エピローグ―03
*僕
自分の小説でどうにか六百円を稼いだ帰り、僕と結衣は『あじすけ』に立ち寄った。無数にある小座敷のうちいくつかは使われていて、中から営業スマイルがどうとか、大車輪がどうとかいう声が聞こえていた。何の話をしているのやら。
僕たちも座敷に案内されて、それぞれ掘りゴタツに脚を伸ばした。
「でも何だねぇ」と結衣。「二人でお好み焼き食べたら千二百円なのに、六百円しかないんじゃシュンちゃんの分しか払えないじゃん」
「ちがーう。僕の分しか払えないんじゃなくて、結衣の分しか払えないの。僕の分はまぁ、親が稼いでくれたありがたいお金を使うということで」
「なんで? だったらわたしは自分の分を自分で払うから、シュンちゃんがその六百円で自分のを払えばいいじゃん」
「分かってないなぁ。とにかく僕が結衣に奢らなきゃ、退治が終了しないんだよ」
「あ、そー」
結衣はどうでもよさげに反応して、メニュー表に目を落とす。といっても六百円じゃ一番安い豚玉しか注文できないので、そこは空気を読んでもらうとする。
自分で稼いだお金を他人のために使うっていうのが、僕にはとても価値があることのように感じられたのだ。
何故かって理由は、言葉じゃ上手く説明できないけど。
そういえば誰かがちょうどいいことを言っていた気がする。
そう、地球が回ったって感じがするのだ。
「でも、その締まりきらない感じがシュンちゃんぽくていいよね」
「どういうこと?」
「前に言ったでしょ、わたしが書く小説は全部お好み焼きが作れない人の小説だって。シュンちゃんもきっと、お好み焼きが作れない人なんだよ」
「それ、もしかして僕はバカにされているのでしょうか」
「そんなことないよ。だってわたしの小説では、お好み焼きが作れない人は最後にこう思うんだもん」
あ、なんだ。お好み焼きが作れなくても、それなりに生きていけるじゃないか、って。
「それってきっと、とても大切なことだよ」
「そうかな。……まぁ、そうなんだろうな」
世の中にはどんなに頑張っても、最後の最後までお好み焼きを作れない人がたくさんいるわけだし。ここは虚構じゃなくて現実だから、努力が報われるとは限らない。
だったら作れないままでも生きていく方法を模索しようっていうのは、それなりに価値があることのような気がした。
ひょっとして、それなんだろうか。
草野ゆいの小説が世間で評価されている理由は。
「シュンちゃんはこれから、どうする? 小説、書き続ける?」
「うん」
そのときの僕の首肯には、不思議なほど迷いがなかった。
「まぁ頑張っても結衣みたいにはなれないかも知れないけど、どうしようもなくなるまでは頑張ってみるつもり。それもきっと、価値のあることだ」
「わたしもそう思う」
結衣は頷き、それから水の入ったグラスを持って、「じゃあ、乾杯しましょう」と言ってきた。
「乾杯? 何にだよ」
「色々なものに対して」
大真面目な顔でそんなことを言う。でも僕もどこか分かっているような気がして、「そうしよう」と頷いた。
こほん、ではでは。
目の前のお好み焼きに、僕が稼いだ六百円に、結衣との仲直りに、小説を書き続ける僕自身に、一人で外出できた雨宮結衣に、お好み焼きが好きなこの街の人間に、
そして何より、この地球が回ったことに、
「かんぱーい!」
こちんと涼しげな音が立って、グラスの向こう側の笑顔が揺れた。
*俺、わたし、僕
その日、たまたま『あじすけ』に居合わせた自分たちは知ることになる。
十年前に起きた事故と、現在に起きた小さな奇跡の、不思議な繋がりを。
十年前、雨宮結衣の父親が警察に追われて車で暴走し、『あじすけ』の前の交差点で河西を庇ったリュウコさんの母親を轢き殺し、駅前の『宮田書店』に突っ込んで即死した。
もしあのとき、そのうちのどの一つの要素でもが欠けていれば。
もし雨宮結衣が父親を失わなかったら、彼女はきっと小説を書くこともなく、シュンちゃんはただの高校生だっただろうし、
もし河西がリュウコさんの母親に庇われなかったら、彼女は地球のためにお好み焼きを作らなければならないと決意することなく、八嶋くんと体育館裏で出会うこともなかっただろうし、
もしリュウコさんの母親が死ななかったら、リュウコさんはもう少しまともな人間に成長して、モトくんと同棲していなかっただろうし、
もし『宮田書店』に車が突っ込んでいなければ、『元村書店』は倒産に追い込まれて、元村は将来の行き場をなくし、八嶋亮太と草野くんは更正の場をなくしていただろう。
小さな運命が複雑に絡み合って、そして現在を構成しているのだ。
不思議な偶然に活かされて、自分たちは今ここにいる。
それはきっと、俺にとって、ふーちゃんが河西で、モトくんが元村で、編集者の八嶋さんが父親で、
わたしにとって、元村がモトくんで、河西がふーちゃんで、
僕にとって、バイトさんの父親が編集者の八嶋さんで、リュウコさんが焼き子さんで、とか、そういう意味でもあるはずだ。
どこかで回っている物語の歯車のおかげで、自分たちは活かされている。
地球に回されて、助けられている。
だから、たまにはそのことに感謝しなくちゃいけないのだ。
確かに、自分たちは正しい道を踏み外してしまった落第者かも知れない。
それでも、たとえ落第者であっても地球を回すことくらいは出来るんだぞ、と。
そう訴えるために俺は、わたしは、僕は、活かされていることに感謝しながら、大切な人にお好み焼きを差し出してこう言うのだ。
「さぁ、召し上がれ!」




