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落第ラプソディ!  作者: こよる
第二章 お好み焼き×小説
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第二章―01

 第二章 お好み焼き×小説


*俺


 銀髪化した河西と出会って以来、授業をサボる回数が増えた。サボったらまぁ、体育館裏のウッドデッキに行く。河西がいればそこで愛とか地球とかについてゆるーく会話を交わし、いなければ一人で横になって寝る。別に河西と会いたいわけじゃない。ただ何となく、今日は河西いるかなぁと思って、つい体育館裏へと足を向かわせてしまうのだ。これはパチンコ屋が儲かる理屈と似ているように思う。

 河西の方も、俺との会話では素っ気ない返事しか寄越さないくせに、体育館裏にはよく来る。この間、「決まってるのよ。大昔から、不良は孤独な生き物だって」と言っていたから、河西も案外クラスに友達がいなくて、話し相手が欲しいのかも知れない。そんなことを思うと、俺の中の河西との仲間意識が微妙に深まったような気がするのであった。

 以下、そんな河西との会話記録。

「たとえば、世の中の人間はみんなバカであると仮定するでしょ?」

「え、仮定しちゃうの?」

「仮定するの。だってわたし、バカじゃない人間なんて嫌だもん。そんなの人間じゃないよ」

「それは河西の主観の話でしょう……」

「あ、知らなかった? わたし、主観で生きてるのよ」

「……………………」

「でね、そのバカな人間には二種類いるの。勉強するバカと、勉強しないバカ。そこで、これはどちらが賢い生き方かって考えるのよ」

「うーん……。それは、勉強しないバカが勉強の代わりに何をしているかによるなぁ。そのバカは、勉強の代わりに何してんのさ?」

「きみと会話してるのよ」

「……………………」何と言いましょうか、非常に答えづらい質問なのですが。「た、多分、勉強しないバカの方が賢いんじゃない、っかなぁ……?」

「きみは相当自分に自信がないと見える。ん、だから金髪なのかな」

「……………………」

「まぁそう考えて、わたしは髪を銀色に染めてみたわけ。根っこの動機はきみと一緒ね。やっつけるためよ」

「な、なるほどー」

 そんなわけで銀髪少女・河西とのよく分からない関係は、方向性はともかく一応深まりつつあるのであった。

 ところで河西は俺に友達がいないようなことを言っていたが、あれは嘘だ。髪が金色になっても話しかけてくる友達なら、一人くらいはいる。

 それは子供の頃からの知り合い、元村だった。

「ていうか、あれだなぁ。リョータが不良になったからって、その取り次ぎが僕に一任されるのはどうかと思うよ」

 放課後の教室だった。俺が体育館裏から戻ってくると、元村が俺の席にやって来てぼやいた。当然ながら、元村以外のクラスメイトは俺に恐れを成して(あるいは呆れて)、近寄ってこない。

「まぁお前は他人に寛大なところがあるから、そこが買われてるんじゃないの?」

 俺がそう言うと、元村は「ん。それはあるかもね」と納得顔で頷いた。

 理由は知らないが、元村は他者の価値観ってものに対して鷹揚な人間だ。俺が髪を金色に染めた際も理由を尋ねこそしてきたものの、「そうかぁ」と反応しただけだった。

 他人に興味がないというよりは、見ている世界が広いんだと思う。

 たとえば俺たちが地上を這いずり回っている哺乳類だとすると、元村は空を飛んで地上を見下ろしている鳥類のような気がするのだ。

「で、これ。帰りのホームルームで配られたやつ」

 元村が自分の鞄からプリントを取り出し、俺の机に置く。内容は一目瞭然で、タイトル通り『進路希望調査』だった。……ふむ。

「書き方は見れば分かるよね。じゃ、あとはよろしく」

 元村はそれだけ言って去って行く。よく分からないが、横顔に疲れのようなものが見え隠れしている。何かあったのだろうか。

 しかし、進路希望調査か。

 どうしたものだろう。まさか、本屋と書くわけにもいかないしなぁ。



 子供の頃、と言っても覚えてないくらい昔のことだが、俺は一応本屋さんになるという将来像を描いたりしていた。その頃から友達付き合いしていた元村の家が本屋だったのも、その大きな理由だ。将来は二人で本屋になるんだー、とか子供らしいことを喋ってもいた。当たり前だが、そんな話は小学校を卒業する頃には一切しなくなった。

 高校からの帰り道に何となく、その『元村書店』の前を通ってみた。

 外壁も煤けたこの個人商店がいまだ潰れずに済んでいるのは、この街に他に大きな本屋がないからだ。この街に住んでいる人間は本と言えば大抵は『元村書店』にお世話になるので、どうにか経営が成り立っているのだった。

 以前、駅前に『宮田書店』というチェーンの大型書店が出来た際、この『元村書店』は経営難に陥ったことがある。しかし、このままだったら経営が成り立たなくなるという時、あの事故が起きた。

 二人暮らしの幼い娘を虐待し、麻薬を隠し持っていた男が、警察とカーチェイスをやらかした末に『宮田書店』の正面玄関に突っ込んだのだ。

 あの頃は俺もガキだったので、死傷者が何人出たとかそういうことは分からなかった。ただ、あの事故をきっかけにして『宮田書店』は店を畳み、この街から撤退していったのだった。

 おかげで『元村書店』はどうにか経営を建て直し、潰れることなく現在まで店を続けているというわけだ。あの事故がなければ『元村書店』も潰れていただろうから、そこらへんは何と言うか、運命の悪戯のようなものを感じてしまうのだった。

 もっとも、この様子じゃ『元村書店』があと何年もつのかは分かったもんじゃないが。

 寂れた本屋を眺めながら、俺は家路を急いだ。



 家に戻ると、玄関に父親の靴があることに気付いた。父親は出版社に務めているいわゆる編集者というやつだ。休みは不規則で、家に戻ってこない日があったかと思えば一日中ごろごろしている日もあるので、そんなに驚くことではなかった。

 俺の部屋は二階にあるが、その階段に行くためには居間を通らなければならない。その居間に父親がいて、ノートパソコンをいじっていた。

 普段、父親とはほとんど会話を交わさない。しかしそのときは、俺が父親のくたびれた背中を一瞥したのと同時に父親が後ろを振り向いて、偶然目が合ってしまった。

「……あ、亮太。帰ったのか」

「……あ、うん」

 何となく会話を交わさなきゃいけない雰囲気だったのは分かるけど、他に話題はなかったのかよと思った。無意味な言葉の群れが居場所を失って空中を漂い、足下を落ち着かなくさせる。

会話を終わらせる口実を見失った俺は、とりあえず視線を俯かせた。

 そして、ふと接ぎ穂を思いつく。

「ぁえっと、親父。今日さ、進路希望調査をもらったんだけど」

「進路希望調査?」

「そう。え、と、高校卒業して何するか、みたいな……」

「あぁ」父親はそこで困惑したように目を泳がせ、頬を掻いた。「父さん、そういうのよく分からんからなぁ。お母さんに見てもらいなさい」

「あ、っと……うん」

 続ける言葉を探そうとしたが、見つからなかった。「じ、じゃあ」とどもりながら会話を打ち切って、そそくさと逃げるように居間を通り抜けた。階段をわざと音を立てて駆け上がり、そのまま自分の部屋のベッドに飛び込む。

 何だよ、今の会話!

 内心でそんな悲鳴を上げていた。身体の底がふつふつと熱くなって、ベッドの上を転げ回る。実行こそしなかったが、頭を掻き毟りたい気分だった。

 最近は滅多に話さない父親と、たまに話してみればあのザマだ。

 自分の不器用さとか父親の態度とか、色んなものに対して恥ずかしさなのか怒りなのか、よく分からない熱い感情が込み上げた。

 父親といつからちゃんと話せなくなったのか、記憶の根はもう定かでない。反抗期の態度がそのまま根付いてしまって、どうしようもなく引き摺られているような感覚だった。呼び名と同じだ。元村は子供の頃から俺のことを「リョータ」と呼んでいたから、今さら「八嶋」と呼ぶことはない。

 父親との関係の綻び始めについては、一つだけ思い当たる記憶があった。

 小学生だったか中学生だったかは忘れたが、たまたま俺に何かの用事があって、帰りが夜遅くになるということがあった。普段は俺が起きているうちに帰ってこない父親が、その日は俺より先に帰宅していて、居間にだけぼぅっと明かりが灯っていた。

 父親はどうやら一人で夕飯を食べているらしかった。上着だけ脱いでワイシャツ姿で、料理を摘んではちびちびとビールを飲んでいた。夜の居間は思わずはっとするほど静かで、箸が皿に触れるかちゃかちゃという音だけがいやに響いていた。

 その父親の、くたびれた弱々しい背中が妙に記憶に残って離れない。子供だった俺は見てはいけないものを見てしまったような気がして、父親に悟られないよう足音を忍ばせて二階へ上がった。

 あの日以来、と明確に区分することは出来ない。しかしあの頃から、俺は徐々に第二次反抗期の季節へと足を踏み入れていったような気がするのだ。

 それまで事あるごとに妙な話を俺に聞かせてくれた父親も、だんだん俺に話をしてくれなくなった。「普通」について俺に語ってみせたときの傲慢で偉そうな様子は、見る影もなく衰えていったようだった。

 そんな時間の先にある現在で、俺は髪を金色に染め上げている。

 父親の語った「普通」ってやつを、やっつけようとしているわけだ。

 もっとも、やっつけてどうしようって具体的なプランがないあたり、俺はそこらへんの反抗期な中学生と大差ないのかも知れないが。

 とりあえず髪は染めた。自分の中にある「普通」ってやつを、追い出してみた。

 さて、じゃあそれからどうしましょう?

 白紙の進路希望調査が、カサリと乾いた音を立てた。

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