1 夢
暗い…漆黒の闇だ。
まるで物質が存在していないような黒い世界。
目を開けても閉じようとも闇しか見えない。
音も全く聞こえない。
不思議なことに服の擦れる音、自分の呼吸音すら聞こえてこない。
徐々に不安と恐怖がこみ上げてくる。
自分は目が見えなくなったのか?
ここはどこなんだ・・・。
不安で叫び出しそうになったとき、ふと白い光が見えた。
光は霧のように広がっていき、夜の世界、月明かりの中そこには見渡す限り白い花が咲く花畑が広がっていた。
とても美しい光景だった。
ここは天国か?自分は死んだのか?
花を一輪摘んでみる。
大きさは子供の拳ほどのサイズでヒラヒラのスカートを何枚もつけたような花びらをしている。
花は淡い光を放っていて花から時折1センチほどの淡い光の玉が出ては空に上り消えていく。
何かの気配を感じ目を花から正面に向けて見る。
10メートルほど先に誰かが立っていた。
白い和服を着た少女がそこに立っていた。
少女の髪は闇に溶けそうなほど黒く腰まで届く長い髪だ。
顔はまだ幼さを残しているが身長は自分より少し低い程度なので年齢は10台後半くらいだろう。
顔立ちの整ったとんでもない美少女だ。
だがその表情は氷のように冷たく、瞳は炎のような赤色をしていてその瞳はこちらを捕らえていた。
自分はこの少女を知っている。
名前は確か―――。
そうだ、彼女の名前は―――だ。
「やっとお会いできましたね。」
あどけなさを残す声とともに彼女は微笑んだ。
見とれるほどの美人だ。
氷のような表情は消え、木漏れ日のような優しい微笑みを浮かべていた。
自分が彼女へぶつけようとしていた疑問が吹っ飛び頭が真っ白になる。
その余りの美しさと神秘的な光景に口を開け立ち尽くすしかできない。
そんな俺を無視して彼女はゆっくりと此方に歩いてくる。
そのまま彼女の顔が近づいていき――――――。
頭が重い。
体もだるい。
薄く目を開けると眩しい光が窓から入ってくる。
手で光を遮ろうと少し動かそうとすると痛みが走った。
「つぅッ」
痛みで意識が覚醒していく。
朝か・・・。
俺は寝ていて今まで夢を見ていたような気がするがどんな夢だったのかもう記憶があやふやになっている。
目を開けると俺のベッドの横にこちらを向くようにイスが置いてありそこにメイド服を着た女性が座っていた。
手にはりんごと包丁が握られていてりんごの皮を剥いているようだった。
髪はピンク髪のショートヘアの子だ。夢の彼女とは違うようだ。
誰だろう?綺麗なピンクの髪だなぁ。
黒と白のメイド服に頭には白いカチューチャと白いネコ耳。
ネコ耳ッ!
なんでこの子はネコ耳をつけているんだ!?
困惑しつつネコ耳を見ていると俺に気づいたのかピクピクと耳が動きメイドの子がこちらに顔を向けた。
「!?、レイ様ッ!」
メイドは目を見開いて叫んだ。
と思うと目に涙が溜まっていきついには大粒の涙となって目からこぼれだした。
そして。
「レイ様ぁあああああああああああ」
泣きながらベッドで寝ている俺に飛び込んできた。
普通なら喜ぶべきシュチエーションなのだが、今は素直に喜べない。
なぜなら包丁を持ったままだ。
ッておい!包丁はマズイッて!
しかも俺は怪我をしているのか抱きしめられると痛みが走る。
「いたッ!痛いし包丁!包丁あぶないッて!」
必死になって叫ぶ。
下手したら死ぬからね、もったいない気もするがしょうがないね。
「あっ。も、申し訳ございませんッ!」
メイドが素早く飛び退くとベッドと横に立ち頭を下げる。
綺麗に直角まで下げている。
その姿勢のまま様子を伺うように頭をゆっくりとこっちに向け。
「モモ、つい嬉しくて思わず飛び込んでしまいました。」
本当に申し訳なく思っているらしく声も弱々しい。
俺はベッドから上半身だけ起こす。
少し痛みはあるが耐えられないほどではない。
「君はモモちゃんって言うんだ?」
えッ!とメイドは驚きながら姿勢を直す。
「レイ様、なぜそのようなことをおっしゃるのですか・・・。」
不安そうな表情を浮かべながら胸の前で両手を組む。
何かまずいことを言ってしまったのかもしれない。
「君と俺は初対面だよね?、もしかしたら以前に会ったことがあったかな?」
メイドの子に関する知識がないのだ。
俺はこんなかわいい子一度みたら絶対に忘れない。
だからそう口から言葉が出てしまったが。
よくよく考えてみるとメイドの子の名前依然にこの部屋、この状況。
そして自分の名前すらも思い出すことができなかった。
「俺の名前はいったい・・・俺は誰なんだ・・・。」