第四章―05
「しかし、何ですね」
「何ですかい」
「リュウコさんが珍しくパジャマじゃないと思ったら、今日は靴を履いてなかったんですね」
「いやぁ、ついうっかり、出がけに履いてくるのを忘れちまったのサ!」
「嘘つけっ!」
というわけで、結局ふーちゃんと二人でブランコを漕ぐことになったのであった。
暗がりだったから気付くのが遅れたけど、ふーちゃんはなんと髪を銀色に染めていた。だから、尋ねてみた。
「その髪、どしたのさ。お姉さんの助言を聞き入れたのかな?」
「て言われると認めたくなくなりますけど、まぁそゆことですね」
「銀髪になった感想は?」
「先生に怒られました」
素直すぎる感想だった。責任の所在を求められても困るので、だろうねぇと緩く同意するに止めた。
「でもまぁ、悪くない気分ですよ。ウチの学校、進学校だからか就職組を目の敵にしてるような奴ばっかりで。おかげでこの間までは肩身が狭かったんですけど、銀色で撃退してやったら気分爽快になれました」
「でしょう。どうせ少数派は排斥される運命にあるんだからね、開き直って堂々としてた方が格好いいのよー」
「って、リュウコさんに言われると見習う気をなくしますけどね」
「うっせーよー」見習ったら引き籠もりニートだぜ! いぇい!
「それに、銀色にしたらちょっと変わった仲間も出来ましたから」
ふーちゃんが何か思い出したのか、片頬に笑みを含む。
「わたしが銀髪なら、向こうは金髪ですよ。最近体育館裏で出会ったばかりなんですけど、ろくでもない組み合わせですよね」
「ふぅん。もしかして、それでかな。最近、ふーちゃんがこの公園にあまり来てない気がする」
「どういう意味ですか」
「仲間が見つかって良かったねってことさー」
わたしがそう言うと、ふーちゃんは「別にそんなんじゃないですけど」と言って否定してくる。でもその顔が満更でもなさそうだったので、いいなぁと思った。
愛とお金とだったら、愛の方が大切なのだ。多分。
それだけに縋って生きてきた奴もいるくらいだしね。わはは。
「で、聞くの忘れてたけど、ふーちゃんはどうして外出してたのさ。夜のお散歩かな」
「いや、配達です。お好み焼きの」
ヘルメット被ると髪が潰れるから嫌なんですよね、と言って、ふーちゃんが髪型を気にしている。素っ気ない性格なわりに、そこらへんはやっぱり女の子なんだなぁと微笑ましい。
「ふーちゃんさ、おうちのお仕事は楽しい?」
「楽しい……かどうかは微妙ですけど、やらなきゃいけないことですから。それに多分、やってたら楽しくなりますよ」
「そうかそうか。そういうもんだよね、仕事って」
「リュウコさんは? 仕事とかしてないんですか?」
「してるよー。毎日、恋人とらぶらぶしてるもん」
「……かなり底辺レベルの仕事ですね、それ」
「まーまー。愛する人を幸せにするってのはね、大切な人生のお仕事なのさ」
「上手くないですよ、それ」
「何だとー! 人の恋路にケチつけんなー!」
「むしろリュウコさんに愛されてる恋人が可哀想です」
「そんなことねーよ! 蓼食う虫も好き好きって言うだろうが!」
「やっぱり蓼である自覚はあるんじゃないですか!」
「うるせーよー!」
いやぁ、どうしてわたしの会話はエクスクラメーションマークだらけになってしまうんでしょ。うーむ、精神年齢が低いからかな。
会話の全力投球を充分に楽しんだ後で、ふーちゃんが肩で息しながら「リュウコさんと喋ってると疲れます」と愚痴る。わたしは「まぁいいじゃないか。疲れるってのは、ちゃんと生きているって証拠なんだよ」と脊髄任せの適当な台詞で誤魔化し、それから笑った。
ふーちゃんもつられたように、少しだけ笑った。
乾いた笑いは夜に溶けて、尾を引かない。それでも頬が緩めば、気持ちだって一緒に緩む。
そう、結局それなのだ。
色々間違ったり歪んだりしても、笑顔さえ忘れなければそれなりに生きていける。笑っても間違ったままかも知れないけど、笑えば少なくとも前向きになれる。
モトくんと過ごしてきた日々は散弾銃みたいな会話の撃ち合いの記憶ばかりで、お世辞にも密度が高いものとは言えない。それでも笑いを忘れなかった自信だけはある。
つまり、モトくんだいちゅきーなリュウコさんに死角などないのだ!
まぁそれはそうなんだけど、ちょっと横に置いといて。
冷静に考えてみれば、わたしは明らかに社会不適合者だ。まともに仕事が出来ない、家事も出来ない引き籠もりである。
唯一できることと言ったら、精々美味しいお好み焼きを作ることくらいで。
だったらそれに縋ればいいじゃないか、とふと思う。
心に落ちてきたその悟りは、逃げでも諦めでもなく、身体の中へ溶けるようにさらっと馴染む。どうしてだろう、それが凄く正しいことのように思えてならない。
まぁどうせ無理をしたって、出来ないことは出来ないようになってるし、人生。
その出来ないものリストに仕事とか家事を平然と突っ込むあたり、わたしは明らかに落第者なんだけどさ。
でも人間、取り柄が一つでもあればいいって言うじゃないか!
だからわたしは、その唯一の取り柄に縋ってみようと思った。
世間に恥を晒しまくってモトくんとケンカして、ようやく手に入れたのがそんな平凡な悟りだったってのがまた、何ともアレなんだけど。
「ねぇ、ふーちゃん。今まであげたお好み焼きの恩に免じて、一つお願い事を聞いてくれない?」
「あのお好み焼き、リュウコさんの善意だったんじゃなかったんですか?」
「一枚目はね。二枚目からは違うよ、世間はそんなに甘かないよ」
「善意の切り貼りって、すげー打算っぽくて嫌ですね。勇者が給料もらって世界を救うみたいなもんですよ」
「今どき勇者も大変なのだよ。さぁ、聞くか聞かないか」
「依頼の内容によりますが。善処します、一応」
そういうわけでこの日、わたしはふーちゃんにとあるお願い事をした。
わたしのしたことは多分、間違ってないはずだ。
それはきっと、モトくんと一緒に暮らしていくために必要なことなのだから。




