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落第ラプソディ!  作者: こよる
第三章 誰かさんの失ったもの色々
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第三章―05

 家に帰ると、玄関先のところに父親が立っていた。まさか玄関を開けて目の前に父親がいるとは思わず、面食らってしまう。

 父親は俺の髪の先から足下までをじっくりと見つめた。その視線に、どこか尖ったものが混ざっていることに気付く。何だか嫌な予感がした。

 何も言えず、ただ突っ立っているだけの俺に、父親は溜息をついてから静かに言った。

「亮太、ちょっと来なさい」

 普段は芯の抜けたような人だったが、今の口調には有無を言わせぬ何かが宿っていた。髪を染めても不良になりきれない俺は、父親に黙って付き従う。その背中に憧れを抱けなくなったのは、一体いつ頃からだったんだろうか。

 父親が俺を連れ込んだのは普段使用していない客間だった。畳敷きの和室で、値段の張る大きな机が中央にある。俺はその机を挟んで父親と向かい合うように座った。

 二人とも腰を下ろしてからも、父親は言葉を探すように机を見つめたまま、しばらく何も言わない。俺は居心地の悪さから逃れるように、膝の上に置いた自分の手を眺めていた。

「父さんの仕事の知り合いにな、お前と同じくらいの男の子がいるんだよ」

 まず、そう言われた。

「今日も会って、話をしてきた。ほら、この間出前を取った『あじすけ』ってお好み焼き屋があるだろ。美味しかったから、あそこで食事しながらってことにしたんだ」

「何の話?」

「実はその子、いわゆるニートってやつでね。小説家になるって言って中学卒業と同時に社会不適合者だよ。高校にも通わず、かといって小説家にもなれないまま一年が過ぎた」

「はぁ」

「で、今日その子と会って話して思ったわけだ。俺の息子をこんな風にするわけにはいかん、と。だから、説教することにした」

「説教? 俺に?」

「そうだよ。他に誰がいるんだ」

「いや……ていうか、説教って宣言してからするもんじゃないでしょ」

「そんなことはない。国家だって別の国に攻め込むときには宣戦布告するだろ。あれと同じで、礼儀ってやつだよ」

 うんうん、と父親は納得顔で頷いている。それは多分、俺と真面目な話をすることへの気恥ずかしさから来るものだと、俺も何となく気付いていた。

「えー。では、ごほん。改めまして説教するわけだが、まず始めに一つ訊こう。きみのその頭は一体何だね。どういう哲学的意味を持っているんだ」

「金髪のこと? 哲学的意味というと、やっつけるためってところかな」

「ほぉ。分かり易く反社会的で結構なことだ。父さん、そういうのは嫌いじゃないぞ」

「ッスか」本当に分かってるのか、この親父は。

「ではもう一つ訊こう。きみはその金色で何かをやっつけて、それから何をするつもりだね」

「…………ぐ」

 急に核心に攻め入られた。言葉に詰まり、身体が熱くなる。

「……特に、何も」

「なるほど」父親は怒らなかった。「特にやることはない、ってことか。まぁ、何かやるべきことがあったら、不良になっている暇はないからなぁ」

「……………………」どこか遠いところで、警報装置が作動しているような気がした。

「何しろ、やるべきことがあっても道を間違えるような世の中だからな。さっきのニートの男の子なんか、人生をどぶ川に捨てているようなものだよ。あれに比べれば、お前はまだ高校に通っているだけマシかも知れない」

 さぁて、どうなんでしょ。

 いつだったか体育でソフトボールをやったとき、俺とキャッチボールしながら河西は言っていた。

 みんなバカで、どうせ同じバカなら。

 自信がない奴より、自信がある奴の方が偉いに決まってるよ。

 その言葉は刃となって、今の俺に切り掛かってくる。少なくとも何かを信じていられるニートの男の子とこの俺と、どっちが偉いかなんて分からない。

 高校に通っているという事実が、俺の人生にとってどれほどの意味を持つのかも。

「いや俺はね、ニートが悪いって言ってるんじゃないんだよ。何が悪いかって、そりゃニートが地球を回せないことだよ」

 父親が何か言っているが、その言葉は半分も俺の耳に入っていなかった。

 たとえば、本屋になる元村。お好み焼き屋になる河西。そこに、小説家を目指すニートの男の子を入れてもいい。

 未来ってやつに自分の姿を想定できる連中は、俺にとってあまりに遠く眩しい。

 何をするってわけでなくても、とりあえず進学するって決めている連中でさえも。

 俺が未来を考えるとき、そこには常に父親のくたびれた背中があった。それを見る度に俺は頭を振って、肯定するものがあるわけでもないのに、とりあえず否定を重ねてきた。

「お前の生き方はお前次第ってやつだけどさ、親としてはやっぱり、子供に地球も回せないような奴にはなって欲しくないわけだよ。分かるだろ?」

 目の前で喋っている父親に、嫌悪のようなものを感じる。

 父親の口から流れ出てくる言葉の数々が、意味を持たない濁流のように俺を飲み込んでいく。

 分かっている。

 ここ数年間ろくに信じるものもなかった俺が、指針として縋っていたもの。

 髪を染め上げた理由。

「だから、お前がどうするかってことにあんまり口を挿むつもりはないけどさ、」

「分かっとぅりゃあぁぁぁ!」

 意味不明な雄叫びが、しかも巻き舌で俺の口から飛び出した。その熱さに、脳味噌の芯を溶かされたように錯覚する。

「うぎゃあああああ!」

 何かを主張するというより否定するつもりで叫んでいた。まるで幼児の泣き声だったが気にせず、気付いたら部屋を飛び出していた。俺がついにぶっ壊れたんじゃないかと客間から心配そうに様子を窺う父親の視線を、背中に感じた。

 視界が真っ赤に染まっている。身体の底に火がついているんじゃないかと思うほど、全身が猛烈に熱い。

 分かってるよ、んなこと!

 でも信じてきたんだからしょうがないでしょ!

 アンタみたいにだけは、なりたくないって!

 その背中に、どうしようもない惨めさを感じてしまったその日から。

 他に何も誇れるもののない俺は、せめて父親への否定だけに縋って、家を飛び出して。

 どうだ河西、俺も自信を持って行動したんだ偉いだろう! とか。

 どさくさに紛れてそんな台詞の浮かぶ自分のバカさ加減と救いようのなさに呆れて、それでもやっぱり走り続けた。

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