメ、大王イカ、ズゴッグ、ポセイドンがいるんだ」


「海の脅威大集合してる! 何だよその状況! 何でそんなに引き寄せるんだよ! あんた実は海の神様なんじゃないだろうな!」


「え!? 吾輩は海の神様だったのか! 太陽なのに! ぶふっ、面白い! アツシ君うまい!」


「うるせーよ! 対してうまいこと言ってないでしょうが僕! 何かそこまでツボにハマられると逆に恥ずかしくなってくるわ!」


とにかくこの状況を何とかしなければならない。僕は周辺をざっと見渡した。彼を助けるのに有効だと思われるものは……ない! 本当にない! どうしよう!


「おい、アツシ」


何だか意地の悪そうな声が聞こえた。半分真剣で、もう半分はおもしろがってるような。そんな意地の悪そうな声だ。振り向くと、十メートルほど僕から距離をとってアキレス腱をのばす神田林次郎丸がいた。次郎丸はそのままクラウチングスタートの態勢をとる。こいつ、まさか。


「ジャンプ台に、なりきってろ」


その一言をスタートの合図に、次郎丸は僕に向かって全速力で駆けだした。


「えぇ!? ジャンプ台!? 無茶でしょ、それは! ちょちょちょ!」


 目の前が真っ暗になった。直前の映像はこうだ。

 走る次郎丸。跳ぶ次郎丸。僕の顔面を踏みつける次郎丸。

 気がつくと、僕は空を見上げていた。蒼い蒼い空だ。いや、蒼井そらじゃなくて。上体をゆっくり起こし、ここが救助船の上であることを悟った。何とか、助かったんだろうか。そういえば三車院兄妹はどうなったのだろう。家族が僕の復活を「おはよう」と一言で済ませ、何事もなかったかのように救助船は日本へ向かう。

 で、後日談である。三車院兄妹はあの後、次郎丸によって救助船のロッカーに無理やり詰め込まれ事なきを得たらしい。その辺はベーコンの歌を使用できる次郎丸の十八番だ。そもそも、僕をジャンプ台にしたあとどう助かったかといえばだ。次郎丸によると、三車院太陽を浸水の及んでいないところへ石ころのように投げ飛ばし、自分は海の脅威達に闘いを挑んだらしい。多分海の脅威に闘いを挑んだのは嘘だと思うが、それ以外に何も語らないのでもう聞かないことにした。まったく面倒な男である。

 えらく短い旅行になってしまったわけで、僕は結局体育祭の準備に付き合わされる羽目になった。雑用ならお手の物、と胸を張って言える。

 もうすぐ体育祭である。

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