表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

二十一世紀頼光四天王!

二十一世紀頼光四天王。 ~くだんのことについて。

作者: 正井舞

渡辺の家に来て、茨木が先ずしたことは広い庭のこちらにある門扉のインターホンを押すことだ。番犬は賢く吠え、カメラも着いているそうで、返答がなくとも家の中で確認してくれれば、とその角度を極めて茨木は門扉の脇に凭れかかって携帯電話に適度に入ったアプリで遊んでいた。

「悪いな、引っ張り出して。」

カシャン、と門扉を鳴らした渡辺綱の背には長物が紫色の袋に紅い組紐、組紐には翡翠の飾りがついている。太刀というには反りが浅いのは打たれた時期が公家の時代だからだ。装飾品としての意味合いのほうが強い鬼斬りは、実際にして茨木の腕に一週間ほど浅い傷を作った。峰打ちでの波紋で刻んでいたらしいが、流石に一条戻り橋でのように楽に切らせてはやらなかった。

「んで?件の話はどーなりました?」

「それを今から調べに行く。動物の形の妖だ、としか頼光は教えてくんなくってさ。すえの占いにもさだの情報にも引っかからない。金太郎は都会だと基本役立たず。」

「わお辛辣。」

「そこで、だ。」

ぴん、としなやかな指先は茨木の目の前に突きつけられた。橙かかった虹彩が寄り目のようになる。綱は思わず笑ってしまった。

「俺としては大変不本意だが、貞光と同じくらいの情報網と金時と負けず劣らずの勘を持つであろうお前に頼みたい。」

「んじゃーイッコ約束いっすか?」

約束、と首を傾げる相手の言いたいことは、おそらくは茨木が高校を卒業するまでは狩らないという事であろうか。

「お前じゃなくって、名前で呼んで下さいよ。」

「そうか、分かった。茨木。」

「そっちぃ!?」

「冗談だよ。井原・・・藤、今生も良い名前だ。それじゃぁよろしく。」

ハイタッチの要領で手のひらを交わし、即席の二人組は一路、怪異の情報を通報して来たアパートメントの一家に向かう。電車の路線を乗り継ぎ二本、バスで停車駅は五つほど乗り過ごすそこは、都内にしては閑静であり、ベットタウンの印象が強い。

「メゾンジュネ。ここっすね。」

「ああ、頼光?到着した。」

電話の向こうでは頼光は将棋盤の上に広げた地図の上に綱の血が一滴染んだ和紙がくねりと動くのをみており、宛らGPSのように使えるそれを傍目の情報整頓となる。

「話は通ってるから行ってこいってさ。」

「あらほらさっさ!」

「なーにーそれー!」

あはは、と声が上がったのに、楽しそうだね、と冷ややかに頼光様の声で一気に現実に戻った。ごめんなさいでした、階段を一階分上がって、三つ目の部屋。鬼斬りの目と鬼の目が弾き出した広さとしては、家族で住むにはギリギリの大きさだが、2LKのそこには夫婦と小学校低学年の娘が住んでいた。

電話越しに、ご依頼頂きました源です、と頼光が一通り自己紹介し、自分が住むのは京都であるゆえ急ぎの件であろうので近い者を寄越した、助手もつけてある、とのざっくりした説明だった。事実、卜部季武は同輩の実力テスト対策に手が離せず、碓井貞光も学校のカリキュラム。坂田金時は安定に部活の休養日である今日は行方不明になっていた。

ここで茨木童子に手伝わせようとする辺りが白い悪魔と呼ばれているらしい源頼光のそれだ。リビングのソファには女の子が一人、朗読の宿題なのか国語の本を読んでおり、母親が、お世話になります、と深く頭を下げた。

「このアパートはペット禁止なんですが・・・。」

近所に迷惑がかからないくらいなら、と鳴かない鳥は許可されているらしい。内緒で猫を飼ってる家ありますよ、とは鼻を効かせた茨木が耳打ちしてくれた。

母親は二人をリビングダイニングに招き、こんにちは、と少女は憂鬱そうな宿題から顔を上げた。見目の良い若者二人に少々興奮したようでもあった。

「・・・こちらです。」

母親は冷蔵庫を開けて、綿の入ったタッパーを一つ出して来た。

「生まれてすぐに?」

鳥籠の中にはぴょこぴょこと雛鳥が飛び回っており。

「それは・・・いつ卵が割れたのかはよく分からないので。」

「あーですよねー。」

そのタッパーの中で綿に包まれてくったりと硬直しているのは、体は色艶やかな鳥の雛らしく野暮ったい灰色で、産まれたばかりの羊水で湿った羽毛に爪もまだ柔らかかろう脚。しかし嘴はなく、その顔は猿のようで、しかし体毛の無い、そのものつまり、産まれたばかりの赤ん坊の寝顔をしてあった。

「エリカ・・・娘です。エリカの父は死ぬ、って言ったんです。」

「件、ですね。」

くだん、と呼ばれる生き物の伝承はどこからであったか、百年に一度生まれる予言を生業にする生き物だ。但し一週間以上生きた記録はほぼ無いといっていい。不幸の予言をしたのちに、必ず対策も教えてくれるようだが、今回の件はこの女の夫が、そこにいる女児の父親が死ぬ、それだけ言って事切れたという。こちらは季武が占いで掴んであった情報と貞光の持つ情報網、そして国家機密に携わってはなかろうな、と疑いたくなる頼光の手腕だ。

そんな得体の知れない生き物の死骸を冷蔵庫に入れておく根性も大概だなぁ、と綱はコーヒーを用意されながら思った。残念ながら口をつけようと思わない。清潔すぎる家の中には母親と少女と、父親は帰りが遅いだとかで、写真だけ見せてもらった。リビングの端っこに留まる少女は、目が合うと恥ずかしそうに手を隠した。

「くだんってなんで件って書くんすか?」

純粋に井原は首を傾げ、くっとりと綱は微笑む。

「西播磨昔話集には件の話ってのがあってね。人間と牛の混血だ、という記述がある。だから昔から証文の末尾には、件みたいな証書ですよ、みたいな文章が付けられた。転じて件の、と物事を指す日本語がある。あと、件の死骸を持ってるとお守りになる、とかね。」

「あ、じゃあこれ・・・。」

膝に長物を置いたままの綱の淡々とした知識披露に、テーブルに対面した女性はタッパーに入った死骸を改めて見たようだ。

「牛と人間の混血というのは些か荒唐無稽ですが、案外お守りとしての効果はあるかもしれません。仲間の占い師によりますと、先祖供養、まあ墓参りです。そちらを疎かにしていないか、とは言付かっております。どうしても気味が悪いようでしたら、死骸の処分も承りますよ。」

にこり、とその秀麗な美貌に浮かぶ笑顔に、茨木は少々のほど戦慄した。作り物のその笑顔は、悪寒が走るほどに美しく、何の情も無かった。

「ええ、ありがとうございます。お守りに持っておきます。あとはお墓参りも。結婚してから一度しか行っていないわ。」

「ご先祖さんは大事にしたほうがいいっすよー。」

ごちそうさまでしたっ、と明るく笑った井原に彼女は上品に微笑み、綱に目を向ける。コーヒーは湯気を消し、ケーキもフォークを動かした様子は見られない。少々のほど責めるような視線には。

「ああ、お気遣い申し訳ありません。精進潔斎みたいなもので。ご用意頂いた時に言うべきでした。」

おこころ頂戴いたします、と不器用な武士は頭を下げ、やっと彼女は得心したか、いいえ、こちらこそ、と微笑んだ。インターホンが鳴ったのはその直後で、丁度いいので退散します、と綱は腰を上げた。扉を開けるとそこには有名配達会社の配達員が好青年然と笑んでおり、ドアを開けた綱に戸惑ったように目を瞠った。

「どうも、失礼します。」

にこ、と控えめな笑顔に配達員は帽子を取って会釈。井原が続いて、宅配ですよーと教えてやろうと思ったが、彼女は宅配物を受け取るとそのまま玄関を閉め、ガシャン、と鍵の落ちる音まで聞いてしまった。

「・・・参ったな・・・。」

伝票を郵便受けに慣れた調子で突っ込んだ配達員は、また綱と井原に会釈して、トラックに戻ると次の配達先を確認しているのか暫く動きを見せなかった。

「死骸を持ってるくらいでなんとかなるんすかー?件の予言は百発百中ですよー?」

「ならないさ。あの予言から今日で三日か。そろそろだな。」

綱は携帯電話を取り出すと背面ディスプレイで時刻を確かめた。バス停で二人はそのトラックが緩やかに走り出し、ノンストップにその下り坂を走り出した猛スピードに髪の毛がさらりと乱れた。なにいまの、あぶない、と背後に聞こえる頃には二人はアスファルトを蹴り、片方はめきりと骨を変形させ、片方は紐を解くと鞘は袋に収めたまま抜刀。進路の右に茨木童子、左に渡辺綱の武器が迫る。聞き苦しい金属音は鬼斬りがタイヤを真っ二つにしてしまって茨木がトラックを横転させたから。

「綱!」

「頼む。」

一を語り十を応えた茨木童子と渡辺綱は、救急車と警察車両に囲まれる足元を見た。二人がいるのは近所のビルの上で、茨木童子の脚が二人分の体重を蹴り飛ばして着地させた。時折突風が髪を巻き上げる。茨木の黒髪が風に吹かれて銀色に輝いた。姫抱きの屈辱はあったが、背は腹に変わらない訳だ。キン、と鞘に収まった鬼斬りは、隣に鬼がいるのに働けない歯痒さを鍔鳴りによって訴えたが肝心の持ち主には聞かぬふりをされてしまった。

トラックの運転手は死んでしまったかも知れないが、周囲を巻き込んだ最悪の自体は免れた。

「死ぬのはエリカちゃんのお父さんだったんじゃ・・・。」

「うん、残念ながらね。」

帰り際の電車の待ち時間、携帯電話のアプリを起動すればトピックスに、都内某所におけるトラック運転手の居眠り運転が報じられてあった。綱は、よかった、生きてた、と美しく微笑んだ。

「因みにどこで気づきました?」

「短指症。」

「はい?」

「エリカ嬢は極端に小指と薬指が短かった。これは遺伝で現れる。母親は勿論、写真で見せてもらった父親にもその傾向は無かったな。そうしたらあの配達員は手袋の指先が薬指と小指で余ってたから、ああそういうこと、って。」

「元カレ?」

「浮気説濃厚かな。あ、せいかーい。」

ほら、と見せてもらった二つ折り携帯電話には頼光からのメールが入っており、今回事故を起こした男性がいつからあの周辺を担当して、いつの頃から若い夫妻はあのアパートに住んでいるのか、時期がバッチリ当たる事を教えてくれた。

「鬼より人間のほうが時に不気味っすわ。」

茨木のその言葉は何より的を射、あの死骸が後生大事に仕舞い込まれた冷蔵庫の中に、果たして他の食品はあったであろうか。


井原藤。

茨木童子の今生名前。

適当にタイプしたら出てきた苗字と「不死」「不二」と引っ掛け。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ