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落第ラプソディ!  作者: こよる
第四章 地球が回った日
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第四章―09

 *わたし


 公園でふーちゃんと語らってから、わたしはのそのそとアパートへ戻った。その頃には日がすっかり落ちていて、アパートの常夜灯が暗がりをぼんやり照らしていた。

 部屋の鍵は開いていて、だからモトくんが中にいるのかなと予想してそろーりと入ったけど、誰もいなかった。リビングには、わたしがモトくんを叩いてぶん投げたクッションが、そのままの状態で転がっていた。

 開いたままの鍵、無人の部屋、荒れたリビング。

「……ハッ! これはまさか事件!」

 腕組みして一人芝居を演じてみる。女探偵リュウコさんの実写化、待ったなしなのです。ふーちゃんによればクソな内容のサスペンスドラマに登場する名前らしいけど。うるせー。

 そして二秒後には「ないない」と手を振っていた。

 大方、出て行ったわたしを心配して外出中だろう。街中をおたおた走りながら「リュウコさーん!」とわたしを呼ぶモトくんの姿が脳内再生される。

 そもそも、わたしが出て行ったのは百パーセントわたしが悪いんだから、モトくんが気に病む必要はないのに。

 モトくんはそういうところが、ちょっと優しすぎる。

 わたしの駄目さを「まぁいいですよ」と苦笑して容認してしまうような、そんなきらいがある。その駄目さを肩代わりして苦労するのは自分であると、自覚してはいるくせに。

 その優しさに、流されちゃ駄目だと思った。

 少なくとも一緒に棲んでいるのなら、これからもらぶらぶでいたいのなら。

 互いに出し合ったものの量が違えば、人間関係はいつか破綻してしまうのだから。

 まぁなんだ。モトくんとらぶするためには、駄目人間なリュウコさんだって努力できるのだー!

 つまり、愛は尊い。

 ほら、やっぱりわたしの哲学に死角などなかった。

 そのとき、玄関でガチャリと扉の開く音がした。続いて靴を脱ぐような音と、廊下に上がる音。モトくんが帰ってきたらしい。

 普通に顔を見せるのも芸がないなぁと思ったので、リビングの物陰に隠れてモトくんがやって来るのを待つ。やがてリビングに現れたモトくんは、どうやら憔悴しきっているようだった。

「はぁ……」

 疲れた人の溜息をついて、ソファに力なく腰掛ける。わたしの前では、モトくんはこんな風に疲れたところを見せない。いつもわたしのいないところで溜息をついているんだなぁと思うと、もうちょっと観察していたいような気がして、でもやっぱり駄目だった。

「もーとーきゅーん!」溢れ出すらぶを抑えきれなかったのでした。

 ソファに座っているモトくんの背後から、カエルみたいなジャンピング飛びつきを敢行する。モトくんの首に両腕を回して「ごふっ」、一緒に床へだいびーんぐ!

 あらら、変な声が混ざってた?

「うわぁあああ、首が、首がぁあああ」

「それだけ大声出せれば大丈夫だと思うよモトくん」

「どっから現れるんですかアンタは! しかも、僕の首の骨を折る気ですか!」

「なに、モトくんへの溢れる愛情がちっとばかし暴走しただけのことよ」

「リュウコさんは常に暴走してますよ!」

 言い得て妙であった。そして色々あったけど、いつも通りに会話できていることに安心した。致命的なのは、このテンションがいつも通りだということである。はっはっは。

 ひとしきり怒鳴り合ってからは、沈黙の波が静かに打ち寄せる。口を開いたモトくんの声は少しふてくされていた。

「……で、今までどこ行ってたんですか」

「近所の公園。知り合いの女の子と少し話して、それから戻ってきた」

「リュウコさん、僕以外に知り合いなんていたんですか……」

「突っ込みどころが間違っとるわい!」ぺちーん。

「でもその様子だと、一応は元に戻ったみたいですね」

「うんまぁ。色々と克服したよわたし」

「なら良かったです。リュウコさんがいつも通りじゃないと、僕も心労が溜まって勉強どころじゃないですからね」

「うむ。ていうか、いつも通りのリュウコさんの方が心労が溜まらないって、それ相当末期だよ」

「あ、やっぱりそう思いますか? 僕もそう思ってたところなんですよ」

「リュウコ菌に頭の中を洗われちゃってるからなぁ、モトくんは」

「あと、それ自分で言うな」「ヒャッハー」

 わたしたち、大概狂ってます。でもその狂気の受け皿があるということに、じんわりと幸せを感じるのです。

 モトくんがわたしの腕の中から抜け出し、立ち上がって首筋をさする。

「まぁ何でもいいですけど、そろそろお腹が空きましたね。僕もリュウコさん探してたせいで、余計に疲れました」

「うんうん」

「……こういうときはあれですね。えーと、リュウコさんの作ってくれたお好み焼きが、た、食べたいなぁ」

 そっぽを向いて、なるべく気取られまいと素っ気ない口調で。

 そのくせチラチラとわたしを気にしているモトくんが、抱きしめたいほどかわいかった。

 きっとモトくんなりに、わたしと仲直りしようとしているんだろう。

 わたしほど欲望に素直になれないせいで欲しいものに遠回りで、だから中途半端に不器用なモトくんが、わたしは大好きだった。

 まぁ、そういうことだったら、

「だが断る」

「何故だーっ!」

 ズコーッ。モトくんがその場でコケた。

 リュウコさんちにそんな淡い恋愛小説みたいな展開があるわけないでしょう。

 あるのは愛情と欲望に塗れたドロドロな何かなのですよ。

「せっかく、せっかく僕がいい感じの展開にしようと思ってたのに!」

「ハッハッハ。現実の恋愛にそんな綺麗なオチがつくと思うなよ青二才が」

「いいでしょ! お好み焼き作るくらい! なんで駄目なんですか!」

「喰いたきゃ金を払え! それがこの世のルールだ! 六百円だよ六百円!」

「どっから出てきたんですか、その値段!」

「『あじすけ』のメニュー表に決まってるだろ! お好み焼き一枚、六百円だよ!」

「え、『あじすけ』って、あの駅前の?」

 モトくんが急に素に戻った。だからわたしも冷静になって「うん」と頷く。

 あの公園で、わたしがふーちゃんにしたお願い事。

 それはつまり、こういうことなのだ。

「わたし、『あじすけ』でバイトすることになったから」

「……………………」

 モトくんは無言で目を見開き、

 その二秒後に、

「うぇえあああああぁぁああぅううぇええええええーっ!」

 うるせぇな。

 そんなに意外かよ、わたしが働くのって。

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