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落第ラプソディ!  作者: こよる
第二章 お好み焼き×小説
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第二章―04

 *僕  


 僕のものじゃない千二百円を持ってお好み焼きを買いに行く途中、雨宮結衣という女の子のことについて考えた。

 僕と結衣は小学校に上がる前からの幼馴染みで、いわゆる公園友達というやつだった。他の子はお母さんに連れられてやって来るのに結衣だけはいつもお父さんと一緒で、それが子供心に不思議だったのを覚えている。お母さんは亡くなってるんだよ、と結衣のお父さんに説明されても、亡くなるっていうのがどういうことなのか、当時はいまいち理解できていなかった。

 その頃から引っ込み思案で他人と関わるのが苦手だった結衣は、砂場で一人で遊んでいることが多かった。同じく引っ込み思案だった僕もよく砂場で遊んでいて、それで仲良くなった。  ただ、どんなに仲良くなっても、僕は二番目でしかなかった。

 結衣にとっての一番は、何がどうあってもお父さんだ。公園に来るときも家に帰るときも、結衣は必ずお父さんと手を繋いでいた。僕と遊んでいる途中であっても、お父さんが帰ろうと言えば結衣は何も言わずそれに従った。毎度、砂場に取り残される僕は結衣のお父さんのことを恨めしくも思っていたが、二人は仲が良いんだなぁとしみじみ思ってもいた。

 だから、驚いた。

 小学校二年生のときに結衣のお父さんが、娘を虐待していて、家に麻薬を隠し持っていた男として世間に知られたときには。

 家にやって来た警察から逃れようとした彼は、車で市内を暴走して一人の女性を轢き殺した末、駅前にあった『宮田書店』に突っ込んで即死した。当時の僕は、その車が『宮田書店』に突っ込む様子を、ちょうど目撃していた。

 お父さんの死後、結衣は親類の家に預けられたものの、学校に出てこなくなった。たまに僕が遊びに行く以外は、社会との繋がりを完全に断ち切った。

 そして彼女は中学卒業と同時に小説家としてデビューし、僕と同じマンションで一人暮らしを始めたのだった。

「……無茶苦茶な人生だよな」

 僕が言うのも何だけど。

 結衣の小説は恐らく、幼少期の虐待経験と父親の死が基になって出来上がっている。他人と違うものを抱えて生きてきたからこそ、十七歳かそこらで世間に語るべき言葉を持っているんだと、僕は勝手に解釈していた。

 だからまぁ当然、その代償だってある。

 たとえば雨宮結衣は、一人で外出できない。

 トラウマなのか強迫観念なのか分からないが、人間の群れの中にいることに強い負担を感じてしまうそうだ。だから結衣が外出する際は、何故か彼女に懐かれている僕が付き添ったり、こうして僕が代わりに買い出しに行ったりする。そんな生活も去年から始めて一年以上になるので、すっかり慣れてしまっていた。

 回想を畳んだところで、ちょうど目当てのお好み焼き屋さんが見えてきた。

 先日知り合ったばかりの自称「お好み焼き子さん」が働いている、『あじすけ』という名前のお店だ。



「らっしゃーせー……と? きみは小説家志望のニートくんじゃないか!」

「その最悪な呼び名、やめてもらえますか」

 『あじすけ』は一階が店舗、二階が住居という典型的な店舗併用住宅だった。駅前にあって店自体は小さいものの、お好み焼きの味は確かだ。この前初めて食べたのだが、結衣にも好評だった。

 お店を知った経緯はちょっと特殊で、キャッチセールスによる。

 つい先日、路上で倒れている女性がいたので心配して声をかけたら、何故かこのお店をお勧めされたのだ。確かこんな会話だったような気がする。

「あの、大丈夫ですか? こんなところで倒れて、どこか具合でも?」

「いやいや、身体の具合なら万全さ。強いて言えば、頭の具合がちょっとね」

「あぁ……なるほど」

「ところで、そちらはどなた? 市民の平和を守る人かな?」

「いえ、ただのニートですが。小説家志望の草野と申します」

「ふむふむ、草野くんか。ニートのくせに外を出歩いて、運動でもしてるの?」

「いや、夕飯の出前を頼まれまして。お好み焼きを食べたいって言うんですけど、やっぱりないですよね、ここらへん」

「ほぅ。お好み焼きか。そういうことなら、お姉さんがいいことを教えてあげましょう。駅前にね、『あじすけ』っていうお好み焼き屋さんがあるから、そこへ行きなさい。味は保証するから」

「……いや、そんな露骨に怪しい人に保証されても。ていうか、あなた一体誰なんですか」

「わたし? わたしはアレよ、お好み焼きの精霊、お好み焼き子さんよ」

「はぁ……。あの、アンパンマンに出てくるモブキャラ的なアレですか」

「うっせーよ! お好みパンチを喰らいたくなかったら、さっさと行け行け!」

「で、でもその前に、通報しないと」

 そんなキャッチセールスに捕まる僕も僕だが。そのお姉さんの清々しいまでの異端っぷりに興味を覚えて後日『あじすけ』に行ってみたら、これが意外と美味しくてびっくりしたのだった。

 そのお好み焼き子さんは、『あじすけ』の店員さんだった。

「しかしきみはよく来るねぇ。そんなにお好み焼きが好きなのかな?」

「僕じゃなくて、相手の好物なんですよ。この間食べさせたらハマッちゃったんです」

「相手? きみ、ニートのくせに恋人と同棲しちゃってたりするわけ?」

「いやまぁ、半分同棲みたいなもの……ていうか、ニートって強調しないで下さい」

「いいじゃないか。世の中ね、お金を稼げない奴は何を言われても言い返せないんだよ」

「……………………」言い返せなかった。

「はっはっは。悔しかったら諦めてバイトでもするか、さっさと小説家デビューするんだねー。確かいたでしょ、きみと同い年で天才作家の草野なんとかって子」

「……草野ゆい、ですか?」

「そうそれ。あの子くらいになったら、お姉さんもきみを認めてあげるよ」

「別にいいですよ、焼き子さんに認めてもらわなくても」

「お、お? ふてくされちゃったかなぁ? うぅん? どうでちゅかー?」

「うるさいですよ!」

「ふははは。しかし金は払ってもらうぞ。お好み焼き二枚、千二百円だ」

「払いますよ。どうせ僕のお金じゃありませんけどね」

「うむ。まぁ思う存分、卑屈になりたまえ。ニートなんて所詮そんなもんさ」

 何だか一方的にボコられるだけのクソゲーみたいな会話だった。

 僕は結衣の千二百円の代わりにお好み焼き二枚を受け取って、『あじすけ』を後にした。

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