第四章―10
*僕
やっつけないと、やっつけないと、の一心で書き上げた短編小説を、僕は六部だけ印刷した。小説賞に応募するときのようにはせず、そのままホッチキスで留めて、手作りながら本の体裁が整うようにした。一言で言えば、学校の文芸部が作っているチャチな文集のような形だ。それを六部だけ、用意した。
あのとき。
公園を出て、僕を追いかけてきた結衣とばったり出会したとき、僕の胸に落ちてきたのはそういう発想だった。
つまり、自分の書いた小説を売る。
出版社なんか通さなくてもいいから、とにかく値段を付けて、誰かに買ってもらう。
僕が自分の中にあるものを追い出すためには、雨宮結衣とこれからも友達付き合いしていくためには、それしかないと思った。
だからそう信じて、下手くそなりに手製の冊子を作ったのだ。
自己満足でいい。自分でさえ自分を認められない人間にとっては、それは前に進むための貴重な資源となるのだから。
「よーっし!」
出来上がった六部の冊子を手に、立ち上がる。
問題はこれをどこで売るかだけど……この街で文章を売る場所って言ったら、あそこしかないよな。
冊子を適当な袋に入れて、家の外に出た。時刻は午前九時で、そのわりに人通りが多いなと思ったら、今日は日曜日なのだった。ニートをやっているとどうも曜日の概念が薄れてしまっていかん。
本日もまた晴天で、青空は高く、空気が澄んでいた。
街を歩きながら、何だか久々に足取りが軽いような気がした。街路樹の緑、鳥の鳴き声、土の匂い。そういったものが普段より鮮やかに、自分の身近に感じられる。それはきっと、僕の右手にぶら下がっているもののせいなんだろう。
結局、間違っていようと、誤魔化しだろうと、根拠がなかろうと。
自分のやることに自信を持っていられれば、地球はそれなりに美しく見えるものなのだ。
間違っているから成功しないのが、玉に瑕だけどさ。
僕が冊子の持ち込みを断行したのは、以前『あじすけ』で八嶋さんと会った際、帰りに立ち寄った『元村書店』という本屋さんだった。外見は完全にボロの個人商店だが、この街には他に本屋がないので、どうにか経営が成り立っているらしい。
ガラス扉を押して中に入ると、カウンターに高校生か大学生くらいの店員さんが一人だけいた。バイトの人だろうか。
「あの、すいません」
とりあえず声を掛けてみた。「何スか?」と若干、無愛想に睨まれて萎縮しそうなのは、相手があまり本屋の店員には向かない金髪だからだろう。時代遅れの不良にしか見えない。
しかしここで引き下がるわけにはいかないので、僕はその店員に事情を説明した。とある事情があって自分で冊子を作った。六冊だけでいいから置いて欲しい。そうじゃないと困る。
まともな書店だったら半分も説明しないうちに「あ、無理ですから」と追い返されているところだろう。この店員さんは最後まで話を聞いてくれたとはいえ、僕は正直あまり期待していなかった。
ところが、店員さんは僕の話を聞いてから何か考えるような間を置いて、
「たとえば俺が無理って言ったら、あんたはどうなる?」
と妙なことを尋ねてきた。
「どうもなりませんけど……困ります」
「はぁ、困るのか」
店員さんはぐしぐしと乱暴に頭を掻いた。それから面倒くさそうに、
「正直言って、俺に何もなかったらすぐに追い返してたんだけどさ。困ると言われると、困るなぁ……」
「え、何でですか?」
「いやさ。俺、実はお好み焼きをタダで貰っちゃったんだよ」
何だか意味不明なことを言い出した。そして焼き子さんといい、この街の人間はお好み焼きと縁が深すぎるんじゃなかろうか。
「俺に銀髪の知り合いがいるんだけど、前にそいつに街中で捕まって、お好み焼きを奢っちゃるって言われてさ。そんときの借りをまだ返してないから、あんたの頼みを断るわけにはいかないんだよ。あんたに借りを返さないといけないんだ」
「えぇと、よく分からないですけど。借りなら、貸してくれた人に返せばいいような気がするんですが」
「分かってないなぁ、あんたは」
金髪店員さんはわざとらしく肩を竦め、それからこう言った。
「それじゃ、地球が回らないんだよ」




