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コカミ  作者: 一次関数
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第11章 狩りだ

 人は狩りをする生き物だ。男女問わず、昔から本能でそう定められている。それは批判、もちろん否定も出来ない。絶対の自然。だからこそ、某オンラインゲームの人気があるのだ。狩りには僕たちの心を、底から高ぶらせる何かがあるんだと思う。

 コンビニエンスとは、便利なものとか、好都合なんて意味がある。コンビニエンスストアーという名前を考えたのはどこの誰なんだろう。なんて絶妙なネーミングだと感心する。二十四時間営業、おいしいお弁当、たまにいる可愛い店員さん。ここは僕のようなお金がない中学生にとっての憩いの場なのである。


「アツシ。からあげちゃん買おうぜ、からあげちゃん」


僕がレジで精算をしていると、背中から次郎丸が言った。


「今次郎丸さんのコロッケを買ってるのに、感謝の言葉より先に何故追加注文が出るのか不思議でしょうがないんですけど。駄目です、僕だってお金ないのに」


今日は八月三十一日。明日から学校という何とも憂鬱な日だ。次郎丸も給料日直前の金欠状態でかなり憂鬱なご様子。僕にコンビニでおやつをねだるほどに、だ。


「すいませ〜ん、ポイントカード使えますか? 私と次郎丸さんとの恋のポイントはもう溜まりきってるんですけど」


と、店員に意味不明な質問をするのは中万華。最近思うが、彼女はいつも笑顔で楽しそうだ。好きな人と一緒にいることというのがどんなに幸せなことなのか、分からないでもないけれど。


「それにしても、明日から学校で何か変な気分ですよね」


コンビニから出て、僕はまずそう言った。店舗のすぐ横に移動し、次郎丸にコロッケを渡す。彼は笑顔で受け取ると、それを一口かじった。


「だよな、俺も昨日から何か無性にムラムラして……」


「いや、そっちの変な気分じゃないですからね。もっと中学生らしい気分ですからね」


いつものように次郎丸の腕に飛びついた中万華。彼の腕の感触を存分に楽しみながら言う。


「きっとあれよ、次郎丸さん。クイズミリオネアで、五十万円に挑戦するも微妙にドロップアウトもしたいかな、みたいな気分っ」


「いやいや、分かりにくいですよ。ていうかそんだけ出来てりゃ僕なら満足だよ。もっと満ち足りてるよ」


僕は自分のやけに美しいキューティクルを指でいじりながら、頭の中を整理した。


「何か、今年の夏休みは色々ありましたからね。神様の世界にいったり、性癖暴かれたり」


割り込む次郎丸。


「二次元萌えを開拓したり」


「開拓してないですよ、ねつ造しないで! ……えぇ、まぁ色々あったじゃないですか。だから、それが終わるっていうのが何か、寂しいような、よく分かんないんですけど」


そう、不思議な気分だったのだ。お祭りが終わった後なんかに似ている。暗闇の中に一人だけポツンと残されてしまったような。温かいものが知らないところへ行ってしまうような。


「本当良く分かんねー奴だな。ま、思春期なんてそういう意味の分かんねぇ悩みの塊みたいなもんだからな」


次郎丸がコロッケを食べ終える。さてこれからどうしようか、という時。不意にコンビニの自動ドアが開く。

 見覚えのある顔、というか姿であった。中から現れたのは全身白タイツ。股間にそびえるミニ鏡餅。そう、モチモチマンだ。


「おぉ、かしわモチモチマン久しぶり! わたすは、モチ、モチ、ムァンです!」


僕達に向かって仁王立ちでそう言う姿は、いつかの姿と同じだった。先ほどまで同じコンビニに居たのにまったく気がつかなかった。トイレにでも入っていたのだろうか。


「ねぇ、この変態誰なの?」


中万華が不思議そうに尋ねた。そういえば、彼女はモチモチマンと面識がない。


「えっと、この人はモチモチマンさんっていって、町内を守ってるらしいですよ。一度一緒に公園の掃除をしたことがあるんです。で、僕たちはかしわモチモチマンという要らない称号を与えられたわけです」


「八つ橋マン達! こんなところで会うなんて奇遇だなぁ、八つ橋マン達!」


「相変わらずセリフ回しが滅茶苦茶ですね。あとかしわモチモチマンの称号を要らないって言った途端、称号を変えないで下さい」


僕が呆れ気味にそう言うと、またも自動ドアが開く。そこから伸びる手は何故だかモチモチマンの肩を叩いた。


「お客さん、お金払ってないよね?」


何故だか一つもビックリしなかったのは、モチモチマンの格好がなんとなくそれっぽかったからだ。

 暗い個室である。中央に置かれた長机と、両端のロッカーで狭く感じる。その長机を挟むように座るモチモチマンとコンビニ店員。そして、何故だかそれを見守っている僕たち大平さん一家。何ともシュールな画である。


「これで取ったもの全部です」


モチモチマンは長机にみたらし団子と三色団子を置いた。


「また、君はそんな格好なのにお餅は取らないんだね。中途半端に団子を取ったんだね」


コンビニ店員は静かにため息をついた。何故僕たちがここにいるかといえばだ。モチモチマンがこの個室に連行される際に、助けてかしわモチモチマン達等と戯言を発したせいである。あぁ保護者さんですか、なんて誤解をするコンビニ側も問題ありなのだが。次郎丸が近くにパイプ椅子に座る。


「モチモチマン、お前よぉ。てめぇでヒーローを語っといて万引きするなんざ、ヒーローなめてるとしか思えねぇよ、おい」


モチモチマンは困り果てた表情で、頭を白いかぶり物の上からさすった。


「い、いや。私も何故こんなことをしたんだか。何故だか、心が。『欲しいものは己で狩り取れ』という謎の言葉を発したのだ。……そうだ! 店員さん、私はその狩り精神を貫き通しただけなのだ! 罪は無い!」


「いや、ばっちり有罪だよ! 何その狩り精神って!? 狩り精神を貫き通す前に商品をレジに通せよ! 馬鹿だろ、あんた!」


店員が机に乗り出しながらそう叫ぶと、背後のドアが静かに開く。そしてメガネをかけた弱々しそうな男が部屋に入った。どうやらこのコンビニの店長のようだ。


「どう、バイト君。万引き犯の人は」


「あ、店長聞いて下さいよ。この人なんか狩り精神を貫き通したとかわけの分かんない事言ってるんです。狩り精神貫き通す前に、商品をレジに通せって話ですよねぇ」


「あぁ、君さっきもそれ言ってたでしょ。大きい声だから聞こえてたよ。何? 自分でうまいとか思っちゃったんだ。気に入って、ついもう一回言っちゃったんだ」


「え? ……ちょ、恥ずかしっ! 万引き犯を問い詰めてただけなのに恥ずかしっ!」


僕は何だか口をあんぐりと開けていたい気分だった。たまたま遭遇した万引き事件。それもその犯人が知り合いだったのだ。僕には驚き以外の感情を持ち合わせられない。


「まぁ、いいか。じゃ、もう警察に連絡するからね」


店長はそう言うと、自分の携帯を取り出して電話をかけようとした。その時である。


「その電話、待たれぃ!」


再び開かれた薄いドア。そこに立っていたのは白衣を身にまとった男。丸眼鏡に白ひげを蓄え、漫画なんかに出てくる科学者みたいな風貌だ。その男は現れるなり、モチモチマンの背中に回る。彼の背中をさすると、その男は眉間にしわを寄せた。


「やっぱりか……」


僕は急激な速さで訪れる展開についていくのでやっとの思いだった。普段もなかなかの急展開な人生を送っているが、今回は特にそうだ。


「あ、あの……すいません。僕たちはそこの変態の知り合いなんですけど、あなたは一体……」


白ひげの男はもう一度モチモチマンの背中を眺め、そしてゆっくり頷いた。


「すまない、紹介が遅れたね。私は世界のキノコを研究している、木野小次郎きのこじろうという者だ」


「で、そのキノコの研究してるおっさんが何でこんなとこにいるんだよ」


パイプ椅子に大きく足を開いて座っている次郎丸が言った。木野小次郎と名乗った男はその白衣をなびかせながら部屋の中をぐるぐると歩く。


「さっきも言ったように、私はキノコの研究をしている。君たちは、冬虫夏草とうちゅうかそうという種類のキノコを知っているかな?」


聞いたことがある。確か蛾の幼虫に寄生して、その養分を利用して成長するキノコだ。


「はい、何となく知ってます。何か、虫に寄生するみたいな……」


「そのとおり。冬虫夏草とは文字通り、冬は虫の姿、夏には草を生やすというキノコだ。実は、今その冬虫夏草の新種が日本の。いや、世界中で増殖している。そのキノコは虫ではなく、人に寄生するのだ。そして、寄生した人間のある感情を異常なまでに高ぶらせる」


「ある感情? それって一体」


木野小次郎は立ち止まり、静かに息を吐いた。


「狩る、という本能だよ」


僕は理解した。モチモチマンの謎の行動。それは全てそのキノコのせいだった、ということか。


「ここ数日でそれは世界中に広まっている。報道規制によってあまり知られてはいないがね」


「あれ? そんな報道規制になっていること、僕達に簡単に言っていいんですか?」


僕が訪ねると、木野小次郎は微笑み、次郎丸の方を見る。


「君たちに、というよりは、そこの神田林君に伝えているんだがね」


次郎丸は一瞬限界までその眼光を鋭くした。そして、何かに気づいたように目を閉じる。


「なるほどな。てめぇは……」


次郎丸はそこまで言うとゆっくり立ち上がる。僕と中万華に目で合図を送り、部屋のドアを開けた。


「行くぞお前ら。キノコ狩りだ」


――

 僕たちはモチモチマンをコンビニに残し、一度家に帰っていた。もちろん、木野小次郎も一緒だ。僕は彼を居間に案内した。次郎丸と木野小次郎が向かい合わせに座り、僕と中万華もその隣へ。


「で、どこのどいつが犯人だ?」


次郎丸が唐突に話し始めた。まったく意味が分からない。


「現世の人間にここまでの技術があるとは思えない。私は、地獄、もしくはオーサ・ダハルの誰かだと踏んでいる」


木野小次郎の口から飛び出た地獄やらオーサ・ダハル発言に僕は耳を疑った。彼はそんな僕に気付いた様子だったが、気にせず続ける。


「まぁ、あの男の可能性がないとは言えない。だから君に頼みたいんだ」


「あいつ……か」


次郎丸が遠くを見ながらつぶやいた。


「ちょ、ちょっと待って下さい! まったく事態が飲み込めないんですけど!」


僕はその場で挙手。次郎丸が静かに口を開いた。


「こいつ、木野小次郎はよ。神政会しんせかいの役人だ」


その一言で僕は、全てを理解した。神政会といえば、以前訪れた三つの世界のバランスを保つ機関である。現世、天国、地獄の補正役。その役人である木野小次郎の発言。


「それってつまり、今回のキノコ事件が現世以外の人の仕業で、この世界を滅茶苦茶にしようとしてるってことですか?」


木野小次郎が頷く。


「物分かりが良いじゃないか。私は馬鹿は嫌いだが、そうやって飲み込みの早い人間は大好きだ」


次郎丸は木野小次郎の方へ向き直り、言う。


「つーかよぉ、キノコ博士。んなもんどうやって犯人捜すんだよ。このキノコは放っときゃ勝手に広まってくんだろ? だったらもうわざわざ姿さらすわけねえじゃねえか」


「大丈夫だ。私はすでにこのキノコに対する抗剤を精製している。君たちがキノコを狩っていけば、犯人は自分たちの行動を邪魔する奴を見逃さないだろう。必ず君たちと間接的にでも接触してくる」


何だかとんでもない話である。つまりは、次郎丸に人間に寄生するキノコを根絶やしにして欲しいわけだ。ということは、必然的に僕は彼について行くことになる。中万華も次郎丸から離れないだろう。僕たち三人に現世を守れと、そう言っているのだ、この男は。


「待って下さいキノコさん! 何で僕たち三人だけなんですか!? そんな大変なことなら、もっとたくさんの人手を……」


「君は知らないだろうけどね。今回のようなケースは稀ではない。別世界を攻撃してその主導権を奪おうとする輩は少なくないのだ。神政会に参加する者全ては、日夜何かの任務に身を投じている。今回、この事件の担当がたまたま神田林君になっただけの話だ」


木野小次郎はそう言うと、人差し指で空間に切れ目を作り、そこから金属製のスーツケースを取り出した。


「この中に抗剤が入っている。これをこの町の中心で散布してほしい」


次郎丸はスーツケースを受け取ると、小さくため息をついた。


「分かった。あとは任せてくれ」


「うん、健闘を祈るよ。神田林次郎丸君」


木野小次郎はそう言葉を残し、先ほど開いた空間の中へと飛び込んでしまった。居間にほんの少しの沈黙が続いた。


「えっと、じゃあ早く行きましょう。町の中心って言ったらどこになるんですかね?」


僕は沈黙に耐えきれず、早口でそう言った。次郎丸はスーツケースを肩に背負うようにして持ち、気だるそうに立ち上がる。


「俺達の学校だよ」


――

 僕たちは普段の通学路を歩いていた。いつも見なれた風景も、目的が変われば何か世界が違う色に見える。今日の色は決していいものじゃない。いつの間にか小さくなったセミの鳴き声は、晩夏における気温の高さと反比例。今年は特にそれが顕著だ。確かに暑いのに、夏という雰囲気は薄れている。


「何か今日やけに静かじゃないですか?」


僕はそう言って、辺りを見回した。今日は何故だか人の気配がない。中万華が次郎丸の体の影から顔だけひょっこり現わして言う。


「あれじゃない? 夏休みも終わりだし、みんな家で一人晩夏の句でも詠んでるんでしょ」


「すばらしいことだけど、全員が全員それだとさすがにこの町の将来が心配になりますよ」


次郎丸も続く。


「じゃあ答えは一つだ。みんな家で一人初秋の句を詠んでるんだろうよ」


「いや何でさっきから俳句限定なんだよ! みんなもっとやることあるよ! いつからそんな文学を大事にする設定が付いたの!? 聞いてないよ!」


「くどすぎる お前のツッコミ 長すぎだ」


「五・七・五でツッコミのダメだしすんな! 何か腹立つ!」


僕たちがいつものボケツッコミを繰り広げていると、いつのまにか先ほどのコンビニのすぐ近くにやって来ていた。すると、そこから自動ドアを走り抜ける青年の姿が。それを追って店員も走る。


「待て、万引き犯!」


「違うんだ、俺は狩り精神を貫き通しただけだ!」


「狩り精神貫き通す前に商品をレジに通せこの野郎!」


どうやらキノコの被害は思った以上に広がっているようだ。そしてあの店員はまだあの言い回しを気に入ってるようだ。


「次郎丸さん、急いだ方がよさそうですね」


「みてぇだな」


 僕たちは、急ぐと言っても気持ち早足になる程度で、そこまでの緊張感を持っていなかった。笑顔さえこぼれるほどだ。ほんの五分までは。

 僕たちは走っていた。余裕ぶっていたのもつかの間、キノコは異常なまでの繁殖を繰り返し、街全体は僕たちの敵になっていたのである。


「次郎丸さぁああん! もう無理! 中学生の体力ではもう無理! これ以上走れない!」


「甘えてんじゃねぇよ、馬鹿! 後ろ見てみろ、少しは元気にならぁ!」


僕は振り返る。そこには老若男女、様々な狩人。道幅を覆い尽くし、雪崩のように僕たちに向かってくる人の塊。どの人々もどこぞにキノコを生やしている。


「もう嫌だこんな現実! 何このリアルバイオ・ハザード!」


中万華は息をはずませながら言う。


「ねぇ、こんな時に何だけど……興奮するっ!」


「いや、本当に何だよ! どこまでマゾ体質!? ていうかもう息をはずませながら、のとこで予想ついてたよ! そんな感じの事言だろうなぁって!」


次郎丸は細い脇道を指差し、大声で叫ぶ。


「学校から遠くなっけど、あそこに逃げ込むぞ!」


僕と中万華は頷き、その脇道に飛び込んだ。背中のキノコゾンビ達はその多さゆえに、その入口でつっかえてその連携が崩落した。どたどたと音をたてて崩れる人の山を僕は見届けることなく走り抜けた。

 休息の意味で、僕たちはそのまま路地裏の暗いところに身を潜めていた。夏ということもあり生臭いのが気になるが、今は文句も言ってられない。わずかに注ぐ日光に目を細めながら、僕は息を整える。


「こ、これ大丈夫なんですかね? 生きて帰れるんですかね?」


「馬鹿、こういう時の一番の敵は己の弱き心なんだよ。強い心を持て、お前は強者だ。覇王を名乗れ」


僕は次郎丸の言葉を頭の中で何度か復唱しする。僕は覇王だ、僕は覇王だ。


「つかよぉ、マンカてめぇ生きてんのか?」


と次郎丸。中万華を見てみると、ぼろ雑巾のように横たわっていた。やはり女の子だし、一番体力が無いのかもしれない。彼女の荒い息遣いだけが狭い空間に響き渡る。すると、彼女は身を引きずるようにして次郎丸の元へ。右手を次郎丸の足に置くと、真っ赤な顔をあげた。


「じ、次郎丸さん……私は、もう」


言って次郎丸のジャージのファスナーを下げ始める。


「えぇ!? ちょ、待っ……」


しばらくあたふたした後、身を任せる次郎丸。


「いや駄目でしょぉおおお!」


僕は叫びながら中万華にとび蹴り。体を浮かせて吹き飛ぶ中万華。


「何してんですか次郎丸さん! 何で今わずかに受け入れたの!」


目をまん丸にした次郎丸が首を横に振りながら言う。


「い、いや。何か今までと違う感じだったから。いつもより積極的だったから」


「あんた案外勢いに流されやすいタイプだな。見たことないくらいテンパってますよ」


僕は言って、吹き飛んだ中万華を恐る恐る見る。そして気付いたのだ。彼女の腰の辺りに生える小さいキノコに。


「次郎丸さん、マンカさんの腰のところ見て下さい!」


「え? うっわ、お前なんて事してんだよ! あんな思いっきり蹴るから、あいつの体から大事な何かが飛び出てるじゃねーか」


「違いますよ! キノコだよ、あれ! そう簡単に大事な何かは飛び出ねーよ!」


ゆっくりと、体をふらつかせながら立ち上がる中万華。漏れた日差しが彼女を照らし、色の白いその肌を艶めかせ、鋭い狂気を立ち上らせる。その瞳はまさに狩る者の目。こちらが目を離す事が出来ない程の威圧感、今までに出会ったキノコゾンビのそれとは明らかに違う。僕は手のひらがじわりじわりと湿っていくのに合わせて、ゆっくりと後ずさり。


「わ、私は狩人。……そう、愛の狩人!」


愛の狩人、中万華はそう叫ぶと、ただ自らの獲物(次郎丸)だけに照準を定め走りこむ。いや、正確には獲物の股間へ。


「いやちょっと待て! やっぱ心の準備って必要だと思う!」


「いや、リアルな返答しなくてもいいよ! 何でもいいから早く逃げましょう!」


恐らく普段から愛の狩人として次郎丸を慕っている中万華にキノコが寄生したことで、その効果が通常の何倍にも膨れ上がったのだろう。愛の狩人としての中万華の戦闘能力はスカウターが壊れるほどだ。

 僕たちは再び逃げ惑っていた。もう苦しいとも言っていられない。逃げなければやられるのだ。学校まで行けば。僕と次郎丸の目にはもうそれしか映っていない。ただ、町中が僕たちの敵となった今、学校まで登校するのさえもままならない状況である。


「次郎丸さん! あの角を曲がれば学校の目の前ですよ!」


僕は五十メートルほど先に見える曲がり角を指差し、興奮気味に言った。


「油断すんなよ、いつまたゾンビが来るか……」


次郎丸が言いかけると、僕の指さす曲がり角から現れるキノコゾンビ。


「おぉい! 何だよ、何でマジで出てくんだよ! 俺ももう、これはいけたな、とか思ってたのに!」


ピチピチの白い清潔感ある服を身にまとった、ハゲ頭の男がこちらへやってくる。その右手には電動バリカンが。


「うぉおおう! 男は角刈りにしろぉおお!」


僕たちは全速力のダッシュから急ブレーキをかける。そして、予定より一つ手前の路地へと入った。それを追ってくるハゲ頭。


「男なら丸刈りか、角刈りにしろぉおお! アシンメトリーって何だぁああ!」


「次郎丸さん! どうやらあの人は理髪店の人らしいです! 最近の流行についていけなくて、結果お客さんの年齢層が上がってきてしまった感じです!」


「お前なぁ、おっさんの日常を詮索してやるなよ! おっさんも頑張ってんの! 若かりしときにとったハサミはまだ衰えちゃいねーの! ただ時代がおっさんを認めないだけで……」


ハゲ頭は叫び続ける。


「こちとらアシンメトリーにするほど髪なんてねーんだよ! ふっさふっさの髪の毛スプレーで固めてみてーよ、チクショー! みんな角刈りでいーじゃん! みんなで角刈りになろうよ!」


「次郎丸さん! ただのひがみでした! 他人の髪の毛を羨んでいるだけでした!」


「お前なぁ、例え心にはなくともこういう時は時代の責任にしてやれ! おっさんは悪くないんだよと、慰めてやれ! そうしときゃ大体のおっさんは良い気分になるから!」


次郎丸が言い終わったところで、ハゲ頭は足元のごみ箱を引っかけて頭頂部から勢いよくコンクリートの地面に打ちつけた。勢いのままに擦り切れる彼の頭のわずかな希望。


「おっさん! 俺はあんたみたいな人生間違ってないと思う!」


次郎丸はおっさんの一層寂しくなった頭に向かって叫んだ。

 僕たちは辿り着いた。幾多の困難を乗り越え、その眼で学校を確認できるところまで、ついにやってきたのだ。僕たちは立ち止まり、息を整える。やっと見えたゴールを前に、はやる気持ちを落ち着けているのだ。


「やっとですね、次郎丸さん」


「あぁ、もうこんなのは勘弁だ」


僕と次郎丸は対面し、お互い頷いた。ここまでの殊勲を称えあおう。僕は正面に向き直る。目の前を通り過ぎる人影。デジカメを山ほど抱えていい笑顔で走るユリちゃん。あれ? 何か涙出てきた。


「次郎丸さん、本当頑張りましょうね」


「うん。ていうか気持ちは分かるけど泣くな、本当に悲しむのはあいつの親なんだから」


 僕たちは走る、学校に向け全速力で。後ろからやってくる大量のキノコゾンビにひるむことなく、だ。校門前には中万華が亀甲縛りで待ち構えている。


「次郎丸さん、自分で出来たよ! 好きでしょ!?」


「いらねーよ、んな配慮! ていうかそれ自分でやったんだ! 何か尊敬する!」


言って次郎丸は閉まっている校門を軽々と飛び越える。僕もそれに続いて飛び越え……られない! えぇ、ちょっと待って!


「うぉおお! 次郎丸さぁああん!」


「アツシ! アディオス!」


僕の上にのしかかる大量のキノコゾンビ。鼻をさす汗のにおい、身ぐるみを剥がされる僕。いよいよ生まれたままの姿になったとき、僕は見た。スーツケースから取り出した光を、構える次郎丸。地面に叩きつけられたそれはまばゆい輝きを放ち、それは僕たちの世界を覆う。光は空、大地、全てを包み込んだ。

 まばゆい光に目を焼かれた僕は、しばらくそれを開くことが出来なかった。しばらくして、ゆっくりと世界が生まれていく。次郎丸が校庭に一人ポツンとつっ立っている。僕を囲むようにして倒れている人々は、すでにキノコから解放されたようだ。僕は校門をゆっくりとよじ登り、次郎丸の元へ走った。


「次郎丸さん、もう大丈夫なんですか?」


「あぁ、多分な……。つーかお前何で裸なの?」


僕はとっさに隠すべきところを手で覆う。


「いや、あの、僕もよく分かんないうちに脱がされてたんですけど……。本当何で僕だけ脱がされるの? みんな何を狩るつもりだったの?」


僕と次郎丸が鼻息まじりに言っていると、後ろから何やら聞き覚えのある声が。


「おっほほ、次郎丸、アツシ君〜!」


もじゃもじゃ頭にフチなし眼鏡。着物にミリタリーリュックというアンバランススタイル、そう、利理岡権田勇である。次郎丸がそれを見てあぁ? としゃくりを入れる。


「てめ、何しに来たんだよ。今さらじゃねーか」


利理岡権田勇は大きな声で笑いながら言う。


「いやぁ、拙者もびっくりでござる〜。まさか自分で作った特製栄養ドリンクをこぼしたら、みんなが襲ってくるんでござるよ。半端なくあせったでござる〜」


しばらく理解できないでいた。そして、僕は次郎丸と顔を合わせ、お互いの感情を一つにする。


「あのぉ、利理岡さん。それっていうとあれですか、今回の件は利理岡さんの栄養ドリンクのせいだと」


「ま、そういうことでござるな! まさかこんな薬が出来上がるなんてビックリでござる。ま、大きい事件にならなくて本当良かったでござるぼななむるゆっけ!」


僕と次郎丸は利理岡権田勇を狩った。

 人は狩りをする生き物である。それと同時に、何かを護る生き物である。護るべきもののない狩りは、本能とはいわない。物欲のそれと同じである。人は狩ることで満足する。これは二次的欲求であり、自我の目覚めた僕たちに存在する、歪みともいえる感情。そんな気持ちをコントロールできることこそが、僕たちが大人になるための第一歩なのだ。

 というような文章を書きくわえて、僕の今年の課題作文は完成した。

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