第13章 過去だ―1
時はさかのぼり三年前。
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『お父さんの仕事』 五年二組 大平敦
ぼくのお父さんは神社の神主をしています。神社の庭を掃除したり、参拝客の人に何だか神社特有のよく分からないものを売ったりします。そして、一か月に一度、深夜に神様の使いが来て何やら仕事をしています。その神様の使いはいつも女の人です。警察官の格好だったり、看護婦さんの格好だったりします。お父さんはその神様の使いに、「チェンジ」と言うと、その神様の使いは帰って行きます。それから別の神様の使いがやってきます。お父さんがその時どんな仕事をしているのかは分からないけど、ぼくはお父さんを尊敬しています。
昨日、この作文を参観日で発表すると、親父は涙目で「気絶したい!」と言いながらロッカーの角に頭を何度もぶつけていた。
僕の名前は大平アツシ、十一歳。何ともない公立小学校に通うごく普通の少年だ。小説やドラマなんかだと、自分でごく普通なんていう奴に限って普通じゃなかったりするけれど、僕の場合は信用してほしい。少し人と違うのは、ツッコミのテンションが高いこと。通知簿の所見欄なんかには、担任にツッコミが素晴らしいなんて書かれるほどだ。自分ではあまり意識していないんだけど、人から褒められるのに悪い気はしない。
今日はうちの家族三人と、友達の瀬田マモルの家族と一緒に隣町の小学校で開かれるフリーマーケットに出かける予定だ。朝からきちんと着替えをして、洗面台で顔を洗う。鏡に写る一つの寝ぐせもない髪を見て、前々から少しねたんでいた自分の髪質も、こういう時はラッキーだなと感じる。
僕は母にも羨ましがられるさらさらヘアーを持っているのだ。髪は結構短く切っているのに、へたんとしなってしまう。なんとも歯がゆい。中学生になったらもう少し髪を伸ばそうと思う。
さて、僕の容姿の話などはどうでもいい。どうせ気にかける読者などいないだろう。
僕は家族より一足早く靴を玄関に出ていた。家族で出かけるのは久しぶりだったし、マモルのことは一番の友達だと思っているからだ。楽しみでしょうがない。
しばらく外でそわそわしていると、両親がゆっくりとやって来た。父は少し太っていて大柄だが、その眼はいやにキラキラとしている純粋な人だ。髪の量は年々減ってきているが、その眼の輝きは増している。普通の親父に、少女漫画の瞳を組み合わせるとこんな感じだろう。
で、母である。僕は息子ながらにうちの母親はなかなか綺麗だと思っている。たまにマザコンを疑われたりするが、断じて違う。客観的に見て確かにそうなのだ。僕の遺伝の原因となった艶めく長い髪を上部でまとめ、化粧も忘れない。元が綺麗というか、綺麗にしていると言った方が正しいだろう。普段からニコニコ笑顔を絶やさない人だ。だが、生活の中でその笑顔が崩れる瞬間がある。
「ママ〜私の帽子どう、これ? 似合ってる、これ? この前ジャスコで買ったんだけども」
と親父は頭に活きダコを絡ませながら言う。
「パパぁあああ! 何でジャスコの海産物コーナーへ!? 帽子コーナーに行かなきゃ駄目じゃない! ていうかまだ全然元気なタコじゃないの! 目をパチクリさせてるじゃないの!」
母が後ずさりしながらシャウトした。庭でちゅんちゅんと鳴いていた小鳥が一斉に飛び立つ。
「いやね、ママ。これ店員さんの勧められたの。髪の毛が増えたように見えるんだって」
「タコスミよそれ、黒いのタコスミ! もう顔面からダラダラ垂れてる! 髪の毛が増えたようにって言うか、ただの化け物にしか見えないわよ!」
僕が受け継いだのはサラサラヘアーだけではないらしい。
僕たち家族は、マモル達との待ち合わせ場所であるコンビニに向かっていた。このコンビニを境に、僕とマモルの家は等距離にあるのである。
コンビニでしばらく待っていると、瀬田さん一家が小走りでやってきた。
「すいません、待ちましたか?」
マモルのお父さんが白い歯をちらつかせながら、爽やかな汗を流す。瀬田さん一家三人は皆、爽やかを絵に描いたような家族なのだ。
「あ、いや全然待ってないですよ」
母さんがいつものように笑顔で優しく返した。親父も続く。
「えぇ、本当十五分二十二秒しか待ってませんよ」
「パパ! 何その余計な添付ファイル! 何で秒単位で計測してるの!? 妻でありながら恐怖を覚えるわ!」
瀬田夫婦は顔を見合わせくすくすと笑う。
「相変わらずですね、お二人は。ウチなんてもう、そんな会話が乏しくて」
にんまりと微笑みながらマモルのお父さんが言った。この家族はウチの様にボケツッコミでコミュニケーションをとっているのではない。多分家族で体を動かすことが、彼らの絆を深めているんじゃないだろうかと推測する。マモルのお母さんが、旦那である瀬田勝の名前を呼び、後に続いた。
「あら、勝さん。私たちいつも語り合ってるじゃない。拳で」
「いや、思った以上にハードなコミュニケーションとってたぁあああ! スポーツ好きだとは聞いてましたけど、何で夫婦で格闘技!? 悟空とチチでもそんな生活送らないよ!」
僕はいつもの癖で自然にツッコんでいた。母から受け継いだ性。しばらくやりとりを見つめていたマモルが言う。
「そうなんだよ。いつもお母さんが勝ってんの。お父さんはいつもベッドの上で顔を真っ赤にしてお尻を蹴られ……」
「やめてマモルぅううう! 違うよ、あれは! あれは亀作戦だから! 相手のスタミナが無くなるのを待ってるだけだから!」
マモルの父、瀬田勝は全力で叫ぶ。そんな彼の肩に僕の父はトンと手を置き、笑顔&ウインク。
「ちょ、やめて下さい! その安心しろよ、みたいな感じやめて下さい! ものっそい恥ずかしい!」
母は場の空気を取り繕うように大きくハンドジェスチャーを交えながら言う。
「ほら、もうこの話は終わりにしましょう! フリーマーケット始まっちゃうし。Mさんも元気出して」
「今あなた『M』でまさるって読んだでしょぉおおお! 明らかに元気出させる気ないですよね!? もう私を陥れることしか考えてないですよね!?」
「え、いや! そんなことないですよ! 私はMさんのことなんとも思ってないですから」
「いや、もうマゾヒストって言ってる! 剥き出し! オブラートどっかいっちゃってる!」
マモルのお父さんは半泣きで叫んでいる。僕とマモルは会話の内容についていけず、二人先頭を切る形でフリーマーケットに向かった。後ろからついてくる大人たちには大変そうだなぁという感想を送る。
フリーマーケットは隣町の小学校で開かれる。そこの児童や、その親が出店しているのだ。この行事に参加するのは初めてで、僕もマモルも楽しみにしていた。
――さて、普段1話完結の形をとっているわけだが、あまりに作者の筆が進まないので今回はここまでなのである。呪うなら作者を呪ってほしい。では、続きます。